ここに記すは、切り取られた日常のひとこま。
夕暮れ、パタンと自室に入ってくるバゼット。もう真っ暗な部屋を、指先だけ動かして明るくする。
「……ふぅ」
慢性的な疲れからのため息を一つ。無機質な蛍光灯はますます疲れを増幅するようで、バゼットは耐えきれずにすぐさま電気を消してしまった。
真っ暗な部屋の中で机に向かい、机の上にある蝋燭の火を灯す。ぽぅ、と優しげな音が聞こえてくるような柔らかい光は、蛍光灯とは違いバゼットの疲れを癒してくれるようで。
思いおこせばバゼットの故郷は都会とはかけ離れた田舎町。電気よりも火の光の方が馴染み深いのは当然の事だった。
それはさておき、バゼットは蝋燭の隣に置いてある本を引き寄せてパラパラとめくる。それは、麻帆良に来てから気が向いた時に書いている日記帳。麻帆良に来てからそれほど時間を置いていないのと、そもそも日記を書く気になどあまりならない上に日記をつける性格でもないのだからその質と量は推して知るべし。
(なんで私は日記なんてつけているんだろう……?)
ふと疑問に思ってみるも、その回答は存外早くに出た。彼女の2人のサーヴァントがやけに余裕がない事をからからかってきた(バゼット主観)からだ。
(ふん、どうですかランサーにアヴェンチャー。私だって日記をつける余裕くらい出来ているのです!)
左手を見ながらニヤァと不気味に笑う男装の麗人が1人。しかも日記をつけている事実はともかく、その薄い内容を見られたら確実に馬鹿にされるであろう事に気がついていない辺りが更に滑稽である。
(しかし……思い起こせば色々な事がありましたね)
不気味な笑いをやめて、麻帆良にきてからの印象深い事に思いを馳せるバゼット。
まず最初はこの学園都市に初めて来た時の事。タカミチと殺し合い、2度も乙女の柔肌をさらさせた愚か者の性根を叩き直そうとしてタカミチに止められて――
・
アスナとネギが見えなくなってから更に少し待ち、タカミチはようやくバゼットを解放する。流石にここまで離されてはネギを追う気になれなかったのだろう。教師用の女子寮に案内するタカミチの後ろをぶつくさいいながらもしっかりとついていく。
「全く! あなたが止めなければネギ坊主の性根を叩き直せたものを!」
「だから君ね、まずは手加減を覚えなさい手加減を」
ネギ君を殺す気ですか。というタカミチのセリフは憤るバゼットの耳に入らない。
「そういえばネギ坊主の歓迎パーティーに招待されていましたね。そこで怒りの鉄拳をお見舞い致しましょう!」
「やめなさいって」
呆れたタカミチの言葉にようやくバゼットが反応する。
「なぜ止めるのですか、ミスタータカミチ! ネギ坊主は2度も乙女の柔肌を外気に晒させたのですよ? 同じ女として容認しがたい事です」
「気持ちは分からなくもないけどね。手加減の出来ない君が全力で殴って、ネギ君が死んじゃったら意味が性根を叩き直す意味がないでしょう?」
バゼットはその言葉に、ようやく自分の考えを改めた。
「確かに言われてみればその通りですね……」
その言葉に、ホッと一息つくタカミチ。
「だからこのことは僕に任せ―――」
「ならば加減しましょう。骨の10本や20本は覚悟して頂きましょうか、ネギ坊主!」
くっくっくっと邪悪に笑うバゼット。タカミチが一息ついた後には更に厳しい展開が待っていた。
「だからね、落ち着きなさいバゼット君。なんで君はそう物騒な方向に気が回るかなぁ?」
「子供のように物事の道理が分からないような者には犬猫の様に厳しいしつけが必要不可欠ですから」
さらりと爆弾発言をするバゼット。バゼットを教師の役職につけなくて良かったと思いつつも、タカミチはふと不安になった事を聞いてみる。
「さっきボクが言ったことを覚えてる? 殺したり後遺症が残ったりしないようにしてくれって」
「もちろん覚えてますよ。『生徒と一般人』にそれが適用されるのでしたね。ネギ坊主は『教師でこちら側』ですから」
「…………」
真面目な顔でそれがどうかしましたかと言わんばかりに首を傾げるバゼット。流石に絶句するタカミチ。なんというか、ありえない位に融通が効かない。
「……バゼット・フラガ・マクレミッツの監督者、タカミチ・T・高畑の名前において命じます。
敵以外を殺したり後遺症が残ったり大怪我、病気並びにそれに準ずる事を禁止します」
「ぐっ……了承しました」
つまり、バゼットは命令や契約といったものは愚直に守るのだ。そう判断したタカミチ試しにそう言ってみると、最苦の苦虫を噛み潰した表情でバゼットは了承した。
(この手なら容易にバゼット君を律する事が出来そうだな)
ホッと、もう一度一息つくタカミチ。
「しかしそうなるとアレは出来ませんね。出来るとしたらアレかアレ……。いや、アレは無しですね。ならばアレですか……いやいやアレも捨てがたい」
「…………」
