理不尽な喜劇が始まる。
見回りの為に夜の寮を歩くネギとその肩に乗っているカモ。ネギは停電が少し怖いのかガチガチだし、カモは停電になったとたんに顔を引きつらせている。
「う~~ん。まっ暗な寮ってなかなか怖いねー、カモ君」
「むむむ……」
気軽な言葉に返される言葉はない。それを不審に思ったネギは肩に乗る小さな従者を見やって首を傾げる。
「どうかした? カモ君」
「兄貴!! 何か異様な魔力を感じねーか!? 停電になった瞬間現れやがった!!」
「えっ…………何か魔物でも来たの?」
眉をひそめながら言うネギ。カモはほぼ確信しながらも口を開く。
「分からねぇけどかなりの大物だ。まさかエヴァンジェリンの奴じゃ…………」
「ええっ!? そんなまさか、彼女はもう更生して…………」
そんなネギに対して根気強く、しかしどこかイラだった口調で言葉をぶつけるカモ。
「だから兄貴は甘いんだって。そんな簡単に奴があきらめるハズないだろ!」
そのカモの言葉が終ったとたん、
Piririri!
「「!!」」
思わず二人同時に飛び上がった。
「って、僕の携帯だ」
「…………驚かさないでくれよ」
そして胸を撫で下ろす。そして変わらずに喚く小さな機械をポケットから取り出し、ディスプレイに表示された名前を見る。
「士郎さんだ」
「衛宮の兄貴ですか?」
そう言ってから通話スイッチを入れる。
「もしも――」
「聞こえるか、ネギ君! 停電したとたんに膨大な魔力を女子中学生寮、大浴場から感じた! どういった訳かは分からないが、たぶんエヴァンジェリンが停電とともに復活したんだ。
私はすぐに大浴場に向かう、ネギ君もならべく早く来てくれ!!」
よほど慌てていたのか、それだけを音声に変えると通話が切れてしまう。あまりの事に一瞬だけ放心状態になるネギ。そんななかでもカモは素早く頭を回していた。
(衛宮の兄貴がネギの兄貴を呼ぶってことは……相当状況が切羽つまってやがるのか!? つーことは横島の兄貴にも連絡がいっているはずだし、連鎖的におキヌの嬢ちゃん、アスナの姐さんにも連絡がいってるはずだよな?)
つまりもうこれは総力戦だ、士郎がネギを巻き込む程の。ここまできたら覚悟を決めるしかない。
「兄貴、いつまでも呆けてる場合じゃないぜ」
その言葉に我に返るネギ。本当の事を言えば、横島の予想に反して何か起きるという言葉を一番信じていないのはネギだった。エヴァンジェリンは本当に更生したと本気でネギは信じていた。だからこそ士郎の電話を冷静に受け止める事は出来なかった。
「そんな、エヴァンジェリンが? それに……士郎さんを巻き込んじゃうなんて…………」
「そんな事を言っている場合じゃねぇって兄貴! つーかこの場合、巻き込んだのは衛宮の兄貴じゃねーか。ネギの兄貴が負い目に思うことなんて何もないぜ? それよか早くいかないと衛宮の兄貴が一人で戦うことになっちまう!! 衛宮の兄貴はネギの兄貴に助けを求めたんだろう? ならそれに応えるのが男ってものじゃねぇか!」
ネギを影から見守ると言っていた士郎がネギを戦場に引っ張り出そうというのだ。本当に切羽詰まった状況なのだろう。カモの頭はそんな答えを容易に導く。
「…………よし、行こう! カモ君、肩に乗って」
「そう来なくっちゃ、兄貴!」
ネギの頭に一瞬、対エヴァンジェリン用に準備した骨董魔法具(アンティーク)の存在が頭によぎるが、士郎の言葉がそれを打ち消す。ならべく早く来てくれというのにもたもたと準備をしていて遅れてしまったら目も当てられない。装備は諦めて身一つで戦場に向かう決意を固める。
「準備はいい、カモ君?」
「いつでも大丈夫でさ!」
