二組六人の異世界人   作:117

21 / 44
2章 1話

 そして少年は世界の深さを垣間見る。

 

 

 

 朝。今日から麻帆良は新しい年度をむかえる。

「いよいよ新学期、私たちも中3ね」

「これからも一年よろしくな、ネギ君」

「はいっ」

 その電車の中、昨年度と同じように登校するネギ達三人。そんな中で特にネギは気合の入り方が違う。

(この一年…まじめに先生の仕事をこなして……立派なマギステル・マギを目指すぞ~)

「よーし、がんば――」

 と、言葉にして気合をいれなおそうとしたところで電車に急ブレーキがかかった。

「ろわわわ」

「きゃあ」

 ドドッっと電車内全員の体勢が崩れ、お互いがお互いの体を密着させる。となると必然、身長の低いネギは周りの人間の胸に顔を押し付ける事となる。この場合の回りの人間とはもちろん木乃香とアスナにあたる訳で。

「ややなー♪ もーネギ君てばー」

「えっ」

「先生失格よねー」

「あうっ、そんなっ…」

 微妙な顔の木乃香とアスナだが、その表情は決して本気でネギを責めるものではない。ちょっとからかおうとかそんな類のものだ。

「ところでネギ君、パートナー探しはもうしなくてええの?」

 現に木乃香はもう話を先日のパートナー探しの方向に持っていこうとネギに話し掛けている。

「えっ、パートナーですか?」

 それに微妙な顔で返事をするネギ。昨日のパートナー騒ぎは色々と大変だった事を思い出しているのだろう。

「やだなーこのかさん、パートナーなんてまだ早いですってば。しばらくは先生一筋でがんば…ハ…ハ…」

「げ」

 会話の途中で急にムズムズっときた。それにアスナが顔を歪めた瞬間、

「ハックション!」

 ブワァッっと電車の中に不自然な風が吹き渡った。

「きゃあ」

「ひゃ!?」

 アスナだけは先を予想できていたのでなんとかスカートの前の部分を押さえられたが、その他ほとんど全ての女子生徒はスカートが思いっきり捲れ上がり、下着を外に晒してしまう。まあ車内にいるほとんど全ての人間は女性であるし、例外的な男性も満10歳の子供先生であるからしてあまり下着が晒された事を重要視していないようだ。

「また変な風やったなー」

 木乃香のこの言葉がだいたいの気持ちを代弁している。まあそれでも他の女の子達は下着をあらわにした気まずさで冷や汗をかいているけれども。そして原因がネギにあることを知っているアスナはギロンと空恐ろしい目つきでネギを睨む。

(こりないわねネギ坊主。あんたホントに教師失格よ、セクハラで!!)

(えーん、ごめんなさいい)

 今度は割と本気でネギを責めるアスナ。

『次は麻帆良学園中央』

「あ、着くえ。二人とも」

 そんな折、ネギにとってはグッドタイミングで駅につく。アスナも意識を切り替えて、

「よーし、走るよー」

「ネギ君、遅れんでな♪」

 プシューーと気と空気が抜けるような音で扉が開き、ドッと生徒たちが駆け下りていく。そして案の定、ダッシュで学校に向かう生徒達に翻弄されたネギであった。

 

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 始業のベルが鳴る。その間に士郎に抱えられたネギが『中等部二年A組』の木札を外し、代わりに掛けられる『中等部三年A組』の木札。

「3年! A組!! ネギ先生ーっ♪」

 そして2年の時と全く変わらないテンションで某番組のオープニングを再現する新3年A組。

(バカどもが…)

(アホばっかです)

(…………)

 そして完全に冷めた目でその光景を見ているのは千雨と夕映、そして士郎。ちなみに困惑してるのがネギとアスナとおキヌで、横島はノリにのって騒ぎまくっている。

 やがてネギと士郎が苦心して生徒達と横島を静かにさせ、新学期の挨拶を担任であるネギが穏やかに語り始める。

「えと、改めまして、3年A組担任になりましたネギ・スプリングフィールドです。これから来年の3月までの一年間、よろしくお願いします」

「はーい」

「よろしくー♪」

 とても好意的な返事。それに新しい期待と不安に胸をドキドキと高鳴らせるネギ。これでホームルームは終わって少しの間自由時間となるのだが、ネギは騒がしく愉快なクラスの面々を静かに見守る。

 ハカセの言葉を熱心に聞く絡繰、村上から演劇部最新情報を仕入れる朝倉、静かにクラスを眺める超と春日、図書館島探検部に入る事にしたおキヌに嬉々として彼女に世話を焼く早乙女、ただ悠然と外を見る龍宮、那波と四葉が料理について語り合い、彼女等の前でその話に耳を傾ける桜咲。てんでばらばらに好きな事をしている新3年A組だが、みんなに共通している事はとても穏やかな雰囲気だという事。

 そんな彼女等を見ていると、自然に柔らかな笑みが零れるネギ。

(こうして見るとまだまだお話ししていない生徒さん達も一杯いるなぁ。この一年で31人、全員と仲良くなれるかなぁ…)

「――ん?」

 と、そこまで考えた瞬間にネギの背筋に冷たいものが走る。とっさにそっちの方を見るネギ。

(何だ!? この鋭い視線は?)

 視線の元は最後列、つまらなそうに頬杖をつきながらネギの方を微動だにしないで見る小さな金髪の女の子。無表情な顔で全く笑っていない目。

 

 ぞくっ…

 

 その視線に、意識的な悪寒が走る。そしてそれを見届けたかのようなタイミングで視線を外す女の子。

「…大丈夫か、ネギ君」

 その視線を感じたのか、ただ単に顔が青くなったネギに気がついただけなのか。士郎がネギの側にやってくる。

「あっ、士郎さん。はい、大丈夫です」

「そうか…」

 ネギの言葉を聞いて少年に微笑みを向けた後、鋭い視線で金髪の女の子を一瞥する士郎。その視線に気がついているだろうに、素知らぬ風にボーっとした雰囲気を出す金髪の女の子。

「……………」

「……………」

 無言の高圧。

「ヘイブラザーパル! おキヌちゃんはどうだい?」

「ブラザー横っち! いやいや、なかなか筋がいいよ、この子。私の専属アシになってもらいたいくらいだね!!」

「私って器用なんですよー。それでも漫画とかって細かい作業ばっかりだから、結構神経使うんですよね」

「というかハルナ、いつの間にか漫画の話になってるですか。ちゃんと図書館島探検部のレクチャーをして下さい」

 先ほどまで身近に感じていた日常がとても遠く感じる。そんな雰囲気に耐えられず、ネギは出席簿をめくって金髪の女の子の欄を探し出した。

(……あの娘は…出席番号26番、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさん――。

 囲碁部、茶道部…!? 困ったとき相談しなさいってタカミチが書いてるけど)

 ただの囲碁部や茶道部にあの目つきが出来ると思わないし、敵意がこもった態度を取る割にはタカミチが当てにしろという人物。情報と現実に食い違いがありすぎる。

 と、ネギが更なる思考を回そうとしたとき、コンコンというノックの音がそれを遮った。

「ネギ先生、今日は身体測定の日ですよ。3―Aのみんなもすぐに準備して下さいね」

 来たのはしずな先生。念の為にとネギに予定の確認をしにきたようで、しかもその危惧は正しかったらしい。

「あ、そうでした。ここでですか!? 分かりました、しずな先生」

 先生の仕事を思い出し、直前まで考えていたエヴァンジェリンの事など既に頭から消えたネギ。慌ててザワザワとしている教室内に聞こえるよう、大声で指示を出す。

「で、では皆さん身体測定ですので……えと、あのっ。今すぐ脱いで準備して下さい!」

 

