二組六人の異世界人   作:117

13 / 44
1章 5話

 彼女はこの世界に墜ちた歯車の、最後一欠片で。

 

 

 

「アスナのおさる~~~!!」

「いやああああ~~~」

「いきなりなんなんですかコレはぁ~~」

 絶叫が木霊して、そしてそのまま落ちていく。落ちる先は深い闇、行き着く先は誰も知らず。

「キャアアーッ」

「みんなゴメーン」

 ほとんどが涙を流すか顔を青くしながら落ちていく。

「あわわー。た、助けて~っ」

「ネギ!」

 特に普段は魔法に頼っているネギは『落下』という事態に強い恐怖がつきまとい、じたばたと手足をバタつかせてパニックになっていた。そしてそんなネギを、自分も落下中だというのにも関わらずにギュッと抱きしめるアスナ。

「…ア、アスナさん…」

 そのさりげない優しさにこちらも落下中にも関わらず、頬を赤く染めるネギ。

 やがてズボッと音をたてながら目に光が入り、明順応する間もなく水に叩きつけられた。

 

 そして翌朝、図書館島最深部。

 チャプチャプと音がする中で、浜辺に横たわっていた子供達が1人2人と目覚めていく。

「あれ…? ここ…どこ?」

「…そ、そうだ。僕たち、英単語のトラップを間違えて、ゴーレムに落とされちゃったんだ……」

 ネギの言葉を皮切りに一気に覚醒する面々。

「……って、ここはどこなの~~!?」

 そして響き渡るアスナの大声はみなの心情を代弁していた。

「こ、ここって図書館の地下なの…?」

「す、すごい……落ちてきた天井があんなに高く…。

 地下のハズなのに明るいよ。壁が光ってるし」

 あっけにとられる一同の中で、夕映だけが何かに気がつき、表情を変える。

「こ………ここは幻の『地底図書室』!?」

「『地底図書室』!?」

「何やそれ、夕映?」

 聞き慣れない単語にネギと木乃香が疑問符を返し、対して夕映はキラキラと目を輝かせながらも幻を体感している感動にふるふると体を震わせながら返事をした。

「地底なのにあたたかい光に満ちて、数々の貴重品にあふれた本好きにとってはまさに楽園という幻の図書館……」

「へー、図書室にしては広いけど」

 やや呆れ気味な木乃香の言葉。それに触発された訳ではなかろうが、次の瞬間には夕映はキラーンと目を怪しく輝かせながら追加の豆知識を口にする。

「ただし、この図書室を見て生きて帰った者はいないとか」

「えーーーっ!?」

「どんな図書室ですか、ここはっ!?」

「じゃ、何で夕映が知ってるアルか?」

 本気でビビるまき絵だが、出来の悪い怪談の様な矛盾に冷静な突っ込みもはいる。

「とにかく、脱出困難であることは確かです」

「ど、どうするアルか? それでは明後日の期末テストまでに帰れないアルよ!」

「それどころか私たち、このままおうち帰れないんじゃ……? あの石像みたいのも出るかもだしっ!」

「み、皆さん落ち着いてー」

 なかなか素敵にパニックになる面々。それに対して自分もパニックから完全には抜け出せてはいないが、一番大人な対応を取るネギ。彼だけがここに存在する『ナニカ』に気がついているようだ。少し1人で考え込むネギ。

(で、でもこの場所は……?)

