機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第16話【嵐の中で輝いて】

 

「コジマ大隊長。短い間でしたが、本当にお世話になりました」

 戦いには、勝利した。

 だが、俺達8小隊は、アプサラスと共に基地の中に消えていくシロー隊長を見つけることが出来なかった。

 

 ……ここから先は“二人の物語”なので、邪魔するのはどうかとも思うのだが、やはり部下としては安否が気になるというもの。新参者の俺ですらこれだけ心配のだから、正規メンバーの心中は計り知れない。

 

 だが、それはそれとして、ようやくひと段落ついたのだ。

 

 正直、ノリス・パッカードと戦っている最中から「これ、俺がいてもこの先の展開かわらないんじゃないか?」と戦々恐々したものだが、こうしてケルゲレンの脱出を成功させてあげられたという事実だけでも達成感に満ち溢れるというもの。

 

 後は“彼”が無事に辿り着いてくれれば……。

 

「これは軍人としてではなく、一人の良識ある大人として言わせてもらうが……オグスター軍曹。よくぞあのペガサス級の艦長を思い留まらせてくれた」

「自分が……でありますか?」

「あそこで君が言わなければ……いや、君が言ったからこそ、彼女は大佐の命令を無視したのだと私は思うのだよ」

 

 そうなのだろうか?

 “こっち”に関しては無我夢中になって大声で叫んでいただけなので、何か勝算があった訳ではないのだが。

 

「でも、その……大隊長。それでマナ……マナ艦長や自分も命令違反で軍法会議ー…とかー…?」

「マナ中佐が自分で言っていただろう? 独立部隊で直接の指揮権はないと」

「で、でも自分は臨時とはいえ08小隊預かりとなっているとシロー隊長から……」

「あぁ、それなんだがね……実はまだ、君を正式に大隊預かりにする書類の捺印を押していないのだ」

「は……?」

 俺の疑問もどこ吹く風か、コジマ大隊長は続ける。

 

「いやぁ、忙しくてすっかり書類に判を押すのを忘れてしまってね。今君が原隊復帰しないで戻ってくれると、正式に大隊預かりとなって命令違反を咎められるのだが……全く、軍人の命令系統とはつくづく厄介なものだよ……」

 

 言葉ではそう言っているが、何を言いたいのかははっきり分かった。

 そんな書類一枚、ピンポイントでハンコを押すとは思えない。

 

 コジマ大隊長は「無かった事にしてやる」と言っているのだ。

 

「……ありがとうございます!」

「早く行きたまえ。あの艦にいる仲間たちも、きっと心配しているだろう。……アマダ少尉を失った、君達と同じくらいね」

「コジマ大隊長……これは自分の勘でありますが、シロー隊長は生きていますよ。必ず……」

「私だって、それを信じているさ……」

 

 

 

 それからが大変だった。

 

 コジマ大隊長のご厚意に甘える為には長居する訳にはいかず、結局08小隊の隊員達とは別れの挨拶も交わす事無くフォリコーン隊に復帰。

 

 

 マナに泣きつかれるのは予想していたが、先に泣きついてきたのは格納庫にいたヒータだった。そして、俺に「テリー・オグスターではないのでは?」と疑惑の目を向けていたミドリちゃんでさえ、泣きながら俺に何度も謝ってきた。

 

 

 葉っぱ柄のパジャマ可愛いなぁ、なんて間の抜けた事を思いながらブリッジの方に顔を出すと、やっぱりマナに泣きつかれた。

 

 

「大丈夫!?」「なんで三日もくれなかったんだ! この馬鹿!」「ごめんなさい…ごめんなさい…」「っていうかテリーくん汗臭い!」「陸軍の制服格好いいな…!」「ごめんなさい…」と三者三様の言葉を投げられかけていた俺が解放されたのは、戦場が見えなった頃だった。

 

 

 そして、まだ目元を真っ赤にさせたマナがキャプテンシートに戻ると、高らかに命令を下した。

 

「テリー・オグスター軍曹の回収は無事成功しました! これより本艦は、破損したガンダムのオーバーホール及び、再度宇宙に上がる為にジャブローを目指します!」

「了解! 進路変更! 目標、ジャブロー基地!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「シロー……? シロー! 大丈夫ですか!?」

「んっ……?」

 澱んだ意識の中、自分に語り掛ける声を聞いたシロー・アマダは閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

