機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第23話【別れと再出発】

 

「はぁ…………」

 

 人気(ひとけ)のないフォリコーンの食堂で、ヒータ・フォン・ジョエルンがため息をつく。

 

 ジャブロー基地がジオン軍部隊による攻撃を受けて、既に半日が経過していた。

 

 “赤い彗星”シャア・アズナブルに“血塗りの花嫁”と命名された謎のネームドを加えた部隊による襲撃により、ウッディ・マルデン大尉以下、多くの連邦軍の兵士が戦死。

 

 フォリコーン隊からも、遂に戦死者が出てしまった。

 

 

 テリー・オグスター軍曹の指揮するシャード分隊のパイロットであるクロイ・チョッコー伍長にヨーコ・フォン・アノー伍長である。

 

 

「…………」

 

 戦場で“死”は不思議な事ではない。

 

 だが、今まで後方勤務が主だったフォリコーン隊の面々にとって初めて直面する“死”の重圧は相当重いもので、ヒータだけでなく、クルーのほとんどが参っている状態だった。

 

 ほぼ全員が卒業して間もない同期ともなれば、尚更だろう。

「……でも、これじゃダメだよな」

 

 悲しみに浸る位なら、せめて身体を動かして紛らわせよう。そう考えたヒータは食堂から出た。

 

「よぅ、ヒータ!」

「テリー……」

 

 食堂から格納庫まで続く廊下を移動している時に最初に会ったのはシャード分隊の隊長である、テリー・オグスターだった。

 悲しみに包まれたフォリコーンの中で、嫌に元気な彼の声が響く。

 

「ガンダムの整備は終わったのか?」

「いや、まだだ。先にクロイ達の“遺品”を片付けようと思ってな!」

 

 そう言った彼は、脇に抱えていた折りたたまれた段ボールの束を見せてくれた。

 

「そうか……オレも、手伝おうか?」

「それは助かるな! 頼むよ!」

 

 士官学校時代からずっと片想いしてきた男と、二人だけで肩を並べて歩く。

 

「……」

「……」

 

 ずっと待ち焦がれたシチュエーションなのに、ヒータの心は全く踊らなかった。

 

「……」

「……」

 

 ただただ、沈黙だけが続く。

 

「……なぁ、テリー」

「ん? どうした?」

 

 耐えられず、つい声をかけるヒータ。

 

「えっと……」

 

 しかし、そこからが続かない。

 

 どう言った言葉を掛けるのが正解なのだろうか?

 

 “点数稼ぎ”なんて嫌な単語が脳裏によぎる。

 

 そんなのは悪いと思いつつ、しかし予想以上に精神的に参っていたヒータは心のどこかで頼る“何か”を求めていたのかもしれない。

 

「あぁ……気にしなくても良いよ」

 

 彼女の心の中の葛藤を別の物と勘違いしたのか、テリーはヒータの言葉の続きを待たずに話し始める。

 

「俺達戦争やってんだもんな……そりゃ、殺せば殺されるよ……」

 

 でも、と彼は続ける。

 

「これでふさぎ込んでちゃ、それこそクロイとヨーコに合わせる顔がないよな! 早く戦争終わらせてやる方が、きっと天国に居る二人も喜ぶさ!!」

「テリー……!」

 

 なんて、強い心を持っているのだろう。そうヒータは感心した。

 やけに明るく振舞っていたのは、皆が、自分が意気消沈していたからだろうか?

 

「ふふっ……」

「なっ、なんだよ急に!?」

 

 心に寄り添う“何か”を求めていたヒータにとって、これほど嬉しい事はなかった。

 

 テリー・オグスターがマナ・レナと関係を持っている、という噂はヒータも知っている。

 

士官学校時代にあれだけべったり一緒に行動していたのに、全く進展がないとは思えない。

い。

 

 ……実際は卒業後再会するまで全く進展していなかったのだが、それは彼女が知る由もない話だ。

 

「別に」

 

 とまれ、今のヒータにとって重要なのは、横に居る男は自分を見て、自分の心配をしている事だけだった。

 

 

「ただ、お前はやっぱり強いんだなって」

「はぁ?」

「気にしなくても……おいテリー。クロイの部屋、ここだぞ?」

「えっ? あ、本当だ……」

 

 気の抜けた声を出しながら小走りでヒータの元へと戻ってくるテリー。

 

 クロイの使用していた部屋を開ける。

 

 部屋の主がいないので、当然照明は点いていない。

 