「痛ッ…」

「アスナさん!?」

 が、その思考もアスナのあげた苦悶の声で中断される。

「いや、大丈夫。何でもないよ」

「か、肩をケガしたんですか!? さっき落ちた時に……!?」

 強がりを言うアスナだが、すぐにネギに見抜かれてしまった。ただちに魔法の準備に入るネギ。

(よ、よーし。あまり得意じゃないけど治癒魔法で…)

「ラス・テル・マ・スキル…」

 小声で呪文の詠唱を始めるネギだが、すぐに違和感に気づいた。

(ハッ…。しまった…、僕、三日間魔法を封印して、今はただの人なんだっけ……)

 そうこうしているうちに他のメンバーで軽く辺りを見回って脱出困難である事を確認してきたようだ。

「だ、だめですね。やはり、どこからも登れないようです。上に残ったバゼットさんや、パルとのどかが救援を呼んでくれるとは思うのですが……」

「出口がないのにどうやって運び込んだんでしょうね、この本棚」

「ふえーん」

 途方にくれる面々だが、ネギは空を飛べるのでそこまで悲観視していない。

(うーーーん、魔法が使えればこの杖で外へ飛んでいけるのにどうしよう……。こうなったのも引率の先生である僕の責任だ……。

 みんなの担任である僕が今こそみんなを勇気づけなきゃ!!)

 とにかく、今避けなくてはならないのが気力をなくす事。いざとなったら3日後に魔法で落ちてきた穴から脱出できるのだから、そこまで頑張れば命に関わる事はない。

 そう思ったネギは、手をバタバタさせながら勇気づけようと必死に声をあげる。

「み、皆さん。元気をだしてくださいっ。根拠はないけどきっとすぐに帰れますよっ!

 と、とりあえずいなくなった人が居ないか点呼を取ります。

 1!」

 あわわと未だにややパニックな傾向があるが、それはそれ。ネギは冷静?に現状の把握を始める。

「えっ……2」

「さ、3!」

「4やえ~」

「5アル」

「ニンニン、6」

「……7」

「8です」

 そして沈黙。

「とりあえず、全員いるようね」

 ふぅと汗を拭うアスナと顔が青いネギ。そして顔が青いネギに真っ先に気がついたのはまき絵。

「どったの、ネギ君?」

「いや、あの今8人いましたよね」

「うん」

「で、確か図書館島に入ったときも8人でしたよね?」

「……うん、何かおかしい事ある?」

 入ったときの面々の顔を思い出したながら指を数えるまき絵。そして話の内容が掴めないアスナと古、楓はまき絵と一緒になって首を傾げていて、顔の青くなって木乃香と夕映はネギの言いたいことを正しく理解したのだろう。そして次のネギの言葉で全員の顔が青く染まった。

「バゼットさんが上に取り残されましたから、僕たちは7人のハズなんですけど……」

 沈黙というよりも静寂。清らかな水の流れが耳に痛い。1人多いと思って周りを見ればなんか明らかにおかしな人間がいるのだが、いったいどう突っ込めばいいのやら。なまじ冷静になってしまったからこそ反応に困る。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………点呼っ!

 1、ネギ・スプリングフィールド!」

 そしてネギが大変画期的なアイディアを絞り出した。

「2、佐々木まき絵!」

「さ、3。神楽坂アスナ!」

「4、近衛木乃香~」

「5、クーフェイアル」

「6、長瀬楓でござる」

「……7、綾瀬夕映」

「8、氷室キヌです」

「「「誰っ!?」」」

「いえ、誰と言われましても……。えっと、氷室キヌです」

 学生服とパジャマ、そして古の着ている中華服しかいないハズの空間で、なぜか巫女の服を着た少女が。かなり突っ込みづらい状況だったのだが、ネギの機転を起点に少しづつ話が進んでいく。

