気が気でない日が続く。
出所した後の事を考え俺は刑務所にブチ込まて一年たったあの日から、毎日欠かさず筋トレと、興味のあったモビルスーツ工学の勉強を始めた。
学生時代にこんな面白い教科があれば、と思える程にスラスラと筆が進んだ、と思う。
しかし、気になる。
気になって仕方ない。
そろそろ“アレ”が始まるのに、なんで俺は柵の向こうから地球を眺める事しか出来ないのだろうか?
【テリー・オグスター獄中の個人日誌より抜粋】
「きゅーひゃくきゅーじゅーはち……きゅーひゃくきゅーじゅーきゅー!」
模擬戦で敗北。特にフレンドリーファイアの様な“情けない死に方”をしたパイロットには、過酷な罰が待っていた。
「せぇぇぇん!……ぜぇ……ぜぇ……」
数十キロにもなる装備を着けたままの腕立て伏せ1000回。
それを成し遂げたコウ・ウラキとチャック・キースの二人が仲良くオーストラリアの地面に倒れる。南半球の10月は“夏”だが、重労働の後だとそんな灼熱の下のアスファルトですら快適なベッドに早変わりだ。
「よし、朝の訓練はここまでた。キース、ウラキ。飯を食う前にシャワーを浴びてこい!」
「りょ、了解でありますバニング大尉…」
「うぉあー…今なら地面と一夜を過ごせそう。悪りぃコウ、起こして」
「僕だって疲れてんだ……ぞっ!」
「へへっ、悪いね」
ウラキの支えで立ち上がったキースと共に、二人は部隊員共用のシャワールームへと急いだ。
「見た目よりずっとタフな様ですね、大尉」
彼らと入れ替わる様にバニングの下に現れたのは、08小隊のカレンだった。
「若いからな」
「…年だけで言えば、私もさほど変わりませんが」
「おっと、それは失礼。だが君は一年戦争の頃からずっと前線にいたベテランだろう? モビルスーツ操縦経験に関しては俺より先輩だしな。それと比べるとウチの若いのは…」
「毛の生えた赤子、ですね」
「だが見込みはある」
「えぇ。……それでバニング大尉。実は我々はこの基地に呼ばれた理由をご存知ではないかと思い、伺いに来たのですが」
「なんだ、知らなかったのか?」
「えぇ。なんでも“極秘情報”だとか」
「極秘……と、言えば極秘だろうな。実はな中尉。明日、この基地に君達とは別の“ゲスト”がやってくる予定が入っている」
「ゲスト、でありますか?」
「なんでもペガサス級強襲揚陸艦が来るとか。そこから何をするかは聞かされていないが、おおよその検討はつく」
「……確かこの基地には、戦術核が貯蔵されていると聞いた事が」
「察しが良いな、中尉。俺もそれを睨んでいる」
二人のベテランパイロットが、同時に空を見上げた。
青く澄んだ空の向こうには、白い雲がいくつか浮かんでいるだけである。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
U.C.0083
一年戦争と呼ばれた戦いから三年が経過し、地球圏は依然と変わらぬ静かな時を過ごしていた。
しかし、一度刃を向け合い殺し合えば、双方が完全に矛を収めるというのは難しい。
深海を静かに移動する、旧ジオン軍のユーコン潜水艦もその“矛”の一つだった。
「……大佐、まもなくオーストリア大陸です」
「ようやくだな。例のペガサス級は?」
「まだ見えません」
「だろうな。見えていたら先回りの段取りが台無しだ」
艦長と思しき男の横で、“大佐”と呼ばれた青年が笑みを浮かべた。
薄暗い照明の下では全容を把握出来ないが、カスタムメイドされたジオンの軍服とメット、そして極めつけに目には謎の“仮面”。
その出で立ちは正しくジオンの“赤い彗星”……シャア・アズナブルを彷彿とさせるものだった。