そして杖に跨ったネギは出来る限りの速度で大浴場へ向かう。車並みのスピードが出る杖はあっという間にネギとカモを大浴場まで運んだ。
「士郎さん!」
「衛宮の兄貴、どこだ!?」
大浴場についた瞬間に大声をあげる二人。エヴァンジェリンに見つかる危険性は十分に考慮していたが、闇の中で彼女に襲われる方が恐ろしく、仲間との合流を優先した結果だった。
そして彼らの言葉に呼応するようにスポットライトが点灯し、6人の姿を浮かびあげる。それは大河内アキラ、佐々木まき絵、絡繰茶々丸、明石裕奈、和泉亜子、そして見知らぬ美女。なぜか見知らぬ美女以外はメイド服を着ていたのだが、そこはまあこの状況において大した問題ではないだろう。それよりも重要な事にカモが気づく。
「!! 兄貴、あの嬢ちゃん達ぁ半吸血鬼してやがる。エヴァンジェリンの奴に血を吸われたに違いねぇ!」
「!」
その言葉に驚きの表情を作るネギ。そして真ん中にいる美女が愉快そうに声をあげた。
「正解だよ。なんだ、なかなかいい助言者を見つけたじゃないか。それにここに来るまでも随分と速かった」
そんな女性に目を見開くネギ。
「あ、あなたは…………!?」
「フ……」
その驚愕具合に、満足そうに笑う美女。が、
「ど、どなたですか!?」
「おいおい、兄貴…………」
続いた言葉にスッテーンっと転んでしまった。呆れたカモの言葉が浴場を反響する。
「私だ、私ーーーーッ」
仕方なく幻術を解いて自分を指さす美女、もといエヴァンジェリン。
「あーーーーッ」
そこでようやくネギも美女の正体に気がついた。というか、幻術を解いて気がつかなかったらそれはそれで大問題である。それはさておき、話を進めるエヴァンジェリン。フフッっと余裕の笑みを浮かべてネギを見下ろす。
「満月の前で悪いが、今夜ここで決着をつけて坊やの血を存分に吸わせてもらうよ」
「わかりました…………。でもそうはさせませんよ。今日は僕が勝って悪いコトするのはやめてもらいます」
そう言いながら辺りをキョロキョロと見回すネギ。そんなネギを見てますます笑みを深めるエヴァンジェリン。
「戦いが始まるというのによそ見とは余裕だな、ボーヤ。それとも…………」
パチンと指を鳴らすエヴァンジェリン。それに反応したかの様に物陰から士郎が姿を現した。
「衛宮先生を探していたのかな? 頼りになるお兄ちゃんを」
そのまま士郎はエヴァンジェリンを守るように彼女の後ろに立つ。
「…………士郎さん?」
明らかに様子のおかしい士郎にネギの表情が曇る。よくよく士郎を見つめてみれば彼はいつもの格好とはかけ離れており、なんか妙に似合うタキシード。その目はどこか虚ろで、口元には小さいが確実に自己主張をする白いキバが…………
「っ!!」
「気がついたか、ボーヤ?」
愉悦の笑みを浮かべたままエヴァンジェリンはもう一度パチンと指を鳴らす。
「聞こえるか、ネギ君! 停電したとたんに膨大な魔力を女子中学生寮、大浴場から感じた! どういった訳かは分からないが、たぶんエヴァンジェリンが停電とともに復活したんだ。
私はすぐに大浴場に向かう、ネギ君もならべく早く来てくれ!!」
「あ、あっ…………」
虚ろな瞳のままの士郎から出された言葉は先ほど携帯から聞こえた声と全く同じで。ネギは顔面蒼白になりながらうめく事しか出来ない。
「真祖に血を吸われたら操り人形だ。しかし衛宮の兄貴ほどの人間がなぜそう簡単に…………」
呆然としているのはカモも同じ。そしてそのうめきながらの問いに対して嬉しそうにタネあかしをするエヴァンジェリン。
「血を吸ってみて初めて分かったのだが、衛宮先生は異様に暗示やそれに類する魔法に対する抵抗力が低くてな、まるで一般人並みだ。