歴史は繰り返すというか。タカミチが一息ついた後には、更に厳しい展開が待っていた。隣でぶつぶつと恐らく物騒であるだろう事を呟き続けるバゼットにタカミチは気を引き締め直さざるをえない。
「……あ、ついた」
そんな下らない事をしているうちにお目当ての建物についた。西洋風の佇まいを持つそれはこの辺りで珍しくもない。
「ここが教室ですか?」
間抜けな事を言うバゼット。目的地を言っていなかった事を思い出したタカミチはここの名称を口に出す。
「教師用の女子寮さ。バゼット君は教師ではないけど、警備員用の寮ってないからしばらくはここで暮らして貰う事になる。後、『こちら側』の人間ばかりじゃないから隠匿には細心の注意を払ってね」
そういうとタカミチはコツコツと足音をたてながら女子寮に入っていき、バゼットもその後に続く。
「ここがロビー。ここまでは男子の立ち入りが許可されているけど、ここから先は入れない。管理人さんに案内して貰って下さい」
入ってすぐの、かなり広めの空間でタカミチの説明が入る。そして入り口のすぐそばにある窓口に声をかけた。
「新規入居者です。名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ」
「はい、学園長より承っております」
窓口から落ち着いた女性の声が響き、窓口のそばにある扉がガチャリと音をたてて開いた。そこから出てきたのは初老の、落ち着いた雰囲気の女性。
「初めまして、ここの管理人をしてしております田口です」
「初めまして。今日からここのお世話になりますバゼット・フラガ・マクレミッツです。これからお世話になります」
礼儀正しいバゼットの挨拶に、管理人はクスクスと笑う。
「若いのに礼儀正しい方ですこと。
バゼットさんの部屋は416になります。4階の16号室ですね。合い鍵はこちらになります。後、マスターキーは管理室に保管してありますので、鍵を無くしてしまった場合などには声をかけて下さい」
そう言って管理人はバゼットに鍵を渡し、歩き始める。
「ボクはここで待っているから」
タカミチはロビーのソファーに座り、タバコを取り出して火を付けていた。
「では少し失礼します」
律儀にそう言って、バゼットは管理人さんの後についていく。2人は廊下を歩き、階段を上り、また廊下を歩く。目当ての部屋につくまで無言のままだった。
「ここよ」
やがて1つの部屋の前で立ち止まる。そのプレートには確かに416と彫り込まれてあった。
「415号室には誰もいないけど、417号室には葛葉さんと言う方が住んでるの。
少し気難しい方ですけど、とても良い方ですよ」
ニコニコと笑いながら注釈を加え、では私はここでと管理人さんは立ち去っていった。
それを確認してからバゼットは鍵を回し、錠を解く。
「ほう、これはなかなか……」
中に一歩入ったバゼットの第一声はそれだった。玄関は確かに狭いが、そもそもここにそんなたくさんの客人が訪れる事も無いだろうから問題はない。プライベートルームとダイニングもそれぞれ十分な大きさをとってあるし、小さいながら台所とベットルームのスペースも十分にある。バスとトイレも各部屋についており、その2つが1つの部屋にあるのだって西洋人であるバゼットに違和感はない。
家具もベット、タンス、4人がけのテーブルに椅子、食器と調理器具、おまけに冷蔵庫や電子レンジにエアコンといった電子機器。更にはプライベートルームには大きめの机まで備え付けてある。至れり尽くせりとはこの事だ。
「というか、この設備で元は取れているのでしょうか……?」
ぽつりと、バゼットが要らん心配まで口にしてしまうのは仕方がない事だろう。
とにもかくにも一応全ての部屋を見て回り、魔術的科学的監視装置や罠がない事を確認すると、右手の指に巻いたファンシーな絆創膏をはがして血を滲ませる。
「始動(レッツビギン)!」
そして口ずさむ力ある言葉。血で描いたルーン文字を起点にして部屋の周りを結界で囲む。
(簡易な防御結界なら張れるけど……意味がないな。とりあえず感知型の結界にしておきますか)
言うまでもなくバゼットは魔法使いではなく魔術師である。自らの本拠地には工房と呼ばれる魔術的拠点を置くのが道理。それは魔術師において命の次に、場合によっては命より大切な研究成果を保存する場所でもある。故に張る結界は来るものを拒み、出るものを逃がさない必要があるのだが、この短時間でそこまでの結界は出来ない。そこで入るものを感知する結界を張ることにした。幸い、今この部屋に盗まれて困るものもないし。
「―――、ぁ。とりあえずこれでよし」
部屋中が薄い膜で覆われたような感覚。それ自体にはなんの効果を持たないが、それが破れる事があれば修復する事は困難。だから何者かが侵入したらその事実はまるわかりだ。
「さて……少々時間を喰いすぎてしまいましたね」
(タカミチは待ち飽きてしまっているでしょうか?)
