「はぁ……」
「ん? どうしたんだコウ?」
ペガサス級強襲揚陸艦アルビオンが核弾頭奪還作戦を開始して早二週間が過ぎようとしていた頃。居住スペースの一角で意気消沈するコウ・ウラキを見かけたチャック・キースが心配そうにウラキの顔を覗き込む。
「当ててやろうか? ズバリ恋の悩みだな」
「コイツに限って、それはないと思いますよ少尉」
キースの隣を歩いていたエレドアが茶化すが、それを即座に否定するキース。
しかし。
「……実は、パープルトンさんの事なんだけど」
「おっと?」
「ほら、当たった当たった。じゃ、悩めるその心の内を教えてもらおうじゃないか甘ちゃん君???」
鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せたキースの傍らで、エレドアは陽気な笑顔を浮かべながらウラキの隣に座り、肩を何度も強く叩いた。ウラキは小さく「痛いです少尉」とそう言ったが、エレドアはあまり気にした様子はない。その頬は、酒気を帯びて若干赤らんでいたからだ。
「で、そのパープルトンさんがどうしたんだって?」
「うん……最近は一号機の整備関係で何度も情報交換をしているんだけど」
「あー、噂になってんだぞ! “アツアツのカップル”だって!!」
「そういうんじゃないんです。……いや、そうだったら良いなー…とは思わなくは、その、ないんですけど……」
ウラキが続けるには、こうだ。
議論に熱が入るとついお互いの距離が縮まる事は多々あるのだが、ある“境界”を越えるとニナ・パープルトンが一歩身を引いて、そこで話がいつも止まるのだ、と。
「僕は知らぬ間に、パープルトンさんに何か失礼な事をしているんじゃないかと思ってしまって、どうしようかと……」
「はーー……」
「全く、ガンダムのパイロットってのは甘ちゃんだらけだな!」
「お、お二人には分かるのでありますか!?」
同じ階級、片や一人は昔から知る仲のキースに対してまで敬語を使うウラキを見れば、相当思い悩んでいるという事が容易に想像出来た。
「はっきり言うぜ、コウ。それだけじゃ分からね」
「えっ」
「悩むだけ時間の無駄だな」
「えっえっ」
「良いか、コウ? 現時点で考えられる有力な候補は大きく分けて二つ。その内の一つは、お前がいつもナヨナヨしているからパープルトンお姉さんは霹靂としているか、だ」
「そんなにナヨナヨしてるかな……?」
「してるな。まるで“ふやけた人参”だ」
「人参……」
唯一苦手な野菜に例えられてダメージが蓄積するウラキを余所に、エレドアは続ける。
「あの手のしっかり者の年上ってのは、意外にもプライベートでは頼れる男性に惚れるんだよ。つまり、原因が甘ちゃんにあった場合、まずはその根性から叩きなおさないといけない訳。試しに“僕”から“俺”にでもしてみるか???」
「そ、そんな事で解決するのでしょうか……?」
「少なくとも、一歩前進はするって。頑張りなよ、コウ。戦況は絶えず変化してるんだから、まごまごしてっと孤立しちまうぞ?」
「お、流石あのでっかい姉ちゃんを落とした男は言う事が違うね」
「彼女、ああ見えてチャーミングな一面もあるんですよ」
「分かるよ、気の強い女の可愛げのある仕草って最高」
「えーっと、それでさっき言ってた原因のもう一つは……?」
「あぁ、それはなコウ……」
「ま、その場合はお前さん“脈なし”って事になるんだが……」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「昔の恋人が忘れられない……?」
時を同じくしてアルビオンの食堂で遅めのランチを囲みながらニナのお悩みを聞いていたのはクリスとカレン、そしてヒータの三人だった。奇しくも赤い髪の三人が揃った事で若干疎外感を感じていたニナだが、センチメンタルな気分に陥っていた今はあまり気にした様子はない。
「最近その、ウラキ少尉がちょっと可愛いなと思えてきたんだけど……」
「あんなナヨナヨした奴が?」
「私もダメだな、あの手の甘ちゃんは」
「まぁまぁ。人の好みはそれぞれよ?」
あまり共感してくれないカレンとヒータを余所に、クリスはニナに話を続ける様に促す。
「……ここだけの話にして欲しいんだけど、私、三年前はジオンの兵士と付き合っていたの……」
「なんだと!?」
「落ち着けジョエルン少尉。三年前のグラナダはジオン占領下だ。何もおかしくはない」
「……すまねぇ。ちょっと驚いただけだ」
思わず立ち上がってしまったヒータをカレンは、腕を組み目を瞑ったまま制止させる。こう見ると、同じ赤い髪の女性パイロットと一括りにしても文字通り三者三様である。
「強くて、真っ直ぐな人だったのよ。でも、作戦中に負けて、そのまま……」
「……」
「……だから、私、怖いの。ウラキ少尉が気になってきた事がじゃなくて、またパイロットを好きになったら、もし彼がガトーの……元カレの様に死んでしまった時、果たして耐えれるのかしらって……」
「ニナ……」
「今は戦時中ではないとはいえ、パイロットってのはそういうモンだからな……」
「……でも、心の内は明かすべきだ」
