『リーフ01、ミドリ・ウィンダム! セイバーフィッシュ発進します!!』
目の前で四機目のセイバーフィッシュが飛び出し、コロニーの向こうへと消えていく。
どうやらこの黒いホワイトベース……フォリコーンには六機のセイバーフィッシュが格納されていて、それを全機発艦させるつもりらしい。
一方の俺と言えば。
「……暇だ」
ガンダムのコックピットに押し戻され、格納庫の隅で機体と仲良く体育座りである。
ひどい。
あまりにも扱いがひどすぎる。
いや、今頃もう一人のガンダムパイロットであるアムロ・レイは地上で酷使されている事を思えば、これはまだマシな扱いだと言えなくもないが。
「俺の敵らしく、程よく抵抗して死んでくれるようなヌルい奴は出てきてくれないものだろうか。お前もそう思わないか? ん?」
あまりにも暇なので、両手で側面パネルを撫でながらガンダムに語り掛ける。
プロトタイプガンダムと言えば確か、完成はしたものの日の目を浴びる前にジオンの特務隊に撃破されたモビルスーツだ。
あのむせそうなカラーリングのザクが件の特務隊だったかは知る由もないが、とりあえずは“コイツ”の悲劇は回避できたことになる。
「……悲劇、か……」
機動戦士ガンダム。特に富野由悠季が携わった所謂“正史”は悲劇の連続だった。
ブリディッシュ作戦こと、最初のコロニー落とし。
ルウム戦役。
ミハルさんの話も悲しいし、“ここ”がアニメ版基準の世界なら、マチルダさんも救ってあげたい。
“無印”の前半だけで、これだ。
08小隊やポケ戦みたいなOVAシリーズにガンダム戦記なんかのゲーム媒体まで加えたら、それこそ膨大な数だろう。
「こんな所で燻ってる暇、あるのか……?」
否。
ない。
断じて、ないはずだ。
『こちらグレン01! 敵のムサイ級を発見!!』
『リーフ01からも確認! 艦載機の出撃も見受けられます!』
『フォリコーンの主砲射程圏内入るまで迂闊に前に出ないように伝えて!』
『はい! こちらフォリコーンよりグレン、リーフ各機へ! 本艦到着までけん制に徹されたし!』
また二回聞こえてるし。
『了解です!』
『ムサイにザクは残ってないんだ! オレが仕留める!』
『ちょっとヒータ!?』
『グレン01突出しています!?』
『艦長命令聞けないの!? ちょっと!!』
「ん? なんだ?」
何やらひと悶着あったご様子。
これを暇つぶしの好機と見た俺は、早速ブリッジへと通信を繋げた。
「ブリッジ。何があった?」
『えっと、ヒータ伍長が艦長の命令を無視して突撃してしまって……』
「さっき俺を怒鳴った女が勝手してるのか! 敵の数は?」
『報告ではムサイ級一隻にゴブルに酷似した戦闘機が四機です!』
ゴブルに酷似した機体……というのは、おそらくガトルの事だろう。
ザクは畏怖の念も込めて名が広まったのだろうが、戦闘機の正式名称まで連邦が把握できているとは到底思えない。
だが、セイバーフィッシュはモビルスーツに対して単機で挑むのは無謀にしても、それを除けばかなりの高性能機だったと筈だ。
「調子にでも乗らなければ、負ける事はまずないと思うが……」
『か、艦長! リーフ02より入電! モビルスーツです! ザクが一機、コロニーから出てきたと! グレン01、孤立!!』
『何ですって!?』
「コロニーからザク!? 仕留め損ねたのがいたのか!?」
コロニーで見たザクは三機。
三機とも仲良くビームライフルで貫いたはずだが……。
「……いや、最後の一体! アレは確か前の奴の下敷きになっていて、ちゃんと撃破できたか確認出来ていなかった!」
なんたる不覚。
なんたる不用心。
どうせ宇宙世紀世界に飛ばすなら、その辺もっと都合よくいくようにしてくれば良い様なものを!
「艦長! モビルスーツが相手ならモビルスーツだ!! 俺はガンダムで行く!!」
『テリーくん!? でも武器もなしで!』
『ザクから拝借したマシンガンが一丁ある! 大丈夫だ! ばら撒いて囮にでもなれば、その突出したバカを救う時間稼ぎにはなる!!』
『でも……』
『こちらリーフ01! あのザクが異様な執念を見せています! …五機で挑んで全く退かないなんてどうかしてるわ!』
「部下を犬死させる事もないだろう!」
『……分かりました。ガンダムの発艦を許可します!』
その台詞を待っていた!
