機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第32話【バーニィ、出撃!】

 

『少佐! イフリート・ダンは本調子じゃありません! ご無理はなさらぬように!』

「モビルスーツに頼るだけの女だと思うのか!」

 

 

 ザンジバルの格納庫で技術者の言葉を聞いたサレナ・ヴァーンは、コックピットの中で一人愚痴を吐いた。

 

 皆、そうだ。女である自分がガンダムを二度も翻弄した事を、モビルスーツの性能だと思っている。

 

 モビルスーツなど、操るパイロットがいなければただの機械の塊だろうに。男というのは機体の性能ばかりに注目する。

 

 

「……でも、お前は本当に良い機体だと思うよ」

 

 

 側面のパネルをそっとなでた後、サレナは前を向いた。

 

 スクリーンには破棄されたテキサス・コロニーが映し出されており、その向こうにうっすらと光点が見えた。

 

 モビルスーツの光に、違いない。

 

 

「そうだ。来るが良い、黒いガンダム……! お前を倒せるなら、お前の悲鳴が聞けるなら、他の連中にどう思われようが知ったこっちゃ無いのよ!!」

 

 

 後続のドムの小隊が見えた。が、連携を取るつもりなどない。

 

 この戦場で必要なのは自分と、黒いガンダムだけである。

 

他の者など必要ないのだ。

 

 

「見つけた! やっぱり、一番に私の所に向かってきてくれている!!」

 

 

 黒いガンダム。

 

 “彼”が一番先頭にいた。

 

 

「嬉しい! 今度こそ! 死ね!!」

 

 

 腰にマウントしていた専用のマシンガンを取り出し、連射。

 

 ガンダムは当然の様に回避した。

 

 

「そう来なくっちゃ面白くないわよねぇ!!」

 

 

 元々近距離、よくて中距離牽制用の武器で倒せるとは思っていない。

 

 今のは“ご挨拶”だ。

 

 弾倉が空になるまで撃ち尽くすが、彼女の期待通り、ガンダムはその全てを避け切っていた。

 

 

「こんなんじゃ満足できないでしょ!?」

 

 

 ライフルを捨て、バックパックに差していた二本のヒート・サーベルに手を伸ばす。本来使用していた“逆刃ビームサーベル”は二本ともジャブローで破壊された為、補給でリック・ドムのものを拝借したのだ。

 

 

「死んで頂戴!!」

 

 

 右袈裟の一撃。

 

 上に回避される。

 

 

「ちっ!」

 

 

 左の上段。

 

 振り上げる前には既に旋回しながら間合いから消えていた。

 

 

「このっ!」

 

 

 その後も連撃を叩き込むが、直撃どころか相手はビームサーベルで鍔迫り合いに持ち込む事も、盾で受けようともしない。

 

 全ての攻撃が“事前に察知されて”回避されていたのだ。

 

 

「なんでよ……何でなのよ!!」

 

 

 しかし、サレナ・ヴァーンの苛立ちは、攻撃が当たらない事にはなかった。

 

 

「何で“声”が届かないの!? この前は向こうの“声”だって聞こえたのに!」

 

 

 最初に会った時は、黒いガンダムに“こちらの怨念”がぶつかり、反応するような仕草が見れた。

 

 

「……ねぇ、聞こえてんでしょ!? 何とか言ったらどうなの!? なんで私を無視するのさ‼」

 

 

 地上では、あろうことか向こうから“声”すら聞こえた。

 

 それが今は、何も聞こえない。

 

 

「いやだ……嫌だ嫌だ嫌だ!! 隊長も、ジョージも死んじゃって……私には、私にはもうお前しか……お前しかいないのに! お前も私を無視なんてしたら……ッ!!」

 

 

 右方向から光が来るのを感じたサレナはイフリート・ダンを後退させる。

 

 一条の光がガンダムとの間に走った。

 

 見た事のないタイプの連邦のモビルスーツが一機、こちらにビームライフルを向けている。

 

 

「邪魔すんな!」

 

 

 急接近し、ビームライフルの次弾が発射される前に一刀両断。

 

 今度は避けられる事なく、一撃で爆発した。

 

