悪友も親友のうち。
それは、もう10年程前の出来事。ヨーロッパの建物を彷彿とさせる小学校の校舎。そこにスモックを来て鈴の髪留めをつけた一人の少女が舞い込んだ。
「えーと、転校生を紹介します。
海外から転校してきた神楽坂明日菜ちゃんです。みんな仲良くしてあげてね♪」
はーい♪
クラスが可愛らしく声を合わせて返事をするが、一人の女の子だけ眉をひそめて表情のない転校生を見る。
そして間もなくチャイムがなり、自由時間に。それと同時にその女の子は転校生のところまで歩いていき、声をかけた。
「――ちょっとアナタ、その態度と目つき。転校生のくせにちょっと生意気じゃないですこと?」
ちょっとだけ偉そうに、そしてちょっとだけ心配そうに。そう、女の子は心配だったのだ。言い方はひねくれていたが、こんな無愛想でクラスに馴染めるのかと。
「…………」
「――ん?」
そして転校生が小さく声を出す。が、小さすぎて女の子は聞き取れない。
「…………」
「え? …何?」
再び口を開くもやはりその声は小さくて。女の子は転校生の口元に耳を近づける。そして三度転校生はその言葉を口にする。
「ガキ……」
ブチッ
女の子の中で何かがキレた。
「…………!
何よぉーー! あんたの方がガキでしょー、このチビ!!」
怒りに任せて転校生の袖をひっぱる。転校生も女の子の胸ぐらを掴んで応戦。
「…………!
それがガキだって言ってるんでしょ、……このバカ!」
ドタバタと取っ組み合い。それを見て騒ぎだす周囲の子供達。
「あー、ケンカ始まった!」
「委員長に10円!!」
「転校生に5円!!」
……麻帆良魂はこんな時から育まれていくのか。ケンカを止めるでなくトトカルチョへ移行する彼らの将来が心から心配だ。
「どっちもガキだろー、小一なんだから」
声も朧に浮く意識。そして――
「くっ……。あ、あ、あ、あ、あのガキーッ」
女の子の現在の姿、雪広あやか14歳がベットからはね起きた。
「ハァハァ……う…………」
ついでに情けない夢を見てやや自己嫌悪に陥ったあやかだった。
「おはよう、みなさん」
「おはようございます、あやかお嬢様」
雪広あやかの朝は優雅に始まる。大きな家をゆっくりと歩き、居並ぶメイド達に挨拶を。そして中庭を楽しめるサロンに着いて、外を眺めながらいつもの一言を。
「ふう…朝の紅茶をお願い」
「かしこまりました、お嬢様」
セバスチャンとかそんな名前が似合いそうな執事が一礼、そしてほどなく見事な色の紅茶が1つ運ばれる。とてつもなく上品にそれを口に運ぶあやかだが、その心情は穏やかではない。
(ちっ…、朝からまたつまらない夢を見てしまいましたわ。毎度毎度あの暴力的で無法者の。
……全く、春休みで実家に帰って来たというのに…サイアクの休日になりそうですわ)
心の中でグチを言ってたらますますイライラしてくる。せめて苛立ちを鎮めようとカップを持ち上げて最後の一口を――
「――お嬢様、実は先程、担任の方からお電話が…」
「えっ……!? ネ、ネギ先生から!? どんなご用件ですか!?」
「こちらにメモがございます」
一瞬で機嫌が直った。満面の笑みを浮かべるあやかに、冷や汗を背負った執事が用件が書かれたメモを手渡す。ひったくるようにそれを受け取ったあやかは即座にその文章に目を通し、
「キ、キャー、やったーっ。今日いきなり家庭訪問したいですって~~っ!?」
感動のあまり勝訴したようにメモを掲げもつあやかと、それをハッハッハと笑ってみていた執事。それに気づきもしないあやかはくるくるー♪ と回って喜びをあらわにする。
「いやーん♪ ホホホ、やったやりましたわ。サイコーの休日ですわよ♪
とびきりのドレスでお迎えしなければ……」
「いつにもまして……」
「うん」
見た目麗しい少女の奇行をなま暖かい目で見るメイド達。と、ピタッとあやかの動きが止まる。どうやら自身の行動に気づいたようだった。
「えーと…」
「それでお嬢さま…」
あやかは顔を赤らめてコホンと咳払いをしながら指示をする。