 シ~ン

 

 一瞬で静まりかえる教室の反応にネギはようやく自分が何を言ったのか気がついた。

「ネギ先生のエッチ~ッ♪」

「うわ~ん、まちがえました!」

「ネギ君、君ね…」

「そうそう、士郎とネギはとっとと教室から出る!」

「忠夫も来るんだよ!」

 涙ながらに教室を脱出するネギとそれに呆れる士郎。更に教室の最奥から横島が茶化して士郎はそんな横島の首根っこを捉えてズルズルと引きずりながら教室を後にした。

「俺は教室に残る! ちゃんと生徒達の成長を確かめるのも教師の仕事ではないのか!?」

「なら男の成長を確かめろ! こんな感受性豊かな時期の女の子にトラウマを残すような言動をするんじゃない!」

 士郎に引きずられる横島は手足をバタバタと子供のように動かしながら抗議するも、当然士郎は一切妥協せずに引きずり続ける。そしてピシャンと扉が閉まると同時に教室内に爆笑の渦がまきおこった。

「ネギ君、からかうとホント面白いよねーー♪」

「私はそれより横っちが面白いと思うなー♪」

「確かに横っちは面白いと思う。だけど衛宮先生のつっこみも面白いんじゃない?」

「でも衛宮先生はちょっと真面目過ぎない?」

「そこがいいんじゃん。私は横島先生より衛宮先生だなぁ」

「くぎみーは横っちみたいなタイプは苦手だしねぇー」

「くぎみー言うな!」

「でもあの二人、足して2で割るとちょうどいい感じだし、補佐役としてはピッタリじゃない?」

「ま、なんにせよこの一年楽しくなりそーね」

 服を脱ぎながら話に花が咲くA組。と、そこでパルがまき絵がいない事に気がついた。

「あれー? 今日まきちゃんは?」

「…さあ?」

「どうしたんでしょうね?」

 言葉を返すのはのどかとおキヌ。共になぜかいないまき絵に首を捻る。そこに古がイタズラ顔でチャチャをいれる。

「まき絵は今日、身体測定アルからズル休みしたと違うか?」

「まき絵、胸ぺったんこだからねー」

「お姉ちゃん、言ってて悲しくないですか? ブラもしてないのに」

 光に照らされても全く影の出来ない胸を張って言う風香に、全く同じ体型の史伽が肩を落としながらつっこみを入れる。

 一方別の場所で体重を量っていたあやかだが、近くにいた桜子が絶妙なタイミングで体重を加算した。

「いいんちょ、65kgね」

「ひいいっ!?」

 余りのタイミングの良さに思わず信じたあやか。直後、イタズラをする桜子に気がついて大声をあげた。

「桜子さん、マジメに量りなさーい!」

「冗談じゃーん♪」

 

(なんか楽しそうだな…)

 キャイキャイと教室の扉の前で所在なさげに立っていたネギは教室内の会話に耳を傾ける。

「離せ、離せ士郎! 俺は覗く、絶対に覗くんだぁー!」

「いい加減にしろ! つーか忠夫、いつの間にか本音がでてるぞ!」

 出来る限り目の前の現実から逃避する為に。

 

 そんな廊下の状況に気がつかず教室内では会話が弾んでいき、ふと柿崎がとある噂話を思い出した。

「ねえねえところでさ、最近寮ではやってる…あのウワサ、どう思う?」

「え、なによソレ、柿崎」

 その言葉に、真っ先に反応したのはアスナ。彼女は柿崎が言うあのウワサとやらをまず知らない。そしてアスナの疑問に口を開いたのは柿崎ではなく春日だった。

「ああ、あの桜通りの吸血鬼ね」

「何!? 何ソレー!?」

「何の話や?」

 さらりと言った言葉に反応したのは話しかけられたアスナ、ではなくてまたもや部外者の桜子、木乃香、鳴滝姉妹。外からの食いつきの良さに、ちょっと引きつりながら言葉を継ぐのはウワサを流し始めた柿崎。

「知らないの? しばらく前からある噂だけど……何かねー、満月の夜になると出るんだって、寮の桜並木に……まっ黒なボロ布につつまれた…血まみれの吸血鬼が…」

「「キ、キャーッ」」

「ほほぅ」

「へーー♪」

 無駄に話術に優れた柿崎の言葉に鳴滝姉妹は揃って金切り声をあげ、桜子は変な冷や汗を流し、木乃香は全くこたえていない。ちなみに運悪くその話が耳にはいってしまったのどかはガタガタと震えていたりする。

「とても変質者チックですねー」

 そして本物の吸血鬼やバンパイヤハーフと会ったことのあるおキヌはとてつもなく平和な感想を口にしていた。彼女にとって吸血鬼とは異世界のバケモノではなく、仲のいいお隣さんなのだ。そんな人の恐怖心を煽るような話でもテレビのニュースにあがる事件となんの違いもなかったりする。しかし大部分のクラスメイトは違う、桜子は早速その噂話と今日欠席したまき絵との関連性を作って話のタネにする。

「まきちゃん、その謎の吸血生物にやられちゃったんじゃないかなー。血、美味しそうだし」

「た、たしかにまきちゃん美味しそうやけど……ちょっとシャレにならんな」

 そんな場面をリアルに想像し、背中に冷たいものがはしるまき絵と木乃香。

「いや、吸血生物じゃなくて吸血鬼」

 そして微妙に的外れな話に柿崎がつっこみを入れる。しかし、そんなつっこみなど知らんとばかりに話がヒートアップしていき、最終的に見かねたアスナが下らなそうに言い捨てた。

「もー、そんな噂デタラメに決まってるでしょ? アホなこと言ってないで早く並びなさいよ」

「そんなこと言って、アスナもちょっとこわいんでしょ~」

 そして当然のごとくそんな事は意に返さない一同。その代表として桜子がムカツク笑みを浮かべながらアスナに絡んできた。ムカっとしながらアスナは黒板を指差して怒鳴りつける。そこには木乃香とおキヌがナゾの吸血生物チュパカブラの図説を神速で書いてたりする。しかも誰とは言わないが、裏に関わっていた人物もノリよく参加していたせいでその図説は変にリアル。のどかと鳴滝姉妹は本気でびびってたり。

「違うわよ! あんなの日本にいるわけないでしょ!」

 と、そんな大声をあげたところでアスナはふと我に返った。

(ん…? 待てよ、でも魔法使いがいるんだし、吸血鬼くらいいてもおかしくないかも…?)

 妙に説得力のある想像に、うげっ…っと顔をしかめた瞬間、

「その通りだな、神楽坂明日菜。ウワサぼ吸血鬼はお前のような元気でイキのいい女が好きらしい。十分気をつけることだ」

 ともすれば声を忘れてしまうほど無口なエヴァンジェリンの、まるで心を読んだタイミングでの言葉。

「え……!? あ、はあ」

 唐突なその言葉に、アスナはそんな言葉しか口から出ない。後ろの方で桜子が、

「ありゃーエバちゃんから話しかけてくるなんて珍しー」

 とか呟いているのがどこか印象的だった。

 

(吸血鬼……?)

