ジオン軍に陽動作戦である事がバレて“本命”が特定される事を恐れた第13独立部隊のホワイトベースとフォリコーンの二隻は、中立コロニーであるサイド6に寄港する事を決定した。
監察官のカムラン・ブルームの許可を得た事によって乗組員達はコロニー内への立ち入りを許可され、束の間ではあるが、休暇の時間が与えられた。
のだが。
「ジョエルン曹長、隔離します」
「え!?」
フォリコーンの医務室を主戦場とする女医にきっぱりとそう告げられたヒータ・フォン・ジョエルンは絶句した。
「げほっ……な、なんでだよ先生!?」
「貴女、風邪引いてるでしょう?」
咳込みながら反論するヒータに対し、女医は無情にも即答した。
「だ、大丈夫だよこれくらい!」
「貴女はフォリコーン所属になる前までは地上の士官学校にいたから知らないでしょうけど、宇宙で風邪を引くというというのはね……」
「知ってるよ! 治癒しにくいし、密閉空間だから感染率が跳ね上がるんだろ! ごほっ!」
「この前の戦闘生き残れたのはある意味奇跡なのもちゃんと理解してほしいわね。と、いう訳で話は終わり。曹長には休暇の間、隣の部屋で大人しくしてもらうから」
「……先生は?」
「誰かさんのせいで休暇返上よ。全く……裸で寝たりしない限り風邪なんて早々引かないでしょうに」
「うっ……」
心当たりしかないヒータはそこで言葉を詰まらせてしまう。
「じゃあなんでテリーは風邪引いてないんだ……?」
「なんでそこでオグスター少尉の名前が出るのかしら?」
「あっ…」
ヒータの失言に対して、女医はニヤニヤしながらその反応を楽しんでいた。
「艦長の彼氏に唾つけるなんて、アンタもやるねぇ……」
「そ、そそそそそういうんじゃねぇし!!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「……へっくしゅん!」
「テリーさん、風邪ですか?」
「誰かが俺の噂でもしてるんじゃないかな」
横から心配そうに覗き込んでくるアムロに、俺は小さく身震いしながら答えた。
「先生からは健康のお墨付き貰ったんだけど……やっぱり“これ”だと思う」
「ですよねぇ」
二人して、サイド6の人工の空を見上げた。
あいにくの、雨模様。
「コロニーにも雨は降るんだなぁ」
湖の畔にあった小屋の軒先で雨宿りをしながら、そう呟いた。
経歴曰く、どうやらテリー・オグスター君は生粋の地球生まれ地球育ちらしい。無論、西暦の地球の日本出身の“俺”だってこの光景を生で見るのは初めてだ。なのでこの発言に対して何も違和感はない筈だ。
なのだが。
「テリーさんは地球出身なんですよね?」
「そうなんだけど……なんか見覚えあるんだよなぁ」
「雨は地球でも雨でしょう」
「それもそうか……所でアムロ。さっきの話なんだけど」
「モビルスーツを乗せて戦場を移動するロケット、という話ですよね。確かにそういうのがあると便利だと思います」
それは後に“サブ・フライト・システム”と呼ばれる兵器についてだった。
一年戦争時代だと“たまたま”誕生したド・ダイYSや(劇場版基準っぽいので誕生しなかった)Gファイターなどが挙げられるが、やはりSFSが本格的に運用されるのはグリプス戦役からになる。
では、“その歴史”を知る俺が取るべき選択肢は?
それをとっとと開発して楽をする事だろう。
「とはいえ、僕達二人だけでは何とも出来ないですよね 」
「そうなんだよなぁ。嗚呼……都合よく協力してくれる技術者現れねぇかなぁ……」
「僕の父さんが酸素欠乏症にかかっていなければ……!」
俺が街中でばったり合流する前、アムロはサイド7で行方不明になっていた父親のテム・レイと再会していた。
いやまぁ、そうなるのは“知っていた”からバギーで乗り付けて待機していたんだが。しかし今のは確かに失言だった。
“神の目線”でこの宇宙世紀世界を見た時は「なんて父親だ!」と思いながら視聴していたが、そんな男でもアムロにとってはたった一人の父親なのだ。
「いや、すまん。思い出させるつもりで話した訳じゃないんだが……」
「…大丈夫ですよ。……あ、晴れてきましたね」
陰鬱として来てしまった雰囲気を払拭する様に、雨が上がる。
良かった。これで少しは明るい話題に…。
「悲しい…」
「え?」
小屋のテラスの方から、少女の声が聞こえた。
え? 悲しいって、もしかして今の話聞こえてた???
