二組六人の異世界人   作:117

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1章 7話

 1人、また1人と。神秘の土地に根付く者達が。

 

 

 

 今は夜。女子寮ではネギを教師とした女学生達が徹夜で勉学に励んでいるであろうこの時に。

「うおおおおおっ!? し、新人類!?」

「うわー、すごい頭ですね~」

「タカミチ君、ご苦労だったの。では休んでくれたまえ」

「いえ……、失礼致します」

 図書館島から脱出した、初対面から全力で失礼な横島とおキヌはタカミチによって学園長室へと案内されていた。ちなみに学園長室につくまで、横島は何の気負いもなくおのぼりさんよろしく辺りを見回し、おキヌはかつて横島の母と初めて会ったときの様にカチコチだった。まあ、学園長を見つけた瞬間から緊張は解けたようだったが。

 そんな対照的で、ある意味とても似ている2人の様子を微笑ましく見つめながら。学園長はタカミチを見送って2人を椅子へと促す。こんな深夜に人手がそうあるはずもなく、テーブルの上にあるお茶は学園長自らが煎れたものだ。

「さあ、座ってお茶菓子でも……」

「こらうまい、こらうまいっ!」

「……えっと、何かすいません」

 そしてにっこりと笑って振り返った学園長の目に映った光景はすでにガツガツと3人分のお茶菓子を腹に納めつつある横島の姿と、かなり申し訳なさそうなおキヌの姿。だがそこは大人の余裕で、学園長はにこやかな笑みを崩さずに新しく多めにお茶菓子を取り出してテーブルの上に並べた。

「お腹が減ってたのかの? まあ、たんとおあがりなさい。おキヌ君ものぅ」

「おおっ。変な頭のじーさん、なかなか太っ腹やなぁ!」

「い、いえ私はっ! 横島さんも少しは遠慮して下さいよ。恥ずかしいなぁ……」

「何を言うんだおキヌちゃん、食えるときに食うは鉄則やで!」

「なんの鉄則ですかっ、もう!」

 学園長にしてみれば横島の反応はやんちゃな子供そのものだし、おキヌの反応もまるでおませな子供のようで初々しい。そして麻帆良の学園長がこの程度で気分を悪くするはずもなく、人のいい笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

「いやいや、おキヌ君や。出す方としてはおいしそうに食べてくれるのが一番ありがたくてな。

 遠慮せずにおあがりなさい」

「ホストがこう言ってるやないか、ゲストは従うのがスジやで?」

「はい……。ところで、横島さんはよくホストとかゲストとかって言葉を知ってますね」

「ああ、金が貯まったら夜の町に繰り出そうかと勉強を……ハッ!?」

 お茶菓子を食うのに夢中でついイラン事を口走ってしまう横島に、笑顔でおキヌが迫る。

「よ~こ~し~ま~さぁ~ん?」

「か、堪忍や~。未遂やからいいやないか~!」

 命には変えられないのか、お茶菓子を手放して地面にひれ伏しペコペコとコメツキバッタになる横島。そしておキヌも未遂だからいいと考えたのか、プクッと可愛らしく頬を膨らませるだけで横島を許してお茶菓子に向き直った。そして丁寧に包みをはがしてパクッと一口。

「……甘い」

 女の子が甘いものを食べた時に見せる、見るものまで幸せにさせる満面の笑み。そして次に湯のみを持って上品に中身をすする。

「……おいしいです」

 ホゥ、と優しげに一息。見ればいつの間にか横島もバクバクとお茶菓子をすごい勢いで口に運んでいる。ベクトルは違えども出す方とすれば両方ともこの上なく美味しそうに食べてくれている。

 学園長は嬉しそうに新たなお茶菓子とお茶を用意し始めた。

 

「あ~、食った食った」

「ご馳走様でした」

「お粗末様じゃったのぅ」

 お茶菓子を比喩なく腹一杯に詰め込んだ横島と、きっちり1人前だけを平らげたおキヌ。孫を見るような楽しげな目でそんな2人を見ていた学園長だが、ここにいたりやや目を鋭くした。

「時に2人共のぅ、少々話があるんじゃが構わんかの?」

「ええ、もちろんです」

「俺も構わんですよ~。こっちも色々と聞きたい事があるし」

 学園長は少し2人の評価を改めた。おキヌはややボケボケしたところがあるがかなりしっかり者のようだ。どこか彼の孫娘に近い印象を与える。

 そして横島。ムラは大きいようだが、対面して初めて知れるかなり底知れない実力を感じる。半年程前に孫娘からそれとなくナンパしてきた人物の名前を聞き出したが、それの名前も横島忠夫だった。隠れる事や逃げる事に関しては一流の腕を持っているという事と、『あの』事を除いては完全にアンノウン。

 腹を括り直した学園長は真っ向から爆弾を落としてみる事にした。

「時に君たちは小竜姫という人物に心当たりは無いかの?」

 『あの』事。それすなわち世界樹の精霊竜、小竜姫と知り合いだと言うこと。

「「小竜姫さまを知っているんですか!?」」

 身を乗り出しつつ見事に食いついてくる2人。ここまで見事だとむしろ食いつかれた方がビビる。まあ、学園長はこの位でビビるほど可愛げがある訳では無いが。

「ほっほっほっ、まあ2人共落ち着きなさい。

 とりあえず座って。お茶でも飲んでいったん落ち着きなさい」

「で、でも……」

「…………」

 彼らにとっては重要な事なのだろう。おキヌはオロオロと横島を見ているし、横島もお茶なんぞ飲んでいる場合ではないと学園長に睨みをきかせる。

(まだまだ若いのぅ)

 そんな直情的な反応を受け流しつつ、さらりとしたり顔で話を進める。

「いいからいいから。一杯お茶を飲んで、落ち着いたら全部話すからのぅ」

 やんわりと言い聞かせられた2人はバツが悪そうに揃ってお茶をすする。その反応に内心ニヤリとする学園長。

 話術において、一回でも仕方なくでも学園長の意見を聞いたという事は大きい。心理学的に次以降の意見を聞いて貰える可能性が飛躍的に高まるのだ。どんな交渉になるか分からないが、有利に進めるのならば大歓迎なのは当然だろう。

 そして2人が一息ついたのを見計らって学園長が口を開いた。

「では、小竜姫さまの事じゃったかの? さてはてどこから話したらいいものか……」

 本気で悩む学園長。小竜姫の話をするのはやぶさかではないのだが、彼の言葉の通りにどこから話せばいいのやら。小竜姫の現在の居場所か、小竜姫との出会いからか。はたまたいつになったら小竜姫と会えるのかといったことからか。まあ、それよりもとりあえず。

「おお、忘れておった! ワシは麻帆良学園学園長の近衛近右衛門じゃ」

 自己紹介を忘れていた。横島とおキヌもようやくそれに思い当たったのか、ハッと顔を見合わせる。その際、『スマンスマン、うっかりしていた』的な反応と『初対面なのに』と恥ずかしさを全面に出した反応をした両人。