 目の前のコントから気をそらすため教室内の会話に気を割いていたのが幸いしたのか、ネギは断片的ながら吸血鬼という単語を拾い上げていた。

「…………」

「…………」

 気がつけば横島と士郎もコントをやめ、ネギと同様に教室内に意識をとばしていた。

「士郎さん、横島さん……」

「ああ、どうも臭いな」

「ああ、匂うな」

 神妙な顔で呟くネギと、神妙な顔で頷く士郎と横島。

「女子中学生の甘い香りが……!!」

 ズダンと思いっきりこけるネギと士郎。

「何の話ですかっ!?」

「何の話だっ!?」

 息ピッタリにつっこみを入れる義兄弟にキョトンとした表情で返事をする横島。

「何って、わざわざ扉によるなんてお前等も同じ事を考えてるんだろ? 女子中学生の布ズレの音と甘い香りをかいで煩悩を高める。

 分かってる分かってる、男同士なんだからそんなごまかさなくていいって」

「違うわっ!」

「それ教師失格じゃないですか!?」

「あー、何? つまり教師としても体面を保つ為にムッツリになるって事か? でもムッツリよりかはオープンの方が……」

「あーもー、言葉通りに話にならないやつだな、忠夫は!」

「自分主観で話を進めないでくださいっ!」

 価値観の違いとはかくも恐ろしいものなのか。頭を掻き毟る士郎とブンブン手を振り回すネギに対して横島の反応は平然そのもの。

 と、そこにドドドと足音を響かせながら和泉とバゼットが走ってきた。

「先生ーっ、大変やーっ。まき絵が、まき絵がー!」

 全く要領を得ない和泉の言葉だが、バゼットが的確にそれを補足する。

「このクラスの佐々木まき絵が桜通りで昏倒してるところを発見しました、至急保健室に来てください」

 その衝撃の内容に、真っ先に反応したのはクラスメイト達だった。

「何!? まき絵はどーなったの!?」

 がらっと教室の扉と窓が開く。無論、身体測定をしていた彼女たちはみな下着姿だ。

「わあ~!?」

「うおっ!?」

「おお!!」

 その光景にネギは固まり、士郎は視線を外し、横島は見入る。

「死ね!!!!!!!!!」

 

 ドゴシャァ!!!

 

 そしてそんな男共に、当然のごとく走ってきた勢いそのままに攻撃を加えるバゼット。具体的には横島と士郎にラリアット、背の低いネギにシャイニングウィザード。

「「「プロァラベ!?」」」

 愉快な声を出しつつ吹っ飛ぶ三人。その間に教室の扉と窓は和泉を回収して閉まる。廊下に残されたのは断罪者と罪人三名のみ。

「さて……何度もやっていますが、そろそろ本気でこの世に未練はありませんね? ああ、自縛霊になってもしっかりと成仏させてあげますのでご心配なく」

 ユラリとしながら恐ろしい事を言ってくるバゼット。

「ま、まてバゼット! 今回は確実に私たちは悪くないと思わないかっ!?」

「そ、そうですよ! とにかくちょっと待って下さい、話せば、話せば分かります!」

「ネギ坊主、それ死亡フラグだから」

 焦り気味の士郎とネギに対して、なぜか落ち着いている横島。

「……忠夫、お前はなぜそんなに落ち着いている?」

「慣れ」

「……慣れないで下さい」

「最期の世間話は終わりましたか?」

 手加減ゼロなバゼットの言葉に、

「じゃあな、主犯! 任せた!!」

「おわぁ!?」

 いきなり士郎を蹴りだし、バゼットの前に立たせる横島。

「ほうぅ――あなたが主犯ですか、ミスタ衛宮」

「ち…違……違うって!」

「犯人はみなそう言います」

 弁護士、裁判なしで有罪判決された士郎は何か逆転無罪の方法はないかと辺りを見回す。と、ネギと目が合った。

「…………」

「…………」

 ツー、カー。今までにない程心が通う二人。

「ち、違いますよバゼットさん! むしろ主犯は横島さんの方ですっ」

「へ?」

 容疑者、士郎。重要参考人、横島。だった、が。この一言で容疑者と重要参考人との立場が入れ替わった。さらに重要参考人の弁護士、ネギまで加わったりする。

「そ、そうそう。大体私は横島が覗こうとしてるのを止めてた側だし!」

「士郎さんはむしろ守る側の方ですよ!」

「ちょ…待てお前等! だいたい最初に聞き耳立ててたのはネ――」

「それに教室内に聞き耳立ててたりするし!」

「それはおま――」

「あげくの果てには匂いがどうとか!」

 横島の反論を絶妙のコンビネーションで封殺していく。単純なバゼットはそれで主犯を確定したようだった。

「さて、遺言はありますか? ミスタ横島?」

 もはやネギと士郎はバゼットの眼中にない。そして一人槍玉にあげられた横島は、

「ちっくしょー! 覚えてろよお前等ーー!!」

 泣きながら全力で逃げ出した。

「逃がしません!」

 そしてそれを素晴らしいスピードで追うバゼット。残された男二人はふぅ、と冷や汗を拭った。

「危ないところでしたね、士郎さん」

「全くだ。それにしても忠夫の奴め、私を売ろうとするとは…。人を呪わば穴二つ、だな」

 

 ミギャー。

 

 どこからともなく、とても聞き覚えのある声が響いてきた。静かに十字をきるネギと士郎。そこでがらりと教室の扉が開く。

「「!?」」

 一瞬身構える士郎とネギだが、その心配は杞憂に終わった。身体測定を終えてしっかりと制服で身を包んだ3―A。そしてアスナとおキヌが廊下に立っていた二人に話しかけてきた。

「あれ? 横島さんは?」

 キョトンと首を傾げるおキヌに、ネギと士郎の顔が引きつる。

「さあ…冥王星のあたりじゃないですか?」

「生きているやら死んでいるやら…」

「?」

 全く要領を得ない。まあこの言葉で要領を得ろという方が酷なのだろうが。そんな不思議会話をする三人にアスナがため息交じりに言葉を発した。

「とにかく。まきちゃんの様子、見にいくんでしょ? 亜子ちゃんが言うには大した事はないらしいけど」

 

 そして保健室についた一同は、ベッドで眠っているまき絵の様子を軽く見て、少し詳しくしずなの話を聞く。彼女が言うには、

「なにか桜通りで寝ているところをバゼットさんが見つけたらしいのよ。特に問題は見られないし、貧血か何かだと思うんだけど…」

 らしい。歯切れの悪いその言葉にも、一般人なクラスメイトは安心して軽口を叩きあう。

「なんだ、大したことないじゃん」

「甘酒飲んで寝てたんじゃないかなー?」

「昨日暑かったし、涼んでたら気を失ったとか……」

(桜通りで…? いや、違うぞ! 貧血なんかじゃない、ほんの少しだけど…確かに魔法の力を感じる……。

 どういうことだろう……? 僕の他にも魔法を使える人がいるのかな?)

 思考に埋もれていくネギ。そして思考に埋もれていくのはネギだけではない。『あちら側』である士郎とおキヌもこの事件の裏にあるものに気がついて静かに頭を回す。

(…この感覚は……。何かおかしい。確かに貧血には違いないみたいだけど、一般人よりも生命力が少ない? 吸血鬼がおこした事件だとすると『当たり』かな、これは)

(う~ん。なんかピートさんみたいな魂の感覚? ちょっとバンパイヤに入っちゃってるのかな? 横島さんに相談したほうがいいのかなぁ?)