「失礼するぞ、クロイ」

 

 短く敬礼してから、入室。照明のスイッチに手を伸ばす。

 

 部屋は男が一人住んでいたとは思えない程に綺麗に整頓されていた。

 

 備え付けのベッドに机はそのまま。机の上に何冊かアルバムがあり、その横にカメラが置いてある以外は特に何もない部屋。

 

 質素な生活を好んでいた……という訳ではない。

彼にとってパーソナルスペースは机の上だけで充分だったという事なのだろう。

 

「オレ、クローゼットの方やるわ」

「ああ」

 

 テリーから折りたたまれた段ボールを一枚拝借し、組み立てる。

 

「……ん? おいテリー。ガムテープはどうした?」

「……あれっ、忘れてきたみたいだ……」

「おいおい、それじゃ詰めても底から全部出るじゃねぇか。……仕方ない。オレが取ってくるから、先やっといて」

「悪いな!」

 

 段ボールだけ持ってきて、何するつもりだったんだろうな?

 そんな事を考えながらヒータは格納庫の隅まで小走りで移動し、物色。

備品管理用のシートに記入……しようとしたら、テリーが段ボールを借りる旨を記載していない事に気が付く。

 

「後でメシの一杯くらい奢って貰わねぇとな……!」

 

 本当はダメだが、仕方なく代筆。

たまに変な所が抜けてる奴だというのは昔から見ていたのでなんとなく知っていたが、まさかこんなに酷いとは思わなかったヒータは困り半分、嬉しさ半分で微妙な笑顔を浮かべながらまた小走りで部屋へと戻って行く。

 

「そりゃ、マナも心配で離れられない訳だ」

 

 彼女の代わりに自分が隣に立っている事を思うと、更に変な笑いがこみ上げそうになるヒータ。

他の誰とも廊下で接触しなかった事に感謝しつつ、再びクロイの部屋へ。

 

 

「おいテリー! 進捗どう………」

「……………」

 

 ついつい内面からにじみ出る喜びで頬が緩んでいたヒータが、固まる。

 

 進捗なんて全くダメである。ヒータが外に出てから全くの変化がない。

 

 

 

 

 あるとすれば、机のすぐ横でテリーが背を向け、胡坐をかいているだけだった。

 

 

 

 

「おいおいどうした? 自分からやるって言っといてサボるのは……ッ!」

 

 軽口を叩こうとした口が止まった。

 

 テリー・オグスターが、必死に涙をこらえ、震えていたからだ。

 

「お、おい! どうしたんだ!?」

 

 備品のガムテープを放り投げたヒータがテリーの方へと近づく。

 

 彼の手には、クロイが生前趣味で制作していたアルバムが開かれていた。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ、ダメだわ……」

 

 

 

 

 

 

 ぼそり、とテリーが呟く。

 

「なんで……なんで守れなかったんだろうな……俺が、俺がもっとしっかりやってれば………くそっ……くそっ! くそおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 肩を震わせながら、大粒の涙を流すテリーの背中を眺めながら、ヒータは激しく後悔していた。

 

 この男は自分を気遣って明るく振舞っていたんじゃない。明るく振舞わないといけない程に精神をすり減らしていたのだ。

 

 だけど同時に、彼の気持ちが痛い程に分かってしまった。

 故に、そこからの彼女の行動は早かった。

 

「泣けばいいさ。気が済むまで泣けばいい……!」

 

 後ろから包み込む様に、テリーを抱いたヒータ。

 彼の震えが、不安が、密着したヒータの胸から身体全体に伝わる。

 

「マナや他の連中には秘密にしといてやるから、今は感情に身を任せな……」

 

 

 その後、ヒータの胸に顔を埋めながら、大声で泣いたテリー。

 

 

 一息ついた後、彼は何度も彼女に感謝の言葉を述べながら、一緒に部屋の片づけを行った。

 

 

 やがてクロイとヨーコ、二人の部屋を片付け終わった頃。

 

 

 ヒータはぼそり、と彼の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

 

「なぁ……これ運び終わったら、その……オレの部屋に、来ないか……?」

 

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ホワイトベース、及びフォリコーンは第13独立部隊として、本隊とは別にジオンの小惑星、ソロモンに向かってもらう」

 

 それが、連邦軍上層部の言葉だった。

 

「お言葉ですが少佐。たった二隻で、でありますか?」

「“ニュータイプ部隊”と噂されるホワイトベース隊だけで行かせるのは忍びないと同型艦の“オマケ”も付けてやっているのだ。これだけでも寛大だと思ってもらいたいものだな」

