そこは、表と裏の入り混じるところ。表を拒絶する知識の城。
走る走る走る。全力で走り、図書館島前を目指す男装の麗人。
そして図書館島に着き、たった一つの橋の前で腕を組んで仁王立つ。
(さて…準備は万端ですね!)
変に登場シーンに凝ったバカが一名、その名はバゼット・フラガ・マクレミッツ。そしてそんな彼女を陰から見張る男が1人。彼の名前はタカミチ・T・高畑。麻帆良においてのナンバー2、学園長の右腕でもあるその人だった。
(さて。どう動くかな、バゼット女史)
なぜ彼がここにいるのか、それは数十分前の学園長室まで遡る。
・
「ふぉふぉふぉ、突然集合をかけて済まんのう」
「いえ、それは構わないのですが……何があったのですか?」
突然学園長に集合をかけられたのは5名。学園長の右腕であるタカミチ、神鳴流の剣士で東洋魔法にも精通している刀子、西洋魔法使いでありヒゲグラ先生の愛称で親しまれている神多羅木(かたらぎ)、銃とナイフの使い手であるガンドルフィーニ、そしてまだ半人前でありながらも何か光るモノがある瀬流彦。
実戦派であるこの4人+1人がいきなり集合をかけられたのだ。緊張するのは仕方がないと言えるだろう。そんな5人に対して、何時もの通りに緊張感のかけらもない態度で学園長が話始める。
「ふむ、実はの。先ほど刹那君の報告でこのかを含む数名が今夜図書館島に忍び込むという計画があがったようなのじゃよ」
「「「「「………………………………」」」」」
集合をかけられた5人は黙って聞き入る。ここで急かして話の腰を折っても仕方がない。
「それでの、潜入メンバーの中にこのかだけでなくネギ君もアスナ君も入ったようなのじゃ。もしもスパイがいたらこの機会を逃すはずがない。そう思わんかの?」
その全ての意味を正しく理解したのはタカミチだけだった。
図書館島のお宝に加えて魔法無力化の能力を持つアスナ、サウザンドマスターの息子ネギ、そしてサウザンドマスターを上回る潜在能力を秘めたこのか。
もしもこれらの情報を全て手に入れている者がいたら、例え罠だとしてもこの機会を逃すはずがない。麻帆良における、言い方は最悪だがお宝を一網打尽に出来るチャンスなのだから。
「……つまり、僕たちはその5人の護衛ですか?」
瀬流彦がそう問いかける。
「まあ間違えではないのう。だが、ただの護衛ではない。釣りじゃ」
自分の孫をエサにするという、とんでもない事を言いながら学園長は表情を揺らがさない。
「今回の結果しだいで、最低限の信用をバゼット君におこうと思う。だが、万が一の時にエサを取られてもつまらんし、6人で全力を持って護衛する。気を抜かんで欲しい!」
僅かに威圧感のあるその言葉に、全員の気が通常以上に引き締まる。その原因となる言葉は『6人』。つまり、この釣りには学園長も参加するという事だ。滅多に出ないトップが表に出るという事はそれだけで士気が違う。
「作戦はこうじゃ。
既に図書館島のアチコチにワシの使い魔を送っておる。そこから得たあらゆる情報を君たちに送るから、君たちはバゼット君に見つからない事に全力を注いでくれたまえ。そして不審な行動を見せたとき、確実に動けるようにしてくれ」
「しかし学園長、彼女は手練れです。いざ事に及ばれた時、5秒以内に現場にかけつける位置にいるのは無理ですが……」
バゼットと相対した事のある刀子が反論をする。バゼットの実力を考えたときに、5秒どころか1秒でも彼女を生徒の側においておく訳にはいかない。が、その程度の事に気がつかない学園長ではない。
「それは大丈夫じゃ。図書館島内の結界をバゼット君に集中すれば1秒は稼げるじゃろ。その隙にタカミチ君がバゼット君に攻撃を仕掛けてくれ、時間稼ぎ目的でな。
その間に残りの4人で生徒の安全を確保、ガンドルフィーニ君は生徒達を学園長室まで案内してくれたまえ。瀬流彦君はその補佐」
「はっ!」
「は、はいっ!」
ガンドルフィーニと瀬流彦は元気良く返事をする。
「生徒の確保が終わったら刀子君と神多羅木君はタカミチ君の補佐。だが、バゼット君は半端では無い。くれぐれも命を大事にして補佐に留めてくれたまえ」
「了解しました」
「…………」