そう思いながらバゼットはドアノブの捻って部屋を出る。
「!」
その瞬間に違和感。自らの結界を出る時に感じ取れる違和感と、何者かの結界に踏み行ってしまった違和感。そしてバゼットの部屋から出た正面に、刀を携えた美女が柄に手をかけて待ちかまえていた。
「「何者だ?」」
バゼットの声と、美女の声が重なる。そしてお互いにじっくりと観察しあった。
長い髪、端正な顔、スレンダーな体つき。誰が見ても美女であると言えるだろうその美女のまなじりはきつくつり上がり、今にも刀を抜いて襲いかかってきそうな気配。年は恐らくバゼットよりやや上だろうが、いくら年がいってても30代の半ばといったところだ。若い女と熟年の女の境。
(腐りかけのバナナが一番食べごろといった感じですか)
天然でムチャクチャに失礼な事を考えながら、とりあえず事を進展させる為に自分の名前を言うことにしたバゼット。
「まずは自己紹介を。私の名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ」
「葛葉刀子」
親愛も何もないぶっきらぼうな言い方。少々頭に来るが、この位でいちいち腹をたてる訳にもいかない。こめかみに青筋を浮かべながらも次の言葉を投げかける。
「この結界はあなたが張ったものですか?」
「ええ、人払いの結界です。一般人の心配はしなくていいですよ。
それで、416号室の結界はあなたが?」
「その通りです」
「…………」
「…………」
会話が止まり、そしてしばらくの静寂。
「あなたは……何者ですか?」
刀子による先ほどと同じ問い。先ほどと同じ様にバゼットも返す。
「私はバゼット・フラガ・マクレミッツ」
「所属は? 麻帆良には何しにきた? なぜここに結界を張る?」
「所属は麻帆良学園の警備員。麻帆良には人探しと職探しの依頼にきた。ここに結界を張るのは私の安全を確保する為だ」
淀みなく答えるバゼットに刀子の機嫌が傾く。
「あなたの様な警備員の話など私は聞いていない」
「先ほど決まった話ですから、それとも私は信用出来ませんか?」
「信用、出来んな」
にべにもない返答。それに思わずため息をつくバゼット。
「ならばロビーに来て下さい。私の監視役であるミスタータカミチが待っていますから」
「高畑先生が?」
「ええ」
刀子は一瞬考え込む。
「分かりました。が、まだあなたを信用した訳ではありません。高畑先生に会うまでは後ろを取らせる訳にはいきません」
「その位の警戒は当然でしょう。ではミセス葛葉は後ろからどうぞ」
「…………私は一応、分類的には未婚だ」
「おや、これは失礼。ではミス葛葉、後ろからどうぞ」
敵意6割増になった刀子を後ろに従えて、2人は無言で歩き出す。
廊下を渡り、階段を下り、また廊下を歩く。ほどなくしてロビーにたどり着いた。
「ミスタータカミチ」
ソファーに寄りかかってこちらに背を向けているタカミチを見つけ、バゼットが声をかける。
「ずいぶんと時間を食ったみたいだね」
タカミチは備え付けの灰皿にタバコを押しつけ、苦笑いしたまま振り返る。
「……おや、葛葉先生。どうかしましたか?」
刀子を見てタカミチの苦笑いが怪訝な顔に変わった。そして刀子はタカミチの問いにすぐには答えず、小さく「オン」と呟く。そして辺りが結界に覆われたのを確認してから口を開いた。
「416号室に結界を張っていた不審人物です。麻帆良の警備員になり、監視役に高畑先生がついているというのは本当ですか?」
ためらいなく、全力の疑いをもって問いかける刀子。そして真面目な顔で頷くタカミチ。
「ああ、間違いない」
「私は聞いておりませんが」
「今日、ついさっき決まったばかりなんだ。今日明日中には回ると思う」
真摯なタカミチの対応。タカミチは操られていないようだし、まあだいたいタカミチを操るような相手ならば刀子1人で太刀打ちするのはまず無理だ。何せタカミチ1人でさえ勝てないのだから。
「……分かりました、とりあえず納得しておきます」
「ああ、済まないね」
タカミチの謝罪を聞きつつ、刀子はバゼットに向き直る。
「バゼットさん、失礼いたしました」
「いえ、お気になさらずに」
ペコリと頭を下げてから刀子は足早に寮の玄関を抜けて立ち去ってしまう。
「さて、だいぶ時間を喰ってしまったな。早めに行こうか」
「ええ、異存はありません」
タカミチに促されて2人も足早に寮を出る。そして寮から出てすぐにタカミチはバゼットに問いかけた。
「そういえば部屋の中に結界を張ったと言っていたけど、なんでだい?」
その唐突な問いを予期していたのか、バゼットはすぐに淀みなく答える。
「癖の様なものですね。
セルフガードは基本ですし、ここの人間も私のことを信じている訳ではないのでしょう。個人情報が漏れることは即、死に繋がりますから当然の備えです。
今は時間がなかったので侵入者感知の結界しか張れませんでしたが、近日中に来るものを拒み出るものを逃がさない結界に仕立てあげる予定です。
ですので、命が惜しいものは私の許可無く私の部屋に入らないように伝えて下さい」
あまりにも血なまぐさいその言葉に、タカミチはにっこりと笑って答えた。
「了解した、伝えておくよ」
この汚さから対極にあるような麻帆良において、何の違和感もなく今の言葉を受け入れる。間違いなくタカミチも一流で大物なのだ。
タカミチの1つの質問のみが会話であり、後はひたすら無言な2人は夕暮れの町をひたすらに歩き続ける。
街路樹の通路が終わり、校舎に入る。だんだんと騒がしい方向に移動しつつ、最後には明らかに騒がしさの原因になっているであろう教室の前にたどり着いた。
