自分は見えない千里眼。
朝、というか早朝。具体的な時間は3時半。アスナの携帯がアラーム音をかき鳴らす。
ピピピッ、ピピピッ♪
そんな綺麗な音色もこの時間ならば睡眠を妨害する不快な騒音に他ならない。もちろんがそれが目的なのだが。
眠気眼のまま携帯を操作して不快な音を止めるアスナ。彼女はそのまま二度寝したくなる衝動をこらえて上半身をゆっくりと起こした。
「ふわ~~あ。ねむ…………」
目をこすりつつ、しかも寝ぞうが悪くてパジャマの下が半分脱げかけている。それを直しつつも自分の枕を勝手に寝床にもぐりこんできた居候の頭に押し付けて制裁。心地よさそうに眠っていたネギはとたんに苦しそうな寝言をあげる。
「まだ早朝は寒いから厚手の下着にしとこ…………」
ポヤーとした頭のまま、フラフラと自分のタンスへと向かう。そして引き出しを開けて、目に入ってきた光景に思わず大声をあげた。
「あ……あれっ!? 私の下着が一枚もないよ?」
その近所迷惑な声にもそもそと起きるのはルームメイトの木乃香。彼女は半分寝たままの頭で、自分のタンスに紛れ込んでいないかと確認するも、結果はアスナと同じ。
「あや? ウチのも~?」
二人とも下着がない、そして昨日飼う事になった下着ドロボー。答えは容易に出た。すぐさまカモ様にあてがわれた棚をガラッっと開けると、そこには案の定というかなんというか、下着の山に埋もれたカモの姿が。エロオコジョはよっと片手をあげて気楽な朝の挨拶を。
「姐さん、おはようございます。いやーーーコレ、ぬくぬくっスよー」
「アスナー、動物相手にそんなムキにならんと」
まだ頭が眠っている木乃香の目の前にはブラを咥えて逃げるカモと、ほうきを持って追いかけるアスナの姿があった。
通学中。まだ怒りが収まらないアスナは誰ともなしに大声でグチを言う。
「――ったくもう!! 下着ドロのおこじょなんてとんでもないペットが来たもんだわ!」
「まーまー、きっと布の感じが好きなんやろ」
そしてそれに律儀に返答する木乃香と、思いっきり噛みつくアスナ。
「んじゃ、ネギのパンツでもいーじゃない!」
「女物やないと柔らかさがイマイチなんとちがう?」
ただのエロ親父思考のオコジョだと知っているアスナは必死に木乃香を諭そうとするが、残念ながら木乃香は人を疑う事を知らないしカモがオコジョ妖精だという事も知らない。どこまで言っても善意的な解釈しかしないのである。そんな二人の言い争いを尻目にネギは小さい声でカモに言葉をかける。
(あんまりしゃべっちゃダメだよ)
(えーー。何でだよ、兄貴ー)
何でもくそもない。カモが魔法生物だとバレるととても困った事になるネギは登校中ずっと説得を続ける羽目になった。
そして玄関。ネギは一人、せわしなく回りを見渡していた。明らかに挙動不審な態度に首を捻りつつカモが問いかける。
「…………よう、兄貴。さっきから何をキョロキョロしてんだよ?」
「え…………いや、ちょっとね…………」
冷や汗を流しながらの言葉。何かあると言っているようなものだ。アスナも部室に寄ってから教室に行くという木乃香を見送って、ネギ達の側に近づいてくる。
「そう言えばカモは知らなかったんだっけ?」
「ってコトはやっぱりなんかあるんスね。
俺っちを置いてなァ~に一人で落ち込んでんだよ? 相談にのるぜ、兄貴!!」
「うーん……」
ちょっとだけ考えるネギだが、やはりここは一人でも仲間が欲しい。相談する決意を固めるネギ。
「じ、実はうちのクラスに問題児が…………」
「おはようございます、ネギ先生」
と、いきなり挨拶された。とっさにそちらを振り返ると、そこにはおキヌの姿が。ほっと息を吐くネギであったが、そんなネギにおキヌは心配そうに声をかける。
「……どうしたんですか? なにか緊張してるみたいですが」
「おっす、おキヌの嬢ちゃん。なんか兄貴に悩みがあるみたいなんだよ。問題児がどうのこうのって」
その言葉におキヌの顔が曇る。
