機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第15話【震える山(後編)】

 山が、震えた。

 ジオン軍基地で開発されていた巨大モビルアーマーが、遂に完成してしまったのだ。

「熱源確認!」

 極東方面軍司令艦であるビッグトレーの管制の叫びがブリッジに響いた。

 

「うおぉ!?」

 

 モビルアーマーから放たれたメガ粒子砲が、山の中腹に大きな傷を作る。

 

 たった一撃でこの威力。

 

 連邦軍主力艦であるマゼランすらも凌駕する火力を、あの緑の化け物は有しているとでも言うのだろうか?

「ジェット・コア・ブースター隊出撃! モビルスーツ部隊も向かわせろ!」

 基地司令であるイーサン・ライヤー大佐が部下にそう通達した、その時だ。

 

 

『連邦軍に告ぐ! こちらはモビルアーマーのパイロット、アイナ・サハリン! 一時休戦を申し入れます!』

「なんだと!?」

「どういうつもりなのだ……?」

 横で戦況を眺めていたコジマ大隊長と共に困惑の色を見せるライヤー。

 

『先程の攻撃は威嚇です。無事か!』

『あ、あぁ…』

『その境界線を越えぬ限り、攻撃はしません。これから基地の傷病兵が脱出します。……お願いです。その間だけ、攻撃を止めてください……!』

 

 到底許容できない内容だった。

 “あんなもの”を見せておいて、抵抗するな、だと?

 

「銃を突き付けておいて休戦だと!? 我々は恐喝には屈しない!」

『信じてもらえないなら!』

 

 ライヤーが引き続き攻撃命令を下そうとしたが、モビルアーマーのパイロット、アイナ・サハリンの方が一歩早かった。

 

「……!?」

 

 なんと彼女は、コックピットハッチを開き、その姿を外界に晒したのだ。

 

 向こうは本気で“休戦”を求めてきたらしい。

 

「…それもよかろう」

 

 ライヤーの指示で、ジェット・コア・ブースター部隊の出撃命令“は”中止された。

 

「ジム・スナイパー、スタンバイ!」

「し、しかし今!」

「私は何も約束した覚えはない」

 

 驚愕するコジマの横で、ライヤーは静かに戦況を見守っていた。

 

 戦争でなくとも、口約束など役に立つものか。

 

 

 休戦する“振り”をして、コックピットだけ焼き払ってしまえばいい。

 

 だが、ライヤー以下、この場にいた連邦軍の兵士は誰も知らなかったのだ。

 

 コックピットに、もう一人パイロットが乗っている事を。

 

「熱源反応!」

「まさか!?」

 

 コジマが言った、その“まさか”だった。

 

 巨大モビルアーマーが放った拡散メガ粒子砲は無慈悲にも、前線に展開していたモビルスーツ部隊を軒並み焼き払ってしまったのだ!

 

「先手を撃たれた! コックピットは狙えんのか!」

「スナイパーII、まだ配置に付いていません!」

「やむを得ん。病院船を「司令! 後方よりペガサス級の接近を確認!!」

「ペガサス級だと!?」

「モニター、後部に切り替えます!」

 

 管制の言う通り、ビッグトレーの後方にそびえる山を越える様に、黒いペガサス級強襲揚陸艦が姿を現した。

 ミノフスキー粒子が濃すぎたせいで、ここまでの接近に気が付けなかったのだ。

 

『こちらペガサス級強襲揚陸艦フォリコーン、艦長のマナ・レナ少佐です。大規模な爆発反応を確認したので、援護に馳せ参じました!』

 

 キャプテンシートに座った金髪の少女が、モニターに映った。

 

「ここで救援とは心強い。基地司令のライヤー大佐だ」

『早速ですが大佐。ミノフスキー粒子の影響で山の向こうでは通信も届かず、戦況が良く分かっていません。指示をお願いします!』

「指示か……」

 

 ここでライヤーは、一計を案じた。

 

「少佐! もうすぐ前方の基地からジオンの戦艦が宇宙に向けて発進する! その艦には前方のモビルアーマーと同型の大量破壊兵器が搭載されているとの情報を掴んだ!」

『なんですって!?』

「大佐!!」

 

 コジマが掴みかかる勢いで接近するのも無視して、ライヤーは続ける。

 

「こちらの攻撃手段は軒並みやられてしまった! アレを宇宙に上げさせてはならん! 是非貴艦の砲撃で撃墜して頂きたい!」

『了解です! メガ粒子砲スタンバイ!!』

 

 

