曰く、一年を通して毛の色が変わらないオコジョは妖精であるとか。
「どういう事ですか、納得のいく説明をお願いいたしますっ!」
朝から響く怒号、音源は学園長室、声の主は衛宮士郎、そして怒鳴られたのは学園長。こんな早朝から士郎が学園長室に訪れたのはもちろん昨夜のエヴァが原因である。その報告をしたら学園長から『指示が無い限りはこれ以上この件に関わるな』という言葉が飛び出したのだ。もちろん士郎はむやみやたらにエヴァに危害を加えるのは反対だが、かと言ってこのまま放置しておくのも当然反対である。もう既に何十人も被害者が出ているのだ、これは自然な反応と言えるだろう。
「わかっとるわかっとる、ちゃんと説明するからとりあえず落ち着きなさい」
激昂する士郎に静かに声をかける学園長。
「…………」
その言葉に視線の鋭さは変わらずとも沈黙だけは是とする士郎。本来彼は理性的は性格であり、こういった場面において最後の冷静さを失わない。そしてとりあえず話を聞く態勢に入った士郎を見て学園長は初めから語り始める。
「まず、確かに衛宮君の調べた通り、3―Aのエヴァンジェリンは15年前まで600万ドルの懸賞金が懸けられた真祖の吸血鬼で、最強レベルの魔法使いでもある。そして15年前、この日本において彼女はサウザンドマスターに戦いを挑み、そして敗れた」
その言葉を静かに肯定する士郎。ここまでは彼が調べた情報と相違ない。まあその情報も学園長が流したらしいのでどこまで正しい情報なのかは分からないが、そう言ってしまったら話が進まない。沈黙を守る士郎を見て満足そうに頷いた学園長は続けて言葉を紡ぐ。
「そしてサウザンドマスターは負けたエヴァンジェリンに呪いをかけた。呪いの名前は『登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)』、不登校の人間を必ず登校させるといった呪いじゃ」
「……………………」
一気に話が胡散臭くなった。しかし至極真面目に話を進める学園長。
「彼女は賞金首じゃ。そんな彼女を受け入れられる所なぞそう多くはない。しかし麻帆良はそういった意味で懐が深い。衛宮君やバゼット君、横島君に氷室君もある意味でその恩恵に受けていると言ってもよいな。
だがまあしかし、ここも魔法協会の一部じゃ。流石に賞金首であるエヴァンジェリンをそのまま受け入れる事は出来ん。そこで彼女には麻帆良の傘下に入って警備員として働いて貰う事で話をつけた」
「ちょっと待って下さい。そんな簡単に賞金首を雇う事は出来るのですか?」
士郎はそんな疑問を投げかける。そしてその問いに淡々と答える学園長。
「普通には無理じゃな。だがサウザンドマスターの名前がそれを後押ししてくれた。サウザンドマスターがその安全を保証するからという名目でエヴァンジェリンはとりあえず賞金首で無くなり、そして彼女が悪ではなくなったと判断したら彼女の呪いを解くと約束したのじゃ。
まあアヤツの事じゃ、そこまでカクカクとした理屈は表面的なものじゃろう。ただ……学園生活も楽しいもんだと、そう教えたかったのだとワシは思うがの」
もしくは全く何も考えていなかった可能性も高そうじゃ。学園長がそう付け加えた言葉に士郎は憧憬にも似た感情をサウザンドマスターに覚える。敵対した賞金首にもそこまでする大戦の英雄は、限りなく彼の目指す理想に近い気がした。
「――現に約束した3年経ってもここに現れんかったしの」
いや、ただテキトーなだけか。士郎が抱いた憧憬は4秒で消える。
「ともかくエヴァンジェリンがここに縛り付けられてから5年が経過した時、サウザントマスターが死んだという噂が流れ出した。その時以来奴を見たという人間が一人も居なくなったらしいのも一因じゃろうな、公式の記録では1993年に死亡とされた。本当のところはどうなのか――ワシにも分からん。
だがそれはエヴァンジェリンの登校地獄の呪いを解呪出来るものがいなくなったという事でもある。死んでいようがいまいが人前に姿を現さなくなったのじゃ、麻帆良に来るなんてこともなかろう」
いったん言葉が切れる。カッチコッチとアンティークな時計の旋律が学園長室を満たした。
「…………」
「…………」
沈黙。言葉はなく、柔らかい朝日が透ける学園長室。そしてやがて口を開いたのは士郎だった。
「それで、今回の件に関わるなというのはどいうった訳ですか?」
エヴァの背景は分かった。だがしかしそれはこの件を放置していい理由にはならない。その理由を、こんどこそ士郎ははっきりと問いかけた。
「……サウザンドマスターとの契約は生きておる。いつかアヤツが迎えに来るまでエヴァンジェリンは麻帆良の警備員であり、客であるとな。それにアレは生き方は悪でも性根は決して悪では無い。そんな彼女を滅する事などは出来ん。
かと言って言葉でなんとかなる奴でも力で言う事を聞くような奴でもない。要するにな、彼女は自分自身で納得できなければ止まれんのじゃよ」
「この状況で、彼女が納得できる終わり方があると?」
「うむ。実は麻帆良では上位の魔族でも存在を許さん結界が張ってある。だがまあ彼女はそれすらも跳ね除ける実力があるがの、結界の別設定として登校地獄の呪いにかかった者の魔力生成を妨害するという効果もサウザンドマスターに頼んで追加させてもらったのじゃ。本来ならばエヴァンジェリンはその結界さえも跳ね除けられる実力はあるのじゃが、呪いをかける事に成功したサウザンドマスターは登校地獄の呪いを解くまで彼女の上位種になる。流石のエヴァンジェリンも上位種の強制法陣まではキャンセル出来なくての、彼女はこの麻帆良にいる限り魔法は使用出来ないはずなのじゃが、衛宮君の報告では魔法を使用出来た。