「おはようございます、カモさん。……あの後、何かエヴァさん達とあったんですか?」
「いえ、無いんですけど。えっと…………」
恐いんです、なんて言えるはずがない、しどろもどろになるネギに後ろから更に声がかけられた。
「おはよう、ネギ先生」
「!」
やはりとっさに振り返ると、そこには今度こそ件の人物であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルと絡繰 茶々丸が立っていた。
「――今日もまったりサボらせてもらうよ。フフ、ネギ先生が担任になってからいろいろ楽になった」
「エヴァンジェリンさん、茶々丸さん!!」
(!? こいつらが……。――!! こいつは……)
その妙な感覚に戦慄するカモはさておき、思わず杖に手が伸びるネギ。
「くっ……」
「おっと……」
そして軽く手をあげるだけでそれを制したエヴァ。根本的に役者が違う。
「勝ち目はあるのか? 校内ではおとなしくしていた方がお互いのためだと思うがな。
そうそう、タカミチや学園長に助けを求めようなどと思うなよ。また生徒を襲われたくはないだろ?」
かなり露骨に脅迫と弱点を暴露したエヴァンジェリンはフフフと余裕のある笑いを残しつつ教室とは違う方向に歩み去る。茶々丸はというと丁寧に挨拶を一つ残してエヴァンジェリンの後を追った。
「うぐっ……」
残されたネギは悔しそうに手を握りしめると、
「うわああ~~~~ん」
涙を流しながら逃げだした。
「ネギ! 待ちなさいよ」
「ネギ先生!」
「ネギの兄貴、しっかりしろよ!」
それを慌てて追うアスナとおキヌ、そしてネギに振り落とされてアスナの肩に乗ったカモ。だがネギはすぐ近く、人目のつかない踊り場まで辿り着くと足を止めて地面に伏せていた。
「ううっ…………。言い返せないなんて僕はダメ先生だ…………」
そんなネギを見て大体の事情を悟ったカモがヒートアップ。
「あの二人っスね!? あの二人がその問題児なんスね!? 不良ッスか!? 校内暴力!?
許せねえ!! ネギの兄貴をこんなに悩ませるなんて!! 舎弟の俺っちがぶっちめて来てやんよぉーーっ」
そしてカモはどこから取り出したのか、釘バットを持ってエヴァンジェリン達が消えた方向に駆けて行く。が、
「…………あのエヴァンジェリンさんは、実は吸血鬼なんだ……。しかも真祖……」
「く…………故郷へ帰らせていただきます……」
「コラ」
一瞬で旅支度を整えて逃げ出そうしてしまう。そんなカモの尻尾をわしづかむのはアスナ。おキヌは話の推移についていけずに輪から外れてポツンと立っている。
「そしてあの茶々丸さんがエヴァさんのパートナーで……僕はあの二人に惨敗して今も狙われてるんだよ……」
(なるほど…………契約の力を感じたのはそのせいかー)
さっきの妙な感覚に納得をしながらも、ネギの強運を褒めるカモ。
「それにしてもよく生き残れたなあ、兄貴…………。吸血鬼の真祖って言やあ、最強クラスの化け物じゃないッスか」
「以前は衛宮先生が助けてくれたのよ。それに何か魔力が弱まっているらしいし、次の満月まではおとなしくしてるつもりらしいけど……そんなにやばいの?」
「衛宮? って、もしかしてネギの兄貴がいつも言っていた衛宮の兄貴の事ですかい?」
カモの言葉に返答したのはアスナ。そしてアスナの質問には答えずに更に疑問を重ねるカモ。そんなカモの言葉に答えたのはネギだった。
「うん、そうだけど…………」
「なら衛宮の兄貴に助けを求めるのが一番じゃないですか? 詳しい話は知らないっスけど話を聞く限りじゃあエヴァンジェリンにも引けを取らなかったらしいじゃないッスか」
しごく最もなカモの意見は剣幕を変えたネギに否定される。
「だ、駄目だよ。これは僕の問題なんだから士郎さんに迷惑はかけられないよ。ただでさえ僕のせいでエヴァンジェリンさんに目をつけられているかもしれないのに…………」
「う~ん。まあ、兄貴がそう言うのなら」
