「殺してやる……ッ! マナの命を奪ったあのティターンズ! まだコロニーにいるなら炙り出して地獄に叩き落としてやる……ッ!!」
俺の胸の中で静かに眠るマナをもう一度抱きながら、俺はそう誓った。
確かあのティターンズの兵士は“カクリコン”と呼ばれていた……十中八九あのカクリコン・カクーラーで間違いないだろう。
俺はZガンダムは劇場版の知識しかないが、奴はエゥーゴの地球降下作戦の際にカミーユ・ビダンのガンダムMk‐Ⅱの攻撃が原因で大気圏で燃え尽きる筈。
だが、そんなものを待っている余裕はない。
原作など、平和など知った事か。
アニメの世界と達観していたつもりだったが、マナの温もりは本物だった。
そして、そのマナから命が抜け落ち、冷たくなっている。
こんなものを目の当たりにして冷静でいられるほど、俺は大人になれちゃいない。
「リボーコロニーに戻る。連中は皆殺しだ」
「たった一機でか!? 無茶を言うな!」
「黙れバーニィ。今の俺ならお前を宇宙に叩き落すくらい訳ないんだぞ」
「……ッ」
「んー。スペックの話をしているのなら問題ないよぉ」
そう言ったのはイリーナだった。軽い調子なのが俺の神経を逆なでさせるのだが、それに気が付くことなく彼女は続ける。
「このブラックサレナは……というより、元になったガンダム試作4号機からそうなんだけど、高機動白兵戦用のモビルスーツなんだ。単機でコロニーに乗り込んで戦闘なんて、むしろコイツ以外じゃ不可能よ」
「生きて帰るつもりはないぞ」
「上等上等。チチデカ助手君もよね?」
「ま、他にやりたい事ある訳でもないッスからね。後ウチはチカ・ジョ」
俺はブラックサレナを反転させ、再びリボーコロニーへと進路を取った。
「武器はビームサーベル四本に腕の機関砲……それに“隠し玉”か……!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「小隊長! 例の正体不明のモビルスーツが戻ってきます!」
『なんだと!?』
サイド6コロニー群の一つ、リボーコロニーに突如として現れた黒い新型モビルスーツを追っていたジムⅡ小隊のパイロット、ビーン・シマダ伍長は操縦桿を再度強く握り直した。
中立コロニー駐留の防衛隊なんて閑職に回されたからと油断していたのも事実だが、それを差し引いてもあの黒いモビルスーツが放つプレッシャーは異彩だった。彼は一年戦争を知らない若いパイロットだが、あれにはエースが、下手をすれば伝説のニュータイプが乗っているのだと判断するには充分過ぎる程の存在感があったのだ。
『どうしますか隊長!?』
『臆するな! 我らブルドック隊の任務はこのリボーコロニーを守る事だ! また攻めてくるというのなら、何としても守らればならん!』
『くそっ、ティターンズは何をしてるんだよ!』
『エリート気取りのアースノイドなんてアテにするな! 正規軍がたるんでる等と思われれば、それこそ連中の増長を招くぞ!』
『そうですが……うわっ!?』
通信の途中に同僚の声に悲鳴が混じった。例の黒いモビルスーツからの攻撃だ。
『大丈夫か!?』
『掠っただけだが……これは、バルカン攻撃!? あの距離で当てられるのか!?』
同僚が自分のシールドを抉る様に付いていた傷を見ながら驚き、そしてそれを外側から見ていたビーンも驚きを隠せなかった。
「俺の知らない武装でも積んでいるのか!?」
『呆けるなビーン! 避けろ!!』
「え?」
小隊長の声が聞こえた直後だった。
「うわあああああっ!?」
強烈な衝撃がコックピットを襲ったのかと思うと、その時には既に、例の黒いモビルスーツがビーンの操縦するジムⅡに突撃をしていたのである。
「やってやる……やってやるぞぉ!!」
黒いモビルスーツに組み付き、ブースターを最大で吹かす。
「こ……このぉ!」
しかし相手と来たら、怯むどころかこちらを意にも介さず直進を続けるではないか!
「があぁぁ! パ、パワーが違い過ぎる……ッ!」
『ビーン伍長! なんとかしてそいつから離れるんだ! これでは狙えない!!』
小隊長の命令通り黒いモビルスーツから離れようとする……が、動けない。完全に組み付かれた形になっており、後退は元より身じろぎ一つ取るのも不可能だったのだ。
モビルスーツを一機、そのまま人質にした状態でのコロニーへの特攻。
こんなもの、正気の沙汰ではない。
「う、うわあああああっ!?」
再度ビーン・シマダを襲った衝撃は後方からだった。
あの黒いモビルスーツは自分のジムⅡを盾代わりに、コロニーに穴を空けたのだ!