言葉に詰まるクリスと、冷たく現実を突きつけるカレンに対して、意外にも前進を促したのはヒータだった。
「オレにも好きだった男が……いや、違うな。今でも好きな男がいる。士官学校時代から知ってる奴で、その時はナヨナヨしてたが、芯がしっかりしてた男だ」
「あら、テリー君ってウラキ少尉みたいだった頃があるのね」
「冗談じゃねぇテリーの方が何倍も男前だバカ」
「嗚呼、あの甘ちゃんか……」
テリー・オグスター。ヒータの片想いの相手であり、カレンとは08小隊として一度だけ共に戦った事がある戦友で、クリスと同じ“ガンダム”のパイロット。
そしてこの中の誰一人として知る由もない話だが、ニナの恋人であるアナベル・ガトーを討ち取った張本人でもある。
「オレはこんなガサツな女だからって、いつも“大事な一歩”を踏み出せなかった。気が付いたら戦争が起きて、離れ離れになって。ひょんな事から再会出来たはいいものの、一瞬の油断の隙に他の女に取られちまった。……今でも思うんだ。もし、レナじゃなくてオレがテリーの傍にいてやれば、もしかしたら、あんな“バカな真似”は止められたんじゃないかって。少なくとも、他の方法を提案できたかもしれない……」
“バカな真似”とはつまり停戦間際だったジオン公国軍に対してテリーが単身で突撃した例の事件である。世間一般では『ジオンを刺激しソーラレイを使用させた極悪人』という評価だが、やはり彼を知る人物たちは何か他の考えがあったという確信めいた自信があった。
「だからその、なんだ。オレは思うんだ。好きになるのは止められねぇからよ……。気持ちははっきりと伝えるべきだって。好きになっちまった気持ちを伝えられずに会えなくなるのは、かなりキツイからさ……」
「ジョエルン少尉……」
「……貴女ってやっぱり純愛派よね」
「うるせぇクリス! 文句あっか!!」
自分でも『らしくない』と感じたのか、頬を染めながら反応するヒータ。
「……でも、確かにそうよね。モヤモヤしたままだと変にミスして私の大事なガンダムに傷を付けられかねないわ」
「出たよ“ガンダム首ったけ病”が」
「ジョエルン少尉も2号機、壊さないでくださいよ?」
「わーってるよ、ったく……」
「……ふふっ」
“ガンダム首ったけ病”に呆れるカレンの言葉も意に介さず、ヒータに強く念押しするニナの姿を見て、クリスは一人ほほ笑むのだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「待ちわびたよ“大佐”。ようこそ、キンバライド基地へ」
一方その頃、破棄された古い鉱山を再利用して作られたジオン軍残党拠点キンバライドに、核弾頭を搭載したバズーカと伴って“赤い彗星”が現れた。基地に入るや否や彼を歓迎したのはこの基地の最高責任者でもあるノイエン・ビッター中将。敗戦し本国からの支援なくなった今も真のスペースノイド独立の為に戦う戦士の一人だった。
「ビッター中将閣下。急な依頼に対して快く引き受けてくれた事、感謝してもしきれません」
「構わないさ。宇宙でも戦ってくれる同志がいて、それが助けを求めているとくれば手を差し伸べるのはやぶさかではない」
「ありがたい御言葉です」
「しかし仔細は明かしてくれぬのだろう?」
「お話できる範囲は限られてしまうのですが……その前に、ここまで護衛を引き受けてくれた同志のご紹介もさせていただきたい」
「ほう、あのドワッジのパイロットかね?」
ビッターが“赤い彗星”の後ろに視線を向けると、そこにはMS-09『ドム』の最終量産仕様である『ドワッジ』の姿があった。その後ろには、砂漠戦仕様に改修されたザクが数機。
「秘密裏に運ぶには、些か護衛が多い様に思えるな? これでは隠密の意味が薄れるだろう」
「彼らは中将と同じく、この道のプロです。それに仲間が多い事に越した事はありません」
「それはまぁ、そうだが……して、パイロットは?」
「私です、閣下!」
ビッターの疑問に対して答えたのは、ドワッジのパイロットだった。日焼けで黒くなった肌に頭にターバンを巻いた男だが、それは確かにビッターが知るスペースノイドの一人。
「……ロンメル? ロンメル中佐か!? 久しぶりだな! 降下作戦以来か?」
「はい! 地上で泥水を啜りながら今日まで生きながらえてきた身ですが、まさか再会が叶うとは思っておりませんでした。ロンメル隊、宇宙の同志の声を受けて馳せ参じました!」
その男はデザート・ロンメルという名だった。ビッター同様に地球に潜伏してゲリラ的に活動を行うジオンの戦士の一人。“砂漠のロンメル”と聞けば、連邦軍の一部の頭を悩ませる頭痛のタネの一つである。
「途中で連邦に意図を読まれた時の保険ではありますが、“その場合”に陥った際は心強い仲間となりましょう」
「そうならん事を祈るばかりだが……まずは貴官らの来訪を歓迎しよう。英気を養い、共に真のスペースノイド解放の為に!」
「ジーク・ジオン!」
「ジーク・ジオン」
ロンメルに続き“赤い彗星”もその言葉を復唱した。
今やジオンは共和国としてその形を変えつつあったが、人は窮地にこそ縋るものが必要なものなのだ。