「こうやって一緒の訓練機に乗るのは、士官学校以来だね?」
「そうだな」
複座の訓練用セイバーフィッシュがサイド6コロニー“リボー”へ向かう途中、ミドリは後部座席からシート越しに見えるテリーのヘルメットを見ながら話しかけた。
「所でテリー君」
「どした?」
「リボーコロニーにまだジオンがいるって情報、どうやって掴んだの?」
「そっ……それはな! あー……あの亡命したグラン・ア・ロンって技術者が言ってたんだよ! あのコロニーに潜入した別動隊がザクを一機持ち込んだって。二日前コロニーを襲ったモビルスーツは見た事ないタイプだったらしいし、まだいるんじゃないかなーって」
「ふぅん」
表情は見えないが、テリーが明らかに動揺しているのが分かったミドリ。
やはり、何かを隠している様な素振りだった。
事実、彼はフォリコーンが出航してからほとんど自分含めたパイロット達と一緒に行動しており、亡命してきたという技術者と会話した機会など一度もなかったからだ。
「それに、グランの言葉を全部鵜呑みには出来ない。核ミサイルの話がデマで、本命がアレックス強奪なんて言われたら、俺達全員間抜けだよ」
「理には適ってるわね……で、“アレックス”って何?」
「う……」
やはり彼は“知り過ぎて”いる。少なくともミドリにはそう思えたのだ。
「……ねぇ、テリー君。これは私の独り言だから、無視して貰って構わないんだけど」
「お、おう……」
彼の行動が時折変なのは明らかだ。
だが、それで被害を被ったことはない。
つまり、ジオンのスパイになった、という訳ではないという事。
それを除き、士官学校時代から“まるで別人の様に”変わってしまったテリー・オグスターの現状を推理した結果を、ミドリは淡々と述べ始めた。
「テリー君。君は私達とは違う情報網、連絡網を持ってるんじゃないかしら?」
「……!」
反応があった。
だが、テリーからの返事の言葉はない。
当然だろう。仮に事実なら、反応“出来ない”筈なのだ。
「もしそうなら私、貴方を疑ってた事を謝らないといけないわ。……そんな重い任務を請け負ってたら、昔みたいな能天気さんではいられないもんね」
「……俺、そんなに能天気だった?」
「ホント、パイロットに向いてないんじゃないかってくらいにはね」
「今は?」
「まぁ、頼りにはなるんじゃないかな?」
「そうか……ふぅ」
テリーの安堵の息が聞こえてきた。
ヘルメット越しの通信は、微かな吐息さえ、近くで聞いているかのようにはっきりと耳に届いてくる。
マナやヒータは、この事を知っているのだろうか?
マナは知っていても立場上話せないのは当然だろう。
ヒータは優秀なパイロットだし言動に対して結構鋭い所があるが、ことテリーに対してはバカになる所があるので気にも留めてないと思った方が良い。
と、なると自力でたどり着いたのは自分だけになるのだが、ミドリはこの話を誰にもするつもりはなかった。
「テリー君も大変なんだね」
「そうだな……それに関しては間違ってないかも」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
あっぶねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!