普段はアーティファクトでその弱点を補っているようだが、ある夜に無鉄砲な子供先生のピンチに気がついた衛宮先生はアーティファクトを身にまとっていないにも拘わらずに真祖の吸血鬼にその血を捧げた。子供先生の身代わりになってな。
まあ、すぐに吸血鬼の魔力を流してしまえば話は早かったのだろうが、その真祖は下らない理由により力が封印されていた。あまりに色の薄い魔力は衛宮先生の強すぎる魔力に溶け込み、衛宮先生は己を蝕む毒に気がつかなかった」
妖しく唇を歪めながらもエヴァンジェリンは指先で士郎の頬をなぞる。そしてそれにいっさいの反応を返さない士郎。
「後は御覧の通り、哀れ一般人並みの抵抗力しか持たない衛宮先生は吸血鬼の操り人形という訳だ」
虚ろな瞳のまま、士郎は跪いてエヴァンジェリンの頬に優しくキスをする。そして舌を出したまま、つつつぅと首まで妖艶に蛞蝓を這わせて、やがて肩を汚し、腕を通り過ぎて。エヴァの手の甲に、まるで中世の騎士の様に口付けをする。
その妖しすぎる雰囲気にくらくらとしながらも、ネギは絶望の意識を手放さなかった。
「じゃあ士郎さんがこんな事になっているのは…………」
「そう、ボーヤのせいだよ」
ガンッ! と罪悪感が見えない金槌になってネギの頭を強打する。
「僕の…………せいで…………」
「そーだ、ボーヤのせいで衛宮先生は今こうなっているのだ。だが、おとなしくぼーやの血を私に吸わせるのならば衛宮先生はもちろん、私の同級生にもなんら危害を加えない事を約束しよう。
どうだ、悪い取引ではあるまい?」
ニヤリと心の中で悪魔の笑みを浮かべながら、表向きも悪魔の笑みで取引をもちかけるエヴァンジェリン。
こういった取引はネギをはじめとした、いわゆる悪い魔法使いでない偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)を目指す者達には極めて有効な手段なのだ。タカミチをはじめとした偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)クラスの魔法使いにはこの手の取引は通用しない。エヴァンジェリンを解き放つことによる被害があまりに大きすぎると論理的に理解出来るから、何を引き替えにしてもエヴァンジェリンを解放する事をよしとしないであろう。
だが、偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)に過剰な期待と夢を持っているものは違う。自分の間違えをつきつけられるとその重さに耐えられる強さがないのだ。そして他人どころか自分を守る力もロクにないくせに、自分を犠牲にしてまで他人を守ろうとする吐き気をもよおすまでに歪んで綺麗な想い。そういったモノを持つ者は自己犠牲に悲劇の主人公じみた憧憬を持つ。
そして今回エヴァンジェリンはその弱点とも言える歪みを正しくついた。ネギが犯した過ちを容赦なくつきつけ、ネギを罪悪感に溺れさせる。巻き込んでしまったという罪悪感、それに加えて兄の様に慕っていた人間を敵に回す苦痛、勝ち目のない戦いに対する絶望。そして最後にそれらを全てひっくり返し、自分が犠牲になれば全てが丸く収まるといった免罪符。もしここで逃げるといった最良の選択肢を選べれば大したものだが、どうなるか分からない人質を取られている以上はまだ人の命を犠牲にするといった心構えが出来ていない上に、逃げることがかっこ悪いというイメージがあるネギにそんな選択肢が選べる訳もない。正に退くも勇気という言葉があるが、ネギには退く勇気はない。
最強の魔法使いが用意したワナは歴戦の戦士すら屈する巧妙なもの。それに乗り越えろといった方が酷かも知れない。
「わ、分かりました。その要求、」
ドガシャーン!
