機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第一章第三幕~ジャブロー攻防篇~
第17話【フォリコーンの日常】


U.C.0079

 

「マギーさん! スペシャル・カレー一つ!!」

「いいよ」

 コジマ大隊からフォリコーン隊に復帰して早二日。

 オデッサ作戦の成功から地上のジオン軍が混乱状態に陥ったせいか、ジャブローまでの道中は戦時中とは思えないほど平和な旅路だった。

 そんな俺の平和な一日は、コックのマギー・リードマン姉さんの得意料理である“スペシャル・カレー”から始まる。

 

 スペシャル・カレー。

 その正式名称は“トラウマ克服カレー”。

 

 それは一見ただのカレーに見えるが、通常のカレーとは決定的に違う部分があった。

 

「はい、“トラウマ克服カレー”ね」

 

 手際よい動きでマギー姉さん用意してくれたのは、皮を剥いただけのジャガイモが乗った、大盛りのカレー・ライスだ。

 

 インパクトは確かに凄いが、宇宙世紀世界にとばされてからホームシックにかかっていないのは、この料理のおかげであるのかもしれない。

 

 最も、このメニュー自体は他のクルーには大不評で、これを頼むのは俺と、作った本人であるマギー姉さんのみであるらしい。女子だらけのフォルコーンでこんな男気しかない料理に人気が出ないのは、確かにわからんでもないが。

 

「分隊長、本当にそのメニュー好きですよねぇ」

 俺がトレイを持って移動した席には、既にシャード分隊の部下の二人が座って待っていてくれた。

「クロイ、男にはこれくらいガッツのあるものが必要なんだよ」

「いや、僕も男ですけど、そんなの無理ですよ……」

 サラダを食べながらそう言ったのは、クロイ・チョッコー。我がシャード分隊のナンバー2だ。

 自前のカメラで撮った日常の一ページをアルバムに収める、極めて年相応の少女らしい趣味を……。

 

「「え?」」

 彼女……いや、彼? の言葉に、俺と、向かいの席にいたもう一人の部下、ヨーコ・フォン・アノーと共に間抜けな声を挙げてしまった。

 

「え? どうしたんですか分隊長……?」

「お前……男だったの!?」

「そうですけど!?」

「「「ええぇーっ!?」」」

 

 その声は、俺達だけでなく、食堂にいたメンバー全員の声も重なった。

 

「まさっ……まさか今まで知らなかったんですか!?」

「いや、だって嘘だろこの艦には俺しか男いないと思ってた!!」

 ワナワナと震えるクロイに対し、俺は思った事を口にした。

 

 この食堂の主であるマギー姉さんが中性的な見た目な女性であった事もあってか、そう言う見た目の人も皆女性だとばかり思っていたのだ。

 まぁ、姉さんに関しては、よく見るとちゃんと出る所出てるのでちゃんと女性とは分かるんだけども。

 

「本当に男ですよ! もう、分隊長が地球に落ちちゃった後、僕しか男いなくて心細かったんですからね!」

「マジか……。ヨーコは知ってた?」

「全然知りませんでした……!」

 俺の横で驚きの表情を隠せない様子のヨーコがズレたメガネ(伊達)を上げなおしていた。基本無表情の彼女がこんなにも表情筋を動かしているのを見るのは珍しい。この場に鏡はないが、きっと俺も同じかそれ以上に変な顔をしていると思う。カウンターの向こうのマギー姉さんが震えながら視線外しやがった。

 

「つ、つまり僕、今まで分隊長にすら女の子扱いをされて……!?」

「今でも女の子だと思ってるよクロイちゃん。ちゃんとチンチン付いてんの?」

「セッ……セクハラですよそう言うの!!」

 男だと分かれば遠慮する必要ないやと椅子を半歩近づけ接近すると、クロイは顔を真っ赤にしながら同じくらい距離を取ってしまった。

 

「この反応、どう思うヨーコ君」

「乙女だと思われます分隊長殿」

「俺もそう思うわ」

「本当に違うんですってー!!」

「お、何だ何だ? 何の騒ぎ?」

 クロイが更に赤面しながら抗議していると、丁度訓練を終えたグレン分隊のヒータ達が食堂へと入ってきた。

 

 現在フォリコーンにはモビルスーツは三体しかないが、どうもジャブローで追加生産されたジムを受領する手筈となっているらしい。

 

で、その配置転換用のテスト訓練を行っているのが本日という訳だ。

 

最も訓練自体は宇宙でも行っていたので、今回は最後の承認試験の様なもの。因みにクロイとヨーコは見事合格し、これで我が分隊はモビルスーツで構成される事になる。

 

「……」

「よぅヒータ。そっちはどうだった?」

「……まぁ、戦闘機も悪くないだろうよ。根暗ちゃんはどうだ?」

「受かりました」

「良かったじゃん」

 “根暗ちゃん”と呼ばれたのはヨーコだ。

ヒータは普段通りだが、ヨーコの方は彼女を見ると途端に機嫌を悪くする様にも見える。

 

「分隊長、自分は先に休ませていただきます」

「お、おう……ちゃんと寝ろよ!」

「失礼します」

「……」

 

 さっきまで一緒にクロイを弄っていた時の表情すら忘れた様な氷の仮面をつけたヨーコが食堂を出るまで、俺達は何故か黙っていた。

 