「失礼するよ」
カラカラカラ
軽い音をたてながらタカミチが扉を開ける。
「「「「「高畑せんせー、おっそ~い!!!」」」」」
とたんにタカミチが幾多の手に引っ張り込まれた。
「も~、高畑先生どこ行ってたんですか!」
「はっはっはっ、どうしても至急に済まさなければならない仕事が入っていてね」
「待ちくたびれていたんですよ~、約1名」
「ちょ、こら!か、柿崎! 何言ってるのよ!」
「んにゃ~、あたしは別にアスナだなんて言ってないわよ? いったいどうしてそんなに慌てているのかにゃ~?」
「ぶっ殺す!」
「いいんちょ~、アスナが殺すって」
「なっ……流石お猿さん! なんの脈絡もなくケンカを売ってくるとは……。買いましたわ、そのケンカ!」
「なっ、ちが!」
「勝負ですわっ! このオジコン!」
「黙れショタコン!」
「プロッ!?」
アスナの跳び回し蹴り。珍妙な声を口から、ヤバめな音を首から。それぞれ空気を震わせていいんちょが地面に倒れる。
「よよよよよよよくもやりましたねアスナさん!」
そして復活(リカバー)。
「おー、アスナの先制攻撃だ!」
「アスナに300円!」
「いいんちょに500円!」
タカミチが教室に入った事により、ケンカ勃発。全くもって訳のわからない因果関係がここに成立してしていた。
「すまないねバゼット君。良くも悪くもこういうクラスなんだよ」
そう言いながら入り口を振り返るタカミチの目に、バゼットの姿は映らなかった。
「そこですアスナ、左ロー! 1000円もかけているんですから負けたら承知しませんよ!」
振り返ればなんか2―Aに馴染みきっているバゼットの姿が。
「……右、右、フェイントでまた右! よっしゃ決まったぁ!」
「お~、お姉さん指示が的確アルね。と言うか、どうしてここにいるアルか?」
「ああ、今日からここの警備員の仕事につきました。で、ミスタータカミチのご相伴に預かった訳です。
アスナ、今は耐えるのです! 相手の打ち疲れを待つのです!」
違和感なく2―Aに溶け込むバゼットにどう反応していいのやら。とりあえずタカミチは置いてあったベンチに腰掛け、置いてあったウーロン茶をコップに注ぐ。
「お疲れ様です、高畑先生」
「遅かったね、タカミチ」
そして近くにいたしずなとネギがすぐに声をかけてきてくれた。
「やあ2人共、楽しんでいるかい?」
「ええ、それはもちろん」
「うん、楽しいよ!」
笑って答える2人。そして後ろから一際大きな歓声が。
「アスナが勝った~!」
「決め技は裏投げ!」
「というか、『アスナ・決め技裏投げ』を当てた桜子は神かっ!?」
相変わらず騒がしい2―A。その集団の中からバゼットがほくほく顔で現れた。
「いや、500円も儲けてきました」
「バゼット君、君は一応いい年した大人なんですから賭け事は自制して下さい」
2―Aの生徒達と同調している時点で、効果がない事は半ば分かっているが立場上言わざるを得ないタカミチの言葉が空しく空中に消える。バゼットはタカミチの隣に座り、オレンジジュースをコップに注ぐ。その目は危険な光を宿しつつネギを捉え――
「ネギ、ちょっと来なさい!」
ケンカの終わったアスナからお呼びがかかり、ネギはちょこちょこと歩き去って行った。
「ちっ、お仕置きしそこないましたか!」
「……バゼット君、あの件の事はネギ先生にはボクから注意しておくから君は手を出さないように」
「ぐっ……! りょ、了承しました」
なにやら黒い笑みを浮かべたバゼットにタカミチは思わず釘をさした。唸りながらも頷くバゼット。そしてそれが終わったら、とてとてとネギが戻ってきて、手をタカミチのおでこにピタッと当てる。そして目を閉じてみょんみょんと精神集中しながら一言。
「ところでタカミチ。アスナさんのことをどう思ってる?」
ズッ!
なんか向こうでアスナがスライディングをかましていた。
「ど、どうって。うーん……毎朝バイトがんばって…しっかりしてるし…。
明るくて元気ないい子だよな」
タカミチは額に添えられた手に冷や汗を掻きながらも答える。
そしてとてとてとアスナの元に戻るネギ。そしてズルゥとさっきよりすごいスライディング。そしてずぎゃーーーっ! と凄まじい表情を見せた。
「なんと言うか……見ていて飽きませんね、このクラス」
「愉快なクラスですから」
「見ている分には楽しいんですけどね」
それぞれしずなとタカミチの言葉が苦笑と共に渡される。
そうしているうちにまたとてとてとネギがやってきて、タカミチの額に手を当ててみょんみょんと精神集中を。
(と、いうか明らかに魔法を行使してますよね。それは)
それをバゼットは口には出さず、心の中に留めてオレンジジュースをすする。
質問を終えたネギは再びアスナの元に歩いていって……
ドゴシャ!
「あっ、アスナが壁を破壊しました」
「その位でいちいち驚いていたら麻帆良ではやっていけないよ」
「よくある事ですわ」
ちょっとビックリしたバゼットに、極めて冷静に返すタカミチとしずな。そして落ち込んだ表情のまま、アスナは教室を後にする。その後を追うネギと、更にネギを追う野次馬数名。
「…………」
「…………」
「…………」
しばらく待った後、まるで爆発したように廊下から叫び声が聞こえてきた。
「……これも普通の事ですか?」
「そうですわ」
「日常茶飯事だね」
冷静に飲み物を口に運ぶ2人。
「……そう、ですか」
考えることを放棄したバゼットも、静かに飲み物を口に運んだ。
・
あのネギ少年は結局タカミチに何をしたかったのか? そもそもあんなあからさまな奇行、というか魔法行使しても良かったのか?
