「う……ん?」
再び意識を取り戻したバーナード・ワイズマンが目を開けると、そこには見知らぬ天井があった。
「ここは……?」
自分がベッドの上で寝ている事に気が付いたバーニィが起き上がる。カーテンで仕切られたベッドと薬品の臭いから、ここがどこかの病室である事を悟った。
「連邦軍の施設、なのか?」
しかし妙だ。
バーニィはジオンの兵士である。
そりゃ、あのガンダムとの戦闘で怪我は負っていたので医務室に運ばれるのは道理であるが、拘束の一つもしないのは変な話だ。
「……」
釈然としないまま仕切りのカーテンを開くバーニィ。
彼の予想通り、ここは医務室だった。
数々の薬品が入った瓶が並ぶ棚に、机や椅子がまばらに置いてある、清潔な空間。
その机の一つに向かう、一人の女医がいたが、それ以外の人気はない。
「あの……すいません」
「ん? あぁ、君。起きたのか?」
思ったより若くて美人だった女医にドキリとしながら、それを必死に隠しながらバーニィは彼女の方へと近づいた。
「傷の方は痛む?」
「傷?」
言われて初めて気が付いたが、バーニィの額には包帯が巻かれていた。服の中にも何か所か、ガーゼの様なものが貼ってある感触も。寝起きの彼の感覚はまだ半分眠っていた様だ。
「えぇ、何ともありません」
「そりゃ良かった。少量の出血と軽い打撲が数か所あったから、勝手に脱がして治療させてもらったよって話」
「はぁ。脱がし……えぇ!?」
「まさか服の上から包帯を巻く訳にもいかないじゃないのさ」
年の近い異性に身体を見られるというのは、男として恥ずかしがらないのも変な話。例に洩れずその一人だったバーニィは頬を赤らめながら狼狽してしまう。
「お、女性に免疫ない感じかな? いやぁ、オグスター少尉は慣れ切った様子で面白くないから、そういう態度取ってくれて先生嬉しいよ」
「オグスター少尉……? 彼はもしかして、ガンダムのパイロットですか?」
話の話題を強引に切り替えるバーニィ。
それと同時に、先生と名乗った女医の後ろから蒸気が吹き上がる音が聞こえた。どうやら薬缶でお湯を沸かしながらボーっとしていた様だ。
「良いタイミングで起きてきたね。とりあえずコーヒーでもどうかな?」
「……いただきます」
慣れた手つきでコーヒーの準備をする女医の横で、バーニィは近くの椅子を一つ拝借、彼女の横に座った。
話をしやすくする為、というのもあるが、それ以前にバーニィはジオンの兵士である。
目の前の女医は確かに自分の傷を診てくれたが、だからといって完全に信頼するには早い。それくらいの警戒心は持っているつもりだった。
「砂糖は?」
「ブラックで大丈夫です」
「了解」
砂糖の代わりに何入れられるか、分かったもんじゃないしな。
そう心の中で思いつつ、女医の淹れてくれたコーヒーを口に運ぶ。
「オグスター少尉から君の話は聞いたよ。何でも核兵器の話を聞いて“単身ジオンのザクに挑んで返り討ちにあった”そうじゃないか」
「ぶっ!?」
女医の言葉に動揺したバーニィは、思わず口に含んだコーヒーを拭き出してしまう。
「あらあら、服がびしょ濡れじゃないか」
「げほっ……ごほっ……す、すいません! その……そのー……言い方だと、なんだか俺が情けなく負けちゃったみたいで」
「それは確かに失言だったかもね。でもま、生身でモビルスーツに向かっていくのは馬鹿のする事だから、死んでない事だけ感謝してしっかり生きなさい。と、先生らしい事は言い切ったので、私は着替えさせてもらうよ」
コーヒーを浴びてびちゃびちゃになった白衣を揺らしながら、女医はカーテンの向こうへと消えていく。
「……覗いちゃダメよ?」
「覗きませんよ!」
楽しそうな笑い声の後に、布が擦れる音が医務室に響く。
「……」
あのガンダムのパイロット、オグスターなる少年が何の意味を持って自分の身分を偽ったのかは知らないが、その嘘が有効な間に抜け出した方が賢明であると判断したバーニィは音を立てない様に椅子から立ち上がった。とりあえず、近くの扉のドアノブに手をかけ……
「ここから出して……」
「……え?」
少女の、声が聞こえた。
「ココカラ ダシテ……」
「うわっ! うわあぁぁぁぁぁ!?」
年甲斐もなく情けない声を挙げながら後ずさるバーニィ。
彼が開けようとした扉の窓には、赤い髪の少女がへばりついていた。
「出して……」
「せっ、先生! あの! 変な女の子が!!」
「あぁ、その子? 心配しなくて良いよ。ただの風邪だから。もう完治はしてるんだけど、大事を取って後二日はそこに隔離しないといけないの」
「……風邪? 風邪で隔離なんてしなくても……いや、待てよ。ここってもしかして……」
「説明する前に理解してくれて嬉しいよワイズマン君。ようこそ地球連邦軍最新鋭戦艦にして乗組員がほぼ十割女の子の夢の船、フォリコーンへ。君には悪いけど、今はサイド6を出て戦場に向かっている最中なのだよ」
バーニィ脱出計画失敗の瞬間であった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「本日付けで第13独立部隊に編入になりました、ペガサス級強襲揚陸艦グレイファントム所属のクリスチーナ・マッケンジー中尉です」
「こんにちはテリー・オグスター君。貴方に置いていかれたミドリ・ウィンダム曹長ですよ。うふふっ」
「申し訳ございませんでした!!」
フォリコーンの格納庫でクリスとミドリに再会して俺は、まずミドリに日本人の心DOGEZAを披露した。