 三者三様の切り口で事件にナニカが関わっている事を察知する。そんな彼等に怪訝な顔をしつつも、アスナは一番話し易いネギに声をかける。

「ちょっとネギ、なに黙っちゃってるのよ」

「あ、はいはい。すいません、アスナさん。まき絵さんは心配ありません。ただの貧血かと…。

 それとアスナさん。僕、今日帰りが遅くなりますので、晩ご飯いりませんから」

 そう言ってアスナや木乃香と話しつつ保健室から退室するネギ。それを見て士郎は薄く笑みを浮かべる。

(ネギ君はこの違和感に気がつかなかったか。無理もない、こんな微弱な生命力の減少だからな。

 それにネギ君はこの事件に関わらない方がいい)

 なにせ、ここは麻帆良なのだ。関東魔法協会が治め、鉄壁に近い防衛機能と百戦錬磨の魔法使いが闊歩する麻帆良。そこで起きたこの事件は、下手をすれば桁違いの大物が出てくる可能性も十分にありうる。

(さて、日没まではまだ時間があるな)

 そう考えた士郎は保健室の使用履歴に目を通そうと方針を固める。この調子で考えると他の被害者も貧血やその他の軽い病気で片がついていそうだ。まずはここから情報を集める事にするのは問題ないだろう。そうして士郎は未だに保健室に残って真剣な顔をしているおキヌに微笑みかけた。

「氷室、佐々木が心配なのは分かるがここは私に任せなさい。佐々木はちゃんと目が覚めたら女子寮まで送っていくから、氷室も暗くなる前に寮に帰ったほうがいいぞ」

「…………」

「氷室?」

「あ、はいそうですね。失礼します」

 どこか上の空だったおキヌは急に立ち上がると、ペコリと一礼をしてからあっという間に立ち去ってしまう。

「…………?」

 どこかおかしな彼女の行動に、士郎はただ首を傾げる事しか出来なかった。だがそれに気を割いてばかりもいられない。もしかしたら興味半分で桜通りに行く生徒もいるかもしれないから、ならべく早めに桜通りを張っておきたい。

「急ぐか」

 士郎は速やかに行動を始めた。

 

 

 

 満月。それは魔性の魅力を持ち、人の感覚を狂わせる。

 夜桜。それは魔性の魅力を持ち、人の感性を狂わせる。

 そして今宵の桜通りは月が満ち、そして桜が雪のように舞う。

 

 雪月花

 

 かつての人間が美しきものと詠ったそれらの全てが満たされたその空間は、例え魔とは関係の無い者でもその違和感は感じ取れるだろう。空恐ろしいその魅力をたたえた桜通りの側に、とてつもなく元気な声が響いてきた。

「吸血鬼なんてホントに出るのかなー?」

「あんなのデマに決まっているです」

「だよねー」

 会話の声はパルと夕映。彼女等は他にのどかとアスナ、木乃香と一緒に桜通りの近くの道を歩いていたが、やがて桜通りの前でのどか一人が寮に帰る為に道を曲がる。

「じゃあ先に帰っててね、のどかー」

「はいー♪」

 鼻歌を歌いながら桜通りへと歩いていくのどかに、心配そうな視線を送るのはアスナ。

「……本屋ちゃん、一人で大丈夫かな?」

「吸血鬼なんていないゆーたんアスナやろ?」

 軽い口調で返事をするのは木乃香。そして後ろ髪を引かれつつもアスナは桜通りを後にする。

 

「フンフン♪」

 一方ののどかは鼻歌を機嫌よく歌いながら歩き続ける。が、

「あ…桜通り……」

 その異常な雰囲気が原因か、はたまた心のどこかでウワサの事を気にかけていたのか。自分が今から通る道の名前を思い出してしまう。

「…………」

 ゴクリと無意識に喉が鳴る。それでも意を決して彼女は歩き始める。

 

 サァァ…

 

 風が哭く。まるで生き物の体内にいるような錯覚。怪しすぎる雰囲気。ナニカが、居る。   が、居る。

「か、風が強いですねー…。ちょっと急ごうかなー」

 まるで風が原因のようにそういってから早歩きをするのどか。それは単純な恐れからか、はたまた彼女は言霊というものを知っているのかもしれない。もしもここで変な気配がすると口にしてしまったら本当に変なモノを呼んでしまうと感じたのかもしれない。

「こ…こわくない~♪ …こわくないです~。こわくないかも~♪」

 彼女は即興で作った歌を口ずさむ。だがしかし、その言葉は段々と弱まっていき、

 

 ざわっ…

 

「こわっ…」

 言ってしまった。こわいと、身を震わせながら言ってしまった。それはもしかしたら偶然かも知れない。逆に、ソレが動いたから桜がざわめいたのかも知れない。それでもただ一つ確定した事は。たった今、この瞬間、この場において。最も欠けていて、最も必要なモノが埋まったこと。埋まってしまったこと。

「…………?」

 あきらかに変わった雰囲気に、不安そうに空を見る。そして、

 

 ザザァッ!

 

「え……」

 彼女の勘の通り、それは天上から舞い降りた。黒尽くめのボロ布を身をまとって、電灯の上に立つ人影。足りなかった、最も大きいヒトカケラ。闇の支配者が姿を現す。

「ひ」

 純粋な恐怖が原因で、意識せずにそんな言葉がのどかの口から漏れる。そんな獲物に関わらず、電柱の上に立つ人影はニィッ…と嗤う。いや、嗤ったような気がする、が正しいのか。なにせあの人物は顔が影に覆われていてうまく表情がつかめないのだ。

「27番、宮崎のどかか……。悪いけど少しだけその血を分けてもらうよ」

 会話ではなく、宣言。会話とは相手の意志を聞くもの。宣言とは自分の意志を言うもの。行動を宣言した黒衣の人影はバサァッと羽ばたきながらのどかに疾走した。と、

「待てーっ!!」

「!!」

 黒衣の人影がのどかに辿り着くよりも早くその声が闇に響く。

「う~~ん…」

 迫り来る恐怖に耐え切れず、どかはその場で失神してしまう。が、黒衣の人影にとってはもはやそんなのはどうでもいい。大声を張り上げた人物の方が万倍重要だ。

 素早く後ろを振り返ると、そこには杖に乗って突進してくる子供先生の姿が。

「ぼ…僕の生徒に何をするんですかーっ。

 ラス・テル・マ・スキル・マギステル。

 風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス)縛鎖となりて(ウインクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)」

 正しく紡がれた力ある言葉は術者の魔力を操作し、魔力は呪文に従って形取る。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)・戒めの風矢(アエール・カプトウーラエ)!」

 11本の風矢は黒衣の人影に向かって疾駆する。だが黒衣の人影は余裕を持って懐から小さなフラスコを出して、それを風矢にぶつけるように投げつける。

「もう気付いたか。

 氷楯(レフレクシオー)……」

 

 バキキキキキンッ

 

 甲高い音。それは氷の楯が風の矢を全て弾き返した音である。その事実に驚愕の声をあげるネギ。

「僕の呪文を全部はね返した!?」

(や、やっぱり犯人は…魔法使い……!?)