「シロー!」

 シローの名を呼んでいたのは、アイナ・サハリンだった。

 彼が目を覚ました事で感極まったのか、目尻に涙を浮かべながらシローに抱き着くアイナ。

「アイナ……無事か?」

「私は……でも、シローが……」

「俺もどこも……ッ!」

 

 意識がどんどんはっきりしてくる中で、痛覚の方も戻ってきた。

 右足に、激しい痛みを感じる。

 

「あぁ、俺、生きてるんだなー…」

「……えぇ。私達、生きているんです」

「アイナ。俺はもう、君を離さない」

「私もよ、シロー……」

 

 見つめ合う二人。

 だが、状況はあまり芳しくなかった。

 

「……とりあえず、ここを出よう」

「そうね。シローの足も見てみないと……あらっ? コックピットが閉まってる……」

「落下の衝撃で閉まったか……。ダメだ、ガンダムは動きそうにない。押し上げるしかなさそうだ。すまないアイナ、頼めるか?」

「任せて」

 コックピットの側面に立ちながらアイナは力いっぱいハッチを持ち上げた。

 しかし、場所が悪いせいで上手く踏ん張りが付かず、女性であるアイナ一人では到底開けられそうになかった。

 

「二人で一緒に押せば……!」

「ダメよシロー! そんな足で無茶したら、どんな事になるか!」

「俺はアイナと色んな場所を一緒に見て、色んな場所を一緒に回って、色んな場所を一緒に感じたいんだ。その為だったら足の一本惜しくなんてないさ! 君がずっと、そばに居てくれるなら」

「シロー……分かりました。シローの片足分くらい、私が背負って見せます」

「よし、じゃあ三つ数えたら同時に……」

 

 押し上げよう、とシローが言おうとした、その時だった。

 

「!?」

 

 ひとりでに、ハッチが起き上がり始めたのだ。

 

 否、誰かが外からこじ開けようとしている……?

 

「ジオンの兵か!?」

「いえ、この基地にはもう生きているジオン兵はいないわ。だとしたら……」

「連邦軍か。……マズいな。俺、“軍を抜ける”って言って飛び出したから、逮捕されて、最悪銃殺刑かも」

「そんな……! 銃を貸してくださいシロー。私が突破口を開きます」

「外に何人いるか分かったもんじゃないんだぞ?」

「それでも! 私は生き残る事を諦めません!」

 

 

 シローのホルスターから拳銃を引き抜き、前に構えるアイナ。

 仮に撃たねばならないなら、8小隊以外の誰かであってくれと願うシロー。

 

 

 だが、ハッチをこじ開けたのは、二人の予想もしなかった人物だった。

 

 

「ご無事でしたかアイナ様! ……おや、お助けするタイミングを間違えましたかな?」

「ノリス!?」

 

 そこにいたのは連邦軍所属の兵士ではなく、ジオンのノーマルスーツに身を包んだ男だった。

 

「生きていたのですね!」

「えぇ。……恥ずかしながら、敵に情けを掛けられてしまいまして」

「情け……? もしかして貴方は……!」

「“俺はアイナと添い遂げる”……だったか? あの一撃は効いたよ」

 先程まで戦っていたグフのパイロットだと気が付いて身構えるシロー。

 

「大丈夫ですよシロー! ノリスは私の……父親代わりの様な人だから」

「そういう事です。娘をやるに相応しい男かどうか見定めるのは、ここを離れてからでも遅くはないでしょう」

 

 ジオンの兵士、ノリスに肩を貸されながら、シローはゆっくりとガンダムのコックピットから脱出した。

 

「ありがとう」

「この程度……さておき、随分と下まで落ちてきましたな。ここをなら連邦軍も辿り着くまでに少し時間が掛かるでしょう。アイナ様、彼の手当の準備を」

「分かったわ。それまでシローをお願いね、ノリス!」

 ガンダムから離れるや否や、アイナは基地の奥へと走っていった。

 

 つい先ほど戦場で相対していた初対面の男二人だけが、ポツンと残される。

 

「あの……ノリス、さん……?」

「そう畏まらなくても、私は君の事を認めている。どうした?」

「俺は、貴方のモビルスーツのコックピットを仲間が貫いた所を見たのですが……」

「幽霊だとでも言いたいのか? 足ならちゃんとあるぞ?」

 