「氷室キヌと申します。ご自由にお呼び下さい」

「横島忠夫。気軽に横っちで構わんよ~」

「ホッホッホッ。ではおキヌちゃん、横島君と呼ばせて貰おうかの」

 学園長はどこまでも対照的な2人に相変わらずな笑みで答えた。そして唐突に本題へ入る。

「で、小竜姫さまの事じゃが。まずは彼女との出会いからお話しようかの」

 そこで学園長は懐かしそうにスッと目を細める。

「もう、21年前になるのかの。彼女と最初に、そしてただの一度だけ出会ったのは」

 そして本当に懐かし気な口調で語りだす。

「22年に一度、世界樹がその内に溜め込んだ魔力を外に放出する。その間の3日間がうちの文化祭、麻帆良祭があるのじゃが……」

 とつとつと逸れた話を語る学園長を尻目に、小声でおキヌが横島に尋ねた。

「あの、横島さん。世界樹って何ですか?」

「地下で植物の根があったやろ? あの木の事で、樹高が270メートル位の大木のこと」

「……それ、世界最大の木じゃないですか?」

「まあ、多分な。だけどあの木もそうだけど、魔法の木だから世間的には隠匿されてるし、他にも似たような条件の木があればもっと高い木がありうるかも知れんけど」

 ひそひそと話す2人に気づいているのかいないのか。ちょうど話終えると同時に学園長の話が本題に戻る。

「……それでの、ワシも若かった。世界樹の魔力が放出される年の3日目の夜、つまりは最も魔力がたぎる時にしか会えぬという世界樹の精霊に会ってみたいと思ったのじゃ。

 深い理由など何も無い。強いて言うならば、誰も見たことが無いと言う世界樹の精霊を見てみたいと言う好奇心からじゃった。

 そして、そこで彼女と出会ったのじゃ」

 学園長の目は既に二人を捕らえていない。遠く、二十余年昔を見つめていた。

「まあその経緯の細かい話は省くとして、ワシは最終的に世界樹の精霊竜に会う事が出来たのじゃ。正直、その時は驚いたものじゃった。まさか精霊竜があんなに見た目麗しい美女だとは思わんかったからの。

 そして彼女はある人物を捜していると言った。横島忠夫と言う男と、氷室キヌと言う女。いつこの見つかるか分からないかもにその2人を是非とも探し出して私に会わせて欲しいとな」

 深く、深いため息をつく学園長。そしてそのため息の重さを推し量る事さえ出来ずに黙って見守る二人。

「今日、君たちに出会えて本当に良かった。もし後一年半時期が遅れていたら君たちを小竜姫さまに出会わせる事が叶ったか分からん」

「そんな大げさな。一年半後には学園長の命が危ないって訳でもないでしょう?」

 苦笑混じりにおキヌはそう言うが、学園長は静かに首を振る。

「小竜姫さまは二十二年に一度、世界樹の大発光の時しか世界に出て来れないそうじゃ。なんでも竜神の武具というものが足りないらしく、その日だけなら無茶も効くらしいがのぅ」

 その言葉におキヌの苦笑がひきつる。

「確か、来年の学園祭時期が次の大発光でしたね。

 危ねぇ……、少しずれてたら二十二年間待ちぼうけだったぜ」

 ふぅ、と冷や汗を拭う横島。

「じゃから、本当に幸運じゃった。これでワシの肩の荷も一つおりたわい」

 ニッコリと二人に微笑む学園長。そして佇まいを直して二人に問いかける。

「時に、これを聞いて君たちはどうするつもりかな?」

「どうするって……どういう意味ですか?」

 可愛らしく首を傾げて尋ねるのはおキヌ。そんなおキヌに真剣な顔を崩さぬままに問いを続ける学園長。

「言葉の通りじゃよ。まず最初に君たちは小竜姫さまに会うつもりはあるのかな?

 嫌だというならば君たちの意見を尊重するつもりなのじゃが」

「いや、それはもちろん会いたいけど」

 眉をひそめつつも横島が返す。それに対して更に問いを重ねる学園長。

「ならばそれまでの期間、君たちはどうするのじゃ? 君たちは戸籍すらないのじゃろう?」

「あっ、そうか。横島さん、どうしましょう?」

 ようやく学園長の言いたい事が分かり、横島の方に振り向くおキヌ。だが横島は厳しい表情で学園長を睨みつけていた。そのまま少し、緊迫した時が続く。

「横島さん?」

 そしてその空気をまず壊したのはおキヌだった。無理もない、彼女はどうして横島がこんな表情をしているのか分からなかったのだから。

 そしてそれがきっかけとなり、横島はおキヌを完全に無視して、厳しい表情で学園長を睨みつけたまま問いつめるように学園長に声をかける。

「学園長、どうして俺たちが戸籍が無いことまで知っているんや?」

 その言葉にハッとなり、おキヌも学園長に向き直る。当の学園長はホッホッホッと笑いながら横島の問いに答えた。

「やはり訳有りのようじゃのう。何、大した理由じゃないわい。小竜姫さまに君たちを探すように頼まれた時、既にワシは日本中の戸籍を調べて『横島忠夫』と『氷室キヌ』という者を探したのじゃ」

「けど、居なかったと?」

 勘ぐるように言葉でつつく横島。彼の師、クウネルには平行世界から来たという事実がバレる事についての危険性について十分に念を押されている。横島も元の世界でも、異世界からの来訪者がどのような目に遭うかは想像に難くない。おキヌも事ここに至り、ようやく横島が危惧している事柄に気づいて無意識のうちに学園長を睨みつけていた。

「いや、一人だけ『横島忠夫』と言う人物は居たのじゃがの。ただの同姓同名じゃったわい」

 ホッホッホッと笑みを浮かべる学園長の真意は読みとれない。そこで横島はスッと片手を軽く握って前に出す。

「…………」

「!」

 自然、警戒を深める学園長とやや驚いた表情を見せるキヌ。その、軽く握った手の中には文珠があった。そこに記された文字は『知』。

「俺には学園長が言った事が嘘かどうか『知』る事が出来ます。お互い不快な事にならないようにお願いします」

「ふむ」

 何も、クウネルに教わった事は魔法とナンパ術だけではない。交渉術、読唇術、腹芸、戦闘技術、ついでに宴会芸まで多岐に渡る。そしてそれらのいくつかは美神の付き人として長く彼女の後ろを歩いていた横島と、とても相性のいいものだった。

「では質問です。あなたは小竜姫さまとどのような話をしましたか?」

 一拍子置いての質問。そしてやはり一拍子置いての回答。

「まずは自己紹介。そして横島忠夫と氷室キヌを探して会わせて欲しいと言う事と、その2人がとても不便な立場に居るだろうから力になって欲しいという事」

 

 一瞬の空白、そして。

 

「……嘘だ」

 冷ややかな横島の声におキヌの顔が強張る。そしてその全てを意にかえさぬように、学園長はにこやかに言葉を続けた。

「左様。君が先に嘘をついたように、ワシも真実を語らない事にしたのじゃ。何か言う事はあるかの?」

「―――とんだジイサンだな、あんた」

 視線を和らげて、降参と言った風に両手をあげる横島。訳が分からないのはおキヌだ。

「えっと、どういう事ですか?」

 キョトンとしながら二人に問いかける。そしてそれに答えたのは学園長だった。

「簡単じゃよ。横島君は『嘘を知る』事が出来るのではなくて『真実で無いかを知る』事が出来る、という訳じゃ」

「えっと……それどこか違うんですか?」

 訳が分からないといった風に再度問いかける。そしてそれに今度は横島が答える。

「まだ何か小竜姫さまと話したことがあるんだ。それを言わないのは嘘を言った事にはならない、だけど真実も語っていない」

「まあ、そこの辺りを調べるためにわざとそう言った答えを返したんじゃがの」

 ハァ。と、狐と狸の化かし合いにおキヌの口からため息が漏れた。

「すごいですね~、横島さん。いつの間にそんな事を覚えたんですか?」

「……美神さんのマネしただけ」

「……それは」

 誉めるべきか貶すべきか微妙なところだ。美神は目的の為には手段を選ばないところがあったから。

「横島君は人が良すぎるようじゃ。無理とは言わんが、よっぽどの覚悟を決めるかそれとも綿密に作戦を練らないと人を騙す事は無理と見たが、どうじゃ?」

「…………」

 すごい嫌な顔で睨んでくる横島を、ホッホッホッと笑っていなす学園長。そして肩の力が抜けた一同はすんなりと話が進んでいった。

 