俺はガンダムを立ち上がらせて、カタパルトへと向かわせた。
整備班が慌ただしく移動しながら準備するのを眺めていると、ハッチがゆっくりとひらいた。
……つーか、この艦の整備班、やけに女性が多い様な気がするのは気のせいか? さっきから男の声を全く聞かないのだが……。
『テリー・オグスター! 発進準備、整いました!』
『ガンダム! 行きまぁす!!』
ガンダムと言えば、やっぱりこれを言わないとな!
宇宙世紀世界であればこそ! ガノタの立つ瀬があると言うもの!!
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
一方その頃。
「クソッ!」
ヒータ・フォン・ジョエルン伍長が乗るセイバーフィッシュは、誰に聞かせるでもなく悪態を付いていた。
士官学校時代、卒業間際の模擬戦で準優勝を果たした彼女の腕前は戦場でも健在で、既に敵を二機撃墜ないし行動不能に追い込んでいた。
だが、そこで後方からのザクのアンブッシュ。
向こうの射撃は外れたものの、そこで彼女の勢いは削がれ、今は情けなく逃げ回るので精いっぱいだったのだ。態勢を立て直そうにも、ムサイからの対空射撃がそれを許してくれそうにもない。
火の如く果敢に攻める様は、その髪と瞳の色も相まって“烈火のヒータ”と将来を期待された彼女だが、今や風前の灯火と言っても過言ではなかった。
嗚呼、思えば昔も『お前は調子に乗るとすぐ前に出過ぎる』とミドリやテリーに散々撃墜されたっけか。卒業試験でなんとかテリーには勝ち越せたが、だからと言って自分の突撃癖が治った訳ではないじゃないか。
後方から飛んできたミサイルを避ける。
まだ、生きている。
だが、一人で逆転する手立てはなかった。
「テリー……! テリー・オグスター……!」
つい愛しの男の名を口に出した、その時だ。
『あ!? 何か言ったか!?』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
セイバーフィッシュから何か聞こえたが、今はそれどころじゃなかった。
まだ移動するのが精一杯の無重力空間での初戦闘だ。
「当たれ! 当たれぃ!!」
とりあえず無様に背中を見せていたザクにツノ付きから拝借したマシンガンの弾をお返ししてやる。
だが、集弾率が低いのか、中々当たらない。
「クソッ! ロックオンくらいしろよ!」
それをできない様にしたのがミノフスキー粒子なのだが、戦場にいるこっちとしてはたまったものではない。
なんとかインチキ出来んのか!
結局、マガジンが空になるまで撃ってもザクは動きを止めなかった。
相当に運の良い奴らしい。
「このっ……窓枠がぁぁぁぁっ!!」
ザクの攻撃をガンダリウム合金で弾きながら突撃。
グリップから銃身の方へと持ち替え、それでザクの頭部へとスイングする。
頭が吹き飛んだ。
ザク・マシンガンも見事にL字にひしゃげる。
そこでやっと、動きを止めてくれた。
だが、安心している暇はない。
「戦闘機の方は!?」
急いでモニターを確認。セイバーフィッシュは未だ健在。ガトルと楽しく鬼ごっこを続けている最中だった。
「なんだ、結構余裕ありそうだな」
『こちらリーフ01! ミドリ・ウィンダムです! テリーさん! 後は私達に任せて、撤退を「よし、彼女は任せた! ムサイ叩きは任せろ!!」
『ちょっと!?』
後方からやっとお出ましになられた五機のセイバーフィッシュとフォリコーンを尻目に、俺はムサイへと突撃した。
戦艦というだけあって、流石に弾幕が激しい。
特にメガ粒子砲に当たれば、いかにガンダムと言えど無事では済まないだろう。
だが、所詮モビルスーツとの連携前提の戦艦だ。
下部分であれば主砲は当たらない。そこから一気に前へ。
「ぶっつけ本番だ。やれるか!?」
ムサイを通り過ぎる直前に、宙返りの要領で急旋回。
バックパックからビームサーベルを引き抜く。
今度はザクの時の様なヘマはしない。
「一撃でしっかりと仕留めればぁ!!」
閃光。
爆発音。
俺がムサイのブリッジを脳天からブッ刺して沈黙させる事に成功したと言うのは、セイバーフィッシュ隊が掃討戦を行い、フォリコーンへ帰還した後に聞かされて初めて認識したのだった。