機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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U.C.103

「なるほど……テリー・オグスター公式軍歴に極東方面軍に所属した記録が無かったのは、そういった背景があったんですね」

 長年取材し続けたテリー・オグスターの意外な一面を知ることが出来た瞬間だった。“アクシズ落とし”をする様な非情な男が、まさか負傷兵を乗せた戦艦を見逃すなどと言うのは、後年を知る自分たちからすれば想像する事も出来ない。

「滞在日数も一週間を満たないというしな。最も私は、コジマ大隊長がただ単に書類作成を渋った事を格好つけてそう言った、と解釈しているのだが」
「そのコジマ大隊長は、事務仕事が苦手だったと?」
「そういう事はないだろうが、一年戦争当時の極東方面といえば、激戦区だ。決戦が近いという事もあり、優先順位が低かったのだろう。鬱蒼としたジャングルを境界に泥沼の戦いをしていた様は、正しく西暦時代の“西部戦線異状なし”と言った所か。……とまれ、戦況が大きく動こうとしている時に、迷子の兵士一人に掛ける時間は無かったという事だな」
「西部……なんですって?」

 聞きなれない単語に、つい素で返してしまう。
 西暦……宇宙世紀以前の情報というのは、“アクシズ落とし”以降確かに需要が高まってはいるが、それでもほとんどの記録が残っていない状態だ。
 いや、あるにはあるが、それは全て“白い惑星”の中である。
 で、あるならセンセイは、少なくともアクシズが落ちる以前からそう言った事情に詳しい人物だったのだろう。

「古い、諺のようなものでしょうか?」
「……そういうものだ。すまん、忘れてくれ」
「はぁ……」
「……」

 嫌な間が開いた。
 取材という意味でも、コミュニケーションという意味でもこれは頂けない。
 なんとか場を繋ぐ話題を考えなければ……そうだ!

「テ、テリー・オグスターの話題とは少しかけ離れるのですが、実は私、その戦場の近くに取材に行った事がありまして!」
「ほぅ」

 どこかよそよそしい表情をしていたセンセイの顔に笑みが戻った。
 よしよし、こう言った経験が大事になるというカイ師匠の言葉は嘘ではなかったな。

「丁度一年戦争が終結して、10年経った時の話なのですが……」
「それは気になるな。私ばかり話していても面白くない。是非、聞かせてくれ」
「はい。……あれは、暑い夏の日でした」




『10 Years After』

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

U.C.0089

 

「くそっ!」

 

 極東のジャングルの中で、一人の若い記者が悪態をついていた。

 

 彼の名は、ジョナサン・クレイン。

 

「おいジョナサン! どうだ!?」

「ダメですカイさん! 完全に嵌ってしまいました!」

 現在フリージャーナリストのカイ・シデンの下で修業していたジョナサンは、二人で取材の旅に出ていた。

 一年戦争終結から丁度10年が経った現在も、宇宙では新たな戦争が続いている。

 それでも一つの“節目”であることに変わりはないので、こういった取材記録は後年の為になる、とカイは言ったのが旅のきっかけだった。

 

「だからって、こんな沼地をバギーで通らなくても!」

「いやぁ、悪いね! どうもモビルスーツに乗ってた時の癖が抜けなくてさ!」

「もう10年以上前の話でしょ! 近道したいって言ったのカイ師匠じゃないですか!」

「忘れた~」

「あぁ、クソッ!」

 

 運転席で優雅に地図と睨めっこする師匠に中指を立てた後、必死にバギーを後ろから押すジョナサン。

「しかし参ったな……ここ、どこだろうね?」

 

 そう。彼らは現在、絶賛迷子中だったのだ!

 

「……ん? 見ろジョナサン! 向こうに煙が上がっている!」

「なんです!?」

 

 カイが指さした方角に目を向けるジョナサン。

 深い森で視界が悪いが、確かに煙が舞い上がっていた。

 

「ここからさして遠くないか……バギーで待ってろジョナサン。助けを呼んでくる!」

「お、俺はここに置いてけぼりですかぁ!?」

「この辺には昔武装ゲリラもいたって噂だぞ。その“成れの果て”と交渉したいなら、師匠止めないケド」

「コイツの事は任せて下さい!!」

 

 

 

 それから体感時間二時間程(実際には一時間)ジョナサンが一人で待っていると、現地住民らしき若者が乗ったトラックが現れた。荷台には愛しき師匠の姿も。

「コンタクト取れたんですね!」

「これが師匠の交渉力よ」

 