「さっき真実を語らなかった部分とは?」

「なぜ大発光の時しか現れる事が出来ないかと言う理由じゃな。ほれ、竜神の武具の辺りじゃ」

「なんでそんなに面倒を見てくれるのですか?」

「困った人がいたら助ける。それがマギステル・マギじゃ。小竜姫さまに頼まれたらなおさらじゃしの」

「……あなたは俺とおキヌちゃんの味方ですか?」

「もちろん、Yesじゃ」

 

 そしてやがて質問が終わる。

 横島はおキヌに向き直り、ようやくその言葉を言った。

「俺は学園長の事を信用出来ると思う。おキヌちゃんの結論はどう?」

「私も、信用出来ると思います」

 そもそもおキヌは人を信用しやすい性質であるし、能動的な性格でも無い。また、騙し合いも得意な方ではない。そんなおキヌが横島が信じた人を、一部美人を除いて疑う訳がない。

 そうして二人の信用を得るに至った学園長はニコリと笑い、話を先に進める。

「それではこれからの事を話し合おうかの。とりあえず、年と学年を言って貰えんか?」

 学園長の言葉にまず口を開いたのがおキヌ、次に横島がプロフィールを告げる。

「年は15、高校一年生でした」

「年は18、高校三年」

 その言葉にふむと一息ついてから思考を回す学園長。今、変わった形をした彼の頭の中では麻帆良において横島とおキヌが違和感なく溶け込める場所を探している最中である。

「ならばおキヌ君は麻帆高か聖ウルスラか―――まあ、成績しだいじゃな。横島君は麻帆良大学のどこかの学部でいいかの?」

「はい、もちろんです」

「いやじゃ」

 同時に発言された言葉は正反対のものだった。OKを出したおキヌは置いておき、NOの返事をした横島を見て問う学園長。

「おや、待遇に不満があるのかの?」

「大ありじゃい!」

 間違っても威張れる立場でないのに、大きく胸を張って答える横島。まあ、学園長もこの位で腹を立てる程子供ではない。オロオロとするおキヌを尻目に、根気よく穏やかに問い続ける。

「どこが不満かの?」

 その問いに決まっていると前置きをした上で、

「俺は、勉強が大っ嫌いじゃ!」

 極めてワガママで分かりやすい返答をした。

「ホッホッホッ、なるほどのぅ」

 しかし学園長にしてみれば予想された反応の一つである。だって図書館島での問題、一問も解けなかったし。この時点で横島とおキヌの学力はバカレンジャー以下確定だ。

(となるとおキヌ君も高校はちょっと無理、かの。一年留年して中学3年あたりが妥当……、となるとやっぱり3―Aか。

 そうすると横島君も3―Aに置いた方が何かと融通が効きやすいかのぅ。幸い衛宮君をいつでも迎え入れられるように副担任にはすぐ入れられるし、衛宮君と一緒にネギ君の補佐といった形がベターかのぅ)

 学園長の中では既に二人の配置が決まっていたが、そこは本音と建て前を使い分ける大人である。真実を語り、なおかつ都合のいい様に話を再開する。

「ふむ、では横島君には近いうちに見合った就職先を伝えるから待機しといてくれぃ。おキヌ君は明日の期末試験の問題を生徒と一緒にやってくれたまえ。それが終わってから正式に行く場所を決めよう」

 横島の文珠に反応は無い。だって、全て言っている事は真実だから。そして一度信用した人間を念のためと疑うには横島とおキヌは若すぎた。

「ああ、それでいいや」

「横島さんっ! ……すいません、よろしくお願いします」

 慇懃な横島と礼儀正しいおキヌ。二人の人の良さと甘さを確認し、学園長は静かに言葉を続ける。

「では、取りあえずのホテルに案内しようかの。

 ―――バゼット君」

 学園長の呼び声で表情の無いバゼットが作法に則って室内に入ってくる。が、その瞳には明らかに怒りの色が混じっていた。

 その理由を知るためには図書館島護衛任務の直後まで時間を戻さなくてはならない。

 

 

 

 ・

 

 コンコン

 

 もう日付が変わろうかという頃、やや控えめに学園長室の扉が音をたてる。

「バゼット君じゃな、入りなさい」

 学園長の柔らかな声に従い、バゼットが入室する。

「失礼します」

 もちろんその際の一言も忘れない。そしてコツコツと高い足音をたてて学園長の机の前まで行くと、直立不動の模範例のような格好で静止した。

「ネギ・スプリングフィールドとその生徒若干名の護衛任務、完遂報告に参りました」

「うむ、ご苦労じゃった」

 学園長は心から部下の苦労を労うような言葉をかけるが、その瞳の奥に何やら怪しげなイタズラ心が宿っているのに気が付かないバゼットではない。学園長のイタズラは愉快な冗談からシャレにならないものまで多岐に渡るため、気が抜けないのだ。マジで。なにせバゼット主観で最も性質が悪いときになると、元の世界の時計塔下層クラスのイタズラになる。つまり、もうイタズラなのか殺意のある命令なのか分からなくなるのだ。時計塔と違い死人や重傷者が出てないのは性質が良いのか悪いのか、そこで悩むレベルである。

「それで、他にお話が無いのならば私はもう帰って休みたいのですが」

 とりあえず機先を制してみるバゼット。このまま雑談に入り、ただでさえ消耗している体力や精神力、集中力が更に消耗する前に本題に入った方がいいだろうという判断だ。案の定その話に3時のおやつが1時に出された子供みたいな表情をする学園長。自然バゼットの警戒のレベルがあがる。

「うむ、実は護衛任務に少し問題があっての」

(そら来た)

 バゼットの心中も何のその、平然と学園長は言葉を続ける。

「最初に依頼の時、この護衛任務はワシの依頼だとバレない様にと頼んだハズじゃが、その辺りが守られていない気がするのぅ。バゼット君はどう思う?」

 バゼットの頭の中で幾通りシュミレーションが瞬間的に行われる。そして出された結論は、

(……マズい)

 だった。それでもバゼットは一縷の望みにかけて話を続ける。

「仰る意味が分かりかねますが。私は学園長の依頼だとバレない様にという指示を受けてミスタータカミチからの指示と言いました。これは十分に依頼内容を遂行してるように感じます」

「しかしのぅ、ではタカミチ君はどのような説明をすればいいのかの? 情報源を漏らすわけにもいかんし」

「単純にあの一団の話を盗み聞いたでいいのではないですか?」

 そう真っ当な反論をするも、ここで話が終わるような話題をする時に学園長があんな目をするはずも無い。

「それがのぅ、彼女たちがその計画をたてていたのは女子寮の大浴場らしいのだ」

(なぜよりにもよってそんなところで……)

 バゼットは間違ってもタカミチのいない所で計画をたてたあの一同を心から恨む。ちなみに、その中になんの罪もないネギが含まれていた事を追記しておく。

「そんな話、私は聞いておりませんが」

「そりゃそうじゃ。その話をする前に電話をきったのは君じゃろうに」

 本当にそこまで話す気があったのかどうかはともかく、確かにいきなり電話をきったのはバゼットである。これも反論できない。

「……まあ、話は分かりました。しかし、それ位はどうにでもなる範囲ではないのですか?」

 その言葉にウムと頷く学園長。

「確かにどうとでもなる。しかし、それをどうにかしなければならないのは君の仕事じゃろ?