 

 ブライト・ノアの言葉に対し、連邦士官の返答は冷たいものだった。

 

 敵基地を四方から攻めるオデッサ作戦において、ホワイトベースはたった一隻とモビルスーツ部隊だけで右翼を務め果たした功績がある。

 

 加え、今の連邦宇宙艦隊はルウム戦役以降ガタガタの状態だった。

 

 今回、ジャブローで新造された戦艦を打ち上げるので数は確保出来るものの、やはり万全とは言えない。

 

 新兵と現地調達兵で構成されたホワイトベースもまた、貴重な戦力の一つだったのだ。

 

 

 だが、それ以前にブライトの横に座っていたマナ・レナには到底聞き流せない言葉があった。

 

 

「少佐。レビル将軍直接指揮下にある我々フォリコーン隊を“オマケ”扱いするのはいささか発言に問題があると思われます」

「士官学校特待生というだけで少佐になった小娘が生意気言うな。ペガサス級の“端材”で作った艦籍番号も存在しない艦に、取りこぼしのプロトタイプモビルスーツ。更にクルーのほとんどが学生上がりで戦果の一つも挙げられていないような弱小部隊など、正しく“オマケ”以外に形容しようがないではないか! 貴重な量産機を二機も渡したのに早々に撃墜させておいて、何が“発言に問題がある”だ! 貴様らの方が問題だらけではないか!」

「……!」

「……最も、君の様な若い娘の場合、もっと他に役にたてそうな事はあるが」

 

 実年齢より少し幼く見える容姿に、顔に不釣り合いな二つの果実を服の下に隠したマナに対し、連邦士官が鼻の下を伸ばしながら上から下にと眺め始める。

 

 マナとブライト、そして名家“ヤシマ家”の娘として同席していたミライ・ヤシマの三人が一様に連邦士官に対して軽蔑の眼差しを向ける。

 

 

「少佐。その発言が公的な場に相応しくないな」

 

 

 固く口を閉ざしていたヨハン・イブラヒム・レビル将軍が口を開いた。

 

「将軍。今回の概要説明は全て小官に一任されていると……」

「娘ほどの年の士官にセクハラをするのを容認するほど、私はお前たち程腐ってはいない」

「……チッ」

 

 一喝するレビルに対し、連邦士官が悪態をつく。

 

 連邦の実質最高責任者に対しても、この態度。

 

 

 ジャブローの上層部は、徹底的に、底の底から腐っていたのだ。

 

 

「すまんな、マナ“中佐”。不快な思いをさせた事、心より謝罪する」

「し、将軍閣下が頭を下げる事では……中佐!?」

 

 自分の聞き間違いか、レビル将軍が言い間違えたのでは、と焦るマナに対し、レビルは彼女を手で制しながら続ける。

 

「フォリコーン隊の活動記録は見させてもらった。君たちの集めてくれたデータ……特にモビルスーツを使用した宇宙での稼働データは貴重なものだ。地上でホワイトベース隊が集めてくれたデータも合わせれば、これから建造するモビルスーツにはより高度かつ詳細な動きをサポートするコンピュータを取り付けることが可能だろう。技師によると、相乗効果も相まってモビルスーツ・ジムは当初の予定より30%以上の能力向上が認められたそうだ。……これ程の“戦果”を挙げれば、昇進させない訳にはいかないと思うが。ブライト中尉はどう思うかね?」

「はっ。前線を経験させて頂いた身から言わせていただきますと、後方からの支援物資の質が上がるのは士気向上にも大きく関わる、多大な“功績”と言わざるを得ません!」

「この通りだ。……少佐。君は上官に対して無礼な口を聞いた事になるが、何か言う事はないのかね……?」

「……申し訳ございませんでした」

 

 上官であることをはっきりと突き付けられては、流石の腐った連邦士官でも頭を下げないといけない。

 

「良かったですね」

「……ありがとうございます」

 

 それとなくミライ励まされたマナが感謝の言葉を述べると、レビルとブライトもほほ笑んだ。

 

「無論、マナ中佐だけではない。フォリコーンのクルー達も同様に昇進させよう。宇宙に上がってもらうのは三日後だから、昇進式はそれまでに済ませんとな。以上、解散!」

 

 レビル将軍の言葉の後、ブライト・ノア、ミライ・ヤシマ、そしてマナ・レナの三人は敬礼し、会議室を後にした。

 


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