「その、自分も一応……ミライさんの事、見てますから……!」
「……ありがとう」
サイド6へと寄港していたホワイトベース。
そのブリッジにいたミライ・ヤシマが考え込んだ表情で部屋を後にした。
「……」
ここに来てから、ミライの様子がおかしい。
それくらいの事は、サイド7からずっと彼女の後姿を見続けたブライト・ノアには容易に察する事が出来た。
不調の原因は、このサイドの監察官である、カムラン・ブルーム氏なのは間違いなかった。
親の取り決めの許婚という彼に対して、ミライは快く思っていない。
だからホワイトベースから離れる事を頑なに拒否しているのが分かった。
ただ、どんな理由であれ、彼女と二人っきりの時間を過ごせる。
彼女の心中を察しつつも、内心ではそんな幸福を噛み締めていた、のだが。
「……ん!?」
それは、少し外を見たくなった、そんな気分になった時だ。
ホワイトベースの横には、同じくジャブローから出撃してきた同型艦のフォリコーンも停泊している。
そのブリッジに、何やらニコニコしながらガラスに張り付いてこちらを眺める金髪の少女がいた。
「まさか……!」
頬を赤らめながらホワイトベースを飛び出し、フォリコーンへと走るブライト。
同型艦というだけあって、初めて入っても迷う事はなかった。
ただ、ホワイトベースと少し違う“甘さ”の様なものを感じつつも、それどころではない彼はまっずぐブリッジへと向かう。
「マ、マナ中佐!」
「あら、うふふ。ブライトさん」
全力疾走で息を切らした自分と違って、余裕の表情を浮かべながらニコニコしてみせるマナ・レナ。
「……聞いてました?」
「そりゃ、会話は聞こえてないですけど、あんな分かりやすい反応してたら……ねぇ?」
頬を赤らめながら手に持っていた軍帽で顔を隠すマナ。
同じペガサス級の艦長とはいえ、マナはブライトより年下の少女なのだ。
戦場に出てこそいるが、そんな状況でなければ学び舎の一室で恋の話に興じている年齢と相違ない。
そんな彼女に格好の“エサ”にされてしまったと思うと、ブライトは更に恥ずかしくなってしまう。
これがホワイトベースのクルーなら照れ隠しに一喝出来ようものだが、相手は階級で言うと頭が上がらない相手だ。
これがセクハラか、とブライトが歯嚙みした、その時だった。
『こちらテリー・オグスター! 聞こえるかマナ艦長! ジオンの技術者らしき男が亡命を申し出てきた! ブライト艦長がホワイトベースに居なかったから、先に艦長に報告を……あれ、もしかして、お邪魔だった?』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「グラン・ア・ロン博士、と言ったか。何故ジオンの技師である貴方は連邦への亡命を図ったんだ?」
ブライト艦長の鋭いまなざしが、グランとかいう白衣の男を貫いた。
この男を拾った(正確にはしがみついて離れてくれなかった)俺とアムロは
現在彼を取り囲んでいるのは俺と、アムロ。そしてブライト艦長とマナ、そして監察官のカムラン・ブルームだった。
休暇返上は痛いが、彼の行動如何によっては戦況に変化が生じる事を鑑みれば蔑ろにも出来ないというものだ。
先程のブライト艦長とマナのやり取りの詳細も気になるが、流石に優先順位というものがある。
「ひ、一言で言えば、こ、怖くなったのです……」
「何がですか?」
「じ、自分の才能が、です……」
「は?」
マナの質問に対しおどけつつ、しかししっかりと返したこの男の言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を挙げてしまった。
「随分と自信満々じゃないか」
「え、えぇ……な、なんたって、連邦のガンダムを翻弄したイフリート・ダンを開発したのは、わ、私なのですから……!」
「なんだと!?」
「あの化け物モビルスーツを、ですか!?」
今度は俺と同時にアムロも驚いた。
流石、ジャブローで一緒にアイツに手も足も出なかっただけはある反応速度だった。
「え、えぇ……し、試験評価用に地上から打ち上げられたイフリートに、パ、パイロットのサレナ・ヴァーン少佐がどうやってか入手したガンダムの……ぶ、V作戦とやらの計画書や資料を持ち帰ってきてくれたデータをフィードバックさせて、さ、更にフラナガン機関で研究中だったサ、サイコミュシステムやEXAMシステムを詰め込めるだけ詰め込んだ、ひ、非常に“ひ弱な”試作モビルスーツなのです」
「ひ弱だって? あのモビルスーツがか!?」
「ひっ!」
「テリーくん落ち着いて! ……話の続きを聞きましょう」
「そ、その筈だったんです! あ、あのイフリートは元々地上専用で宇宙では使えず、も、持て余していた物……。そ、それをガンダムの性能を研究する為に改造し、つ、ついでに機関の他のシステムも取り入れてみただけだったんです! ただ、サイコミュシステムは全力稼働させるには大型の機材が必要だったのと、え、EXAMシステムは根本的なシステムがブラックボックス化されて複製出来なかったので、ど、どちらも従来の性能の半分以下のコピーを詰めたのに……そ、それなのに完成したあのモビルスーツは、さ、さもどちらもフル稼働しているかのような性能を見せたのです! ア、アレは正真正銘の化け物だ……!!」
「つまり、お前は他人が作ったモビルスーツに盗んだ技術と他人の技術を合わせたキメラモビルスーツを作って、悦に入ってたが怖くなった、と?」