そのカラクリを解く鍵は吸血じゃ。半年前から生徒を襲って吸血行為をしていたのなら、エヴァンジェリンは自らが魔力生成が出来ないのなら他人から奪って使うという考えに至ったのじゃろう。魔法の発動に触媒を使ったという事は彼女自身の魔力がないため、別の魔法媒体が必要になったからに間違い無さそうじゃ。そしてその目的は衛宮君が聞いた通り、ネギ君の血を登校地獄の呪いが解けるまで吸う事じゃろうな」
「……そこまで分かっていてなぜ?」
話の意図が掴めずに顔をしかめる士郎に、学園長は厳かに告げた。
「それでもの、エヴァンジェリンは決して根っこの部分で悪では無い。敵意や悪意を持って戦いを挑む相手ならともかくとして、ネギ君はサウザンドマスターの子供というだけで本人はなんの過失も無くエヴァンジェリンと敵対させられているのじゃ。彼女がそんなネギ君を殺すことなど、絶対に無い。それはワシが保証する」
それは信頼の声だった。絶対の信頼を、学園長はエヴァンジェリンに置いていた。
「エヴァンジェリンも限りなく被害者に近い加害者じゃ。なんの関係の無い一般人を襲ったという事は確かに許される事ではないが、しかしその行動を起こさせた原因はワシとサウザンドマスターにある。その負い目がある以上はワシも簡単には手を出せん。
一方でネギ君の方も父にサウザンドマスターを持つというだけでこれから幾度と無くこのような事に巻き込まれていくじゃろう。ネギ君にとってもこれは通過儀礼、避けては通れぬ道。だからこそ、相手が本気でありしかも殺す気が無いこの件についてはエヴァンジェリンとネギ君に任せたいのじゃ。ネギ君が逃げ出さない限りはの」
「それは……」
言葉こそ綺麗だがサウザンドマスターと麻帆良の尻拭いを彼等に押し付けるという事に相違ない。だがそんな事は口に出さずとも学園長は理解しているだろうし、当事者がそう言うのは責任逃れ以外の何者にも見えないのも十分に理解出来ているはずだ。
だがそれでも。心配や願いにも似た親心が、そこに見える。それを理解したからこそ、士郎は学園長に何も言えない。
「……近いうちに一応エヴァンジェリンに一般人を巻き込む事は慎むようにと警告はしておこう。だがもう一般人を襲うことは恐らくないじゃろうな。一度交戦状態に入ったのなら十分な勝算を持っておるのじゃろう」
独り言のように言う学園長に対して、士郎は最後の疑問を投げかける。
「……もしもこの戦いの終わり方がネギ君が死亡、もしくは重傷を負ってエヴァンジェリンが解き放たれる事ならば、あなたの責任問題ですがその覚悟は出来ているのですか?」
「無論」
即答。決して軽い話ではないのに、飄々としながら学園長は一言だけ付け加えた。
「トップとして当然じゃろう?」
その言葉を受けて士郎は学園長に背を向ける。
「その命令、ほとんどを承りました。ただし戦いが危険だと判断したら指示が無くとも割って入ります。それがネギ君でも、エヴァンジェリンでも。犠牲者が出る戦いなんて許容できませんから」
その言葉をおいて淀みなく退室する士郎。その姿を見て学園長は深く、深く頭を下げた。
「恩に着る、衛宮君」
その言葉を与えられた人間はすでに学園長室にいなかったけれど。
士郎が退室したちょうどその頃、女子寮ではアスナが大声をあげていた。
「こらーっ。ネギ坊主、もう8時よっ! いーかげん起きなさい!!
あんた一応先生でしょっ!? 先生が遅刻したら生徒に示しがつかないでしょーが」
それに対してネギは頭から布団を被ったまま、ゴホッゴホンとわざとらしいセキをしながらこう答える。
「…何か……カゼをひいたみたいで…………」
「ネギ君、だいじょぶ?」
それに全く疑いもせずに心配をする木乃香。そしてアスナはというと、当然というかなんというかそれが仮病だという事くらいは分かっていて、
「もー」
呆れた顔でそういうと、バサッっと勢いよく布団を剥ぎ取る。
「あっ」
布団を剥ぎ取られたネギは情けない声でそう言うが、アスカは気にも止めずにネギのパジャマをひっぺ剥がしていく。
「昨日怖い目あったのはわかるけどねー、先生のくせに登校拒否してどーするのよ、ホラッ」
「あ~ん、パンツだけは!! パンツだけは許してくださいー」
勢いあまってパンツにまで手をかけているアスナとそれに泣きながら抵抗しているネギ、そしてそんな光景をほのぼのとしながら見ている木乃香。
ガキは嫌いと公言しているくせに妙に手慣れた動作でネギを着がえさせたアスナは、そのままネギを肩にかついで荷物を持って、部屋を飛び出していく。
「あ~もう、遅刻寸前じゃないのよ。全部あんたのせいなんだからね、ネギ!」
「だから僕は今日休みますって! 日本には有給休暇とかあるらしいじゃないですか!」
「始業式の翌日から有給休暇を使うやつがどこにいるのよ!」
ギャイギャイ言いながらも足は止めないアスナとそれを冷や汗交じりに見る木乃香。そして寮から出ると必然的に他の生徒達にもその姿を晒す羽目になる。鳴滝姉妹や桜子におキヌ、そして亜子と言った面々はネギの姿を見て嬉しそうに朝の挨拶をする。
「おっはよーネギ君ーっ♪」
「おはよござい…って、ネギ先生、何やってるんです?」
「おはよー、おキヌちゃん。何ってなんかの遊びやろ? おはよーネギ先生ーっ。それなんの遊びやー?」
ものすごい気楽に挨拶をしてくる生徒達だが、もちろんネギはそれどころではない。アスナの肩の上で往生際悪くじたばたと暴れていたりする。
「ひえーん。お…おろしてください~っ。エヴァンジェリンさん達がいたらどーするんですかーっ」
「学校で襲ってきたら校内暴力で停学にしちゃえばいーでしょ」
「そそ、そんな簡単な話じゃ…」