 頭を動かしながらも体はもちろん止めない。ネギは呪文を弾かれたその隙にのどかの元へと急ぎ、彼女の安全を確保する。

「くっ…」

 そして黒衣の人影の方も驚愕の声をあげていた。完全に防いだと思ったネギの魔法だったが、その余波が通り抜けて帽子をバサッっと吹き飛ばしていたのだから。

「驚いたぞ、凄まじい魔力だな……」

 黒衣の人影は忌憚無き褒め言葉を投げかける。しかしネギはそれどころではなく、

「えっ…。き、君はウチのクラスの…。エ…エヴァンジェリンさん!?」

 ネギは帽子が無くなった事により露になったその素顔にひたすら驚愕していた。対してエヴァンジェリンの方は余裕の笑み、さっき一瞬だけ浮かべた驚愕の色はどこにもない。

「フフ……。新学期に入ったことだし改めて歓迎のご挨拶と行こうか、ネギ先生。…………いや、ネギ・スプリングフィールド。

 10歳にしてこの力…さすがに奴の息子なことだけはある」

 ペロリと、僅かに出血した薬指を舐め取る。血を舐めるその姿は幼く整った容姿と背景の夜月と満月、それらの全てが相まって、この上なく妖しい世界を作り出していた。

(え…)

 ドキ…と、ネギの胸が高鳴る。だがしかし、それはその妖しい雰囲気に惑わされたからでは決してない。その前、決して聞き落とせないその一言に反応して胸を高鳴らせたのだ。それは彼の父を知る発言、少年の原点と言うべきその存在。だがしかし今はそれを問いただすときで無いことくらいはネギにも分かる。問いただすべきは別のことだ。

「な……何者なんですかあなたはっ。

 僕と同じ魔法使いのくせに何故こんなことを!?」

 そう。それは魔法使いとして、決して間違えてはならないモラルの問題。魔法使いは弱きを助け、悪をくじくためにあるはずだ。ならばなぜ魔法使いがこんな『悪い事』をしているのか。その子供の素朴にして純粋で汚れ無き問いに、エヴァンジェリンは単純にこう答えた。

「この世には……いい魔法使いとい悪い魔法使いがいるんだよ、ネギ先生」

 その前提となる『弱きを助け、悪をくじく』というその言葉。魔法使いは、その悪になることもあるのだと。

 それ以上の言葉をネギが発する前に、エヴァンジェリンは新たなフラスコを取り出し、それをお互いにぶつける事で中の薬品を混ぜ合わせる。それで魔法の準備は整う。

「氷結(フリーゲランス)武装解除(エクサルマテイオー)!!」

 少年が呪文を唱える暇もなくその魔法はネギに到達し、

「うあっ」

 ネギの胴体に届く前に、彼が突き出した左腕に当たって周囲に霧散した。その魔法がもたらした被害はと言えばネギの左肩までとのどかのほぼ全ての服が破損したのみである。

「レジストしたか。やはりな……」

 そしてエヴァンジェリンはというとその結果に満足したようにそんな声を出すのみ。いや、満足したと言うよりは予想通りに事が進むのを楽しんでいるといった方が正しいのかもしれないが。

(そ、そんな。エヴァンジェリンさんが犯人で、しかも魔法使いなんて!?)

 そしてネギはというと、怒濤の展開に頭がついていかない。とにかくのどかの様子を見ようと視線を下げると、

「み、宮崎さん、大丈夫!? ……ってわあ」

 ほぼ全裸なその姿が目に映った。予想の斜め上をいく展開に完全にネギはパニックになる。

「あわっ…あわ」

「何や、今の音!?」

「あっ、ネギ!!」

 どうしようかとあたふたとするネギだったが、時間は彼が落ち着くまで待ってはくれない。今の騒ぎを聞きつけた木乃香とアスナがやってきてしまった。この状態を見られるのは非常にまずいと分かってはいるものの、かといってどうする事も出来ない。

「あうっ!?」

「あんた、それ……!?」

 で、何も出来ずに彼女たちにその光景を晒す羽目になった。流石の彼女たちも一瞬だけ固まる。

「い、いえあのこれは…」

 どう説明したらいいものか。未だにパニックになるネギに木乃香が一言。

「ネ、ネギ君が吸血鬼やったんか~!?」

「ち、違います。誤解ですー」

 吸血鬼というより強姦魔とかの方が近いんじゃないの? そうつっこみ損ねたアスナは冷や汗をかきながら天然とパニックの漫才を見やる。と、そこでネギは夜霧に溶けるように逃げていくエヴァンジェリンの姿をとらえた。

「あっ、待て!」

(フフ……)

 もちろんそんな言葉一つで待つはずが無い。エヴァンジェリンの姿はあっという間に見えなくなる。それは彼女の思惑通りにネギの思考力を割いた。

「え…今のは……?」

「?」

「ア、アスナさん、このかさん」

 慌てたネギは、かすかにエヴァンジェリンの輪郭だけはとらえたアスナと全く姿形も見えなかった木乃香に大声をあげる。

「宮崎さんを頼みます! 身体に別状はありませんから。

 僕はこれから事件の犯人を追いますので。心配ないから先に帰っててください。

 じゃあ!」

 ぐっ…と力を溜めると、

「え、ちょっとネギ君……」

 

 ブァッ…ドンッ!

 

 ネギは木乃香の制止の声も聞かずに駆け出してしまう。彼は後ろの方から木乃香とアスナの声が聞こえた気がするが、しかし内容までは聞き取れない。それにネギの意識は完全にエヴァンジェリンへと移ってしまっていた。

 ザザザザ…と、並木道を駆け抜けながらエヴァンジェリンの魔力を追尾するネギ。その口はエヴァンジェリンが口にした納得の出来ない一言をリピートする。

「いい魔法使いと悪い魔法使いがいるだって…!? 世のため人のために働くのが魔法使いの仕事のはずだろっ」

 そう、彼は正しく間違っていた。魔法は力に過ぎず魔法に善悪は無い。だからこそ、それを扱う者により魔法使いは善であらなくてはならないというのが教育というものだ。だがそれは裏を返せば悪へその力を注げばその分凶悪になるのが魔法であり、善であらねばならないと教育しなくてはならないほどにその数は決して少なくないという意味でもある。

 そしてネギの頭にはもう一つの懸念事項がある。

(それに『奴の息子』って。あの人、僕のお父さんのことを知ってるのかな……?)

 一瞬、頭そんな疑問が沸くが、フルフルッっとかぶりを振ってその思考を頭から追い出す。今はそんなことを考えている場合ではない。

 そして角を曲がったとき、ついにネギは黒衣の人影の姿をとらえる。

「いた!」

「! はやい。そう言えば坊やは風が得意だったな」

 しかし追いつかれたエヴァの顔から余裕が消える事はない。直後に彼女は橋から飛び降り、風を黒衣のマントに受けて夜空を駆ける。

(杖も箒もなしに空を飛んだ!? ただの魔法使いじゃないぞ……)

 その行動にネギは一段階警戒を高め、彼女を追うために杖にまたがる。満月に向かって飛ぶようなエヴァを追ってネギもまた夜空を駆けた。

 空気の流れが耳をうって聴覚が一瞬マヒする。しかしそれも一言だけ魔法を唱える事で正常に戻るものだ。その呪文を呟きながらネギは違和感に気がつく。

(でもおかしいな…すご腕の魔法使いにしてはさっきの魔法は威力が弱いし……さっきから呪文の発動にわざわざ魔法薬を触媒に使っているのも変だ!)