飲みます。そのネギの最後の言葉は豪快な物音にかき消された。原因は探るまでもなく目の前から天井と共に落ちてきた1人の男と2人の女。
「よ~こ~し~ま~さぁ~ん?」
幽鬼のごとき表情を浮かべて、霊包丁シメサバ丸を構えるおキヌ。
「か、堪忍や~。仕方がなかったんや~。だって士郎に女子寮を監視するように言われてたし!」
「だからといって大浴場のみを監視する人がありますか!」
こめつきバッタの様にぴょこぴょこと何度も土下座をする横島。
「さて、6銭は持ちましたね? では死んでください」
そして表情を変えぬままに手袋をはめるバゼット。
「あ、あのー。皆さん? なぜここに?」
突然の訪問者にネギとエヴァンジェリンが持った疑問。それをネギが問いかけて、まず真っ先に横島が反応した。
「おお、聞いてくれるかネギ! 士郎に女子寮を見張るように言われてて、運動部に所属する4人組が停電になっても部屋に帰ってこないから、大浴場で百合な事をしているのではないかと心配になってな! やはり女の子と女の子なんて不健全だと思うのだよ、燃えるけどなっ!
だからのぼせていないかどうか確かめに来たんやけど、なんかおキヌちゃんとバゼットさんに追いかけられるんや、助けてくれネギ!」
本音と建て前のダメな使い分けをしつつ横島は涙を流しながら自爆する。というか、10歳の男の子に本気で助けを求めるのは、なんというか、論外だ。
「じゃあなんで懐にカメラを隠し持っているんですか…………」
「そもそもなんで男子教員寮にいつつ4人が部屋に帰っていないとか、あまつさえ大浴場にいるとか分かるのですか…………」
ネギは女性2人の冷静なツッコミを聞き流しつつ、今度はバゼットに問いかける。
「横島さんの理由はとてもよく分かりましたけど、ではバゼットさんは?」
「爆発的な魔力の奔流を感じましたから様子を探りにきたのですが、女子寮の前であからさまに怪しい人物を発見いたしまして。後をつけたらこの通りです」
すこぶる冷たい目で横島を見るバゼット。それを華麗に無視して、ネギは最後におキヌを見る。
「では、おキヌさんはなぜ大浴場に?」
「女の勘で。と言いなますか、いつもの横島さんの行動を見て」
言い切った。こちらもとてつもなく冷たい視線を横島に送る。
「ううう、ホンマ、ホンマなんや、士郎に注意しろって言われたのは…………」
「いえ、本当でも結果は全く変わらないと思うんですけど」
現状を忘れたネギは、律儀にも冷や汗混じりにそう突っ込みを入れる。
「さて、それはともかくとして今はおいておきましょう。ミスタ横島の話はまた後々にするとして…………」
「あ、忘れてくれる訳じゃないスね」
丁寧にカモが通訳するも、それは横島にすらスルーされた。そしてバゼットを始めとした一同の視線は士郎の元へ。
「…………不覚を取りましたね、ミスタ衛宮」
「…………」
士郎は答えない。虚ろな瞳でどこでもない所に視点を合わせるのみ。その手にはいつの間にか白黒の陰陽剣が握られていた。
「…………」
対立するその構図を見ながら、エヴァンジェリンは不適な笑みを浮かべてネギへと問いかける。
「さて、先の問いは未だ答えを貰っていなかったな。ではそろそろ答えを貰おうか、ネギ・スプリングフィールド。
私に貴様の血を、このふざけた呪いを解く程によこすならばこれ以上誰も傷つくことはないだろう。さて、答えは?」
その言葉にハッとなるネギ。
(そうだ、僕がエヴァンジェリンさんに血をあげれば誰も傷つかないんだ)
そう。確かにバゼットや横島、おキヌが助けに来てくれたのは本当に嬉しい。だがこれは本来彼らには関係の無い話なのだ。だからネギの為に彼らが傷つく事なんてあってはならない。
その思考に至ったネギが口を開く。
「なーに悩んでるんだよ、ネギ坊主」
――前に。横島が男らしい顔をして空気を震わせた。