冷静に答える刀子と、ただ頷くだけの神多羅木。そして4人に適切な指示を与えた学園長はタカミチのみに向き直る。その瞬間、タカミチと学園長以外の4人は、体温が一気に下がる様な錯覚を覚えた。そして突き付けられる事実。この2人とは、格が違う。
「さて、タカミチ君や。もしバゼット君と戦う状況になった時、要になるのは君じゃ。以前の戦いの時には5分5分と見たが、何か対策はあるのかの?」
4人にそこまでの感覚を与えておきながら、尚普段と変わらない調子の学園長。そしてもタカミチと変わらない様な、まるで世間話をしている様な気安さで言葉を返す。
「そう…ですね。彼女の肉弾戦の強さはこの前把握しました。咸卦法を使えれば(・・・・)ボクの勝ちは揺らがないでしょう。が――」
「ほぅ……、使えればとはどういう意味じゃな?」
スッと学園長の目が細まる。タカミチの方も真剣な表情でそれに答えた。
「この前の戦いの時の岩。彼女はアレを宝具・フラガラックと言いました」
宝具の真名を知られる、それは戦いにおいて致命と言ってもいいだろう。
「そして文献を調べたところ、フラガラックとはケルト神話における光の主神・ルーの持つ、遠距離からでも自動で抜き放たれ敵を切り裂く短剣です。
しかしもちろんアレは形状からいって短剣ではありません。という事は『フラガラック』と名乗るに相応しい能力があると自負しているという事でしょう。そして彼女は結果的にボクの切り札は使用できないと言いました。
つまり、フラガラックの効果は絶対封印。あの岩は圧倒的間合いの外から攻撃出来る短剣にちなんで、能力を完全に封じ込めるものと類推できます。
切り札を発動しようとした瞬間、発動出来ないパニック。その一瞬の隙を見逃さずに体術で仕留めるのがおそらく彼女の必勝法でしょう」
が、それはそれで構わないとバゼットは判断し、それは決して間違えでは無かった。
神代の武具がそのまま残っているなどどの世界でもちょっと考えられるものではない上に、それに見せたのは変形前の、まだ岩の状態に過ぎない。それが彼の短剣と同じ物だと誰が想像できようか。
更に伝説上の特性など、考えればキリが無い程ある。なぜなら伝説に示されるのは結果や起源であり、効果ではないからだ。
現にタカミチはフラガラックの事を完全に誤解している。類推と言っている以上断定はしていないが、フラガラックの効果をあまりに甘く見すぎている。咸卦法を使えば訪れるのが死だと、全く気がついていない。完全にバゼットの手のひらの上で踊っているタカミチ。
最も、たったあれだけの情報からここまでの想像が出来たのは驚嘆に値するだろうが。
「なるほど。それで、対策はたっとるのかのぅ?」
「ええ、わざと彼女の切り札を発動させます。相手の能力の絶対封印などリスクが高すぎる技ですから技後硬直は少なからずあるでしょうし、そうでなくとも彼女の次の行動はパニックを起こしたボクにとどめを刺すで決まりでしょう。
そこを葛葉先生と神多羅木先生に仕留めていただきます」
それでも偶然か、直感が警告したのか。タカミチはバゼットを仕留める役を自分に課さずに完全に囮としての役に徹すると言った。これならもしかしたら相討ちにもっていけるかも知れない。まあ、バゼットは別に裏は無いので完全に杞憂に終わってしまうだろうが。
「…………分かった、実際に手を合わせたタカミチ君の案を採用しよう。
皆、抜からぬ様にの!」
学園長の言葉で締めくくられる。かくて、本人の預かり知らぬところでバゼット採用の最終試験が始まろうとしていた。
・
話を戻し、深夜の図書館島前。隠行に徹している為か、他の4人を地下に送り込んだ監視者タカミチの存在に気がつかないままバゼットは仁王立ちでこれから来るであろう生徒達を待ち続けていた。
5分
10分
30分
(もしかして、もう図書館島内部に入ったのですか?)
30分間仁王立ちを続けていたバゼットにそんな焦りが生まれる。頭を抱えてその場にへたりこみ、ネガティヴな思考が沸いて出てくる。
(えええ……!? 本当にそうならどうしよう。)
一般人には危険らしい罠がたくさんある図書館島内部。そこに下手に踏み入れられたら命が危険だ。
(こうしてはいられません! 早く護衛対象を追わないと!)