俺が確認する前に、アムロが数歩移動し、声の主の方へ顔を向けた。
「!」
アムロの顔に、確かに衝撃の色があった。
背景には、湖に降り立つ一羽の白鳥の姿。
「……あ」
そこで思い出す。
サイド6。
湖の畔の小屋。
と、言えば?
「ララァだ……!」
今、アムロ・レイとララァ・スンが曰く“遅すぎた出会い”を果たしていたのだ。
「な、何が悲しいんですか?」
恐る恐る聞くアムロ。
確かに、何の脈絡もなく「悲しい」なんて言われたら気にもなるわな。
「美しいものが年老いて死んでいくのは、悲しい事ではなくて?」
「は、はぁ……」
返しのパンチが強すぎて困惑しているアムロの顔を見ながら、俺も心の中で同意する。
だって完全に言葉のキャッチボール成り立ってないもんな、今の。
しかし困った。目の前で名シーンが始まってしまった。
どうしよう? 俺も前に出るべきかな?
「あの……君のお家と知らず、勝手に雨宿りしたのは……」
一応礼節を叩き込まれた軍人としては、軒先だけとはいえ勝手に上がり込んだ事に対して謝罪と感謝の言葉を入れないといけない。そう思いながら俺はアムロの横に立った。
そこに居たのは、確かにララァ・スンだった。
「!」
直後、妙な感覚が俺を包み込んだ。
何と言えばいいだろうか、例えば、凛と澄ました彼女の瞳の奥に“宇宙”を見た様な、そんな感覚。
だが、ここでいう“宇宙”は俺達が住んでいて、戦場にしているそれとは違う、もっとこう、人間が使う言葉で一番近い意味を持つとなれば……そう、“可能性”。
そんな可能性そのものを具現化した“宇宙”を確かに、彼女を媒体にして垣間見てしまった様な、そんな感覚である。
永遠とも取れるような時間を見つめ合っていたとすら覚えてきたが、ふと彼女が俺の方を見た時、ちゃんと時が戻り始めていた。
「あら、貴方……不思議ね」
君の方が明らかに不可思議だよ、とでも返そうと思ったその時、彼女は言葉を続けた。
「どっちが“本当の貴方”なのかしら?」
「ッ!」
え、バレてる!?
俺がテリー・オグスターであってテリー・オグスターでないこと、一発で見抜いたと!?
嘘……真のニュータイプガチ怖いんだけど。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「…ラァ。ララァ!」
「! ……大佐?」
ララァ・スンの意識が戻ったのは、バギーの運転席でハンドルを握っている最中だった。
助手席に乗っていた赤い軍服の男……シャア・アズナブルが心配そうに彼女の顔を眺めていた。
「運転中に上の空は感心しないな。事故の基だ」
「すいません。ちょっと先程会った子達との事を思い出していて……」
反省しながらも、また脳裏には“あの二人”の影があった。
少しでも気を抜いたら、また何者であったのか考え込んでしまいそうだった。
「このコロニーの住民かな?」
「いえ、連邦軍の服を着た子です。一人は……ふふっ、大佐が見たらびっくりするかもしれませんよ?」
「私が驚くか。それは是非、会ってみたいものだな」
金髪の方の少年を思い出す。
あれはまるで……。
「止まってくれララァ!」
「!」
目の前で、ヒッチハイクをする少年が見えた。
あの時の少年たちだ!
