「今のプレッシャーも、ニュータイプのものだというのか!?」
片腕を失ったゲルググのコックピットの中で、シャア・アズナブルは自分の身体が震えている事に気が付いた。
ララァ・スンを一目見たときから感じていた“温かさ”とは真逆の、ドス黒い“冷たさ”を、イフリート・ダンから……否。サレナ・ヴァーンからはっきりと感じ取っていたのだ。
しかし、シャアには解せない事があった。
彼女はキシリア・ザビの命令で海兵隊であるシーマ・ガラハウの部隊に回収され、月へと送還された筈なのだ。
それが何故、遠く離れたソロモンの海にいるのだろうか?
装備が一新している所からも、一度は海兵隊と合流しているのは間違いない。
ただ、モビルスーツに乗っているならともかく、生身の彼女一人で精強な海兵隊を振り切って脱走してきたというのは考えにくい。
一体、彼女身に何があったというのだろうか?
「サレナ少佐! 何故君がここに居るのだ!?」
<ダーリン……ダーリン! うふ、うふふ。うふふふふふふ……!>
しかし、返ってきたのは通信ではなく、彼女の“思念”。
それもシャアの言葉に対して返答したと言うにはほど遠い反応だった。
『大佐……彼女は、危険です!』
「しかし、心強い援軍だ」
『今の彼女に個人を認識する理性はありません!』
「なんだと!?」
ララァの言葉にシャアが驚愕した、ほぼ同時だった。
<女! ダーリンを誑かす女の声! 邪魔だああああああああぁあぁああぁぁぁ!!>
どうやらシャアの事を“ダーリン”という人物と誤認したらしいサレナが、一直線にエルメスの方へと突撃する。
ビットを全て失ったエルメスは、“移動する砲台”程度の性能だ。
それにパイロットとして技量の低いララァでは、イフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルを防ぐ事も、回避する事も叶わない。
<危ない!!>
「ララァ!」
エルメスとイフリート・ダンの間にゲルググを急行させるシャア。
しかし、それより先に動いているものがあった。
白いガンダムだ。
敵である筈の白いガンダムがイフリート・ダンの刃を二本のビーム・サーベルで受け止めたのだ!
<なんで邪魔するのダーリン!?>
どうやら白いガンダムのパイロットの事も“ダーリン”だと勘違いしているらしいサレナの叫ぶような思念が飛び込んでくる。
<アムロ!?>
<大丈夫かい、ララァ!?>
「アムロ……? あの時の少年か!」
サイド6で偶然会った二人の少年の事を思い出すシャア。
その内の一人の名前が確か“アムロ”だったはずだ。
『赤い彗星! どうやらここは、一時休戦したほうが良さそうだぜ……!』
今度は“思念”ではない、普通の通信がコックピットに響いた。
この“声”には聞き覚えがある。
サイド6で出会ったもう一人の少年“テリー”とやらの声だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『どうやってこちらの回線に割り込んだ!』
「今はそんな事を言っている場合じゃねぇだろ!」
ソロモンに潜入する際に使用した通信回線を使用した、とは言えないし、その事を説明する時間も無かった。
イフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルは高出力だ。
ガンダムのビーム・サーベルでは鍔迫り合いに勝てないのは“体験済み”である。
「やめろサレナ・ヴァーン! いつも追いかけてたのは俺だろ!!」
<ダーリン……? そこにもダーリンがいるの!?>