 バギーの荷台からジョナサンが実費で確保した年代物ブランデーが無くなっている事を彼が知ったのは、この旅の終わり頃の話である。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 ジョナサンとカイの乗るバギーの修理の間、(ひさし)を貸してくれると言ってくれたのは、村の隅にある孤児院だった。

「ようこそサハリン孤児院へ。私が校長のパッカードです」

 孤児院の入り口では、パッカードという老人が出迎えてくれた。優し気な笑顔を見せてはいたが、その体つきはしっかりしており、彼が元々“別の職業”に着いていたのは明白だった。

 

「ありがとうございますパッカード校長。私はフリージャーナリストのカイ・シデンです。こちらは弟子の…」

「ジョナサン・クレインと言います」

「ほぉ、あのカイ・シデンですか! いやはや、有名人に会えるとは、光栄の極みです」

「私の記事をお読みになられた事が?」

「いえ、軍歴の方です……ですが、ここではその事は伏せた方がよろしいかと」

「ティターンズの件で連邦のイメージが落ちましたからね……。と、いう事は、校長先生も?」

「さぁ、何の事だか……まずはこちらの部屋へ。子ども達をご紹介しましょう」

「「「パイナップルこうちょーせんせー!!」」」

 大きな部屋に案内されるや否や、十数名に及ぶ少年少女が一斉に押しかけてきた。

「パイナップル……?」

「この髪型でしょうな。無邪気というのはなんとも罪深い」

 

 ジョナサンの疑問に、パッカードは引き攣り笑顔で答える。

 しかし子ども達に囲まれてすぐ、その顔も満面の笑みに戻った。

 先程まで子ども達の相手をしていたであろう若い女の先生にも、同様の笑顔があった。

 

 ここには、そんな笑顔が満ち溢れていた。

 

「さぁ、君達、お客様がいらしたぞ! 挨拶してあげなさい!!」

「「「「こんにちはーっ!」」」」

「こんにちはーっ!! ……ほら、ジョナサンも負けてられんよ」

「こ、こんにちは!」

 

 師匠、そんな顔も出来たんだな、とジョナサンが心の中でひとりごちた、その時だ。

 

 

 

 

 孤児院に、低く響く地鳴りが轟いた。

 

 

 

 

「パッカードさん! モビルスーツからの砲撃です!」

「なんだって!?」

 

 ドアを破る勢いで走ってきたのは、先程トラックを運転していた若い男性だった。

 痩せこけた顔が青ざめる事によって、更に拍車をかけて顔色を悪く見せている。

 

「今すぐ村の若者を集めろ!」

「合点!」

「キキ先生は子ども達とお客様をシェルターに誘導してから皆と合流を!!」

「あいよ! さぁ皆! 私から離れんなよ!」

「「「「はーい!!」」」」

 モビルスーツがきた、というのに物怖じ一つ見せない子ども達が、キキと呼ばれた若い女の先生と共に孤児院の奥へと向かう。ジョナサンもそれに同行する事に。

 

「校長。私で良ければ手を貸しますが……」

「あのカイ・シデン殿が味方とは心強いですが……よろしいのですかな?」

「助けて頂いた礼くらいはしないと」

「では、私と共に! 旧式ではありますが、ガンキャノンがあります」

「やってみせましょう!」

 

 

 ジョナサン達と分かれ、カイはパッカードと共に孤児院を出た。

「アレは、旧ジオンの……!」

「ドワッジに、ザク・キャノン。それにグフですか……なるほど、悪くない編制だ! 軍隊であれば!!」

 

 パッカードの手引きで村の奥にあるジャングルへと向かうカイ。

 

 否、そこはジャングルに偽装した格納庫だったのだ。

 

 博物館行きもおかしくない様なモビルスーツ達が無造作に並べられている様な印象を受ける。

 しかし整備が完璧に行き届いているとは到底思えない。

 そのどれもがジャンクの塊だったのだ。

 

「このモビルスーツをお使いください!」

 

 パッカードが指さした方向には、大きな布を被ったモビルスーツがあった。

 

 が、布からはみ出しているこの砲台のシルエットは間違いなくガンキャノンのそれだった。正確には、量産型の、なのだが。

 

