同じ時間に起きて、仕事して、飯食って、同じ時間に寝る生活にも慣れて来てしまった。
終戦から、三年と少し。
“皆”にはなんでもない日々だが、俺にとって“特別な日”がそろそろ近付いてきた。
だが今の俺には、分厚いガラス窓の向こうにチラリと見える地球を眺める事しか出来ない。
【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】
第01話【トリントンに舞い降りるガンダム】
U.C.0083
『アテンションプリーズ、アテンションプリーズ! 当機は間もなくオーストラリア、トリントン基地に到着しちゃいまぁ~す!』
『ちょっと真面目にやって下さいよエレドアさん! ただでさえこっちは久しぶりに輸送機の操縦なんてしてるんですから!』
『おいおいさっきまで自動操縦で楽してた時の態度はどこ行ったんだよミケル! 折角久しぶりに小隊が揃ったんだ、もっと楽しくやろうぜ、な!?』
『……アマダ少尉は見つかってませんけど』
『あのアマちゃんなら今頃どっかで彼女とよろしくやってるって教えてくれたのはお前だろ?』
『そうですけど……っていうかエレドアさんこそ、折角メジャーデビュー決まったのになんで軍に戻って来てるんですか!?』
『嫁さん一人で転勤なんてさせられるかっての! 歌なんて今時どこでも歌えるんだ。なら俺は、カレンの横を選ぶね』
『……エレドアさん、通信着けっぱなしですよ』
『あっ……』
「はぁー…………っ」
コックピットと違って静寂に包まれていたミデア輸送機の中で、カレン・マシス中尉は不快ため息を溢した。心なしか頬が緩んでいる様に見えるので、彼女なりの照れ隠しの様だ。そう思ったのは、彼女の向かいの席に小さくなるように丸まって座っていた新米兵士ジョナサン・クレインである。
「すまんな、騒がしい連中で」
「いっ、いえっ! そんな事ないであります!!」
「そうか。それは、良かった」
ジョナサンの横に居たのは、現在コジマ大隊唯一の“陸戦型ガンダム乗り”として訓練学校でも有名だったテリー・サンダース・Jr.少尉。サンダースは新米の自分を気遣ってくれているのか、度々話し掛けてくれているようだったが、元来口下手な上、ジョナサンが完全に緊張しきっている為に長くても二言三言で会話が終わってしまうのが現状だった。
「……」
そしてジョナサンの斜め向かいにいた女性士官ヒータ・ジョエルン少尉はジョナサンが部隊合流後に挨拶した時の一言しか会話をしていない、謎の女性だった。カレンに似た赤い髪だったが、血縁関係ではないらしく、何なら彼女はコジマ大隊に編入してまだ日が浅いらしい。自分と同じ新参者の筈だが、何でも彼女は一年戦争時代から前線に立ち続けたエースらしいので、ジョナサンは近付く事も叶わなかった。名前や髪から連想させられるような熱いイメージとは裏腹に、周囲に向ける目は氷の様に冷たい。
新兵のジョナサンにとって、実に最悪な職場である。
最初こそ有名なベテラン部隊に配属される事を同級生に自慢したジョナサン。東南アジア戦線も一年戦争当時は激戦区だったが、終戦後は現地住民との交流や復興作業が主な任務の“安全な後方勤務”だった。しかしジョナサンが大隊長のコジマに挨拶する際、部屋で偶然拾った書類を渡すと「おお、無くしたかと思って返事はノーにしようとしてた書類じゃないか」と言われその場で判を押され、かくして『トリントン基地テストパイロット部隊との模擬戦演習』が決まってしまったという事になる。
はっきり言って、ジョナサンの不幸はその時点で決まった様なものだった。
せめてトリントン基地にはもうちょっと話の出来る同じくらいの新米兵士が居てくれないかな、とジョナサンは切に願うばかりであった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「おいキース見てみろよ! あのガンダム、超貴重な陸戦タイプだぜ!!」
オーストラリア。トリントン基地。
そこでテストパイロットをしていた新米士官コウ・ウラキは同僚のチャック・キースを伴い、ミデアから降ろされた“ガンダム”に釘付けになっていた。
「あン? 陸戦型って教本に載ってたアレだろ? スクラップから組み上げたって言う……」
「違う“RX-78シリーズの余剰パーツから陸戦仕様に組み上げたモビルスーツ”だよ! 全く、キースはなんでこのロマンを理解出来ないかなぁ」
「何でも良いけど、要は戦時中に使ってたオンボロ機体をそのまま使ってるって話だろ? 俺のザクでも余裕で全機落とせちまうかもな」
「マシンスペックはさておき、キースがザクの性能を出し切ってるとは思えないけど」
