アナハイム・エクストロニクス社が開発した新型ガンダム奪取“未遂”事件は、一年戦争時代に連邦に辛酸を舐めさせた旧ジオン軍所属のエースパイロットのヴァルハラへの栄転を以て、一応の収束を得た。
しかし、枕詞に“一応”と付くように、本質的には解決しておらず、加えると状況は更に悪化していた。
『ガンダムごと奪われていた方がまだマシだったな、シナプス大佐』
「誠に遺憾ながら、我々は敵に一杯食わされたと言わざるを得ません」
怒号が響くジャブロー基地を背景に隠す素振りもなく深いため息を溢したのは、責任者たるジョン・コーウェンその人だった。
核弾頭搭載“モビルスーツ”を追うのは困難こそあれど、ある程度の予想は出来る。
なにせ20メートル級の鉄の塊を極秘裏に移動させるとなると、自然とルートは限られる。“あからさま”に輸送機で空輸したりするギャンブルの可能性を除けば、陸路か海路が妥当。海に囲まれたオーストラリアから脱出した事から、自然と後者である事は明白だ。
だが、“巨大な目印”たるガンダム2号機そのものは打ち捨てられた。
『弾頭そのものは宇宙世紀以前の博物館モノだ。撃つ“だけ”なら、2号機に拘る必要はない』
「はい」
『……南極条約をアテに出来る立場でもないのが悲しいな。手段はともかく、連中は確実に“撃って”来るだろう』
「ジャブローに……でありますか?」
『少なくとも、後ろの連中はそう考えている……シナプス大佐。正式な辞令はこれから出すが、貴官らには核弾頭奪還作戦の任についてもらう事になる』
「アルビオンの修理を急がせています。明朝には出航出来るかと」
『うむ。それと補充要員についてだが、東南アジア戦線のパイロット達がそこにいるだろう? 必要なら連中を部下として使ってくれて構わん』
「有難い話ではありますが、彼女らの上官へはなんと説明すれば?」
『ジャブローの高官らしく、傲慢に押し切ってみせるさ。トリントン基地のメンバーからも君の判断で引き抜いてもらって構わない』
「そうなれば、この基地の防衛力が損なわれるのではないでしょうか? 司令部機能は麻痺し、モビルスーツ部隊も1小隊を除き全滅です」
『それについても手を回している。休暇中だった“ベテラン部隊”を緊急召集して向かわせている。防衛は彼らに一任し、大佐は核弾頭奪還作戦に専念してくれたまえ』
「了解致しました。全力を尽くす事を約束します」
『……なぁ、シナプス大佐。戦争は終わったのだ。しかし“アレ”が一発落とされれば、また戦争が起きてしまう』
「承知しております」
『私の権限の限り部隊を動かすが、君達には無理をしてもらうかもしれん』
「覚悟の上です」
『そうか……助かるよ、大佐』
敬礼の姿勢でコーウェンとの通信を終えたシナプスは「さて」と一息置いた後ブリッジの脇に控えていたクリス、バニング、カレンの方へと視線を向けた。
「聞いての通りだ。バニング大尉、カレン中尉。もうしばらく、君達の力を借りたい」
「自分は問題ありませんが、部下達はどうしましょう?」
「大尉の判断に任せる。……そうそう、1号機についてだが、ウラキ少尉……だったか? 彼をパイロットに推薦したいと、技術者からの要望があった」
「確かに、少尉はガンダムを上手く操縦していました。自分から話をしてみます」
「よろしく頼む」
「大佐。我々08小隊も作戦参加には賛成しますが、その場合の指揮系統は如何致しましょうか」
「そうだな……モビルスーツ運用に関しては君らの方が詳しいだろう。大尉らと協議の上で判断してくれ」
「了解致しました」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「今回の核弾頭奪還作戦においてモビルスーツ隊の指揮を任される事になった、サウス・バニングだ。各位、まずはガンダム2号機奪還の成功を喜ぶとしよう。よくやってくれた」
「……」
瓦礫の山と化したトリントン基地から飛び去ったアルビオン艦内のブリーフィングルームに響くバニングの声に、その場に集った者達は沈黙でしか返す事が出来なかった。
「……お前達の気持ちも分かるが、切り替えなければならん。既に聞いていると思うが、俺達はこれよりこの地球のどこかで這いずり回っているコソ泥を探す事になる。そこで、だ。俺とカレン中尉が相談した上で、小隊を二つに分けて個別運用する事になった。割り振りについては中尉、説明を頼めるか?」
「了解です、大尉。……人員とモビルスーツをなるべく均等に分けた結果、バニング大尉を隊長とするA小隊と、私が率いるB小隊に別れる事になった。A小隊ではバニング大尉に、補佐としてサンダース少尉。ウラキ少尉、キース少尉もA小隊配属となる。B小隊は私と、マッケンジー大尉、ヒータ少尉、それとジョナサン伍長。以上だ」