 第一、タカミチ君がそれと知らずに『バゼット君に護衛を頼んだのは学園長からの指示で』とか言うてみぃ。君は仕事を完遂できたとは言えなくなるとは思わんか?」

 ぐぅの音もでない。そう、バゼットは誤ったのだ。学園長室に来て、まず最初にその不安要素を報告しなくてはならなかった。自分からこの報告をしなくてはならなかったのだ。疲れから報告をし損ねた事が彼女の最大のミス。

「…………」

「ホッホッホッ、その構えんでいい。結果的に大事に至らなかったのじゃから、軽い雑用でこのミスは帳消しにしようじゃないか」

 表情が無くなってきたバゼットに学園長が気さくな口調で語りかける。もちろんそんな学園長の態度はバゼットに癪にさわるだけではあるが。

「分かりました。では、雑用とはどのような?」

「それはのちのち連絡する事にしよう。とにかく今日は本当にご苦労じゃった」

 愉快そうに笑う学園長を背にして、苦虫を噛み潰した様な表情をもはや隠さずに学園長室を辞するバゼットだった。

 

 

 

 ・

 

 横島達を道案内するという雑用を命じられたバゼット。接客が任務なのだからそこまでヒドい顔はしてないが、内心はあまり想像したくない。

「こんばんは、お二方。私はバゼット・フラガ・マクレミッツと申します。

 普段は麻帆良で警備員をしておりますが、本日はお二人をホテルまでお送りするのが仕事です。

 これからもお会いする機会が多くなると思いますから、どうかよろしくお願いします」

 ニッコリと業務用のスマイルを浮かべて丁寧に挨拶をするバゼット。見る者が見ればその態度こそが怖い。

「氷室キヌです。どうかよろ「お綺麗なお姉さん、初めまして。私、横島忠夫と申します」」

 キヌの挨拶を遮って、例のとても信用できない笑みを浮かべたままバゼットの手を取る横島。

「ええ、これはご丁寧にどうも」

 それに対して全く動じずに大人な対応をとるバゼット。そしてそれに更に気を良くして調子に乗るバカが一人。

「美しい方だ……。どうです? 親睦を深める意味で明日に私とデートしませんか?」

 キラリと白い歯を光らせつつナンパする。怪しい事、この上ない。そんな節操の無い横島に怒りをあらわにするおキヌ。

「横島さんっ! いきなり何を言っているんですか! バゼットさんもはっきり言っていいですから」

「構いませんよ、横島さん」

「ほらバゼットさんもこう、言って……?」

 この部屋にいる四人のうちの三人が、ナニカとてつもない言葉を聞いた気がした。

「……? どうか致しましたか、3人とも?」

 キョトンとしたバゼットが問う。それに反応したのは横島。

「えと、バゼット……さん? あなた、構わない、言った、デート?」

 どうやらナンパした本人がその応えを一番信じられないらしい。

「なぜカタコトなのですか? 確かにデートすると言いましたがそれが何か? 雑用を押しつけられたので多少ストレスが溜まっています。それが少しは発散出来るといいのですが」

 あっけらかんとしたバゼットの言葉に、一番パニクったのはおキヌである。

「バババババゼットさん? デート、横島さんと、なんで?」

「だから何故あなたもカタコトなのですか? 別に親睦を深めるデートくらい構わないでしょうに」

 流石は『初めて』を仕事の一環で失った女。器がダメな方向にでかい。

「ダメです! 絶対にダメです!!」

 そして断固反対するおキヌにカチンときたのか、ギロッと彼女を睨むバゼット。

「ダメ、とは? なぜあなたがそんな事を決定する権利があるのですか?

 これは私とミスター横島の間にかわされた約束です。ミスキヌ、あなたは私の母ですか? それともミスター横島の妻ですか?

 そのどちらでもないなら私たちの問題に口を挟まないで頂きたい」

「なっ……!」

 反論の余地がない正論に、おキヌの頭がぶっ飛ぶ。

「な、なら私もついて行きますっ! 勝手についていくなら自由ですっ!!」

「ダメです、あなたは明日テストです」

 そしてそれにさえもバゼットは冷静に、そして理知的に返答する。今度こそ何も言えなくなるおキヌ。

「では学園長、失礼します。

 ミスター横島、デートの待ち合わせ場所と時間を決めましょう」

 礼を残し、ベクトル正反対で放心状態の二人を引きずりつつ退席するバゼット。それを見て心から横島の冥福を祈る学園長だった。

 

 

 

 翌日の朝。世界樹前広場において男装の麗人が1人、腕時計に視線を釘付けにして立っていた。麻帆良学園内で良くも悪くも有名になりつつある彼女は、麻帆良の特別な気質もあるだろう。彼女の事をよく知る人からも知らない人からも非常に好意的な視線を浴び続けている。

 そしてやがて世界樹広場に、僕はウキウキしてますと言わんばかりの様子で赤いバンダナを巻いた青年が姿を現した。そして青年は人の少ない広場の中から目当ての1人を見つけだして、優越感たっぷりに近づいていく。

「やあ、バゼットさん!」

「遅いっ!」

「だぼっ!?」

 で、出会い頭に右ストレートを一発。

「ちょちょちょ、何するんですかアンタッ!」

「何をする? 決まっています。自分から女性をデートに誘っておいて相手を待たせているのですから当然の報いです。

 何かおかしいところはありますか、横島さん?」

 常人ならば死んでいるであろう一撃だが、相手は他の誰でもない横島。即座にリカバーして文句を言う。だが、出会い頭にためらいなく即死レベルの一撃を放っておいてしれっとしているバゼットもなかなかの胆力と言えるだろう。

「おかしいところだらけだわっ! 時計見て見ろ、時計っ!

 まだ11時55分だろうが! 待ち合わせ時間には間に合っているだろうがっ」

「間に合っているかどうかは問題ではありません。私が待たされていたかどうかが問題なのです」

「…………」

 ―なに、この女王様―

 辺りで聞き耳をたてている人と横島の心が一致した。バゼットはそれに気がつかないまま言葉を続ける。

「それにこの国には『郷に入りては郷を従え』という言葉があるではありませんか」

 

 ―だから、どこの女王様だよアンタ―

 

 辺りで聞いていた人の意見が再び一致する。一文字言葉が違うだけで意味が正反対になる言葉も珍しいだろう。

「そ、そう言われてみれば……」

 もちろん中学校の範囲すら解けなかった横島である。そんな慣用句など知るわけもなく、やけに自信たっぷりなバゼットにすっかり騙されていた。

「さて横島さん。何か問題はありますか?」

「いえ、特にないです」

 で、バゼットがとてもキレイな笑みを浮かべたら騙され切った。辺りにいる人間の可哀想な視線なぞものともせずに横島はここでデートをおじゃんにしてたまるかと強引に話を進めていく。

「さて、とりあえずお昼だけどなにか食べたいものある?」

「そう……ですね」

 クウネルにかなりのお小遣いを貰って、どんな店でもどんとこいな横島をよそに少しだけ考え込むバゼット。やがて顔をあげたかと思うと、視線が一つに固定された。

「……あそこなぞいかがでしょうか?」

「……牛丼屋?」

 そこは某牛丼屋、有名なチェーン店である。のだが。

「なかなか高級な店を選びますね、バゼットさん」

 インスタントラーメンに卵を落とすのが贅沢であった横島にとってそこは高級料理店に相違ない。ちなみに横島主観では、1杯1000円のラーメン屋は超高級料理店で、一食100000円を楽に越えるような美神御用達の料理店なぞ天国を通り越して人類を堕落させる悪魔の店だ。

 そんな横島の事情を知らなければ牛丼屋のチェーン店を高級料理店というのは皮肉以外の何物でもないのだが。あいにくとと言うか幸いとと言うか、相手はあのバゼットである。

「私は高級料理店だとは思いませんが……」

 横島の言葉を額面通りに受け取り、それが間違えでないのだから困ったものだ。可愛らしく首を傾げるバゼット。おかしな方向で噛み合っているのだから案外いいコンビなのかも知れない。