 

「……アハッ。そうか……分かったわ! 私はおかしくない。変なのはあのガンダムの方よ!」

 

 

 バーニアを吹かせ、交戦中の空域を一気に駆け抜ける。

 

 目線の向こうには、三隻並んでいる連邦軍の戦艦。

 

 真ん中の、“黒木馬”を目指して突き進むイフリート・ダン。

 

 

「私に会うのが恥ずかしくって、きっと他の人が乗っていたのよ。えぇ、きっとそうに違いない……あんなに深く心の奥底まで通じ合えた感覚がないんですもの!!」

 

 

 胸元に“109”と書いてあった赤いモビルスーツが砲撃を加えてきた。

 

 だが、サレナはそれを回避し、109を足蹴りにして、更に先へ。

 

 

「待ってなさいダーリン! 今、貴女の花嫁が迎えに行くから!!」

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

『モビルスーツ隊を突破したのがいます! 数は一!!』

『迎撃急いで!!』

「……なぁ先生。なんでブリッジの指示が全部館内放送で流れるんだ?」

「ウチでは恒例行事だけど。ジオンでは違うの?」

「俺はほとんど乗ってないから……って、え?」

 

 医務室で待機していたバーナード・ワイズマンは、ほぼ脊髄反射で応えた後に、固まった。女医はニヤニヤした表情をこちらに向けている。

 

 

「まさか……知ってたのか!?」

「そんな気がしたから、カマかけてやったのさ。オグスター少尉もマッケンジー中尉も嘘が下手っぽいし」

「…………」

 

 

 絶句する……様に見せかけて周囲を確認するバーニィ。

 

 メスや注射器で良いのなら、武器には事欠かない。

 

 しかし。

 

 

「安心しなよ。私は誰にも喋らない。その代わり、アンタに頼みがある」

「……頼み?」

「あぁ。見た所、モビルスーツのパイロットだろ? 出撃して、守って欲しいのさ」

「はぁ!?」

 

 

 女医の言葉に、バーニィは飛び上がりながら驚愕した。

 

 この女は、敵の軍人だと分かっていながら見逃す所か、同軍を討てと簡単に言ってのけたのだ。

 

 

「俺が裏切る可能性だってあるんだぞ!?」

「ジオンだから? あんなにマッケンジー中尉と仲良くした後に、そんな事出来ないでしょ?」

「……連邦軍の言葉は、信用できない」

「じゃ、私も秘密を一つ君にだけ教えよう。私はサイド3生まれよ」

「!」

 

 サイド3。

 

 公国軍の本国で、文字通りジオンそのもの。

 

 つまり彼女は、生まれ故郷のサイド3が連邦に対して独立戦争をしかけた事を知っていて、敵である連邦についているとでも言うのだろうか?

 

 

「連邦だジオンだってのは私には関係ないのさ。アンタもそう見えたけど?」

「……」

 

 

 バーニィはサイド6でクリスチーナ・マッケンジーと出会い、連邦軍人が自分たちと違わない事を知った。

 

 そして、サイド6で出会ったアルフレッド・イズルハ……アルには「必ず帰る」とも約束した。

 

 

 でも、バーナード・ワイズマンはジオンの兵士である。

 

 

 ジオンの為に、ここで連邦の戦艦を落とすか?

 

 

 たった一機のモビルスーツを破壊する為に核ミサイルを撃ち込む様なジオンに?

 

 自分たちサイクロプス隊の生死に掛からわず核攻撃する前提の作戦を組んだ、ジオンに?