ビーンのジムⅡは両手足がひしゃげる程の大ダメージを負うが、黒いモビルスーツは役目は終わったと言わんばかりに機体をコロニーの外へ投げ、そのままリボーコロニーへと入って行ってしまった。
『ビーン伍長無事か!?』
「え……えぇ……なんとか……」
『追撃は俺達に任せて、お前は宇宙港に戻れ!』
「りょ、了解! 小隊長たちもお気を付けて!!」
ブルドックのエンブレムが張りつけられたジムⅡがコロニーへと侵入するのを見ながら、ビーン・シマダはただただ同僚たちの無事を祈る事しか出来なかった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「コロニーの中には入れたか……!」
ブラックサレナの機動力は人工重力の働くコロニーの中でも全く問題なくその性能を発揮していた。流石U.C.0083年代モビルスーツの中では一線を越えた高性能機のガンダム4号機なだけはあるというもの。
「おいテリー! コロニーの中で戦闘なんてバカげてる!」
「俺が冷静でないと!? ティターンズの連中を誘えればそれでいい!」
「ティターンズだって馬鹿じゃないんだ! コロニーの中にモビルスーツ戦をやろうなんて……」
「熱源確認! ティターンズのハイザック二機来るよ!」
「馬鹿じゃないのか!?」
バーニィが何か叫んだが、それを無視。
「カクリコン! お前だけは俺の手でぶっ殺してやる!!」
「直上! ジムⅡが追ってくるッス!」
「チッ!」
正規の連邦兵だからと逃がしてやるつもりだったが、どうやら向こうは律儀にこちらを追って来る様子だった。
元連邦兵士としてはジムを相手にするのは思う所がない訳ではない。
だが、ティターンズは腐敗した連邦の中心の様なもの!
そしてそれに従う連邦など、実質ティターンズ!
「よって俺が裁く! 死ね!!」
ハイザックを仕留めたい気持ちを抑え、まずはジムを先に仕留める事にした。
大腿部に格納されたビームサーベルを引き抜き、上昇。
敵がこちらの接近に気が付いてビームを撃って来るが、気にしない。
最小限の動きで敵の攻撃を逸らしながら、交差しながら切り上げの一撃。
ジムⅡの胴体が、縦に割れた。
ブルドックのエンブレムが貼られたジムの肩が、宙を舞い、そして落ちていった。
「今のはまさか……ッ!」
「次!!」
返す刀でビームサーベルを振り回し、横に居たもう一機のジムⅡの胴体も横薙ぎ一閃で攻撃。シールドを構えようが、真横から斬られれば防御のしようなどある筈がない。
確か外にいたジムⅡは三機の筈だが、最後の一機の姿はない。コロニーの外壁に穴をあける時に“壁”にした奴だが、どうやらそいつは追撃してこなかったようだ。
利口な奴だ。ティターンズでないから、追撃する理由もなし。
「それよりも今は……ッ!」
姿勢を整え、二機のハイザックを落とすべく加速を開始した。
ティターンズ、殺すべし。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
『データにないタイプのモビルスーツだ!』
「馬力はハイザックより上の様だが!」
ハイザックに乗ったカクリコン・カクーラー中尉は閉鎖されたコロニーの中でも気にせずザク・マシンガン改の銃口を黒い新型に向け、攻撃を開始した。
先に侵入してきたのは向こうであって、正当防衛の大義名分はこちらにある。
最も、そんなものなくても先制攻撃する腹積もりなのだが。
同僚のジェリド・メサ中尉も同じ意見の様で、こちらに合わせてビームライフルで援護を開始した。
本来スペースコロニーの中で銃火器、その中でもビーム兵器を用いた攻撃というのは御法度だった。外壁の向こうに大宇宙が広がるコロニーに万が一にも穴が空けば、そこから大量の人間が真空状態の外に投げ出される訳だし、何より空気はスペースノイドにとって水と同じく重要なものだ。スペースノイドは税金を払わないと呼吸をする空気を得る事すらできないのだから。
しかし、地球生まれ地球育ちで構成されたティターンズのメンバーであるカクリコンやジェリドがそれを気にする訳がないし、そもそも重要視すらしていなかった。
敵が来たから、倒す。
ティターンズとして果たすべき事を果たす事しか頭に無かったのだ。
「ビームサーベルで切り込む! 俺にライフルを当てるなよ!」
『そんなヘマするか!』
より一層弾幕を濃くしたジェリドのハイザックを背に、カクリコンはビームサーベルを引き抜き、一気に黒いモビルスーツの方へと飛び込む。
ハイザックはジオンのザクと連邦のジムの技術を融合させて開発されたモビルスーツだが、ジェネレーターの問題からビーム兵器を一つしか携帯出来ない。
しかしそれを加味しても高性能な事には変わりない。