「答えるまでもないじゃねーか、はっきりいってやれよ」
「よ、横島さん。でも僕は…………」
どこまでも力強く笑う横島にネギの決心が揺らぐ。死ぬ程の血を取られる。死。それが怖くないはずがない。縋りたいけど縋ってはいけないという矛盾した思考。けれども横島はそれを見透かし、下らない話だといった風情で笑う、笑って言う。
「それで話が済むなら万々歳じゃねぇか。ホラ、とっとと入って来い! だって痛いのとかイヤだしっ!」
――――とっても最低な一言を。この言葉を予想できた人間はおらず、とにかく全員の目が点になる。
「バカかぁーー!?」
「ぽげらっ!!」
そして炸裂するバゼットの左ストレート。この戦いのオープニングパンチはバゼットから横島への左ストレート。なんか色々と間違っている。
それはともかくとして、バゼットは赤く沈んだ横島をグリグリと踏みつける。
「本物のバカですかあなたはっ!? どこどう選択したらその結果に辿り着けるのですかっ!!」
「あ、あああああぁ~! なんか新しい世界への扉が開けそうっ!」
ずささささっ。
悦に入った横島の笑みを見て流石のバゼットも思いっきりひく。物理的にも心情的にも。そして汚物以下の物を見る目で横島を見てからエヴァンジェリンに向き直る。
「答えるまでもない、エヴァンジェリン・A・K・マグダウェル。私の仕事は貴様のような者共から学園内の者を守る事だ。そこに交渉の余地なぞ残るはずがないだろう?」
格好も言っている事も横島よりずっと男らしく言うバゼット。
「漢だよ、この姐さん、本物の漢だよっ!」
「私は女だぁ!!」
「ぐべぇ!!」
そしてまた一匹が血に沈む。本当に同士討ちが多いチームだ。いや、この場合はチームというより人間というべきか。
(…………このまま放っておけば、バゼット・フラガ・マクレミッツが全員ブチ倒しそうだな)
血に沈む横島とカモ、そして息を荒げているバゼットを見て暢気にそう考えるエヴァンジェリン。実際、ネギの考えが手に取るように分かっていたエヴァンジェリンにしてみれば、もう少し黙っていたらネギも血の海に沈みそうな雰囲気がある。そうすれば半分以上が戦いの前にバゼットに倒される事となる。この女はネギを助けに来たのか倒しに来たのか。
そういう訳で静観を決め込んだエヴァンジェリン。そして次に動いたのはおキヌで、彼女は静かにネギに近づいていった。
「ネギ先生…………もしかして『僕が犠牲になればそれでいいんだ』とか思ってません?」
正鵠を射た言葉にネギの体がギクリと強張る。やっぱりとため息を吐くおキヌと目が怪しく光るバゼット。
「ほぅ……詳しく話を聞いても構いませんか、ネギ先生?」
「ちょっとバゼットさんは黙ってて下さい」
ネギまで被害者にしてはたまらないと強めの視線でバゼットを射抜き、彼女とネギの間に立ちふさがるおキヌ。…………ネギとエヴァンジェリンの間がノーマークなのはいいのだろうか?
それはともかくとして、静かにネギに向き直るおキヌ。彼女は腰を下げてネギに視線を合わせる。
「あのですね、ネギ先生。それじゃあ私たちの気持ちはどうなるんですか? 私たちはエヴァンジェリンさんと戦う事を覚悟してネギ先生に協力していたんですよ?」
おキヌのそれは決してネギを責め立てる口調ではない。孤児の世話が小さい頃からの仕事の一つであった彼女は、生来の気質も相まって言葉一つ取っても他の誰にも真似出来ない優しさを含んでいた。
「だから、今エヴァンジェリンさんと戦ってもネギを恨む人なんて居ません。もしここでネギ先生一人が犠牲になったりしても、私たちの誰も喜びませんよ?」
諭されるネギ。その瞳は動揺と困惑に揺れている。
「で、でも横島さんは戦うのはイヤだって」
「大丈夫。横島さんは少しだけ臆病だから逃げたがりだけど、最後は絶対に助けてくれる。
本当に……悲しいくらいに優しい人なんだから」