 次々に浮かび上がってくる疑問。だがしかしネギはいったんその全ての疑問を棚上げした。なぜならエヴァに声が届く範囲に入ったから、とにかく彼女の説得が先だと思ったから。ネギは出来る限りの大声でエヴァに話しかける。

「待ちなさーい! エヴァンジェリンさん、どーしてこんなことするんですか! 先生としても許しませんよー!」

 その声を聞いたエヴァは不適な笑みを浮かべて、逆に挑発を返す。

「はは、先生。奴のコトを知りたいんだろ? 奴の話が聞きたいのならば私を捕まえたら教えてやるよ」

(!!)

 その言葉に、ネギの理性の枷が外れた。第一目的がエヴァを更正することからエヴァを捕まえる事に変わる。似ているようで違うこの差異を感じられなかった時点でネギは完全にエヴァの手の平の上で踊っていると言っていい。

「…本当ですね」

 最終確認であるその言葉に、エヴァはニッ…っと笑うことで答えた。それでネギの腹は決まる。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。風精召喚(エウオカーティオ・ウアルキュリアールム)!! 剣を執る戦友(コントウペルナーリア・グラディアーリア)!!」

 その声に従い8体のネギの形をした精霊が召喚される。

「分身!?」

(いや、精霊召喚(サモン・エレメンタル)か)

 エヴァの深すぎる知識は誤った答えを出しかけるが、瞬時にソレを訂正する。

「捕まえて(アゲ・カピアント)!!」

 呪文が完成した途端にありえないスピードでネギのコピー達はエヴァに迫る。

(風の中位精霊によるコピー…しかも8体同時召喚か!! なるほど、10歳の見習いとは思えん魔力だ……)

 そのありえない現象を、エヴァはその豊富な知識だけで理屈を知る。コピーであるが故にネギ本体と同じ推進力を持つが、風の精であるが故に重さがほとんどない。いいとこどりで重さが無い風の精霊な分だけ制御には集中力を要するが、それを10歳にして8体も操るのは驚嘆に値するだろう。

 現状確認をすませたエヴァは懐から5つの魔法薬を取り出して宙に放った。まるで意志を持ったかのように一つ一つの魔法薬は風の精に迫り、その相対的な速度も相まって鋭い音をたてながらネギの魔法を無効化する。しかし残された3体の精霊は誘爆されないように円を描くようにエヴァに迫り、それがかえって彼女を追い詰める結果となった。

 警戒を高めるエヴァに対してネギはと言えば、目の前にぶら下がった勝利に対して何の疑いも無く目を輝かせる。

(また魔法薬! やっぱりだ、なぜかこの人は魔力が全然弱い。勝てる!!)

 ネギは勝負に出る。残った3体の精霊をまとめてエヴァに叩きつけるように操作した。

 その結果、2体はかわされて1体は障壁にぶつかり消滅。しかしそれで詰め。体勢を崩されたエヴァは数秒間は魔法薬を取り出す事は出来ない。その隙にネギはエヴァの正面に回り、左手をかざした。

「!!」

「追いつめた! これで終わりです。風花 武装解除(フランス・エクサルマティオー)」

 黒衣がズバァッと弾ける。本来は風の花になるはずのそれは、黒い蝙蝠となって夜空に逃げる。やがて闇に同化して見えなくなったそれを確かめてからネギは下着姿のエヴァへと向き直った。

「こ…これで僕の勝ちですね」

 下着姿なのを配慮して、いちおう右目は右手で隠しているが左目はしっかりとエヴァの目を見ながら言葉を続ける。

「約束通り教えてもらいますよ、何でこんなことをしたのか。それに…お父さんのことも」

「お前の親父。すなわち…『サウザンドマスター』のことか。ふふ……」

(―――!! 何故それを……!?)

 言葉の内容に気を取られすぎて、ネギはどこまでの余裕のあるエヴァに気がつけない。とにもかくにも父親の情報を得ようと声を荒げるネギ。

「と…とにかく!! 魔力もなくマントも触媒もないあなたに勝ち目はないですよ!! 素直に……」

 そうしてそう言った瞬間、ネギはようやく上にいる何かの気配に気がついた。満月を背負い、屋根の上からこちらを見下ろす存在。

「……これで勝ったつもりなのか? さあ、お前の得意な呪文を唱えてみるがいい」

 ズシャッ、と。重い音を立てて降りてくる人影。それを確認したとたんにネギは臨戦体勢に入る。

(新手……!? 仲間がいたのか。仕方ない、二人まとめて)

「ラス・テル。・マ・スキル・マギステル! 風の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス)縛鎖となりて(ウインクルム・ファクティ)敵を捕まえろ(イニミクム・カプテント)」

 素早い詠唱。だがしかしその詠唱が完成する前に新手は地をかける。

「ふ…」

 油断はせずに、しかし確信の笑みを持って相棒を送り出すエヴァ。そして――

「サギ――」

 ビシッ♪ とかわいらしい音をたててネギのおでこにデコピンがきまる。

「あたっ」

 そのかわいらしい攻撃はしかし、魔法詠唱をキャンセルするには十分だった。ポヒュッっとかわいらしい音をたてて霧散する魔力。

「あたた?」

 何が起きたのか理解出来ていないネギはとりあえず新手の顔を見る。と、なんかとても見覚えのある顔な事に気がついた。

「えっあれ!? き、君はウチのクラスの……」

 驚愕の声に、ペコっと頭を下げるだけで答える新手。そしてエヴァはそんな彼女を満足そうに紹介する。

「紹介しよう、私のパートナー。3―A出席番号10番『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』絡繰 茶々丸だ」

「え…なっ…!? ええ~~~!? 茶々丸さんがあなたのパートナー!?」

 意外すぎる事実についつい大声をあげてしまうネギ。対するエヴァは完全に思惑通りに話が進んだためにかなり上機嫌だ。彼女は歌うように言葉を紡ぐ。

「そうだ、パートナーのいないお前では私には勝てんぞ」

 その言葉に頭に血を上らせるネギ。

「な……パ、パートナーくらいいなくたって。

 風の精霊11人―(ウンデキム・スピリトゥス・アエリアーレス)!?」

 が、そんな逆ギレのような行動で制せる相手では無い事にネギは未だに気がつけなかった。滑るようななめらかさでネギの眼前に移動した茶々丸は、

「あううう」

 ムニニー♪ と柔らかいネギのほっぺを左右に引っ張った。

「…………」

「…………」

 

 間

 

「風の(ウンデキ)――」

 ズビシッ。コントみたいな音と攻撃で中断される魔法。

(な……)

「驚いたか?」

 ネギの表情を見て満足そうに口を開くエヴァ。

「元々『魔法使いの従者(ミニステル・マギ)』とは戦いのための道具だ、いまや恋人探しの口実となってしまっているがな。我々魔法使いは呪文詠唱中、完全に無防備となり攻撃を受ければ呪文は完成できない。

 そこを盾となり剣となって守護するのが従者(ミニステル)本来の使命だ。つまり……パートナーのいないお前は我々二人には勝てないということさ」

 戦闘中にわざわざ説明するエヴァの思惑はもちろんネギを成長させるためではない。勝てない事を理論的に説明して士気を奪うためだ。その証拠に例えば魔法剣士の説明や、本来の自身が単独でも最強を名乗れるほどに強い事は黙っている。

