アナキンの親友になろうとしたら暗黒面に落ちた件 作:紅乃 晴@小説アカ
アウター・リム・テリトリーと、ミッド・リムの境界線上に位置する惑星ナブーには、豊かな自然があった。
首都であるシードから離れた郊外、レイク・カントリー。草原と湖畔から織り成される自然の造形は美しく、この星に隠居するマスター・クワイ=ガン・ジンは、この地に小さなジェダイ寺院を作り、ルークとレイアのフォースの鍛錬を指導した。
ナブーの観葉植物や果実、花が飾られるサロンのような温室の中、枯れた花に残る種を採取していた老齢のクワイ=ガンのもとへ、漆黒の外套とマスクを身につけた人物が訪ねてきた。
「珍しい客人だな」
入り口で立ち上がった影のように佇む相手を見ずに、クワイ=ガンがそう言うと、硬いブーツの音を石畳に響かせながら、その人物、カイロ・レンは外套をはためかせてサロンへと入った。
「驚かないのだな、マスター・クワイ=ガン」
「予見はしていたからな」
老齢を迎えても衰えない体格。白髪となった長髪と髭をこしらえるその姿を見て、カイロ・レンはマスク越しに怪訝な顔つきとなった。
自分がここを訪れたのは機密だ。レン騎士団もスローンも知ることはない。上司であるダース・ヴェイダーも。なぜ、彼は自分が来ることを予見していたのか。そのフォースの揺らめきを察したクワイ=ガンは、手にとっていた機器を下ろしてカイロ・レンを見る。彼の出で立ちは、くたびれたジェダイ・ローブ姿だった。
「よくわからないといった顔だが、フォースの見識を疎かにしてはならんな、若き騎士よ。未来に意識を向けることに重きを置いて、今を疎かにしてはならん」
クワイ=ガンは、未来視よりも今生きるものたちのフォースを尊重する。カイロ・レンが理由がどうあれ、クワイ=ガンを意識し、訪ねに来たということは、今の生がフォースに働きかけたのだ。クワイ=ガンからしたら、それを感知したに過ぎないが、それもまた、長年の修行で体得できる極地の一つでもある。
「では、貴方はどう未来を見ている。俺には、見えていない。今を疎かにするなとは、今苦しむ帝国市民を助けてやることができない我々の在り方そのものの矛盾だ」
カイロ・レンに戦いの意思はなかった。クワイ=ガンが整えるジェダイ寺院のサロンには色とりどりの花や果実が飾られており、その植物たちが発する香りは彼の心を安らぐに充分な効果を発揮していた。
視覚的にも、体感的にも、フォースは穏やかであり、この場で瞑想することができれば、普段よりも深くフォースを感じることができるだろう。
手袋越しに花ひらに触れるカイロ・レンは、自身がここに訪れた理由を語り始めた。
「騎士団は、帝国市民の平和と正義を司るものだ。だが、今の治世は、悪意と憎悪と混沌に満ちている。デス・スターもろとも、帝国の中核者たちが一掃されてからだ」
「君はそれを、運命だと思うかね?」
「いいや、思わない。だから、ここに来た。賢人であるマスター・クワイ=ガン、あなたならば…」
レン騎士団を発足してから、自分たちは帝国の治世が行き届く場所で反逆者たちから市民を守り、己が信じる正義と理念のために剣を振るってきたはずだ。だが、今はその理念から遠く、スローン大提督の意向により、帝国の治世はより暴力的であり、憎悪や怒り、悲しみに包まれていると言えた。
そんな世界で、自分たち騎士団の在り方は正しいのだろうか。帝国の治世を守り、市民を守り、己が信じる正義を貫くことこそが、自分たちの使命ではないのか。
心に芽生え始めた矛盾。納得ができない今を見つめ、その答えがほしい。カイロ・レンが敵であるはずのジェダイ・マスターを訪ねた理由はそれであった。
目の前にいる賢人、マスター・クワイ=ガンならば、この矛盾に満ちた今を打破する答えを知っているかもしれない。問えば教えてくれるかもしれない。そんな期待があった。
だが、カイロ・レンの思惑とは別にクワイ=ガンには気がかりな点があった。
「残念だが、君の求める答えを私は出すことはできんよ。若きカイロ・レンよ…それとも、それは君自身の問題ではないのかね?」
その言葉を発した瞬間、カイロ・レンが纏っていた穏やかなフォースが一気にざわついたことをクワイ=ガンは感じ取った。
彼もまた、ルークやレイアに比類するほどのフォースの持ち主であり、その感覚は二人よりも強く、完成しているとも言える。よほど優秀か、または厳格なマスターによって鍛えられたということが簡単に理解できてしまうほどに。
そして、そのざわめきは怒りや憎しみから起因するものではなく、戸惑いや深い悲しみが奥底にあった。
カイロ・レンは、クワイ=ガンの言葉にしばらく黙り込んでいたが、ゆっくりとマスクの横へ手をやる。すると、空気が抜ける音と、顔を固定していた部分が解除された。そのままカイロ・レンはマスクを脱ぎ去る。
現れたのは、端正な顔つきと優しげな瞳。思慮深かった彼の父親からは想像もできない正義感に満ちたフォースを纏う年相応の若者であった。
カイロ・レンはマスクを静かにテーブルの上へ置くと、花の前に置かれた小さな椅子へと腰を下ろした。
