機動戦士ガンダム~白い惑星の悲劇~   作:一条和馬

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第02話【レッドショルダー】

「連邦軍の新型モビルスーツ、でありますか?」

 

『そうだ。一週間前、ドズル中将配下の部隊が発見、交戦した』

 

「なんと」

 

 

 ムサイ級特務艦“ロッチナ”のブリッジで艦長のロック・マイソンは驚愕していた。モニターの向こうの女性、キシリア・ザビは彼を気にすることなく続ける。

 

 

『初戦闘でザクを二機撃墜。その後“赤い彗星”を退けたという。正しく“化け物”だな』

 

「…本艦に、それを叩けと?」

 

『件のモビルスーツは連邦の“木馬”と共に既に地球に降下した。そちらはシャアに任せればいい。貴官らはサイド7で、残った連邦の資料の捜索をお願いしたい』

 

「一週間ですよ? 流石の連邦も重い腰を上げて掃除し終えてると思いますが」

 

『それについては、我らのミスで編制が遅れたことが原因だ。予算捻出の為にギレン総統閣下と相当揉めてしまったよ』

 

「……」

 

 

 恐らく軽いジョークのつもりだろうが、ロックの頬は緩まなかった。軍の実質的トップであるザビ家の兄弟喧嘩など、見たいととも聞きたいとも思わなかったからだ。

 

 

 あるいは、本心で言い争ったか。

 

 

 そんな事は思っても絶対に口に出せない事だ。

 

 

『とまれ、連邦は我々が木馬ばかり追っていると思っている今が好機だろう。他の計画を仄めかす様な不確かなものでも良い。コロニーをひっくり返してでも成果を挙げてほしい』

 

「了解です」

 

『期待しているぞ』

 

「……通信、終了しました」

 

「ふぅ……」

 

 

 軍帽を目深に被り、ロックは大きなため息を一つついた。間髪入れず、横で沈黙を守っていた黒い肌の大男の方へと目を向ける。

 

 

「聞いたな? ジャーマン・コロッセオ大尉」

 

「はっ。宝探しの件、承りました」

 

「ルウム戦役の英雄を保護者代わりにピクニックとは、なんとも贅沢な話だ」

 

「未来の英雄を支えるのも、上官の任務と心得ます」

 

「彼らが一人前になる前に戦争が終わって欲しいものだが」

 

「地球に降りた戦友たちを信じるしかありません。それでは」

 

 

 軽く敬礼をしたジャーマン大尉はブリッジを後にした。黒肌の巨漢が消えた事で、ブリッジの緊張がもう一段階緩くなった様にも思える。

 

 

 眼前には、既にサイド7のコロニー群の姿があった。

 

 

 

『レイカ! ジョージ! 出撃だ!』

 

『了解』

 

『はいよ! ……なぁ隊長。ヘルメット被ると自慢のリーゼントが崩れるんだけど。なしじゃダメか?』

 

『見てくれは戦争では役に立たないぞジョージ!』

 

『ジョージはおっちょこちょいだから、メットなしだと着地の衝撃で頭打って死にそう』

 

『じょ、冗談だって! 全く、隊長もレイカちゃんも固いんだからなぁ』

 

『言ってろ。レッドショルダー隊、出撃!』

 

 

 右肩を赤く塗った三機のザクがロッチナから発艦し、サイド7のコロニーに向かっていく。

 

 

「コロニー側の反応はどうか」

 

「起動兵器らしい反応なし。対空兵器も作動していないようです」

 

「その点は、赤い彗星に感謝しないとな。…本艦はこの場で待機! モビルスーツ隊が仕事している間は警戒を解くなよ!」

 

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「ダメだ隊長、コロニーの内側の工場はほとんどお釈迦様になってるぜ」

 

『オシャカサマ?』

 

「使い物にならないっていう古い言葉さ」

 

『ちょっと違うけど』

 

 

 コロニー内部は凄然たる風景だった。士官学校上がりの新米兵士、ジョージ・マッケラン伍長は軽口と叩きつつも、ザクのコックピット内で思わず固唾を飲んでいた。

 

 

 これが、戦場か。

 

 

 スペースノイドにとっては母なる大地であるコロニーの中に、生々しくも残る“戦いの残滓”

 

 

『隊長。こちらにモビルスーツの武器らしきものが』

 

『これはもしや、モビルスーツが携帯出来るビーム兵器だとでもいうのか!? ……破損はしているようだが、とりあえず、回収しておいてくれ』

 

『了解』

 

 

 特に、胴体にぽっかりと穴が開いて倒れているザクが、彼の心を揺さぶる。撃破されたのは一週間前だと聞くが、それはまるで何世紀も前からそこに横たわっている様な、まるでつい最近まで稼働していた“生気”の様な物をまるで感じられなかったのか。

 

 

 死んだら、こうなるのか。

 

 

『ジョージ! ここは他に役に立ちそうな物はない! コロニーの反対側を調べるぞ!』

 