そう決断するとガバッと顔をあげるバゼット。その視線の先に、
「…………」
「…………」
「…………」
遠足に行くような格好の女生徒8人と、なぜかパジャマ姿のネギがいた。彼女らは面白いものを見た表情でバゼットを観察していて。
「…………」
思わずバゼットも絶句する。そして陰から笑いを必死でこらえているタカミチ。微妙な雰囲気の空間がそこにあった。
「……こほん」
バゼットが微妙な雰囲気を断ち切る為の咳払いを一つして、とりあえず顔見知りに挨拶をする。
「こんばんは、いい夜ですね。ネギ、アスナ、このか」
「あっ、はい。こんばんは」
「え~と、こんばんは?」
「こんばんは~。ええ夜やなぁ、バゼットさん」
ネギとアスナは困惑しながら、このかはいつもの通りにほややんと挨拶を返す。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そしてまた無言。リズムが崩れたバゼットは話せず、なぜここにバゼットがいるのか分からないネギ達は何を話せばいいのか分からず。
「えっと……バゼットさんだったっけ? なんでここにいるのかな?」
とりあえず聞かねばならないことをパルが聞く。そもそも彼女たちは門限を破ってここにいるのだ、警備員であるバゼットに見つかったらヤバいという事は当然であり、楓や古などは相手を確認したとたん殴りかかってもおかしくはないところである。まあ、出会いのインパクトが強すぎてそれどころではなかったようだけど。
対してバゼットも、ようやく自分の目的を話せるようだとホッとして口を開いた。
「ええ……実は、」
(さて、なんと言いましょうか)
バゼットは一瞬会話を止めて言葉を探る。彼女に課された条件は学園長の差し金と気づかれてはいけない事。
(ならば)
タイムラグは全くと言っていいほど無く、バゼットは言葉を続けた。
「図書館島内部に潜るであろうあなた達を守る為に待っていました!」
ズッ!
木陰でタカミチがこけた。
「バゼットさんが来るなら百人力や」
「お~、バゼットさんも来るアルカ。腕前、とくと見させてもらうアルヨ」
「人間凶器の異名を持つバゼットさんだもんね~、心強いよっ!」
「だっ、誰ですかそんな異名をいいだしたのはっ!?」
バカと天然がはしゃぎまわり、バゼットはその中の言葉の一つにくってかかる。そしてくってかかられたまき絵は助けを求めるように辺りを見回す。そして目があったのはパル。ニヤリと笑うパルに薄気味悪いモノを感じるまき絵だが、そんなまき絵に関わらずに話が進んでしまった。
「どこからともなく広まったらしいよ~。ちなみに人間凶器だけじゃなくて、クイーンコングやクラッシャーの異名も広まってるよ」
自分で広めた事を、さも偶然聞きつけたかのように口にするパル。
「なっ……。誰が広めたのですかそんな噂!」
その言葉を聞き、今度はパルにくってかかるバゼット。だがしかしまき絵と違ってパルは揺らがない。真顔で淀みなく嘘をつくパル。
「誰かは分からないわよ。ただ学園中に広まってるみたいよ~」
ズーンと膝と手のひらを地面について落ち込むバゼット。そして地獄の底から絞り出したような声で次の言葉を紡いだ。
「……本当に、誰が広めたのか分からないのですか?」
「もしかしたら朝倉かもねぇ」
「朝倉ぁ! ……って誰だぁ!!」
そしてためらいなく級友を売るパル。嘘ではないだろうが完全に自分の事を棚にあげている。
そして吼えるバゼットに、夕映が話しかけた。
問いかけるのは当然の疑問、彼女らが図書館島内部に潜ると決めたのは夕方の時間。その後はずっと女子寮にいたのだから、仮に情報が漏れたとしても女子寮の管理人が止めに来るのが道理だ。間違ってもバゼットが、しかも違反者を守る為に来るとは考えられない。ならばどうやってバゼットはこのことを聞きつけ、どうして守ろうとするのかその真意を聞かなければならない。
「もし。お取り込み中に失礼しますがバゼットさん。
私たちが今夜図書館島に潜り込む事は誰に聞いたのですか? そしてどうして止めもせずに私たちについて来るのですか?」
「ミスタータカミチに聞きました」
ズルッ
そんな、一番答えづらいような疑問を全て後ろで滑っている男に丸投げする男装の麗人。タカミチとしてもここは魔法使いとしてどうはぐらかすか聞いておきたいところだったのだが、まさか丸投げされるとは。
タカミチの思惑など何も知らずにペラペラと言葉を続ける。
「本来は明日まで非番のハズだったんですけどもね。いきなりタカミチから電話がかかってきたかと思えばあなた達が図書館島内部に潜るから護衛しろときたもんです。
上司の命令には逆らえませんし、しかたなくここにきたという訳ですよ」
8割がた本当の事を話しつつ、学園長の事は確かに2割に含ませて語る人間凶器。夕映の疑問に何一つ答えていないところなど、まさしく丸投げだ。
(…………)
こうなると困るのはタカミチである。そもそも女子寮で完結した話題である以上、これを指示したのがタカミチであるなら明らかにイロイロな問題が生じる。しかも彼に命令出来るのは学園長だけときている以上、上司の女性の指示で~と丸投げ返しも出来ない。