例え停学にできるとしてもそれは目の前の暴力にはなんの効果も持たないあたり話の内容としては全面的にネギが正しいのだが、言動がものすごくカッコ悪い子供先生であった。
目をグルグル回しながら昨日のエヴァンジェリンを思い出すネギ。
―――そうだ、パートナーのいないお前では私には勝てんぞ
―――…悪いが、死ぬまで吸わさせてもらう……
それは恐怖の記憶となってネギの頭に繰り返される。
(ま、魔力を封じられてるとはいえ歴戦の魔法使い…しかもホンモノの吸血鬼だなんて…! か、勝てない……次に会ったら殺されちゃう~~っ)
完全にパニックになっているネギだがアスナの足の速さをなめてはいけない。パニックから立ち直る時間もくれずに…と言っても時間さえあればパニックから立ち直れたかは微妙だが、彼等は何時の間にか教室の前まで辿り着いてしまった。
ここまで来て未だにジタバタしているネギを左手で捕らえつつ、右手で教室のドアを勢いよく開けるアスナ。
「みんなー、おはよーっ」
「あ~ん、ま、まだ心の準備が……」
一方教室内にいた面々はというと、いつもの通りにまったりとしながらもちょっと変わった様子のネギに冷や汗を流す人もいたりした。
「あ♪ ネギ君、アスナー」
「おはよー。ん、ネギ君どうしたの?」
裕奈やまき絵に声をかけられたネギだが、彼はそれどころではなくてキョロキョロと教室中を見渡してエヴァンジェリンや茶々丸の姿を探すのに必死だ。そんなネギはさておき、アスナは大河内に熱を計られているまき絵を見て心配そうに話しかける。
「まきちゃん、もう平気?」
「すっかり」
「何も覚えていないらしいぞ」
そんなアスナの心配をいい意味で裏切るまき絵と、このことについて何も覚えていない事はいい事なのか悪い事なのか判断がつかず、複雑そうな顔をしている大河内。
そんな彼女たちを気にも止めずに教室中を確認したネギは天敵がいない事を確認してホッ…と安堵の息を吐きながら呟く。
「いない……エヴァンジェリンさん…」
「――マスターは学校には来ています。すなわちサボタージュです」
「わ……わぁっ!?」
後ろから唐突にかけられた、トラウマになるような茶々丸の声に愉快な大声をあげるネギ。気が付けばネギは何の気配も感じ取れずに後ろを取られていたのだ。しかも昨晩死闘を演じた相手に。これは仕方のない反応だろう。
そしてそんなネギに対して『教師はサボタージュを咎めるもの』とインプットされている茶々丸は丁寧に小さな教師に話しかける。
「……お呼びしますか、先生?」
「い、いやとんでもない、いいですいいですぅ」
涙目で思いっきり手を横に振るネギ。完全に負け犬で、彼が目指す教師失格な対応だった。そんな事にも気が付かずにネギはなおも滂沱の涙を流しながら頭を抱えてもだえる。
(あうう……エヴァンジェリンさんのパートナー、絡繰 茶々丸さん。まさか自分のクラスの生徒の中にこんなすごい二人組がいたなんてー)
「?」
教師としても人間としても理解の範疇から離れる行動をするネギに対して、茶々丸は疑問符は頭の上に浮かべるも丁寧に挨拶をしてその場を辞する。
やがて始業のチャイムがなり、HRが始まった。
時は過ぎ今は六時限目、英語の授業中である静かな3―A。和泉が教科書の内容を音読している声だけが響く中、ネギはその声を右から左に聞き流しながら自身の考えに没頭していた。
(はあ~…。新学期早々大問題が……。やっぱり魔法使いにパートナーは必要なんだ…。でもそんなすぐには見つかるわけないし…)
「ふう…」
ため息交じりに教室中の人間を見つめるネギ。そんな中で和泉はどこか自分の発音に問題があったのかと首を傾げるが、それもネギの頭に入ってこない。
(この中に僕の運命的なパートナーがいたらなあ…)
ポーっとした視線、それにドキッっとしたり、疑問符を浮かべたり、にらめっこをしたり、手を振ったりと教室内の反応は様々。そしてやがてネギの視線は教室の角に座っていた一人の人間に吸いよせらせた。
(士郎さん…)
兄のような存在。ネギが容易に敗北したエヴァンジェリン達相手にも一歩も引かずに渡り合えた、彼が今最も信頼する人物の一人。だがしかし士郎には士郎の道がある上にそもそも彼は魔法協会と契約を結んでいる。士郎が従者を取るのならばともかく、士郎を従者にするのは流石に無理があるというものだろう。
「ハア…」
(ダメかー…)
失望のため息。それに教室中が一気にざわめいていく。それを見てため息をつきながらも騒ぎが大きくなる前に言葉を発するのは士郎。
「ネギ先生」
ピン、と。軽く緊張の糸が教室に張られる。どこか厳格な空気を持った士郎は新田先生と同じように生徒達にはとっつきにくい部分が多々あるからだ。
「和泉はもう読み終わりましたよ」
「え、あ。はい」
「後、和泉。5ページの6行目はbed(ベッド)じゃなくてbad(バット)だ」
「は、はい。すいません…」
無感情に間違いを指摘されてしゅんとなってしまう和泉だが、その頭には一つくらいの読み間違い見逃してくれてもいいのにといった思いがよぎる。だが間違いは間違いなので反論できないのも事実だ。
「ご、ご苦労様です和泉さん」
そんな、重くなってしまった場をとりなすように声をかけるネギだが、次の言葉がまずかった。
「えーと…あの、つかぬことをお伺いしますが…和泉さんはパ…パートナーを選ぶとして、10歳の年下の男の子なんてイヤですよねー…」
「なっ…」
「えええ!?」
「ちょ…ネギ君!?」
頭の中をなんのフィルターも無しに、しかも誤解を招いてくれと言わんばかりの言葉で言うネギに士郎は思わずプライベートな話し方になってしまう。が、爆弾、もといおいしいエサを投げられた3―Aが止まるはずなんて無かった。まずはもう完全にテンパってしまった和泉がアワワとパニックになりながらも返事をする。
