「近づかないで!!」
バーニィから奪い取った銃の先が向かうのは、俺の身体だった。
今の俺は奪ったティターンズのパイロットスーツをそのまま着ているのだ。敵だと思われるのは仕方ない事だ。
「俺はティターンズじゃないぞ! 何故銃を向ける!?」
「今まで手紙の一つくれやしないで! 今更そんな服着て何言うのさ!」
「これは連中から奪ったんだ! 俺はこの七年間、連邦軍に捕まっていた!」
「だからって!」
「やめろマナさん! ここでテリーと言い合っても仕方ない!」
震える手で銃を構えるマナをバーニィが制し、その隙に武器を奪っていた。とてもありがたい話だ。あのままでは暴発の危険もあったしな。
「すまん、バーニィ」
「だが勘違いしてもらっては困るぞテリー。俺もまだお前を完全には信じちゃいない。俺がマナさんから銃を奪ったのは、仮に撃つ時は俺が手を汚す覚悟があるからだ」
「……話が出来るなら、それで構わん。とりあえずここを移動しよう。搬入口にモビルスーツを止めてある」
「あぁ。行こう、マナさん」
俺がUターンして来た道を戻ると、その数メートル後ろをバーニィに連れられたマナが着いてくるのが分かった。
くそ、バーニィの奴、人の彼女にベタベタ触りやがって……!
「所でテリー。抜け出したっていうのは、どういう事だ?」
「政治犯を収監する宇宙の刑務所に捕まっていたんだが、どうやらそこは一年戦争の頃からティターンズのバスク・オムの息がかかっていた場所らしい。そこでティターンズへの協力を持ち掛けられた」
「見えてきたぞ。協力するフリをしてここまで来たと」
「いや、返事を待たれている間にシーマ・ガラハウに拉致された」
「シーマ・ガラハウ? 宇宙海賊シーマ・フリートのシーマ・ガラハウか!? どうして!?」
「知らない女が俺を助ける為にシーマに依頼したらしい。その女が作ったガンダムでここまで来たって訳さ」
「……信じられないわ」
「俺だってまだ状況を飲み込めてなうおっ!?」
背中に鈍い衝撃が入った事に驚いた俺が振り返ると、すぐ目の前には大粒の涙を目の下に溜めたマナの姿があった。
「そんな話をして浮気を誤魔化そうって訳!? 七年前に何も言わず飛び出していった挙句、今度は何も言わずにどこかへ連れ去ろうって言うの!?」
「浮気なんかしてない!」
「嘘! 仮に本当に捕まってたとしても、顔も名前も知らない女が助けを寄越すなんてありえないじゃない!」
「それは俺じゃなくてイリーナとかいう女に聞いてくれマナ・レナ!」
「私はもう“マナ・レナ”じゃないのよ!!」
「え……?」
最後のマナの言葉に、俺の思考は停止した。
“マナ・レナじゃない”とは、どういう事だ……?
「……結婚したのよ」
「なんだって……?」
「今の私のファミリーネームはトックよ! マナ・トック!! まさか私が七年も生きてるかも分からない男を思い続ける女とでも思ってたのかしら!?」
「……事実なのかバーニィ?」
「……」
俺の問いに、バーニィは沈黙で答えやがった。
「じゃあ何で、バスクは君を人質の様な言い方をして……」
「貴方が未練がましく私の尻を追いかけてるからでしょ!! 忘れてくれれば……ほっといてくれれば良かったのに……どうして今になって……今になってまた姿を現すのよ! 馬鹿!!」
「……すまん」
「謝らないでよ! ……謝ったら、許したくなるじゃない……許したくないのに……やっとあなたの事忘れて、一人の女としての幸せを受け入れられそうだったのに……どうせなら、もっと早く来てほしかった……ッ!」
「……」
肩を震わせ俺の胸倉を掴むマナに対し、俺は沈黙で返すしかなかった。
返す言葉が、思い付かなかった。
「……俺だって、早く来たかったさ! だって仕方がないだろう! たった一人で宇宙に浮かぶ刑務所から出られる筈がない!」
今ほど語彙力のない自分が情けないと思ったことはない。
出てきたのは、慰めの言葉ではなく、言い訳の言葉だった。
「本当に私を愛しているのなら、それくらい出来た筈よ! 貴方自分がテリー・オグスターだって分かってるの!?」