俺の“声”に反応したのか“思念”に反応したのかは分からないが、アムロのガンダムに首ったけだったイフリート・ダンのモノアイが、明らかにこちらを捉えていた。
<いつもの黒いガンダムに乗ってきてくれたのね! 嬉しい!!>
「俺はあんまり嬉しくないけど!!」
〈うふふっ、照れ屋さん♪ ……偽物はどっかいけ!!〉
『うわあぁあぁ!?』
アムロのガンダムを蹴り飛ばし、まっすぐこちらに向かってくるイフリート・ダン。
テキサスコロニーで戦った時と違い、イフリート・ダンは見たことのない装備をしていた。
細長い長方形のブースターが腰を覆うように複数。
まるで純白のスカートを穿いた様に見えるその姿は異名に違わぬ“血塗りの花嫁”だった。
「くそっ!」
追加ブースターによる加速は予想以上だった。
重いミサイル・ポッドを背負った現状では振り切れないと判断し、残ったミサイルを全弾撃ち尽くしてからパージ。
数発当たれば御の字、位の気持ちだったが、その期待は外れ全て回避されてしまった。
あの“ウエディング・ブースター”による回るような機動に対しロックオンの出来ないミサイルは相性が最悪だった。ミノフスキー粒子をこれほど厄介に思ったのは初めてかもしれない。
<情熱的なアプローチね、ダーリン!>
「くそっ! くそぉっ!!」
マグネット・コーティングで反応が上がったとはいえ、元々ガンダムとほぼ同じスペックのイフリート・ダンを振り切るのは難しい。
「こんな事ならクリス中尉からアレックス借りてくるんだった!!」
<また他の女にうつつを抜かして! 私だけ! 私だけ見ていれば良いのよ!!>
通信回路は繋がってないはずなのに会話が成立するという事のなんと気味の悪い事か。
それに最初に会った時の“見透かされた感覚”に“ウエディング・ブースター”による変態機動が合わさり、不意討ち気味のビーム・ライフルや頭部バルカンの一撃すら当たってくれない。
『テリーさん! 援護します!』
「助かる!」
<あははっ! もう一人ダーリンが来たぁ……♡>
さっき“偽物”って言って蹴飛ばしたのはどこのどいつだよ、とは思ったが向こうはさほど気にしていないらしい。
グラン博士の言葉によるとイフリート・ダンにはサイコミュシステムとEXAMシステムの両方が積んであるという。
と、いう事は今はそのどちらか……或いは“両方”が暴走した状態なのだろう。
俺とアムロを“ダーリン”とやらと誤認しているのはそのせいかもしれない。
つまり、相手には“正常な判断能力”が欠如しているのは間違いないのだ。
だが、そんな状態にあるにも関わらず、俺とアムロの連携攻撃は悉く回避されていた。
「背中か頭を狙うんだ!!」
まるでランドセルの様に突出した正方形のバックパックにはサイコミュシステムが、頭部にはエグザムシステムが搭載されているとか。
『僕が抑えます!』
「その手で行こう!!」
それは阿吽の呼吸だった。
『このっ!』
<うふふっ……あははっ♪>
アムロのガンダムのビーム・サーベルとイフリート・ダンの逆刃ビーム・サーベルが交差した。
その一瞬で、俺はイフリート・ダンの真下に回り込んだ。
これで垂直にブースターを使っても俺のビーム・ライフルは避けられないし、平行に避ければアムロのビーム・サーベルが追撃する。
正に完璧な作戦だった。
……“ウェディング・ブースター”の裏側にあるメガ粒子砲を見つけるまでは。
「嘘だろ!?」
<覗きなんて大胆ねぇダーリン!!>
一斉に発射された光のシャワー。
身を捻りながらの高速旋回で何とか回避!