「先に私が出ます! カイ殿は合図があるまで待機してください」

「一人で三機と戦うおつもりですか!?」

「いえ、私は一人ではありませんよ。ここの村の人間は、生身でモビルスーツを倒すプロフェッショナルですからな。そのお手伝いをするまでの事!」

 

 そう言いながら、パッカードは量産型ガンキャノンの横のモビルスーツを覆っていた布を取り払う。

「また、お前に乗る事になるとはな……!」

 

 

 それは、グフ・カスタムだった。

 だが、少し違う。

 完全な復元が不可能だったからか、胴体のみザクを流用された継ぎ接ぎのモビルスーツ。それが跪いた状態で主の帰還を待っていたのだ。

「ノリス・パッカード、出るぞ!!」

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「ぬぅ!?」

 勇んで乗り込んだノリス・パッカードは、早々に出鼻をくじかれた。

 コックピットに子どもが乗っていたのだ。

「クマゾー!?」

「おじいちゃぁあん……!」

 クマゾーと呼ばれた少年は顔面を涙でぐしゃぐしゃにしながらノリスに抱き着く。

 

「こんな所に一人で……! なんでキキ先生から離れた!」

「だって、みんな戦ってるんだも……! 僕もモビルスーツに乗って、敵をやっつけるんだも!」

「……で、怖くなって動けなかったと」

「……うん」

『ごめん校長先生! クマゾー君を見失った!』

 無線から掠れた音が聞こえる。キキの声だ。

 

「大丈夫だキキ先生! こちらで保護した!!」

『そんな所に!』

「あぁ、格納庫の安全な所に避難させてから……」

「逃げるのは嫌だも! 僕も一緒に戦うんだも!!」

『クマゾー!?』

 無線機に齧りつくように叫ぶクマゾー。

 

「親の血を継いでおられるのだな……。よしクマゾー。おじいちゃんから離れるんじゃないぞ!」

「わかったも!」

『ちょっと!』

「男が戦う決意をするのに、年齢は関係ない!」

『……全く、男ってこれだから! 勝手にしな!!』

 

 無線が切れる。

 ノリスはクマゾーと膝の上に乗せ、その上からシートベルトを着けた。

 

「おじいちゃん。のーまるすーつ、着なくていいんだも?」

「よく覚えていたな、偉いぞクマゾー。……おじいちゃん、この10年で太ってしまってノーマルスーツが入らないんだ……グフ・カスタム、出るぞ!!」

 

 小さな命を乗せた古い巨人が、立ち上がった。

 

 旧公国軍のモビルスーツは既に、村の前まで迫っていた。

 

『モビルスーツだって!?』

『しかもあのグフ、エース仕様じゃないか!』

『たかが一機だ。それにパイロットまでそうとは限らねぇぜ!』

 

 元々同軍が使用していたものだからだろう、敵の無線が、こちらにも届いていた。

 

「素人どもめ……!」

 

 無線を調整。こちらからの音声は届かない様にした後、スピーカーに切り替える。

 

「そこのモビルスーツ、聞こえるか! 食料が欲しければくれてやる! だが、それ以上モビルスーツで村に入ってみろ、命の保証はしない!」

「悪い奴らはとっとと出ていけだも!」

『なんだぁ!? ジジイとガキが乗ってるだと!』

『ベビーカーならぬ“ベビーモビルスーツ”ってか? そんなんで俺らを止められると思ってんのか!?』

『第二次降下作戦の頃からモビルスーツに乗ってるジオンの歴戦パイロットである俺達に勝てる訳ないんだよな! テメェこそ引っ込んで女と食料全部寄こしな!!』

 

 ジオン残党兵たちが嗤う。

 完全に二流以下のパイロットだ。

 この10年をさぞかし強運で生きてきたのだろう。

 

「情けない……大義を失ったジオンを騙り略奪とは……戦争で負けたのも納得というもの!」

『なんだと!?』

 

 だが、それも今日までだ。

 

「キキ! カイ殿!!」

 

 爆発が二つ、鳴り響いた。

 

 一つは、グフの下。対戦車砲がグフの股下に直撃し、そのまま後ろに倒れ込む。

 

 一つは、ザク・キャノンの腹部。ガンキャノンからの砲撃で、一撃で粉砕された。

 

「流石ですな、カイ殿!」

『村の人たちから正確な位置を教えてもらった上で敵さんがベラベラ喋ってたんじゃ、外す方が難しいですよ!』

「では、残りの一体は任せてもらおう!!」

 

