「見つけた!」
白いイフリートの足取りは、すぐに掴めた。
ジャブローの地下は天然の洞窟を利用したものだ。
入り組んだ地形が敵の進軍を妨害するのは勿論だが、もう一つ利点がある。
それは、向こうが右往左往しようが、こちらのテリトリーである以上、どこに逃げるかは容易に想像出来る事だ。
そして一番近い逃げ道は、地底湖から外に脱出するルートだけだ。
<追い込んだつもりかしら!>
白いイフリートが、転進した。
<邪魔者を離して仕切り直してくれるなんて、貴方にも良い所があるのね!!>
「悪いが、ここには“もう一人いる”! アムロ・レイ!」
<!?>
しまった。叫んだのは不味かったか。
殺気を気取られたせいで、白いイフリートは後退。そのすぐ後をビームの光が横切った。
『今のを避けた!?』
死角から飛び出したのは、もう一体のガンダム。
いや、正確には俺の方が“もう一体のガンダム”なのだが、今はそんな事どうでもいいんだ、重要じゃない。
二体のガンダムが、ジャブローに並び立つ。
『テリーさん! このモビルスーツ、普通じゃないですよ!』
「パイロットもな! この女はニュータイプだ!」
『分かるんですか!?』
「間違いなくな!」
それに、もう一つ分かった事がある。
あの白いイフリートに乗っているのは、さっき会った“仮面の女”だ。
だがやはり、アイツに俺が狙われる理由がさっぱりわからない。
「おい、白いイフリートのパイロット!」
『オープン回線!? 何をしようってんです!?』
『……何かしら』
イフリートから、女の声が聞こえた。
あの“思念”と同じそして、あの“仮面の女”の声だ。
「お前は私怨で戦っている様だが、ここにいるのは一年戦争中最強のガンダムが二機だぞ! 勝ち目はない!」
『一年戦争……?』
あ、やべ。
アムロが余計な事に気が付きやがった。
こうなれば勢いで誤魔化すしかない。
「見逃してやる! そして二度と俺の前に現れるな!!」
このイフリートのパイロットは、確かにクロイを殺した。
だが、戦争である以上、殺せば殺される。
そしてこの宇宙世紀世界の歴史は、その憎しみの連鎖で成り立っているのだ。
どこかで断ち切らねば、それは更に大きい怨嗟を生んで……。
<ふざけるなッ!!>
「なっ!?」
『今のプレッシャーは……あのモビルスーツから!?』
<私から全てを奪った貴様が! 貴様への復讐しか残されていない私が!! お前の事を忘れて逃げ帰れと!? どれだけ私を怒らせれば気が済むんだ!!!!!!>
仮面の女の心の叫びと共に、白いイフリートが黒いオーラの様なものに包まれた………って、何だアレ!?
「サイコミュシステムだとでも言うのか!?」
しかしそんな訳がない。
今の時代で、あんな不可思議現象を起こす様なサイコミュシステムは、まだ存在しないはずなのに……!
『アレは……危険だ!』
「説得は失敗か……アムロ! ここであの女を倒す! 力を貸してくれ!!」
<お前が死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!>
黒いオーラを纏った白いイフリートが、直進してくる。
「馬鹿の一つ覚えじゃないか!!」
ビームライフルを連射。
今回は避けられないように、間隔と射角を少しずつずらしながら撃った。
が、当たらない。
まるでこちらの動きを読んでいるかの様に、撃った時には向こうの回避が終わっているのだ。
「お前チート使ってんじゃないだろうな!?」
俺が悪態を付いている間にも、白いイフリートは接近。実体のサーベルがものすごい勢いで振り下ろされた。
「くそっ!」
盾を捨てながら後方に回避。
機体の方は無事だったが、ビームライフルが真っ二つに両断されてしまう。
『うおぉぉ!』
振り切った隙を狙って、アムロのガンダムが横から強襲を掛けた。
<邪魔をするな!!>
逆刃のビームサーベルを展開し、ガンダムのビームサーベルを受け止める白いイフリート。
『ビ、ビームサーベルの出力で負けている!?』
「何だあのモビルスーツ!? マジでバケモンか畜生!」
ビームサーベルの切っ先を正面に、突撃。
あの状態なら、俺からの攻撃は防げまい!
それが慢心だった。
白いイフリートが背中に手を回す。
砲身を短くしたザク・マシンガンの様な兵器の銃口が、こちらに向けられた。
「!」
ちゃんと射撃武器も持ってるのかよ!
だが、ザク・マシンガン如きで怯むガンダムではない。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
放たれた銃弾はマシンガンと呼ぶには遅過ぎる連射速度だった。
が、その分一撃一撃が重く、三発四発は重たい音を受けきったが、五発目でよろめき、六発目で後ろに大きく傾いた。
『テリーさん‼』
「いってぇ! 頭ぶつけた!!」
後頭部に激しい痛みが走る。マジ痛い。
こんな事なら、ちゃんとノーマルスーツ着てから出撃するんだった……!
なんとか機体を起こそうとする。が、視界がグラついて上手く操縦桿を操作出来ない。
頭を振って無理矢理振動を緩和し、ガンダムを起き上がらせる。
丁度、アムロのガンダムと白いイフリートが離れた。
<お前に用はない!!>
白いイフリートの脚部に装備されたミサイルポッドが火を噴く。
ガンダムの手前で爆発したミサイルは、周囲に白い煙をバラいた。
『これは!?』
「煙幕!?」
煙幕の範囲は凄まじく、少し離れた場所にいた俺のガンダムの視界も一瞬で真っ白になる。
さっきのマシンガンといい、あのイフリートは徹底的に白兵戦仕様にチューンされているらしい。
だが、有視界戦闘に特化したモビルスーツ戦で煙幕を使用するのは、向こうだって不利な筈だ。
「どこから来る……?」
いや、俺ならどこから攻める……?