意外にもあっさりと矛を収めるカモ。確かに助ける気ならばとっくにネギを助けていてもいいはずだし、それが無いという事は真祖の吸血鬼に恐れをなしたかそれとも他に原因があるのか、とにかくこれ以上はこの件に関わる気が無いということだろう。更に一番親しいネギが説得する気がないのならば、助けて貰える可能性は0と言える。
そしてカモは少し頭を働かせると、ニヤリと笑った。
「…………フフ、ならこれっきゃねぇな。安心しな、兄貴。いい手があるぜ」
「「えっ!?」」
「何かあの二人に勝つ方法があるの!?」
自信ありげなカモにネギだけではなく、アスナやおキヌまで食いついてくる。そしてカモはその作戦を提示した。
「ネギの兄貴と姐さんか嬢ちゃんのどちらかがサクッと仮契約を交わして……相手の片一方を二人がかりでボコっちまうんだよ!」
「ダメですっ!!!」
おキヌの大声。それはカモの衝撃の内容にネギやアスナが驚く前にあげられた。おかげで驚きどころを失ってしまう二人だが、カモの言葉とは別の所に驚きを感じていた。おキヌが眦を吊り上げて、本気で怒っている。あまり長い間の知り合いではないがおキヌが怒っている事に二人は驚いていた。というのもおキヌが怒る場面というのがどうしても思いつかなったからだ。
「な、なんでだよおキヌの嬢ちゃん」
「当たり前ですっ! やられたらやりかえすなんて、しかもそんな酷い事をしちゃいけません!」
おキヌの気迫にカモもタジタジである。それでもカモは必死になって反論する。
「いや、おキヌの嬢ちゃん。かと言って他に何かいい方法でもあるかい? 確かに人間、なるたけ正しい道を歩きたいもんさ。けど今正に兄貴は狙われてるんだぜ、しかも真祖の吸血鬼っていう化け物に。そりゃ代案があるなら構わねぇが…………」
「それは…………でも、二人がかりなんて卑怯です」
カモの正論におキヌも言葉が少なくなってしまう。
「命が関わってるんだ、四の五の言って兄貴がどうかなっちまったら遅いんだぜ? それに卑怯てのもどうかな。確かに詳しい話は俺っちは知らんけど、兄貴だって二人がかりでやられたんじゃないのか?
そもそも戦う原因だってどうよ? 兄貴が何か悪い事したのか?」
「………………………………」
「……確かにエヴァちゃん達がまきちゃんとか本屋ちゃんとか襲ったのが始まりだけど」
ついに沈黙してしまうおキヌ、代わりに答えるのはアスナ。その言葉に我が意を得たりと大声で説得するカモ。
「ほら見ろ、一般人まで襲ってるなんて論外じゃねえか。そもそも手段を選ばずなんて向こうからやってきたんだろ? それなのにこっちが正々堂々とやってたら負けちまう。それで痛い目を見たらバカじゃねぇか」
正論だ。カモはどこまでも正論だ。けれど――――
「それでも……………………してはいけないです、そんなこと」
弱々しく、うつむいてそう言うおキヌ。それにやれやれと首を振るカモ。
「で、手段を選んでたら死んじゃいましたって?」
「言いすぎだよ、カモ君!」
「言いすぎよ、カモ!」
怒号をあげるネギとアスナ。流石に言いすぎたと感じたのかカモもポリポリと頭をかく。
「確かに言いすぎたが、それでも俺っちは間違った事を言ってないと思うけどなぁ。まあいいや、おキヌの嬢ちゃんがそう言うなら嬢ちゃんにやってくれとは言えねぇよ。
そこでアスナの姐さん、どうだい?」
「…………へ」
急に話を振られたアスナはきょとんとする。
「だーかーらー。パクティオーだよ、パクティオー。アスナの姐さんの体術は見せてもらいましたし、いいパートナーになりますぜ」
「ち、ちょっと。私はイヤよ! 仮契約って昨日やったヤツでしょ。何かチューするんでしょ!? バカみたい」
その言葉にカモがムカつく笑みを浮かべた。
「…………ああ、もしかして姐さん、中3にもなって、まだ初キッスを済ませてないとか…………?」
「なっ…………!?」
「フフフ……いや、これは失礼。じゃあ仮契約と言えど抵抗あるでしょーな……」
