アルビオン隊とジオン残党軍が核を巡って攻防戦を広げていたその頃、地球軌道上でにらみ合う二つの部隊が存在した。
一つは“赤い彗星”が用意した同志たる、ムサイ級巡洋艦が二隻。
もう一方は、地球連邦軍のサラミス級巡洋艦二隻を従わせた、赤いペガサス級強襲揚陸艦だった。赤い船体の各所には金の装飾が施されており、軍艦と言うよりも貴族の所有物の様な印象が強い。
その戦艦の名は、フォリコーンⅡ。
かつて一年戦争でテリー・オグスターの母艦として第13独立部隊で活躍した、あの“黒いホワイトベース”である。
一年戦争終盤、『星一号作戦』において中破したフォリコーンは、グレイファントムやアルビオンなどのペガサス級後期生産型のパーツを流用して“フォリコーンⅡ”として新たな命を与えられた。軍刑務所に拘置されているテリーや地上勤務に移転したヒータ、そして一年戦争後軍を退いた艦長のマナ・レナを除いた残りのフォリコーン隊の面々は、引き続き乗艦する事となった。
「艦長! 前方の所属不明艦から発砲です!!」
フォリコーンⅡのオペレーター、コダマ・オームがモニターを見ながら報告する。キャプテンシートにいるのはマナ・レナ……ではなく、銀髪の若い将校だった。明らかに成人しているとは思えない幼さを残すその将校は前髪の毛先を弄びながら、正面のテロリストを睨む。
「ふん……名家たる私に対して堂々と攻撃を仕掛けてくるとは……礼儀のなっていない連中だ」
シャロ・ル・ロッド中佐。フォリコーンⅡの艦長にして、この“連邦軍地球軌道艦隊”の司令官を勤めるこの少年は、更にもう一つの顔を持つ。
「良いだろう。モビルスーツ隊にてこれを撃破する! 私のガンダムを用意させろ」
「そ、そんな! 艦長自ら出撃なさるというのですか!?」
「名家たる私自らその権威を示さねば、下々の者に示しがつかんだろう?」
目の前で戦端が開かれたというのに、シャロ・ル・ロッドは落ち着き払った様子でコダマの横へと移動した。そして吐息がかかるほど近くまで彼女に顔を寄せる。
「それとも何か? 君は名家たる私の華々しい初陣に泥を塗りたいのかね?」
「い、いえ……私はただ、艦長の身を案じただけでして……」
銀の色の髪も相まって、まるで研ぎ澄まされた刃物の様な言葉がコダマの首筋に当てられる。それに恐怖したコダマは思わず緊張の汗を滲ませた。
「それは本心かね?」
「も、もちろんであります!」
「なら、いいだろう。……心配性な君には、後でたっぷり“再教育”してやらないとな」
そう言ったシャロ・ル・ロッドはコダマの首筋を垂れていた汗を舌で舐めるように取ると、そのままモビルスーツデッキへと足を運んだ。
「…………」
艦長がいなくなったブリッジからは、緊張の糸が少し解けたのか、クルーの何人かが安堵の息を漏らした。
小さく肩を震わせながら黙る、コダマ・オームを除いて。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『モビルスーツ隊! 名家たる私に続ける事を光栄に思いたまえ!!』
「はぁ……」
フォリコーンⅡと同じく赤いカラーに金の装飾を飾り付けたガンダムに乗ったシャロ・ル・ロッドの声を聞いたミドリ・ウィンダムは、ジム改のコックピットの中で一人ため息をついていた。
このシャロ・ル・ロッドという男はミドリ達の士官学校の先輩に当たる人物だ。親が地位も権力もある上級将校であり、自身の成績も優秀であったが、親の七光りでも消せぬほどの素行不良から士官学校を追い出された“問題児”であった。
そんな彼が何故小さいながら連邦艦隊の司令官兼ガンダムパイロットになり得たのか?