「……ッ!」
それを言われると返答に困る。
「なんで黙るのよ! ニュータイプってのになったんでしょ! だからあの時一人でいなくなったんじゃないの!? 一人で私達を助けようとして! それがまた出来なかったのは、今の今まで私の事なんて忘れてたって事じゃない! 弱気なテリー・オグスターが浮気の罪悪感に勝てずに許しを求めにきたんでしょ!?」
「それは違う! 絶対違う! ニュータイプはエスパーなんかじゃないんだマナ!」
「今更取り繕ったって……!」
「ティターンズだ!」
「! テリー君危ない!!」
「え……?」
マナの怒りの表情が急に変わった事に気が付いた時には、既に手遅れだった。
俺の胸倉を掴んでいた腕を首に回したレナがその勢いで回転し、丁度俺と立ち位置が変わる形になった。
バーニィとマナからしか見ていなかった俺の死角がようやく見える様になり、そこにいたのは、拳銃を構えたパイロットスーツを着た複数の軍人の姿が確認できた。その内の二人は、黒いパイロットスーツだ。
俺は閉まっていた拳銃をホルスターから取り出し前方に構えた。
が、引き金を引くより先に、一発の銃声が鳴り響いた。
「うっ……」
目の前のマナが、小さな悲鳴を挙げた。
「マナ……?」
「テ、リーく……」
「カクリコン中尉! 何故撃った!?」
「俺とジェリド中尉以外のティターンズは皆宇宙港にいるんだ! パイロットスーツに騙されるな!!」
「ちっ! 黙れよお前等!! マナの声が聞こえないだろ!?」
倒れかかってきたマナを左腕で支えながら右手で銃を撃つ。
「くそっ! なんだってこんな事に!!」
「ぐわっ!」
「何で向こうの攻撃はこんなに当たるんだ!?」
「退くぞカクリコン! パイロットが生身で死ぬなんざ名折れだ!!」
後ろのバーニィも一緒になって銃を撃った。どうでもいい。
白いパイロットスーツの男二人が倒れた。どうでもいい。
黒いパイロットスーツの男二人は逃した。どうでもいい。
「敵が退いたぞテリー! 早く逃げよう!」
「待てよ! マナが何か……」
「ここままじゃ手当ても間に合わないぞ! 助けたいなら今は行動するべきだ!」
「……ッ!」
マナを助けたい。バーニィのその言葉が俺の理性を少し取り戻させてくれた。
「……すまん、バーニィ」
「そんなのは後だ。お前のガンダムってのはどこに!?」
「あぁ……」
皮肉にもブラックサレナがいるのは、俺達がいる廊下のすぐ横だった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「遅いッスよ!」
「おや、彼女ってのは一人じゃなかったのかい?」
突如現れたテリー・オグスターと、マナ・トックの負傷を前にもまだなんとか理性を保っていたバーナード・ワイズマンが黒いモビルスーツのコックピットで見たのは、二人の女性だった。
「イリーナ! マナの手当てをしてやってくれ!」
「は? 私は医者じゃないんだが」
「いいからやれ! 医療キットくらい積んでるだろう!?」
「いやん、強引なのも嫌いじゃないわ。さ、そこのお兄さんはコックピットの後ろにでも掴まっててね」
「五人も乗って大丈夫なのか?」
「定員オーバーッスね。降りてくれます?」
「冗談言うな!」
「緊急発進!」
マイペースというか、呑気な二人を気にした様子もなく、コックピットに座ったテリーは黒いモビルスーツを発進させ、リボーコロニーの資材搬入口から脱出させた。
「これは、アレックスにもあった全天モニターってやつか……ん?」
七年振りのモビルスーツのコックピットから見える宇宙に視界を回すバーニィだったが、そのおかげで誰よりも早くこちらに近付く機影を確認する。
「コロニーの向こう! なにか飛んでくるぞ!」
「データ照合! ジムⅡ三機ッス!」
「防衛隊って所か……!」
「止血は終わったよ! でも安静にさせないとヤバイね」
「だったら俺の膝の上に乗せろ!」
「前が見えなくなるんじゃないのかい?」
「逃げるだけなら問題ない!」
「じゃ、お兄さんよろしく」