急いでブレーキを踏む。
が、感覚が鋭利な彼女でも、流石に教習中のバギーを手足の様に自由に動かすには経験が足りない。
結局、彼らよりも10メートルほど離れた位置で、バギーは停止した。
「すまない! 運転手が未熟なものでね!」
「まぁ、大佐ったら!」
私が未熟なのは、“教官”の教えが下手だかではなくて? とまではいかなくとも、少しくらいは文句を言ってやろうと思ったララァはシャアに続いてバギーから出た。
「!」
シャアと並んで近付くと、二人の少年の驚いた顔が見えて、思わず笑みがこぼれるララァ。
しかし、茶髪の少年の方はシャアに対して畏怖に近い念を抱いている様だが、金髪の方の少年は尊敬の念に近い、好意的な印象を持っている様にも見える。
「ああ…これは完全に嵌まっているな。君、ちょっと手伝って……驚いたな」
バギーの状態を確認し、解決策を見出したシャアの表情が崩れるのがララァからも見て取れた。
「え? 俺の顔に、何か……?」
「いやはや、“世の中には自分と同じ顔の人間が三人はいる”と聞くが、まさに君はその一人だよ」
そう、彼の顔が、素顔のシャア・アズナブルにそっくりだからだ。
「こ、光栄です……?」
「敵に言われても、という顔をしているな」
「大佐。彼はお声も貴方にそっくりですよ」
「こんなにいい声をしているのか? 私は?」
「でも、大佐の方が年期が入っていて素晴らしいと思います」
「褒めてくれたと受け取っておくよ。ララァ、私達のバギーで少し牽引しよう。運転をお願いできるか?」
「分かりました」
シャアに言われた通りに運転席に戻り、ハンドルを握る。
中立地帯で敵のエースと出会った少年たちの心中は如何程か。
そんな事を頭の片隅で考えながら、ララァはシャアの指示に従ってバギーを移動させた。
「彼らはもう大丈夫だろう。私達も戻ろう、ララァ」
少年たちと二言三言の会話を終えて、シャアが助手席で戻ってくる。
「……大佐。彼らの名前、聞きました?」
「うん?」
バギーを発進させて、バックミラーで少年たちが見えなくなった後にララァは呟くようにシャアに問いかけた。
「あの茶髪の少年がアムロ・レイ君で、金髪の少年はテリー・オグスター君というらしい」
「アムロ・レイにテリー・オグスター……」
「テリー君も不思議だったが、私としてはあのアムロ君が気になるな。初めて会った様な感覚は無かった」
「案外、例のガンダムのパイロットだったりするかも知れませんよ?」
「争いを好む様には見えなかったが……もしそうだと、戦場とは悲しいものだな」
「そうですよね……」
本心から、そう思うララァ・スンだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「テリーさんって」
「うん?」
アムロがそう切り出したのは、バギーが走り出して間もなくだった。
「俺がなんだって?」
ハンドルを握っていたのは俺だったので、適当に流す様な感覚で聞き返した。
「赤い彗星の……シャア・アズナブルと何か関係が?」
「俺も顔を見た時にそう思ったけど、あの人の反応を見る限りただの“そっくりさん”なんじゃないかな?」
「うーん……反応ではそうでしたけど……」
横目で一瞥すると、何やら考え込み始めていたアムロ。
俺にはよくわからんので、是非とも君のニュータイプ的感覚で答えを導きだしてほしい。
「とにかく早く戻ろう。留守番しているマナ達がお土産を首を長くして待ってる筈だしな」
「そうですね。ブライトさんへのお土産の“波嵐万丈チョコ”が溶けたらまた殴られるかもしれません」
「あの人も案外子どもっぽい好みがあったんだな……ん?」
市街に入る手前辺りで白衣の男がこちらに手を振っているのが見える。
見覚えはないが、はて……?
「ま、待って! と、停まって下さい!!」
「うおっ!?」
車線に出てきた男が身体を張って道を塞いできたので、ハンドルを切りながらブレーキを踏んだ。
雨上がりの地面でそんな事すると、当然前方に大量の泥が飛ぶ。
「ぎゃっ!」
白衣の男はそれを全て身に受けて、そのまま後ろに倒れてしまった。
「悪かったすまん! 大丈夫か!?」
前に出てきたこの男が悪いとは思いつつ、それにしてはやり過ぎたと思った俺は素直に謝罪しながらバギーを降りる。
すると白衣の男は泥など気に留めずに俺に掴み掛る勢いで迫ってきた。
「ッ! ちょっと!? 服が汚れる!」
「れ、連邦軍の人ですよね!? お、お願いします! わ、私はジオンの、フ、フラナガン機関所属技師のグラン・ア・ロンと言います! ぼ、亡命を希望致すのです!!」
「……は?」