が、既にサイド6を脱し航行を始めていた艦内は無重力状態なので、そのままの姿勢で浮いてしまう空中DOGEZAという情けない格好になってしまう。
「初めましてマッケンジー中尉。僕はホワイトベース所属ガンダムのパイロット、アムロ・レイ少尉です」
現在フォリコーンには俺とクリス、そしてアムロと三人のガンダムパイロットが集まっていた。無論、相棒たる三機のガンダムもここにある。
「貴方が噂のエースパイロットね。お会い出来て光栄よ」
「いえ、そんな……」
「お、アムロ鼻の下伸ばしてやんの」
「違いますよ! カイさんみたいなからかい方しないで下さい!」
「まさか私より若いパイロットがガンダムに乗っているなんて、想像もしてなかったわ。……所でオグスター少尉? その、バーニィの事なんだけど……」
「彼は今医務室で眠っています。案内しますよ」
「ありがとう。……その後でアレックスの“今後”について、私から話があるんだけど」
「今後、ですか?」
アムロの言葉を聞きながら、俺達三人は視線を上げた。
右腕のガトリングは完全に壊れたためにカバーのみ残してあるが、それ以外はほぼ完全な形に修理されたアレックスの姿があった。
「まだコックピット周りを見ただけですけど、いい機体ですよね」
「ありがとう。でも正直な所、私ではアレックスを完璧には使いこなせないのよね……」
クリスがため息をつきながら、残念そうにそう言った直後だった。
フォリコーンの格納庫に、警報が鳴り響く。
『ブリッジより各員へ! 本艦前方にジオンの艦隊を確認! モビルスーツ隊は直ちに出撃して下さい! 繰り返します…』
「ジオンの艦隊だって!?」
「休みなく襲って来るのね!」
「中立コロニーに核ミサイル打ち込む様な外道連中に人間の心なんてないのよ、きっと!!」
コダマちゃんの声が甲高く響く中で格納庫の女性たちが慌ただしく行動を始める。
「この艦、女性が多い様な気がするわね……」
「気がするんじゃなくて、本当に女性しかいないような艦ですよ! それより急ぎましょう!」
「了解!」
俺と、アムロ、そしてクリスの三人がそれぞれのガンダムに乗り込む。
アレックスも悪くないが、やっぱり俺はここのコックピットが一番しっくり来る。
先鋒は、一番手前にガンダムが置いてあるアムロだ。
『アムロ少尉、発進どうぞ!』
『アムロ、行きまーす!!』
「おお、ちゃんと生で聞いたの初めてだ……!」
頼もしすぎるガンダムの背中を見つめながら、俺はプロトタイプガンダムのコックピットの中でつぶやいた。
『続いてマッケンジー中尉、発進どうぞ!』
『クリスチーナ・マッケンジー、アレックス、出撃します!!』
それに続いて、クリスの乗るアレックスもカタパルトから射出されていく。
最後は、俺だ。
『オグスター少尉、どうぞ!』
「テリー・オグスター! プロトタイプガンダム出るぞ!!」
前の二人と同様に宇宙に飛び出す。
ホワイトベースからは二機のガンキャノンが、グレイファントムからはジム・コマンドと量産型ガンキャノンで編制された小隊が展開していた。スカーレット隊は全滅している筈なので、恐らく別の部隊が補充されたのだろう。
『ジオンのモビルスーツ、来ます! 数は12!!』
コダマちゃんの言葉通り、目の前からは12機のリック・ドムに、ムサイ級二隻を侍らせたチベ級で構成されたジオン艦隊の姿があった。
あれは間違いなく、ドズル・ザビの腹心が一人、コンスコンの艦隊だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「閣下! 例の木馬と黒木馬が……いえ、もう一隻! もう一隻木馬に似た戦艦がいます!!」
観測をしていたジオンの兵士が、チベ級の艦長であるコンスコンに対してそう報告した。
「なんだと!?」
「正面! 見えます!!」
「……連邦め。既に木馬タイプの戦艦の量産を始めていたのか! リック・ドムを全機出せ! あの赤い彗星を何度も退けているというが恐れる必要は無い。数で押してやれ!!」
「前方の連邦艦隊、モビルスーツを展開! 数は……9! 更に戦闘機6機の出撃も確認!」
「なっ!?」
コンスコンの額から否や汗が噴き出る。
こちらの戦力は、戦艦3隻に、リック・ドム12機。
対し連邦の戦力、戦艦3隻に、モビルスーツ9機+戦闘機6機の計15機。
数の上で、負けているではないか。
「……い、いや! 注目すべきはガンダムとやらだ! それさえ落とせば、後は烏合の衆だ!!」
「しょ、少将閣下!」
「今度は何だ!?」
「ガンダムは……さ……」
「何かね!?」
「3機です! ガンダムと思われるモビルスーツが3機!! こちらに先行して向かってきます!」
「なぁっ!?」
「リック・ドム部隊! 戦闘開始!」
「2機……いえ、4機撃墜されました!?」
「更に2機!」
「馬鹿な……馬鹿な!!」
ドズル・ザビの腹心とも言われた男が、目の前の光景に恐怖し、後ずさった。
彼の心境などお構いなしに、目の前ではリック・ドム部隊がバタバタと討ち取られていく。
「リ、リック・ドム部隊全滅!!」
「じゅ、12機だぞ!? そ、それが1分と保たずに全滅したとでもいうのか!?」
「白いガンダムが本艦に向かってきます!」
「閣下! ご指示を!! 閣下!!」
「はなしが……」
「閣下がおかしくなった! くそっ! げ、迎撃だ! 迎撃しろ!!」
「話が……話が!! 違うじゃないかああああああああああああ!?」
コンスコンの叫びも空しく、彼らは星になった。