「そ、そんな。センセ、急に……。ウ、ウチ、困ります。まだ中3になったばっかやし……。で、でもあのその…今は特にその…そういう特定の男子はいないっていうか――フラれました!」
「はあ……」
最終的に女子中学生として大恥をかいた言葉を言ってしまう和泉。対してネギはというと、なぜそこまでテンパるのか分からない上に反応しにくい結びの言葉のせいであいまいな返事しか返せない。
そうしてネギは次にのどかの方を向く。
「――宮崎さんはどうですか?」
「へっ……ひ、ひゃはいっ!!!」
ドッキィッ。今までの人生で一番心臓が高鳴るのどか。
「えと…その――わ…私はーあのーあ…あうう」
カアァ…と、真っ赤になりながらもなんとか返事をしようとするのどか。そして意を決して、思いっきり目をつぶりながらその言葉を口にする。
「わ…わわ、私は―あの、オオ、オケッ「ハイネギ先生!!」」
んが。一世一代クラスの勇気の言葉はとても元気なあやかの言葉に遮られた。あまりの元気のよさにちょっと引くネギ。
「は、はい。いいんちょさん」
「私は超OKですわ!! ネ、ネギセンセー、私と……あぶぶ!」
なおも食い下がろうとするあやかに、今度は朝倉が物理的に割り込んでくる。
「はいちょっとゴメンよ。
――ネギ先生、ここで耳寄り情報♪ ウチのクラスは特にノー天気なのばっかだからね、大体5分の4くらいのやつらは彼氏いないと思うよ、私の調べだと」
ちなみにここで朝倉が言うのはもちろん5分の4は彼氏がいないのであって、5分の1に彼氏がいるという意味ではもちろんない。
そして、諦め悪くネギに話しかけてこようとしているあやかを物理的に黙らせながら止めの一言を話す。
「恋人が欲しいんなら20人以上の優しいお姉さんからよりどりみどりだね♪」
「えう!? いえ、別に僕、そーゆーつもりでは…!!」
朝倉はおそらくネギがそういったつもりで話している訳ではないであろうと分かっているのだろう。しかしながらネギは朝倉のイッシッシ笑いに気がつかずにあわわわと朝倉が望む通りの反応を返してしまう。
「朝倉」
「おっと、失礼しましたえみやん先生」
そして見るに見かねた士郎が間に入ったらとっとと退散を決め込む。本当に引き際を心得ている人間だ。
キーンコーンカーンコーン
そうして朝倉が逃げていった途端にチャイムがなってしまう。それを聞いたネギは疲れた笑いをしてからクラスにペコリと頭を下げた。
「ハハハ、すいません授業と関係ない質問しちゃって…。忘れてください、何でもないですので。じゃ、今日はこの辺で……」
そしてフラフラしながらドアに向かっていくネギだが、
ゴッ!
特になんの罠も仕掛けられていない教室のドアに、ぶつけた音が生徒達に届くほど強打してしまう。
「ハ…ハハ。大丈夫です、ホント、ハイ」
そう、ネギはあきらかに大丈夫じゃない行動をあきらかに大丈夫じゃない口調で言って、
はあっ…
あきらかに大丈夫じゃないため息を残してから教室を辞する。教室中が負のオーラに満たされた中、
「あ、ちょっとネギー」
そういってネギを追いかけようとドアに向かうアスナ。一方、教室の中の人間はざわざわとネギの今の様子について話し合う。
「ねぇねぇ、ホントどうしたんだろ?」
「あんな元気ないネギ君、初めて見るよー」
普段とは違い過ぎるネギの様子に、やはり彼女等も平常ではいられないらしい。そしてそんな中、真っ先に動いたアスナが何か知っているのではないかとあやかが教室を出る寸前のアスナに声をかける。
「アスナさん、何かご存知じゃなくて?」
「いや、えーと…あの、何かパートナーを見つけられなくて困っているみたいよ。見つけられないとなんかやばいことになるみたいで……」
急いでネギの後を追いたいアスナはじゃあねと言うとすぐにネギの後を追いかけた。が、いくら急いでいるといってもその発言はかなりマズイ。
「やっぱり噂は本当だったんだ!」
「王子の悩みだ!」
案の定残された教室内の生徒たちは、アスナが言った言葉とネギ王子説をつなげて一気に盛り上がっていく。まず初めに一波つくる発言をしたのは桜子。
「そっかー…ネギ君、やっぱり王子だったんだー♪
んふふ♪ じゃあやっぱり私、パートナーに立候補しようかなー」
その言葉にピクっとかすかに反応するのどか。
「なっ…」
そして過剰に反応するあやか。そして続いてまき絵が、
「あー、私もー」
と言うと、もう止まらない。
「お妃様んなったら美味しいモノ食べ放題かも♪」
「あ、そんなんずるいーっ。だったらボクも!!」
「私もー」
(よく考えてから発言しろよ、こいつら……)
千雨の心の中でのつっこみがとても的を得ている。しかし現実は無情にヒートアップ。
「ネッ……ネギ先生のパートナーは私以外に考えられませんわ!!」
「――って言ってもネギ君の気持ちもあるしねー」
「それなら私、自信あるけどなー♪」
「私もりっこーほー!!」
「ななな、何ですって!?」
「ほら、のどかのどか」
「あぶぶぶぶ」
「私がパートナーになって、なぐさめてあげよっかな~」
「いえーっ♪」
もう訳が分からない、いつも通りの3―Aのノリとなっていく。
そしてそんな中、おキヌは話の輪に加わらずに教室の後ろの方の片隅で脱力していた。
「こ、この人は……」
彼女の視線の先にいるのは横島忠夫、絶賛爆睡中である。もちろん、授業中から。
「どーりでネギ先生のバカ騒ぎに反応しないと思いました」
パートナーとかの話がでたならば真っ先に話題にのって引っ掻き回すはずの横島だが、今は大口を開けて就寝中。そりゃ反応できるはずがない。それはともかくとして、おキヌは静かに体を揺すって横島を起こそうとする。
「横島さん、起きて下さい。もう放課後ですよ」