「ん? 俺達はどうするんだ?」
自分たちの名前がないではないか、そういって名乗りを上げたのはエレドアだった。その横ではミケルの不満そうな表情を浮かべている。
「このアルビオンのクルーはほとんどが新兵で、しかもスペースノイドだ。二人にはブリッジから指示を出してほしい」
「確かにホバートラックよりも機材が充実していますし、そっちの方がお役に立てるかもしれませんね!」
「ただし! 必要に迫られた時は現場に飛び込んでもらうから覚悟しときな」
「うへぇ」
「そうだ。それと2機のガンダムの扱いについてだが……」
割り振りについての説明がひと段落した後束の間も入れず、バニングは話を続ける。
「1号機にはウラキ少尉。2号機はヒータ少尉に搭乗してもらう。二人は先日の追撃戦の最中、上手く機体を動かしていた事から任せても問題ないと判断した。加えて、アナハイムの技術者からも二人への推薦が来ている」
「パープルトンさんが、で、ありますか?」
「そうだ。後で礼の一つでも言ってやるといい」
「りょ、了解です!」
「ヒータ少尉も異存はないな?」
「問題ありません」
同じ士官学校出の少尉でありながら、この反応の差は流石“場数の差”とでも言おうか。
しかし残念ながら、そこを 責する余裕は今の彼らにはなかった。
「それでは今日のブリーフィングは以上だ。本格的な捜索は陸地上空に到着する明日からになる。いつ終わるかもわからん長丁場だ。今の内に英気を養っておけ。解散!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
同日。月面都市グラナダ某所。
一年戦争中にキシリア・ザビの支配下にあったこの街も、三年も経てば少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「失礼」
時刻は夕方を少し過ぎた頃。仕事帰りで帰路につく者や、外食に向かう家族連れでごった返す中、その男も大量の食材を入れた紙袋を持ちながら徒歩で移動していた。
市内のメインストリートを抜け、男は路地裏の小さなアパートへと入る。
三階建てのこじんまりした場所の、その最上階。
「ただいま、ララァ」
扉を開き、リビングの机に紙袋を置いた男は、キッチンに立っていた少女にそう告げる。対して少女は鍋にかけていた火を止め、小走りで男の元へと向かう。
「お帰りなさい、あなた。外は寒かったでしょう?」
「もう10月だからな」
羽織っていたコートをララァと呼んだ少女に渡し、帽子とサングラスを外すと、そこにはかつて“赤い彗星”と呼ばれた男の素顔があった。今は亡きジオン・ズム・ダイクンの息子、キャスバル・レム・ダイクンにして、又の名をシャア・アズナブル。
しかし今の彼は『クワトロ・バジーナ』という新しい人間に変わり、このグラナダの奥地で静かに新婚生活を楽しんでいた。
「お仕事の方は順調ですか?」
「滞りなく進んで、ついさっき一区画整理が終わったよ。お陰で明日は1日休みだ」
「まぁ!流石は“大佐”ですね!」
「やめてくれララァ。私はもう軍人ではない」
「どうしても大佐呼びの癖が抜けなくて……」
「一応は連邦やザビ家から見れば私は“お尋ね者”だからな。用心するに越した事はない」
「しかし、たい……“あなた”程の凄腕パイロットが、まさか月の裏側でモビルワーカーに乗って建築作業をしているなんて夢にも思いませんわ」
「パイロットとしての取り柄しかない私だが、逆に言えばこの分野なら誰にも負けない自信があるさ」
「“女の操縦”も得意ですものね?」
「君が言うなら、そうなんだろうさ」
シャア改めクワトロは、まだ少女としてのあどけなさを残す幼妻の背中を見ながら窓際に置かれた安楽椅子に腰を下ろす。木製の古い安楽椅子に揺られながら窓の外を見ると、そこには青と緑の美しい惑星の姿が。二人が“この場所”を新居に選んだ一番の理由だ。
「これが、平和か……」
正確には“停戦協定”からなる偽りの“平和”だが、クワトロはこの幸せを誰よりも享受している自信があった。そしてこの幸せを“偽り”にしてはいけない、という感情も沸くようになっていた。復讐のみに生きていた三年前までの自分からは考えつかないような穏やかで、平凡で、しかし揺るぎない信念。
「最も、また戦争にならない事を祈るのが一番なんだろうな……」
「そうだ、あなた。お仕事帰りでお疲れでしょう? 先にご飯にします? お風呂にします? それとも……」
「……夜は長い。まずは二人でゆっくり食事としようじゃないか」
また一日、宇宙では平和な夜が訪れた。