「ヒータ伍長!!」
ペガサス級強襲揚陸艦フォリコーンの格納庫の一角で、乾いた音が一つ響く。
「ッ…!」
「命令違反した上に皆を困らせて、全くアナタは士官学校時代から何も変わっていない!!」
「でも敵を三機は撃墜した!」
「テリーくんや他の飛行隊に迷惑を掛けてね!!」
「ま、まぁまぁ艦長。そんなに怒らなくても…」
「テリーくんは黙ってて!!」
「はい」
オドオドしながらも仲裁しようとする昔馴染みを一喝する。
こういう変に優しい所が昔から変わっていないのは良い事ではあろうが、それとこれとは話が別と言うものである。
「アナタのスタンドプレーでもし誰かが死んでいたらどうするの!?」
「オレはいつでも死ぬ覚悟があった!」
「そういう所が!!」
また一つ、乾いた響き。
「……」
「……」
「それはよくない」
静まり返った格納庫に、テリーの間抜けな声だけが響いた。
『艦長。コロニーへの入港準備整いました』
「…作業班各員はコロニー内へ。ホワイトベースが破壊し損ねた部品や、V作戦関係資料の紙片一つに至るまで回収してください。パイロットは艦内で待機。ヒータ伍長はルナツー帰還まで自室での謹慎を命じます」
「……了解ッ」
「早く動く! 見世物じゃないのよ!?」
マナの怒号が響き、傍観者に徹していたクルーが慌ただしく動き出す。
「はぁ……」
汗ばんで張り付いた髪を掻きむしりながら悪態を付くマナ。その目の前では。この艦の所属でない為に彼女に直接指揮権のない男が一人、間抜け面して立っていた。
「……テリー・オグスターくん」
「はいっ! 何でございますでしょうか艦長様!?」
急に名前を呼んでしまったからか、古い機械の様にぎこちない動きで敬礼をするテリー。
無理もない。
彼と一緒にいた士官学校時代ではこんなに無理して怒る様な所は見せた事がなかったのだから。
「20分後に私の部屋まで着て頂けますか?」
「りょ、了解であります!!」
その後マナがどうやって自室まで戻ったのかは、自分でもよく覚えてなかった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい。
絶対、ヤバい。
ロッカールームにパイロットスーツを押し込み、新品の制服を拝借した俺は悶々とした気持ちを抑える事も出来ずに艦長の部屋へと向かっていた。
初出撃で調子に乗っちゃった。
いくらガンダムが超強くてムサイとザクを一人で撃破出来たとしても「囮だけですからね」と言って突っ込んで暴れてしまっては、それはつまり命令違反である。
先に命令違反をしたヒータなる少女はどうなったか。
二度もぶたれておりました。
親父にもぶたれた事があるかどうかはさておき、俺は自室に呼び出されてしまった。
これはもう、馬乗りでボコボココースである。
絶対そうに違いない。
いやしかし、艦長のマナ・レナちゃんって実際に会うと思ったより背が低いし、その癖おっぱい大きいし、そんな金髪美女ちゃんに馬乗りでボコボコにされるのは実質ご褒美では?
いやでも、俺別にMじゃないしなぁ……。
そんな現実逃避も空しく空回り。気が付けば俺は、艦長室の目の前まで来てしまっていた。
「……」
時計では、丁度20分経過した頃。
あぁくそ! こうなりゃヤケだ!
女の子にぶたれるのが怖くてガンダムに乗れるか!
勇気を出せ!
今がその時だ!
「……失礼します。テリー・オグスター。ただいま……ッ!?」
部屋に入った俺は、言葉を失ってしまった。
「ぐすっ……ひぐっ……!」
そこに居たのは小さい身体からは想像もつかない威厳に満ち溢れた美少女艦長ではなく、抑えきれない衝動に身を震わせ、嗚咽を洩らす一人の女の子だった。
「ど、どうしたの……?」
「うっ……テリーくん……テリーくぅぅぅぅん……」
心配で声を掛けるや否と、マナ・レナは涙目で顔をしかめながら俺の懐へと飛び込んできた。
むにゅっ。
「おふっ」
丁度お腹辺りでとても柔らかい感触を味わってしまい、思わずテリー君のオーラマシンがハイパー化しかけた。
いかんいかん、危ない危ない…。
己を律するのだ。
今は泣いている彼女を介抱してあげるのがきっと最善かつ最良の答えな筈だ。
「あの、艦長……?」
「……ごめんなさい。テリーくん。……ぐすん。……私、やっぱり威厳ないのかなって……思って……」
「……威厳?」
頷くと、マナ・レナはちょっとずつ話をしてくれた。
曰く、新任で新造戦艦を任された重圧と、部下……特にヒータ・ナントカカントカが言う事を聞かないのは、偏に自分の能力不足から来るのではないか、と言うものであった。
「うーん……俺は艦長さん、頑張ってると思うけどなぁ」
「ありがとう…………ねぇ、テリーくん? いつまで“艦長さん”って呼ぶの? 士官学校時代の時みたいに名前を呼び捨てで良いんだよ?」
ごめん、覚えていない。
だが、ここでそれを話すのは話の腰を折りそうだったので、グッと堪える。
何とか話を合わせるのだ俺。
今の俺は、テリー・オグスターなのである。
「……いや、まっ…マナがさ、マジで艦長板についてたから、励まし半分、からかい半分って感じで……」
「そうなの? あの真面目なテリーくんが冗談言うなんて“先輩”の影響かな……?」
先輩?
誰の事だろう?