「しかし私たちがこの話をしたのは女子大浴場です。ならば高畑先生はどこでこの事を聞いたのですか?」
「知りません。ミスタータカミチに直接聞いて下さい」
冷静に話す2人の後ろで高畑先生覗き疑惑を騒ぎ立てるパルとタカミチを擁護するアスナ。
(言い訳……考えておかなきゃな)
そんな彼女らを見て、余計な心労が増えたタカミチだった。
旅は道連れ世は情け。地下の罠対策の為、バゼットを受け入れた一行は地下へと潜る。
「この図書館島は明治の中頃、学園創立とともに建設された世界でも最大規模の巨大図書館です」
石で作られた螺旋階段に響くのはバカリーダーでもあるバカブラックの夕映の声。
「ここには二度の大戦中、戦火を避けるべく世界各地から様々な貴重書が集められました。
蔵書の増加に伴い地下に向かって増改築が繰り返され、現在ではその全貌を知る者はいなくなっています」
「わぅ~、暗いこわいって~~~」
「こわがりアルね、マキエー♪」
「あいあい♪」
まあ、そんな細かい説明をバカレンジャーにしても無駄であるし、ネギは古代の様相を醸し出している周囲の様子に気を取られている。バゼットはそんな細かい情報を聞くような性格はしてない上に、木乃香は図書館探検部であるからもう知っている内容だ。つまりは夕映の言うことを誰も聞いていなんかしていない。けれども言葉を続ける夕映。
「そこでこれを調査するため、麻帆良大学の提唱で発足したのが―――」
ギィィと重苦しくサビついた音をたてながら入り口の扉を空ける。
「私たち麻帆良学園図書館探検部なのです!」
「中・高・大。合同サークルなんや♪」
木乃香の補足が入る。そして中の様子に魅入る一同。
「うあ~~~っ」
「わーーーっ。本がいっぱい、ホントにスゴイぞ!!」
「ほぅ……この本の量はなかなかですね」
一面の本の世界は、本と聞くだけでもイヤになるアスナを呆気に取らさせ、ネギやバゼットといった人間には感嘆の声を漏らさせる。
そしてそんな一行、特にバゼットを監視する人影。
(ターゲット、図書館地下3階に入りました)
(ターゲット、事を起こす気配無し)
(ご苦労、そのまま気を抜かずに監視を続けるのじゃ)
(((((了解)))))
万が一にも念話の魔力に気がつかれないように、全て学園長を通しての念話。そのかいあってか誰にも気づかれないままに一行の会話は続いていき、ネギが不用意に本に手を伸ばして彼を矢が襲う。そしてそれをあっさりと掴まえて折る楓。
「ニンニン♪」
そして楓はふと、何か気がついたかの様に明後日の方を見る。
「どうしましたか? えっと……」
楓が矢を止めると確信して職務を怠慢したバゼットが楓に声と視線を向ける。
「長瀬楓でごさるが、楓で構わんでござる。しかしバゼット殿も人気者でござるなぁ」
「は? ござ? 人気者?」
未だに監視者に気がつかないバゼットは楓の言葉に首を傾げるが、ニコニコとするだけの楓は返事をせずに先へと進んでしまう。
「……?」
一応楓が視線を向けた辺りに意識を配ってみるが、バゼットには何も感じられない。感じられない以上は仕方なく、バゼットも先へと進み始めた。
そして楓とバゼットが意識を向けた先で、最も経験の浅い監視者が冷や汗混じりに報告をしていた。
(申し訳ありません、学園長。生徒の1人に気がつかれてしまいました)
(バゼット君に意識を割きすぎだよ、瀬流彦君)
学園長を中継してため息混じりにそういうのはガンドルフィーニ。それに対してホッホッホッと笑って流す学園長。
(まあガンドルフィーニ君もそういうものではないぞい。確かにキッカケは瀬流彦君のようじゃったが、誰かいると確信した長瀬君に全員の気配が悟られてしまったようではないか)
(まあ、それはそうですが……)
刀子も何か言いたそうに言葉を続ける。それに対して瀬流彦はますます小さくなってしまう。
(感知能力は長瀬君の方が上の様じゃし、2人に見つからない様にというのは少々ムシの良すぎる話だったようじゃ。
幸い長瀬君はバゼット君にワシ等の存在を教えてないようじゃし、このまま作戦を続行しても良いじゃろう。瀬流彦君のミスは不問とする)
((((了解です))))
(りょ、了解です)
作戦指揮者が問題ない、ミスは不問としたのだ。ならばこれ以上文句を言うのは間違っている。それに対して本当に申し訳無さそうな瀬流彦の声を最後に、任務に集中する監視者たち。その視線の先では雪崩落ちてきた本をしっかりと受けて止めている楓とバゼットの姿があった。
「まあ、ワタシ達成績悪いかわりに運動神経いいアルから♪」
「大丈夫でござるよ」
「私も……?」
「と言うか、勝手に私も成績が悪いことにしないでください! むしろ成績は良かったですよ、私はっ!」
子供と、子供の言う事に過剰反応する本を抱えたバゼットを見て、ネギはもうすごくビックリしている。
(な…何かこの人達の方が不思議ーーっ!? ござるってー!?)