「りょ、了解ッス!」

 

 

 コロッセオの言葉で我を取り戻したジョージは、無言で隊長機に付いて行くレイカ・マツオカのザクの更に後ろに着いた。

 

 

「……!」

 

 

 ふと、ジョージはコックピットの計器に挟んだ一枚の写真と目が合った。

 

 

 

 ルウム戦役で亡くなった、彼と、彼の兄とのツーショット写真だった。

 

 

「兄貴……」

 

 

 連邦政府からの独立というスペースノイドの悲願の為に戦い散った兄の無念を晴らす為にも、大破した友軍のモビルスーツ一機程度で臆してはいられないのだ。

 

 

『隊長。このシャッターはロックされていて開けられません』

 

『ではこじ開けよう。ジョージ、頼めるか?』

 

「…あいよっ!」

 

 

 爆破工作は兄仕込みの得意分野だったジョージは、ザクから降りて、素早く爆弾をセットした。士官学校に入る前までは彼は地元で有名な“爆弾少年”だった。

 

 

「爆弾ちゃんセット完了!」

 

『爆破のタイミングも任せる!』

 

「了解!!」

 

 

 物陰に隠れ、点火。

 

 

 轟!! と景気の良い音がコロニーに響き、隔壁が見事にブチ抜かれた。

 

 

『あったぞ! 連邦のモビルスーツだ!』

 

「レイカちゃん! 俺が隊長のケツに着くから置いてかないでちょーだいよ!」

 

『下品なこと言ってないで、早くコックピットに戻って』

 

 

 慣れ親しんだ爆音で完全に調子を取り戻したジョージは軽口を叩きながらザクのコックピットへと戻っていく。

 

 

「レイカちゃんはいつもクールだな。これが“ヤマトナデシ”ってヤツか?」

 

『“ヤマトナデシコ”』

 

「はいはい」

 

 

 コックピットに戻り、ザクをコロッセオ機とレイカ機の間に機体を滑り込ませる。

 

 

 と、隔壁の向こうの連邦のモビルスーツが動いたのは、ほぼ同時だった。

 

 

「黒いモビルスーツ!?」

 

 

 瞬間、倒れていた連邦の黒いモビルスーツが起き上がり、ジョージ達と向かい合う格好となった。

 

 

『早い!?』

 

 

 レイカの驚愕する声が聞こえた。確かに、あんな滑らかな動きはザクでは到底出来ない。

 

 

 黒いモビルスーツには目が二つあり、額にはV字のアンテナ。その姿は、ザクよりも人間に近いイメージを彷彿とさせる。

 

 

 しかしパイロットは間抜けなのか、コックピットハッチを開けたままだった。

 

 

「隊長! 今ならコックピットを撃ち抜けます!」

 

『生身の人間を撃てるか新米! こういうのは任せろ!!』

 

「連邦に与する人間なんてなぁーっ!!」

 

 

 二機のザクが持つザク・マシンガンから、ほぼ同時に銃弾が放たれた。

 

 コロニーの真ん中で穴が開いていたザクの姿が一瞬、ジョージの脳裏によぎる。

 

 

 しかし。

 

 

『弾いただと!?』

 

『ガンダリウム合金は、こんなものでぇー!!』

 

 

 聞いた事のない声だった。恐らく、あの黒いモビルスーツに乗る、連邦のパイロット。若い、少年の声だった。

 

 

 

 ともすれば自分より幼いであろう少年は、黒いモビルスーツの左腕でコックピットを守りながら、真っ直ぐにこちらへと突撃してきたのだ!

 

 

『連邦は既に、これ程の性能のモビルスーツと、それを扱えるほどに成熟したパイロットを育成していたとでも言うのかーっ!?』

 

 

 心に思った事をそのまま声に出しているのだろう、コロッセオ隊長が自分たちの盾になるように機体を前に半歩移動させた。

 

 

 激しくぶつかる音が、響く。

 

 

「隊長!」

 

『なんという馬力ィーーっ!?』

 

 

 コロッセオの心の叫びの通り、凄まじい力で押し出されるツノ付きのザク。すぐ後ろの自分の機体どころか、後方で控えていた筈のレイカのザクまでもが巻き込まれてコロニー内部へと押し戻されてしまう。

 

 

『しまった! 武器が!』

 

『武器か!』

 

 

 少年の反応は早かった。

 

 

 否。“異常”とも言えた。

 

 

 こちらが体勢を崩しながら地面へと落下するまでの間に、あの黒いモビルスーツはレイカのザクが落とした連邦の兵器を手にし、更に既にその銃口をこちらに向けていた!

 

 

『ゲームオーバーだド外道ーーっ!!』

 

「ド外道はどっちだーーっ!!」

 

 

 直後、コロッセオの乗るザクの背中から、光が見えた。

 

 

 そして、ジョージ・マッケラン伍長は死んだ。


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