U.C.0103
小惑星アクシズが地球に落下して、丁度10年。
シャトルの窓から見える地球は“あの日”以降、晴れぬ雲に覆われた“白い惑星”と化していた。
続けて視界に映ったのは、現中央政権が集まる月の首都フォン・ブラウンだった。地球が寒冷化してしまったせいで人類が住むには過酷過ぎる環境となってしまった為、現状唯一人類が踏める“大地”はここだけになる。
空港に着くと、早速手荷物検査があった。シャトルに乗る前にもあったが、最近は更に警戒が強くなったような気がする。
「滞在目的は?」
「取材ですよ。フリージャーナリストのジョナサン・クレインです」
「ジョナサン・グレーンだって?」
「クレインですよクレイン」
「失礼、ミスター・クレイン。良い旅を」
パスポートを受け取り、早速空港前に止まったタクシーに乗り込む。
「どちらまで?」
メモを見ながら住所を答えた。半年に及ぶ取材交渉の結果、やっと掴めた情報はこのしわくちゃの紙に殴り書きされた住所のみだった。先んじて幾つか質問しようとしたが、住所を言い終わった途端、通話はバッサリ切られたのだ。
空港からタクシーで移動する約二時間の間、寡黙な運転手に感謝しながらフォン・ブラウンの街を眺めていた。アクシズが落ちた日以降大きな戦争はなかったからか、道行く人の顔からはすっかり戦時中にあった“やつれ”が消えて久しい。正しく平和な日々だった。
『それでは、サイド共栄圏の立役者、フル・フロンタル総帥にお話を伺いましょう』
車内に備え付けられたラジオから、ノイズ混じりのニュースキャスターの声が聞こえてきた。地球連邦政府事実上の崩壊に際して“行き過ぎた歓喜”が月面都市と始めとした各コロニーで暴徒と化していた無秩序な事態を治めた“赤い彗星の再来”である。
『只今ご紹介に預かりました、コロニー連合軍総帥フル・フロンタルです』
個人的にこの男は嫌いだった。各コロニーをまとめ上げた手腕とカリスマ性は認めざるを得ないが、映像で見る男の後ろにはどうしても“底知れぬ闇”が垣間見えて仕方なかったのだ。
『本日はお忙しい中ありがとうございます。早速ですが、本日は地球にアクシズが落下したあの悲劇から、丁度10年になりますね』
『えぇ。人類史上類を見ない人災と言わざるを得えません。一年戦争から連綿と続いたアースノイドと我々スペースノイドの争いは、この“布石”によって双方の戦意が削がれた事によって決着がつきました。ようやく、戦争の悲惨さと無意味さが地球圏に住む人類全ての骨身に滲みた瞬間であったと、私は記憶しています』
『総帥は、アクシズ落としを是としていると?』
『無論、多くの尊い犠牲を出してしまったあの一件の全肯定は到底出来るものではありません。しかし、あれをあのまま放っておけば、ただのテロ行為として更なる混沌の時代が待っていた事でしょう。故に私は前向きにかの事件を“革命”と捉え、その思想が今日のサイド共栄圏発案のきっかけとなりました』
「すいません。ラジオ、消してもらえます?」
心の中のモヤモヤが晴れず、ついに運転手にそう言ってしまった。寡黙な運転手は何も言わずにラジオのチャンネルを変えた。宇宙世紀以前のクラシック音楽が車内を包み込む。
「お客さん、もしかして政治は嫌いかな?」
寡黙な運転手が初めて口を開いた。
「いえ、彗星より流星派なんですよ」
「なるほど。それは仕方ない」
何故嫌っているのかを明確に言葉に出来なかった為、少し言葉を濁す事にした。嘘は言っていない。
「着いたよ」
「どうも」
タクシーが走り去るのを何となく見送った後、メモと同じ番地に経った建造物へと足を踏み入れた。三階建てのこじんまりとしたボロアパートの最奥が、目的地だ。
ドアの横のボタンを押すと、これまた古臭いベルの音が鳴り響いた。続いて奥から「開いているよ」という男の声が聞こえる。ドアを、開けた。
「こんにちは。フリージャーナリストの…」
「ジョナサン・クレイン君だろう? 待っていたよ」
白髪交じりで老け顔の男が安楽椅子に揺られながらこちらに手招きをしていた。順当に年を重ねたというよりは、疲労で一気に老け込んだような不健康さが目立つ。
「不用心ですね」
「君を招いた事か?」
玄関の鍵が開けっ放しな事を指摘したつもりが、思わぬ返答で顔をしかめてしまう。
「冗談だよ。この部屋には枯れた世捨て人が一人いるだけで、他に目ぼしいものはない」
「でしょうね」
意趣返しのつもりで辛辣に答えながら、安楽椅子の向かいに置いてあった木製の椅子へと腰かける。本物の木だった。粗雑に扱われているが、仮に地球産の木材を使用しているとなれば、これは相当なヴィンテージ物に違いない。
「それで、えっと…」
鞄からボイスレコーダーを取り出すと、男がしわくちゃな手で制した。
「一つ、条件がある」
「何か?」
「名は明かさない」
「わかりました。では、センセイと」
「良いだろう」
男、センセイは再びゆっくりと安楽椅子へと腰を下ろした。いつの間に、体勢を変えていたのか全く分からなかった。
「では、あの日、アクシズが落ちた日の事について……」
「その前に君は、ネオ・ジオンのテリー・オグスターについてどれ程知っているのかね?」
「と、言うと?」
「彼は元々連邦軍の一兵士だった。それが何故、ネオ・ジオンの総帥にまで上り詰めることが出来たのか」
「センセイはご存知なのですか!?」
「それを聞きに来たのではないのかね?」
センセイは肩をすくませながら答えた。
テリー・オグスター。
“ラプラス事件”や“コロニー落とし”を超える悲劇“アクシズ落下”を遂行した男。
だが、それに至るまでの経緯では、彼はむしろ“善人”としてのイメージが強かった。ただ一点、あの事件を除いて。
「テリー・オグスターと言えば、一年戦争で活躍したガンダムパイロット、その一人だった」
「えぇ。黒いガンダムに乗っていたと聞きます」
「アムロ・レイの乗っていたガンダムのプロトタイプだった。彼はそれで、一年戦争中に四〇機ものジオンのモビルスーツを撃破した」
「一年戦争時代の英雄の中では控えめな数字です」
「彼が本格的に頭角を現したのはグリプス戦役以降だからな。それでも、当時の彼が弱かったという訳ではない。それは、彼の初陣で付いた渾名からも容易に想像出来る筈だ」
「……“三枚抜きのテリー”」
センセイは頷き、窓の外……フォン・ブラウンの街に目を向けたーー。
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