異常能力を見てビックリしているネギに、むしろこの程度は必須能力ではならない事を知っているまき絵はボソボソとアスナに相談をする。
「でも、ネギ君はこの先大丈夫? まだ小さいし心配だナー」
「大丈夫よ。こいつ毎朝私の足に追いついてくるのよ。
ガキのくせして頭いい上に運動神経も抜群なんだから全く……」
そして楽観視するアスナ。毎朝息切れもしていないネギを信頼して、ほらと指指す。
「…って、げ!?」
「あぶぶぶ。た、助けてーーーっ」
「あわーーーネギ君落ちたーーーっ」
ガビンとする一同。5メートルは離れた所でもがいているネギを助けようと、一足飛びにネギが掴まっている本棚へと、重い荷物も背負ったまま飛び移るアスナ。はっきり言ってこの少女も尋常じゃない。
それはともかくとしてネギをぐいっと引き上げた時に、小声で問いかけるアスナ。
「ちょっとアンタ、どーしたのよ。お腹でも痛いの?」
「ス…スミマセン。実はいつもの運動能力は魔法の力のおかげで…」
衝撃の告白。それに驚いたアスナがつい大声をあげてしまう。
「え~~~っ!?
じゃ、じゃあアンタ今はただの子供じゃないの!!」
「すみません~」
「ほう、『今はただの子供』と。ならば普段はただの子供ではないのですか?」
後ろから聞こえた声に、アスナの動きがピシリと止まる。
そしてギギギと振り返るとそこには仁王立ちで腕を組んでいるバゼットが。
「バ、バババババババゼットさんっ!?」
「あっ、バゼットさん」
アスナの目には何度か色々とお世話になっている男装の麗人が写り、秘密を図らずともバラしてしまったアスナは半ばパニックに陥ってしまった。ネギはバゼットが魔法使いだと知っている上に、アスナに魔法がばれている事も知っている為に落ち着いたものだ。
「えええと、これは別にネギが魔法使いとかそういうわけじゃなくて……」
「ほうほう、ネギ先生は魔法使い、と。それでそれを知っているアスナも魔法使いと言う事ですか?」
「私は魔法使いじゃ無いわよっ!」
「私『は』と言う事はやはりネギ先生は魔法使いと」
「あああいやいや、そうじゃなくて!」
テンパってバゼットの用意した罠に自ら突っ込んで行くアスナ。というか、他の誰よりもバゼットの誘導尋問に引っかかるのは人としてまずいと思う。
「あの~~~? お2人とも何をしているのですか?」
事態を飲み込めていないネギがきょとんとそう言うと、アスナがキッとなってネギを睨みつける。
「何をじゃないでしょ、何をじゃ! アンタ魔法使いだってバゼットさんにばれちゃったじゃないの!!!」
ばらしたのはアスナだが、そのアスナにばらしたのはネギ。結局の責任はネギにかかるからのセリフ。その辺りの実感がない上にすでに(言い方は悪いが)抱き込んでいるバゼットに遠慮する事は何も無い為、キョトンとしているネギ。
「でも、バゼットさんは魔法使いですよ? 僕が魔法使いだって言う事をアスナさんが知っているという事も知っています」
ネギのさも当然といった感じの言葉に、アスナの動きが止まる。
「……アスナさん?」
ネギの頭のどこかで警報装置がなったらしい。ビクついた声を出しながらおそるおそる覗き込んだ先にあった顔は……般若。
「ヒッ!」
「あ、あんたね~~~!!!」
般若の顔のままネギの胸倉を掴みあげるアスナ。
「アブブブブブブブ!」
「そういう事は早く言いなさいよ、変な汗かいちゃったじゃないのよ!」
そしてその表情は、ネギを吊るし上げたままバゼットに向かう。
「バゼットさんも! からかわないで早く言って下さいよ!」
アスナをからかってさぞや楽しそうな顔をしている……と予想されたのに対して、バゼットの顔は至って大真面目だった。
「……もしかして、普通にからかっているだけかと思いましたか、アスナ?」
「えっと……私をからかっていただけじゃないの?」
ネギがこんなもんだから勘違いするのは仕方ないかもしれないが、バゼットまでそう見られているとなると悲しくなる。そういった思いを込めて、ハァァと大きなため息をつくバゼット。
