2章 0話
堕ちた歯車は絡み合う。僅かに狂い始めたこの世界で、遂に動く闇の真祖。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ、ハアッ」
麻帆良学園有数の美しさを持つ桜並木、そこを一人の少女――ほんの数時間前まで校舎でバカ騒ぎをしていた佐々木まき絵が走っていた。それは待ち合わせに遅れそうだからという雰囲気ではなく、迫りくる命の危機から自らの身を守るために。
ザザァァ
「ひっ、きゃあ!」
常人を軽く凌ぐまき絵の足でも迫りくる悪魔から逃れるすべはなく、まき絵は植木を背中に尻餅をついてしまう。そしてそれこそが悪魔の狙い。これでまき絵はろくに動くことも出来ない。
クパァと擬音をつけて開かれる悪魔の口、そしてその尖った牙がまき絵の柔肌に近づく。
「あ…いや……いやあぁ~ん」
佐々木 まき絵。彼女の最後の叫び声は虚しく満月に溶けた。
「ふぅ……」
吸血行為を終えて一息つく悪魔こと、真祖の吸血鬼エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。
「どうしましたか、マスター」
近くで控えていた茶々丸がエヴァに問いかける。
「いや、かなり魔力が集まった。これならあのボーヤに負ける事はないだろう。ただ――」
表情が曇るエヴァに不思議そうな顔をする茶々丸。
「ただ?」
「副担任である横島忠夫と衛宮士郎、そして新たな警備員であるバゼット・フラガ・マクレミッツ。最近麻帆良に来たこの3人にはまだ勝てん」
「ではどういたしますか、マスター?」
難しい顔をするエヴァに間髪入れずに問いかける茶々丸。なぜなら彼女は人形だから。人形は何も考えず、何も感じない。ただ主の命じるままに、何も疑問も持たずに動くだけ。だからこそ彼女はまだ正しく人形であった。そんな人形にニヤリと不敵な笑みを浮かべて言葉を紡ぐ彼女の主。
「常に相手を見ろ。思考を止めるな。諦観に流されるな。自分を信じろ。そして勝ちを信じろ」
一呼吸おいてエヴァは言葉を続ける。
「私の養父(ちち)の言葉だ。これは単なる力比べではないのだ、私はボーヤの血を吸えればそれで勝ち。勝利条件を見誤らなければなんとでもなるさ」
そして唐突に家の方向に向かって歩き出すエヴァと、それに遅れないで追従する茶々丸。
「さて、そうと決まれば情報収集だ。ジジイやタカミチも十分に注意しなくてはならないからな。茶々丸、お前はまず件の3人の身元や特性、麻帆良に来てからの行動全てを洗え。次に学園側全体の動向と、特に力のある魔法先生や魔法生徒も丸裸にしろ。期間は3日間。
私も最低限の力がついた。情報が集まり次第、作戦をたてて打って出る」
「了解しました、マスター」
そうして悪の主従は闇に溶けた。後に残されたのは静かに映える夜桜と、血と魔力を抜かれて昏倒した佐々木まき絵、そしてただ漠然とある満月のみ。
闇が動き出す。