その理由はズバリ、金と権力である。一年戦争で親が戦死し、そのまま家督を継いだシャロ・ル・ロッドはあまりある金と権力で連邦軍上層部の一部を籠絡。ジオンとの戦争も終わったという事でほぼ形だけの艦隊の司令官に押し込み、旗艦には“端材の寄せ集め”とも言うべきフォリコーンⅡに白羽の矢が立ったのだ。しかしそんな待遇にシャロ・ル・ロッドは嫌みを言わず、むしろ『自分以外全員女性』という、かつてテリーが肩身狭しと言っていた環境を存分に堪能していたのだ。
「はぁ……」
金と権力のある問題児の下で、趣味の悪い色に変えられた戦艦で働かされる。旧フォリコーンメンバーが嫌な顔をするのも道理だった。コックピットというプライベート空間があるだけ、ミドリはまだマシな方である。
『こちらシャロ中佐だ! 敵艦が射程圏内に入った。これより名家の威光を見せてやろう!!』
シャロ・ル・ロッドの乗る赤いガンダムは、ジム・カスタムの頭部をガンダム・ヘッドに改造しいただけのものであるが、その手には巨大なビームライフルが握られていた。RXー78ー4『ガンダム4号機』が持っていたものの改良型たる巨砲の砲身を、ムサイへと向けるのがミドリからも確認出来た。
『それでは庶民諸君。庶民の義務を果たすと良い。それ即ち、私の盾となるのだ!』
「……了解です」
根底に貴族主義が存在するシャロ・ル・ロッドは、シールドを装備するのを忌み嫌う。その為ミドリ達モビルスーツ隊の役目は、専ら彼の護衛だった。派手な赤いガンダムの周りに、同じく赤くリペイントされたジム改三機が囲う。
「こんな見た目で密集したら、良い的でしょうに……」
しかしシャロ・ル・ロッドは気にした様子もなく、ビームライフルのエネルギーのチャージを開始した。エネルギーパックの改良による成果か、自爆する気配は全くない。
『発射!!』
チャージが終わるや否や放たれた一条の光はムサイのブリッジに直撃し、これを一撃で仕留めてみせる。腕前だけは確実にエース級だったのだ。
『お見事です! シャロ様!』
『流石名家!』
『ハハハハハ! 名家の私に相応しい初撃じゃないか!』
シャロ・ル・ロッドに黄色い声を浴びせるのは、彼と共に編入してきた“腰巾着”だ。書類上はミドリの部下なのだが、この美女二人は一度としてミドリの命令を聞いた試しがない。今が戦時中で無くて本当に良かったと思うと共に、戦時中なら命令違反で咎める事も出来るにも思う日々を送るミドリは、せめて腰巾着にはなるまいと沈黙を貫いた。
『このまま残り一隻も我が戦果にしてやろうじゃないか!』
「はぁ……」
しかしため息ばかりは止められない。
こうして“真のスペースノイド開放”を胸に立ち上がった戦士達の同志は旧体制の権化の様な男の手柄にされてしまうのだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「こ、ここはどこだ……?」
一面を覆う闇の中で、一人の男が目を覚ました。
黄泉の国かと思ったが、その闇の正体が目隠しである事に気づいた彼は、まだ自分の魂が肉体から離れていない事に気が付く。
「ようやく目を覚ましたようだな……」
聞きなれない声だった。女の声だ。しかも、若い。
「ここはどこだ? 私に何があった?」
「その前に、貴官はどこまで“覚えている”?」
「どこまで……確か……」
混濁する意識の中から、必死に記憶を辿る男。そもそも、自分は何者だ?
「私は……私はジオン公国軍のアナベル・ガトー大尉……」
「そうだ。おはよう、大尉」
「私は確か、ソロモンを防衛していて……そうだ。ソロモンは!? カリウスとケリィは!?」
「思い出したようだな。まずは自己紹介しよう。私はハマーン。ミネバ殿下の忠実な部下である」
「ミネバ殿下……? ミネバ・ザビ殿下か!?」
ミネバ・ザビと言えば、ジオン軍将校ドズル・ザビ中将の一人娘だ。で、あればこの尊大な態度の少女は、彼女の侍女だろうか? しかし男……アナベル・ガトーには疑問も残る。ミネバ・ザビと言えば、まだ“生まれて間もない赤子”ではなかったのか?
