機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第一章終幕~一年戦争終結篇~
第41話【告白】


 

 

「テリーくん。今、大丈夫?」

 

 

 何もない自室の壁を呆然と眺めていると、来客を知らせるベルと共にマナの声が聞こえた。

 

 

「おう。どうした?」

「さっきの事、謝ろうと思って……」

 

 

 そう言ったマナの表情は暗い。

 

 

「さっきの?」

「その……いきなり顔を殴った事……」

「あぁ。……ありゃ、良いパンチだった」

「もうっ」

 

 

 本当に怒っていないので冗談めかして言うと、マナの表情が明るくなった。

 

 やっぱり美少女には笑顔が一番似合う。

 

 

「……入っても、いい?」

「ん? いいけど……」

 

 そう言えば、誰かを自室に招く、というのは初めてだった。

 

 専ら食堂か、格納庫でプライベートな時間を過ごしていたので、自室は完全に“着替えとベッドがあるだけの場所”になっていた。

 

 “元の俺”で考えるとガンプラやテレビゲームに漫画をしこたま買い貯めて完全なプライベート空間を作るだろうが、ここは戦艦の……戦場のど真ん中だ。

 

 当然、そう言った“嗜好品”を集めるのは困難だし(そもそもガンプラがない)ガンダムのコックピットから出てきてからコントローラーを手にテレビ画面を見つめる生活など今更考えられなかった。

 

 

「何も、ないね……」

「制服と下着くらいしかないな」

 

 

 ベッド脇にちょこんと座ったマナが、片手でシーツを軽く叩いた。

 

 「横に座れ」と言っているのだろうか?

 

 いや、ここ俺の部屋なんだが……。

 

 

「……」

 

 

 無言で威圧してくる艦長に俺は負けて、渋々ベッド脇へと移動。

 

 流石に密着は恥ずかしいので、一人分開けて着席した。

 

 

「……テリーくん、士官学校時代は本の虫だったのに、人は変わるんだね」

 

 

 ポスターの一枚も貼っていもない壁を見ながら、マナはそう呟いた。

 

 一方の俺は、内心ヒヤヒヤである。

 

 今更「ところで貴方は誰ですか???」なんて言われたら、どう答えたらいいか分かったものではない。

 

 

「この世の本は粗方読みつくしたからな」

 

 

 なので嘘を付く事にした。

 

 大事の前の小事に構ってはいられない。というが、“蟻一匹の穴から巨大なダムが崩壊する”とケロロ軍曹で学んだ俺はその辺もしっかり考えているのであります。

 

 

「そうなんだ……。ふふっ、学生時代の“世界中の本を全部読むんだ”って言ってたテリーくんの夢、もうとっくに叶っていたんだね」

 

 

 え、そんな夢があったんだテリー・オグスター君。

 

 ごめん、適当に言った。

 

 

「えっと……」

 

 

 流石にこれは弁解するべきか。

 

 やっぱり彼女にはちゃんと“本当の事”を話すべきか。

 

 そんな思考が頭を過った時だ。

 

 

「マナ……?」

「テリーくん……」

 

 

 マナの方から距離を詰め、寄り添ってきたのだ。

 

 

「ごめんねテリーくん。私、また失礼な事言っちゃった……」

「は?」

「戦場じゃいつ死ぬか分からないんだから、部屋が殺風景なのは仕方ないよね……」

「…………」

 

 

 あー、そう捉えてしまいましたか。

 

 いやまぁ、間違えてないからなんとも言えないんだが。

 

 

「テリーくんはいつも私達を守る為に頑張ってるのに……私、やっぱり駄目だね……」

「マナ……それは前にも言ったが、君は」

「分かってるよ。今日は、そう言うのじゃないの」

「え?」

 

 

 また弱気になったのかなと思ったのだが、そうではないらしい。

 

 俺の腰に両手を回し、更に身体を密着させてきたマナが続ける。

 

 

「私ね、テリーくんが好き」

「おっ、おぅ!?」

 

 

 以前「男なら私を惚れさせてみなさい」と言われ、それ以降特別な事は何もしていなかった筈なのだが、どうやら彼女の心を掴んでいたらしい。

 

 

 

 これが所謂「俺、また何かやっちゃいました?」だろうか?

 

 

 

 

「ジャブローからずっと戦いばかりで気が付かなかったけど、私が食事の時は一緒に横にいて、一緒に笑いながらご飯を食べてくれていた……。それこそ、学生時代の時みたいに。私が“先輩”とどうやって仲良くなるか、どうしたら告白できるかなんて叶いもしない夢を必死に追いかけている時みたいに、テリーくんは変わらず私を、静かに支えてくれていたんだよね……」

 

 

 そうだったのか。

 

 お人好しが過ぎないかテリーくん。

 

 ……いやでも、それと“同じ”という事は、俺も相当お人好しという訳か。

 

 

「当たり前だろ。友達なんだから……」

「友達じゃ、ダメなの!!」

「うっ」

 

 

 いきなり叫んだマナが、俺をベッドに押し倒す。

 

 ともすれば十代前半とも見られかねない幼い身体に不釣り合いな大きな乳房だけが密着し、顔には彼女の熱い吐息が当たった。

 

 

「私ね……今までの関係が好きなの。確かにお仕事は辛いけど、こうやってテリーくんが隣で笑ってくれて、どんな時も一緒にいてくれる。そんな関係が。……でも、学生時代からずっとテリーくんの事が好きだって分かっていたヒータともパイロット同士っていう共通の話題で急接近してるし、ミドリとも最近イイ感じになってきちゃってるし……その、えっと……はっきり言うと私、他の女にテリーくんを取られたくないの」