いきなりミドリに神妙な声色で何言われるかと思ったが、見事頓珍漢な方向に思考がズレてくれて助かった。
だが、「実は俺、この世界の歴史を知ってしまったんだ」みたいな電波な事を言うより“それ”の方がよっぽど現実的だ。
変な誤解をさせるのは可哀想だが、訂正するメリット俺にはほとんどないし、何より今はあまり時間がないのを忘れてはいけない。
「それよりミドリ。今何時だ?」
「今? 今は……13時半ね。25日の」
あと30分か……まずいな……。
記憶が正しければ、バーニィがクリスの乗るアレックスに喧嘩を売るのは昼の二時頃である。
で、あるなら、それまでにアレックスを貰って
バーニィとアルの努力が全部水の泡になるが、彼が死なずに済むなら、俺はそういった手段もやむを得ないと思っていた。
そんな事を考えていると、サイド6のコロニーの一つ“リボー”の港の入り口が見えてくる。
入港するや否や、スタッフらしき宇宙服の男が接近してきた。
「第13独立部隊の方ですね? お話は監察官から伺ってます。まずは所定の場所で検査を……」
「そんな暇があると思ってるのか!? 中にまだジオン兵がいるんだぞ!!」
事情を知らないこの男は、普段通りの仕事を気だるげにこなしているだけ、くらいの認識なのだろう。それがちょっと癪に障ったので、少し強めに言葉を返してしまった。
が、ここで下手に出れば、長々と手続きをやらされ、到着する頃には戦闘が終わっていた、という事になりかねない。
核ミサイル問題については、元々対処出来ていた連邦部隊に第13独立部隊をオマケでセットしたのだ。まず心配する要素がない。
だから俺はそこはさておき、ただ一点……この世界では会った話した事もない敵軍の兵士一人助ける為に躍起になる事にした。
「そうは言われましても、我々も手続きというのがありまして……」
「みすみすジオンのモビルスーツを持ち込ませるザル警備が一人前面するんじゃねぇ! こっちはミサイルで無理矢理侵入したって良いんだぞ! 悠長に書類とにらめっこしながらまとめてジオンに吹き飛ばされなくなければ、早くしろ!!」
「わ、わかった! わかりましたよ!! ……ったく、これだから軍人は……!」
とりあえず勢いで誤魔化す事に成功。
カムラン氏から受け取った書類を渡し、セイバーフィッシュに乗ったままリボー内部への侵入に成功した。
「……良かったの?」
「核ミサイルが飛んでくるなんて迂闊に話せば、余計に混乱するからな。それなら俺が嫌われる方がいい」
「……」
ミドリの心配そうな声に、俺は素直な気持ちを伝えた。
この宇宙世紀の世界は、悲しみに溢れすぎている。
俺一人が悪人になって世界がより良くなるというのなら、そういった選択肢もありだろう。
っと。いけないいけない。なんだかこういう思考をしていると、最終的に何かをミスしかねないからな。皆救って、俺もハッピーになる。それくらいの気持ちで行こう。
リボーコロニーの中は、中立というだあって、戦争とは無縁の空気が漂っていた。
いくつか壊れた建物があったりしたが、それはそれとして日常を謳歌する人々。
ここの人間は、根本的に“戦争は他人事”だと思っているのだろうな、というのが如実に分かる光景だった。
少なくとも、サイド7やルナツーに東南アジア戦線、ジャブローとは全く違う雰囲気なのは確実だ。当たり前か。
「……そっか。世間はクリスマスなんだね」
所々に掲げられたクリスマスのイルミネーションを眺めながら、ミドリがぼそりと呟いた。
ヘルメット越しに女の子の呟きを聞くというのは、なんともこそばゆいものだな……。
「ここは平和で羨ましいよ……ガンダムが置いてある。あの施設で間違いなさそうだ」
そんな光景の中、一際損害の激しい施設を発見。敷地内にはバラバラになったジオンの強襲用モビルスーツ、ケンプファーの残骸と、シートを被せられたアレックスの姿があった。
「着陸するぞ」
「周囲に人影なし。安全確認完了したわ」
「よし」
二体のモビルスーツの間にセイバーフィッシュを停めると、施設の方から赤い髪の女性が歩いてくるのが見えた。
「初めまして。私はこちらのガンダム……アレックスのテストパイロットをしています、クリスチーナ・マッケンジー中尉です」
やはり彼女はクリス……クリスチーナ・マッケンジーで正解だったようだ。
それと同時に“間に合った”事が俺を安堵させてくれた。
「第13独立部隊フォリコーン所属のテリー・オグスター少尉です。こちらは、同隊所属のミドリ曹長であります」
「ミドリ・ウィンダム曹長です。同じ女性パイロットでガンダムに乗っていられるなんて、尊敬します!」
「ありがとう。でも私はテストパイロットなんで……」
「早速で悪いのですが中尉。このガンダムをリボーコロニーの外で展開中の連邦部隊にまで運びたいのです」
ミドリの興奮する気持ちも理解出来ないでもないが、時刻は既に14時まで後10分を切った所だった。
後数分で何とか外に持ち出さなければ、セイバーフィッシュで一緒に戦う“フリ”をして執拗にアレックスの邪魔をするとかいう非常に立場も絵面も大変な事態になりかねない。
「展開? 戦闘中なのですか?」
「詳しい説明は後ほ……どぉ!?」
だが、少し遅かった様だ。
コロニーの中では明らかに不自然な地響きが施設周辺に響いていた。
「何の揺れ!?」
『自然公園の方面にザクを確認! アレックス出撃せよ!!』
「ジオンのモビルスーツ!? 一体いつの間に……」
「くそっ、間に合わなかったか!」
ここでマッケンジー中尉が乗り込んでしまうと、バーニィを助けられない。
どうする?