「それはともかく、行きましょうか。私はお腹がすきました」

「ええ、そうッスね。今日は俺の奢りですから好きなだけ食っていいですよ」

 横島の安易な言葉。それにギュピーンとバゼットの目が妖しく光る。

「ほう……言いましたね。その言葉、覚えましたよ?」

「へっ……?」

 呆ける横島の腕を掴んで、ズルズルと物のように彼を引きずりながら牛丼屋へと侵入するバゼット。

「いらっしゃい!」

 中から店員が愛想よく声をかける。それを無視してバゼットは手頃な席を見つけ、横島をイスに叩きつけて自分は優雅に着席する。そしてすぐに熱々のお茶が運ばれてきて――

「お代わりをお願いします」

 ――間髪入れずに飲み干した。

「は、はい」

 男装の麗人が行った奇行。それに店員は一瞬呆けるが、バゼットの威圧に意識を取り戻して、慌ててお茶のお代わりを取りに行く。

「……のど、火傷してません?」

「なぜですか?」

 ふーふーとお茶を冷ましながらすすっている横島の顔を、心底不思議そうに見るバゼット。

「いや、大丈夫ならいいですけども。ところで注文、何にしますか?」

 一方の気遣いが無駄になった横島は、やや残念そうにメニューへと視線を移す。それにつられて、という訳でもないだろうが、バゼットも視線をメニューへと視線を移した。

「そうですね。とりあえず牛丼特盛り2つ」

「なんで俺のも……」

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないです」

 勝手に注文を決められた横島が文句を言おうとするも、ここでバゼットの機嫌を損ねる事をよしとしないで無言を保った。

 そしてしばらく2人は無言で、喧噪の中での無言という一風変わった空間ができあがった。そしてやがて、お茶のお代わりがやってくる。

「お待たせ致しました。ご注文をどうぞ」

 営業スマイルを浮かべながら店員がお茶と共に注文を聞きにくる。

「牛丼特盛り2つ。それとお茶のお代わりを」

 神速のお茶飲み。運ばれたと思ったら空の湯のみ。一瞬店員は、自分がお茶のお代わりを忘れてしまったのではないかと不安になる。が、最初のお代わりを思いだし、ただの早飲みと自分に言い聞かせてニッコリと営業スマイルを浮かべた。

「牛丼特盛り2つとお茶のお代わりですね。かしこまりました」

 そして復唱。マニュアル通りの対応をして下がろうとする店員は――

「ああ、ちょっと待って下さい」

 ――明らかにトラブルメーカーになりつつある男装の麗人によって呼び止められた。店員は自分の営業スマイルが引きつるのを自覚しながらも、流石に無視は出来ない。無理矢理作った笑みをバゼットに向けて問いかける。

「なにか?」

「なにかもなにも。あなた、横島さんの注文をとっていないでしょう?」

 なに言ってんだ、コイツ。

 バゼットと店員、そして横島までもがその表情をする。

「……えっと、バゼットさん。あなた、牛丼特盛り2つを頼みましたよね?」

「ええ、間違いありません」

「で、俺の分の注文が終わってないと?」

「ええ、終わってないではありませんか」

 取りあえず横島が状況確認の為に尋ねてみたら、横島がすごく変な顔をした。そして恐る恐る質問を追加する。

「あの、バゼットさん。あまり答えを聞きたくないんですが、頼んだ牛丼特盛り2つは誰が食べるんで?」

「私が頼んだんですから私が食べるに決まっているじゃないですか」

 ある意味予想できた、想像から最も遠い答え。

「あっ、もちろんこれで終わりじゃないですよ。今日はお言葉に甘えて、食べられるだけ食べてみますから」

 そして今想像を越えた。とてもいい笑顔でそういうバゼットに横島はぐぅの音も出ない。

「……すいません、注文いいですか?」

「は、はい」

「牛丼特盛り3つ! 大至急!!」

「は、はいぃ~」

 で、横島もキレた。というか壊れた。

「くっくっくっ。この大食いの忠ちゃんと詠われた俺に大食い勝負を挑むとは無謀な奴め」

「……ふっ。井戸の中の蛙、大海を知らずと言いますが。いいでしょう、その言葉の意味を教えて差し上げましょう」

 不気味な笑みを交換する横島とバゼット。特筆すべき点としてはバゼットは至って正気というところだろうか?

「お待たせ致しました、お茶のお代わりと牛丼特盛り5つです」

 そこで戦争、開始。ギュピーンと2人同時に瞳を光らせて牛丼特盛りに向かう。

「こらうまい、こらうまいっ!」

 ガツガツとものすごい勢いで牛丼を胃に運んでいるのは横島。飯粒があたりに飛び、下品で汚いといったイメージが持たれかねないが、それを補って有り余る程に彼の食いっぷりは気持ちがいい。そして横島があっという間に牛丼一杯を食べ終わったところで、

「すいません。牛丼特盛り2つとお茶のお代わりをお願いします」

 バゼットが2杯の牛丼特盛りを、それも飯粒の1つに至るまで完食していた。上品にハンカチで口を拭いていたバゼットに、ギャラリーからオオォ、といった歓声があがる。

「無駄な動作が多すぎますよ、横島さん。もっと動きを合理化しないと私には勝てない」

 別に早食いではないのだからスピードは関係ないのだが、それでも早く食べている方が相手よりたくさん食べているという事で精神的優位にたてる。が、大食いでそこまで考えているバゼットの頭の中はどうなっているのだろう。

 と言うかそもそも、本当に早食い勝負ではないのか。大食い勝負でさえノリで始めたのだから、もう2人の中では早食い勝負でもあるのかも知れない。その証拠に横島もニヤリと笑って言葉を返す。

「ご忠告どーも。だけど甘いっ!」

 そしてみるみるうちに丼の中から食べ物が消えていく。流石にその早さにはバゼットの目も見開かれた。

「お待たせ致しました、牛丼特盛り2つになります」

「すんませんっ! 牛丼特盛り3つ追加っ!!」

 そして牛丼がくる僅かの間に横島も2つの牛丼特盛りを完食。その頃にはバゼットの顔にも笑みが浮かんでいた。

「なるほど、スロースターターでしたか。これでこそやりがいがあるというもの。

 すいません! 私にも牛丼特盛り2つ追加!」

 見ればバゼットの牛丼特盛りの1つは完食されていた。

「負けませんよ、横島さん?」

「こちらもですよ、バゼットさん」

 ニヤリと再び不気味な笑みを交わす2人。その後ろでは集まったギャラリーが「バンダナに200円!」「泣きボクロに500円!」と麻帆良恒例の賭に移行している。

「お待たせ致しました、牛丼特盛り5つです」

 ギュピーンと4つの瞳が輝く。そしてまた一気に丼の中身が減っていった。

 

「……22杯と21杯」

 珍しく静かな牛丼屋の中で静かにその数字が読み上げられる。

「……勝者……」

 ゴクリと誰とも知れないツバを飲み込む音が響き、

「泣きボクロ!」

 爆発。ギャラリーと共に勝利の喜びをあらわにするバゼット。突っ伏して動けない横島。そしてそんな横島に近づく男が1人。

「お会計は20640円になります」

 店員だった。そしてその言葉が引き金になり、横島はず~んと更なる落ち込みを見せる。

 というか、牛丼屋で1万どころか2万越える奴なんて初めてだ。

 

 支払いを終えてから少し経ち、牛丼屋の近くで今後の予定を話し合うニコニコ顔のバゼットと笑みなんてどこにもない横島。

「では、次はどこに行きますか」

「……えっと。じゃあ、カラオケとか?」

「カラオケ?」

 バゼットの問いに横島が答えるも、カラオケを知らないバゼットは更に質問で返す。

「えっと、カラオケっていうのは歌を歌う場所なんだよ」

「歌? 歌ならばどこでも勝手に歌えばいいじゃないですか。わざわざ無駄な事をしにいくなんて……」

「いや無駄な事って……。つか遊びなんて突き詰めちゃえばみんな無駄な事じゃん?