売り言葉に買い言葉。アスナの短気な性格が災いして、思いっきりカモの思惑にはまってしまう。
「なっ……何言ってんのよ!? チューくらい別に何でもないわよっ。たっ、ただ何で私がパートナーとか、やる、必要が…………」
尻すぼみになっていく言葉。ここで彼女がやらなければネギはどうなるのだろうか。おキヌとカモの口喧嘩がアスナの脳裏によみがえる。そしてそれがアスナに覚悟を決めさせた。
「わ、分かったわよ。でも、ネギはどうなのよ?」
「神楽坂さんっ!?」
想像もしなかったアスナの言葉に驚きの声をあげるおキヌ。そんなおキヌに寂しく笑うアスナ。
「ごめん、おキヌちゃん。やっぱりエヴァちゃん達は止めなきゃ」
「そんな、そんな。だって、止めるって――――……」
殺すってことですよ。
喉元まで出た言葉をおキヌは必死になって飲み込んだ。それを言うのが、とても恐かったから。もしそう言って、アスナやネギから仕方ないと聞くのが、とてもとても恐かったから。
そう、きっと彼女たちは止まらない。力で止めようと思ったら、殺さないと。だってエヴァンジェリンはこの学園から出たくてあんな事件を起こしたのだ。そして人間は自身を害するものに決して容赦はしない。そのことは人間でなく、人外の存在である吸血鬼の方がよく知っているはずだ。それでもこの事件を起こした、人間であるネギの命を狙って。命を懸けてこの事件を起こしたのだ。幽霊時代を経て少なからずGSに関わり、アシュタロスの乱に関わったおキヌにはそのことが痛いほど分かる。だがしかしアスナは致命的なまでにそのことが分かっていない。
しかしおキヌの心情とは関わりなく話は進む。
「わ、わかった。やるよ、僕!!」
「ネギ、先生…………」
「よっしゃ、そーこなくっちゃ!」
寂しげなおキヌの声は届かない。嬉々として魔法陣を書き始めるカモと、キスするという事にカチコチなネギとアスナ。
おキヌはしばらく呆然とそこに立っていたが、唐突に彼等に背を向けて走り出す。
「ちょ……おキヌちゃん!」
後ろからアスナの声がかけられるがおキヌは止まらない。ただ走り続ける。そしてその瞳には浮かぶものは――
「止め……なきゃ!!」
決意。彼等にそんなことはさせてはならない、その決意。だが彼女には止める力はない。ならば、どうする? 決まっている、止められる人を呼べばいい。だから頼る、彼女が最も信頼するその人を、横島忠夫を。
走って3―Aまで到着したおキヌはドアを開いた瞬間に大声をあげた。
「横島さんはいますかっ!?」
騒がしかった教室だが、鬼気迫るおキヌの大声に話し声が一瞬で止む。そして呆気に取られる生徒達だが、早めに教室に来ていた士郎がその問いに答えた。
「いないぞ、忠夫なら。というか今日は用事があるから休むって話を聞いている」
「そんなっ……!!」
ズーンと落ち込むおキヌに士郎はゆっくりと近付き、肩に手を置く。
「どうした、氷室? 忠夫になにか用だったのか?」
「い、いえ…………」
途方にくれるおキヌに、士郎はそっと囁いた。
「図書館島」
「!!?」
ハッっとおキヌは士郎の目を見る。とても力強い目だった。
「忠夫の居場所だ。実は昨日の夜から忠夫はいなくて、どこに行くかも言わなかったのでな。悪いとは思ったがつけさせて貰った」
本当はそれは正しくない。士郎は遠目から横島が図書館島に入るのを確認しただけだ。だが、おキヌにとってそんなことはどうでもいい。重要なことは横島の居場所だけである。
「…………ありがとうございます、衛宮先生」
そう言っておキヌは駆けて行く。そんなおキヌを見て釘宮が驚きの声をあげた。
「ちょ……おキヌちゃん!? どこ行くの、もう授業始まっちゃうよー」
「あー、どうしてもすぐに横島先生に話しがあるそうだ」
そう言いつつ、士郎は出席簿におキヌの欠席を書き込む。それと同時に顔を赤くしたネギとアスナが入ってきた。ついでにネギの肩の辺りにいるオコジョはなんか怒っているようにも見える。