「えっとそうじゃなくて。氷室キヌさんでしたか?」

「あっ、はい。氷室キヌと申します。おキヌと呼んで下さいね」

「これは丁寧にどうも。ネギ・スプリングフィールドです。ネギと呼んで下さい」

「ネギ君ですね、分かりました」

「うちは近衛木乃香や。おキヌさん、よろしゅうなぁ」

「はい、木乃香さんですね。よろしくお願いします」

 進まなかった。ネギと木乃香で、いつの間にかほのぼのとした空気が出来てしまっている。

「って、そうじゃなくて! アンタここで何してるのよ!」

「ひゃい!?」

 そんな空気に耐えかねたのか、アスナが怒鳴りつけて強引に話を戻す。

「図書館島の最深部で、ここを見て地上に戻った人はいないってとこで! もしかしてここに住んでるのっ!? 脱出方法知らないのっ!?」

「ひゃい!? ひゃい!?」

 が、アスナの剣幕は逆効果だ。おキヌは涙目になって答えにならない答えを返すばかり。

「ひゃいひゃい言ってないでなんとか言いなさいよ~~~っ!」

「ひゃいぃぃぃ~~~っ!」

「まあまあ。落ち着くでゴザルよ、アスナ殿」

「そうアル。おキヌ、明らかに怯えてるでアルよ」

 見かねた楓と古が間に入った。そしてどうどうとなだめている間に、今度は夕映が質問に入る。

「アスナさんが失礼しました。ところで少し聞きたい事があるのですが、よろしいですか?」

「あっ、はい。どうぞ」

 アスナという驚異が去って一息ついたおキヌは、夕映の問いに対してにこやかに返事する。

「まずはここで何をしているのですか?」

「えと、水で濡れた服を乾かしてます」

 苛立ちでピクリと眉が動くも、流石に感情には流されずに話を続ける夕映。

「では次の質問です。おキヌさんはどうやってここに来たのですか?」

「えと、バリーン! って?」

 抽象的過ぎて訳が分からない。

「もう少し具体的にお願いします。経緯を話して頂いてもいいですよ」

 それを聞いて考え込むおキヌ。一応、ルシオラを助けにいくという話は裏技というか、普通に不正らしいのでならべくならば話さないようにと小竜姫から注意を受けている。そこを端折って話すとなると……

「……事故で」

 一言で説明出来てしまった。そして要領の得ない話に根気よくおキヌに問いを重ねる夕映。

「事故、ですか。それはどのような?」

 どのような。おキヌは返答に窮する。そもそも彼女はここが平行世界だとは分かっているが、『平行世界=異世界』だという程度の認識しか持っていないのだ。そんな彼女がどのような? と問われても具体的な言葉を使える訳がない。

「えっと、バリーン!! って感じの」

 で、結局そこに帰結してしまう。全く話が進んでいない。そこで夕映は話の進め方を変えてみた。

「では、どのようにしてここに来たのですか?」

「それも分からないです。事故でバリーン!! ってなって、そして目の前が真っ暗になったら『お猿~』って声が聞こえて、落ちてるみたいな感覚がして、そして気づいたらここに居ました」

「…………」

 夕映は深く考え込んだ。『お猿~』と落下している感覚というのは間違いなく今し方彼女たちが味わったモノと同じだろう。つまりはおキヌはみんなと一緒に、あの動く石ころ(夕映主観)に落とし穴に落とされたと見られる。となると問題になるのはその前のバリーンという事故だ。普通に考えたら足場を叩き壊された音なのだろうが、あれが事故というならば彼女はあの足場の精霊だとでもいうのだろうか? なんかぷよぷよ宙をとんでたのは彼女の仕業なのだろうか?

「おキヌさん、あなたは空を飛べますか?」

「唐突になんですか、その質問は……。生身じゃあ飛べませんよ」

「では、年は?」

「15です」

「ちょっと夕映? なんの質問してるん?」

 段々と変な方向に質問が向かっていったのを木乃香が引き戻した。が、実は夕映の指摘はかなりいいところをついていたりする。生身じゃなかったら飛べるとか、生まれたのはいつとかいった聞き方をすれば純朴なおキヌはすぐに幽体離脱すればとか、1500年くらいですとかあり得ない答えを返してきただろう。