 まあ、それはともかく辺り構わず歌を歌っていたら騒音になるでしょ? だから防音設備のある場所で、本物をコピーしたバックミュージックを流して歌手になりきって歌うわけ」

「ああ、なるほど。投影願望を満たすわけですね」

「と、とーえーがんぼー?」

 聞きなれない言葉に、思わず横島の目が点になる。

「ですが、私は日本の歌どころか祖国の歌ですらろくに知らない。それでカラオケとやらを楽しめるのですか?」

「あ~、それだとちょっと無理かも」

 そして示された疑問によりカラオケ行きはなくなる。

(う~ん。なんか性格が掴みにくいんだよな、バゼットさんって)

 しっかりと応対をしつつ横島はそんな事を考えていた。浮き世離れしている事は確実なのだが、その方向性が今まで知り合った人々の中にいないタイプなのである。

(さて、どうすればいいやろか?)

 雑談をしながらクウネルに教わり、特訓したナンパ術について反芻する。

(まず第一に相手に不快感をもたれない事。第二に自分が楽しむより相手を楽します事。そして最後にお金を惜しまない事)

 ちなみにこの教えを受けたとき横島はヤる事をヤりたいとだだをこねたのだが、惚れさせればヤりたい放題だと言いくるめられた過去がある。心底どうでもいい過去だが。

 まあそれはともかくとして現実に横島が頭を悩ませているのは第二の項。バゼットをどうやって楽しませていいのか分からないのだ。と言うか、遊びを無駄の事と言い切るバゼットに対してどのような遊びが有効なのだろうかは想像すら出来ない。なら、試しに自分の好きなところに誘ってみようかという気になってくる。

「ではバゼットさん、ご一緒にラブホテルにでも……」

「死ねぇ!」

「だびゅん!?」

 が、自分の好きなところで横島にロクな答えが出てくるはずも無く。顔を一瞬で真っ赤に染めたバゼットから右ストレートをプレゼント貰って、地面とキスをする羽目になった。

「何で雑談からいきなり猥談になるんですかっ!?」

「い、いや。雑談と猥談は紙一重で……」

 横島の反論も火に油。地面とのキスを無理矢理引っこ抜く事により中止させ、代わりにその頬に左手で往復ビンタのプレゼントを追加する。

「黙りなさい、いきなりラブホテルどうですかなど恥知らずにも程があります! もっと常識を知りなさい常識をっ!」

「ずっ、ずいまっ、ずいばぜぶっ!」

 頬を絶え間無くはられては謝罪の言葉すらまともに入れる事は出来ない。そしてそれは、ヒートアップしてしまったバゼットに対して致命的となった。

 どんどんアツくなっていくバゼットはやがて、

「百ペン死んできなさいっ!」

「ぱぶろぎにあっ!?」

 必殺に近い、観るものに感動を与えそうな左ハイキックを横島のテンプルにたたき込む。横島はそのエネルギーに逆らえずに街路樹まで吹っ飛び、ついでに衝突の衝撃でその街路樹が、

 

 メキメキメキメキッ!

 

 1つの命が、破滅の音をたてながら崩れさった。だが加害者2人は正直、それどころではない。加害者1は羞恥で顔が真っ赤に染まり、加害者2は己の血で顔が真っ赤に染まっている。

「本当にもう! 何を考えているのか……」

 未だに顔を真っ赤に染めたままで加害者1はドスドスと立ち去ってしまう。その足跡のコンクリートがすべからく陥没し、ひび割れているのは誰も気づかなかった。という暗黙の了解が出来ていたのは言うまでもない。

 そしてそんな、人間の耐久力を大幅に飛び越えた一撃を食らった加害者2はと言うと、

「いてててて、しくじったぁ~。

 ちくしょー、ちくしょー、どちくしょー! もう少しで、もう少しでバゼットさんとアッハァ~ン♪ な関係になれたのに!」

 すこぶる元気だった。と言うか、今のノリで肉体関係一歩手前までいけたと勘違いするあたり、この男の頭はデフォルトでどうかしている。

 

 後に残されたのは陥没したコンクリートと理不尽に命を断たれた街路樹。そしてその狭間で無様に2万円を消費して嘆くバカが1人。

 そこからやや離れた学び舎で、カリカリと一心不乱にテストに励む一同と。バカの事を思い、悶々としてテストに集中出来ない巫女が1人。

 

 麻帆良学園は今日も平和。

 

 

 

 そしてまた数日の時が過ぎ、麻帆良学園成績発表日。

 ワイワイガヤガヤと騒がしい中で、妙に気合の入った一団が大型スクリーンの前で結果を待っている。

「う~~~、ドキドキするー」

「まったく、ウチの学校はなんでもお祭り騒ぎにするんだから。トトカルチョやってるし」

「ワタシ、またS―Bに食券10枚アル」

「鉄板ですね」

 両手いっぱいに震えるほどの力を込めて、スクリーンを睨みつけているのはまき絵。それに感化されたのか、はたまた彼も緊張するとそのポーズをとるのか。ネギもまったく同じポーズでスクリーンを睨みつけている。そしてそれに対してその他の人間はお気楽そのものといった具合だ。

 そして話は段々と結果後の方へ移っていく。

「でも、『最下位で小学生からやり直し』がデマでよかったです」

「発表もちょっとは気が楽アルね」

「コラッ! くーふぇ、ゆえ!」

 ほのぼのと話す二人だが、その余りの無責任さにまき絵から軽い叱責が飛ぶ。その言葉に古はやや顔をこわばらせて、そして申し分けなさそうにネギの方に向き直った。

「ム、そうだたネ。そのかわりネギ坊主がクビに……」

「いえ……」

 気にしないで下さい。そう視線で答えるネギ。

「クビっつうか、お試し期間クーリングオフって感じだけどな」

「横島さんっ!」

 突然、後ろから聞きなれて失礼な言葉が掛けられる。みんなが一斉に後ろを振り向くと、横島の耳をひっぱっているおキヌと痛そうな顔をしている横島の姿が目には入って来た。だが一同が一番注目したのはそこではない。

「おキヌさん、どうしたんですかその服はっ!」

 代表してネギが突っ込みを入れたそれは、確かに麻帆良女子中学の制服。それに反応してエヘヘと頭を掻きながら、情け無さそうに言葉を返すおキヌ。

「学力がね、高校クラスに達してなかったんだって。だから、中学三年生からスタートだって」

「まーおキヌちゃんは小さい頃、複雑な事情で勉強できなかったからな。前は半分特待生みたいな形で高校に入学できたけど、今回はちょっと無理だったんだって」

 横島の言う特待生とはもちろん、霊能科という意味である。霊能の才能のある人間が少なかったり、そもそも霊能の才能がある人間はどこか特殊な環境で育っていた事例が少なくない為に霊能科はそのような融通が効き易い。もっとも、おキヌは特殊すぎる事例だったため、裏で美神が多分に手を回したのだが、それはまた彼等が知らない別の話。

「だから病気で出席日数が足りなかったから留年したけど、元の学校にいづらかったから麻帆良に転校してきたって言う設定。

 3―Aだって言うからもしネギ君が受かったら担任はネギ君だね」

「……あ」

 受かったら。その言葉で現実に引き戻されるネギ。おキヌも失言に気がついたようだが、口から出てしまった言葉は戻らない。

「大丈夫やて、ネギ君。みんながんばったし、ウチも自信あるえ」

「は、はい。ありがとう、このかさん。ちなみに横島さんの進路はどうなるんですか?」

「ん? 3―Aの副担任」

 サラリと。かなりの爆弾発言を投下横島。

「え……」

「「「「ええええええーーーーー!」」」」

 流石に、そのショッキングは発言に一同の驚きが爆発する。その事実を知っていたおキヌは苦笑していたが。

「ふ、副担任ですか、3―Aのっ!!?」

「うん、ネギ坊主が正式3―Aの担任になった場合に限りな。今、おキヌちゃんの結果を聞きに行ったついでに言われて俺も実はびびった。なんか、一人副担任の当てがあるとか言われて、更にその上で一人も二人も変わらんじゃろとか適当に言われてな。

 ちなみに、ネギ坊主がクーリングオフになった場合、連鎖的に俺もクビらしいから……」

 ガシィ、とネギの頭をアイアンクローする横島。

「絶対に、受かれ! なっ!!!」

「ぼ、僕に言われても……」

「横島さん! 子供相手に情け無い事をしないで下さい!!!」

 おキヌの叱責。それと同時にスクリーンに明かりがついた。そして映し出された文字は『第二学年 成績発表』、ついでに協力のCMまで流れているのは麻帆良らしいと言うか何というか。それはともかくとして、それとほぼ同時に司会進行の女生徒が進み出て声高らかに宣言する。

「やってまいりました、麻帆良中学期末テスト!