 二人の戦士を乗せたグフ・カスタムが走り出した。

 

『ちぃっ!』

 

 ドワッジの持つジャイアント・バズが向けられる。

 

 不発。

 

『折角苦労して奪ったのに!』

「やはりただの野盗であったか!」

 

 一気に踏み込み、ドワッジの胴体にサーベルを横一閃。

 

『お頭ぁ! 助けてくだ』

 

 言い終わる前に、ドワッジのパイロットは死んだ。

 

「頭だと……?」

「おじいちゃん! 右から何かくるも!!」

「何ぃ!?」

 

 クマゾーの言葉に反応し、機体を移動させる。

 すると、その一瞬後に、ビームの光が轟いた。

 

『今のを避けたか……!』

 

 先程の男達とは違う、声が聞こえた。

 

 川から上がってきたのは、円盤型のモビルアーマーだった。

 

「ジオンのものではない!?」

『こんな寂れた村でアッシマーを出すまでもないと思ったが!!』

 

 円盤が変形する。

 その正体は連邦軍のモビルスーツ、アッシマーだった。

 

「旧式ばかりではなかったか!」

『死ね!』

「左に避けるも!!」

 

 考えるより先にクマゾーの言葉が。

 左に回避。

 

『なんで二回も避けれたんだ!? こうなったら……!』

 

 アッシマーを変形させる敵パイロット。

 

『アッシマーなら、こういう戦い方も出来る!』

 

 円盤形態による、突進が攻撃来た。

 

「ぬぉっ!?」

「わぁっ!? うわぁーーーッ!」

『校長先生! クマゾー!!』

 

 アッシマーに押し込まれ、そのまま空中へと掬い上げられるグフ・カスタム。

 高度がぐんぐん上昇していく。

 

『ガンキャノンのパイロット! 何とかできないの!?』

『俺が撃ったらまとめて落としちまうよ!!』

 

 やがて、村が小さく見える程に高い場所へ。

 アッシマーが、離れた。

 

『ロートルめ! 地球の重力に引かれて落ちるがいい!!』

 

 モビルスーツ形態に変形からの、蹴り攻撃。

 

「お、落ちるも!!」

 

 絶体絶命のピンチ。

 

「まだだ!」

 

 だが、ノリスは諦めていなかった。

 グフ・カスタムの腕から伸びたヒード・ロッドが、アッシマーの足を捉える。

 

『なんだと!?』

 

 流石にすぐに異変に気が付いたアッシマーのパイロットが、ビームライフルを連射。

 ノリスは振り子の様に体を揺らしながら、これを回避してみせる。

 

『なんて動きしやがる! 機体の腕が保たないだろうに!!』

 

 アッシマーのパイロットの指摘通り、グフ・カスタムの右腕からは嫌な悲鳴が聞こえてきた。当然、このまま落ちれば命はない。

 

『心中なんてゴメンだ!』

 

 円盤形態に変形し、脱出を図る。アッシマーのパイロット。

 

「逃がすものか!!」

 

 ブースターを最大出力で噴射。

 グフ・カスタムの腕が、更に悲鳴を上げる!

 

「保ってくれぇいグフ・カスタムよ! 今一度、私に大切な人を守る力をおおおお!!」

『やめろっ! 来るな! 来ないでぇえぇぇぇぇ!!』

 

 回り込む様にアッシマーの上を陣取り、そのままサーベルを突き刺した。

 

『ア……アッシマーが!?』

 

 その言葉を最後に、アッシマーは爆発した。

 




あとがき。

 こんにちは、一条和馬です。

 第一章第二幕08小隊篇、如何だったでしょうか?

 執筆に際してOVA見返したり、小説版読んだりしたので小隊面々がそれっぽい動きをしてくれたのではないかと自負しております。

 ファースト本編経由という事で、ビームサーベル風呂以降の話しか書けずOVA9、10、11話のみというボリュームにはなったのですが、書き上げてみれば予想よりも濃く出来たのでホッとしております。オマケで書いた後日談が一番楽しかったのは内緒。

 さて、三幕からは主人公はコジマ大隊を離れ、仲間と共にジャブローへ。

 遂に、白い“アイツ”と出会い、また白い“アイツ”を再会します。

 次回以降の更新をお楽しみに!

 君は生き残ることが出来るか?

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