 だがそうはならず、元の話題へと戻っていく。

「では、事故にあう前はどこに居ましたか?」

 そして次に夕映が尋ねたのは事故の前の状況。いまいち要領を得ないおキヌの事故の様子に、事故の前の状況を確かめてみた。

「次元の狭間です」

 そして神秘を秘匿すべしという概念がないおキヌは容易にかなりヤバ気な事を口にしてしまう。

「ジゲンノハザマ?」

 まあ、神秘が一般に流布されていない人間の反応などこんなものだが。いや、ネギも首を傾げているから、例え神秘に関わる人間と言えどもジゲンノハザマを一発で次元の狭間と変換出来ないようだけれども。

 しかしこの反応で困るのはおキヌだ。彼女だって平行世界の原理やなんやらを分かってついてきた訳ではない。いったいどういった事を言えば自分でもよく分かっていない次元の狭間を説明出来るのか。理論はダメ、時間移動者が少ないから『過去に時間旅行をしようとして~』というのも却下。ならば自分が感じたことを言うしかない。

「えっとですね。こう、ぐにゃーとしたところで…………」

「あっ、もういいです」

 『ぐにゃー』で大きく手を広げたおキヌに、夕映は冷たく断ち切る。前の説明を聞けばそんなに悪い判断ではないのだが、いかんせん言い方が悪い。少なくとも質問のした者の態度ではない。ズーンと体育座りで落ち込むおキヌ。

「落ち込んでいるところを申し訳ないのですが、最後の質問です」

 落ち込ませた張本人とは思えない夕映の言葉に存外あっさりと立ち直るおキヌだった。彼女は笑顔で返事をする。

「最後ですか? はい、いいですよ」

「ここからの脱出方法をあなたは知っていますか?」

 そう言われて少しおキヌは考える。が、答えは考える前から決まっている。この世界に来たばかりのおキヌが答えられる方が驚きだ。

「すいません、それはちょっと……」

「そうですか……」

 とは言え、おキヌは現状の把握もロクに出来ていなかったのだ。ここで答えを得られないことは別に夕映の期待を裏切るには至らない。

「さて、参りました。これからどうしましょう?」

 結局、おキヌからは有効な情報は何一つ仕入れられなかったといっていい。これからの事を考える為にこの場にいる全員に問いかける夕映。そしてその問いをあっさりと返したのがネギだった。

「さっきも言いましたが、きっとすぐ帰れますよっ!

 今はあきらめないで期末に向けて勉強しておきましょう!」

 普通に見て楽観視するにも程があるネギの言葉。それに流石に呆れる一同。

「え……」

「べ、…勉強~~~!?」

 だがその呆れも一瞬後には笑いに変わり、そして笑いは元気を生む。

「プッ…。アハハハ、この状況で勉強アルカー!?」

「ハ、ハイ。きっとすぐに出られますから」

「何かネギ君、楽観的で頼りになるトコあるなー」

 しばらく笑いに包まれるこの場。事態がよく分かっていないおキヌまでもがつられて笑っている。笑いすぎて、そして他人を責めないその言葉に嬉しくて。まき絵は両目に涙を湛えながらも口をひらく。

「……ありがとう、ネギ君。

 魔法の本もとりそこなっちゃったし、ホントは私(とアスナ)のせいでこんなひどいことになったのに……」

 ちなみにこのまき絵の言葉でアスナが自責の念にかられたのに、気がついたものはいない。

「そんなことないですよ!! 魔法の本がなくても今からがんばれば大丈夫!!」

 辛いまき絵の心情を知ることなく、天然でポジィティブに笑うネギ。そしてやはり笑顔でそれに賛同するバカブルーとバカイエロー。

「そうでござるな、今から勉強すれば…」

「月曜のテストまでに10点UPくらいはネ」

「う、うん!」

「そうだね!」

 温かい仲間の励ましに、バカピンクとバカレッドも頷き返す。そしてバカブラックと木乃香も後押しするように言葉を続けた。

「幸いなことに教科書には困らないようですし……」

「あ♪ 数学のテキストあったえ」

「よーし、じゃあ早速授業を……」

 