疑問は尽きないが、まあタカミチが何も言わないなら大丈夫だろう。第一私の仕事じゃないし。
そう思考にケリをつけてから、日記の次のページに進む。これのページに書いてある事もネギの起こした騒動だった。
・
「あれは……?」
仕事の途中の見回りの時、少しだけ浴びた返り血を人目のつかない所で落とした時になんか妙な煙を見つけた。ついでに思いっきり馴染みのある妙な魔力も。
「またネギ少年ですか。……後々仕事が増えるのもイヤですね。少し様子をみます、か」
言ってる張本人こそが今現在、麻帆良において最も仕事を増やしている人間だと本人が気づいていないのがタチ悪い。一方で人並み以上に仕事をこなしているので実質プラスマイナス0なのだが、給料を貰って0じゃあダメだろう。
それはともかく、木陰でアルコールランプと三脚、そして魔法薬っぽい入れ物で明らかに魔法薬を煎じているネギがいた。
「……真っ昼間の町中で何をしているのですか」
呆れるバゼットに気づきもしないでネギは締めの詠唱に入る。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル
アゲ、ナスカートゥル、ポティオ、アモーリス!」
ボンッ!
そんなヤバげな音をたてて魔法薬が完成する。
「で……できた!
これを飲めば人間はおろかあらゆる異性にモテモテに……。
アスナさんきっと喜ぶぞ!!」
「ちょっと待ちなさい、なんですかその問題発言てんこもりな発言はっ!!!」
たまらずに突っ込みながら姿を現すバゼット。そんなバゼットにびっくりして固まるネギ。
「あっ、バゼットさん。どうかしました?」
突如として飛び出してきた男装の麗人に、冷静に対応する天才少年。
「あらゆる異性にモテモテという事は英霊にも効果が……イヤイヤそうではなくてなんでその年で違法な薬を……イヤイヤそうでもなくて!」
軽くパニックを起こしたバゼットだが、コホンと咳払いを一つして落ち着く。
「あのですね、そんな魔法薬だと一発でバレるような薬をアスナに渡してどうするのですか?
そんなに君はオコジョになりたいというのですか?」
論外な事をしているネギに対して真摯なバゼットの言葉。
「あっ、大丈夫です。アスナさんには僕が魔法使いだってもうバレてますから」
返ってきたのは更に論外な言葉だった。
「……すいません、ネギ先生。今なんとおっしゃいました?」
「あっ! ししししまった! これ言っちゃダメだったんだ!」
あわあわとパニくるネギ、呆然とするバゼット。
「えっと、つまりネギ先生はオコジョ確定と?」
バゼットの言葉にネギはピタリと止まる。
「ババババゼットさん! どうかお願いですからこのことは黙っていて下さい!
でないと僕オコジョに!」
「監査員に黙ってても何もないでしょう……」
心底呆れたバゼットの言葉に、ネギはズーンと落ち込んでしまう。
「お姉ちゃん、士郎さん、アーニャ。ごめんなさい。僕、オコジョになって強制送還です」
その言葉にバゼットの目が見開かれる。
「ネギ先生、今あなたは『士郎』とそう言いましたか?」
「ああ、こんなんじゃ父さんを探すことなんかできやしない。僕これからどうしよう……」
落ち込み続けるネギ。それに苛立った口調で叱りつけるバゼット。
「しっかりとしなさい、ネギ先生! 私の質問に答えられたら魔法をバラした事は黙っててあげますから」
「ほんとですかっ!」
一転、ネギは驚きと喜びを浮かべてバゼットの顔を見る。
「ええ、2言はありません」
その言葉にネギの顔は喜び一色になる。
「良かったぁ~!
それで、聞きたい事ってなんですか?」
「ええ、あなたが口にした士郎という名前の男の事です。彼について何か知っていたら教えていただきたい」
「士郎さんについて、ですか……?」
ネギにしてみれば急に出てきた名前であり、その不自然さに首を傾げるネギ。それを差し置いて真顔でせかすバゼット。
「ええ。実は私は衛宮士郎という人物を探しておりまして、麻帆良に来たのも彼の行方を探す協力者を得るためなのです。
ネギ先生の言う『士郎』が私の探す『衛宮士郎』かは分かりませんが、ぜひ教えていただきたい」
真剣な顔のバゼットの心を許したのか、ネギも真剣な顔になってバゼットに向かい合う。
「ええ、僕に分かる事でしたら。
僕の知っている士郎さんはあまり身長の高くない方で、赤毛です。見た事も無い魔法を使い、士郎さんはそれを魔術とよんでいました」
「間違いありませんね、私の探していた衛宮士郎です」
その僅かな十分すぎる情報で、その『士郎』がバゼットの探していた衛宮士郎だと確信する。そして続けて問いかけるバゼット。
「それで、今彼はどこに?」
「それは……分かりません。1年ほど一緒に住んでいた事はあったのですが、もう5年以上あっていないんです。
今日本にいるらしい事、僕の故郷の校長先生が身元保証人で校長先生だけが士郎さんと連絡を取れる事、連絡が取れ次第士郎さんが僕に会いに来てくれる事です」
「と、いう事は麻帆良に居続ければそのうち衛宮士郎に会えるという事ですね」
ふむ、と考え込むバゼット。それに控え目な声をかけるネギ。
「あ、あの。もう聞く事はありませんか?」
「あっ、ああ。失礼しました。もういいですよ、ありがとうございます、ネギ先生」
「じゃあ……」
「ええ、アスナに魔法がばれた事は黙っておきます」
その言葉にネギの顔がパァァと明るくなる。
「うわぁぁぁ、ありがとうございます!」
嬉しそうな顔をして走り去るネギ。残されたバゼットはしばらく1人で考え続けた。
(……5年会っていなくて1年一緒に住んでいたのなら、少なくとも6年以上は過去に墜ちた(・・・・・・)時間差があると言う事ですか。
確かランサーは―――)
必死になってあの時の状況を思い出すバゼット。
(―――士郎よりずっと後に墜ちたはず。なら!)