「それって……!」

「酷いよね……再会した時まで先輩先輩って言ってた私が急に乗り換えなんてして」

 

 

 覆いかぶさった小さな身体を抱きしめると、小さく震えているのが分かった。

 

 

「本当は戦争が終わってからって思ってたんだけど、ガンダムのコックピットから三人で出てきたのを見た時からずっと私、モヤモヤして……」

「マナ……」

 

 

 そこでようやく“殴られた意味”を初めて知った俺は、言葉も出なかった。

 

 “前世”で女性に全く縁の無かった俺が出来るのは精々“男友達と一緒の時の様に振舞う”くらいだったのだが、それが彼女にとって大きな心の支えとなっていたと言うのだ。

 

 

「だからねテリーくん……私と、結婚して?」

「ええぇぇ!?」

 

 

 良い感じの雰囲気をぶち壊す勢いで素っ頓狂な声を挙げてしまう俺。

 

 大丈夫なんですか我々まだ16歳。今年で17ですよ?

 

 それとも男女共に「16歳から結婚OK!」なんですか宇宙世紀。

 

 未来に生きてるなぁ。

 

 あ、未来だったわ一応。

 

 

「……勿論、法的にダメなのは分かってるよ? だからコレは……予約。他の女がテリーくんを奪われない様に。私が他の男に目移りしない様に……!」

 

 

 あ、やっぱり駄目なんですね。

 

 でも女でなくとも“禁断の恋”とか言われると、その、非常に興奮する訳で……。

 

 

「……あら?」

「……申し訳ない。折角いい雰囲気だったのに」

「……良いよ。コンゼンコウショウってヤツ。私もキセイジジツ、作りに来たんだし」

 

 

 そう言うと、マナは俺の上を這いながら進み、照明を消した。

 

 時計を見る。

 

 

 

 “約束の時間”まで、あと2時間……。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

……くそっ。また負けたのかオレは……!

 

 くそっ……くそっ!!

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「フラれましたね、大佐」

「“帰るべき場所がある”か。……アムロ君は私なんかより、立派な戦士として成長していたのかもしれんな」

 

 

 エルメスの破壊工作の後、シャアとララァが乗ったゲルググはソロモン近海で負傷兵の回収を行っていたジオンの病院船、ザンジバル級機動巡洋艦“ケルゲレン”に着艦し、補給を受けていた。

 

 最も片腕のゲルググでは戦闘継続は難しいと判断された為、所属であるキシリア艦隊と合流する程度の燃料を与えられただけだったのだが。

 

 このまま直帰すれば、またララァが戦場に立たされていた事を考えると、この場所にこの艦がいたのは正に“僥倖”と言えた。

 

「ララァ、君はこの船に残れ。病院船であれば連邦も手出しはしないだろう」

「しかし、大佐を置いて一人で生き延びるなんて……!」

「私は死にに行く訳ではないさ、ララァ。……君という“生きる目的”が出来た」

「えっ?」

 

 

 困惑する表情のララァを前に、シャアは仮面とマスクを外した。

 

 澄んだ蒼い瞳で、褐色の肌の少女を見つめる。

 

 

「私はこれまで……サイド3を追われた“あの日”からずっと、殺された父や、監禁されていた母の敵討ちの為に生きてきた。部下も、仲間も全て踏み台にし、ただ目的の為に戦ってきた。……君も、その“踏み台”の一つに過ぎなかったのだ……!」

「えぇ。知っていますよ大佐……。でも、私は、それを受け入れた」

「だが、私はサレナ・ヴァーン少佐を……もう一人の“仮面”を見て、思ったのだ。“大事な人を失った人間が己を捨てた時、他人からどの様な姿に見えるのか”……それを考えた時、君の顔が浮かんだ」

 

 

 それは、仮面で己を偽ってきた男の、本心だった。

 

 「復讐に虚しさを感じた」とキシリアに言った時とは全く違う感情。

 

 彼は“もう一人の仮面”と出会い、そして奇しくも戦った事により“他人から見た自分”を知り、同時に“復讐という人生の中で見つけた、それ以上に大切な者”の存在に気が付くことが出来たのだ。

 

 それは本来“失ってから気が付くモノ”だった。

 

 

「ララァ。私の母になって欲しい」

 

 

 他人が聞けば、赤い彗星の性癖を勘違いしそうな一言。

 

 

「……その言葉を、どれだけ待ち焦がれた事でしょう……!」

 

 

 だがララァは、涙ぐんだ笑顔で彼に応えた。

 

 ニュータイプとして人の“心”が読める彼女にとって、しかし言葉に、行動にはっきり示してくれる事を喜ばない道理は無かったのだ。

 

 

「良かった。実はアムロ君に取られないかと心配していてね」

「まぁ、大佐ったら! 彼とはまだ知り合ったばかりですよ? 仲良くなるのはこれからです。大佐とも、きっと……」

「そうだな」

 

 

 短い抱擁の後、シャアは再び仮面とマスクを装着した。

 

 “復讐より大事なモノ”は見つけたが、彼の“復讐”が終わった訳ではない。

 

 

「本当に行かれるのですか、大佐?」

「これまで“ゴール”だった場所が“通過点”になっただけに過ぎん。私の……“私達”の人生を歩む為にも、避けては通れない道だ。また、血塗られてしまうが……」

「それが大佐の選んだ道で、その道だから私達は会えたんですよ……。私は待ちます。初めて会った“あの場所”で……」

「ララァはロマンチストだな。約束しよう、私達二人しか知らない“始まりの地”で、また、始め直そう……!」

 

 

 

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