過去は甘く甘く、されどもどこまでも遠く。
薄々は感じていた。登校地獄の呪いは対象を学校に登校させるだけ。それに魔力生成を妨害する能力などありはしない。しかし魔力生成を妨害されている現実は確かにある。ならばその矛盾はどう解くか。簡単だ、他に魔力生成を妨害する陣を敷けばいい。学校に登校するのに魔力なんて必要ないという説明こそが嘘なのだ。
しかしそれでも数年間、神経を細めてそれを探してみても見つからなかった。それも当然、ジジイも私が魔法に関してのエキスパートだと分かっている。ならばこちらに合わせる必要はないだろう、こちらの苦手分野で結界を作るが道理。だから超と取引をした。といっても堅苦しい事は何もない。こちらは魔法についてほんの少し話をして、茶々丸に経験を積ませるだけ。向こうは茶々丸という魔力に頼らない従者をよこし、その技能をくれるだけ。
量産型となるはずの茶々丸が一体いなくなろうと超にさしたる損失はないし、こちらも少し口を開けばいいだけだ。お互いに損はなく、得だけがある取引。
そして今に至る。茶々丸により学園結界の全貌は明らかになったといっても過言では無い。後は詰めの作業、どこに私の動きを縛る陣があり、それをどうやって解くか。ただそれだけ、ただそれだけなのに。
「ゲホゲホ、ゴッホ、ゲホ!」
「あああああ。マスター、どうかご自愛下さい!」
「うるざい、寝てるんばから十分にじばいして……クシュン!」
「あああああああああ……」
(なぜ風邪なんてひかねばならんのだ、しかも花粉症のオプション付きで! くそ、どれもこれもみんなナギのせいだ!)
極めて正論であるのだが、なぜか彼女が思うとやつ当たりのように見えてならない。それはともかくとして風邪をひいている以上はおとなしく寝ている以外に選択肢はなく、ゆっくりと布団の中で丸くなる。
(登校地獄の呪いが効かなくなるのは嬉しいが……このダルさはなんとかならんのかっ!)
心の中でグチっても結果は変わらない。従者である茶々丸はおかゆやポタージュをつくったり、病院に連絡をとって薬を手配したりと大忙しだ。
(…………ふんっ)
病気の時は誰でも人肌が恋しくなるものだが、見た目は10歳でも実年齢は500を超えるエヴァンジェリンである。まさかそんなことを口に出すわけにもいかない。ふてくされたように黙り込む。と、
カラン、コロン♪
滅多になることのない玄関口のベルが軽快な音をたてた。
(…………うるさい)
だがもちろんそんなもの、病人にとってはうるさいだけであるからして、布団の中で耳をふさぐ。だというのに、
「うわっ!? びっくりした。ち、茶々丸さんですか?」
とてつもなく神経を逆なでする声が手を通して響いてきた。
「……………………」
(よし、シメよう)
とにかく風邪のせいで短気になっていたエヴァは即急にそんな結論を導きだす。そうと決まれば善は急げと布団から這い出し、フラフラしながら階段までよろめいていく。断わっておくが、間違っても歩くと表現できるものではない。
ようやく階段の手すりまで辿り着くと、その上に乗って何とも言えない顔をしているネギを見据える。
「ま、またそんな…………。不老かつ不死である彼女がカゼなんてひくわけないでしょう」
「――そのとおりだ、私は元気だぞ。
よく一人で来たな、魔力が十分でなくとも貴様ごときひよっこをくびり殺すコトくらいわけはないのだぞ?」
はぁはぁと息は荒く、しかしそれでも威厳を保とうと背筋を伸ばして見下ろすエヴァンジェリン。
「エ、エヴァンジェリンさん!!」
そんな彼女の姿を額面通りに受け取ったネギは慌てて懐をゴソゴソと漁る。そしてエヴァンジェリンに背中を向けていた茶々丸はワンテンポ遅れて彼女の主人を見据えた。しかしその顔はネギとは違ってとても心配そうである。
「マスター、ベッドを出ては…………」
余計な事を言うなとキロンと己の従者を睨むエヴァンジェリン。その視線に心配そうにしながらも従う茶々丸。そんな短いやり取りを経てからネギに視線を戻したエヴァンジェリンは、子供先生が丁寧に畳んだ紙を突き付けているのを目撃した。
「? …………何だ、ソレは?」
心底不思議そうな顔をするエヴァンジェリンに対して、ネギはその紙を広げて中身を見せつけながら問いに答える。
「は、果たし状ですっ。僕ともう一度勝負してくださいっ!
そ、それにちゃんとサボらずに学校に来てくださいっ。このままだと卒業できませんよっ」
そしてネギはエヴァンジェリンを見据えたままで更にヒートアップして声を荒げた。そんな少年を呆れた顔と声でで諭すエヴァンジェリン。
「だから呪いのせいで出席しても卒業できないんだよ。
――まあいい、じゃあここで決着をつけるか? 私は一向に構わないが…………」
そもそもエヴァンジェリンはネギをひねりにわざわざ布団を這い出してきたのだ。ネギの方も果たし状を届けに来たのならば丁度いいと一気に喧嘩腰になる。そしてネギの方もここで引けないと背負っていた杖を取り出してその封を解きながら臨戦態勢に入る。
「………………いいですよ。そのかわり、僕が勝ったらちゃんと授業に出てくださいね!!」
睨み合う二人、その間でオロオロといったりきたりする茶々丸。
「あの…………マスター」
そして意を決した茶々丸の言葉を合図にしたようにエヴァンジェリンはニヤッっと笑い、
ゴッ
ぽてっ……っと落ちた。しかも受け身すら取らずに頭から落ちた。高さとかを考えるとなかなかヤバイ落ち方である。
「わーーっ!? 何~~!?」
(ふぁらぁ…………?)