そして始業の鐘。今日も退屈な授業が始まる。
放課後。茶道部の活動が終わり、共に帰宅するエヴァンジェリンと茶々丸。その道すがら、エヴァンジェリンは白いオコジョを思い浮かべて己の従者に警告をする。
「――ネギ・スプリングフィールドに助言者がついたかも知れん。しばらく私のそばを離れるなよ」
「……………………はい、マスター」
と、そこに第三者が現れる。学園内でNO,2であるタカミチ・T・高畑。
「おーい、エヴァ」
(うっ…………タカミチ……)
嫌そうな顔をするエヴァンジェリンだが、それは決してタカミチに見せずに無感情に話す。
「…………何か用か? 仕事はしてるぞ」
「学園長がお呼びだ、一人で来いってさ」
ニコニコとタカミチはそう言う。丁寧に挨拶をしてくる茶々丸に頭を下げるのも忘れない。
「――わかった、すぐ行くと伝えろ。
茶々丸、すぐ戻る。必ず人目のある所を歩くんだぞ」
頷く茶々丸を見たエヴァンジェリンは満足そうにタカミチの横を歩く。
「何の話だよ? また悪さじゃないだろーな?」
「うるさい、貴様には関係のないことだ」
「……………………」
とても楽しそうに(茶々丸視点)歩き去るエヴァンジェリンを見て、ポツリと願うように声を漏らした。
「お気をつけて、マスター」
そして茶々丸は一人てくてくと歩く、指示された通りに人目のある道を。そして脇の草陰に隠れて茶々丸をつけているのはネギとアスナ、おまけでカモ。
(茶々丸って奴の方が一人になった! チャンスだぜ、兄貴!! 一気にボコッちまおう)
(だめー、人目につくとマズいよ。もう少し待ってー)
冷静なのか、テンパっているのか。まあ、ネギのグルグルした目を見て前者を想像する人間はいないだろう。そしてアスナもどこか嫌そうな顔をしている。
(な……何か辻斬りみたいでイヤね。しかもクラスメートだし。
でもまあ、あんたやまきちゃんを襲った悪い奴らなんだしね。何とかしなくちゃ…………ん?)
茶々丸を見張っていた彼等だが、茶々丸の進行方向に一人の女の子が泣いているのが見える。そして泣いている理由は女の子の言葉を聞けば明白だった。
「うえーん、うえーん。あたしのフーセン、あたしのフーセンー」
女の子の隣で立ち止まった茶々丸は上を見上げる。そこには街路樹にひっかかった赤い風船が。
「…………」
僅かに思考ルーチンを回す茶々丸。と、
バシャッ
いきなり茶々丸の背中が開いた。それに女の子はびくぅっと体を固まらせる。構わず茶々丸は背中に取りつけてあったジェット噴射を使って空を飛び、風船を取る。
「わーーーー♪」
大喜びの女の子。そして降りてきて微笑みながら風船を渡す茶々丸に、満面の笑みを返す。
「お姉ちゃん、ありがとーー」
バイバーイ。手を振ってスキップで去る女の子。それに手を振って応える茶々丸の元に別の子供が二人、親しげに走り寄ってくる。
「…………」
「………………」
一方、その光景を見ていたネギとアスナはとてつもなく愉快な顔をしていた。
「そ、そー言えば茶々丸さんってどんな人なんです?」
「えーと…………あれ? あんまり気にしたことなかったな……」
飛んだ…………? そう呆然と呟くネギにクラスメイト失格なアスナ。そんな中、カモが冷や汗交じりに答える。
「いや、だからロボだろ? さすが日本だよなー。ロボが学校通ってるなんてよう」
「じゃ、じゃあ人間じゃないの!? 茶々丸さんって!!」
「えええっ!? へ、変な耳飾りだなーとは思ってたけど…………」
「見りゃわかんだろぉ!?」
ガビーーンとする二人にぅおおい!! と突っ込むカモ。
「い、いやーホラ、私ってメカ苦手だし……」
「僕も実は機械は……」
「そーゆー問題じゃねえよぉ!?」
カモ、極めて正論。
そしてそんな彼等には関わらずに歩いていた茶々丸は横断歩道を歩いていたおばあさんを見つけ、当然のように背中を貸す。
「茶々丸がまたイイことしてるぞー」