「その疑問に答えて見せよう、大尉。結論から言う。ジオンは負けた。三年前にな」
「三年前……三年前!? それに負けただと!?」
寝かされているであろう身体を起こそうとするガトー。しかし拘束されているのか、ベッドから動く事は出来なかった。
「なればここは、連邦の……? 貴様もしや、ミネバ様を売ったのか!?」
「口を慎んでもらおう。ここにいる誰一人として、連邦には屈していない」
「……俄かには信じられんな。尋問目的で私を拘束しているのではないのか?」
「誓ってそんな事はしない。貴官はこの“アクシズ”でも貴重なエースパイロット……みすみす死なせるわけにはいかなかったのさ」
アクシズ。その名前にはガトーも聞き覚えがあった。ソロモン同様にジオン公国軍が所有する資源衛星だ。
「……さて、拘束を解く前に話しておきたい」
「何をだ?」
「今でこそ我々は脆弱な組織……だが力を蓄え、いつの日か必ず地球圏にザビ家の……“新たなジオン”の権威を示さねばならない」
「新たな、ジオン……?」
「だが、今は何もかも足りないのだ、大尉。……手始めとして、貴官には戦技教官として兵士の再教育を行ってもらいたい。ア・バオア・クーで多くの将兵が散り、ほとんどが当時の学徒兵ばかりの我が軍は、正直にいうと軍と呼ぶ事すら憚られる」
「……」
悩む素振りを見せるガトーだが、しかし心惹かれる言葉があった。
新たなるジオン。
不意打ちで無様に散った筈の自分がこうやって生きながらえたのは、その“新たなるジオン”の礎となるためではないのか?と。
「確か、ハマーンと言ったか……その要求に従おう」
「そうか。助かるよ、大尉。……ではまずは頭の包帯を外してやらないとな」
「私は怪我をしていたのか?」
「見つけた時は息をしているのが不思議な程だったらしいぞ? とまれ、後は自分の目で確認する事だ」
それからハマーンという女の声は聞こえなくなった。その代わり複数の足音が近づいてくる。
「三年ぶりの光です。少々眩しいかも知れませんが……」
「構わん。外してくれ」
足音の正体は医師のようだった。心配そうに尋ねる医師に対して、ガトーは武人としての凛とした態度でそれに応えて見せる。
「それでは……失礼します」
「……うっ!」
最初、強烈な光を浴びせられているような錯覚に陥ったガトーだが、次第にそれがただの部屋の照明である事に気が付いた。何度か瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと光を馴染ませる。
「その……ソロモンで大尉を発見した時、大尉のお身体が大変損傷しておりまして……」
「先程ハマーンとやらから聞いた話だ。それに五体の感覚はある。多少の傷程度ならば、問題ないだろう?」
「いえ、その……た、大尉。ゆっくりで構いません。ゆっくり首を挙げて、まずは右腕をご確認下さい」
「もどかしい!」
医師の言葉に反し、勢いよく首を挙げるガトー。
「なっ……!」
そこで彼の頭は真っ白になった。
右腕と、下半身が、ない。
その代わりに、金属で出来た義手と義体が、それぞれの位置に収まっていた。
「私の身体に一体何が……!?」
「はい……三年前。大尉は乗機ごと撃墜されたのですが、運よく最初の爆発で外に投げ出されたらしく、発見時は微弱ではありましたが息のある状態でした。それから今日まであらゆる手を尽くしたのですが、損傷の激しかった右腕と下半身は取り換える他なく……た、大尉!?」
途中から医師の言葉は聞こえなかった。
流石のガトーも拘束されている事も忘れ、叫び、暴れたという。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
「おい聞いたかよ!? 新型ガンダム奪取未遂事件!」
「なんだそれ!? ……ん? ちょっと待て。未遂ってなんだ?」
やけに“外”の情報に詳しい囚人仲間曰く、こうだ。
一か月ほど前にオーストラリア、トリントン基地から奪取された地球連邦軍新型ガンダムの内一機をジオン残党を名乗るテロリストが奪取する事件が発生。強奪されたのは核兵器を搭載したガンダムらしいが、何故かガンダム本体は乗り捨てられ、ミサイルは追撃にあたった連邦の部隊が回収に成功したという。