 みんなー、トトカルチョはもう済ませたかーーー!!!」

 うおー! と周りが一斉にハイテンションになるが、ネギ達はそれどころではない。いや、古など一部はそれどころなようだけれども。

「じゃー早速いってみよう! まずは第1学年から!」

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 

「続いて第2学年。2年生の学年平均は73.4点!

 ――では第2学年のクラス成績を良い順に発表しましょう!」

 知らず、体に力が入る。特にネギと横島は自分の進退がかかっているから力の入り方もひとしおだ。

「第1位。 2年え――」

 『え』。その言葉に動揺が一同の中を走る。

「『え』…?」

「もしかして……」

「2年F組!! 平均点80.8点!!」

 

 ガクッ

 

 妙な期待を持っていたアスナとまき絵が同時にずっこけた。それを微妙な目で見ているネギと横島とおキヌ。そしてその近くで、おお~~~っ。といった言葉を背景にハズレ賭け券を宙に放り投げる古。

「第2位。2年えー…」

「よし来いっ」

 次こそは。そう力を込めるも、

「S組!! 79.8点!!」

「あらら」

 がくっ、となる。そして無情にもAの名前を告げる事なく進行していき、残りはとうとう3クラスに。

「ちょ、ちょっと…….2―A、全然出てこないよ。がんばったのにー」

「ま、まあ落ち着いて。あと3クラスもあるから」

 涙目で、そして冷や汗をかきながらすがる様にアスナを見るまき絵。アスナも不安ではあるのだが、かと言ってここで不安がっても仕方が無いと無意識で分かっているのだろう。こちらも冷や汗をかきながら、まき絵をながめる。

「と言うか就職情報誌なんか見ないで下さい横島さんっ! 縁起でも無い!!」

「いやしかし、こういう場合早めの対処が……」

「いいんちょさんが見てたら殺されてますよ、横島さん」

 ちゅー。と不思議ジュースを啜りながらの夕映の言葉が終わる頃、

「下から3番目の22位。2―P!! 70.8点!!」

「ひいいっ」

「ま…まずいよ。次出てこないと最下位決定……」

 とうとう、最後まで追い詰められる2―A。

 緊張が過ぎて顔が赤くなっているネギ。

 

 ドキ ドキ ドキ

 

 心臓の音がうるさいくらいに響く。なのに騒がしいはずの周囲の声は何も聞こえない。

「ネギ君……」

「ネギ……」

 そんな、可哀想なまでに緊張しているネギを木乃香とアスナはじっと見つめる事しか出来ない。

(本を捨てたのは間違いだったかな……。でも、あの時はああするしか……)

 そんなアスナの悔いなぞ関係がなく、

「次は下から2番目……」

「2―A!!」

「2―Aがんばるアル!!」

「横島さん、その本捨てて下さいってば!!」

 最後の審判が、

「ブービー賞です」

 ゆっくりと、

「えーと……、これは……」

 すべての期待を押し潰して、

「2―Kですね」

 下ってしまった。

 一瞬だけ時が凍る。しかし、それもすぐに動き出して。

「平均点69.5点。次回はがんばってくださいねー」

(え……、―ということは……)

 呆けた一同の思いは一致した。ちなみに就職情報誌を読んでる横島は一同に含まれていない事は言うまでも無い。

「最下位、確定~~~~~!?」

「おっ、どうしたネギ坊主。クーリングオフか?」

 

 バコォ!

 

「い、痛っ!? 何すん……ヒッ!?」

 無神経すぎる一言を吐いた横島は、ようやく一同の怒りの炎に気がついた。

「お、落ち着けみんな! これには深い理由が……」

「も・ん・ど・う・む・よ・う!」

「さいっっっていです!」

「死ぬアルー!」

 一斉に横島をボコる一同。そんな中、ネギだけがそっと大広間を抜けだして、走っていってしまった。

 

 僅かに時間が過ぎて、場所は麻帆良学園の大広間。成績発表前からもしもの時の覚悟は出来ていたらしく、完全に身支度を整えたネギがとぼとぼと階段を下っていた。

 これで見納めと麻帆良の風景を目に焼き付けながら歩き、ふと懐からネカネの写真を取り出して一足先に報告をする。

(お姉ちゃん……、今から故郷に帰ります……。

 マギステル・マギになる夢はダメだったけど…、でもみんながんばってくれて……嬉しかったな……)

 『マギステル・マギになる夢はダメだった』

 自分で夢に届かなかった事を認め、ぐすっ。っと涙をこらえる。

「…………」

 終わってしまったのだ、自分の夢が。尊敬するおじいちゃんや、あのサウザンドマスターのようになるという夢が。

 ただ、それだけをかみしめてネギはとぼとぼと歩き続けた。

 そしてやがて麻帆良学園中央駅に辿り着く。これで2度と麻帆良に来る事は無いかも知れない。けれどもためらいなくネギは足を進め、駅員に寂しげに話し掛ける。

「こども一枚、新宿まで――」

「ネギ!」

 お願いします。その言葉はしばらく一緒に暮らしていた、もう聞く事はないとあきらめていた女性の声に遮られた。

 最後くらいは笑顔でと、ネギは見る方が辛いような笑顔で振り返る。そしてその女性――アスナの姿をとらえた。息はあがっていて、本当に全力でここまで駆けて来た事が伺える。そしてその瞳には、なぜか申し訳なさが。

「ゴ、ゴメン!! 本当にゴメン。

 私達のせいで最終課題落ちちゃって…、魔法の本を捨てたのも私だし…」

 その言葉にネギは静かに首をふって間違いをただす。それが、教師として最後の務めであるかのように。

「いえ…そんなことないです。誰のせいでもないですよ」

「ネギ…」

 あきらめきったその顔にアスナが戸惑いの色を浮かべる。しかしそんなアスナの心には気付かないで、ネギは静かに言葉を続けた。

「魔法の本なんかで受かってもダメですし、…結局僕が教師として未熟だったんです。

 クラスのみなさん、特にバカレンジャーのみんなには感謝しています。短い間だったけどすごく楽しかったし」

 顔だけで無い。言葉も、そして心までも完全に諦めている。そしてその諦めた想いの大きさの鱗片だけでも感じ取っていたアスナは、その余りのやるせなさに顔を悲しげに浮かべながら。それでも一心にネギを引きとめようとする。だって、このままじゃ余りにネギが可哀想だ。その一心で。

「ちょ、ちょっと…、そんな簡単にあきらめちゃうの!?