「茶々丸のくせにーっ」
「いつもありがとうございます、茶々丸さん」
いつもなのか。
「「…………」」
そんな茶々丸に冷や汗を流すことしか出来ないアスナとネギ。そしてまたすぐに騒ぎが。橋の上に何人もの人が騒いでいる。
「大変、どうしましょう?」
「警察に電話をー……」
「仔猫がドブ川の真ん中に……」
そちらに目を移すとたしかにダンボール箱に入った仔猫がニャーニャーの鳴いている。それは随分長い間水にさらされていたのだろう、ふやけて今にも破れてしまいそうである。それを見た茶々丸はためらう事なくドブ川につっこみ、仔猫を回収した。そんな茶々丸を囲っていた人は拍手で迎え入れる。
「また茶々丸さんだ」
「さすが茶々丸ー!」
「ねー♪」
「………………」
「……………………」
絶句するしかないのはもちろんネギ達三人。
「メチャクチャいい奴じゃないのーーっ。しかも町の人気者だし!!」
「え…………えらい!!」
アスナは自分の行動に疑問が出始めているし、ネギに至っては目を輝かせて完全に茶々丸の味方だ。そんな彼等を叱咤するべくカモがフォロー(?)を入れる。
「い、いや。油断させる罠かも、兄貴!!」
そんなやりとりが起こっているとは知らない茶々丸は助けた仔猫を頭に乗せて歩き続ける。コンビニによって軽い買い物をして、目指すのは教会裏の広場。
「ど、どこへ行くんでしょう……」
「さあ……」
後をつけているネギ達はそう声をかけあう。そして――
「………………」
「…………いい人だ」
ネギは滂沱の涙を流しているし、アスナですらホロリときている。
茶々丸はノラ猫たちにエサをやっていた。それだけではない。猫たちは茶々丸を恐れずに近付き、あまつさえ傍で伸びをしたり足に顔を擦り付けたり、頭の上でくつろいだりしている。言うまでも事だが野生の動物と言うのはとても警戒心が強い。それにここまで好かれる人物はどこまで性根が綺麗なのだろうか。
完全にひよっている彼等にカモが大声をあげた。
「ちょっ……待ってください二人とも!! ネギの兄貴は命を狙われたんでしょ、しっかりしてくださいよう!!
と、とにかく人目のない今がチャンスっす。心を鬼にして、一丁ボカーっとお願いします!!」
そう言うカモだが、どうしても乗り気ではない二人。
「で、でもー……」
「…………しょうがないわねー」
しぶしぶといった風情で茶々丸の前に姿を現す二人。茶々丸はというとネコのエサや器を片付けていた所だった。
「…………こんにちは、ネギ先生、神楽坂さん。
…………油断しました。でも、お相手はします…………」
そう言って頭のネジを外す茶々丸。そんな茶々丸に一縷の望みをかけて言葉をかけるネギ。
「茶々丸さん、あの…………僕を狙うのはやめていただけませんか?」
「…………申し訳ありませんネギ先生、私にとってマスターの命令は絶対ですので」
律儀にそう頭を下げる茶々丸。それにしぶしぶといった様子で決断するネギ。
「ううっ…………仕方ないです……。
ア、アスナさん……じゃ、じゃあさっき言ったとおりに………………」
「…………うまく出来るかわかんないよ」
あんなの見た後じゃあ特に。それはアスナの心から出てくることはなかったけれども。
「…………では茶々丸さん」
「……ごめんね」
「はい。
神楽坂 明日菜さん……。いいパートナーを見つけましたね」
それはどういった意図で呟かれた言葉なのか。誰にも分からないままに戦いは始まる。
「行きます!!
契約執行(シス・メア・パルス)10秒間(ペル・デケム・セクンダス)!!
ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)『神楽坂 明日菜(カグラザカ アスナ)』!!!」
魔力転送。契約に従いネギから送られた魔力はアスナの身体能力を10秒間だけ倍増させる。
(わ!? 何コレ、体が羽根みたく軽い…………。これがパクティオーの効果ってこと…………!?)