戦う前からノックアウトしたエヴァンジェリンにネギの大声が響く。しかし彼女はもはやそれどころではない。
「うわっ、すごい熱。カゼって本当だったんですか!?」
「二階のベッドに寝かせてください。マスターはカゼの他に花粉症も患っていますので」
「この人ホントに吸血鬼ですかっ!?」
(うるさい、少し静かにしろ……)
子供の大声と額からくるジンジンとした痛みが頭に響く。それに文句を言おうとするも、口を動かすのも億劫だ。そして頭上でもう少しギャーギャーと騒ぎが続いた後、乱暴に抱きあげられた彼女は、気遣われない動きで運ばれる。
(だから頭に響く、もう少しゆっくりと…………)
なかなかに注文の多い吸血鬼であるが、相変わらず口を動かすのも億劫なようで静かな事には違いない。
やがてベッドの上に寝かされる感覚がエヴァンジェリンを包む。しかしそれだけでよくなるはずもなく、ハァハァハァと荒い息を繰り返す。ちなみに鼻で息をしないのは花粉症で鼻が詰まっているからだ。
「ええっ!? ぼ、僕がですか!?」
「はい…………先生ならお任せできると判断します」
話し声が遠くに聞こえる。だがそんなものはどうでもいい、ただこの頭痛が――――
「うう…………ケホケホッ」
いや、喉もか。何でもいい、とにかく辛い。
「あ、あわわっ。大丈夫ですかエヴァンジェリンさん? ま、まいったな。僕の治癒呪文、スリ傷にしか効かないし……」
(だからうるさい。というか大丈夫に見えるのかこれが)
誰かは知らないが――いや、前に聞いた事があるような声な気も…………?
と、そんな事はどうでもよくなる事が起きた。口に広がる甘い液体、血だ。しかも今まで苦労して集めた一般人の血とは違って、魔力に溢れた魔法使いの血液。
(うぁ…………)
「うえーん、僕の血は少しにしてくださいよーー」
どこかで聞いたような声がそう言うが、せめてゆっくり眠れるくらいには飲まなくては体が納得してくれない。一心にそれを吸い続ける。
そして甘い液体が離れていく。もっともっと吸っていたかったが離れていくものは仕方がないし、それを追う気力もない。それに今はそれよりも問題にするべき事がある。
「うう…………あつい……」
そうこの日光だ。本来ならば太陽は吸血鬼にとって弱点である。ハイ・デイライトウォーカーであるこの身は太陽を克服したとはいえ、流石にここまで弱ってはその弱点も通用してしまう。誰かなんとかしてくれという意味がこもったその声に答えたのは、やはりというか先ほどから聞こえてくるあどけない声。
「ああっ、スミマセン。窓から日光が!」
シャーという音と共に光が遮られる。そのとたんに感じるのは対極の感覚、寒さ。そのあまりの寒さに思わず体を縮こまらせた。
「ハァハァ、寒い…………」
「ああっ。どうしよう汗でパジャマがぐっしょり!」
いちいち大声をあげるソレにうるさいという気力もないが、その言葉が聞こえてくる度に段々と快適になるからそれもいいのかも知れない。そして今度も期待した通りに不快な寒さを与えてくる衣服が脱がされていく。
「わっ、なんか似合わないスゴイ下着……」
が、そんな失礼な声と共に脱がされるのが中断される。
「うぅ。寒い、寒い」
急かすようにそう言うと、声の主はしばらくごそごそと動いた後に作業を再開させる。だがその手つきはなんというか、手探りでぎこちなかった。
「み、見ていませんからね……………………教師として。
見てませんよ」
「うーん」
正直、グダグダ言う暇があったら手を動かして欲しいと思う。さっきから体が冷えてたまらない。しかしそれでもやがて終わり、体も随分と楽になった。
「すぅ……」
ならばもうためらうこともない。さっきまでは寝るのも苦しい状況だったが、今はもう眠ることに支障はない。緩やかに夢の中へと落ちていく。
そしてまた夢を見る。
「なあ、どうしたらお前は私の物になる?」
「意地でも断るっ!」
「毎回毎回、そう失礼に断言するなっ!」
この頃には慣れたじゃれあい、ナギと私の歪なスキンシップ。ナギに私の物になるように強要し、ナギはその要求を真っ正面からぶち抜く。本当に変わらないやりとり。
「まあその話は二度としないとしてだな…………」
「二度としないとはなんだコラー!」
「分かった分かった、一世紀後にでもな」
「世紀!? 単位がおかしいぞっ!」
「とりあえずな、周りを見てみ?」
ナギの言った言葉に私は周りを見てみる。
「草原だな」
「ああ、草原だな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「で、だ。私の物になる話だがな…………」
「さてと。じゃあそろそろ夕飯にすっか」
「だから人の話を聞けと言ってるだろうがこのアンポンタン!!」
よっこいせ。そう腰を降ろし、すでにどこから取り出してどう用意したのかは分からないが、水を張った鍋を火にかけていたナギに対して私はキシャーと叫ぶ。
さっき言っていた、周りを見て見ろと言う言葉は日が暮れてきたから夕食にしようという意味だとは分かっていた。しかしそれにのるとまた話がはぐらかされるだけだという事も分かっていたので意図的に無視をしたのに、このバカは自分のペースでしか話をしない。本当に大変な奴だとため息を吐く。…………最近ため息が板についてきているようで、ちょっとヤダ。
そしてナギの隣に腰を降ろすと、不思議そうにこちらを見てくるバカが一人。
「…………何だ?」
「いやな、なにしてんのお前?」
バカかお前、という視線で見つめ合う二人。これで視線の意味が違ったら、と思っていた時期もあったがそれはもう諦めた。
「何でお前、ここで座ってるの?」
「何でも何も、夕食にしようと言ったのはお前だろうが」
「いや、だからお前は夕食の支度をしなくていいのか?」
「は?」
何を言っているのか分からず呆けた顔をする私から目を逸らさずにいたナギはゆっくりと鍋を指さして言う。
「あれ、俺の。お前の分、ない」
「待てっ! なぜにカタコト!? そして今日の昼食まで普通に私も食っとっただろーが!!」
「さっきはさっき、今は今」
「じゃあ貴様が断食しろっ! あれは意地でも私が食う」
私の叫び声に、にんまりと笑うナギ。
「さっきはさっき、今は今。つまり明日にはお前の話を聞くかもしれねぇのになぁ?」