「そんなわけないでしょう。どうして私がそんな愉快犯みたいな事をしなくてはならないのですか」
「それじゃあなんですぐに言ってくれなかったんですか?」
「……私が言うのは簡単ですが、少しは自分で考えてみましたか? 脳は動かさないと衰える一方ですよ」
バゼットの案外キツイ言葉に、うっ。と声を詰まらせて考え込むアスナ。
「…………ん~~~」
「…………」
「…………」
「………………………………んん~~~~~~~!!!?」
「……………………」
「……………………」
「…………………………………………ん!」
私、考えこんでます。のポーズをしていたアスナをじっと見守っていたバゼットとネギ。やがて晴れやかな顔をしながらバゼットを見て一言。
「さっぱりわかりません」
だああああとずっこける2人。
「し、仕方ありませんね」
冷や汗を流しながら言葉を加えるバゼット。
「今の話を聞いていたのが私だからよかったですが、例えば他のメンバーに聞かれていたらあなたはネギ先生が魔法使いだと言う事をごまかしきれる自信がありましたか?」
「あっ、それは大丈夫。ウチのクラスって能天気な奴ばっかりだから」
あっけらかんと言い切るアスナ。それに対してヒクヒクと顔の筋肉が引きつるバゼット。
「そういう問題ではなくてですね、第一アスナだってネギが魔法使いだと気がついているではありませんか! アナタはそれを言いふらす人では無いようですが、第三者にバレたとしてもアナタのように人が良い人ばかりではありませんという話をしているのです!」
「だいじょぶだいじょぶ。そんな神経質にならなくても、パルとか朝倉以外だったらなんとかなるって」
「そうですよ、麻帆良の皆さんは良い人ばっかりですよ~」
ポヤヤンとした反応しか返さないアスナとネギにますますバゼットのヒートアップゲージが高まっていく。そもそもネギに関してはそういった根性を鍛えなおすための試練だとタカミチに聞いているというのに、この反応では結果が見えてしまっている。
「そういった事が問題でなく、そういった態度が問題だと言っているのです! だいたいネギ先生がまほ――」
「遅いです。いったいなんの話をしてるですか?」
「――メットという人物を知っていますか!?」
余りに遅い3人の様子を見に夕映が戻ってきた。慌てて話題を逸らすバゼットと慌てて話題に乗るネギとアスナ。
「マ、マホ……? わ、私は知らないなぁ。ネギ、アンタは知ってる?」
「マ、マホメットですか? ……えっとイスラム教の開祖ですね!」
「そ、そうです! イスラム教の開祖です!」
「アラブ人の、正式名称はムハンマドですね。
西暦570年頃、クライシュ族の名門ハーシム家に生を受け、誕生前に父を、そして誕生直後に母を失い商人として育ちます。
その後25歳の時にハディージャという裕福な未亡人と結婚しまして、生活に余裕の出来たマホメットはよく山の中に篭り瞑想をするようになりました。
そして40歳の頃、初めて大天使ジブリエール……すなわちガブリエルから唯一神アッラーからの神託を受け――」
「もういい、もういい!」
「……これからがいいところでしたのに」
夕映のマホメット講義は勉強嫌いのアスナによって中途半端に断ち切られ、ちょっと不満気味な夕映。それでもすぐに機嫌を立てなおし、遅くなった3人に問いかける。
「まあ、それはいいです。遅くなっていましたがなにかあったのですか?」
「いえ、そう言った宗教関係の事で話しこんでしまいました。トラブルではないのでご安心を」
白々しく信用のおけない笑顔で場を濁すバゼットと、ニヘラとどこかおかしい笑顔を浮かべるアスナとネギ。そんな3人を胡散臭そうに見る夕映。
「……まあ、いいです。みんなはあっちで休憩してますから、あなた達も早く来るといいですよ」
そう言い残して歩き去ってしまう夕映。そしてほっと一息ついている3人が残された。
「あ、危なかった……」
「私もオコジョはごめんですからね」
特に魔法がバレた時の実害が多いネギとバゼットは深いため息を吐く。
