「民間の飛行機かジャブローに降りたぁ?」
「それ、本当なのです?」
レビル将軍の計らいによって少尉に昇任した俺がマナと食堂でランチを食べていた時、そんな噂が耳に飛び込んできた。
「本当ですよぅ! 私、ちゃんと見たんですから!」
噂を流してくれたのは、いつもブリッジでマナの命令をオウム返しの様に連絡してくれる通信官のコダマ・オームちゃんだった。つい最近、やっと名前を覚えた。
オウム返しするから“オウムちゃん”と秘かに呼んでいたのだが、ドンピシャ彼女の渾名だった時は驚いた。名は体を表すというが、まさかそのまんまのような子が存在するとは流石の俺の目を以てしても見抜けなかったというもの。
“彼女にバレた秘密はのその日の内に真反対のコロニーにまで伝わる”とまで言わしめたコダマちゃんのトークは無論、こんなものでは止まらない。
「それに艦長ヤバイですよ!」
「それって、今私が食べてるカルボナーラが貴女の話を聞いている間に段々渇いてくるのよりもヤバイ?」
「どっちもヤバヤバです! その民間飛行機、“トック・カンパニー”って書いてたんですって!」
トック・カンパニー?
全く聞き覚えのない言葉だ。
カンパニーというだけあるから会社なのだろうが、一体何を作っているのだろうか?
「……まさか」
しかし、マナには心当たりがある様だった。
どうやら、眼前の渇きゆくカルボナーラ以上に深刻な問題が来たらしい。
「十中八九、御曹司ですよ、御曹司が来たんです!!」
「どこで噂聞きつけてきたんだろうなぁ……」
頭を抱えながら、ウンウンと唸り出すマナ。
嗚呼、カルボナーラが……。
「なぁ、艦長。カルボナーラが可哀想だ。貰っていい?」
「ダメよ。私からチーズを奪うとか例えテリーくんでも許されない大罪なのよ? ……ま、御曹司と大親友であらせられるテリー・オグスター少尉殿にはこの気持ち、わからないでしょうね」
俺が、トックなる会社の御曹司と大親友?
つまり……。
「え、俺って金持ちだったの?」
「さぁ? 学食代ケチってご飯抜いて医務室に運ばれた事あったし、相当金持ちだったんじゃない?」
「超貧乏じゃねぇか」
「他人事みたいに言うわね」
だって他人だし。とは言えなかった。
どうせなら“テリー・オグスター君の16年これまでの記憶”みたいなのでどこかに残っていれば良かったものの、どうも彼はそこまで几帳面じゃなかったらしい。
「で、その御曹司君はジャブローに一体何の用があってきたんだろうな?」
「……テリーくん。それ冗談で言ってる?」
「は?」
「オグスター君。流石にそのシャレにはセンスないよ」
「え? え?」
マナとコダマちゃんの両サイドから攻撃を受ける。
俺、なんかやらかしたのか……?
その時だった。
「いっ……!」
背筋に、悪寒の様なプレッシャーが走った。
嫌だ、こんな事でニュータイプ的な能力発揮したくない。そう思える“何か”を感じ取ってしまった。ような気がした。
「どうしたのテリーくん!?」
「いや、何か嫌な気配が……」
食べる手を止めたマナが俺の横に立って、オデコに手を当ててくれた。
「ちょっと熱っぽい……?」
それはあなたのロリボディーおっぱいが目の前にあるからです艦長殿。
とも言えずに固まっていると。
食堂のドアが開き、横に広い影が俺達を覆った。
「愛しのマナちゃんおひさーーーーーーーーーーあーーーーーあああああぁああぁぁぁぁ!? なんか予想以上に急接近しちゃってるゥーーーーーーーーー!?」
よくわからない、茶色いスーツを着た小太りの男が現れた。
そしてよくわからない言葉で発狂して、よくわからないまま一人で倒れた。
「なんなん、コイツ……?」
「やっぱりドック・トックだったか……」
曰く、彼の名はドック・トック。
地球で民間向けの自動車や飛行機を開発する“トック・カンパニー”の次期社長であり、代々代表を務める名家“トック家”の御曹司らしい。
代々トック家は地球連邦に多大な出資をしている家系にあるらしく、あのジャブローのいけ好かない上級士官でさえゴマをするというのだから、相当の金持ちなのだろう。