「――私の担任の先生がおいでになるそうです。皆さん、粗相のないように」
「はい♪」
「ハハッ」
「かしこまりました」
本日の雪広家は少々荒れそうだった。
少しだけ時間が過ぎて、約束の時間の少し前にネギは雪広の邸宅前に居た。空は快晴、雲が少しのアクセント。昨日と同じく散歩日和。
「はあーいい天気だなぁ。絶好の外出日和だ。それにしても――」
改めて視界に収まりきらないその家を見上げる。そこに夜のパーティー用のドレスで着飾ったあやかが満面の笑みで登場した。手を振りながら近づいてくる彼女は、
「ネ、ネギ先生~っ♪ ようこそいらっしゃいまし…たぼっ」
ズッシャァァァと、ネギの目の前で見事なヘッドスライディングをかました。原因はネギの横にいる4名の女性達。
「ど、どうもー」
「やほー、いんちょ♪」
「こ、こんにちは……」
「お邪魔しますよ、アヤカ」
「……何、朝から派手に転がってんのよ、いいんちょ」
木乃香におキヌ、バゼットにアスナ。人選が全くわからない。
「なっ…何で家庭訪問にみなさんまでついてくるんですのーっ」
「まあまあ」
かなり興奮するあやかだが、そんな彼女を横でどうどうとなだめるのは木乃香。返事をするのはネギとおキヌ、そしてバゼット。
「実は家庭訪問なので衛宮先生と横島先生にも声をかけたんですが、昨日の部活紹介で体力を使い果たされてしまったみたいで……」
言葉を引き継ぐのはおキヌとバゼット。
「横島さんの代わりに私が」
「衛宮先生に請われて私が代理で来る事になりました」
麻帆良に来たばかりで知り合いが少ないのはわかるがその人選はどうなのだ、士郎よ。そう突っ込む人間はそこに居ない。
「じゃあアスナさんたちはっ!?」
あやかの矛先はもう2人の招かれざる客へ。
「ネギの保護者よ、保護者。あんたこそなによ、その格好」
呆れてそう言うアスナだが、ライバルをからかうことも忘れない。ネギの頭に手をおいて撫でながら余計な一言も。
「こいつ一人で行かせたらアンタに何されるかわかったもんじゃないしねー」
「…………!」
ブチッ。ナニカがキレた。人間、図星をつかれると頭にくるもの。容易に挑発にのったあやかは思いっきり足を振り上げてアスナに蹴りをいれた。
「ムキ~ッ、ぶっ殺しますわ!」
「何よ、受けて立つわよ!」
もちろん黙ってやられるアスナでもない。バキッドカゴッ、なかなかに物騒な音をたてながら白熱する2人の喧嘩。それを止めようとするメイド達と級友達。
「お、お嬢様! 見えてますよ」
もちろんなにがとは言わない、メイドの鑑。
「アスナアスナー、落ち着きぃ」
「け、喧嘩はダメですよー」
「アスナさんやめてー」
「アヤカ、軸足に気をつけなさい! アスナ、蹴りは踏み込んで受けるのです!」
そして煽る最年長の警備員。もうグダグダだった。
喧嘩も終わり、豪奢な庭を通って屋敷へと足を進める一同。慣れているアスナと木乃香、そしてバゼットは平然としたものだったが、ネギとおキヌはおのぼりさんよろしくキョロキョロと首を回しながらの歩き。
「すっごーい、とても素敵なお庭ですね」
「うわー、広いお庭ですねー」
「それ程ではありませんわ、前庭ですし…」
そんな賞賛の言葉を当然のごとく受け流す雪広家次女。その物腰からは本当に大した物ではないと思っているのが伺える。
「…それでネギ先生、今日はまたどうして私などの所へ家庭訪問へ?」
「えーと、その…今日は……」
当然と言えば当然の疑問。それに対して答えを探すネギはチラリとアスナに視線を向けるが、彼女はブンブンブンと手を横に振る。
「いえ…あの……。クラス委員長であるいいんちょさんと是非仲良くしたいなと思って」
「え……ええっ!? まあ♪ そ、そんなッ。
ああ、あふっ。嬉しすぎますわネギ先生♪ うれしさのあまりたちくらみが――」
とっさに出た言い訳の言葉はあやかを心から喜ばせた。満面の笑みを浮かべた後、ちょっとわざとらしくよろけたあやかはハアハアと息も荒くネギの頭を撫で回す。
「わかりました!