「父は、一つのことに執着しています。俺が生まれる前よりもです。それを取り戻すことに全てを捧げている。あの人にとっては帝国がどうなろうが構わない。きっと俺のことも」
帝国政府が樹立した年、彼は生まれ落ちた。ルークやレイアと同年代でありながら、彼の人生に親や家族の温かみは存在しない。彼の存在自身が、父親にとっては考慮するものでもなかったのだろう。
支配した旧共和国や、さまざまな権力にも興味を示さない父親は、ある一つのことに没頭した。そして、その中からカイロ・レンは弾き出されたのだ。
「故に、君は騎士となったのか?」
クワイ=ガンの問いかけに、彼はうなずく。このマスクや騎士団も、父と別った自分が生きていく中で得た信念であり、教訓でもある。カイロ・レンは小さく、その真意を語った。
「俺は父の名を継ぐことすらできない出来損ないです。このマスクは、無力な自分を、出来損ないの自分を強くする。正義と秩序と平和のために。そのために作ったんですよ、〝カイロ・レン〟という名の平和の象徴…騎士を」
人々を治めるにも、秩序や法と言ったものが必要であると同時に、彼らを守る偶像も必要だったのは事実だ。それならば、他にもやり方や道はあったであろう。
フォースの感応者であったから、尋問官になるという道もあった。それか、父から離れ、帝国というものに関わらずアウター・リムのどこかで普通の人間として過ごして、人と会って、誰かを好きになったり嫌いになったりして、もしかしたら誰かと家庭を築いていたのかもしれない。
父からの興味もなく、生きる指針も目標もなく生を受けていたならば、きっと自分の歩む道は今と異なっていただろう。
父が唯一、追い続ける者の存在を知らなかったら、〝カイロ・レン〟という偶像は今の世に生まれ落ちることはなかった。
シスの頂点に立つ父「ダース・シディアス」すら焦がれるフォースの見聞と人格を持つ偉大なジェダイ。そして同時に、道を踏み外したジェダイ・オーダーに終焉をもたらし、自分たちの未来を守ってくれた英雄的存在。彼の生涯や軌跡を知り、その背中を見つめ、追いかけるために、彼は弱き自分を捨て、名を授かり、人々を守るための騎士団を作り上げた。
カイロ・レン。
このマスクと称号は、ログ・ドゥーランへの憧れや情景、感謝からもたらされるものであった。それが良き理由であろうが、悪しき理由であったとしても。
心の内を伝えた若きカイロ・レンに、マスター・クワイ=ガンは蓄えだした髭に手を添えながら、瞑目する。彼が求める道は厳しいものとなる。だが、闇しかないわけではない。その向かう先には必ず光がある。
「ならば、君はフォースに従いなさい。その行先に君が求める答えがあるだろう」
クワイ=ガンは目を開き、カイロ・レンへ伝えた。それが彼への答えだった。淀むことなく、飾ることもなく、ましてや陰ることもなく、フォースは彼を導いていく。今から未来へ続くビジョンが、クワイ=ガンには感じ取れたのだ。
「フォースの導くがままに…ならば、俺は確かめなければならない。見極めるために」
今の自分を取り巻くフォースが正しいなら、それを確かめなければならない。たとえ、その道が今の帝国の在り方から逸れようとも。
ある一つの答えを得たカイロ・レンは、傍に置いていたマスクを改めて身につける。空気の閉まる音と共にマスクは体の一部のように固定され、視覚と感覚は一人の男からカイロ・レンへと再構築された。
「貴方の弟子を殺すことになるかもしれないぞ?」
マスク越しにくぐもった声でクワイ=ガンへそう問いかける。すると、彼は微笑んでカイロ・レンへと言葉を紡いだ。
「未来を見つめることよりも、目の前のことに集中しろ、若き騎士よ。考えるな、感じるんだ」
「ジェダイである貴方らしい言い草だ」
クワイ=ガンの物言いに、カイロ・レンは小さく笑うと外套を翻してジェダイ寺院を後にする。辿ってきた石畳の道を歩み、小高い丘を下る彼に、丘の上から穏やかな追い風が降りてきた。
「カイロ・レンよ。フォースが共にあらんことを」
その声を聞いて振り返る。
そこには、風と共に舞うくたびれたジェダイローブがナブーの山間の谷へと流されてゆく光景があった。
それと同時に、この地に降りたってから感じていた力強いクワイ=ガンのフォースを感じ取ることができなくなっていたことに、カイロ・レンは気がつく。
「フォースと共に、マスター・クワイ=ガン」
この世から離れ、フォースと一体となった賢者へ最大の敬意を示し、カイロ・レンは一人、歩み出す。
向かう先はベスピン。
目的もすでに決まっていた。
シナリオを練り直すのを許せるか?
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細かい描写も見たい
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ログの心の移り変わりを見たい
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とりあえずエンディングまで突っ走れ