「ぐ…………」
分かっている、こいつは天地がひっくり帰ってもそんな事はしないと。だがしかし…………
「それじゃあ仕方がない、二人仲良く分けあって――――」
「ええい、ウサギでも狩ってくる! それまで先に食うなよ、貴様っ!!」
そう言葉を残すと、私は一目散に闇に沈みかけた世界に向かって駆けだしていく。方向的に夕日に向かうのはバカらしいと駆けだした直後に思ったのだが、ここで急に方向転換すると確実に後でナギにからかわれるからそのまま夕日に向かって走り続ける。それとは全く関係ない話だが、後ろから追いかけてくるナギの行ってらっしゃーいという声が無性にムカついた。
(ったく、この私がここまで翻弄されるとは…………)
心の中でため息を吐く。だがこれが惚れた弱みかと思うと、不思議と悪い気はしなかった。
「戻ったぞ」
「おう、おかえり。…………って、また大猟だな」
10分程して戻った私の成果を見てナギは呆れた声を出す。ちなみに10分での私の成果はウサギ3羽とその辺に実っていた果物と、生えていた香草。
「お前、城に住んでたとか嘘だろ? 絶対どっかの狩猟民族の出だろ?」
「…………お前はどーしてそんなひねた解釈しか出来んのだ?」
私はそう言ってため息を吐く。思い返すのはもちろん義理の父との思い出。
「色々あったのだ、私もな」
「そうか……何度も自分の経歴を偽造し過ぎて、どれが本当か分からなくなったか」
「違うわっ! と言うか、いい加減にそこから離れんか貴様っ!!」
心底同情の目で見るナギに思いっきり怒鳴り返す。
「だってよ、お前その辺りの話は絶対にしようとしねーじゃねぇか。いい酒の肴になりそうなのに…………」
「だからイヤなんだろーが!」
そう言った瞬間、私の頭にはピーンと名案が思い浮かんだ。くっくっくっ、と自分でも悪そうな笑みを浮かべてナギに悪魔の誘惑をささやく。
「だが、貴様が私の物になるならば話さんでもないがな」
「お? そろそろ香草の入れ時だな」
「って、人の話を聞けーい! というか、それは私の香草だ!」
速攻でがぁー、と吼える私に対してHAHAHAとアメリカ人っぽく笑うイギリス人。
「まあこれでも食べて落ち着けや」
そしてぽいっと、私の大きく開いた口に何かを投げ込んでくるナギ。思わずそれを噛んでしまう私。
「…………!?!?!?」
そして口に広がるニンニクの味。瞬間、私は水場に向かって駆けだしていた。
「その鍋で貴様を煮て喰うぞっ!!」
「おいおい、戻ってくるなり物騒な奴だな?」
「いきなり人の口にニンニクを投げ込む貴様程じゃないだろーが!!」
「いや、誰がどう聞いてもお前の方が物騒だ」
冷や汗を流しながら突っ込みを入れてくるナギに対しての私の返答は、ふんっと鼻で返事をするのみだ。そうしてドカッとナギの横に腰を降ろし、ウサギを捌きにかかる。その時、私が横に置いた物を見てナギが不思議そうな顔をした。
「何でまた香草を採ってきたんだ?」
「元々、私は香草焼きにする予定だったんだ。貴様こそこの鍋は何だ?」
私は鍋の中身を見て気持ちが悪くなる。なぜか白い灰汁のようなものが鍋いっぱいに踊っていたのだからそれも仕方のない反応だろう。
「これは昔、詠春に聞いたみぞれ鍋ってやつだ。大根を塊でいれるんじゃなく、卸して入れてるんだよ」
「ああ、これがみぞれ鍋か。話を聞いた事はあったな」
それで私は完全に鍋に対する興味を無くし、ウサギを捌く事に集中する。ナギの方も私がウサギを捌く事にはそれ以上一切関わらずに鍋にのみ注意を向ける。
互いに無言の時間、焚き火のはぜる音だけが響く。そんな中、私は手早く一匹のウサギを捌き、腸を抜き取った空間に香草を押し込んで火にかざす。ナギの方が先に調理を始めた為、とっとと支度をしないと本気で鍋を食いっぱぐれてしまう。賭けてもいいが、ナギは絶対にウサギを分けない限り鍋を分けてくれない。
「…………」
「…………」
やはり無言のまま作業を続ける。残りの二羽は今日食べる訳にもいかない、保存食にして後日ゆっくり食べるのがいいだろうとそれ用に加工を続ける。
「うっし、出来た」
やがてナギの声が聞こえた。ウサギはもう少し焼く必要がある。やはり間に合わなかったかと忌々しくナギを見ると、やはりと言うかナギはこちらの神経を逆撫でするような鼻歌を上機嫌に歌いながらお玉で鍋を二つのお椀に――――
「待て、二つ?」
有り得ない光景を見た私は思わず声を出していた。だって有り得ない、あのナギが何も言わずに私の分までよそっているなんて。
「あんっ? 何だ? いらなかったのか?」
「いや、いるが…………」
私の反応に眉をひそめるナギ。その反応にさらに眉をひそめる私。お互いに何事だという表情をつくって見つめ合う。…………こんなんばっかだな、私たちは。
「なんというか、珍しいな」
「ああ、これは少し冷ましてから一気に飲むのが正しい食い方だそうだ。その頃までにはウサギも焼けそうだしな」
そう言ってチラリとウサギを見るナギ。
(そうか)
ただ単にウサギが食いたいだけなんだと納得をする。ならばそれに見合ったものを出してやろうと、私もいっそうの注意をもってウサギをコンガリと焼いていく。
「よし、焼けたぞ」
「おう、こっちもちょうどいい具合だ」
ほどなくして私のウサギは焼き上がり、ナギの鍋も一息で飲むのにいい温度になったようだ。
「んじゃ、食べますか」
「そうだな」
ナギが私に椀を渡すので、私はウサギを横に置く。置くと言ってももちろん地面にそのままではなく、水場でよく洗った大きな葉っぱの上にだ。
そしてナギは私がモタモタしているのをいい事にさっさと一人で椀を傾けていた。
「くぅ、うまい」
そして満足そうに一言。本当に美味しそうに飲むナギに私の顔も思わずほころぶ。そして私もナギと同じように椀を一気に煽る。
「ぶうっーーーー!」
そして一気に吐き出した。
「うわっ、汚ねっ!」
むせる私を見ながらのナギの言葉がそれ。げほげほと苦しむ私を見る目は、間違いなく笑っている。
「ナギィーー!」
怒髪天をつく勢いでくってかかるも、そこには相変わらずHAHAHAとアメリカンのような笑い方をするイギリス人が一人。
「いやー、ほらな。みぞれ鍋って大根が邪魔で中身が見れねーじゃん?