「言ったな、お前だってどっこいどっこいじゃねぇかよコウ! ん、おいミデアからまだ出てくるぞ、アレも陸戦型ガンダムか?」
「そうみたい……いや、ちょっと待てキース! アレは現地改修型でも特に有名な第08小隊仕様の陸戦型ガンダムEz-8だ!」
「いーじー…なんだって?」
「まさか本物をこの目で見られるとは……あの胸部装甲、加工されてはいるけど元々はザクのシールドだって話って話は本当なのかな? もっと近くで見ないと分からないか……」
「コウの“オタク”っぷりには参っちまうよ。そんなんじゃ、カノジョの一人も出来やしないぞ?」
「うるさいよ。……ちょちょちょ、まだ出てくる! ジムの陸戦タイプだ!」
「ガンダムにジムにって、コウはホント、マシンになると節操なくなるよなぁー……」
「おいお前達、そんな所で何をしている!!」
だがウラキの“至福の時間”が後ろから響いた叱責によって急な終わりを告げた。
基地内移動用のバギーに乗って二人の前に現れたのは教官であるサウス・バニングだった。
「バッ…バニング大尉!?」
「いやっ……これは、その……」
「……そんなに気になるなら、もっと近くで見せてやる。乗れ、ウラキ! キース!」
「近くで…? ご、ご一緒させて頂きます大尉!!」
「なんかイヤな予感するなぁ……」
嬉々として助手席に乗り込むウラキとは反対に、嫌々ながらも駆け足で後部に乗り込むキース。
走り出したバギーは一直線に基地を突っ切り、ミデア輸送機へと向かう。パイロットを思しき人物たちは基地の整備兵との会話を一通り終え、丁度解放された所だった。
「ようこそトリントン基地へ。俺はここで教官をしているサウス・バニング大尉だ」
「東南アジア戦線より出向してきました、コジマ大隊第08小隊小隊長のカレン・マシス中尉であります。噂の“不死身の第四小隊”所属の大尉と出会えて大変光栄であります」
「君たちの武勇伝も宇宙にまで届いていたよ、中尉。基地司令の下へは俺が案内しよう。……で、その後すぐで悪いんだが、ウチの新人達をちょっと“揉んで”やってくれんか?」
「え? でもバニング大尉。ガンダムを近くで見せてくれるって……」
「ああ。“訓練機のモニター越し”にいくらでも眺めさせてやる! 分かったらアレンとカークスも呼んで来い!!」
「ちょ、ちょっと大尉! だったら俺達をここまで運んだ意味は……」
「いやらしい覗き魔に対する罰だ! 分かったら走れ!!」
「「は、はい~~~~~!!」」
バニングの怒号にビビりながら隊舎の方へと走り出した新米兵士二人。
その後同小隊所属のディック・アレンとラバン・カークスを呼び出した二人は、三度長い道を走らされる羽目になったとか。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『では、模擬戦内容を再確認するぞ。使用武器はカードリッジ一個分のペイント弾のみ。コックピットに着弾した者は“撃墜”となる』
「……」
無線機越しにバニングの声を聞いていたウラキは現在、ザクのコックピットの中にいた。一年戦争終結後は、地球連邦軍はジオンのモビルスーツを接収し、訓練機として使用していたのは珍しい光景ではない。戦後の資材不足、と言うのもあるが、元々モビルスーツ開発においては一日の長があるジオンのザクの性能は訓練機としては申し分ない性能だったからである。
『人数の関係で、俺は後方からお前達の尻を観察する。訓練通りにやれば、そこそこ粘る位には出来るだろう』
『ちょっと大尉! 俺達に勝算がないみたいに言わないでくださいよ!!』
『確かに、機体の性能。そして“土地勘”を鑑みればお前達には充分勝機はあるだろうな。しかしそれだけで百戦錬磨のベテランに勝てる程戦場は甘くない。折角の機会だ。“本物の陸戦”を教えてもらえ!』
キースの軽口に対しても、バニングの言葉は揺るがなかった。むしろ更に緊張を促す様に言葉を叩き込んで来た所は流石の“教官”といった所だろうか。
『それでは模擬戦を開始する! 以降はアレンの指示で動け、以上!』
『了解! 聞いたなウラキ、キース、カークス! 俺のジムで上を抑える! お前達は散開して前進だ! 四方から追い込むぞ!』
『『了解!』』
「了解! ……さて、行くか!」
トリントン周辺。というよりはオーストラリア大陸は一年戦争で最も被害の大きかった地上の一つとして数えられる。主戦場となったオデッサやジャブローからほど遠いこの場所だが、一年戦争の引き金ともなったコロニー落とし“ブリディッシュ作戦”の被害が色濃く残るこの大陸には、至る所にコロニーの残骸が転がっていた。
ウラキ達トリントン基地の訓練生の“戦場”は主にこの“残骸”周辺で行われる。モビルスーツに乗っていても見上げないといけない程に巨大なコロニーの“欠片”の周りを、ウラキの乗ったザクが前進。モノアイを動かしながら索敵を続けるが、敵影はなし。