 

 

「……よし」

 

 

 答えは最初から、決まっていた。

 

 

「分かった。手を貸す」

「助かるよ、バーニィくん。」

 

 

 医務室の扉の向こうから手を振る女医を尻目に、廊下を移動するバーニィ。

 

 途中で連邦製の黄色いノーマルスーツを拝借し、格納庫へと到着した。

 

 

「ん? なんで連邦の戦艦にリック・ドムがあるんだ?」

 

 

 格納庫に来て最初に目に入ったのは、ジオン軍のモビルスーツ、リック・ドムだった。

 

 しかし解体中なのか、上半身と下半身が分かれた状態で格納庫の隅に追いやられていた。アレでは確実に使い物にならない。

 

 

「そこのお前! 何者だ!!」

 

 

 バーニィの後ろから声が聞こえた。この戦艦に連れてこられた時にみた整備班の女性だった。

 

 

「アンタ確か、オグスター少尉が連れてきた客人じゃないか!」

「ジオンのモビルスーツが来てるんだろ! 残りのモビルスーツは無いのか!?」

「あ、あぁ……ジョエルン曹長のジムが残ってるが……」

「それで良い! 借りるぞ!!」

「ちょっと!」

 

 

 整備班の女性を押しのけ、彼女が指さしていた赤いモビルスーツへと乗り込むバーニィ。

 

 

「これがジム……ガンダムの量産型か」

 

 

 計器を確認しながら、ひとりごちる。

 

 

「……よし、連邦軍のモビルスーツったって、元はザクを参考にしてるんだ。俺にも動かせる……!」

『本当にやれるのか!?』

「やってやるさ! 出してくれ!!」

 

 整備班の女性の声に応え、今一度操縦桿を握り直す。

 

 嗚呼、なんで自分は連邦のノーマルスーツに身を包んで、連邦のモビルスーツで飛び出して、連邦の戦艦を守ろうとしているのだろうか?

 

 そんな事が今更頭をよぎるが、それも一瞬だった。

 

 

『発進、いつでも良いよ!』

「バーナード・ワイズマン! 出撃する!! ……ッ!」

 

 

 カタパルトから射出されるGを一身に受けながら、バーニィは宇宙へと飛び出した。

 

 目の前には、破棄されて久しいコロニー。

 

 そして、戦闘の光。

 

 

「ジオンのモビルスーツは!?」

 

 

 ザクとほぼ同じとはいえ、勝手の違うカメラを動かしながら、戦場を見る。

 

 

「いた!」

 

 

 戦闘の光から真っ直ぐこちらに近付く白い影があった。

 

 バーニィでも知らないタイプの機体だった。

 

 頭がドム系の様だが、身体はグフなどの系統に近いデザイン。

 

 

「おいおい! エースが相手だなんて聞いてないぞ!?」

 

 

 盾を構えながら、ジム・ライフルを連射する。

 

 しかし、当たらない。

 

 

「くそっ! やっぱりザクの様には動かせないか!」

 

 

 “黒木馬”の援護射撃を受けながら更にジム・ライフルを斉射するが、当たらない。

 

 二本のヒート・サーベルを構えた白いモビルスーツが、一気にジムの懐へと接近してきた。

 

 

「うわっ! うわああああああ!!」

 

 

 ガムシャラに、しかし直感でジムを動かすバーニィ。

 

 一撃。二撃。

 

 

「……あれ?」

 

 

三撃目を回避した所で、バーニィは自分がジムを思い通りに動かせている事に気が付いた。

 

 

「ザクより相性が良かった、って事なのか……?」

 

 

 困惑しながらも、ジム・ライフルを捨て、ビーム・サーベルに手を伸ばすバーニィ。

 

 

 当の本人は知る由もない話だが、サイド6でのテリー・オグスターの駆るアレックスとの“殴り合い”は、意図せずバーニィの操縦技術の向上を促していたのだ。

 

 そんな彼が、今までサイコミュなどの操作補助システムに頼りきりだった白いモビルスーツと対峙すると、どうなるか?

 

 

「このぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 

 バーニィの反撃が、始まった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 イフリート・ダンとかいう白いモビルスーツを取り逃がしてしまった俺が後ろから追いかけていると、フォリコーンから出撃した先行量産型ジムが件の機体と対峙していた。

 

 しかし、ヒータはまだ病室に隔離されている筈だ。

 

 じゃあアレには、一体誰が乗ってんだ?

 

 

『こちらフォリコーン! オグスター少尉聞こえますか!?』

「あ、あぁ!」

 

 

 通信官のコダマちゃんの声が聞こえた。

 

少なくとも、彼女がジムを操作している訳ではないらしい。当たり前か。

 

「あのジムには誰が!?」

『少尉が連れてきたバーナードって人が借りていったって!』

「はあ!?」

 

 

 なんで?