「う~ん、美神さん、いや令子。あと、五分……」
ピキ。幸せそうにそう言う横島の顔を見ておキヌの額に血管が浮かび上がる。そしてそっと耳に口を寄せると、
「浮気者」
「~んにゃ、嫉妬しなくても大丈夫だよおキヌちゃん~~。ええ女はみんな俺のモノ~」
未だに寝言だが、その寝言は攻撃したはずのおキヌの顔に血をのぼらせる結果となり、見事なカウンターが決まる。
「もう、なに言ってるんですか、横島さん♪」
「ごぼぉ!?」
おキヌは心底嬉しそうに、照れ隠しで横島の頭を近くにあったもので殴りつける。ちなみに近くにあったものとは椅子。武器にカテゴライズすると見事に鈍器に類する一品である。
「何、何があったのおキヌちゃん…?」
流石に一発で目が覚めた横島は目の前のおキヌにそう問いかけるが、おキヌは片手を頬に当ててもう片方の手をブンブンと振り回している。
「キャー、変な事聞かないで下さい♪」
「ボロゥ、ブロゥ、ブリャアァァァァァ!!!」
もはや説明するまでもないと思うが、おキヌがブンブンと振り回している方の手に持っているものと言えば椅子。無意識の鈍器乱打攻撃に、格闘ゲームでコンボを喰らったような声をあげながら着実にダメージが積み重なっていく横島。
やがておキヌが正気に返り、血だらけの横島を見て慌ててヒーリングをするも、それを更に慌ててやめさせる横島。彼女にはまだまだ神秘は隠匿するべきものといった意識は薄い。
「で、なんの用なのかな、おキヌちゃん?」
止め切れなかったヒーリングが原因か、はたまた他に要因があるのか。すでに血が止まっている横島は不真面目な顔で問いかける。
「ええとですね、昨日のことなんですけど……」
まき絵が吸血鬼化しかかっているであろうこと、つまりは吸血鬼が血を集めているであろうこと。おキヌは昨日手に入れて、そして横島の覗きのせいでうやむやになった話を声を潜めながら伝えていく。ちなみに他の生徒達はネギのパートナーの話で盛り上がっていっているため、ほとんど彼女たちの話を聞いていないから問題無い。僅かに聞いている人間も、吸血鬼の存在を知っているもの達ばかりなのでこれもまた問題無い。
「ふ~ん、でも問題無いんじゃねーの?」
そして一通り話を聞いた横島の感想がそれである。もちろんそんな感想を聞いたおキヌはビックリだ。
「え、えっと、問題無いってどのあたりがですか?」
「だって吸血鬼がこの辺りにいるって分かっただけだろ、おキヌちゃんの話を聞くと。なら問題無いじゃん、吸血鬼がいるくらい」
ぶっきらぼうに、面倒臭そうに言う横島。そんな彼に一瞬自分が間違っていると思ってしまうおキヌではあるが、すぐに我に返る。
「問題ありますって。実際に吸血鬼に血を吸われた被害者だっているんですから」
「でもさー、まき絵ちゃんだろ、被害者って」
チラリと横目でまき絵を見るが、彼女はキャイキャイと楽しそうにクラスメイトとはしゃいでいたりする。とても元気そうであった。
「問題、ないじゃん。実害ないし」
「うっ……」
GS稼業は他者からの依頼を受けて悪霊や悪魔を退治して依頼者から代金を受け取る。しかも彼等が師事していたのは金とコネの為だけのみ動く美神令子。下手な除霊は敵をつくるだけという認識もある。
そもそも除霊とは命を懸けてするものである為、そんな報酬の出ない慈善活動の様な事をするのは公務員であるオカルトGメンや唐巣神父といった本当の意味での善人だけだ。他者からの依頼で動くものという認識がある以上、例え人外のものの活動が認められても実害が無ければ放っておくのがGSという資本主義の産物である。
「で、でも……」
おキヌに反論の余地は無い、無いが。自分のクラスメイトが例え実害が無くても被害にあったという状況は黙認できない。そんな葛藤が全面に押し出された涙交じりの視線で横島を射抜く。
「あ…う……」
そしてそんな目にとてつもなく弱いのが横島忠夫という人間でもある。特におキヌちゃんの様な人間にそういう視線をされると自分が悪者になった気分にさせられる。
「…………」
無言の圧力。それに耐えかねた横島はうめき声をあげながら降参の意を示す。
「分かった分かった、何かおキヌちゃんの霊感にひっかかってるんだろ?」
いえ、100%私情です。流石にそうとは言えないおキヌ。
「調査だけでもしてみよう。……って言ってもどこからどう調査していいのか分からんなー。おキヌちゃんは何かいい案、ある?」
「え、え~っと……」
スイマセン、無いです。そう言う前におキヌの襟首を、何者かにガッシリと掴まれた。
「「へっ?」」
横島とおキヌの声が重なる。更にその声にかぶさるようにして何者かの大声が響く。
「な~にやってんのよおキヌちゃん、ネギ君を元気づける会に参加するんでしょ?」
「さ、早乙女さんっ!?」
「パ、パル!?」
何者かとはラブ臭を嗅ぎ分ける事が出来る横島のブラザーにしておキヌの保護者、早乙女ハルナ。
「じゃ、いっくよー!!!」
「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………………………………………………―――――――――」
ドップラー効果を残しながら連れ去られるおキヌ。そしておキヌやパルと共に生徒全員が教室からいなくなってしまったため、つい二秒前までは騒がしかった教室にポツンと一人残される横島。
「…………」
悲哀に満ちた彼を見るのは教室前方の位置に陣取っている、幽霊な女の子一人だけであった。
「だから心配しすぎだってばー、ネギ。あの子だっていきなりとって喰ったりはしないって」
「そんなこと言ってもー」