彼女が勝てない様に……いや、せめてアルが戻ってくるまでの時間稼ぎをする為には……。
……ん? いや、待てよ。
俺は今まで“アレックスとザクⅡ改の戦いをどうやって止めるか”ばかり考えていたが、もっと単純かつ、簡単な方法があるじゃないか!
「マッケンジー中尉、俺に考えがある。……アレックスを貸してくれ!」
俺が動かせばいいじゃん、アレックス。
「で、でもいきなり実戦だなんて!」
「こちとら同じガンダムで実戦やってんだ! 問題ない!! それよりも中尉とミドリはセイバーフィッシュであの場所へ向かってくれ」
なるだけ違和感なく配置する為に逡巡した俺は更に一計思いついた俺は、港の方を指さしながら二人に話しかけた。
「あそこは……港付近の道路?」
「流石に連中も仲間もろとも核ミサイルで吹き飛ばそうとは思わんだろう」
「核ミサイル!? それって、本当なの!?」
「確かな筋からの情報です。外の仲間が事態を収拾してくれるまで、俺が何とか時間を稼ぎます。二人には“万が一”の為にあそこで待機していざとなったら援護してもらいたい」
「なら尚の事、私がアレックスに乗った方が……!」
「俺も男なんです! ミドリに良い所みせないとな!!」
「えぇ!? わたっ、私ぃ!?」
こういう時、チョロイン気味のヒータだと話がスムーズなのだが、ここは致し方ない。
彼女にはさっき連邦特殊部隊云々の嘘も含めて、全力で謝罪してやらないといけなくなってしまった。
「それもこれも、全部無事に終わったら、だけどな!」
アレックスの横に置いてあった昇降機に乗り込み、コックピットへ。
全天周囲モニターのおかげでいつもより視界が広いが、基本は同じモビルスーツだ。
「俺でも、こいつを動かせる!」
ゆっくりアレックスを立ち上がらせる。
確かに、反応速度がガンダムより良い。
いや、これは“良すぎる”。
感度を最大にしたコントローラーで不慣れなFPSをやらされる感覚の数倍はあるかもしれない。
流石、連邦軍が聞きかじったニュータイプ知識で作ったニュータイプ専用モビルスーツだ。もうちょっとこう、何とかならんかったのか。
『テリー君! 私達はとりあえず指示通りに動くよ!』
『気を付けてね!!』
「了解!」
セイバーフィッシュに乗り込んだ二人の声を聞きながら、モニターで周囲を見渡す。
「うっ……」
つい癖でカメラを動かして、視界が変になりそうになった。
これが後年のモビルスーツの標準装備だと思うと、かなりの操縦技術を求められそうである。
「……! 見つけた!!」
と、言うよりかは、明らかに「見つけてくれ」と言わんばかりにこちらにはっきりと目を合わせてくる一体のザクⅡ改。
操縦桿を握る手に、変な緊張が籠る。
が、そうも言ってはいられない。
やる事を決めた以上、後は流れで何とかするしかないのだ。
「テリー・オグスター! アレックス、出るぞ!!」