だから闇鍋な勢いでアルと組んでジャックの奴にとんでもないものを食わせたことがあるんだよ。まさかエヴァも引っかかるとは思わなかった」
「だから私の椀にニンニクをいれたのかっ!? というか、私はあの筋肉バカと同じレベルなのかっ!?」
「ああ。つうか今回はアルがいない分、ジャック以下だなお前は」
「うがぁー!」
そうだった。コイツは私がウサギをやらんと言えば、私とこの辺り一帯を焦土と化すような戦いを繰り広げてでもウサギを奪うようなやつだった。私の機嫌を取るはずがない。
「まあまあ、口直しにもう一杯どうだ?」
「いらんっ!」
「ニンニクは入ってないぞ?」
「…………どうせ今度はネギでも入っているのだろう?」
「ちっ、バレたか」
もの凄い不服そうに舌打ちをするバカが一人。
「ならば仕方ない、力づくでねじこんでやるっ!」
「やめんかこの大戯けがっ!」
…………結局この辺り一帯は焦土と化し、ついでに私の口には一杯のネギを押し込まれたあげくにウサギは全てナギの腹の中に収まった事を追記しておく。あんまり追記したくなかったけど。
場面が変わる。ネギとニンニク絡みだからか、今度の風景は夕焼けが沈む、とある海のほとり。
「ついに追いつめたぞ、『千の呪文の男(サウザンド・マスター)』。この極東の島国でな」
私はチャチャゼロと共に目の前の男にそう宣言する。と、言っても別に今まで私が優勢だった訳ではない。勝負をして負けたら私のものになれと言う私に、やなこったと言いながら地球の反対側から日本まで逃げてきたのだから。…………今思えば、地球横断鬼ごっこなんて随分と愉快な事をやっていた気がする。
それはともかくとして夢のなかで私はニヤァと上機嫌に笑いながら、ナギに向かって言葉を続けた。
「今日こそは貴様を打ち倒し…………その血肉を我がモノとしてくれる」
(主に夜通しベッド上で)
言葉にしないその思いは心に秘めて。そしてナギもようやくその気になったのか、こちらを真剣に見据えながら言葉をつむぐ。
「『人形使い(ドールマスター)』、『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』、『不死の魔法使い(マガ・ノスフエラトウ)』、エヴァンジェリン…………。恐るべき吸血鬼よ。己が力と美貌の糧に何百人を毒牙にかけた? その上俺を狙い、何を企むかは知らぬが……………………あきらめろ。何度挑んでも俺には勝てんぞ」
真摯な言葉、粛々とした口調、威圧ある眼光。それら全てが必死に笑いを押し殺しているものだと気がついたのはずっと後になってからだった。この時の私は今度こそまともに勝負ができると喜び勇んでナギに挑む事しか考えていなかったのだから。
「パートナもいない魔法使いに何ができる!? 行くぞ、チャチャゼロ!!」
「アイサー、御主人」
私たちはあらん限りの速度でナギに迫る。と言うのも詠唱呪文を使う前に距離を潰すことがまず肝要だから。詠唱呪文では魔法使いタイプの私の方に利があると言えるが、しかしそれでは自然と遠距離での魔法の打ち合い、1対1の勝負となってチャチャゼロが生かせないし、遠距離の魔法の撃ち合いでは万に一つまた捕り逃す可能性がある。対して接近戦ではナギの得意分野であると言えどもこちらとて500年を生きてきたのは伊達ではない。たかだか30にもならないナギに劣るとも思えないし、そもそも2対1だ。それに己の得意分野で打倒すればナギにもある程度のあきらめもつくだろうという打算もあった。
「えーと、この辺だっけ……?」
そしてそんな私たちには目もくれずに何か遊んでいるナギに対して完全に距離を潰した私たちは、今度こその完勝を確信する。
「フ……遅いわ、若造! 私の勝ちだ」
両手に魔力を込めてナギに向ける。そしてその瞬間に
ズボッ!