 そう言ったノリスは、シローに当時の様子を語ってくれた。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「アイナ様の想い人と出会う……面白い人生であった!」

 

 ノリス・パッカードは、グフ・カスタムのコックピットの中で、人生の幸福を噛み締めていた。

 

 眼前には、ビームサーベルを構える黒いモビルスーツ。

 

 “最後”を飾るのが彼ではないのが惜しいが、あのパイロットも戦士としては中々光るモノを持つ、とノリスは評価していた。

 

 モビルスーツの性能もあるだろうが、とにかくあのパイロットはダメージコントロールが上手い。どんな死角から攻撃を入れても必ず対応し、機能不全を回避する戦い方は、正しくモビルスーツと“人機一体”を成している、そんな印象を持つことが出来た。

 

 だが、まだ素人の皮が取れ切っていない。

 

 戦闘に夢中で、真後ろの“タンクもどき”まで射線が通っている事に気が付いていないのだ。

 

 

「だが……負けん!」

 

 ノリスの“勝利”はこの敵に勝つ事ではない。

 

 ケルゲレン脱出までの時間稼ぎ、及び航路の安全確保。

 

 その為なら、この命など惜しくは無かった。

 

 サーベルを構え、グフ・カスタムが走る。

 

 呼応する様に、黒いモビルスーツも走り出した!

 

 

「勝ったぞぉ!」

 

 最初から目の前の敵に斬りかかるつもりなど毛頭ない。

 自分の命を“囮”に、タンクもどきに銃弾の雨を浴びせた。

 

 直撃。

 

 爆発。

 

 勝った。

 

 

 

 ……だが、何故自分はこれを視認出来ている?

 

 

 

『ノリス大佐! 聞こえるか!!』

「接触回線!? あの黒いのからか!」

 

 少年の声がコックピットの中に響く。

 ビームサーベルは、直前で切られていたのだ。

 故障、というにはタイミングが出来過ぎている。

 彼は故意に空振りしたのだ。

 

「日和って情けを掛けたつもりか! だが、この勝負、私の勝ちだ!!」

『それで良い!!』

「なんだと!?」

 

 全く予想していなかった反応に、ノリスは困惑した。

 

『頼むノリス大佐! 脱出して、基地に戻ってくれ!!』

「……どうやってケルゲレンの事を知ったか知らないが、私はもう宇宙には帰れん!」

『そうじゃない! アイナだ、アイナ・サハリンの元に!!』

「己が身の可愛さの為にアイナ様の名前を出すか!」

『待て! 本当に違うんだ! 俺は本当に、貴方に生きていて欲しいだけなんだ!! 証拠を見せる!!』

「証拠だと……!?」

 

 何という事か。

 黒いモビルスーツのパイロットはあろう事かコックピットハッチを開き、そこから顔を出したのだ。

 

 金髪の、少年だった。

 

「……これが若さか」

 

 正直、何故彼が事情に詳しいのかは全く理解できなかったが、あの年程の少年が戦争に“幻想”を抱いている事自体は珍しい話ではない。

 

 ただ自分が、その頃を忘れているだけで、きっとノリスにもそんな時期があったのだ。

 

「……よかろう、話くらいは聞いてやる」

 

 どの様な言い分があれども、自分は既に命を捨てた身。

 ならばこの少年に付き合ってやるのも一興、そう考えたのだ。

 

 コックピットハッチを開く。

 もう味わうことはないと思っていた地球の風が、彼の頬を撫でた。

 

「ありがとう。俺はテリー・オグスター」

「テリー・オグスター……? テリー・オグスターだと!?」

「は?」

 

 何という事だ。

 

 まさかこんな所で“彼”と再会するとは!

 

「生きて連邦に入るとは……いやはや、人生とは何があるか分からないというもの!」

「お、おい! ちょっと……」

「ドズル・ザビ閣下が知ればどの様な顔をされる事やら…!」

「すまん! 良く聞こえなかった!!」

「かつて君にした事を返されたのだよ私は! では少年! もう会うことはないだろう!!」

「待って! これから“生きる事から逃げるな!”って格好良く説教してやろうと思ったのに、なんで一人で納得してるの!? 教えてノリスさーーーーーん!!」

 

 少年の言葉を背中に受けながら、ノリスは走った。

 

 

 約束通り、帰りましょう、アイナ様。

 

 


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