 マギ…なんとかになって、サウザン…なんとかを探すんじゃなかったの!?」

「――さよならっ」

「あっ、コラ」

 余りに心の痛い部分をつくアスナに、これ以上笑顔でいられる自身が無くなったネギは逃げるようにかけだしてしまう。が、そんな別れをよしとするアスナではもちろん無い。

「もうっ」

 アスナはバッっと自動改札を乗り越えて、逃げるネギを無理矢理抱き止める。

「ひゃ…」

「バカ! 行っちゃダメって言ってるでしょーが!!

 そりゃ最初はガキでバカなことばかりするから怒ったけど…、私なんかよりちゃんと目的をもってがんばってるんだから感心してたんだよ!

 なのに――」

 その感覚に一瞬戸惑うも、アスナの声に込められた必死さに体が固まる。アスナはそんなネギに、本当に心からの想いを込めてネギを止めようと声を張り上げた。

 その言葉はネギの心に届かない訳もなく。

「ア……アスナさん…」

 ……されど、どうしようもなくて。

 動けないネギとアスナを動かしたのは後ろから響いてきた声だった。

「ネギ坊主ーッ」

「「――ん?」」

「ま……待ってー、ネギ君ーッ」

「ネギ坊主ー」

 ドドドド…。そんな足音を響かせながら迫り来る一団。バカレンジャーと図書館組、そしておキヌと横島。

「み……みんな!?」

「!!」

 が、その迫力は逆効果で、アスナは驚きのあまり手を離してしまうしネギはやや怯えてしまう。そして一拍子おいてかけだすネギ。

「い、いまさら会わせる顔がないです。さよなら、アスナさん!」

「あっ、ネギ!」

 そしてかけだしたとたん、

「うぶっ!」

「おっと」

 電車から降りてきた人と正面衝突してしまった。しかも運の悪い事にぶつかった人は体格のいい成人男性だったため、ネギは跳ね返って転んでしまう。

「すまないね、大丈夫かい?」

「あっ、はい。どうも」

 男性はにこやかにネギが立つのを手伝う。そしてその隙に生徒達に追いつかれてしまうネギ。

「ネギ坊主!」

「ネギ先生――」

「ひどいよーネギ君、何も言わずに行っちゃうなんて」

 そして畳みかけるように、口々に言いたい事を言う生徒達。

「ネギ君、もう一度おじいちゃんに頼みに行こ、な?」

「えっ…」

「そうだよ、ネギ君こんな子供なのに厳しすぎるよー」

「も一度テストやらせてもらうアル」

「い、いえでも、最終課題は僕も納得の上での事ですから……」

 テンヤワンヤの中、それでもどうにか対応するネギ。そしてそこに満を持して現れたのは――

「フォフォフォ、呼んだかのう?」

「え?」

 ――学園長その人だった。

「がっ、学園長先生ーー!?」

 なぜ学園長がここにいるのか。期待と不安に混乱する一同。そんな中、何かを言われる前に最初に言葉を発する学園長。

「いやー、すまんかったのネギ君。実はの…遅刻組の採点をワシがやっとってのう。

 うっかりクラス全体と合計するのを忘れとったんじゃよ。

 いやはや、報道部の生徒にこっぴどくしかられてしまったわい」

「え、えっー! 何ですかそれ!?」

 何と言うか。そうとしか言えないオチについつい大声をあげてしまう一同。いや、横島だけは無反応。それに気がついたおキヌは横島に問いかける。

「もしかして横島さん、このこと知ってました?」

「もちろん。昨日、麻帆良中学の廊下で報道部の生徒と教師が話してたんだ、2―Aの答案が8枚足りないって。

 で、その教師は8人遅刻したって事だけを聞いていたらしくて、8人分の答案は零点扱いで言ってたのを聞いたんだ。

 そこでピーンと来て予定変更して教員室で色々と情報を集めたところ、まあこういう事だって分かった訳だよ」

「ふ~ん、そうなんですか。ところで何で昨日麻帆良中学に行ったんです?」

 当然と言えば当然のおキヌの疑問。それに思わずギクリと体を強張らせてしまったのだから、ある意味横島は正直だ。それにピンときたのか、おキヌが笑いながら怒りをあらわにする。

「よ~こ~し~ま~さ~ん~~~っ!?」

「か、堪忍や~。ほんの出来心やったんや~!」

 ぺったんこったん土下座する横島の後ろで、

「や……やったーッ」

 喜びの声が爆発した。それに気勢を削がれるおキヌ。

「……もう、しょうがないんですから」

 クスリと笑って済ましてしまうあたり、おキヌも甘いと言うか優しいと言うか。その向こうでは胴上げされるネギの姿が。そして――

「時に、君は何者かの?」

 厳しい目でネギとぶつかった男性を見据える学園長。その人物は身長190センチに届くかという長身で、肌は浅黒く髪は白い。きっちりしたスーツを着ていて、どこか執事を思わせる風貌をしている。だが、学園長が警戒しているのはそこではない。

 一つはスーツの上から羽織っている赤い外套、かなり上等なマジックアイテムのようだ。そしてもう一つ、彼の内在する魔力量。それは常人よりも明らかに大きく、この男が魔法使いだと確信させる。

「いや、これは失礼いたしました」

 だが、男は敵意なぞ何も無いと言う様にニッコリと人のいい笑みを浮かべて挨拶をする。

「私の名前は衛宮士郎。ネギ・スプリングフィールドに会いに麻帆良まで来た者です。しかし――」

 ちらりと横目で胴上げされているネギを確認する士郎。

「いや、元気そうで安心しましたよ」

 その自己紹介でも警戒を解かない学園長。それも無理のない話で、彼の友人であり士郎の身元保証人から貰った衛宮士郎という人物の外見情報から、この男は大きく外れているのだから。

「ネギ君や、ちょっといいかの?」

 だからこそ本人確認して貰うために胴上げが終わったネギを呼ぶ。呼ばれたネギは、なぜか古を伴ってちょこちょこと学園長の隣までやってきた。

「えっと。なんですか、学園長?」

「おー、お兄さん。久しぶりアルね。お兄さんがここに来たという事は、とうとうその時になったアルか?」

 子供の目から見れば本当に巨人に相違無い士郎を横目で見ながら、学園長の方を向くネギ。古はすごくフレンドリーに士郎に話しかけていた。

「ネギ君にちょっと聞きたいのじゃが、この男性の名前は分かるかの。この方はネギ君の事を知っているそうじゃが」

「いや、そういう訳じゃない。今日来たのは別件さ」

 ネギにストレートに質問をする学園長と、古の期待を申し分けなさそうに裏切る士郎。そしてネギは士郎を見上げ、古は残念そうに問いを重ねる。

「えっと、申し訳ありません。どこでお会いしたか忘れてしまいました。名前を聞けば思い出せるかもしれませんから、失礼ですが名前を教えて貰えませんか?」

「アイヤー、それは残念アル。ところでこの前はお兄さんの名前を聞きそびれたアルが、今教えて貰えないアルか?」

 奇しくも二人同時に名前を聞かれる。それに柔らかな笑みをこぼして、士郎は答える。

「衛宮士郎さ。ネギ君に古ちゃん」

「おー、衛宮士郎さんね。覚えたアル」

「……えー! 士郎さんですか?」

 ものすごい大声を出すネギ。それに苦笑しつつ、懐からネギと学園長にだけ見えるようにアーティファクトカードを取り出す。そこには確かにかつて見た士郎の姿が映されていた。こうまで見事な証拠を出されると学園長としても認めるしか無い。

「うわぁ、本当だ……。すごく変わりましたね、士郎さん!」

 士郎だと分かるとどこか戸惑いつつも、満面の笑みを浮かべて懐き出すネギ。それに、やはり満面の笑みを浮かべて返事をする士郎。

「久しぶりだね。元気にしてたかい、ネギ」

 

 

 

 麻帆良にまた一人異世界からの人間が到来する。見えない歯車が、また一つカチリと音をたてた。

 

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