「あっぶねーー……!!」
ミサイル・ポッドもそうだが、シールド分の重量があっても当たっていたかも知れない。
シャア様々である。
<溶けちゃえ! 溶けちゃえ! 斬れちゃえ! 削れちゃえッ!!>
追撃のメガ粒子砲をばら撒きながらアムロに逆刃ビーム・サーベルを連続で叩き込むイフリート・ダン。
パイロットの技量の差もあって剣戟を全部いなしているアムロは流石と言わざるを得ないが、力でゴリ押ししてくる以上、それもいつまで続くか分からない。
と言うか“ウェディング・ブースター”の一つ一つは上下にしか稼働しないのに、数の暴力でこっちに的確にメガ粒子砲を打ち込んでくる現状もヤバい。
しかも撃つ事に最適化しているらしく、段々回避出来る“間”が無くなってきていると来たら、正しく万事休すだった。
<手加減なんてしてるからさぁ!!>
「お前がしろ!」
その時だ。
宇宙に“赤い彗星”が光り輝いた。
<アハハハハッ! ウフフごばッ!?>
“赤い彗星”は一直線に“血塗りの花嫁”の元へ飛来。
無防備だった横腹から、容赦なく飛び蹴りを決めたのだ!
「なにっ!?」
『シャアか!』
『私も一介の軍人である前に一人の男だ。ララァを助けてもらった礼くらいはしてやらんとな!』
<まぁ嬉しい! 赤いダーリンも来てくれたのね!>
節操のない女め、と思ったがその言葉が口に出ることはなかった。
その前に、二本の光の線が戦場を横切ったからだ。
光の正体は、ララァの乗るエルメスのメガ粒子砲だった。
『あの子はマシンに呑み込まれています……! 解放してあげないと!』
『今の私でも“感じる”事が出来る……あの邪気は危険なものだ!』
「手を貸してくれるのか!?」
俺の言葉に応える様に、エルメスがアムロの後ろに、片腕の赤いゲルググが俺の横に並んだ。
何という事だ。ララァとの戦いを何とか止めようとは思っていたが、共闘するというのは流石に予想外過ぎて思考が追い付かない。
とまれ、これなら「負ける気がしない」というものだ。
「サレナ・ヴァーン! お前との因縁……今日で終わらせてやる!!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『まさか、またコイツに乗る事になるとはな!』
「仕方ないでしょヒータ。ジムはさっきの戦いで壊れちゃったんだから」
アムロ・レイとテリー・オグスターがシャア・アズナブルとララァ・スンとの共闘を開始し始めた頃、フォリコーンとホワイトベースから発進する三機の戦闘機があった。
ヒータとミドリがそれぞれ乗るセイバー・フィッシュと、セイラのコア・ブースターだ。
『すいません。お二人にお付き合いして頂く形になってしまって……』
「気にしないで下さいセイラさん。嫌な予感がするのは、私も一緒です」
『ミドリのはニュータイプなのか心配性なのかよくわかんねぇからな……っと、見えたぞ! ん? おい、ありゃどういう事だ!?』
“不思議な共闘”に最初に気が付いたのはヒータだった。
『兄さん!』
「赤い彗星がテリー君達と協力してる……? ッ!」
『あぁっ!』
『どうした! 何かあったのか!?』
もう互いに射程距離に入ったという所で、ミドリの身体を強烈なプレッシャーが襲っていた。
“あの時”と同じ……否、それ以上の怨念を感じていた身体は、寒気と吐き気を同時に催す。
『でも、何かしら……悲しみや愛情も感じる……一体、どういう事なの……?』
同じくニュータイプとして“怨念”を感じていたらしいセイラはしかし、その奥の不可解な“感情”に気が付いていた様だが、ミドリの方はそこまでの余裕はない。
それは明らかに、戦場の“場数”の差であった。
『セイラさん!』
『アルテイシアか!?』
『ヒータ! ミドリ!!』
『テリー! セイラとミドリが変な事口走り始めやがった!』
『サレナ・ヴァーンの影響だ! 二人を近付けるな!!』
『戦闘機でどうやって足止めしろってんだ!!』
「……!」