“犬”の名前に恥じぬブルドッグの様な厳つい、しかし力強さを微塵も感じないという不思議な顔立ちの彼は現在、モノ言わぬ屍の如く……。
「ふっかあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーつ!!」
起き上がった。
え、なにコイツ。
限りなく絡みたくないんだけど。
「やぁやぁやぁ親友のテリー・オグスター君じゃないか! 聞いたよ少尉になったんだって!! いやぁ流石僕ちんのライバル!! ま、でも僕ちんならすぐに元帥レベルにまではなれるけどねハハハハハハハハ!!」
「マナ、こいつ超面倒なんだけど」
「いつもみたいにはぐらかしなさいよ!」
「おっと! 早速見せつけてくれるじゃないか君達! 良いよ良いよそれでこそ僕ちん達が互いの本気の本気で恋のバトルを挑み、そして唯一僕ちんに勝った男!!」
「どうでも良いけどチンチン言うのやめろはしたない」
「はっ、はしたないのはテリーくんの方だと思うな!?」
「あっ! その照れ顔素敵!! キュン! 僕ちんどうにかなっちゃいそう♡」
「やめろマジで殴るぞ」
「ぼぼぼぼぼ暴力反対! 平和主義のテリー君が大大大親友の僕を殴る事ないよね!? ねぇ!?」
なんだよ大大大親友って……。
しかし確かに、金持ち貧乏は置いておいて、軍人である俺が民間人であるこのおっさんを殴るわけにはいかない。拳を振り上げたい気持ちを、何とか抑える。
「それでこそ僕ちんの知るテリー・オグスター君だね!!」
「俺はお前の事なーーーーーーーーーんにも知らないがな」
仮に忘れているだけなら、よく忘れてくれたテリー・オグスター君と言わざるを得ない。
「ガッビーーーーン! もしかしてもしかして、『戦場に過去の友情は持ち込まない(キリッ』っとか言っちゃうタイプになっちゃった!? あーっ! でもそれはそれで格好いいなーー!!」
「艦長。この民間人を叩き出す許可を」
「今日のテリー少尉はやけに物分かりが良いですね。やってしまいなさい」
「ちょいちょいちょいちょい!! 待ってプリーズマジで忘れたみたいなノリやめない!?」
だってマジで忘れたし。
とは、流石のこの変な奴に言えない。
「……まぁ、今の戦争は宇宙世紀始まって以来の激しいものだと聞いたからね。もしかしたら本当に忘れる程の大激戦だったのかもしれない」
いや、今が一番激しいよ。色んな意味で。
「大丈夫! 君に麗しい友情物語を聞かせて“テリー・オグスターの心”を思い出させるのも、軍に入らなかった僕ちんの務めだから!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
それは、一目惚れだった!
「キャー! ドック・トック様ー!!」「流石、連邦士官学校始まって以来の大天才ね!」「素敵ー! 結婚してー!!」
僕ちんの溢れ出るフェロモンに釣られ、群がってくる女性はこれまで星の数ほど居た!!
でも、彼女だけは……彼女だけは違ったんだ!
その名も……マナ・レナちゃん!
彼女の目を! 顔を! ちょっと低めの身長を!! あとすっげー大きいおっぱいをみた瞬間! 僕ちんは確信したんだ!
嗚呼、これが恋……!
勿論僕ちんは真っ先に彼女の元に向かった。
僕ちんに群がる過去の女達をかき分けながら、こう言い放ったのさ!
「やぁ。“マナ・トック”って名前に改名しないかい?」
「え、嫌ですキモい」
「フッ……僕ちんのオーラを前に断るなんて、おもしれー女」
「マジ無理ですどっか行ってください」
僕ちんはそこで、初めて知ったんだ!
僕ちんは今まで、親の財力と、そしてトック家に代々伝わる勝者としてのフェロモンのみで全てを手に入れていたつもりだったと!!
だけど、彼女が目を覚まさせてくれたんだ!
本当に欲しいものは、ちゃんと自分の手で掴まないといけない……!
是非ともあのおっぱいを揉みしだきたいと!!
だが、恋には障害が付き物だ。
そこで現れたのが、そう、君だったんだよテリー・オグスター君!