しかしシャア・アズナブルと違い、この青年の髪の色は、“銀色”であった、というのは将兵の中で小さな噂となっていた。
「しかし残念ですな。シーマ・ガラハウの艦隊は本作戦の参加を拒まれたのでありましょう?」
「ジオンの誇りを忘れ海賊になり下がった者達か……全く、どうなっているのだこの“世界”は……!」
「は?」
「……いや、なんでもない。“宙”からの同志は?」
「予定通り待機しておられます。本艦ももうそろそろ予定位置に到着します」
「分かった。では、私も上陸準備をさせてもらおう。……艦長、私が留守の間、私のモビルスーツの事をよろしく頼む」
「記念写真くらいは部下に撮らせてあげて欲しいものですな」
「それくらいなら許可してやる」
仮面の青年が再び口角を上げ、ユーコンのブリッジから去っていった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「ふぅ……」
何やら嫌な予感がする。
時刻は夕刻。08小隊所属のサンダース少尉がそんな胸中の不安を抱えたまま向かったのはトリントン基地内部にある小さなバーだった。
「……おい、あれってもしかして“死神サンダース”か……?」
「む……」
バーカウンターに座り注文したウィスキーを待っていると、テーブル席から小さな声が聞こえてきた。
死神サンダース。
かつて“入隊した部隊が三度目で壊滅する”と言われ、味方から呼ばれるようになった忌々しい名前だった。
「……マジかよ。一年戦争でガンダムに乗ってた有名なパイロットの一人かよ!?」
「“死神”なんてカッコいいよな…! きっとジオンの連中を大量に撃墜したからそんな渾名が貰えたんだぜ……!」
「な、なぁコウ! お前、あの噂聞いて来いよ! ガンダムの片手でザクを逆さ吊りにして“お前は最後に殺すと約束したな?あれは嘘だ”って言って崖から落とした伝説が本当かどうか!」
「そんなのキースが聞けよ! ……大体、陸戦タイプのガンダムのスペックじゃ、どう頑張っても片手でザクの重量を支えられないし……」
「かーーっ! お前って冗談も通じないのな! 憧れのガンダムパイロットと絡むには話題作りが大事なの! 女の子とデートするのと一緒!!」
全部聞こえてる上、海の向こうに伝播していた知らない“死神サンダース伝説”に困惑する伝説の人本人。人の噂なんて、大体そんなものである。
「おい、騒がしいぞお前達! そんな元気が残ってるなら、今から明日の朝までの追加メニューを組んでやろうか!?」
「バッ、バニング大尉!?」
「し、失礼致しました! 黙って同僚と親睦を深めるでありまぁす!!」
「ふん……すまんな少尉。隣良いか?」
“死神サンダース”に興奮していた若い士官を一喝したのは、たった今入室してきたトリントン基地の軍人だった。名は確か、サウス・バニング大尉。モビルスーツ隊の教官だ。
「え、えぇ。こちらこそ。その……ご一緒出来て光栄です、大尉」
「君達は見た目に対して謙虚だな……いや、失礼。今朝これでマシス中尉を怒らせてしまったんだった」
「は、はぁ……自分は、あまり気にしていないので」
「そうか! マスター、とりあえず俺にもいつものを頼む。……それで少尉。これは今し方司令官から聞いた話でな、正式には明日皆に伝える事になってるんだが……例のペガサス級には、アナハイム製の新型モビルスーツが搭載されていてな。そのパイロットをウチの連中か君達の中の誰かを使うらしい」
「ペガサス級の新型ですか……それはつまり」
「……ガンダムタイプ。ありえん話ではない。それで、だ少尉。現役“ガンダムパイロット”として意見を聞かせて欲しいんだが……今日の模擬戦で戦った若いのの中で選ぶなら、誰を推奨する?」