…………ナギの思惑に、私たちはしっかりと嵌まっていた。
「うわあっ!?」
「アブッ」
なぜかそこにあった落とし穴。しかも海岸の脆い足場にこれでもかという大きさで作られた落とし穴。なぜこいつ等は人をおちょくることに関してはここまで無駄な才能を発揮するのだろうか? コイツは死んでいるから仕方ないとしても、一度でいいから本気でアルの頭を開いてみたい。魔術的にではなく、物理的に。
傍から冷めた目で見ている私はともかくとして、当時の私はそれどころではない。とことんまでパニックに陥っていた。
「なっ……これは!?」
「落トシ穴だ御主人!」
「見りゃわかるッ」
と、プカプカと何かが浮いていた。見ればナギが袋を逆さまにして、何かをドザザザザザーーッ、と落とし穴に入れていた。
「ふははは!」
「なァッ!? ひっ、ひいぃーー!? 私の嫌いなニンニクやネギ~~!?」
…………精神は肉体に影響を受けるからか、大量のニンニクやネギを見るとパニックになるお子様な体質が私にはある。もっとも最大の失敗はそんな体質があるからではなく、その体質をアルに知られてしまったことだが。仲間内はもちろん、人の弱みとなれば下手すると嬉々として世界規模で言いふらすからな、あの男は。
「いっ……いやあ~っ。や、やめろぉ~っ」
「フフ……お前の苦手なものは調査済みよ」
「オチツケ、御主人!」
落とし穴を杖でかきまぜているナギと、みっともないくらいにパニックになっている私。ついでにもう諦めきった声で私を落ちつけようとするチャチャゼロ。色々と修羅場だ。
「あッ、ああッ、ダメーー! あううっ」
ボンッ♪ と愉快な音をたてて、
「アアッ、御主人ノ幻術解ケタ!!」
チャチャゼロが言った通りの事象が起きた。それを見て笑いながらナギは新たにニンニクやらネギやらを追加する。
「わははは、噂の吸血鬼の正体がチビのガキだと知ったらみんななんと言うかな?」
「やめろー、バカーーッ」
…………もう、傍から見るだけでも色々と辛い。そして夢の中の私が大きな声をあげる。
「ひっ…………ひきょう者ーー!! うぷっ」
ああ、この時の事はよく覚えている。大声を出したらネギの香りを腹一杯に吸い込んでしまったんだ。しかしそれでも大きな声で訴えるのをやめない健気な私。
「き、貴様は『千の魔法の男(サウザンド・マスター)』だろ! 魔法使いなら魔法で勝負しろーーっ!!」
その私の声に、ナギはフードを外して私を見下ろす。
「――やなこった、俺は本当は5,6個しか魔法しらねーんだよ、勉強苦手でな。魔法学校も中退だ、恐れ入ったかコラ!」
ものすごい情けない事をものすごく堂々と言うナギ。ちなみに私は本当にナギがろくに詠唱を覚えていないのを知らなかった。だってコイツ、ほとんどの魔法を無詠唱でこなすし。
「なっ……。
お、おい。サウザンドマスター!! 私の何がイヤなんだ!?」
私は衝撃のカミングアウトに呆然とするが、それでも必死になってそう問いかける。そしてその答えは単純明快。
「だから俺、ガキには興味ないんだってば」
「歳なのか!? 歳なら百歳を超えているぞ、私!!」
「じゃ、オバハンだなー」
「オバハン言うなーっ」
「オチツケヨ、御主人」
ここだけの話、このナギの言葉には心が抉られる思いだった。自分の小さな体に対するコンプレックス具合は、幻術を使ってでも大人の姿に見せているくらい大きなものだ。そこがダメだと、自分ではもうどうしようもないところがナギは受け付けないと、そう言われた時には本気で泣きたくなった。
だから、そんな心情だったからこそ私は次のナギの問いに意固地になってこう答えていた。
「なあ、そろそろ俺を追うのはあきらめて悪事からも足を洗ったらどうだ?」
「やだっ」
もしもナギが追いかけるのをやめろといっただけならば頷いていたかもしれない。いや、意固地になっていた私はどんな言葉でも反発していただろうか? それはともかくとして、私の返事を聞いたナギの顔が不気味に歪む。
「そーかそーか、それじゃ仕方がない。変な呪いをかけて二度と悪さができない体にしてやるぜ」
そしてすぐにナギから、その顔に見合った不気味な魔力が溢れ出す。それにゾクっと私の体が震えだした。
「うっ……何だ、この強大な魔力は」
「確か麻帆良のじじいが警備員欲しがってたんだよな。
えーと、マンマンテロテロ…………。長いな、この呪文」
「ば……ばかやめろ!! そんな力でテキトーな呪文を使うな、詠唱の途中に独り言を混ぜるな!
たっ……助けて、誰か助けて、パパ助けてーーっ」
…………このセリフ、ナギに聞かれなくて本っっっ当によかったと思う。もし聞かれていたら末代までバカにされていたこと間違いなしだ。
「御主人ピーンチ!」
そして他人事のように言うチャチャゼロ。…………今思ったんだが別にお前はニンニクもネギも嫌いじゃなし、空飛んでナギの詠唱を邪魔しに行けたよな? ああもう、何回見ても突っ込み所が尽きない夢だ。とりあえず後でチャチャゼロはシメておこう。
「あっ、やめッ……。ひどいぞ、サウザンドマスター。あッ、いやッ」
狼狽する私に関わらず、ナギのテキトーな呪文は完成してしまう。…………この瞬間は本当に何度見ても慣れない、ナギが私を麻帆良に縛り続ける原因となった瞬間だから。
「登校地獄(インフェルヌス・スコラスティクス)!!」
「いやーーん、好きなのにーーーー」
私の叫び声をBGMに、またもその夢は溶けていく。
またもや場面転換。…………この夢を見たのは私が風邪をひいているからか。
今度の夢は遠い昔、義父と共に旅をしていた頃。満天の星が輝く、新月の夜。私の目の前には焚き火、暖をとり湯を沸かしている炎が踊る。私の背後には義父、本名を決して明かさないランサーと名乗る男の姿。
そんな中、私はパパに寄りかかって息も荒く寝込んでいた。なんの事はない、少しばかり修業に精を出しすぎて魔力が枯渇してしまっただけだ。それに悪いことに今夜は新月、吸血鬼の魔力が復活するのに最も遠い夜。と、言っても昼よりかはマシだろう。きっと昼ならば朦朧とすらも意識を保つ事さえ出来ないだろうから。と言うか、実際この日の昼は全く意識がなかったし。
「…………まだ熱が高けぇな」
無骨な手のひらを私のおでこに押し付けて、忌々しそうにパパはそう言う。
「寒い、寒いよ、パパ…………」
「ちっ!」
小さく何事かパパが呟くと、炎の勢いが少しだけ強くなる。そうしてからパパは空を睨んで時間を計ると、どこからともなく紅い槍を取り出して湯を沸かしている薬缶を手繰り寄せた。
