「黒いホワイトベース……?」
ホワイトベース隊のアムロ・レイがフォリコーンの事を知ったのは、かの艦がジャブローの宇宙船用ドッグに入港した時だった。
「ブライトさん、あの艦はなんです?」
ブリッジから黒い戦艦が入港するのを見ていたアムロは、キャプテンシートに座っていたブライト・ノアに問い掛けた。
「分からん。ペガサス級はまだホワイトベースしか完成していないとばかり思っていたが……」
「そうですか……」
「あの船、随分と綺麗ね。あんまり戦闘してない様に見えるわ」
そう言ったのは、操舵を担当するミライ・ヤシマだった。
サイド7からずっとホワイトベースの舵を預かっていた彼女は、フォリコーンの状態を一瞥しただけで判断していたのだ。
「僕たちはあんなに苦労してたってのに、気楽なものですよね……」
「むしろ俺達が酷使され過ぎに思えるがな……アムロ。向こうのクルーに挨拶に行こうと思うが、君はどうする?」
「ガンダムも整備も一通り終わってますし、良いですよ」
「決まりだ。ミライ、何かあれば連絡をよこしてくれ」
「了解」
ブライトの後ろを付き、アムロもホワイトベースを出た。
ドッグではホワイトベースが再び宇宙に上がれるように気密チェックの改修が行われている最中であり、そこかしこで整備兵が走り回っている。
「む、ブライト中尉にアムロ君。君たちもフォリコーンを見に来たのかね?」
整備兵の中にいた将校の一人がアムロ達に声を掛けてきた。整備の監督責任を任されているウッディ・マルデン大尉だった。
「あの艦はフォリコーンというんですか?」
「“ブラックベース”ではないらしいな。何でも、西暦時代に実在した特殊部隊の名前が由来らしいが」
言いながら、ウッディ大尉もアムロ達に同道した。どうやら彼も、あの艦のクルーに会う様だ。
「という事は、あの艦も特殊な任務を帯びていると?」
「君たちがガルマ・ザビを討ち取った時辺りからかな、宇宙で先行量産型ジムの稼働データ収集や強襲揚陸艦とモビルスーツの連携訓練などを行っていたそうだ。……最も、後者の方は君たちの方がより実践的なデータを持ってきてくれただろうから、役に立つかは分からんがね」
「ジムというのは、ガンダムの量産機ですか?」
「そうだな。ガンダムほど頼り甲斐のある“顔”をしてはいないが……。そうだ」
ガンダムと言えば、とウッディ大尉は続ける。
「あのフォリコーンにもガンダムが積んであるらしいな」
「なんですって? ガンダムは一体だけではないと?」
「やっぱりそうか」
驚愕するブライトに対し、アムロはむしろ納得したような表情を見せていた。
「アムロは知っていたのか?」
「知っていたわけではないですけど、ガンダムの正式型番は“RX‐78‐2”ですからね。そりゃ、どこかにプロトタイプくらいはあるとは思ってましたけど……」
まさか同じ様にペガサス級に搭載されて、同じ様にジャブローに来るとは……。
“他に人がいないから”という理由でガンダムに乗せられて、ジャブローに辿り着くまで戦ってきた身としては思う事がない訳ではない話だった。
「だからって、今更降りろなんて言われても聞きませんけど」
「何か言ったか?」
「いえ……あ、ハッチ、開きますよ」
ホワイトベースと同型の黒い戦艦のハッチが開き、アムロ達のすぐ近くまで道が伸びる。
「……女の子?」
そこから出てきたのは、アムロより小柄な金髪の少女だった。
下手をすれば彼の幼馴染でありホワイトベースに同乗しているフラウ・ボゥよりも背が低いかも知れない。
彼女に続き、金髪の少年と、長身の女性が続いて歩いてくる。
先頭の少女は確かに士官服を着てはいているが、流石に艦長ではないだろうなとアムロは考えた。
と、なれば後ろのどちらかか。
少年(と、言ってもアムロよりは年上に見える)はパイロットである様に感じ取ったアムロは、消去法で長身の女性が艦長であると判断した。
「大きいですね……」
「あぁ。下手をすれば2メートル近く身長があるんじゃないか……?」
ブライトもアムロと同じ考えだったらしく、一緒になって頷く。
「ブライト中尉。向こうの艦長はマナ・レナ少佐だ。くれぐれも粗相の無いようにな」
「少佐ですか……了解であります」
「ウッディ大尉、何で笑ってるんです?」
「気のせいじゃないかな?」
しかし、明らかに彼の目は笑っていた。
他の連邦士官にたまに見せていたヘラヘラ顔ではなく、どちらかというと童心に帰った様な無邪気な笑顔が微かに、しかし確かに彼の顔にあった。