やはり“俺”の記憶を思い出した段階で“テリー・オグスター”としての人生の記憶をほとんど忘れてしまった損失は大きい。
お陰で話を合わせるのに一苦労である。
「ねぇ。テリーくんは“先輩”と同じサイド7警備担当になったんだったよね? どう? あの人、今も元気にしてる?」
そう言いながら、マナ・レナ……マナは、部屋の壁に立てかけてあった一枚の写真を指差した。
士官学校の卒業式の写真だろうか?
そこには涙目で卒業証明書を掲げるマナとテリーくん(※まだ俺ではない)と、もう一人、連邦の制服を着た青年が……おっと?
この顔、つい最近みた事ある様な……。
「あっ……さっき死んだ人」
「………え?」
あ。
ヤバい。
今、俺、確実に一番言ってはいけない様な台詞を吐いてしまった気がする。
「ウソ……だよね……? テリーくん……せんぱいが……そんな……」
やっと落ち着いた彼女が……否。先程とは比べ物にならない程に落ち込むマナ。
……仕方ない。きっといずれ伝わる事だ。
ここは正直に話そう。
「……本当だ。あの………えっと……せ、“先輩”は、俺の目の前で、ジオンのザクに……」
実際はガンダムの下敷きになったのだが、それを言うと彼女はガンダムにスーパーナパームを投げかねない。
俺の中の“何か”がそう囁いたので心の声に従って少し嘘をついた。
「……そう。ジオンが……そうですか……」
大粒の涙流しながら抱き着いてくると予想して構えたのだが、マナは意外にも冷静になっていた。
「戦争……ですものね。……そう、仕方がない……仕方が……うっ……うううっ……」
「マナ……」
「……好きだった! 先輩の事、愛していたのに!!」
必死に抑えていたであろう彼女の涙腺はついに完全に崩壊し、ボロボロと泣き出してしまうマナ。
「テリーくんに付き合ってもらって頑張ったのに! なんとかお話しできる勇気が出るまで支えてもらったのに! でも卒業で“先輩”とも、テリーくんとも離れ離れになっちゃって……私、急に一人になって不安で……だからテリーくんに会えたらまた“先輩”とも会えて、今度こそ、今度こそ想いを伝えようって、だからテリーくんに傍から勇気を貰おうってしてたのに! だけど……でも、もうダメで……会えなくて……想いを伝えられないなんて……辛いよ……悲しいよ……!!」
「……」
ただひたすらに、心の内を曝け出すマナ。
それに対して、俺は“テリー・オグスター”としてどう接すれば良いのか、さっぱり分からずにいた。
話によれば、“彼”はマナと士官学校の間ずっと一緒に行動する程の仲良しで、彼女の片思いの相手である“先輩”への恋が実る様に必死にサポートしたお人よしだったらしい。
テリー・オグスターは、そんな男だったのだろうか?
誰の願いでも素直にOKと言って付き合う、そんな性格をしていた?
……いや、違う。
「“僕”はそんなお人良しじゃない……!」
「テリーくん……?」
「僕は、マナ・レナの事がずっと好きだった。初めて会った頃から好きで、だから君が先輩の事が好きだって言った時も諦められなくて、手伝うって口実で、一緒にいるのを心の奥で楽しんでいたんだ」
「テリーくん……」
言葉が、自然と心の奥から湧き出てくる様だった。
「マナはずっと“先輩”の事ばかりで、僕の事を一度も男としてみてくれなかった。でも、それで良かったんだ。“友人”でも良い。君と一緒に笑えるなら、君が幸せだって笑顔でいてくれるなら、僕はこの想いを墓まで持っていくつもりだった……!」
体の芯が熱くなるのを感じる。
これはきっと“テリー・オグスター”の想いだ。
記憶を失っても消えなかった、彼女への情愛。
それが今、解き放たれているのだった。
“俺”には止められないし、止めたくなかった。
そんな“俺”の想いをよそに“僕”の言葉は続く。
「でも! 駄目だった! 僕は“先輩”に嫉妬した! 彼女が“先輩”の事を忘れたら、僕の事振り向いてくれるかななんて考えてしまった! だからきっと、“先輩”が死んだのは僕のせいなんだ! 僕が……僕がそんなこと思わなかったら……今頃……」
「テリーくん……そんな事はないよ。絶対ない」
俺もそう思うよテリーくん。
「……でもそっかぁー。テリーくん、私の事、好きだったのかー……」
テリー・オグスターの想いを聞いて何か吹っ切れたのか、少し晴れやかな顔を見せたマナ。
そんな彼女を前に、俺は今まで口にしていた言葉を思い返して頬を……。
「…………。」
ちょちょちょ、ちょっと待ってテリー・オグスター!?
今返す!? 今そこでパスするの俺に!?
止めてよ全部俺が言ったみたいで恥ずかしいじゃない!!
いや、今は俺がテリー・オグスターだから俺が言った様なものなんだけど!!
「……ちょっと、熱くなってきちゃった」
そう口にした彼女は、ゆっくりと制服のジッパーを下げて……。
「ちょちょちょぉっ! マナ!?」
「……テリー君も悪いんだよ? お互い本音を吐き出しまくったら頭の中こんがらがっちゃって、ちょっと、整理したいの」
「だからって、こんな方法……!」
艦長をしている時の凛々しい表情や、先程見せてた同級生としての気弱な顔とは違う、“大人の女性”の表情。
制服を脱いで下着姿になった彼女から漂う雌の匂いは強烈で、俺の中の雄が急に暴れ出す。
「私がテリーくんの事好きなのかは……今はちょっと分からない。でも、今はテリーくんに身を委ねたいの……ダメかな?」
「滅相もございません」
据え膳食わぬは男の恥とも言う。
俺はギュッと、マナを抱きしめた。
「俺、こういうの初めてなんだけど……」
「……知ってるよ。私もだし……」
我が世の、春が来た。