「ちちち」
ちょっとだけ熱そうにパパは薬缶の熱湯をコップに注ぐ。そしてまたも何事か呟くと、徐々にコップから立つ湯気が減っていった。そしてパパの魔法でぬるま湯と呼べる温度まで下がったお湯の入ったコップを優しく握らされる。
「ホラ、薬だ。飲めるか?」
そう言ってパパは続けて処方した粉薬を手渡した。
「うん、飲む…………」
のろのろと、とてつもなく苦い薬に口を近づける。確かに飲みづらいことこの上ないのだが、良薬は口に苦し。パパの薬は本当によく効くのだ。
「う、げぇ……」
どんな味か問うまでもない顔と言葉で薬を飲んだ感想を表現する。
「御主人……」
私からの魔力がシャットアウトされて、今と同じ喋るだけの人形となったチャチャゼロが心配そうにこちらを見ながら口を開く。
「心配すんなって、明日の夜まで寝ればよくならぁ」
そうチャチャゼロに笑いかけるパパ。ここ数日、ずっと私の看病をしていてロクに寝てもいないし食べてもいないのに、とても元気そうなパパ。まるでそれは魔力さえあれば無尽の体力を誇る吸血鬼のようで。だから、この時私は世迷言のようにこう言ってしまっていた。
「パパが、人間じゃなかったら良かったのに……」
「あん?」
突然呟いた私の声にパパがおかしな顔をする。今思えば下らないが、でもこの時は本気でそう思っていたんだ。卓越した槍の技術を持ち、剣も弓も魔法までも一流の腕を持つパパ。しかも薬草学や語学にも長けていて、もう何百年も生きてきた老練なドルイドを連想させるようなパパ。だから。
「人間じゃなかったら、ずっと一緒にいられるから。パパが死ぬのを見なくていいから…………」
世迷言だ。風邪をひいたとき、頭がボゥっとしているからこそのうわ言だ。そんなものパパだってよく分かっているだろうに。
「ああ、心配するな。俺はキティをおいて死にゃしないさ」
だから、そんな優しい嘘をつかなくていいのに。嬉しいから、そんな嘘に縋りたくなるから。
「…………うぅん。やっぱりいい…………」
「そりゃどうしてまた」
困った顔をするパパに、私はその時できる精一杯の笑みを浮かべた。
「だって、人間じゃないのはつらいもの」
きっとそれはボロボロの笑みだったけれど、それでもパパは私に笑い返してくれる。
「そうだな、人間じゃないのはつらいからな」
パパの言葉に軽く頷いて、私はうわ言を続ける。
「うん。だからパパは人間がいい。それでね、ちゃんとお墓作ってあげるから、私が作ってあげるから、毎年お参りにいってあげるから」
「ほう、そりゃ楽しみだ」
ああ、そう言えばパパのお墓はうやむやで作ってなかったな。呪いが解けたらパパと出会ったあの場所にでもお墓を作りに行こう。
「その時は私はもの凄い綺麗になってるんだから。私がお墓参りにきても、きっとパパは誰だかわからないよ」
「バーカ、俺がお前を見間違えるかよ」
これも戯言。吸血鬼の私は変わらない、例え千の年月が過ぎても体は十歳のまま。
「でもね、パパが生きていても死んじゃっても、絶対に変わらない事が一つあるんだ」
「…………なんじゃ、そりゃ?」
風邪ひきの、回らない頭のままで。まだ、今もまだあの時と変わっていない感情を言う。これだけは確かに今も変わっていない。あの時言った言葉の中で、唯一的を得ていた言葉。
――――私はね、パパの事はずっと大好きなんだ――――
穏やかな目覚め、静かに目を開く。
「…………」
複雑な気分だった。が、一つの大切な約束を思い出した。そうだ、ランサーのお墓を作りに行かなくては。
「しかしまあ、我が事ながらロマンチストというかなんというか」
今、あんなセリフを目の前で聞いたら死ぬほど爆笑する自信がある。絶対に変わらないものなどないと長い人生の間に思い知らされた。ランサーへの想いも例外ではない。確かにランサーの事は今でも大好きだが、昔の大好きとは趣が異なっている。永い年月が経ち、その想いはまぎれもなく薄まっていった。だがしかし、薄くなった分、淡く輝いたのも事実。どちらの方がいいかと問われれば、答えなんて出せるはずもない。ただそういうものだと割り切るしかない。
だからこそあの時の自分の言葉を否定する気が起きないのだから、そこまでいくと逆に笑えない。
「はっ」
そんな自分の考えこそ自嘲に値する。そうして自らを嘲ってから落ち着いて周囲を見渡し、
「うわっと!?」
ようやくベッドに顔を預けて眠っているネギに気がついた。
「何だこいつか、何でこんなところに。ふん…………殺れと言ってるようなものだな」
「スーー……」
そう憎まれ口を叩くものの、そのあどけない寝顔を見るとその気は全く起きない。それは彼女の想い人の面影を残すからか、それともかつての自分を重ねてみているからなのか。そのうちに体にみなぎる魔力の色にネギのそれが混ざっている事に気がつく。
(ちっ、私の看病をしていたのか………………)
と、ネギはいきなりガバリと体を起して涎を拭く。
「は、しまった寝てた…………!? 大丈夫ですか、エヴァンジェリンさん!」
「ああ、大丈夫だよ」
軽い負い目を覚えたエヴァンジェリンは少しだけ柔らかな目でネギを見ながら話を続ける。
「今日のところは見逃してやる。カゼは治ったからさっさと帰れよ」
「あ、はい…………」
どこか優しい雰囲気のエヴァンジェリンにネギも戸惑いを隠せないようだった。
「そ、そうですね。じゃあ今日はこれで……。
果たし状も今日はとりあえずしまっておきますね。で、では」
「ん…………?」
エヴァンジェリンは妙にあたふたとしたネギにどこか違和感を覚える。そしてそそくさと去っていくネギの後ろ姿を見てようやくその違和感に気がついた。
「…………オイ貴様、何故寝ながら杖を握っていたんだ?」
ぎくっと体をこわばらせるネギ。疑う余地はどこにもなかった。
「まさか、きさま、私の夢を………………?」
区切る声が無茶苦茶怖い。
「何を見た!? どこまで見たんだ、言え貴様ーーッ!!」
「べ、別に何も…………」
「嘘をつけーーッ。き、貴様らは親子揃って……殺す! やっぱり今殺すーーッ!!!」
「うひぃーーっ」
当然ブチ切れるエヴァンジェリン。というか、これはもう仕方ない。そしてガァーと吼えるエヴァンジェリンから逃れる為に脱兎のごとくエヴァンジェリン宅から離脱するネギ。
そして残されたエヴァンジェリンはと言えば、ベッドに横になっていたことが災いして初動が大幅に遅れてしまう。次の瞬間にはすでに二階からネギの姿は消えており、悪戯坊主を追う気力は無くなっていた。そしてすぐに玄関が開く音が聞こえ、足音が高速で遠ざかっていく。