自分が知らないうちに顔がにやけるバゼット。
もしかしたらランサーは未来に墜ちたのでは無いか、もう二度とランサーと会えないのでは無いか。
その想像に本当はすごく不安だったバゼット。けれど今、確実にランサーは過去に墜ちた事が確信できた。そしてあのランサーが死ぬ事など、バゼットには想像出来ない。
「なるほど。確かに私達は運がよかったようですね、ランサー」
そう呟いた時、
何をやっとるかー!!
どこからともなく、きっと麻帆良女子中学校舎から響いてくる声。
「………………………………」
(やっぱり騒ぎになりましたね)
口には出さず、心にとめて。やっぱり惚れ薬くらいは没収しておくべきだったかな~と思うバゼットだった。
・
「……まあ、失敗は成功の素と言いますしね」
失敗を思い出してそう締めくくる。あの失敗を心からそれで締められるバゼットも、今更ながら大物と言えるだろう。
そしてまた次のページ。この騒動の中心は、ネギ。だから、バゼットがこう呟くのはある意味仕方がないと言えるだろう。
「また彼ですか……懲りませんね、ネギ少年も」
・
「極楽極楽、というやつでしょうか」
かぽ~んと音をたてながらバゼットが浸かっているのは女子中学寮の名物温泉の『涼風』。ジャグジーや低温湯まであるスーパー銭湯真っ青の大浴場だ。
ちなみにバゼットの住んでいる女子教師寮にもこれに劣らない大浴場があるのだが、あいにく今はメンテナンス中。ほとんどの人間は自室にある風呂で済ませているのだが、急にバゼットの入居が決まった事もあって彼女の部屋の風呂だけおまけでメンテナンス中。
一日位風呂なんて入らなくて入らなくていいというバゼットを、刀子がここに叩き込んだのだ。
「いやしかし……なかなか立派な浴場です。学生には少々贅沢すぎる気がしないでもありませんが、そこは私の気にするところでもありませんしね」
そしてそのまましばらくゆっくりと温まり、やがて体を洗うために湯船を出て洗面台の前まで歩く。
「ふぅ……」
ため息を響かせてバゼットは体を洗い始める。手拭いを安い石鹸で泡立てて体をゴシゴシと、垢を擦り落としていく。
「えーーーいっ」
「わーーーん」
ゆったりと体を洗っていたら、いきなり浴場の扉が開いて1人の少年が空を飛んできた。その後ろからドカドカと少女が入ってくる。その両方に見覚えのあるバゼット。
「と、言うか。しっかりと掛け湯をして入るように」
ポツリとこぼされたバゼットの声は2人に届かない。ちなみに浴場が広すぎるせいか、静かに体を洗っているバゼットの存在自体に2人共気がついていないようだった。
「さーて、きちゃない仔犬ちゃんを洗ってやろうかしら」
微妙に邪悪な笑みを浮かべながらアスナが石鹸をもてあそぶ。そして逃げようとするネギを捕まえて洗面台へ。正反対のところでの作業の為に、体中についた泡を落としているバゼットには気がつかない。
「…………」
泡をしっかりと落としてから静かに湯に浸かるバゼット。浴場には3人しかいない事も手伝って会話はまる聞こえだ。
「はい……数えで10歳」
「数えで10歳…? って9歳っ!! ますますガキじゃないのよーっ!!」
「あいたたたたーーっ!」
「私から見ればあなたも十二分にガキです、アスナ」
小声でツッコミを入れるも、やはり声は届かない。
「まったく、私は明日も新聞配達あるんだからおとなしく洗わせなさいよ」
「はい……え? ああ、バイト…新聞を配る仕事ですか…。
……なんで中学生なのにそんな大変そうな仕事をしているんですか?」
大変だー、と言いながら聞くネギ。それにあっけらかんと重い事実を話すアスナ。
「うん、私両親いないからね。学費自分でかせいでるのよ」
よしっと。そう言いながら頭を洗い終え、桶にお湯を入れるアスナ。
「え? 今なんて……」
「だから親いないんだってば。
でさ、小さい頃からこのかのおじいちゃん、つまり学園長のお世話になっていたんだけど……
いつまでも迷惑はかけてらんないじゃん? ま、少しずつでも働いて返そうって思ってさ。学園長はいいって言ってくれるんだけどね……」
ザバッーと頭からお湯をかけるアスナ。そこでぷるぷると震えているネギに気付いた。
「―――ん? うおっ!?」
覗き込んだら、号泣しているネギが。
「なっ…何泣いてるのよ」
「だってだって、アスナさんのよーな暴力的で無法者な人が実はそんな苦学生だったなんて」
涙声で話すネギに、
「親がいない子など珍しくもありませんよ。甘いですね、ネギ」
ネギの過去についてはさわりしか聞いていないのでそんな感想しか持てないバゼット。
そしてまた一騒ぎ。そうこうしているうちに脱衣場からザワザワと声がする。
「か、かくれるのよ!」
「うぷっ」
「…………」
慌ててネギを湯船に押し付けるアスナを尻目に無言で湯船に浸かり続けるバゼット。そして最初に5人が、続けざまに何人もの生徒が浴場に入ってくる。それぞれがそれぞれの思うままに話し合う会話は浴場独特の反響により普通には聞こえなくなっていく。もちろんバゼットクラスにならば、本気を出せば聞こえないレベルではない。