「どういうこった?」
「やっぱテリーも気になるクチかい?」
「そりゃあな。なんで乗り捨てたんだ?」
ガンダム2号機は、単なる『核兵器使用を目的としたモビルスーツ』ではない。核兵器の軍事利用を禁止た『南極条約』を地球連邦軍が無視して開発した、という事実そのものが武器となるのだ。その利点を無視して2号機を乗り捨てる等、はっきり言ってアホである。
「誰だよ乗り捨てたアホは」
「それが聞いてくれよ! ……なんでもあの“赤い彗星”らしいぜ!」
「そんな馬鹿な!」
「マジだって! 核バズーカを持って宇宙にトンズラしようとしてたの、赤いザクだったって話だぜ?」
「赤いだけなら“深紅の稲妻”かもしれないだろ」
いや、どっちにしろあり得ない話なのだが。
「で、どう思うよ?」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「なんたって本物の“赤い彗星”と戦って生き残ったのなんてお前とアムロ・レイくらいだからな!」
そう言われると反論出来ない。
あの時は無我夢中だったが、思えばかなりの偉業を達成した様に思える。
もしかして今回“デラーズ紛争”が“ガンダム奪取未遂事件”で終わったのは、俺がちょっとは貢献できた成果かもしれない……。と、言うのは流石に過大評価し過ぎだろうか?
ともあれ、“星の屑作戦”の真の目的……北米穀倉地帯へのコロニー落としが起きなければ地上の食料自給率は落ちないし、連邦が一層警戒してティターンズを結成する事もないだろう。
良くなるかはさておき、最悪の事態は免れたというべきだろう。
ほぼやけくそではあったが、あの日俺がソーラ・レイに突っ込んだのは間違いではなかったと、そう思いたいものである。
あとがき
更新を待ってくれていた方達は久しぶり。最初から一気に読み飛ばしたぜ!という稀有な方は初めまして。一条和馬です。
さて、幕間として始まりました0083編、いかがだったでしょうか?
最初は丸々カット……とは言わなくても「トリントン基地にクリスや08小隊来たら面白いな」位には考えていたのですが、当初は模擬戦とキャラ間の掛け合いで終了するはずでした。
しかし一年戦争編の終盤を執筆している最中にふと思ったのです。
「あれ、そう言えばシャア専用ザクってどうなったんだっけ?」と。
ゲームなんかでは他の地上部隊に(僕はPS2版ガンダム戦記の印象が強いです)譲渡したりしていたはずですが、それ以外となると聞いた記憶がありません。小説版は残念ながら未読ですし。とまれ、それなら出してやろう。折角だから『もう一人の転生者出してやろう』となったのが今回の0083編となります。
劇中一度として本名を語られなかった“赤い彗星”ですが、実は名前考えていませんでした。
ガンダムを前に現代の記憶を呼び覚ましたテリー君。
片やザクを前に現代の記憶を呼び覚ました“赤い彗星”はどちらも同じ条件の“転生者”なのですが、流石に型落ちのザクで新型ガンダムに勝たせる訳がありません。現実は非情である。
それはさておき、次回からようやく第二章であるZガンダム篇が始まります。
大まかな流れは既に完成しているのですが、流石に本編最後に見たのが10年以上前の公開直後の劇場版だけとなれば、記憶違いがあるのは必定。なのでまずは本編見返しながらボチボチ進められたなと思っています。多忙の身ゆえまた更新が亀が欠伸するレベルにはなると思いますが、是非たまに覗いて「おっコイツ生きてるやん」と思って頂ければ幸いです。
たまに覗いてで一つ。
一年戦争戦争篇でテリー君のストーカーだったサレナ・ヴァーンちゃんがですね、なんと友人の作品に登場する事になりました。何故彼女をチョイスした????
紅乃晴先生の「ガンダムSEED Destiny 白き流星の双子」にて相変わらずのストーカーっぷりを発揮しているので、是非そちらでも彼女の活躍をご覧下さい。
それでは今回は以上となります。テリー君の新たなる戦い、ご期待ください。
あ、今回もまた0083篇の最初にキャラ紹介とか置いておきますね。
君は刻の涙を見る!