もうネギ先生、仲良くなどと悠長なことを言わず、よろしければさらに深く親密な関係でも……」
「ちょっと。アンタ、本気で危なくない?」
あんまりな態度にネギは冷や汗をかいてアスナもかなり引き気味。しかしそんなものにめげるあやかではない。
「ではさっそく寝室へ…」
「?」
「早ッ」
「コラコラーッ」
「うわぁ、うわぁー♪」
「? なぜ家庭訪問で寝室へ?」
ネギの肩を抱いてエスコートするあやかへ、突っ込みを入れる2人と顔を真っ赤にする1人、そして疑問符を掲げる2人といった五者五様の反応。と言うかバゼットの反応は間違ってるだろ。そう突っ込む人間はそこに居ない。
アスナの尽力によってあやかの野望は阻止され、普通にあやかの私室に導かれる一同。
「――ここが私の個室になります」
「うわー、広い」
「へー、小学校の頃から眺めは変わってないわねぇ」
「勝手にベランタに出ないでくださる、アスナさん?」
あやかは他人の部屋で好き勝手に振る舞うアスナをジロリと睨みつけて、次の瞬間には対照的にニッコリとネギに微笑みかける。
「ネギ先生はハーブティがお好きでしたよね」
「あ、ハイ。何で知ってるんですか?」
いつの間にか漏れていた個人情報。それに冷や汗を流すネギだが、それには答えずにパチンと指を鳴らすあやか。そのとたんに1人のメイドがガラガラーと台に茶葉を乗せて運んでくる。そしてどこからともなく現れたお茶の道具一式を携えた執事が茶葉の説明を。
「左からローズヒップ、レモンバーベナ、ダンディライオン、ジャーマンカモミール、スィートフェンネル、―――――――――、エルダーフラワー、セントジョンズワート、リンデン、セージとなっております」
「ネギ先生のために各地の農園を買収させておりますわ。どれでもお好きなものをどうぞ♪」
にこやかなあやか。そのかなりの迫力にちょっと引き気味なネギとアスナ。
「ど、どうも」
「買収って……あんたね」
「では、私はエルダーフラワーをお願いします」
「スィートフェンネルってどんなお茶なんでしょうか?」
「うちはローズヒップが飲みたいなぁ~」
そしてどこまでもマイペースな3人で、かしこまりましたとなんなくマイペース3人組についていく雪広家執事。強者だ。
「お茶菓子もよりどりみどりですわ、先生♪」
そんな光景を無視したあやかが更にパチンと指を鳴らして合図をすると、別のメイドが山盛りのお菓子を台に乗せてガラガラーと突っ込んでくる。
「うわーっ」
「コラコラ、やりすぎだろ!!」
乗せすぎて崩れかけたお菓子にびっくりするネギと木乃香にアスナが制止の叫び声をあげた。
それはさておき、バックでお菓子とバゼットが格闘しているのを完全に無視したネギがあやかに話しかける。
「美味しいです、いいんちょさん。ハーブティはお姉ちゃんがいつも淹れてくれてたので大好きなんです」
「あら。お姉さんが…いらっしゃるんですの?」
心いくまでお茶を楽しみ、笑いかけるネギに意外そうな顔をするあやか。
「はいはい、金持ちバカは放っといてプールで泳ごーよ。せっかく来たんだし」
「ここ、プールがあるやえー。ネギ君、おキヌちゃん、バゼットさん」
そしてとっとと場所を移動しようとするアスナとその補足をする木乃香。
「えー、ホントですか。スゴイ」
「うわぁ、楽しみです」
「あっ、ちょっ。まだネギ先生にお出しするものがいろいろ――」
その言葉に腰を浮かすネギとおキヌ。そして推移した展開にガビンとするあやか。
「んぐ。ひょっと、ほへをはへへはは…」
「いいから。バゼットさんはゆっくりと食べてから来て下さい」
そして最後にまだお菓子と格闘していたバゼットにそんな言葉を残してみんなはプールへと向かった。
雪広家個人プール、そこで水着に着替えた一同が入ってきた。そしてプールを見るなりスク水の3人が、
「「「やっほーーっ」」」
喜びの声をあげてザッパーンとプールへ飛び込む。その光景を見てやれやれと呆れるネギとあやか。
「全くもう」
あやかはそう言葉を追加するほどの呆れる具合だ。