ミドリにはもはや、何とか理性を保って機体を水平にするのが精一杯だった。
<また女! 他の女!! 邪魔だ消えろ!!>
そして、敵はそんなミドリを見逃してはくれなかった。
光が、光の雨が、彼女の視界を覆った。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
<アハハ! ダーリンの仇! 隊長とジョージは殺す! あぁ、愛しの隊長……お慕い申しておりましたダーリン! だから死ね! なんで私だけ……死ね! 死ね! 死ね!!>
明らかに様子のおかしかったサレナ・ヴァーンが、遂に“壊れた”。
“ウエディング・ブースター”を機体に対して垂直に展開し、周りながらメガ粒子砲を周囲にまき散らし始めたのだ。
「くそっ、ローリングバスターライフルかよぉ!!」
しかし間隔自体は広く回避は容易だった。恐らくターゲットが“多すぎる”からだろう。
「これだけバカスカ撃ちゃ、すぐにエネルギーが切れて……ッ!」
<!>
言葉が走った。
サレナ・ヴァーンのノイズの様な思念ではない。
その意味を、俺はすぐに察した。
「ミドリ!」
アイツは最初にイフリート・ダンに出会った時、サレナ・ヴァーンの“プレッシャー”で戦闘不能に陥っていた。
今回も“それ”を患っていたらしいミドリのセイバー・フィッシュの覚束ない軌道では、イフリート・ダンの攻撃全てを回避するのは不可能だった。
メガ粒子砲の一発が、後部に直撃する。
「ミドリ!!」
そして、爆発。
「ミドリ! ミドリ!!」
『おいミドリしっかりしろ! まだオレはお前に勝ててないんだぞ! 勝手に死ぬな!!』
コックピット部分だけは直前に折れて誘爆から逃れる事に成功した様だが、俺以外の通信にも応える様子はない。
冗談じゃない。俺はもうこれ以上、仲間を失うのはたくさんだ!!
「サレナ・ヴァァァァァァァァァァァン!!」
<ダーアリイイイイイイイイイイイイン!!>
更に激しく回転しながらメガ粒子砲をばら撒くイフリート・ダン。
『これじゃ近づけないわ!』
『セイラさん! ヒータさん! 僕のガンダムの後ろに!!』
一発二発は当たる覚悟で突撃する。
しかし後退しながら、というより舞う様に移動するイフリート・ダンには一向に近付けない。
「くそっ! 一瞬……一瞬だけでも隙があれば……!」
『では一瞬だけその隙を作る! ララァ!!』
『はい、大佐!』
俺の叫びに応じる声があった。
そしてその直後、俺のガンダムとイフリート・ダンを対角線上に挟んだ位置にいたシャアの赤いゲルググが動いた。
ビーム・ナギナタをブーメランの様に回転させながら投擲したのだ。
そんなもので隙が生まれる筈がない。そう思った直後だった。
その投げたビーム・ナギナタの方に、エルメスのメガ粒子砲が撃ち込まれた。
「まさか……!」
ビーム・ナギナタのIフィールドに当たったメガ粒子砲が拡散し、周囲に拡散する。
「ビーム・コンヒューズ!?」
あの技は元々“Zの世界”を知っている俺が予めビーム・ライフルの出力設定を計算して用意していたものだ。当然、そのまま撃てばビーム・ナギナタを消し飛ばすだけで終わる筈。
その筈なのに、あの二人はこの短い戦闘中にその計算を完了させ、あまつさえ実演してしまったのだ。
畜生……アレが“本物のニュータイプ”って事かよ!
<あああぁっ!!>
そして、拡散したメガ粒子は見事にイフリート・ダンのバックパックに降り注ぎ、小規模の爆発を起こした。
宣言通り、シャア達が“隙”を作ってくれた。
<あ、ああ……仇……殺さないと……>
バックパックに積んでいたサイコミュシステムがダメージを負った事によって、暴走状態から解除されたイフリート・ダンが機体を痙攣させながらモノアイをこちらに向けてきた。
前回の様に逃げ出す様子はない。
最も、もう逃がしてやるつもりはない。
<あぁ……隊長……やっと、お傍に……!>
「死ね」
零距離から放たれたビーム・ライフルが、イフリート・ダンのコックピットを貫いた……。