瞬く間に茶々丸に接近するアスナの方は見ずに、ネギは早く魔法を完成させようと一心に呪文を唱え続ける。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル――」
そしてその間アスナの仕事はネギの詠唱の邪魔をさせない事。ネギの元に行こうとした茶々丸の手を掴むが、それは茶々丸によって容易に振りほどかれる。それでもと伸ばした手は茶々丸のおでこをかすった。スウェーをしてかわした、かわそうとした茶々丸に触れた。これは茶々丸にすればありえないこと。
「はやい! 素人とは思えない動き。
!?」
そして彼女は気がつく。
「光の精霊11柱……集い来たりて……」
もう、ネギの詠唱を止める事は出来ないであろうことに。そしてそんなネギの元にカモからの念話が届いていた。
(兄貴!! 相手はロボだぜ!? 手加減してちゃダメッス。ここは一発派手な呪文をドバーッと!!)
「ううっ……。
魔法の射手(サギタ・マギカ)、連弾・光の11矢(セリエス・ルーキス)!!」
「………………!!」
それを見た時、茶々丸は悟る。
「追尾型魔法至近弾多数……よけきれません。
すいませんマスター…………もし、私が動かなくなったらネコのエサを…………」
もしその声がネギに届かなかったら結果は違ったかも知れない、もしその表情がネギに見えなかったら結果は違ったかも知れない。無感情で後悔にあふれた声、無感情で寂しそうな顔。それにネギが耐えられるはずが無かった。
「や、やっぱりダメーッ。戻れ!!」
茶々丸の眼前で目標が変更される。180度方向が変えられたサギタ・マギカはネギに迫り、そして――――
「見つけたぞ、ネギ坊主。お前わぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!?」
「よ、横島さぁーーーん!?」
――――最高のタイミングで飛び出してきた横島が身代わりに吹き飛ばされた。この場にいる人間は分からないが、見る人が見れば図書館島地下の時とデジャビュる光景である。
「よ、横島先生!?」
「よっ? …………誰?」
突如飛び出してきた人間に驚きを隠せない一同。
「ご、ごめんなさい、横島さん。だ、大丈夫ですかっ!?」
「キャーッ。ちょっと、横島先生、大丈夫っ!?」
「よ、横島さーん。待ってて、今ヒーリングを――」
「つか誰だ、この人!? つか生きてんのか、この人!?」
てんやわんやの一同。そんな中横島は最後の力を振り絞って、
「ふ……ふふふ。何もしてないのに、いきなりこれはないよネ」
言う。そして気絶。ますます騒ぐ一同。
「……………………」
ドウッ!
そして騒いでいるうちに茶々丸がジェット噴射で逃げ出した。それを見てカモが大声を出す。
「あ……あ~~っ、逃げられちまった」
「で、でも直前で思いとどまってくれたんですね。良かった…………」
良くねーよ。そんな横島の声が聞こえてきそうなおキヌの言葉。
騒がしい教会裏だが、重い空気はもうそこから吹き飛んでいた。
教会から遠く離れた屋根の上、そこで士郎はゆっくりとつがえていた矢を外した。その顔に浮かぶのは、苦渋。
「クソッ…………!」
強くなじる。その相手は誰でもない、自分自身だ。彼は学園長に危険になれば割って入ると明言した。だがしかしそれは為されなかった。茶々丸に迫ったサギタ・マギタを撃ち落とせるギリギリの時間、その時に矢を放す事が出来なかったのだ。それは、茶々丸が動けなくなれば有利になるとかいった事では断じて無い。
ではなぜかと言われれば、もし士郎がサギタ・マギカを撃ち落とせばネギの心に消えない傷が残るから。それは自発的に生徒を傷つけようとして、他人に止められなけらば本当に傷つけてしまったという事。もとよりどこか内罰的なところのある少年だ、そうなったら立ち直れるかどうか分からない。故に、その瞬間に躊躇してしまった。スタンの目、フードの男の言葉が頭によぎってしまったから。
結果から言えばそれは正解だった。すんでの所でサギタ・マギカを戻し、茶々丸に致命傷を与えずにすんだ。しかしもしそうならなかったら? ネギの心にはより深い傷が残るし、茶々丸は死んでしまっていた。それも士郎がためらってしまった所為で。
途中で横島が割り込んだが、ネギに当たっても魔法障壁を張っていたネギに致命傷はない。だがしかし、いったん鈍ってしまった決心は横島に届く前にサギタ・マギタを撃ち落とせなかったのも事実。もし割り込んだのがおキヌだったりしたらと考えると怖気が走る。
「……………………」
唇を噛む、噛み締める。強く、強く、血が出てもまだ、強く。
答えの無い迷宮に彷徨い込んだ士郎の心は、決して晴れることは無い。