古来より、あらゆる兵法書で、合戦では兵力が大きい側が勝つとされ、一種の法則あるいは常道として語られてきた。十人の武者よりも百人の村人の方が強く、千人の男よりも一万人の女の方が強い。簡単な数の計算である。まともな将軍であるなら、雲霞のような軍勢に対して何の策も打たずに寡兵で挑む状況に追い込まれぬようあらゆる手を打つことに腐心する。古事記にもそう書いてある。
ようは「戦いは数だよ兄貴」である。当然、鎧を着ただけのたった一人の男より三人の亡者の方が強い。どうやら1個のリンゴと3個のリンゴ、どちらが嬉しいかわからぬ朴訥な男であったらしい。いつだって女の子は1個のリンゴを半分コすることを望んでいるの…。いや3個あった方がいっぱいリンゴ食べられるだろJK。そう思ったあなた、彼女いたことないですね?安心してください、私も童貞です。
さて、孫氏にはじまる兵法書が「数を集めてね。それ以外は知らん」みたいな内容であれば、さっさと土に埋められ唯一生き残った小難しい「戦争論」がビジネス書として広く知れ渡り、髪を短く刈り上げスーツをパツパツにした居丈高な男がクラウゼヴィッツ曰く~などと今頃自慢げに諳んじているだろう。
つまりだ。寡兵には寡兵なりの戦い方があるということだ。そう、ソウルシリーズおなじみのあれである。「釣り出し」というやつだ。詰まれば釣る。難所なら釣る。慎重になれば釣る。強くなっても釣る。釣って釣って釣りまくる。ノコノコ釣り出された者どもを、時には返り討ちにされながら、各個撃破。我々はそうやって城を、谷を、森を、村を、墓場を、巣を踏破してきたのだ。(順不同)
同じことをすればいいのだ!なんと単純明快な答えであろうか。奴らの索敵範囲は学習済みだ。あれらはおそらく一瞬でも視界に入れば即座に追ってくる。ソウルシリーズを制覇してきた俺の勘がそう言っている。しかしそれだけではまだ足りない。いくら楽観になろうとも俺は自分の死因を忘れてはしない。あんな思いはもうたくさんだ。なーに、時間はたっぷりある。じっくりと練習させてもらおうではないか。まずは起き上がるところからはじめるか……。
時間がどれほど経ったかわからないが、ローリングが安定してできるようになってきた。そう、ローリングである。お馴染みのあれだ。ソウルシリーズはローリングに始まりローリングで終わるのだ。練習が終われば次は実践である。当然あのクソッタレな三人組に会いに行く、わけではない。その前に、俺にはお誂え向きの相手がいるのだ。岩場にたった一人佇む亡者くん、よろしくね!
準備はいくらしてもし足りないが、もう充分だ。時来たれり。
俺は無事にプロポーズが成功し家路につく男のような軽やかな足取りで、道中ボッチ亡者をボロ雑巾にし、例の岩場まで歩き、素早く前後した。一歩進んで二歩下がる!しばらくすれば間抜けな亡者がのそのそやってくるだろう。俺は念のため剣を大上段に構え、奴を待った。視界に映ると同時に叩き切ってやる。剣を強く握り締めすぎたせいか、柄と小手が擦れる音が鳴る。手汗がじわりと滲む。最初に弓を射ってきたあのクソッタレが第一目標だ。タイマンなら負けねぇ。すぐには殺さねぇぞ。じわりじわりと甚振ってやる。
俺が粘ついた笑みを浮かべていると例の亡者三人組が岩場の影からコンニチハしてきた。
コンニチハ!