「そんな下らない事に神経使いませんけどね」
もちろん女子中学生の無駄話にいちいち耳を傾けるバゼットでもないが。静かに湯船からあがり、脱衣場に戻っていく。
「ムッ……?」
「…………」
「……ニンニン」
「…………」
浴場で騒いでいた、いやむしろ蚊帳の外で見守っていた何人かはバゼットに気がついたようだったが、その人物も特に何をする訳もなくバゼットを見送る。
そうして無人の脱衣場に戻ったバゼットは体の水気を完全にぬぐい去りショーツを手にするまで、その20秒の間に変に慣れ親しんでしまった魔力の奔流に眉をひそめた。
「またあのネギ坊主は……」
バーン
何かがはじける音と大歓声。その間にネクタイまで締め終わったバゼットは悠々と脱衣場を立ち去っていった。
「彼女たちも本当に元気ですね」
そんな苦笑いのような、見守るものの様な笑みを浮かべたまま。
ちなみにこの帰り道に不良の軍団を見つけたバゼットはそれなりの返り血を浴び、刀子にしこたま怒られたのは別の話である。
・
「いつも騒がしくて飽きがきませんね、彼女らは」
クスクスと笑いつつ次のページへ。
「……またか」
そしてついついそう言葉が漏れてしまった。
言うまでもなく、それはネギに関する日記で。
・
「で、私たちはどこに向かっているのですか、タカミチ?」
「なに、ただ単に中学校舎内の見回りだよ。肩肘を張らなくていいさ」
時刻は夕方。お目付け役であるタカミチにつれられて、街路樹が生い茂る道を歩くバゼット。行き先はタカミチの言った通りに女子中学校舎であるようだ。
そして放課後の女子中学校舎についたら、まだ残っている生徒がいないかどうか、残っているのならどんな目的で何時までいるのかを問いただしていく。
そしてやがて2―Aの教室に辿り着いた。そこで補習をしているアスナとネギ。
そんな彼等に親愛の笑みを浮かべて話し掛けるタカミチ。
「おっ、やっぱり例によってアスナ君か―――。
あんまりネギ先生を困らせちゃダメだぞー、アスナ君」
「たっ…」
一瞬絶句するアスナ。
「た、高畑先生……?
いえっ、あの……これは…」
わたわたとパニクるアスナだが、タカミチとバゼットはそんな事を気にも止めずに歩き去ってしまう。
「じゃあがんばってね二人とも」
「余計なお世話かも知れませんが、勉学は大切ですよ、アスナ。しっかりと励みなさい」
そんな捨てセリフをバゼットも残して2人は立ち去ってしまう。
「と、いうかいいのですか、タカミチ。彼等に何時までいるのか訊ねなくて」
「構わないさ、だってネギ先生と一緒だからね」
そう笑顔で言うタカミチ。そしてその会話の直後に慣れるのがイヤになる魔力の奔流。
「うわああ―――ん」
「待って、アスナさん!」
すごい聞き覚えのある声。
「…………」
「…………」
「あの、本当にいいのですか?」
「だ、大丈夫だと思うよ?」
「何故に疑問系ですか」
魔法の事がもうばれているのだから大丈夫もクソも無いのだが、約束によりそ知らぬ風を装うバゼット。
その目映ったタカミチの冷や汗が印象的だった、放課後の見周りの話であった。
・
「……なんか、私の日記じゃなくてネギ先生の観察日記になってませんか、コレ?」
答えのでない自問自答をしながら最後のページをめくる。
「………………………………」
そして絶句、最後のページまでネギに関する事柄だったのだから。
・
「やれやれ……」
バゼット、本日の見回りは女子エリア中心。たまに盗撮者が紛れ込むのでそれを排除するのが主な仕事である。しかも盗撮者もどっかのクラブ活動に所属している猛者ばかりなので、無駄にハイスペックな技量をいかして魔法先生や魔法生徒の警戒網を突破しているのだから侮れない。しまいには所属女子学生まで参加する始末だ。
だが、バゼットにはそんな仕事など退屈な仕事に他ならない。今では盗撮者に『狙い時』に指名されるほどの気の抜きようだった。が、
「おや?」
この日ばかりは少々勝手が違った。バゼットの耳に届いたのは女学生が醜く罵りあう声。ふとそちらの方に目を向けてみると、アスナを筆頭とした2―Aの生徒と、体格から見てどこかの高校生だと容易に想像がつく一団がケンカをしていた。
そしてそこにネギが乱入し、ギャーギャー場を引っ掻き回したあげくに更に険悪な雰囲気になる。
「仕方ありませんね」
ニコリと顔を綻ばせて、バゼットは足下からいくつかの小石を拾う。
「このままではネギ坊主がまた魔力を暴走させる結果になりかねませんし」
彼女を良く知るものがいたならその言葉と真意が別の所にある、きっとただ単にちょっぴり暴れたいだけな事に気づくであろう。
「―――一魂入投!」
ドゴン!
鈍い音が辺りに響きわたる。バゼットの投げた小石が2つの陣営のド真ん中に突き刺さり、その周囲につぶてをまき散らす。そしてその破片は少々少女達の肌に傷を残した。
(うむ、殆ど怪我をさせなかった上に気勢を殺いだ。パーフェクトですねっ!)