「よぅ姉ちゃん。イイカラダしてるじゃねぇか」
「おい、待てや」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「何故止めたんだ! まだ始まってすらいないんだぞ!!」
「どう考えてもお前の記憶の中のテリー・オグスター不良じゃねぇか!!」
「それにドックさん。“連邦士官学校始まって以来の天才”はどうかと思いますよ? 私達が入学するまで三年間休学してたって話じゃないですか」
「それは、それは違うぞ! あくまで三年間自宅を警備していたんだ!!」
汗を掻きながらしどろもどろ始めるドック・トック氏。食堂で聞いていた同級生の面々も一様に「うわぁ…」と顔に書いていたので、彼の言葉に真実はほとんど含まれてないと思って良いだろう。
「だが、君の女のセンスは悪くない」
「ちょっとテリーくん!?」
「おお、やはり君は僕ちんの親友だ! わかってくれるか!!」
そこだけは共感出来てしまったので、俺は彼を熱い握手を交わした。
汗がベットリついた。一秒で後悔した。
「……で、そのドック・トック御曹司様が、何の用事ですか?」
「いや、クライアントとして定期的にジャブローに立ち寄ってどう資金が使われているのか視察していたんだけどね? 愛しのマナちゃんがいると聞いてつい飛び込んで来ちゃったのサ!!」
「うわ、昔みたいな間柄に戻った……!」
渋々聞いただけなのだが、マナの態度を見る限り、これが“平常運転”らしい。
友達居なかったのかな? テリー・オグスター君。
「じゃ、つまり。もう用事はないんだな?」
「つれない事言うなよ親友」
「嗚呼、親友……そうだ、親友ついでに聞きたいんだが」
「なんだい!? 何でも聞いてくれ大親友!」
よし、引っかかった。
これだけ自由に引っ掻き回してくれたんだ。
少しは仕返ししてやらないとな…!
でも女性陣の前で聞いてやるのは可哀想なので、半歩近付いて、彼の耳元で囁いた。
「お前、まだ童貞なの?」
「どどど、童貞ちゃうわ!!!!」
図星だった。
ついでに大声でバラシてやんの。
だが、俺のバトルフェイズはまだ終了していないぜ?
マナの横まで下がった俺は、彼女の腰に手を回し、そして一気に引き寄せた。
「ちょ、ちょちょちょテリーくん!?」
「な、なんて大胆なんだ親友!」
「悪いな大親友……俺、約束破っちまったよ……」
「約束……? まさか……!」
いや、約束なんてカマかけただけだが、どうもこの宇宙世紀時代でも変わらない“男の約束”は存在した様だ。
だから、言ってやった。
「俺、卒業したから」
「なっ……!」
「俺! もう童貞じゃないから!!!!」
「なぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ッ~~~~~~~~~~~!!」
ドック・トックがその場で崩れ、マナは俺の横で顔を真っ赤にして頭から目に見える程に湯気を出していた。
「う、嘘だ! テリー流の強がりだ!!」
「ならマナちゃんに聞いてみなよ! 情熱を秘めた肉体……」
「かっ……艦長命令!! 今すぐこの二人をぶっ殺せ!!!!!!!!!!」
何故か俺も一緒に追われてしまった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「行きましたな」
「そうですね……」
ジャブローの大地から、二隻のペガサス級強襲揚陸艦が飛び立った。
それを基地から見守るのは、ヨハン・イブラヒム・レビルと、ドック・トックだった。
実際には祖父と孫程に年齢が離れている筈なのに、並び立った肩はまるで同年代のそれにも見える。
「しかし御曹司殿。良かったのですかな?」
「何がです将軍?」
「貴方程の財力なら、女性の一人や二人、軍から引き抜いて嫁入りさせるくらい、訳ないでしょう」
「あぁ……そんなこと、しませんよ」
先程のふざけた態度とは打って変わって紳士な態度で、ドック・トックは続ける。
「僕ち……私は、彼女の笑顔が好きですが、私では彼女を笑顔には出来ません。」
「ほぅ」
「それに私は、親友に教えられたんですよ……“この世には、金で買えないものがある”ってね」
「よき親友をお持ちになられたようですな」
「えぇ。なので私は、彼らの……彼女の為に、金で出来る事をしてあげたい」
「フォリコーン建設費のほぼ全てを貴方が出したと聞けば、どういう顔をするでしょうな」
「変わりませんよ」
後ろを向いて、ドック・トックはゆっくりとドアへと歩き出す。
「いつだって私は……彼らの緊張を解す“道化”なのですから」