「相変わらずよく分かんねぇヤツだなぁ……。マギー姉さん! いつものなー!!」

「……ヨーコって、ヒータ苦手なのかな……?」

「え? 分隊長知らないんですか? あの二人の犬猿の仲っぷりは士官学校でも有名だったじゃないですか」

 ヒータがカウンターの方へと行ったのを見た後にそう言ったのは、クロイだった。サラダを頬張りながら彼女……じゃなかった。彼は続ける。

 

「どうも二人は家柄的にも仲が良くないとか」

「家柄? え、何アイツら金持ちか何かなの?」

「それも知らないんですか!? あの二人は同期の中で唯一の貴族だって盛り上がってたじゃないですか!」

 

 ごめん、覚えていない。

 

「士官学校時代の事、あんまり覚えてないんだよなぁ」

「そうですよね……戦争中なんですから、こういう思い出は、忘れた方が良いんですよね……」

 

 男同士だという事もあって気心知れてしまったが故に、ついうっかり口に出してしまったが、クロイは曲解してしまったらしい。

 

 それで良い。俺は“テリー・オグスター”だが“テリー・オグスター”としての記憶がすっぽり抜けてしまった、なんて話をしようものならコイツ等に変な心配をさせかねない。

 

 

「でも、僕思うんですよ。軍人として己を殺すのは良い事かもしれませんけど、人間としてはどうなのかなって」

「……」

「だから、撮った写真をアルバムに付ける癖、始めたんですよね。せめてこれくらいは、人間らしいことしないと……」

「クロイ……」

「……なんて、ネガティブに考えちゃダメですよね! うん!!」

「いや……なぁ、写真撮ってるって事はさ……盗撮とかしてんの?」

「またそうやって茶化す! 今日の分隊長ちょっとオジサン臭いですよ!?」

「そうかなぁ?」

 

 東南アジア戦線から解放されたせいで、ちょっとテンションが変になっているのかもしれない。

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「君がサレナ・ヴァーン少佐だな?」

「はっ。お会いできて光栄であります。シャア・アズナブル大佐」

 目の前で敬礼する仮面の女士官に対し、シャア・アズナブルも敬礼を返した。

 

「報告は聞かせてもらったよ。まさか木馬と例の白いモビルスーツ……ガンダムの同型が宇宙に居たとはな」

「水中にいた大佐がご存知ないのは無理からぬ事でありましょう」

「耳が痛い話だ。だが、私とてただただ水泳を楽しんでいた訳ではない。……ジャブローの宇宙船用ドッグの場所を確認した」

「つまり、これからそこに赴くと」

「そうだ。キャリフォルニアベースの友軍も含めた総攻撃をかける。少佐、着たばかりで悪いが、君にも上陸作戦に参加して貰いたい」

「それが今の命令とあれば」

 と、口にはしていたが、サレナ・ヴァーンの表情は固い。

 

 恐らくそれを隠す為の仮面なのだろうが、同じく仮面を纏う男にとって、それを読み取る事など造作もない事だった。

 

「うむ……ジャブローの様子はどうか?」

 だが彼はそんな事情よりも、軍人としての責務を優先した。

 

「はい……ちょっと待ってください大佐! 上空西側より接近する機影確認!」

 シャアに話しかけられた通信官が声を挙げる。

 

「映像出るか?」

「モニターに出力します!」

「これが君の追う“黒木馬”だな?」

「……!」

 

 海上に出したカメラが捉えたのは、シャアが何度も辛酸を舐めさせられた連邦軍の新造戦艦木馬に酷似した黒い戦艦だった。

 

「黒木馬、ジャブロー基地へと入っていきます!」

「宇宙でガンダムの量産タイプと思しきモビルスーツも確認しました。恐らくその稼働データの受け渡しがあの艦の目的であったというのが、キシリア閣下のお考えであります」

「チッ。我々はまんまと“囮”を追わされていた、という事か……」

 

 だが、その“囮”にジオンのエースを何人も倒されてしまった。

 

 それは恐らく、連邦側にとっても不測の事態であったに違いない。

 

「……サレナ少佐。キャリフォルニアベースの部隊の出撃準備完了後、我々が先行してジャブロー基地に潜入する手筈になっている。それまでは休んでいてくれたまえ」

「了解です……シャア大佐」

「何か」

「あの黒木馬とモビルスーツ……黒いガンダムは私の得物です。それを横取りするというのであれば……」

「白い方のガンダムはともかく、そちらは私には関りはない。出来れば、関りがないまま終わって欲しいものだ」

「そうですか」

 それでは、と言い残したサレナは敬礼の後にブリッジを後にした。

 

「……」

「……なぁ、君」

「なんでしょう、大佐?」

「仮面は、流行っているのか?」

「……多分、大佐の影響かと思いますが?」

「そうかな? 私はそれだけの様には思えんのだ」

「はぁ……ニュータイプの勘、というものでありますか?」

「私は自分をニュータイプだとは思ってないよ」

 

 だが、シャア・アズナブルには確信するものがった。

 

 アレは、自分と同じく“復讐”を目的とした感情を秘めている、と。

 

 だが、自分を“懐に仕込んだ小刀”だとするなら、彼女は“抜身の刀”だ。

 

「……自己の身すら顧みない様な娘を前線に送り込むとは、キシリア閣下は非情でいらっしゃる」

 

 

 精々巻き込まれない様にしなければ、と仮面の裏で男は嗤った。

 


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