「!」
言葉が、走った。
「上か!」
もう片方のビームサーベルを引き抜き、二本共を上に構える。
衝撃が、のしかかってきた。
<馬鹿な!?>
白いイフリートから、驚愕の色の思念が飛んできた。
「やっぱりそうか……お前! そんなに操縦上手くないな!!」
<なんだと……!>
あの白いイフリートは、確かに強敵だ。
だが、攻め手のパターンが少ない。
しかも、そのどれもが性能に頼った力押しだ。
「それさえ分かれば、戦いようはあるというもの!!」
<チィッ!>
イフリートが後ろに下がりながら、煙幕ミサイルをばら撒く。
晴れてきた視界をまた悪くするつもりだろうが、既に弱点は分かった!
相手が反撃する間も与えずに畳み掛ける!!
「いけぇぇぇぇぇ!!」
ビームサーベルをがむしゃらに振り回しながら肉薄する。
<こんなものに!!>
二本のビームサーベルと、逆刃のビームサーベルが交差し、眩い光を放つ。
『まだだ!』
そこに、アムロのガンダムのビームサーベルも加わる。
<くそ……!>
一本のビームサーベルで出力が負けていても、三本束ねればどうか?
古の戦国武将、毛利元就の言葉の応用だ。
「歴史オタクなめんじゃねぇ!!」
更に押し込んだ、その時だった。
急に、重力から解放された。
「は……?」
衝撃。
『うわあぁぁぁぁ!?』
アムロの悲鳴も横から聞こえた。
な、何があったんだ!?
今の流れだと、完全に俺達が押し切って勝利するパターンだったじゃないか!!
<フフフ……フフ、ウフフフフフフフフフフ!!>
嫌な笑い声の思念が、はっきりと聞こえた。
<流石だよ……流石だよガンダム! 黒いのも白いのもやるじゃないか!! まさかこのイフリート・ダンの“本気”を出させてくれるなんてねぇ!!>
「本気だと!?」
白い霧が晴れる。
視界の先には、更に黒いオーラが増した白いイフリートがいた。
<サーベルが二本ともやられるのは計算外だったけど!>
彼女の思念の通り、力負けした逆刃のビームサーベルは無様にひしゃげていた。アレでは実体剣としても使えまい。
剣を投げ捨て、彼女は叫んだ。
<EXAMシステム! 起動!!>
「はあぁあぁあぁ!?」
イフリートの目が赤く光り、黒いオーラと合わさって更に邪悪な姿に変わる。
「嘘だろ……まさかあのイフリート、EXAMまで積んでるのかよ!?」
サイコミュシステムとEXAMシステムの二足の草鞋イフリートとか、悪魔や化け物なんて形容していいものじゃない。というか、明らかに反目するようなシステムを積んで、まともに動く方がどうかしている。
『消えた!?』
「はっ?」
焦って色々考えてしまったのが仇になった。
一瞬前まで目の前にいた白いイフリートを見失ってしまったのだ。
「どこ……にぃぃぃぃぃぃぃ!?」
左側から物凄い衝撃が襲ってきた。
一瞬視界にイフリートが映り、また消える。
相手が空手じゃなかったら、確実に今のでやられていたじゃないか!
「あれじゃまるでトランザムじゃないか! 今は宇宙世紀なんだぞ!!」
<その訳の分からない悲鳴! その言葉すら今の私を高揚させる!!>
拳が。脚が。一瞬映る度に、激しい揺れがコックピットを襲う。
『うわっ!』
「アムロ! ぎぇっ!」
情けない声をあげてしまったが、今は体裁とか気にしてられない。
白いイフリートの、赤い肩の残像だけが嫌に目に残る。
「このままだと、押し負けるぞ!」
ガンダムが二機あって、文字通り手も足も出ない状況だった。
アムロと会ってから、ここであの白いイフリートと再会してから、妙に思考がクリアになって敵の動きが何となくわかる様な、そんな気がしていた。
が、相手がそれ以上の動きをして襲って来るとなれば、その“予感”はあまり意味がない。
“予測可能回避不可能”がこんなにも恐ろしいとは思わなかった!
「右!」
<死ねよやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!>
血の様な赤のショルダーが、眼前に迫っていた。
思わず目を閉じる。
ぶつかる金属音。
俺のガンダムからでは、ない。
「……?」
瞼をゆっくり開く。
……つもりだったが、同時に世界もスローモーションになったかの様に動きが鈍くなっていた。
目の前の白いイフリートが、不自然に横に逸れる。
そして続くように視界に入ったのは、一機のジム。
<クロイの……かたきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!>
ヨーコ……!?
「!!」
遅れて、音と衝撃が襲ってきた。
<は、離せ!>
『うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!』
ヨーコの乗るジムがバーニアから巨大な炎を吹かしながら、白いイフリートを拘束する。
「ヨーコやめろ! そのジムでそんな事をすると!!」
“MS IGLOO”でジオンのモビルスーツ、ヅダと戦ったジムを思い出す。
あののジムは確か、ヅダに対抗して無理な出力を出した結果、機体が耐えられずに自壊した筈だ。
俺の嫌な予感の通り、ジムの各所から嫌な煙が噴き出していた。
『死ねええええええあああああああああああああ!!』
ヨーコの叫びと共に、二機のモビルスーツが近くの地底湖へと落下していく。
そして、爆発が、一つ。
「ヨーコ! ヨーコ!! ヨーコォォォォォォォォ!!」
この日、俺は部下を二人も失った。