「も、物の見方を知らないんですね……。これだけ雑多な別技術を、たった一か月足らずで統合し、完成までこぎ着けたのは、ま、間違いなく私の才能ですよ……そ、それを理解しないジオンなんて……!」
「マナ艦長。このコロニー内で目立つ色のジオン兵を見た。そいつに叩き返してやろう」
「ま、待ってください! わ、私は帰りたくない! こ、この素晴らしい才能を評価できない連中には、も、もう愛想を尽かしたのです! そ、それに! ぼ、亡命する条件としてのジオンの極秘作戦の情報も、も、持ってきました! こ、これはこのサイド6コロニーも無関係ではない話です」
「このコロニーが? 一体、どんな情報なんです?」
鼻っ柱を赤くしたカムラン氏が訪ねる横で、俺は固唾を飲んでいた。
この時代のサイド6と言えば、アムロがララァやシャアと初めて生身で出会ったり、ミライさんの男性関係のちょっとギスギスした模様。
そして12機のリック・ドムをあっさり失うドズル配下のコンスコン隊など盛り沢山だが、それとは別に、ガンダム史において大きな“作品”が丁度この時期にやっている筈なのだ。
もう、最後に見たのが随分昔なのですっかり忘れていたが、アレは――。
「サ、サイド6に常駐する連邦軍がひ、秘密裏に開発した新型ガンダム破壊の為にれ、連中……か、核ミサイルを使うつもりなんです!」
「核だと!?」
そう、最初に誕生したガンダムOVA作品“機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争”である。
「そんな! いくら南極条約の外と言ったって、中立コロニーに核ミサイルを撃ち込むなんてどうかしてます!」
「たった一機のモビルスーツを破壊するのにコロニーごと吹き飛ばすなんてどうかしているじゃないか……!」
「わ、私に言われても困ります! わ、わたしはただ、と、盗聴した秘密作戦の概要を皆様にリークしただけで……!」
マナとアムロが掴み掛る勢いでグランに詰め寄るが、彼は当然の様にしどろもどろに返事をした。
「カムランさん。連邦の新型モビルスーツがあるという話は、本当なのですか?」
「え、えぇ……確かに二日前、隣のコロニーがジオンによる強襲を受けました。そこで私も初めて新型モビルスーツを秘密裏に建造しているのを知ったのです」
「だから私達が入港する際に、厳しく念入りにチェックされたんですね……」
「何百人も犠牲者が出たんです。そりゃ厄介者扱いされて当然でしょう!」
「カムランさん! 今はマナ中佐に当たっている場合ではない! ……アムロ、すまないがブリッジからホワイトベースのクルーを全員呼び戻してくれ」
「テリーくんはフォリコーンの方をお願い。私達は今すぐコロニーを出発して、件のジオン部隊を食い止めます!」
「「了解!」」
俺とアムロはすぐさま部屋を飛び出し、それぞれの艦のブリッジへと向かった。
可及的速やかに対応しないといけない事態だが、俺にとっては好都合だ。
後は何とかして、新型モビルスーツ……クリスのNT-1アレックスと、バーニィのザクⅡ改が戦闘するのを避けさせねばならない。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『領空内での戦闘は御法度なんですよ!?』
『それでコロニーが核で吹き飛ばされても良いなら、罰金でも何でも言えばいいでしょう!?』
「ブライト艦長もカムランさんと言い合うのやめてください!」
発進後もまだ通信越しにまだいがみ合うカムラン・ブルームとブライト・ノアに対し、マナ・レナが一喝を入れた。
グラン・ア・ロン博士の密告により、月面基地グラナダから発進したジオン艦隊を捕捉した第13独立部隊は攻撃目標に設定されているコロニーと丁度間を挟む様な配置についていた。
「常駐している連邦軍艦のグレイファントムから入電! 援軍感謝する、との事!」
「ペガサス級が三隻も並んでいるというのに、全然嬉しくない展開ね……!」
『マナ艦長! こちらテリー、発艦準備完了した!』
「発艦を許可します! ……でも良いの少尉? 複座型のセイバーフィッシュ一機でコロニーに向かうなんて。それ一応、訓練機なんだけど?」
マナの疑問は尤もだった。
速やかに対処しないといけないのは眼前の核ミサイルの筈なのに、テリー・オグスターは問題の発端となった新型ガンダムを回収しに行くといったのだ。
『昨日今日にドンパチがあったコロニーの中をガンダムで乗り付ける訳にもいかないだろう!? 代わりにガンダムは他のパイロットに使わせてやってくれ!』
「では、ミドリ曹長に……」
『あ、すまん艦長。ミドリも借りてく』
「はぁ!?」
『整備班が早くしろって! じゃ、行って来るわ!!』
「ちょっと少尉! テリーくん!!」
貴重なモビルスーツパイロットを二名も乗せたセイバーフィッシュが、フォリコーンの右舷デッキから発進するのを、マナは見ている事しか出来なかった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ねぇ、バーニィ。あのガンダムに勝てる?」
「楽勝! ……と、言いたいが、五分五分って所かな」
「本当にもう手伝える事、ない?」
「戦闘は一人の方が楽だからな……代わりにアル。……もし俺が死ぬ様な事があったら、この包みを警察に届けて欲しい。指示については、このディスクに入っているからちゃんと目を通してくれ」
「死んだら……?」
「もしもの時の用心だよ! 重要な任務だ……頼めるか?」
「……任せてよ! バーニィ!!」