「…………」
「…………仕方ねぇな、一つ本気を出してみるか」
複雑そうな表情を見せるおキヌと、沈黙するネギと誰にも聞こえない声で呟く横島。こんなことを言われて逃げることは、流石に出来ない。無意識に黒いおキヌである。そしてネギはと言えば必死で別の理由を探す。なぜなら彼はどんな理由があろうとも、自分が原因で人が傷つく事を許せない人間だから。
「でも、でも士郎さんは…………」
「衛宮先生だって同じよ。吸血鬼を相手にする以上は操られる事は十分考えられる事だし、そもそも衛宮先生はネギ先生を犠牲にしてまでケガをしたくないと思う人かしら?」
「…………」
「…………」
今度の沈黙もネギとカモ。カモの脳裏によみがえるのは林からの帰り道、ネギより後には死なないと言った剛い背中。そしてとうとう黙ってしまうネギ。しかしその顔は納得している風ではなく、むしろ憮然としている。自分の気持ちは納得していないのに論理的に封殺されてしまった為に不満です。そんな声が聞こえてくるような顔だった。おキヌはここが正念場だといっそうの笑顔を浮かべて笑いかける。
「じゃあさ、ネギ先生。もしエヴァンジェリンさんの狙いが私で、私の血を差し出せば逃がしてくれるって言った時。私が犠牲になるから逃げてっていう言葉を聞いてくれる?」
「聞けるはずなんてありませんっ!!」
キーンと即返答されたネギの大声が浴場に響く。意識があるものは思わず耳を押さえるが、おキヌは耳を塞がず笑顔も曇らないままネギに微笑み続ける。
「ホラ、ね。許せないでしょう? だから私たちも許せない。絶対に一人にさせないんだから」
「でも、これは僕が原因で…………」
「じゃあ次に私たちが原因で大変な事が起こったときにネギ先生が手をかしてくれればいいわ。それならいいでしょう?」
それでもまだ迷う。頑固な少年は生徒である少女の言葉に頷く事は出来ない。しかしおキヌは決してその笑みをかげらせる事無く、代わりにハッキリと宣言した。
「だからね、イヤだって言ってもダメなんだから。私たちは私たちの意志で、エヴァンジェリンさんと戦う」
そこで初めておキヌはネギから視線をずらし、エヴァンジェリンさんを見据えた。薄ら笑いを浮かべたままで視線を受け止める彼女は、余裕たっぷりにその決意までもを受け止める。
「なかなかに立派な演説だったぞ。その決意の通り、痛い目を見ていくがいい!」
その言葉を合図にして、吸血鬼の操り人形となった5人が同時に駆けた。士郎は正面からおキヌに肉薄し、他の4人は取り囲むように両翼へと広がりを見せる。そしておキヌへと接近した士郎は、虚ろな顔を変化させる事なく左手を振りあげて、
「ふっ!」
その手首を見事な一撃で弾かれた。彼を相手取ったのは言うまでもなく男装の麗人、バゼット。
「安心しなさい、ミスタ衛宮。ネギ少年を守るというあなたの信念が折れるよう前に、しっかりと息の根を止めてあげましょう!」
「ちょっと待って、バゼットさん!」
さりげなくとんでもない事を言うバゼットに対して大声でストップをかけたのはいつの間にか復活していた横島。彼は両翼に広がってクスクスと笑いながら牽制してくる4人に注意を払いながらも、恐る恐るバゼットに問いかける。
「え~と、息の根を止めるって比喩だよね? 本当に士郎を殺さないよね?」
「殺します」
速攻で即断だった。その言葉に横島とおキヌ、ネギの頭に冷や汗が流れる。ちなみにカモはいつの間にか居なくなっていたり。
「『教師でこちら側で生徒に危害を加えようとしている』ミスタ衛宮に手加減する道理なぞ、私にはありません」
「士郎は操られているのにっ!?」
「それは私が考慮すべき事象では無い」
横島の悲鳴似た叫び声にも淡々と話すバゼット。そして、やや苦渋の混じった口調のバゼットは言葉を続けた。
「第一、ミスタ衛宮に手加減をすればこちらが死ぬ」