「ネギくーん、いいんちょー。競争せ~へん?」
「楽しいですよ~」
「イヤですわ、アスナさん河童みたいに速いから」
プールの中から木乃香とおキヌの言葉にもあやかは色良い返事はしなかった。それでも気にしないでキャイキャイとプールで戯れる3人。
「ハハハ、三人とも元気ですねえ」
「全くガキなんですから。それに比べてネギ先生は10歳にしてこの落ち着き…素晴らしいですわ」
「え、えーと…あのその…」
精神年齢がプールに入っている3人よりも高い2人はプールサイドに設置されたイスに座り、話をする。
「木乃香さんはともかく、アスナさんは小学校の頃からああでしたのよ。ま、転入してきた最初はもっと無口でしたけど」
「へー、お二人は小学校からね仲良しなんですか」
昔語りをするあやかにポロッと思った事がもれるネギ。そんなネギにうがぁーと過剰反応を返すいいんちょ。
「なっ…誰が仲良しですか、敵ですわ天敵!! お互いの趣味をけなし合ったり、テストや運動会で妨害しあったり。7年間ず~っとケンカをしてきた犬猿の仲なんですわ」
「へー…」
実際、それらはかなりシュールな場面だったのだがこれではその迫力は伝わらないだろう。実際、ネギはかなりほのぼのとした表情を浮かべている。と、
「あれ…あの部屋は……妹さんの部屋ですか? おもちゃがいっぱい」
プールの窓から見えた部屋。そこはかなりの数のおもちゃが乱雑におかれていた部屋だった。それに軽い笑みを浮かべたあやかが言葉を返す。
「ああ……あの部屋は空き部屋ですわ。それよりネギ先生。
これ、私の手作りクッキーですの♪ おひとついかが?」
コト♪ と、どこからともなくクッキーを取り出すあやか。しかもそれを合図にして彼女の後ろにすっと紅茶セットを携えたメイドが出現した。もしかしたらこの屋敷の採用条件の一つに瞬動術があるのかも知れない。まあネギはそんな異常には気がつかないで目の前にあるクッキーに目が釘付けだったけれども。
「うわあー、美味しそう。僕、クッキー大好きなんですよ。おやつと言えばこれですよねー」
ネギは香ばしい焼き菓子の一つを早速口に運び、咀嚼する。
「うん! 美味しいです」
そして手は止まらずに次々とそれらを口に運ぶネギ。
「これもイケる!! サクサクしてて」
「はいはい、まだありますわよ。はい、お茶の続きですわ。こちらは私が栽培したものですから美味しいかどうかは…」
「いいんちょさんが作ったんですか? わースゴいやー」
クスクスと笑いながら次々に自慢の菓子や紅茶を勧めるあやかの顔は笑顔。ネギの子供らしい笑顔、それを見つめているだけで幸せだった。
「…………」
と、そこでネギはちょっと失礼な自分に気がついた。
「あ、何か僕ばっかり食べちゃって。いいんちょさんは食べないんですか?」
「…………ネギ先生♪」
「はいっ、何ですか?」
「…………」
名前を呼べば、純粋な笑顔で返してくれる。ウズウズとしたあやかの我慢はもう限界だった。
抱きっ♪
優しく頭を抱えてその胸へ。
「うぷっ!?」
突然の行動にネギの顔が赤くなる。それに気がつかないあやかは、にへ~と笑いながら優しくネギを抱きしめ続けた。
「……ネギ先生、私がお姉さんの代わりになってあげましょうか」
対して苦しいのはネギである。ムギュウウ…♪ と、男としてはかなりうらやましい状況なのだが、大きすぎるあやかの胸は呼吸を妨げる。
「あぶっ、いいんちょさ…、苦し……。うぷぷ~~っ」
じたばたと暴れるが、あまり効果はあがらない。そろそろネギの呼吸がヤバくなってきたところで、
「コラーッ、このショタコン女ー」
「もげっ!?」
アスナの跳び蹴りが炸裂。奇声をあげながら吹き飛ばされたあやかと、酸欠でフラフラと倒れてしまうネギ。
「なっ。やりましたわね、アスナさん」
正気に戻ったあやかの顔が怒りでカアアッと赤くなる。そしてついでに手が出ればもう止まらない、いつも通りの殴り合いに移行する。
「もー怒りましたわ、絶交です!!