「あのガキ、明日になったら万倍にして返してやる…………ッ!」
見てる方が怖くなる形相と声でそうごちるエヴァンジェリン。そしてその直後、もう一度玄関が開く音が聞こえる。
「ん?」
エヴァンジェリンはいぶかしむが、足音は迷いなく階段を上がり彼女の目の前までやってくる。
「なんだ、茶々丸か。お前は私とボーヤを置いてどこにいっていた?」
「薬を受け取りに。しかしネギ先生のおかげで元気になったようなので、これはいらなかったようですね」
「ボーヤのせ、い、で、だ!」
微妙な語彙の齟齬に首を傾げる茶々丸。そしてそう言ってから忌々しそうに顔を歪めるエヴァンジェリン。
「しかしボーヤに一つ借りを作ってのは間違いないな。…………仕方ない、明日から授業にくらいは出てやるか」
「よろしいので、マスター?」
そう問う茶々丸にニヤリと悪い笑みを返すエヴァンジェリン。
「構わんさ、どうせ登校するのも明日までだ。ならば最後の授業くらいは出てもバチは当たらんだろう?」
「マスターがそうおっしゃるなら私は構いませんが」
「それより茶々丸、明日が正念場だ。停電時にうまく乗じてシステムダウンをしないと学校側に喧嘩を売ることになる」
「それでも高確率で私が勝利するという予想がなされていますが」
「それでもだ。喧嘩を売ればジジイも応戦せざるを得んだろうし、そうなると魔法先生や魔法生徒たちがわらわらと出てくることになる。そいつら相手に消耗してからタカミチやジジイと相手をすると、負けはしないまでもボーヤに学園外に逃げられる危険性が出てくる。お前とていつまでも学園結界を落とし続けてられる訳ではないだろう。麻帆良もジジイもタカミチも本国にとってはかけがえのない宝だ。そこに私という要素が絡むと全世界がなりふり構わず攻めてくるぞ。そうなったら流石に勝ち目は薄い」
勝ち目が無いと言わない辺りが真にエヴァンジェリンらしい。
「…………分かりました」
神妙に頷く従者に対して、闇の福音はニヤァと恐ろしげに笑った。
翌日、3―Aの授業に訪れたネギは上の空だった。その原因はと言えばもちろんエヴァンジェリンの事。
(――う~ん。昨日、あの後エヴァンジェリンさんの風邪、大丈夫だったのかな?)
しかしその頭の中からは夢を覗いた事がばれたあげくに追い出されるよう逃げ帰った事は飛んでいるようだ。実にうらやましい記憶構造をしている。
「あ♪ 来た来た」
「起立ーーっ」
しかし生徒たちにそんなネギの内情を知るはずもない。彼女たちは彼女たちの変わらない日常を回していく。
「礼!」
「あ、どーもー。英語の授業を始めまーす」
そう言うネギだが、やはりどこか上の空。教科書は開いているが、視線は天井。別の事を考えているのは丸わかりだ。
(でも昔、ほんとにサウザンドマスターはあんなだったのかなぁ。エヴァンジェリンさんに詳しく聞ければいいんだけど……無理だよなあ…………)
思考は更に深く、その後にエヴァンジェリンが見た夢へ。
(それにあの人、エヴァンジェリンさんのお父さん、何年前の話か分からないけど、やっぱりエヴァンジェリンさんのお父さんも死んじゃってるんだよね。
…………でも、やっぱりエヴァンジェリンさんは根はひどい人なんかじゃないよね)
それがどこか嬉しくてエヘヘと笑うネギ。生徒たちがややひいている事には気がつかない。と、そこでネギは教室の奥で見慣れない金色を見つけた。
「――ん?
う、うわあっ! エ、エヴァンジェリンさん~~!?」
ごくごく当然のように座っている真祖の吸血鬼、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。まあ彼女は実年齢はともかくとして、ちゃんと麻帆良中学に在籍している学生であるからして当然のように座るとは文字通りに当然であるのだが。
そんな彼女に対して全力でテンパる子供先生。
「な、何ですか!? 果たし状のコトなら今はダメですよっ!! 放課後ならいつでも…………」
「ネ、ネギ先生。どうなさったんですの?」
「落ち着きなって。何わからんことを…………」
が、他の生徒は当然訳が分からない。突然取り乱していつも背負っている棒を振り回すネギに冷や汗を流すのみだ。そんなネギを冷ややかに見ながら事態を把握しているエヴァンジェリンは淡々とした口調で話しかける。
「…………昨日、世話になったからな。授業くらいは受けてやろうと思っただけだ。どーせ校内にはいるんだし」
「え、あ…………そーなんですか!?」
それをとてもいい意味に受け取ったネギの顔は急激に明るくなる。
「ほんとですか、ありがとうございますっ。わ~~っ、嬉しいなー。
か、風邪はも―大丈夫なんですか!?」
「…………ああ、まあな」
うざい……。そう小声で付け加えるエヴァンジェリン。ちなみに周りの生徒たちはそんな会話を聞いてヒソヒソと今でっちあげた噂話を流しはじめている。そんな中で特にどんどんと形相が般若に近づいてくるアヤカの顔が必見だった。
(そっか、よかったー。あれから考え直してくれたのかなー。やっぱり勇気を出してぶつかっていって良かったー)
そしてそんな教室内に全く注意を払っていないネギは上機嫌極まりない表情になって授業を進めていく。
「えーと、じゃあテキストのP,31から始めます。もー僕が読んじゃおうかな。
It is so use crying over spilt milk~♪」
「ネギ君、ご機嫌だねー♪」
教室内から茶々が入っても笑顔を崩さないネギ。そんな教室の中を厳しい視線で見ている者が一人。
「…………」
「どした士郎、難しい顔してうんこでも我慢してるのか?」
「忠夫、お前な…………」
とてつもなく緊張感のない言葉に、士郎が一気に脱力した。
「ま、それは冗談としてマジでなんかあったのか?」
「本当に冗談だったのか?」
半眼で睨む士郎だったが、それを受ける横島の顔は真剣。それを見て士郎は表情を引き締めた。
「いやな、覆水盆に返らずか。暗示的だと思ってな」
「フクスイボンニカエラズ?」
至極真面目な顔で聞き返す横島。
「…………」
「…………」
もちろんそれに答え返す気力は士郎には無い。
「とにかく、油断するなってことだ。嫌な予感がしてならない」
そう言って視線をエヴァンジェリンに移す士郎。
(確か今日は大停電の日だったな。動くとしたら今日か…………? それとも昨日中に準備は終わり、次の満月に動くのか?)