「あっ、そういえばバゼットさんは魔法使いなんでしょ? イザって時は守ってくれるんでしょうね?」
対してさほど実害が(すく)ないであろうアスナの立ち直りは早い。
「えっ? ええ、もちろんそのつもりで今ここにいますから……」
「じゃ、イザって時はお願いします。私は先に、怪しまれないうちに休憩場所に行ってますから」
「こら、アスナ! 説教はまだ終わって……って、早! 足早っ!!」
ダー、と凄まじい速度で駆け去るアスナ。この足場の悪い本棚の上でよくもまあアレだけの速度が出せるものだと感服する程の速さだ。
「…………」
「…………」
そしてポツンと残される魔法使い2人。
「……えっと、僕達も行きましょうか? バゼットさん」
「……ええ、行きましょう。もういいです、どーでも」
14歳の小娘に天然でいい様に手玉に取られるバゼットの背中に言い様の無い哀愁を感じた。そう、どこかで覗き見ていたガンドルフィーニは後に語ったと言う。
ガタガタッと音がして安置室の床が動き、ゴゴ……ゴトンと完全に床板の一枚がずれて穴が空く。そしてそこからワラワラと女子中学生と子供先生、そして女性警備員が沸いて出てくる。
「す、すすすごすぎるーっ!? こんなのアリー!?」
そしてアスナの叫び声が真っ先に響き渡る。響き渡った場所は石で周りを囲まれた安置室。彼女等の正面には石像が向かい合わせに置いてあり、その中心に石像に見守られるように本が置いてあった。そして安置室の両側には、まるで『ここは図書館、図書館ったら図書館なんだ!』とひっそりと主張するように、やっぱりひっそりと本棚がおいてあった。
「私こーゆーの見た事あるよ、弟のPSで♪」
「ラスボスの間アルー」
まき絵と古の言葉の通り、そこはどこか現実離れしていてゲームの様な部屋だった。そしてじ~んと感動しているのは夕映。
「魔法の本の安置室です、とうとう着きましたね」
「こ、こんな場所が学校の地下に…」
ハハハと案外常識的な事を言うアスナの顔には、なんと言っていいのか分からずに幾筋もの冷や汗が伝っている。そしてはしゃぎまわっていたまき絵がやがて、安置室のど真ん中に置かれた本にようやく気が付いた。ちょっと反応が遅い。
「見てっ!! あそこに本が!!」
その声に一斉に振り向く一堂。そして特にネギの目が見開かれる。
「!? あっ……あれは!?」
「ど、どうしたのネギ!?」
「あれは伝説のメルキセデクの書ですよ!!
信じられない!! 僕も見るのは初めてです!!
なぜこんなアジアの島国に!?」
(そりゃ大戦の戦火から守るためでしょう。アナタ、夕映の話を聞いていませんでしたね?)
実は案外しっかりと説明を聞いていたバゼットが心の中で突っ込みをいれるも、話はトントン拍子に進んでいく。
「てことはホンモノ……?」
「ホ、ホンモノも何も、あれは最高の魔法本ですよっ。
確かにあれならちょっと頭を良くするくらいカンタンかも…」
(ホンモノのメルキセデクの書かどうかを聞いている答えにはなっていませんよ、ネギ)
相変わらず心の中でしか突っ込みを入れないバゼットはやっぱり置いておかれ、ダメな方向に話が進んでいく。
「えーーー♪ ホント!?」
「ネギ君、詳しいなー」
「やったー!!」
「これで最下位脱出よーー」
「一番ノリアルー♪」
「あー、あたしもー」
成績がかなり切実なバカレンジャーの面々は一にも二にもなくメルキセデクの書に飛びつく為に、橋に足をかける。そして一瞬遅れてネギと木乃香、バゼットも続く。
「あ、みんな待って!! あんな貴重な魔法書、絶対ワナがあるに決まっています、気をつけて!」
「ちっ!」
本来、こんな仲間など見捨てるのがバゼット流ではあるのだが、彼女の任務は護衛。馬鹿な護衛対象を守る任務もこれが初めてではなく、そしてこういった場合は致死性の高いワナが仕掛けられている事が多いために仕方なくバゼットも一緒になって橋を渡る羽目になった。こうなった以上、ワナの内側から力づくで突破するのが一番いい対処法なのだから。
ガコン! バカンッ!!!