「そういうのは、自分よりカレン隊長に聞いてみた方が良いのでは?」
「聞いてみたんだがね。あのガンダムは“借り物”だから、という理由で拒まれてしまってな」
「ふっ……まだ“隊長”の事を……」
「少尉?」
「おっと、失礼。少し昔の事を思い出しまして……そうですね。単純な技量面で言えば、試作機らしいジムのパイロットですが」
「アレン中尉か。ウチでは俺の次に腕がいい。やはりアイツが適任かと思うか?」
「いえ……一人、面白いパイロットが居ましたね。フレンドリーファイアで倒れた内の片方……思い切りの良いパイロットなら“新型”に一番早く馴染むかと」
「ウラキ少尉か! 確かにアイツは無鉄砲だが思い切りがいいと言えばそうだな! おい聞いたかウラキ少尉! 現役ガンダムパイロットからお褒めの言葉を戴いたぞ!」
「バニング大尉! コウのヤツは飲み過ぎで眠りましたー!!」
「うぅ……にんじん……いらな、い……」
「明日の訓練で寝坊したらお前も連帯責任だぞキース! 分かったら叩き起こすか抱えるかして部屋まで連れていけ!」
「そ、そんな! 俺はちょっとコウのグラスに酒を注いだだけなのにーっ!!」
「……あんなのだが、大丈夫か?」
「えぇ。きっとガンダムなんて、あれくらいの器量がないと扱えないのかもしれません」
「それは自慢かな?」
「いえ、隊長……“元隊長”や、一度だけ共に戦った“黒いガンダムのパイロット”の事です」
「“黒いガンダムのパイロット”……“テリー・オグスター”か」
「ご存知でしたか、大尉。……しかし、自分は今でも信じられないのです。あのテリーが、戦犯などと……!」
テリー・オグスター。
かつて一年戦争において伝説的活躍を残した“ガンダム”のパイロットの一人だが、世間の評価が良いものではなかった。
曰く“停戦協定が行われている最中、独断で敵艦隊を刺激し、結果としてア・バオア・クーの戦いの回避に失敗した”というもの。
“彼”を知らない連邦軍人の間にはその噂は一気に広まり、地上に居たサンダース達の下にすら届いたほどだった。
流石に三年も経てば噂も影を潜めたが、彼を知る人物にとって、それは大きな“違和感”だった。
一番の疑問は、モビルスーツの無断使用に、敵への独断攻撃などを事実だけ鑑みても最悪銃殺刑を免れぬ程の重罪であるにも関わらず、ただの“禁固刑”に留まっている事。
明らかに刑が軽すぎるのだ。
「実はな少尉。俺も一緒に戦った事がある。……忘れもしない、ソロモン攻略戦だ」
「その時の、彼の様子は?」
「モビルスーツをあんなに自分の手足の様に扱える奴が居るのかと、驚いたものだ。それに、まるで俺達や相手の思考まで読んでいるのかと思う機敏な状況判断……“ニュータイプ”なんて伝説を信じたくなるのも頷ける」
「自分が一緒に戦った時は、その様なパイロットには思えませんでしたが……それほどまでに成長する程、苛烈な戦いに身を投じていたのか……」
まさかその経験値のほとんどを一機のザクとの“スパーリング”だけで得たというのは、この場にいる全員が知る由もない話である。
「個人の腕前はさておき、俺も少尉の意見には賛同する」
「と、言うと?」
「“奴がそんな事をするはずもない”って話さ。最も、俺は一度しか一緒に戦ってないからな。勘でしかないが……」
「勘、ですか。……自分以外にもそう思ってくれる人間が居たと思うだけでも、今日飲みに来た価値があるというものです」
「…まさか出会ってすぐのサンダース少尉とこんなに深く話せると思えなかった。ここは一つ、“無実の罪”で投獄された戦友の為に乾杯してやろうじゃないか」
「そう、ですね。では、戦友に」
「戦友に」
二人の男が、一人の男の為にグラスを傾けた。