「あ、あぁ……」
ノーマルスーツを脱がされたマナ・トックを見た時、バーニィは一瞬目を背けたくなる衝動に駆られてしまった。一発の銃弾はノーマルスーツを貫通し、彼女の背中に大きな穴を開けていたらしい。その証拠に彼女の着ていた衣類とパイロットスーツの裏側は赤黒い血がおどろおどろしい模様を描いていた。しかしこのまま怖気づいても何の解決にならないと悟ったバーニィは長身の女性に促されるままマナを持ち上げ、その身体をテリーに預ける。
「大丈夫か?」
「近くにいれば、それだけ気を使って動かせる。バーニィは下がってろ」
「分かった」
「ちょっとお兄さん足触らないでほしいッス」
「狭いんだから我慢しろ!」
「ビーム攻撃!」
「ッ!!」
バーニィが小柄な女性の横を通ってなんとか後ろに移動したと同時、ジムⅡ達の攻撃が真横を掠めた。
「うわっ!」
「当たってもいないよ!」
長身の女性はそう言ったが、全天モニターのモビルスーツに初めて乗るバーニィは気が気ではなかった。
「全部見えるってのも考え物だな……!」
「で、尻尾巻いて逃げるのかい?」
「ブースターの位置は!?」
「流されてるッスけど、まだ近くに! ジム達の向こう正面三百キロ!」
「ならば突っ込む!」
「そんな無茶な!?」
バーニィが叫ぶが、その言葉が聞き入れられることなく、テリーはレバーを操作し、黒いモビルスーツが加速を始める。当然、前方のジムⅡ達はビームライフルで攻撃してくる訳だが、これがどういう事か、直撃しない。
「外れてくれた!?」
「ハハハ! 流石テリー・オグスターって所だね! もうブラックサレナを使いこなしてるよ!」
ディスプレイを叩きながら歓喜の声を挙げていたのは、長身の方の女性。小柄な女性も続けて感嘆のため息を漏らしていた。
「実際に見ると圧巻ッスね。これは……」
「何だ? 何が起きている?」
「先輩。お兄さんが説明求めてるッスよ」
「フフフ、今日と言うこの日を見学できるお兄さんは実に運がいいね。説明してあげよう。このブラックサレナは一年戦争時代のテリー・オグスター君の戦闘データを参考に開発したガンダムだ。その最大の特徴は何と言っても、流線型の装甲にある! これは加速する際の空気抵抗を少なくするものだが、宇宙ではさほどその意味をなさない……その代わり当たり方次第では敵の砲撃をいなし、逸らすことが可能なのだよ!」
「しかもこの子は全体をビームコーティングで覆っているッスからね。ビーム兵器だって“流せる”んッスよ」
二人の言葉通り、明らかに直撃コースのビーム攻撃も、テリーは最小限の動きだけでこれを回避していた。従ってコックピットにはほとんど揺れを感じない。
「簡単に言うけどさ、それって相当難しいんじゃないのか!?」
「その通り。しかしそれを呼吸するくらい簡単にやっちゃうのがテリー・オグスター君な訳よ。いやぁ痺れるねぇますます好きになっちゃう!」
「なんなんだこの女……」
バーニィが状況を鑑みずに歓喜する長身の女性に対して絶句する頃には、既にジムⅡの小隊は遠く後方にいた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「テリーくん……? そこにいるの……?」
コロニーから脱出し、ジムを巻いて長距離移動用ブースターまでもう少しという所で気を失っていたマナの意識が戻った。俺の上でモゾモゾと手を動かしている。
「ここだ、ここにいるぞ」
「見えないよ……聞こえないよ……」
目をしっかりと開けてはいるのだが、その瞳に光はない。俺は虚空を掴もうとするマナの手を握り、息がかかる程に近くに顔を寄せた。
「ここにいるよ」
「あ……テリー君の匂い……。テリー君は、そこにいるんだね?」
「あぁ……いるよ。俺はここにいる!」
手を握る力を強めると、マナも握り返してくれた。しかしその力は触れれば壊れてしまいそうな程に儚いイメージがあった。
「ずっと……ずっと待ってた……」
「待たせてごめんな……! 俺がもっと早くやって来れたら……!」