「えっ」
「へっ?」
だから、橋が落とし穴になるなんて下らないワナに一番ビビったのは、実はバゼットだった。下に石の板があるのも、それになんら物理的魔法的なワナが施されていないのも確認済みだったのだから。
「キャー!」
「いたー」
「わぁ!」
そして案の定、ダメージらしいダメージは無く下に落ちる面々。その中でもバゼットは油断無く辺りを観察する。
(……やはり浮遊の魔法以外になんら仕掛けはないな。しかしここから心理的揺さぶりをかけてくるはず。一体どんなワナでくる?
いきなり浮遊の魔法が切れて二段構えの落下か? それとも天井が崩れてくる? 左右から矢の雨降らせてくるのか?)
いく通りもの展開を考えてそれに備えるバゼット。周りの人間の呟きなど耳にも入らない。そして―――
「フォフォフォ…。この本が欲しくば……、わしの質問に答えるのじゃー♪ フォフォフォ…」
「どういうつもりだこのクソ爺っ!!!」
「プロォ!!!」
ブチ切れたバゼットの飛び膝蹴りが動き出したばかりの石像の顎にヒットする。そしてギリギリと石像の首を閉めあげるバゼット。そんな奇行に一同はなんの反応も出来ずにポカーンとなる。
(アナタの差し金だと気付かれない用に苦心して! 休みを返上して護衛したのに! なんでアナタがこんなところで私の仕事の邪魔をするのですか!
納得のいく説明をお願いします!)
(なになに、ジジイのちょっとした茶目っ気♪ じゃよ♪)
(私の休みを……返せぇ!!!!!)
殺意を浮かべながら石像にくってかかるバゼット。真面目な人ほどブチ切れると恐いというが、念話で話をする位には冷静さは残っていたようだ。
―もうちょっと追い詰めて見たい気もするのう―
やや危ない事を考えながらも学園長はとりあえずまともな答えを返す。
(いやいやちょっとした冗談じゃ。ここまでの護衛、ご苦労じゃった。後はワシに任せなさい)
(……と、いう事は。私の任務はここで終了と?)
(そうじゃ、後はワシが引き継ぐ)
(しかし……ここで引くのも不自然極まりないですよ? どう収拾つけるつもりですか?)
(何? わざと殴られてくれればそれでいいわい)
(はい?)
訳の分からない言葉に首を傾げるバゼット。そして―――
「バゼットさん、危ない!」
迫り来る、もう一体の石像の剣とネギの警告。正直、バゼットにとっては平気でかわせる攻撃なのだが。
「しまっ……!」
迫真の演技でそれを受ける。吹き飛ばされて、ゴロゴロと床を転がっていくバゼット。すでに床下の位置にいる面々からは見えない位置まで吹き飛ばされた。
(……これで、いいのでしょうか?)
(ああ、上出来じゃ)
ダメージの無いままで念話をし、楽な体勢になるバゼット。
「バ、バゼットさん~~~!」
「フォフォフォ、彼女なら手加減したから大丈夫じゃ。それよりも自分の心配をした方がいいのぅ」
……
…………
………………
「―――第七問『REMEMBER』」
「これわかるよ。ア、アスナちょっとそこどいてー」
「『お』……『も』……」
……
…………
………………
「最後の問題じゃ」
「やった、最後だって」
「『DISH』の日本語訳は?」
……
…………
………………
「…………おさる?」
「ちがうアルよーーーッ」
「ハズレじゃな、フォフォフォ」
「……私は何をしているのでしょうか……?」
騒ぎから1人外れて、ポツリとそう呟いて見るバゼット。彼女の目は何も面白味の無い天井を映し、背中に当たる冷たい石の感覚は体温をどんどん奪っていく。耳にはどこかで聞いた事のあるような、破滅的な破砕音と。
「アスナのおさる~~~!!」
「いやああああ~~~」
「なんですかいきなりコレは~~~」
姦しい女の子達の悲鳴。
「……………………ホントに、私は何をしているのでしょうか…………?」
それは影ながらバゼットを監視している一同も同じ感想を持ち、そしてそれに答えられる人間はどこにもいなかった。