夕方、精神的にかなり追いつめられていたネギの相談役となったアスナは、とりあえずの冷静さをネギに与える事に成功したようだ。何せ、ネギが泣いている。本来人間というものは、ジワジワと迫り来る恐怖に対しては泣くことは出来ない。泣く余裕すら生まれないのだ。しかし今ネギは泣いている。つまりは泣ける程度には安心出来ているという事でもある。
そんなネギを元気つけようと、軽く拳を握ったアスナはネギに力強く笑いながら言葉をかける。
「とにかく、今度何かあったら私が追っ払ってやるから元気出しなさいよ」
「アスナさんはあの人達の恐ろしさを分かってないんですよ~」
しかしそんなアスナに対してもネギは悲観的だ。いや、この場合はアスナの方もかなり楽観的なのだが。
「だから大丈夫だって、ネギ。なんかあったら私がなんとかしてあげるから」
いったん前を向いて進行方向に何も障害物が無い事を確認したアスナは、再び後ろを歩いているはずのネギ見る。
「って、…あ、あれ。ネギ……?」
が、忽然とネギは姿を消していた。直前の言葉を見事に裏切る形となってしまったアスナは一瞬だけ硬直すると、すぐさま走り出す。失敗してもそれを引きずらず、すぐに挽回するために動き出せるというのはアスナの誇れる美点の一つである。
ホントにお前は裏の世界と関わり無いのかというツッコミをしたくなるような速度で当てもなく女子寮中を走り回るアスナ。
「ネギーッ」
昨晩、ネギはかなりひどい目に遭いかけたらしい。その事実がますますアスナの足の速度をあげさせるが、一分以上走り回ってもなんの成果もあげられずに焦りは募るばかり。急にネギがいなくなってから即座に動いたし、女子寮からいなくなっているという事はないだろうと当たりをつけたアスナはとにかく女子寮をしらみつぶしにする。
小生意気な弟分の名前を呼びながら疾走するアスナ。
「ちょっとネギ、どこ行っちゃったのよ……!?」
そして彼女が屋上にあるテラスに足を踏み入れたとき、居るはずの無い敵がそこにいた。エヴァンジェリン・A・K・マグダウェルとその従者、絡繰 茶々丸。
「……ほう、神楽坂明日菜か」
どこか親しげに…というよりかは余裕を持って挨拶をしてくるエヴァンジェリン。アスナは詳しく知っているわけではないが、彼女たちは確か女子寮に住んでいる訳では無い。つまり、今この場にここに居る理由は無い、少なくともアスナの持っている情報の中にはない。そう、いきなりネギが居なくなったという事実を除いて。
と、そこまでアスナが頭を使ったのかは定かではないが、とっさに身構えたアスナは二人のクラスメイトを睨みつけながら、虚言は許さないといった声色で問う。
「……あんた達! ネギをどこへやったのよ」
「ん? 知らんぞ」
「え……」
が、あっさりと忌憚無くそう言うエヴァンジェリンにアスナは毒気を抜かれてしまう。そしてそれをたたみかけるように言葉を追加するエヴァ。
「安心しろ、神楽坂明日菜。少なくとも次の満月までは私達が坊やを襲ったりすることはないからな」
その言葉にますます混乱するアスナ。冷や汗を背負いながら構えも解いて問いかける。
「え……? どういうこと」
「今の私では満月を過ぎると魔力がガタ落ちになる」
エヴァンジェリンはそう言ってから自身の口を持ちあげて、吸血鬼としてのキバがただの犬歯になっている事をアスナに見せつけた。
「ホラ。次の満月が近づくまでは私もただの人間、坊やをさらっても血は吸えないというわけさ」
そう自嘲気味に言うエヴァンジェリン。そして、
「ふぅん。じゃ、噂の吸血鬼って君の事だったんだ」
その場に響いてきた、女子寮にはありえないはずの男の声。全員の、特にエヴァンジェリンの体が固まる。
「よっと」
それを意に止めずに、足がかりになるものなんてほとんどないはずの壁から、横島がよじ登ってきた。
「横島先生っ!?」
「くっ、横島忠夫か……」
「…………」
その登場の仕方に驚くアスナ、声が聞こえてくるまで横島の存在に気がつけなかった不手際を悔やむエヴァンジェリン、無言で臨戦体勢に入る茶々丸。三者三様の反応に横島はへらへらしながらも言葉を選ぶ。
「あ~、そう身構えなくていいって。別に俺は何をするわけでもないし」
「「はっ?」」
声を同時に上げたのはアスナとエヴァンジェリン。茶々丸は相変わらず臨戦体勢を崩していない。
「いや、さ。別に俺とかに実害が及んでる訳じゃないじゃん? だからさー、下手に手を出して痛い目を見たく無いつーわけ」
横島のとてつもなくへたれな発言にアスナは開いた口がふさがらない。それに対してエヴァンジェリンの口は愉快そうに歪む。
「ほぅ、つまり何が起きても見て見ぬフリと?」
「何が起きてもって訳じゃないけど。今回だって吸血鬼事件の調査をしていて君らに会った訳だし、でも実害がないなら、まあ」
「ククク、いいぞ横島忠夫。その考え方は実に私好みだ」
本当に愉快そうなエヴァンジェリンに対して、アスナはそこでようやく再起動を果たす。
「ちょ、ちょっと待ってよ横島先生。実害が無いって、まきちゃんは実際にエヴァちゃん達に襲われて、貧血になってるのよ!?」
かなりヒートアップしていくアスナに、横島は微妙に腰が引けつつも丁寧に対応する。
「あ~。って言ってもな、一日貧血で眠っただけだろ?」
「一日眠り続ければ立派に実害があるでしょーが!!」
おキヌとは違って押しの強いアスナ。しかも話に説得力があるせいで下手に突っぱねられないのが悲しいところだ。それでも横島は往生際悪く言い訳をして、なんとかこの事件から離れようとする。
「い、いいかいアスナちゃん。吸血鬼とかに関わる事件は難易度がとっても高くなったりするんだよ? 具体的に金額で言うと億を越えたりとか。人の命が関わっているならともかく、貧血で一晩寝込む程度で関わりたくないかなーって」