覆水盆に返らず。コトが起こってから後悔してももう遅い。ならばと士郎は横島に囁き声を送る。
「忠夫。今夜、中学女子寮を強く警戒しておくべきかもしれない」
「今夜、女子寮だな? OKだ、万事俺に任せておけ!!!!」
「…………」
とてつもなく生き生きとした横島を見て、早速大きな後悔をした士郎だった。
放課後、ネギはアスナとカモと一緒に下校する。
「でもよかったなあー。エヴァンジェリンさんが教室に戻ってきてくれて。
それもこれもアスナさんやカモ君、士郎さんや横島先生やおキヌさん、それに長瀬さんのおかげですよ」
上機嫌でそんなことを話すネギに対して首を傾げるアスナ。
「ん? 楓ちゃんが何かやったの?」
「あ、いえ。別に…………」
で、とっさに否定してしまったネギ。だがアスナもそれ以上は突っ込まずにニッコリと笑う。
「まあいいわ。これでもうあの訳のわからない契約とかに付き合わされることはなさそーね」
「あ、姐さん! 訳が分からないとはなんすか?」
軽い気持ちで言ったアスナだったが、受け取ったネギの顔は想像以上に重い物だった。ちなみにカモは全力でスルーである。
「…………は、はい。こないだはあんなこと頼んですいませんでした、アスナさん」
「ん?」
「でも、もう大丈夫ですよ。また何かあっても、今度はアスナさんや他のみんなには絶対迷惑をかけませんから安心してください」
「え…………あ、そう?」
「…………」
ちょっと場違いなくらいの覚悟にアスナは引き気味だし、カモも軽く冷や汗を流している。と、
「ああ、ここにいたのかネギ君たち」
「もー。あっちこっち探したんですよっ」
「あ。おキヌちゃん、横島先生」
協力者である横島とおキヌが現れた。そしてそんな彼らに向かって頭を下げるネギ。
「お二人共、今回の件は本当にありがとうございます。おかげでエヴァンジェリンさんもちゃんと授業に出てくれるようになりましたし、これで一件落着です」
その言葉に顔を見合わせる二人。
「一件…………」
「…………落着?」
「? まだ何かあるの?」
様子のおかしい二人に代表してアスナが問う。そしてまず口を開いたのは横島、次いでおキヌ。
「いやな、士郎からの伝言なんだが。今夜、女子寮で何かが起こる可能性があるそうだ」
「ええ。それに私たちも霊感に変な感覚が。今日じゃないかも知れませんが」
――――まだ、何も終わってませんよ。
おキヌの言葉が不気味に響く。
「ちょっと、それ…………」
「大丈夫です」
アスナの言葉を遮ってのネギの言葉。その強さに思わず全員が黙り込む。
「もし何かあっても」
――――僕がなんとかしますから。
それは、おキヌの言葉に劣らない不気味さがあった。どこか、とは分からない。とても危険な香りのする言葉。
「みなさんは安心して休んでいて下さい。きっと、大丈夫ですので」
そう言って一礼すると、ネギは一人で歩きだした。それを他の人間は呆然と見送る。
「…………ネギ先生、今の言葉、自分が一番信じてないみたいだった」
「どういうこと?」
まず最初に立ち直ったのはおキヌ。そしてその言葉を聞き返したのはアスナで、更にそれに答えたのは横島。
「何か起こるって自分が一番よく分かってるんだろ。俺達は予感だが、ネギは確信があるのかもな」
「って、それでも俺っち達に助けを求めないってことは…………」
「ええ。全部独りでやる気みたいですね」
カモの質問に重い口調で答えたのはおキヌ。その言葉に更なる大声をあげるカモ。
「そんなの無茶っすよ! このタイミングで何かあるっていったらエヴァンジェリン以外に有り得ないじゃないっすか!? いや、そんなの無茶じゃない、無謀っすよ!!」
「よねぇ…………」
冷静に答えたのは意外にもアスナ。そして彼女はカモに向き直ると、真剣な顔と口調で言葉を投げかけた。
「よし、アンタ、寮に戻ったらずっとネギについてなさい」
「へ?」
「どーせあの馬鹿、助けを求めようとしないでしょ。私たちの誰でもネギの奴についていくのは不自然だけど、アンタだけはネギについていても不自然じゃない。それでなんかあったら、私たちの誰でもいいから連絡を取りなさい」
バカがまともな事をなぜこんなに頭よさそうに聞こえるのだろうか。アスナの言葉に横島もおキヌもカモも否はないようで、ゆっくりと頷く。ついでに横島が一言付け加えた。
「一応、士郎の奴にも伝えておくよ」
ゴオオオオォォォォォ…………――
湿気を多く含んだ重い風が哭く。
「嫌な……風ですね」
空を見上げておキヌが呟くと、みんなが空を見上げる。疾く動く雲はそれでも空を覆い隠す程ではない。
今夜は月が朧に見えそうだった。
夜、お世辞にもいい天気とは言えない麻帆良学園に、無機質な校内放送が響く。
『――こちらは放送部です…………。これより、学園内は停電となります。学園生徒のみなさんは極力外出を控えるようにしてくださ……』
中途半端に放送が止まる。そして湿った風が一度轟音をたてて流れた後、時計は8時を指す。
瞬間、人間の力の象徴である電気が消えた。そして世界を照らすのは星と月、すなわち魔の時間が始まる。これから世界を闊歩するのは魔法と魔物。
今は8時、停電復旧は12時。永い4時間が始まる。