帰って!! この家の敷地から即刻出てってください!」
「ハイハイ、わかったわよ。出てきます」
そして最後にはムキィーッとしたあやかの言葉と、売り言葉に買い言葉なアスナの返事で終わる。
「ア、アスナさんー」
「えと…これは……」
この情けない声の主はネギとおキヌ。せっかく来たのにケンカで締めくくられてしまったのだから仕方がないと言えるのだろうが。
「大丈夫、いつものことやしー」
そしてそれを笑って制するのは木乃香、便乗して言葉をかけるのはアスナ。
「それよりもネギ、あとは任せたね」
「え……ハイ」
ちょっと申し訳がなさそうなアスナに冷や汗を流しながらのネギの返事。それに安心したアスナはもう一度だけいいんちょに向き直る。
「委員長。……さっきの『ショタコン女』っつのは取り消しとく。ゴメン」
謝る事は謝り、とっとと足を進めてしまうアスナ。
「ア、アスナさん」
それを止めようとネギは声を出すが、
「じゃあね」
「おキヌちゃん、うちらも行くえ?」
アスナは足を止めようともしない。木乃香もおキヌに一言声をかけてアスナについていってしまう。
「あう。あの、えっと……はい」
おキヌは少し迷ったが、ネギとあやかに一礼をするとトテトテと2人についていく。
「あんなんでええの? アスナ」
「大丈夫よ」
「し、心配です」
視界から消えていくスク水3つ。それが完全に見えなくなったところであやかは、申し訳なさそうな謝りの言葉をネギに言う。
「ゴメンナサイ、ネギ先生。みっともない所ばかりお見せして。
アスナさんと私は本当に本当に仲が悪くて…いつもこうしてケンカばかり」
「――違いますよ」
あやかの言葉を遮るネギ。そして今日、ここにきた本当の理由を口にする。
「アスナさんは今日、いいんちょさんを元気づけようとして僕にここへ来るように頼んできたんですよ」
「え?」
意外なその言葉に、思わずあやかの声がもれた。
「いいんちょさん、弟さんいたんですよね。僕と同じくらいの」
「あ……」
それはあやか自身も忘れていたこと。もう何年も前、生まれた直後に死んでしまった弟がいた。今日は、その命日であり――誕生日。
「そっか。今日は弟の誕生日でしたわね。
全く…小さい頃からあの女は……暴力的で無法者で…とんでもないクラスメートですわ」
ずっと落ち込み続けたあの頃、元気づけてくれたのは間違いなくあの悪友だった。自分ですら朧気になった大切なものも、間違えずに掬いあげてくれる――親友。
そのありがたさに瞳から涙がこぼれおちた。
「いいんちょさん」
「――何を泣いているのですか、アヤカ?」
で、そこに登場するのは両手いっぱいにお菓子を抱えた男装の麗人。というか今まで間違いなくずっと食べ続けてたくせにまだそんなに食べるのか。
「いえ、ちょっとアスナさんに泣かされてしまいました」
「ふむ……」
わずかに思考を回すバゼットだが、ふと気がつき顔をあげて問いかける。
「そう言えば、そのアスナ達はどこへ行ったのですか?」
「えっと…もう帰りましたけど?」
ネギの言葉に1つバゼットが頷くと、
「では私もこれで」
あっさりとその場から立ち去っていった。きょとんとして顔を見合わせるネギとあやかだが、やがてクスリとネギが笑う。
「とにかく、今日は一日僕がいいんちょさんの『弟』になりますよ。実のお姉さんとして何なりと僕に言いつけてください」
「……何なりと?」
微妙に怪しい雰囲気でいうあやかだが、人生経験の足りないネギはそれに気がつかない。
「はい、何なりと」
そう返してしまう。その言葉にあやかは――本当に嬉しそうに笑い返した。
「ふふっ…ありがとう、ネギ先生」
で。
「では……さきほどの続きを♪」
「え? 続きって何ですか? あのっその、あれ? そっちはベットじゃ……あ、何するんですか!?