ある意味、戦士として最大の賛辞を士郎へと送る。その言葉がきっかけだったのか、それともそれは全く関係なくただ単にじれただけなのか、士郎は右手と共に陰剣を振り降ろした。その剣の側面を拳で叩き、軌道をズラすバゼット。体制が崩れた士郎の側頭へと返す拳は、絶妙のタイミングで割り込んだ陽剣に阻まれた。
後はもうこれの繰り返し。互いに打ち合う直撃必死の攻撃を、十分な力が乗る前に撃ち落として反撃。こんなもの、相手を倒す事に全力を注いでいると言えば聞こえはいいが、実質守りを考えずに相手の灯火を一撃で消しさろうという応酬に他ならない。防御なぞ考えていない二人が未だに無傷なのは、単にお互いの攻撃を一回でも喰らうと死んでしまう為に仕方なしに防御しているから、死んでは相手を殺すことは出来ないから。つまりこの継続する無傷での殺し合いは当然の奇蹟に他ならない。
「…………ぅあ」
漏れ出たそれは本人すら気づかないネギの呻き。初めて見る殺し合いから目が離せない。背中に奔る寒気は、恐怖かそれとも歓喜の表れか。
「横島さん、どうにかしないと!」
「どうにかってどないせいっちゅーねん!」
一方の二人、横島とおキヌは互いに喚き合っていた。生死をかけた戦いは両者とも存分に、嫌という程味わっているおかげでバゼットと士郎がやっている事がどれほど危険な事かは分かっている。このまま放っておけば結末は死、しかも最悪両者の死という事になりかねない。しかしだからと言ってどうすればいいだろうか。彼らも遊んでいる訳ではない、囲みながらクスクス笑っている4人に対して隙を見せないようにしているのだ。恐らくと言うか確実に、彼女たちは隙を見せたら襲いかかって来るだろう。
「大丈夫です」
それを知って、なおおキヌはそう言った。そして懐から取り出したのはネクロマンサーの笛。
「いや、本当に大丈夫か?」
「…………大丈夫です」
今度の返事は少し長めだった。ついでに冷や汗もかいていた。多分に不安が残る返事だったが、かと言ってバゼットたちの方に余裕がある訳でもない。後ろ髪を引かれながら二人の死闘に意識を移す横島。
「横島せんせ♪」
「あーそぼ♪」
瞬間に襲いかかってくる裕奈と亜子。ちなみにアキラとまき絵はおキヌの隙を伺っている。それを見て笛に口をつけるおキヌ。途端、隙を見つけたと言わんだかりに突撃してくる二人。そして、
「きゃん!」
「いたっ!」
「きゃあ!」
「うえっ!?」
アキラと裕奈、まき絵と亜子が正面衝突した。
「なにっ!?」
これに驚いたのがエヴァンジェリンだ。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。4人は操り人形としてまともに機能していない。慌ててラインの再制御を試みるも、アトランダムで不可思議な妨害念気のせいでうまく制御出来ない。
「その笛のせいか」
タイミング的にみてもそれしか有り得ない。忌々しくおキヌをみるエヴァンジェリンに、してやったりと笑い返すおキヌ。
「どうです、これが――」
「おっキヌちゃん!」
「えーい!」
「もーう、このいけずぅ♪」
「あーそぼ♪」
自慢しようと笛から口を離した瞬間、すぐに襲いかかってくる4人。慌てて演奏を再開するとやはりフラフラと酔っ払ったように目的の見えない行動を取る。
「…………ふん」
それでエヴァンジェリンのおキヌに対する興味が失われた。原理はよく分からないとは言え、あの笛を吹いている間は吸血鬼としての支配が狂うらしい。なのに士郎の支配に影響がでない所を見ると、妨害出来る数に限りがあるのか、今すぐに下手に妨害するとバゼットに殺されるとふんだのか。ともかく、彼女たちはただのおまけだ。おまけが理解不能な原理で使用できなくなったとて慌てるエヴァンジェリンではない。
「さて、横島忠夫。それで貴様はどうでるのか?」