「その図体が命取りだったな!」
左手にシールドを構えた状態で黒いモビルスーツの場所まで上昇し、右手に持ったビームサーベルを円を描くような大回りで横薙ぎに一閃。
相手は右手にビームサーベルを持っていたし、あの巨体では小回りは聞かないだろうと見たカクリコンの判断は正しかった。
しかし相手も中々の使い手だった。咄嗟にもう一本のビームサーベルを取り出し、左手でこれを制す。
「ぐっ! やるな……!」
『その声! 貴様カクリコンだな!?』
「接触回線!? あの黒いモビルスーツからか!」
『貴様だけは俺の手で殺す!』
「戦場に私情を持ち込むのか!」
『あぁそうだ! シーマ・フリートだのティターンズだの関係ない! 俺は俺の意志で貴様を殺す!』
カクリコンとしては身に覚えのない話だったが、相手は相当御立腹だったらしい。
左手のビームサーベルで鍔迫り合いをしながら、右手のビームサーベルを振りかぶって来る。が、遅い。どうやら図体がデカすぎるせいで一定の角度以上にビームサーベルを振ろうとすると本体ごと動かさないといけないようで、その隙がカクリコンの離脱を容易なものとした。
「へっ。見た目だけの木偶がよ……!」
この機を逃すまいとザク・マシンガン改を向け、銃身が焼け付く危険も顧みずに斉射するカクリコン。空になった薬莢が下の街で逃げ惑う民間人の頭上に降り注ぐのが視界の端に見える。が、当の本人はそれを気にする余裕がなかった。
「無傷だと!? なんて奴だ……ッ!」
最初は銃弾を受けて揺れているのかと思ったのだが、どうやら全てを“受け流していた”と悟ったのはマガジンが空になった後だった。
「チッ! ヤバいぞジェリド! 援護はどうした!?」
『ライフルは全部撃ち尽くしちまったよ! なんでアイツはあんなに元気なんだ!?』
「分ら……ぐわああぁあぁ!?」
コックピットに走る衝撃。黒いモビルスーツがその体重を活かした体当たりを仕掛けてきたのだ。
「こんなものでぇ……!?」
ハイザックの腰に増設したミサイルポッドのロック解除を試みるカクリコン。至近距離でミサイルなんて使用すればこちらも無傷では済まないだろうが、地面に叩きつけられて圧死するよりはマシだという判断だった。
「は……?」
しかし、彼はその決断の最中に見た不可思議な光景に目を奪われてしまう。
黒いモビルスーツの左手首部分の外装が上下に別れ展開したかと思った次の瞬間には手首を守る手甲へとその姿を変えていた。それだけにとどまらず、手甲は熱を帯びて赤く発光を始めたではないか!
「ヒート……ナックル!?」
咄嗟に武装の正体を看破したカクリコンが、それがなんになろうか。
次の瞬間には、高度に熱された鉄板がハイザックのコックピットに押し付けられていた。
「ミサイルを……操縦系統にトラブル!?」
モニターが示すのは、いずれもエラーメッセージばかり。
「あ……あうあ……」
カクリコンの額に滝の様な汗が流れ始める。焦燥感に駆られているというのもあるが、単純にじわじわとコックピット内の温度が上がっていたのだ。
そして遂に、鈍い音と共に全天モニターの正面部分が割れ、鉄を溶かしながら黒いモビルスーツのヒートナックルがカクリコンの目前へと迫る。
「ア……アメリアァァアァアアアアアアアアアア!?」
地球にいる自分の女の名前を叫びながら、カクリコン・カクーラーだった男は蒸発した。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
「カクリコン!? カクリコーンッ!!」
カクリコン・カクーラーが永遠の様に感じる時の中で自分の死を実感していた時、ジェリド・メサはその光景を外から一瞬で見せつけられていた。
「あの黒いモビルスーツ! よくも俺の戦友をッ!!」
空になったビームライフルを投げ捨てたジェリドが腰に差していたヒートホークを構え接近戦を試みる。が、黒いモビルスーツの方はカクリコンが乗るハイザックのコックピットを潰したことに満足したのか、上昇し、自身で空けたコロニーの外壁から宇宙へと姿を消した。
残ったハイザックは捨てられ、そのまま市街地への落下コースに入る。
「くそっ! カクリコンの亡骸が民間人を殺すなんて、そんな事させるかよぉ!!」
構えたヒートホークも投げ捨て、ジェリドは友が乗っていた筈のハイザックの落下地点へと急いだ。結果として間に合いましたのだが、市外への被害を考えれば、一息つく事も許されない状況だった。
「カクリコン……クソッ! お前の仇は必ず俺が取ってやるからな……!」
亡骸を前にそう誓うジェリド・メサだが、彼の心にはカクリコンの乗っていたハイザックと同じ様に、ぽっかりと穴が開いた様な虚無が残るだけだった。