「ブライトさん、しっかり決めてくださいよ」
それで嫌な予感がしたアムロは、一歩引いた。
「これでも今日までホワイトベースを引っ張ってきたんだ。今更少佐如きに臆しはしないさ」
ブライトの方は“察した様子”もなく、黒いホワイトベース……フォリコーンから出てきた士官の方へと一歩歩み寄った。
「フォリコーンの艦長、マナ・レナ少佐ですね? 自分はホワイトベースのキャプテンを務めさせて頂いております、ブライト・ノア中尉であります」
「えっと……」
しかし、長身の女性はバツが悪そうにブライトから視線を逸らす。
瞬間、アムロは“勘が当たった”と確信した。
「その……私はただのコックです……」
「……ブライト中尉。私が、マナ・レナです」
「は?」
固まるブライトに、申し訳なさそうに小さくなるコックさんと、明らかに機嫌を悪くしたマナ・レナ少佐を除いたアムロとウッディ大尉、そして金髪の少年は噴き出して笑いだしてしまった。
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ボディーガードにコックのマギー姉さんを連れていこうと進言したのは、他でもない俺だった。
なんたってウチの艦長には“威厳”がない。
そりゃ、一緒にいればおっかない部分はよく見るし、結構容赦なく指摘してくる部分はあるが、基本的には年端もいかない少女である。
男である俺が同道するのは士官学校時代からの“お決まり”らしいが、軍で、特にジャブローで少年少女の二人組など舐められるだけだろう、と踏んで一番見た目にインパクトのあるマギー姉さんにも一緒に来てもらったのだ。「テリーくんが横に居てくれたら何言われても大丈夫ですよ」とか「私、人前に出るの苦手なんですけど……」と渋る双方を何とか説得してジャブローの地に降り立った訳だが、まさかこんな“面白いもの”を開幕から見られたのは嬉しい誤算だった。
俺に赤っ恥をかかされたと言われてしまったので、マナはマギー姉さんだけ連れてブライト・ノアと一緒に行ってしまった。
これが恋愛シミュレーションなら明らかにマイナスイベントだろうが、あのアムロ・レイとウッディ大尉とは開幕から共通する話題が出来たというのはどう考えてもお釣りがくる筈だ。
無論、後でちゃんと土下座してやるが。
「アムロ・レイさん、ですよね?」
「そうですけど……貴方が、この艦のガンダムのパイロットですか?」
まさかド直球で聞かれるとは思わなかった。
でも、それがアムロ・レイ“っぽい”と考えたら確かにそれっぽい。
「はい。テリー・オグスター軍曹です」
「テリーさん……よろしければ後でそちらのガンダムを拝見したいのですが……」
「むしろこちらからお願いしようと思っていました! 是非、貴方のお話をお聞きしたい!」
アムロが“もう一体のガンダム”に興味を持つのは大体予想が付いていた事だが、まさかこんなに早く交流できるというのは流石に予想外だったので純粋に嬉しい。
「あ、そうだテリーさん。こちら、ジャブローの……」
「ウッディ・マルデン大尉だ。よろしくな」
「よろしくお願いいたします、大尉!」
ウッディ大尉曰く、これからフォリコーンに完成したジムを四機積み込む作業があるらしい。
挨拶もそこそこに、俺達はウッディ大尉のご厚意で一緒に格納庫へと足を向けた。
その時だった。
「大変よアムロ!」
「フラウ?」
ホワイトベースの方から歩いてくる少女の影が見えた。
アムロの言う通り、フラウ・ボゥが息を切らしながら走ってきた。
「どうしたんだい? そんなに慌てて」
「カツ、レツ、キッカの三人が迷子になったって!」
「なんだって!?」
そうか、そんな時期か。
ジムの格納庫で潜入したジオンの兵と接触した彼らは拘束されるが、機転を利かせて脱出し、爆弾を回収してそれを捨てる手助けをするという偉業を……。
……おい、それってつまり、ジオンがもうここに潜入を始めたって事じゃないか!
「カイさん達がバギーを止めて待ってるわ!」
「分かった! …すいませんテリーさん。ガンダムの話はまた後ほど」
「あぁ……フラウさん、でしたっけ? 人探しの様ですが、俺もお手伝いしましょうか?」
「良いんですか!? では、私と一緒に!」
カツ、レツ、キッカの三人組の居場所は分かる。
が、その場所に直行すれば、逆に彼らを巻き込んでジオン兵と戦闘する事になる。
と、なれば、俺が取るべき行動は一つ。
セイラ・マスと、“赤い彗星”……シャア・アズナブルとの接触だ。