(そそそそんなあ~~!? 知らなかったよー)

 そしてその策は見事に的中した。ネギは完全に戦意を喪失し、ネカネの手紙の意味が頭によぎっている最中である。断じて戦場で、しかも劣勢不利の立場の人間が取る反応ではない。しかもこの場において最も有効で唯一の手段である逃走は、この戦いが始まってからのエヴァとの会話が原因で頭の隅にさえも残っていない。そしてそれに気がつく前に勝負を決めようとエヴァは口を開いた。

「茶々丸」

 それに頷くだけで答える茶々丸。そして彼女は音も無くネギに接近し、片手でネギの喉を押さえる。

「申し訳ありません、ネギ先生」

「うぐっ」

 喉とはいうまでもなく急所であり、人間が反射的に守ってしまう部位でもある。それが全く出来ずに喉をつかまれてしまったのは、茶々丸の戦闘能力の高さかネギの危機察知能力の低さか、はたまたその両方か。しかしどんな過程があろうとも、結果として呼吸と共に逃走と呪文詠唱の両方が封じられてしまった。

 完全に死に体になったネギの首に左手を回し、ギリギリと締め付けながら宙に浮かせる茶々丸。

「うぐぐぐー」

「マスターの命令ですので」

 呼吸もロクに出来ずに苦しんでいるネギは茶々丸の手を引っ張って腕を外そうとするが、茶々丸は一言そう言うだけで全く力を緩めようとしない。そんな彼等の元に足音をトントントンとたてながら近付くエヴァ。

「……ふふふ、ようやくこの日が来たか。お前がこの学園に来てから今日という日を待ちわびていたぞ……」

 ふー。そう万感のため息を漏らしながら、『なぜこんなことをしたのか』。その問いに答えるエヴァ。

「お前が学園都市に来ると聞いてからの半年間、ひよっこ魔法使いのお前に対抗できる力をつけるため危険を冒しても学園生徒を襲い、血を集めた甲斐があった。

 これで奴が私にかけた呪いも解ける」

 と、その言葉に思わずネギが聞き返した。

「え…の、呪い……!? ですか」

 その純朴な問いにピクリとエヴァの手が震える。

「そうだ、真祖の吸血鬼にして最強の魔法使い、闇の世界でも恐れられたこの私がなめた苦汁――」

 ガバっとエヴァは思いっきりネギの首元を掴み、まるで彼の父親に届けといわんばかりに鬱憤をぶつける。

「――私はお前の父、つまりサウザンドマスターに敗れて以来魔力も極限まで封じられ、もう15年もあの教室で日本のノー天気な女子中学生と一緒にお勉強させられてるんだよ!!!」

 あまりに勢いがよすぎたせいでネギはゲホゴホとむせてしまう。そして一息つけたとき、

「え、そんな…僕、知らな……」

 そう、弱々しく告げる。だがしかし、もちろんそんなネギの事情などエヴァは知らない。彼女はピクピクと眉を動かしながら最後の言葉を宣言する。

「このバカげた呪いを解くには……奴の血縁者たるお前の血が大量に必要なんだ。

 …悪いが、死ぬまで吸わさせてもらう…」

 顔を真っ赤にしながらネギの首元に口を近付けるエヴァ。

「うわあ~~ん、誰か助けて~~っ」

 どうしようもなくなったネギはそう叫ぶ。叫ぶが、それは虚しく闇に消えていった。そしてエヴァの口がネギの首元に近付き、

「マスター!」

 茶々丸の叫び声が響いた。直後、パンという音とエヴァが血を吸う音が重なる。

「――ム」

 エヴァが最初に感じたのは違和感だった。芳醇な魔力、甘美な感覚。しかしながらそれはナギの血縁者のソレではない。では誰の魔力かと視線をあげる前にその人物の名前を大声でネギが叫んだ。

「し、士郎さん!」

 衛宮士郎。彼女が最も警戒していた人物の一人。視線をあげれば、スーツ姿の黒い肌の人物が手を伸ばしてネギとエヴァの間に右手を差し出していた。本来はエヴァを打つつもりで出されたであろうそれは、茶々丸が腕を弾いたおかげで少し目測を誤ったようだ。

「待たせたな、ネギ君。もう大丈夫だ」

 静かにそう言う士郎。その瞬間、ネギ以外の3人が同時に動いた。

 まず士郎は右手をエヴァに噛みつかれているにも関わらずに思いっきりひく。それによって右手はエヴァの牙によって薄く裂かれたものの、ネギを士郎の身体に隠すような位置に移動させる事に成功した。

 茶々丸はといえばエヴァの指令の通りにネギを確保するような動きを見せたのが裏目に出た。一瞬だが士郎とネギを引っ張り合う形になり、それに負けた茶々丸は体勢を崩してたたらを踏む。

 最後にエヴァは躊躇う事無く士郎に接近した。士郎と茶々丸の引っ張り合いが終わった後に到着した彼女は、完全には体勢が整っていない士郎へと拳を繰り出す。

「フッ!」

 避ければ士郎が後ろにかばったネギに当たる軌道、そして狙いは鳩尾。この状況において士郎が取れる行動は一つしかない。それは余った左手でその拳を受け止める事。

 パァンと甲高い音が一つ。いくら魔力がやや戻ったエヴァとは言えどもここまで体重差があり、しかも魔力で体を強化している人間を打ち敗れるものではない。しかしそれはもちろんエヴァも承知の上。だからこそ次の一手を迷いなく打てる。

「な……!」

 士郎の驚愕が声となって響く。エヴァがしたことは単純、受けられた拳に両手を添えて手首の関節を極めようとしただけである。エヴァが関節技を使った事に驚愕した士郎はしかし、それをわざわざ喰らう義理も無い。極まる寸前に体ごとを捻り、宙返りを一回する事で外す。そしてその間に体勢を立て直せる者が一人。

「茶々丸!」

「はい、マスター」

 元より茶々丸はたたらを踏んだだけ。体勢など一秒あれば立て直せる。そしてその一秒をかせいだエヴァは茶々丸に指令を送り、彼女は士郎には目もくれずにネギへと疾走した。だがしかし――

「いたっ!」

 士郎の後ろからネギの声。その意味を理解した茶々丸は急停止し、

「チッ!」

 舌打ち交じりの一撃を鼻先でやり過ごした。士郎がしたのは単純な事。左手がエヴァによりふさがっていて右手がネギによってふさがっているならば、ネギを手放せばいいだけの話。そしてあの叫び声は上手く受身が取れなかったネギが尻もちをついたと、そういう訳である。

 そしてその瞬間、彼等は硬直する。茶々丸は急停止したために、士郎は両手を牽制に使ってしまったために、エヴァはもう一度士郎に飛びかかろうと足に力を溜めたために。その刹那のような静寂と隙に、

「ウチの居候に何すんのよーっ」

「あ」

「ぱらぁ!?」

「はぶぅっ」

 これ以上無いタイミングで乱入したアスナの飛び蹴りが三人に命中した。面白いように屋根の上を滑る三人。その現象に誰よりも驚いたのはエヴァだった。

(な!? なんだこの力は…!?)