「向こうはサポートにホバートラックがいるのに、こっちは視界頼りなんて、酷い話だよ」
『ボヤくなよコウ。逆に言や、ホバートラックを真っ先に潰せば連中は“真っ暗”って訳さ』
「そうだけど……」
ウラキ達『アレン小隊』の編成は、小隊長アレンパワード・ジム一機に、ザクが三機の四機編制。
対する08小隊はEz-8に陸戦型のガンダムとジム、そして補充兵らしい新米が操るザクとホバートラックだった。“新米”と言うのがウラキ達の様な士官学校ではなく徴兵上がりの“本物の新米”である事から数には入れないとして、モビルスーツだけで言えば四対三+一α。有利と言えば有利である。
更にアレンの乗るパワード・ジムはアナハイム・エレクトロニクス社から提供された“新型ガンダム”のバックパックを装備しており、その機動力は現行機の比ではない。
それを活かして残骸の“上”から襲撃し、足の遅い自分たちが逃げ場を無くす。“教本”通りの戦術だった。
「残骸に取りついた! ウラキ少尉、吶喊します!!」
残骸の裂け目から中へと侵入するウラキのザク。時刻は昼過ぎ。太陽はちょうど真上にあったが、流石にコロニーの残骸の中の視界は一気に暗くなる。
「どこだ……?」
無造作に落ちる残骸の間を縫う様に進みながら、索敵を続けるウラキ。地図もレーダーもないが、この場所は既に何度も訪れた彼らの“狩場”だ。獲物を見つけられずとも、迷子になる事はない。
「! アレは!」
見慣れた光景に“見慣れないモノ”がある事を見逃さなかったウラキ。一瞬しか見えなかったが、頭部のV字アンテナと断定。歩行スピードを一気に早める。
「ガンダムを見つけた! カークスの正面だ!」
『よっしゃ! 一緒にとっちめてやろうぜ、ウラキ!』
「やるぞ……!」
横合いから走ってくる僚機のザクを発見したウラキは、まっすぐ進む。
銃声が響いた。
まだウラキ達はガンダムを捕らえていない。
『ぎゃあ!』
「カークス!」
『畜生、やられた! 後ろだ!!』
『こらカークス! 死人が喋るな!!』
「後ろ…!?」
バニングの言葉で“成仏”した幽霊の最後の言葉通りに僚機の後方部分に目を向けると、そこにはEz-8が構えたライフルが確かにザクのコックピットを狙っていた。アレが“本物”なら間違いなく戦死していただろう。
「照準内だ! いけぇ!!」
だがウラキも黙ってはいない。ペイント弾が詰め込まれたザク・マシンガンを斉射。
しかし一発の直撃もせず、Ez-8は再び視界から消えてしまう。
「逃がすか!」
『待て、ウラキ! “角なし”も罠だ! 誘いこんでガンダムかそれ以外が狙って来る筈だ! そっちを探せ!』
「りょ、了解!」
アレンの指示によって旋回したウラキが足を止め、物陰に隠れる。
すると間もなく、一機のザクが残骸の中を動き回り始めた。モノアイをせわしなく動かしながら注意深く移動するその足取りは、どう見ても“地元の人間”とは思えない。
「敵の新兵!」
頭数を減らすチャンスと踏んだウラキは、残骸から身を起こし、ザク・マシンガンを構えた。
が。
「うわっ! な、なんだ!?」
その瞬間、視界が一気に防がれてしまった。残骸の上階に溜まっていた砂が一気にウラキの視界を遮ったのだ。
“この場所”で戦うなら、そう珍しい現象ではない。だが明らかにタイミングが作為的だった。
「これも罠か! ならばいっそ、飛び込んでやる!!」
ブースターを吹かし、直進。砂による煙幕の一気に抜け、眼前にはザクが一機。
「見つけた! これで一機目、ダウンだ!!」
『食らいやがれぇ!』
だが向かいのザクの反応速度も中々だった。新兵と侮っていたが、どうやら自分と同程度の技量を持っていたらしい。
双方のペイント弾が、互いのコックピットを貫いた。
「なんてこった。まさかザク一機しか落とせなかったとは……」
『俺もだぜコウ。全く、ただ突っ込んでくるだけの奴と相打ちなんて情けなくて……』
「おい、ちょっと待てキース! まさか……」
嫌な予感がしたウラキは、“死亡”したにもかかわらずモノアイを動かす。
するとすぐ横に、残骸の影に飛び込んだらしきザクの“尻”と陸戦型ジムの顔があった。
直後、我らの教官殿の有難いお言葉。
『ウラキ! キース! この馬鹿共! 味方同士討ちあってどうする!?』
『そんな! だって見た目じゃ分かりませんよ!』
『向こうはそこを突いてきたという訳だ! ……まぁ、仮に生き残っても、ウラキはそのままやられていただろうな』
「……えぇ。間違いなくやられてました……」
その後程なくしてアレン機も“撃墜”され、状況は終了した。
本日の模擬戦の結果。惨敗。