「……フフフッ」

「大佐! なんて事を!!」

 通信を切った直後、流石に腹に据えかねたコジマに言い寄られたライヤーは、頬を釣り上げて、こう言った。

「彼女は私の部下ではない。部下ではない彼女が勘違いで勝手に“病院船”を撃墜しても、我らにはなんの罪もないのではないかな……?」

「……どっちもどっちだ」

 コジマの悪態を無視して、ライヤーは再び前を向いた。

 

 戦争とは、こういうものなのだ。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 一方、ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンではそんなライヤー大佐の思惑など気が付く筈もなく、攻撃の準備が進められていた。

 

「メガ粒子砲発射スタンバイ! 並行して機動兵器部隊発進準備!」

「メガ粒子砲発射スタンバイ! 並行して機動兵器部隊発進準備もお願いします!」

 艦長であるマナ・レナの声がブリッジに響く。

 

「鉱山基地の下から熱源! ジオンのザンジバル級戦艦です!」

「射角調整! 大気圏を突入する前に「ダメです!!」

 

 慌ただしく攻撃準備が進んでいたブリッジに、一迅の風が吹く。

 

「ミドリ伍長!?」

 

 それは、リーフ分隊の隊長である、ミドリ・ウィンダム伍長だった。

 “謎の白いモビルスーツ”との戦闘の後、ずっと自室でふさぎ込んでいた彼女が、寝巻のまま四日ぶりにブリッジに顔を出したのだ。

 

「艦長! あの艦を沈めてはいけません!」

「何言ってるの! アレには大量破壊兵器が……」

「嘘です! そんな筈ありません! あんな悲しみに満ちている船に、人を殺すモノなんてありませんよ!」

「そんな感覚の話で見過ごせると思う!?」

 不調の兵士の戯言など、聞くだけ無駄だ。

 そう思ってマナ・レナが前を向いた時だった。

 

 

『撃つな! マナ・レナァァァァァァァ!!』

 

 

 専用回線ではなく、広域の通信。

 主戦場から少し離れた、旧市街地からだった。

 この声には聞き覚えがある。

 聞き間違える筈がない。

 

「テリーくん!? 本当にテリーくんなんだね!!」

『あの艦には負傷兵が乗っているだけだ! 撃ってはいけないんだ!!』

「ザンジバル級、なおも上昇中!」

『何をしている少佐! 早く撃て!!』

 ライヤーも通信を飛ばし、マナ・レナに命令を飛ばす。

「しかし大佐。彼が言うには……」

『一兵士の戯言で上官の命令を無視するというのか!! 撃ち落とすのだ!』

「艦長!」

『マナ!!』

『撃て!!』

「……メガ粒子砲発射用意!」

 それが、軍人であるマナの判断だった。

 

「艦長!?」

「準備出来てんの!?」

「は、はい! 照準も……」

「照準補正! 左に20度!!」

「それでは……!」

「その地点に目掛けて発射! 絶対に外さないで!! 撃てぇーーーッ!!」

 

 マナの非情な命令と共に、フォリコーンから放たれたメガ粒子砲が空を切り裂く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攻撃は、外れた。

 

 

 

 

 

 

 

「ザンジバル級、大気圏突破しました!」

『マナ!』

『な……ッ!?』

 

 モニターにテリー・オグスターの安堵の顔が、イーサン・ライヤーの引き攣った顔がそれぞれ並んだ。

 

『貴様、何をしたのか分かっているのか!?』

「大佐。お言葉ですが、本艦は、私は大佐の直属の部下ではありません。偶然通りかかった独立部隊です。大佐は我々に命令する権限を持ち合わせていないはずですが?」

『小娘め! 後でどうなるか思い知らせ』

 ライヤーが言い切る前に、通信ばバッサリと切れてしまう。

 

「あー、すいませんかんちょぉー。なんか、通信が切れちゃいましたぁー」

「……それは、仕方ないですね。では改めて、本艦は前方のモビルアーマーを叩きます!」

『いや、待ってくれ艦長! フォリコーンは後退してくれ!!』

「何故ですテリー軍曹!?」

『アプサラス……あのモビルアーマーのメガ粒子砲は危険だ! フォリコーンが前に出れば、狙い撃ちされるぞ!! 後は“隊長”に任せれば大丈夫だ!』

「隊長……? その人に任せれば、倒せると!?」

 

 マナの疑問に、テリーは今まで見た事の内容な満面の笑みを作ってみせた。

 

『あぁ、そうだ! いつだって、最後に必ず“愛”が勝つ!!』

「はぁ?」

 

 

 

 

 その後の戦闘の結果、イーサン・ライヤー大佐は敵のメガ粒子砲の直撃でビッグトレーのブリッジごと爆死した。

 

 そして件の巨大モビルアーマーは、一機の“ガンダム”によって撃墜され、戦闘は終わった。

 

 その“歴史”だけは、変わらなかった。

 

 

 

 


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