 薄いとはいえ、魔法障壁をまるで空気のように抜いたのである。その驚きは当然と言えた。そしてその人物は――

「か、神楽坂明日菜!!」

「あっあれー?」

 少々意外過ぎる人物だったらしい、お互いに。

「あんた達、ウチのクラスの…ちょっ、どーゆーことよ!?」

 そう叫んだ時、アスナの頭はピンとひらめいた。

「ま…まさか、あんた達が今回の事件の犯人なの!? しかも三人がかりで子供をイジめるような真似して……。

 ――答えによってはタダじゃ済まないわよ!」

「……ちょっと待て、神楽坂。もしかしてその中に私も入っているのかね?」

 士郎の言葉にジロリとした視線で返事をする。その意味は『当然でしょ』。

「――ハァ」

 思わず、かなり様になっているため息をついてしまう士郎。そしてアスナと士郎が牽制しあっている隙に立ち上がるエヴァ。

「ぐっ……よくも私の顔を足蹴にしてくれたな、神楽坂明日菜……。お、覚えておけよ!」

 捨て台詞をおいて屋根から飛び降りる二人。

「しまっ!」

「あ……、ちょっと!」

 その姿を見て叫ぶ士郎とアスナだが完全に出遅れた。そして彼女たちが飛び降りた位置まで駆けよる士郎とアスナだが、もう追いつく事は出来ないだろう。

「逃がしたか」

 忌々しそうに言う士郎は辺りを探るが、逃走した二人の姿はとらえられない。おそらくどこかの物影に隠れてしまったのだろう。

「……ここ、8Fよ…?」

「そういう常識的な発言をする前に自分の立ち位置を考えてみたらどうかな」

 8Fから飛び降りるのと階段も梯子もない8Fの屋根に上るのとは50歩100歩だと言う士郎に、思わず彼から距離を取るアスナ。

「……って。その反応は何かね、神楽坂」

 呆れた口調で言う士郎に、あくまでアスナは警戒を緩めない。

「何かも何も、この状態でアンタを疑わない事の方がおかしいでしょうが!」

 アスナの口調はすでに目上の人間に対するそれではない、完全に容疑者Aに対するそれだ。それにふむと言ってから、完全に無防備な態勢でアスナの事を見る士郎。

「どうして私を疑うと?」

「そりゃそうでしょ、ネギはこの事件の犯人を追っていった。私がついてみたら涙目のネギの側に三人の人間がいた。それで疑うなっていう方が無理でしょ!」

「では更に問いを重ねよう。君が蹴りを入れた時、私は何をしていた?」

「知らないわよ、そんなの。三人でなんか固まってたのは分かったけど」

 激昂するアスナに、あくまで淡々と落ち着きを払いながら話を進める士郎。

「獲物であるネギ君を放って側で固まる三人。どうしたらそんな状況が出来るのかね?」

「し、知らないわよそんなの」

「知らないのに、どうすればそんな状況になるのかも分からずに一方的に私が犯人だと?」

「う…うるさーい! 状況的に見てどう見てもアンタが怪しい事には変わらないでしょーが!」

 ブチ切れるアスナに、ホホゥと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべる士郎。

「では神楽坂、君も状況的に十分に怪しいな。私がこの事件の犯人である彼女等ともみあっていた時に私を含めて全員を蹴っ飛ばし、あげくの果てには私を牽制する事によって犯人たちを逃がしてしまった。

 結果的に見て君が犯人達の逃亡の手助けをした事は明白だ。犯人の仲間でないとどうして言える?」

 いきなり責められたアスナは微妙にたじろぐ。

「私は…ネギの保護者なんだから犯人じゃないっての!」

「保護者だから犯人で無いというのならば私にもそれは当てはまるな。小さい時は彼の面倒を見ていたし、今はネギ君の副担任だ」

「うぅ……」

 責めていたはずなのに何時の間にか責められる。そんな状況にアスナは思わず泣きそうな顔になった。それを見てようやく士郎は矛を収める。

「――まあ、ネギ君に話を聞いてもらえば私が犯人の仲間でない事は分かってもらえるさ」

「! そうだ、ネギ!」

 その言葉で我に返り、ネギの側に駆けよるアスナ。ちなみに士郎は心ではアスナが犯人の仲間だとは全く疑っていなかったりする。エヴァが彼女に向けた敵意は本物だったし、彼女の人となりをネギからきいた以上は疑うなんて選択肢にもあがらない。ただ、いきなり犯人扱いされた憂さを大人げなく晴らしただけだ。

 士郎の思惑はともかく、ネギの側に駆けよったアスナは心配そうに彼の肩に手を添える。

「うっうっ」

「ネギ! も~あんたってば、一人で犯人を捕まえようなんてカッコつけて!

 取り返しのつかないコトになったらどーすんのよバカァ!!」

 と、そこでネギは顔をあげた。その目には決壊寸前の涙の塊が。

「ん?」

 まさかマジ泣きしているとは思わなかったアスナは硬直してしまう。そしてアスナが駆けよった事により、安心してしまったネギの涙を止めるものは何もない。ネギはひしっとアスナに抱き着くと、

「うわーん、アスナさーん」

 大声で泣き始めた。その展開についていけないアスナは抱きついてきたネギの頭をあやすように撫でる。

「ちょ、ちょっとどうしたのよ。あ、危ないって、屋上なんだから」

「こっこわ…こわ、こわかったですー」

「はいはい、もう大丈夫だから。よしよし、何があったのかちゃんと話して。あんっ、もーそんなひっつかないでよ」

 上手にあやすアスナに、士郎はもう大丈夫だと彼等から意識を外して夜に濡れる町並みを睨む。

「エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル」

 そしてその名を呟く。闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)、不死の魔法使い(マガ・ノスフェラトゥ)等々。様々な二つ名を持つ真祖の吸血鬼。その実力は文句なしに最強レベルである。

「……まさかとは思ったが」

 夜を睨むその表情は硬い。正直、ここで彼女を止められなかったのは痛かった。本当に吸血鬼がこの事件に関与していると確信したのは保健室の履歴を調べた時。半年前から満月に近い時にのみ貧血と判断される使用者が激増した事から推論し、吸血鬼について調べたらいきなりその名前にぶちあたった。15年前まで600万ドルの賞金首だった彼女。サウザンドマスターが倒した以外、なんの情報もなかったその最強の吸血鬼と自分のクラスの生徒とが同じ名前だった時は本気で目眩がしたものだった。しかも情報を調べるのに手間取り過ぎて後手に回ってしまう始末。

(……本当に、何をやっているんだ)

 その嫌悪に近い感情は自分自身し向けられたものであり、

 

 ――――死ねぇ!

 ――――おわぁ、死ぬ、死ぬ!

 ――――もー、今度という今度はほんとに怒りました! マジメな話をしようとしてたのになんで覗きなんてしてるんですかっ!

 ――――だっておキヌちゃん、これは日課だし…

 ――――バゼットさん!!

 ――――任せなさい、ミス氷室!

 ――――すごっ! なんか投げられた小石がコンクリに穴あけてるんですけどっ!!!

 

 彼から700メートル程離れた地点で追われている横島に向けられたものでもあった。人が命を懸けて戦っている間、本当に何をやっているんだ。

「投影(トレース)、開始(オン)」

 とりあえず、逃げ道を塞ぐように一発ブチ込んでおこう。折檻はバゼットとおキヌに任せるとして。

 こめかみがピクピクと動いている事を自覚しつつ、士郎は音速レベルで飛ぶ矢を放った。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。