キャ、キャーーッ」
「ホホホ。冗談ですわよ、ネギ先生」
平和と言えば平和な夕方が過ぎ去っていく。
夜。麻帆良学園女子寮にある自分の部屋に帰ってきたネギは、
「た、ただいま……?」
部屋の中の状態に絶句した。
「……で、あるので、いかなる理由があったとしても人を泣かし、あまつさえ反省しないというのは――」
「はううう、ネギ。助けて~」
「おかえりネギくんー。大丈夫やった?」
なぜか部屋のど真ん中で仁王立ちしているバゼットと、その前で正座をしながら涙目で助けを求めるアスナ。そして笑顔でいつもの通りに夕食の支度をしている木乃香。
「叱られているからといってネギ先生に助けを求めるとは何事ですかっ!!」
「うわぁ~ん。私が何したっていうのよぉ~」
愛の鞭とか持つと似合いそうな体育会系のバゼットと、半泣きで正座をするアスナには流石に声はかけにくい。よって消去法で木乃香に声をかけるネギ。
「あ、あのこれは……?」
「あ~、あれな。なんかアスナがいいんちょ泣かせたらしいやん? バゼットさんがそれについて話を聞きに来たらアスナがいつもの事よって言ったら――」
ああなった、と。不憫というか何というか。とりあえずネギはアスナの弁護に向かう。
「ちょっと待って下さい、バゼットさん。いいんちょさんが泣いていたのはうれし涙ですよ、うれし涙っ!」
「うれし涙?」
バゼットは突然くってかかってきたネギにも特に不快感は示さず、正面から向き合って眉をよせる。
「そうそう、アスナさんに気を使ってもらったのが嬉しかったんですよ」
「ネギ、あんたいいんちょに言ったわね? 黙っててって言ったのに」
うらめしそうな顔をするアスナだが、それどころでないのはわかっているのだろう。それ以上に口は挟まずに黙っていた。一方のバゼットはというとネギの弁護に一応の納得を見せて、その上で反論する。
「しかしですね、ネギ。アスナは以前にもアヤカを泣かし、それについて反省もせずに――」
「それはあれですよ、お互い様ですっ。ほらっ、アスナさんといいんちょさんは強敵と書いて友と呼ぶ間柄で――」
がしぃ、とネギの肩が痛いほど力強く掴まれた。
「今、なんと?」
「い、いえ。だからアスナさんといいんちょさんは強敵と書いて友と呼ぶ間柄だと――」
「なんだ、そうならそうと早く言いなさい」
ニッコリと笑ったバゼットは優しくアスナを抱き起こす。
「え、ちょ…なに?」
突然の展開に狼狽するアスナだが、妙に上機嫌なバゼットは止まらない。
「そうですかそうですか、アスナとアヤカはライバルでしたか。それならば部外者である私は何も言いません。存分にケンカをして時には力を合わせ、親睦を深めていくとよいでしょう。
ただし! 裏切りには十分な注意を! ショックが大きいですからね、あれは」
変なスイッチが入ってしまったバゼット。そんなバゼットはとりあえず無視してアスナはネギの方に目を移す。
「…いいんちょ、何か言ってた?」
「『ゴメン』だそうです」
ネギは口にする。簡潔に、言われた通りの言葉を。
「あ、そ」
満更でもないアスナの様子。そこには確かに年月をかけて培われた強い信頼があった。
「……へへ…」
ネギは嬉しくなって出席簿につけてある一覧表の、『29.雪広 あやか』とかかれた部分に言葉を書き込む。
アスナさんの親友♪
そう書き終わった時、台所から木乃香の声が響いてきた。
「バゼットさ~ん。夕食、食べていくやろ?」
「ええ、それでは頂きましょうか」
今日の夕食は少々騒がしくなりそうだ。