「あ・ん・た・は…っ!」
人一倍正義感が強いアスナはそんな反応を返す横島に怒り心頭といった様子。だったが。ふと我に帰って純粋な疑問をぶつけてみた。
「ってアレ? 確かエヴァちゃんの最終目的って、ネギの血を死ぬまで吸うことじゃなかったっけ?」
「…………」
知らなかったの? と言う意味がこもったその言葉に思いっきり沈黙する横島。
「確か、人の命が関わってるならちゃんと手伝ってくれるのよね?」
「…………」
「横島先生?」
「…………」
完全に墓穴った横島。沈黙するより他は無い。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ハイ、手伝ワセテイタダキマス」
そして負けた。
「ホォゥ、つまり貴様は私の敵になるという事だな?」
「ぁぁぁ、ものすごく頷きたくないっ!」
ニヤァと悪魔笑いを浮かべるエヴァンジェリンに身をもだえさせる横島。
「どうなんだ?」
ニヤニヤと笑うエヴァンジェリンに横島は意を決して、
「てい」
「ブホァ!?」
「マスター!?」
ためらいなく不意打ちの正拳突きを放った。コミカルに吹き飛ぶエヴァンジェリンとガビンとする茶々丸。
「きききききききき貴様、横島忠夫、何をするっ!?」
「何って…不意打ち?」
涙目で訴えるエヴァンジェリンと、何言ってんだコイツといった風情の横島。ちなみにアスナは呆気にとられているし、茶々丸はハンカチでエヴァンジェリンの鼻血を拭いてたりする。
「だってさー、Yesって言ったらその時点で敵だろ? じゃ、返事する前に不意打ちした方がお得じゃん」
独自の理論で独自の道を突っ走る横島。対して理屈で納得出来ても感情が納得出来ないエヴァンジェリン。
「つかさ、俺もまともに決まるとは思わなかった。魔法障壁はどうした?」
そして更なる横島の問いに今までの非礼も忘れてエヴァンジェリンはピクリと眉を動かす。
「貴様、魔法関係に少し詳しいと見えるな?」
「まあな、事情があって一から叩きこまれました」
その横島の言葉にニヤリと笑うエヴァンジェリン。
「そうか、それならいいハンデだ。幸い、昨晩いい拾いものをしたものでな。貴様がぼーやにつくなら少しは戦いも楽しくなるか。
茶々丸、行くぞ。仕事をとっとと終わらせよう」
そう言って、まるでその場を逃げるように辞する二人。
「って、アレ? 魔法障壁の話は?」
「……! 逃げるぞ、茶々丸!!」
「はい、マスター」
いや、正に逃げの一手だったらしい。痛い所を突かれたエヴァンジェリン達は脱兎のごとく逃げ出す。追う暇もなくその場に取り残されるアスナと横島。と、そこでアスナが横島の登場の仕方に疑問を抱いた。
「…って、そう言えばなんで横島先生は女子寮の壁を登ってるわけ?」
「ん? 吸血鬼事件の事を調べるのに、まずは被害者であるまき絵ちゃんの事から調べようと思ったから。ちなみに正面から来なかったのはどうせ正面から来ても追い返されると思ったからだし、魔法関係の事は他人に知られる訳にはいかないしな」
真実を言うが、なぜかアスナにはジト目で見られる。
「ほんとぉに!?」
「……ほ、ホントだぞ」
別にやましい事は何もないのだが、ますますアスナのジト目はひどくなっていく。
「なんかさ、変な想像しちゃうのよね、普段の横島先生を見てると」
「うっ……」
今回に限って言えば本当にやましい事は何もないのだが、そう言われると本当に心の中にやましい事がなかったのか自分で自分を疑ってしまう。もしもこれが士郎だったら疑われる事もないだろうし、例え疑われてもしっかりと否定するだろう。普段の行動が他人にも自分にも悪く働いた、いわば自業自得な横島である。
「……うぅ、本当なんだぁ!!」
そしてアスナの視線に耐え切れず、ダッシュで逃げてしまう横島。
「……あれは本当っぽいわね」
そして横島の反応を見てからそう確信するアスナ。良くも悪くも行動が読み易い横島である。
キャー♪
「!?」
と、そこでどこからともなく悲鳴が、しかもどこか嬉しそうな悲鳴が聞こえてきた。そして素晴らしい聴覚で悲鳴の発生源を特定するアスナ。
「大浴場ね!」
ダッシュで音源に向かうアスナ。十数秒でそこに辿り着いたアスナは用心の為に手桶を装備してから浴槽の中に居る、ようやく見つけた弟分の元へと駆け寄る。
「ネギ! どうしたのよ!!」
「ア、アスナさん!!」
そして一方のネギはと言うと、変わり続ける展開にもう驚く事しか出来ない。そして地面が一瞬キランと光ると、その地面が形を持ってアスナに飛び掛ってきた。
「!!」
スパコーン
反射的に繰り出したアスナの手桶は飛び掛ってきたナニカを叩き飛ばす。
そして叩き飛ばしたと同時にアスナのシャツのボタンがバラッっと散ってしまった。一方のナニカはアスナに叩き飛ばされて地面に着地すると同時にささっとどこかに逃げ去ってしまう。
「な……何よ今の小さいのは…」
呆然としたアスナに為す術もなく水着を剥ぎ取られた一同が小さく拍手を送る。
「…………」
そしてそこでハッっとある事に気が付いておそるおそる浴槽を見るアスナ。見間違いであって欲しいと願ったアスナだが、その思い虚しくそこにいたのは全裸のネギと級友たち。どう見ても好意的な解釈に結びつくはずも無い。
「コラーッ。あんた達も素っ裸で何やってるのよー、ネギまで連れ込んで!」
「いえ、アスナさん、これは誤解っ」
「元気づける会なんだよーっ」
キャーキャーと火に油とガソリンと天然ガスをブチ込む一同。元気に無敵な3―Aは今日も健在。
しばらくしてからようやく一段落がつき、一息つくネギとアスナ。自室にてとにかく無事(?)に終わった今日を喜ぶ。
「ふー、また今日もドタバタな一日だったわよ……」
「でも、みんなのおかげで少し元気出ましたよ」