……んなわけがない。
乙女の肌をさらけ出させるネギの根性を叩き直すだの言っておいて乙女の肌を傷つけるのはいいのか、そもそも公共物をしっかり破損してる。
そんなツッコミを入れる人物もなく、バゼットは悠々とあっけに取られている一団に向かって歩きだしていた。
「ちょっ……バゼットさん! これどうするつもりですかっ!」
バゼットの行為にやや耐性のあるアスナが近づいてくる男装の麗人に苦情を入れる。そしてそんなアスナをキョトンと見るバゼットは更に首を傾げる。
「どうか致しましたか、アスナ。ちゃんと手加減もしてますし、問題はないでしょう?」
「これで手加減っ!? 有り得ないでしょ?」
更にヒートアップするアスナに、バゼットは足下の小石を拾う。その行為に周り全体が、特にアスナがギクリと身を身をすくませる。しかしバゼットをそんな周囲の反応に構わず振りかぶり、
「―――ちなみに全力だとこうなります」
真下にそれを叩きつけた。
「ひっ!」
思わず顔を守る周囲の生徒達。そしてズボッっと有り得ない音をたててその石はまるで地面が沼であるかのように地面に潜り込んだ。
「真に集中したパワーとは周りに余計な被害を与えないものですよ。
これでもまだ納得出来ないなら―――戦(や)りますか、アスナ?」
「ちょっ……話が繋がってないからっ!」
なにか突拍子もない展開に慌てるアスナだが―――
「男装の麗人に1000円!」
「大穴でアスナに500円!」
「堅実にアスナ死亡に300円!」
「こらまてー! 堅実に私が死ぬってどういう事よっ!」
「どうもこうも……明らかに可能性が一番高そうですよ?」
「冷静に批評するなっ! んなことしている暇があるなら助けてっ!」
賭が大盛り上がりに盛り上がるその空間。その中で聞き逃せない一言を拾うも、ハカセに冷静に返される始末だ。
「さあ……覚悟は良いですか? アスナ?」
「良いわけないでしょー!」
目が据わり、戦闘モードに移行した殺人兵器(マーダーウェポン)、バゼットに涙目で抗議するアスナ。そしてそれを当然のように無視する周囲の盛り上がり。
そして―――
「ストップ!」
ギリギリでタカミチが2人の間に割り込んできた。そしてバゼットの目を見据える
「た、高畑先生ぃ~~~。助かったぁ」
へなへなと座りこんでしまうアスナと、微妙にふくれっつらなバゼット。2人とも少し可愛いかもしれない。ただ、その本質は2人ともシャレにならないが。
「何故止めるのですか、ミスタータカミチ」
「何故も何も。普通に死ぬでしょ、アスナ君が」
冷や汗を掻くタカミチに対してどこを吹く風のバゼット。
「みくびらないでいただきたい。これでも寸止め位はできます!」
「寸止めでもダメージが大きすぎるでしょう!
いいからここはボクに任せて下がってください、バゼット女史!」
「でも……」
「いいから! これは監督者からの命令です!」
その言葉にしぶしぶと従うバゼット。
そしてその後。バゼットの株が2―Aの中で急上昇したり、アスナがタカミチにますます惚れたり、あの高校生達と2―Aがまた騒ぎになったと知ったバゼットが自分に任してくれればとグチを言ったり。
まあ、要するにおおむね平和な一日だったと言えるだろうが。
・
「ふぅ……」
麻帆良に来てからのダイジェスト。それを思い返したバゼットはかなり疲れ気味にため息をついた。
(さて、寝ますか)
蝋燭の火をつけたままにして、うんっ。と大きく背伸びをする男装の麗人。そして―――
ピピピピピピピピ
バイブレイションと共に耳障りな機械音が響いた。その音源はバゼットのポケットから。
バゼットは顔をしかめてポケットから携帯電話をとりだし、発信者を確認してからボタンを押す。
「なんですか、学園長?」
『おお、バゼット君か?』
「私の電話に私以外が出る事はまずないでしょう。で、用件は?」
寝ようと思った矢先の電話にバゼットの機嫌はかなり斜めのようだ。そしてそれを意に介さずにフォフォフォと面白い笑い声をあげながら返事をする学園長。
『実はの、ワシの孫を含めた数人が図書館島に潜り込もうとしているようなんじゃ』
「で、それが?」
『彼女等の中に手練れは何人かいるのじゃが。ホラあそこは君の知っての通り、アレじゃろ?』
「知りません。アレとは?」
あからさまに冷たいバゼットの言葉。そしてやっぱり全く意に介していない学園長。
『盗難防止用の、殺傷力の高い罠がてんこ盛りなのじゃよ。まあ実際は一般人をあまり奥まで入れさせない為の罠なんじゃがのう。
で、大丈夫だとは思うのじゃが、せっかく君も手が空いているようじゃし、ワシの差し金と気付かれずに彼女等の護衛をしてくれんかの?』
「断ります。電話をかける程暇なのならあなたが影から護衛すればいいでしょう」
『…………』
「…………」
仮にも、相手が自分の上司だとは思えないバゼットの言い草に、しばし沈黙が降りる。
『……仕方無いの、ワシが行くとするか。しかし残念じゃのー、ここで君が引き受けてくれたら給料を元に戻してもいいと思ったんじゃが……』
「任せてください、全力で任務に臨みます!」
学園長の返事を聞かずに通話を切るバゼット。
そしてそのままの足で4階の窓から飛び降り、魔力も気も使わずに無傷で着地。
そしてその後、図書館島に向かって全力で走り去る男装の麗人の姿があったとかなかったとか。