 

 なんでそうなってんの?

 

「なんでそういう面白いイベントを見逃しちゃってんの俺!?」

『オグスター少尉聞こえません! もう一度お願いします!』

「いやその……了解した! 援護する!!」

 

 

 ビームライフルを構える……が、ちょうど対角線上にはフォリコーンがいる。

 

 このまま撃てば誤射で味方に攻撃しかねない。

 

 ならば、接近しかないだろう。

 

 

「なんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

 ビームライフルを捨て、接近。

 

 そのままジムを追いかけるイフリート・ダンの横っ腹に、一発蹴りを加えた。

 

 

「どうだ!?」

 

 

 イフリート・ダンが、揺らぐ。

 

 さっきもそうだったが、いつもの“声”は向こうから聞こえなかった。

 

 開発主任のグラン・ア・ロン博士がこちらにいるから、本格的な整備が出来ていないのかもしれない。

 

 なら、地球に降りる前からの因縁に決着をつける、またとない機会に違いない。

 

 

「バーニィ無事か!」

『その声は、ラリーか!?』

「違うテリーだ間違えんな! サイド6での俺達の熱いファイトを、このモビルスーツにもお見舞いしてやるぞ!」

『サイド6で……? なるほど、分かった!』

 

 

 俺の言葉の意味を察してくれたバーニィが、ビームサーベルとシールドを投げ捨てた。

 

 当然、俺も同じようにした。

 

 

「これが本当の“ガンダムファイト”ってな!!」

 

 

 まず俺のガンダムの右ストレート。

 

 目標はイフリート・ダンの右手。ヒート・サーベルを振り下ろす前に、叩き込み、手首の手前から粉砕した。

 

 

「バーニィ!」

『おぉ!』

 

 

 間髪入れずバーニィの乗るジムのタックルがイフリート・ダンの胴体を攻撃。

 

 それからの蹴りでイフリート・ダンを無理やり引きはがし、その隙に俺のガンダムで左肩の付け根部分に手刀を叩き込んだ。

 

 イフリート・ダンの左腕が胴体から離れる。同時に左フックを顔面にお見舞いした。

 

 

「行くぞバーニィ!!」

『なんとぉぉぉぉぉぉぉ!!』

 

 

 お、本家(※本家じゃない)「なんと」頂きました。

 

 冗談はさておき、俺のガンダムと、バーニィのジムによるダブルキックが、イフリート・ダンのコックピットを直撃した!

 

 

『今だ、テリー!』

 

 

 さっき投げ捨てたビームライフルを俺に投げて寄越すバーニィ。

 

 

「お言葉に甘えて……ゲームオーバーだドげ……」

 

 その時だった。

 

<!>

 

 

 言葉が、走った。

 

 

「ッ!?」

 

 

 その“意味”までは分からなかったが、確かに何かが聞こえた。

 

 そのせいで、ビームライフルは発射前に角度がずれてしまい、コックピットを狙った筈のビームはイフリート・ダンの右足を吹き飛ばすだけになってしまった。

 

 

「追撃を……うっ!?」

 

 

<……! ……!!>

 

 

 白いイフリート・ダンから洩れるどす黒いオーラが、俺の追撃を拒んだ。

 

 いや、あのオーラを見た俺が“自分で”拒んだのだ。

 

 機と見たイフリート・ダンが、明後日の方向へと消えていく。

 

 

『おい! アイツ逃げるぞ! 良いのか!?』

「……大丈夫さ」

 

 

 敵を目前に、逃がしてしまった。

 

 しかし、俺は「これで良かった」とさえ思っていた。

 

「やっと負けっぱなしのアイツから一本取ったんだ。今日は、これで良いさ……」

 

 

 そのすぐ後に、リック・ドムの小隊とムサイを一隻撃墜したクリス達が帰還。

 

テキサスコロニー内部で行方が分からなくなったアムロのガンダム捜索の為にホワイトベースがコロニー内部へと侵入していった。

 


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