「へー」
冷や汗を流しながらも笑ってそう言うネギと、やっぱり冷や汗を流しながらも微妙な顔をするアスナ。
コンコン
と、そこで扉がノックされる。ピクンと反応したアスナは躊躇いなくドアに急ぎ、開けた。
「はいはーい…っておキヌちゃん?」
「あ、はい。こんばんは」
ちょっと意外そうな顔をするアスナにペコリと丁寧なお辞儀をするおキヌ。
「あー、今日はお疲れ様。どうせ誰かに無理矢理連れてこられたんでしょ?」
「あ、あははははは」
お互いに苦笑い。ああいった事に強制参加させるのはもはや3―Aどころかある意味で麻帆良名物だ。しかもそれで水着を剥ぎ取られるのはご愁傷様という他は無いだろう。いきなり手痛い洗礼を浴びた彼女に、これが精一杯のなぐさめだった。
「で、何の用?」
そして話を進めるアスナ。
「あ、あのですね……」
「?」
それに対してどうも歯切れの悪いおキヌ。どう考えても尋ねてきた方の取る行動では無い。それでも面倒見のいいアスナはおキヌが用件を口にするまで辛抱強く待ち続ける。が、
「アスナさん?」
おキヌが口を開く前に戻ってこないアスナを不審に思ったネギが来てしまった。
(あっちゃぁ~~)
内心しまったと思うアスナ。どう考えてもおキヌの話は口に出しにくい類のモノだったのだろう。それなのに人が増えたらますます口を開きにくくなってしまう。
「あっ、ネギ先生」
だが、おキヌはアスナの予想に反してネギを見て顔をほころばせた。そしてアスナの方を見て、丁寧に頭を下げる。
「神楽坂さん、すいませんがネギ先生と内密のお話があるので席を外して貰えませんか?」
アスナはその言葉でピンときた。
「あれ、もしかしておキヌちゃんも魔法を知ってるのかな?」
その言葉に一瞬キョトンとするおキヌだが、すぐに首を縦に振る。
「神楽坂さんもですか?」
「まあ、ね。このガキに関わってたら自然と」
アスナの視線の先では子供先生があううとたじろいでいた。
「それにしても良く分かりましたね、一応隠してたのに」
「さっき横島先生もエヴァちゃんの事でなんか調べてたし、横島先生と麻帆良にくる前の知り合いだったおキヌちゃんならもしかしてって思ったのよ。
それに登場シーンも登場シーンだしね」
言われて見ればおキヌと彼女の初対面は見る人が見れば魔法関係の事柄だとモロ分かりだ。妙に納得した様子を見せるおキヌ。と、ここで立ち直ったネギが二人の間に入ってヒソヒソと話し掛ける。
「ともかく、魔法の事についての話ならこんなところで話す訳にはいきません。中に入って下さい」
しまったと顔を見合わせるアスナとおキヌ。そしてネギに誘われる通りに部屋の中へと入っていく。
「そう言えば、相部屋の方は大丈夫なんですか?」
「あ、このかの事? このかは魔法の事は知らないけど、今は二度風呂中だからしばらくは平気よ」
その言葉を聞いて耳を澄ませば、確かにバスの方からシャワーの音が聞こえてくる。
「で、それはともかく何の用なんですか?」
キリリと顔を引き締めておキヌに問うネギ。それにおキヌも顔を引き締めなおして言葉を紡ぐ。
「はい。実は昨日まき絵さんを見て気がついたんですが、麻帆良で血を吸っている吸血鬼がいる可能性が高いです」
半分驚き、半分予想通り。それがネギとアスナの持った感情だった。
「やっぱりおキヌちゃんもエヴァちゃんに気がついてたんだ…」
「えっ? エヴァちゃんってどちら様ですか?」
キョトンとするおキヌに、アスナの方もキョトンとする。
「あれ? うちのクラスのエヴァちゃんが噂の吸血鬼じゃないの?」
「あ、そうなんですか。知りませんでした」
初耳な情報に得心がいったという表情をつくるおキヌ。そして話を進めるべく砕けたたたずまいを直して話を進める。
「それでですね、吸血されて貧血になってしまっているという被害が出ている以上はこの件をなんとかしたいと思いまして、ネギ先生に相談に――って、ネギ先生?」
なぜかガタガタし始めたネギに首を傾げるおキヌ。それに苦笑いをしながら補足説明をするアスナ。
「実はね――」
昨晩のかいつまんだ説明と、ついでに横島の協力を取りつけられた事を口にする。そして全てを聞き終わった時には、おキヌはウ~ンと頭を抱える羽目になってしまった。
「なんか、手詰まりな感があるんですけど」
「よねぇ。エヴァちゃんは当分ネギを襲わないみたいだし、かといってこっちから何かするのも、ねぇ?」
彼女等の半端に常識人な辺りが仇になってしまった。どうすればいいのか、三人してウンウンと頭を絞るもいい案は出てこない。やがて三人寄れば文珠の知恵なんて嘘だよね~とか思考が脇道に逸れ始めたあたりでその声が聞こえてきた。
「景気悪そうなカオをしているじゃんか、大将。助けがいるかい?」
「!? だ、誰!?」
「え」
「はい?」
悩んでいた所、いきなりそんな事を口にしたネギに二人がビクッっとして、
「下、下!」
言葉の通りに下から声が聞こえてきた。
「俺っちだよ、ネギの兄貴。アルベール・カモミール!! 久しぶりさー♪」
「あーっ、カモ君」
嬉しそうなネギの声に、やはり嬉しそうに答えるカモ。
「へへっ。恩を返しに来たぜ、兄貴」
そうしてネギに抱きかかえられたカモはアスナの方を見て一言。
「姉さん、なかなかやるねー」
(お…おこじょがしゃべった…?)
クラッっとくるアスナに、まるで滅多にいない鳥を見つけたような口調で言うおキヌの一言が止めを刺した。
「わー、フェレットの精霊だ。かわいー♪」
「フェレットじゃねぇ! 俺っちはオコジョ妖精だっ!!」
キーキーと可愛げの無い口調で叫ぶカモと、丁寧に小動物に向かって頭を下げるおキヌを見て、なんかもー何もかもがどうでもよくなってきたアスナだった。