機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第34話【宇宙の蜉蝣】

 

「う……ん……?」

 

 

 サレナ・ヴァーンが目を覚ました時、そこはイフリート・ダンのコックピットの中ではなかった。

 

 白いベッドに医療品の山が積まれている事から、どこかの医務室である事は伺えた。

 

 

「ここは……?」

「私の艦さね」

 

 

 身を起こしながら呟くと、それに反応する声があった。

 

 仕切りのカーテンの向こうから、声の主らしき女性が姿を現した。

 

 サレナは、“彼女”の事を知っていた。

 

 

「……シーマ・ガラハウ中佐か。海兵隊の」

「ご名答。会うのは初めての筈なんだけどねぇ……」

「女性の上級士官と言えば、それだけで尊敬に値するものだ」

「ふん、じゃあ上官に対する尊大な物言いと仮面を着ける変な趣味を止めるんだね」

「仮面……そうだ、仮面は!?」

 

 

 自分の顔に仮面が無い事に慌てふためくサレナ・ヴァーン。

 

 アレは最早ただの仮面ではなく、“サレナ・ヴァーン”という人間の象徴、心の拠り所と化していたのだ。

 

 

「ベッド脇の机の上だよ」

「すまん……すいません……」

「全く、仮面の男に仮面の娘を押し付けられるなんて、なんて悪い冗談だい……!」

「ここは、ザンジバルの医務室ではないのか……?」

 

 

 仮面を着け“サレナ・ヴァーンになった少女”が首を傾げる。

 見た目は確かにザンジバルの医務室だったが、雰囲気は確かに、違う。

 よく言えば前線の泥くささ、悪く言えば荒くれものの巣窟に近いオーラがあった。

 

 

「ザンジバルだよ? ただし、ザンジバル級“リリー・マレルーン”の医務室さね。ようこそ、シーマ艦隊へ」

「何故、私は海兵隊の医務室に……?」

「簡単な話さ。アンタはこれからグラナダへ送られる。私らはその“送迎”を仰せつかった……」

「何!? ……ッ!」

 

 

 掴み掛る勢いで起きようとしたサレナだが、肩に走った激痛が彼女を制した。

 

 見た目は何ともないが、身体には相当のダメージが蓄積しているらしい。

 

 

「充分なデータが集まった試作機とパイロットが元の場所に戻るんだ。そんなに嫌な事かねぇ?」

「私には……私にはやらねばならない事がある!」

「月に戻って試作機をフラナガン機関に届ける。それがアンタの軍人として“やらねばならない任務”さね」

「違う! ……シーマ中佐。私はジオンの行く末なんて、正直どうでも良いのだ」

「なんだって……?」

 

 聞き逃せない、という感情を乗せた冷たく鋭い目がサレナに突き刺さるが、彼女は続けた。

 

「一介の軍人としての私の責務は、キシリア閣下にV作戦の資料を渡した時に十二分に果たした。そしてその見返りとしてイフリート・ダンを頂き、今日まで復讐の為に戦ってきた……なのに今更テストパイロット扱いで送還はないだろう!? 話が違う!!」

「私はただ運んでこいと頼まれただけ……文句を言われるのは筋違いってもんさ」

「私は貴女に聞いているのだシーマ・ガラハウ! ……貴女は今の私と同じ“目”をしている。やりたくない事をやらされている“目”だ」

「……小娘に何が分かるって言うんだい!」

 

 

 シーマの“触れてはいけない部分”に触れてしまったらしく、彼女の眉間の皺が段々濃くなっていく。が、サレナもまた、仮面では隠しきれない程に感情の牙を剥き出しにしながらシーマを睨み返す。

 

 

「私は復讐の為に戦う! それが私の戦争だ! 私の自由だ!! 無理矢理月に連れていくと言うなれば、上官殺しの汚名を被ってでも私の自由にさせて頂く!!」

「……はぁ。わかった、わかったよ。そこまで言うなら仕方ない。その“仇”とやらの近くまでは運んでやるから、後は勝手にしな」

 

 

 理解を示してくれた、というよりは「面倒になった」と言った表情で身を引くシーマ。

 

 そのままこめかみを指で押さえ、ため息までつく始末である。

 

 

「……良いのか?」

「そうしたいって言ったのは自分なの、もう忘れたのかい? ……最も、私もザビ家には良い印象なんてこれっぽっちも感じていない身……そいつの顔を少しでも歪ませられるのなら、むしろ本望ってやつさね」

「すまん……助かる」

「ふん」

 

 

 付き合ってられないね、と小声で呟いたシーマが医務室から出て行った後、サレナは少し、横になった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「全く……あんな小娘の言う事に共感しちまうなんて、どうかしちまったのかい私は……!」

 

 

 ザンジバル級リリー・マレルーン内を移動しながら、誰に聞かせるでもなくシーマ・ガラハウは愚痴をこぼした。

 