「良いんだよ……あの人と一緒に……待ってたの……彼、私を連邦軍から守る為に偽装結婚までしてくれて……」
「そうか……そいつにも、感謝しないとな……!」
「知ってる? バーニィ君ね……クリスと結婚したのよ……」
「そうなのか? それは……知らなかった……」
「結婚式……幸せそうだった……ねぇ、テリー君……私、テリー君が好き」
「あぁ……! 俺もお前の事が好きだ。宇宙で一番好きだ」
「嬉しい……じゃあ、結婚してくれる?」
「結婚しよう! そんで新婚旅行にも行こう! どこか静かな場所に引っ越して、子どもも作って、会えなかった分、楽しい思い出いっぱい作ろう!」
「やっ……た! じゃあ私、これからはずっとテリー君と一緒にいられるんだね……」
マナの声が一段と小さくなったような気がしたが、それは気のせいではなかった。既に俺達は肌が触れあう程に身を寄せていたのに、その声は段々遠くなっていたからだ。
「ずっと一緒だ! もう離さない! 離したくない!! だから眠らないでくれマナ! もう少し、もう少し頑張ってくれ!!」
「テリーく…ん……」
「なんだ? お腹空いたのか? お前、チーズ大好物だったよな? 帰ったら一緒に食べよう! ……違うのか? なぁ……違うならそう言ってくれよ……なんでそんな笑顔で……ッ! ちゃんと言葉にしてくれないとさ……分かんねぇよ……!!」
「……テリー」
マナの声じゃない。バーニィのものだ。
そこで俺はようやく、まだ自分がモビルスーツのコックピットの上に居る事を思い出した。
「バーニィ! ……マナが……マナが返事してくれないんだ……」
「そうだな……」
「やっと……会えたのに……ッ!」
「そうだな……」
「くそっ……こんなのって……こんなのってあるかよ……! 悔いはないですみたいな綺麗な顔しやがって……!!」
一縷の望みをかけて、俺はマナの身体を強く抱いた。痛がって悲鳴を挙げてくれることを望んで、強く、強く抱いた。
しかし彼女は綺麗な寝顔のまま、俺の抱擁を受け止めるばかりだった。
「マナ……まなぁ………真奈ああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「だーりん……?」
テリー・オグスターの悲痛な叫びが宇宙の闇に吸い込まれる中、それを一人だけ“感じ取った”人物がいた。
その人物は地球の日本に存在する連邦軍の研究機関“ムラサメ研究所”の敷地内にある自然公園の中から空を見上げている、車椅子に座った一人の少女だった。黒く長い髪は綺麗に切り揃えられており、この国に古くから伝わる美人を示す“大和撫子”を彷彿とさせる。
年は20代の半ば辺りと推定されるが、正確な事はムラサメ研究所の職員も、本人すらも分からない。それどころか、今の彼女は辛うじて言葉でのコミュニケーションが取れるだけで、過去の記憶はおろか歩き方すら覚えていなかったのだ。
「イッチー? イッチー・ムラサメ? どうしたの?」
「あー…ふぉう!」
大和撫子の少女……イッチー・ムラサメを呼んだのは、薄いエメラルド色の髪の少女だ。“ふぉう”と呼ばれた少女とイッチーと呼ばれた少女も、共に真っ白な服に身を包んでいた。
「いまね! だーりんのこえがね! きこえたの!」
「ダーリン……? まさか記憶が……? 何か思い出したの!?」
「うー……ふぉう、こわいよ……」
「あ……ご、ごめんね、イッチー……」
“ふぉう”が車椅子を揺さぶった事に驚いたのか、イッチーは萎縮し、車椅子の上で縮こまった。先程まで夜空に浮かぶ星々に負けぬほど輝かせていた瞳からは、光が消えていた。
「……でもイッチーは何かを思い出しかけた……と言うことはつまり、私だって……!」
「ふぉう!」
「んー? どうしたの、イッチー?」
「おなかすいた!」
「そうね……外も冷えてきたし、そろそろ戻りましょうか」
「うん!」
“ふぉう”に車椅子を押されながら研究所へと戻るイッチー・ムラサメ。
既に“だーりん”の事を忘れた彼女の頭の中は、今日の晩御飯の事でいっぱいだった。