 ぐぎゅる~~っ

 

 ネギが意気込んだところではかったように数人のお腹がなる。

「……と、その前に食料探しだーっ」

 おー♪ と声をあげてバカリーダーを除く4人が一斉に駆けだしていく。

「あーっ。待ってください、僕も―――」

 言いかけて、ネギは自分の腕をみる。そして急に思案の世界に埋没していった。

 それはともかく。残された夕映と木乃香、そしておキヌは3人でこれからのおキヌの立ち振る舞いについて会話する。

「で、おキヌさんはこれからどうするんや?」

「ど、どうしまょう……。というか私はどうすればいいんでしょう……?」

 おキヌとしては相当に切実な問題だが、おキヌの立場を知らない2人に言われても困る話でもある。

「どうすればと言われても……。とりあえずどうすればいいのか分からないのでしたら私たちと一緒に来ますか?」

「いいんですかっ!?」

 お先真っ暗なおキヌにこの提案はまさに地獄に仏、渡りに船。無表情な夕映の顔がこの時ばかりは菩薩の笑みに見えた。

「もちろんやよ、よろしゅうな~」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」

 想像外であるおキヌの剣幕に反応出来ずにいた夕映に変わって返事をした木乃香。そしてその言葉により、おキヌの同行が確定した。

 

「では、これ分かる人ー」

 さらに翌日、テストまで後1日。そんな日なのに地下で脱出の手段も見つからずに、のん気に授業を進めるネギ一行。

 そしてそこに普通になじんでいるおキヌ。ちなみに彼女は元々高校生だったのだが、中学の勉強範囲をやっていないので十分タメになる時間になっていた。頭がよく、一応六道女子の編入試験に受かったとは言えども中学の範囲をやっていないのではいつかボロがでる。そういう意味でもおキヌにとってもこれは必要な勉強だったのだ。

「ハイ」

「ハイ」

「ハイ」

「ハーイ」

 元気よく多くの生徒から手が上がる。そしてその中から1人を指名するネギ。

「ハイ、佐々木さん」

「35です」

「正解でーす」

 オーッ、という声と共にパチパチと拍手が。そして頭をかきながら照れるまき絵。実にほのぼのとした普通の授業風景だった。周りの熱帯雨林の青空教室といった景色さえ見渡さなければ。

 

 そして自習時間。軽食を取りながら参考書に目を通す古とまき絵と楓、そして付き添いで一緒に歩いているネギ。そこでネギは疑問に思っていた事を口に出していた。

「でも不思議だよねー。こんな地下なのに都合よく全教科のテキストがあったり…トイレにキッチン、食材付きで……」

「いたれりつくせりアルね」

 が、相談した相手が悪い。なにせバカレンジャー、ろくな返事が返ってくるわけが無い。まあ、ここには基本バカレンジャーしかいないので他に相談できる相手といったら木乃香かおキヌ。天然に天然な2人しか残らない。天然であるが故にたまに実に核心を突いた返答をする事もあるが、やはりいろいろと心もとない。いっそバカリーダー、バカブラックでもある夕映に相談した方がよかったかも知れないが……。

「―――本に囲まれて、あったかくてホント楽園やなー♪」

「あ~~~、意心地が良すぎます」

「一生ここにいてもいいです」

「コラーッ、夕映も勉強しなよーっ」

 これである。まだ休憩時間でも無いのに、普通に試験とは関係無い本を南国風の椅子に座り、トロピカルジュース片手に読みながらくつろいでる件の3人。まあ、木乃香とおキヌはいいだろう。木乃香は頭も良く安全圏だし、おキヌに至っては試験を受ける事すら無い。だが、まき絵が突っ込む通りに夕映が自習時間を守らないのは明らかにおかしい。

 だがまあ、あまり根を詰めすぎるのが良くないのも事実。

「ではワタシ達も少し休憩にするアルか」

 古の一言で完全に緊張感が切れる3人。きゃいきゃい言いながらタオルを持って水場へと向かう。そして変わらずに本を読み続ける3人。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………天国や~」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………天国ですね~」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………天国です」

「…………」

「…………」

「…………」

「「「…………天国~~~」」」

 もの凄くまったりとする一同。このまま溶けていきそうな気配すらある。

 

 ガサッ!