 コロニー落とし。ジオンの“ブリディッシュ作戦”においてサイド2コロニー“アイランド・イフィッシュ”に毒ガス攻撃をさせられた日の事を、彼女は今でも昨日の事の様に思い出せた。

 

 次々と苦しみながら倒れていく民間人に、ノーマルスーツを着た連邦軍の兵士が何かを叫んでいたのをコックピットから眺めながら震えた“あの日”から、そろそろ一年。

 

 開戦以来ずっと任務として“汚れ仕事”を請け負ってきた彼女だが、あの仮面の少女、サレナ・ヴァーンの言葉に揺らぎつつあった。

 

 「戦争はいけない」という類の戯言なら聞き逃せたが「復讐こそ私の戦争、私の自由」という言葉には非常に関心が持てた。

 

 ……この時のシーマには知る由もない話だが、サレナのニュータイプとしての強力な“念”を、心を揺さぶる強い“言葉”と勘違いしてしまったのだ。

 

 

「シーマ様、どうされました?」

「……!」

 

 

 無心で歩いていたからか、気が付けばリリー・マレルーンのブリッジで立ち尽くしていたシーマ。副官であるデトローフ・コッセルが厳つい顔に似合わない心配そうな表情で彼女の顔を覗き込んでいた。

 

 

「……そんな目で見るんじゃないよ、みっともない。進路はどうなってる?」

「はっ。予定通り、グラナダに変更しております」

「そうか……艦隊全ての通信を送る。準備しな!」

「了解!!」

 

 

 今一度呼吸を整え、キャプテンシートの前で仁王立ちするシーマ。

 

 心は、既に決まっていた。

 

 

「シーマ様、通信繋がりました! いつでもどうぞ!!」

 

 

「海兵隊の野郎ども聞いてるかい!! 私達は開戦以来、何でもやってきた! 正規の甘ちゃん軍人共が忌み嫌う様な殺しに略奪。祖国の為にだ、スペースノイド独立の為にだってねぇ! だけど、オデッサ基地が連邦に奪い返されてから後手後手のジオンに私はもう勝ち目はないと思っている!!」

「なっ……!?」

 

 

 部下達が目を見開きながら驚愕する事も気にせず、シーマは言葉を止めない。

 

 

「“表側”の連中はザビ家のクソ共になんて言われて尻尾を振ってるのか知らないけど“裏側”を知る私らならわかる筈さ、“敗者の足搔き”ってやつをね! 現にジャブロー襲撃に失敗して主戦場が宇宙に戻った今、上の連中は何をしている? それぞれ保身に走って連携しようともしない! 現に私達は何をしている? ドズル中将のソロモンが総攻撃されるという噂の中、小娘一人の“お迎え”の最中だ! ただ管轄が違うだけで、軍の重要拠点と何百何千という兵士たちとも釣り合わない、取るに足らない小娘一人の為にねぇ!! ……はっきり言う! 私は軍を私物化しただけでは飽き足らず、身内同士でも争いを止めないザビ家に愛想を尽かした! あんなゴミみたいな連中に、私と、私の信じる部下たちをみすみす殺させたりするもんか! 私達はこれから自由の為……私達の戦争の為に戦う!! まだザビ家のジオンに未練があるヤツ! 今なら止めないから尻尾巻いてお月さんに帰んな!!」

「シーマ様! 海兵隊にシーマ様を見捨てる者などおりません!!」

「やってやりましょう、シーマ様!!」

「ザビ家がなんだってんだ……俺達にはシーマ様が付いているんだ!!」

 

 

 他のシーマ艦隊の艦からも、次々とシーマに賛同する声が挙がる。

 

 ジオンへの、ザビ家への忠心を誓う者は、少なくとも荒くれものの海兵隊にはいなかったのだ。

 

 それ程までに、彼らは“闇”を知り過ぎた。

 

 

「よく言ったお前達!! これからシーマ艦隊はジオン軍から離反し、独自の行動を執る! まずはソロモンに生意気な花嫁を捨てに行くよ! 全艦進路変更! 目標! ソロモン宙域!!」

「アイ・アイ・サー!!」

 

 

 デトローフ・コッセルの言葉に続き、海兵隊の男達が走り始める。

 

 それは、今までの“汚れ仕事”の時より機敏に、活き活きとした動きだった。

 

 

「技術班の連中に知らせな! ボロボロのイフリート・ダンを可能な限り修理してやんな! 予備のサイコミュ・システムなんてのも私らには必要ないんだ。餞別に詰め込んでやりな!!」

「了解ですシーマ様!」

「よし……ふふっ」

 

 

 キャプテンシートに足を組んで座ったシーマが、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「見限るには良い機会だったって訳だ……あの娘がどうなろうが知ったこっちゃないが、これくらいは礼をしてやらないとねぇ……!」

 

 

 “海賊の様な海兵隊”から文字通り“海賊”になった彼女たちが今、ソロモンへと……“自由”へと向けて艦を進め始めた。

 


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