 

 だが、近くの植物の擦れ合う音でそれは一変した。

「誰や? アスナ? ネギ君?」

「待ってください、木乃香。私達以外はみんなあっちに行っているハズです。こちらには、誰もいないハズなのです」

 のんびりとした木乃香の声だったが、緊張を孕んだ夕映の声で状況は変わる。

 

 ガサガサ、ガサッ!

 

 急にその植物の音が空恐ろしく感じる。ここに誰がいるのか、それはもしかして危険なモノなのではないか?

 まずは夕映が椅子から立ち上がり他の2人を促す。そして慌てて立ち上がり、すぐに逃げられる体勢を整える3人。

 

 ガサガサガサガサガサッ!

 

 音はだんだんと大きくなり、ここに近付いてくるのがよく分かる。3人の顔がどんどんこわばっていく。そして―――

「あら? 何でここに?」

「横島さんっ!?」

「あっ、横島さんや。おひさ~」

「……えっと?」

 都合よくこの場にいる全員と面識がある横島が登場した。夕映だけはとっさに名前が出てこなかったみたいだけど。

「ああ、横島忠夫さんでしたね」

 そしてワンテンポ遅れて思い出す。その間におキヌがバッっと涙を流しながら飛びついていた。

「よ、横島さん~~~。会えて良かったですぅ!!!」

「うをっ!? お、落ち着いておキヌちゃん!!! 胸が、胸がっ!」

 ただ単に再会を喜んでいるおキヌだが、横島にとってのそれは煩悩との戦い。このまま理性をゴミ箱に捨てていきたい所だが、目の前に美少女である木乃香と夕映がいる前でそんな事は出来ないし、だいたい本人の同意無くおキヌにそんな事をしたら横島が悪者だ。ちなみに横島視点では『おキヌに』が最重要ポイントである。

 

 ちょっとの(おキヌが冷静になる)間をおいて4人の話が開始される。まずは礼儀正しく夕映から。

「ともかくお久しぶりです、横島さん」

「うん、ホンマおひさな。横島さん」

「ああ、本当に久しぶりだね。綾瀬夕映ちゃんに近衛木乃香ちゃん。それにおキヌちゃん」

 にこやかな挨拶。

「一回会っただけなのによく私達の名前を覚えてましたね。それにおキヌさんと知り合いなのですか?」

 恐らくは木乃香も疑問に思い、おキヌも逆の事を疑問に思ったのだろう。だが真っ先に言葉を口にした夕映が主に会話を進めて行く事になる。

「ああ、おキヌちゃんとはずいぶん長い付き合いになるよ。ところで君達はここで何してるんだい? というか、どうやってここまできたんだい?」

 クウネル譲りである信用できないナンパ用の笑みを浮かべながらもそう言うも、ここにいる3人は既に横島の本性を知っているのであまり意味はない。

 ……いや、おキヌの胸を高鳴らせる効果はあったが。

「そうですか……。私達は魔法の本を取りにきて、動く石ころのワナのせいでここに落とされてしまったのです」

 悔しそうに言う夕映に対して首を傾げる横島。

「動くいしころ? ……いや、その前におキヌちゃんも魔法の本を取りに来たの?」

 おキヌが何時この世界に来たのか、そしておキヌを含めた全員の事情が分からない横島はとりあえず一番聞き易いおキヌに尋ねる。

「いえ、私はそういう訳では無いです。2日前に次元の狭間からここに落とされちゃったんですよ」

 次元の狭間。神秘秘匿の概念がないおキヌが普通に漏らした言葉にギクリとして夕映と木乃香を見る。が、2人とも平然としていた。

(なに? この2人も魔法関係なのか? 確かに木乃香ちゃんの潜在魔力はすごいけど)

 クウネルを師に持ち、既に魔法使いとしての自覚がある横島は一瞬そう思うがその考えをすぐに否定した。平行世界から来たと言う事は、あの底知れ無いクウネルさえも大いに驚かせた事実なのだ。もしこの少女達が魔法関連だったとしたらそのありえなさに今でもおキヌにうさんくさい目を向けているだろう。よって、横島はこの2人は次元の狭間の意味が全く分からない一般人だと判断する。

 そして2人の会話がいったん終わったと感じたのだろう。夕映が話に入り込んでくる。

「申し訳無いですが『ジゲンノハザマ』とやらの話はおいておいて頂けますか? 次に私の質問ですが、横島さんはどうしてここにいるのですか?」

「どうしてって……。俺、ここに住んでるし」

 その言葉に夕映の目が大きく開かれる。

「ここにっ!? で、外にいって私達をナンパしたという事はここからの出口を知っているという事ですよねっ!?」

「あ、ああ。もちろんいくつかは」

「教えてください、ただちに教えてください」

「ちょ……、夕映ちゃん落ち着いて!」

 テンパって、横島の首を絞めながらがくがくと揺する夕映。もちろんそんな状態では横島もロクに返事は出来ない。そしてようやく夕映を引き離したら、どこからともなく寒気がおそいかかってきた。

「……?」

「私達をナンパ……?」

 訂正。おキヌからブリザードが吹いてきた。既に絶対零度の寒さだ。

「おおおおおおおおおおキヌちゃん」

「へぇ~~~、横島さん、夕映さんと、木乃香さん、ナンパしたんだぁ……」

 幽鬼のような表情と声のおキヌ。そして更に冷却剤を天然でぶち込む木乃香。

「ウチらだけやないえ~。のどかとハルナもや」

「のどかさんと、ハルナさんも、ねぇ……」

 絶対零度からさらに低い温度へと変わった。

「ねぇ。木乃香ちゃん、俺の事嫌い?」

「? なんでや?」

 全く理解していない木乃香。そして……

「横島さんのロリコン!」

「ちょ……ロリコンとは何ですか! 訂正を要求します!」

 冷たいおキヌの一言に横島がピシリと固まる。他の誰に言われるよりもおキヌに言われるのが一番堪える。そしてプクッと頬を膨らませてそっぽ向くすごいかわらしいおキヌと、ロリコン―――つまりはガキだと言われて興奮する夕映。修羅場だ。

「でな~、横島さん。出口どこや?」

 そしてその修羅場に気付いているのかいないのか。天然に天然で天然な木乃香のにこやかな言葉。うずくまってしくしくと泣く横島。普通に修羅場だ。

 と、その時。

「きゃー!」

 どこからか聞こえてくるまき絵の声。

「こ、この声は美少女の声っ!? 美少女がピンチ、行かなくては!」

 そして一瞬で立ち直り、一気に駆けだしていく横島。その姿はあっという間に見えなくなる。

「い、今のはまき絵さんの声だよねっ!?」

「そうやな」

「ええ、確かにまき絵さんの声です」

 狼狽したおキヌと、楓と古が一緒にいる事でやや安心気味の夕映と木乃香。ただ、横島の足の速さにびっくりしていたようだったが、それでも級友のピンチにすぐに立ち直る。

「まき絵さんがピンチです!」

「はよ、行かな!」

「そうですね!」

 意気投合する3人。

 だが、何が原因でピンチなのか。原因不明のまき絵に悲鳴をあげさせた存在か、それとも助けに行ったはずの横島か。

 それを聞けばもしかしたら原因が各々で違う結果になったかも知れないが、それを考えるのは大いなる蛇足というものだろう。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。