次の興味は横島へ。バゼットと士郎が戦い、おキヌが4人を抑えている。今手が空いているのは横島とネギ、エヴァンジェリンと茶々丸。妙に戦いに魅入っているネギよりか、アクションを起こすとしたら横島だろうと観劇気分でエヴァンジェリンは横島を見やった。
「ど、どうするったって…………」
対して横島は昔から最初の指令は美神から出ていため、横島には一拍子の間が空いて考える時間が出来ると弱い。怒濤のごとく展開が進んでいくならば持ち前の順応能力で切り開いていけるものの、事態が硬直してしまうと本来の戦い嫌いの性質が芽を出して身動きが取れなくなってしまうのだ。
「うう…………」
とにかく最優先する事は現在進行形で綱渡りを続けるバゼットと士郎を止める事である。だがしかしどうやって? 4人を無力化してからおキヌと協力する? おキヌにあの二人をどうにか出来ると思えないし、万が一にもおキヌを危険な目に合わせる訳にはいかない。じゃああの二人の間に割って入るか? そんなことをするのは自殺志願者くらいだ。それでは真っ先にエヴァンジェリンを倒す? 一人でエヴァンジェリンに突っ込むなんて死んでもごめんだ。
「うううぅ~~~~!」
提案、却下。提案、却下。提案、却下。提案、却下。提案、却下。提案、却下。答えが出ないままに横島の頭はヒートアップしていく。そしてついに、
「シリチチフトモモキレーナネーチャーン!」
間
「契約に従い我に寄り添え蛍の化身。
水蓮・武装解除!!」
抜けた間を挟み、横島の手から水の塊が放出される。それは一直線にバゼットと士郎に向かい、
「なぁ!?」
「…………」
二人を飲み込んだ。だがそこは二人共魔術師、全裸にはならずにある程度レジストした。バゼットはスーツが全て溶けて質がよくてシンプルな下着と背負った筒だけが残り、士郎が残ったのはブーメランパンツに陰陽剣。
それを見てズーンと落ち込む横島。
「あああ。剣を弾こうとしたのにしっかり残ってるし。しかもブーメランパンツ、何故にブーメランパンツ?
まあバゼットさんの下着姿を見れたのはグッジョブだけどなっ!!」
そして勝手に立ち直る。忙しい男である。
「ミスタ横島っ!!」
そして唐突な理不尽に大声をあげるバゼット。呼吸が乱れた。
「!」
自らの格好を気にすることなく容赦のない双刀が繰り出された。タイミングがズレたバゼットには完全には防ぎきれない。
「く――」
意図せず漏れ出た声と共に大きく後退するバゼット。すかさず追撃した士郎は、体制の崩れたバゼットを思いっきり蹴りつける。
バリィン!
結果。思いっきり後ろに下がったバゼットと士郎の蹴りの威力が合わさって大きく吹き飛ばされるバゼット。具体的にどのくらい吹き飛ばされたかと言うと、大浴場のガラスを突き破ってなお勢いを失われないくらい。
「――――!!」
遠ざかるバゼットの声は聞こえない。ただその表情を見ると、ただ悔しがっているだけで戦闘不能になるほどのダメージは受けていないようだ。だがそれもすぐに夜の闇に紛れて見えなくなる。
「…………本当に同士討ちの多いチームだな」
ぽつんと呟いたのはエヴァンジェリン。バゼットを呆然と見守っていた横島とネギだったが、ゾクリと横島の背筋が凍る。本能に従って体をひねると、そこに黒い軌跡が描かれた。ちなみに一応は峰打ちだったが、鉄の塊をあの速度でぶつけられると骨くらいは軽く折れるか砕けるかくらいはするだろう。
「…………」
「あ、危ねぇ」
ふぅ。と額を拭う余裕たっぷり、ついでに隙もたっぷりな横島に向かって士郎は止まる事なく腕を振るう。
「うひゃ、とわっ、うおっ」
が、当たらない。その全てを気の抜けるかけ声と共に避けていく。それは見るものが見れば神業的と評したかも知れない。明らかに無駄が多い動きながら、ただの一度もかする事すらないのだから。これはバゼットの時とは意味が違う。バゼットは攻撃に転じていて、士郎と攻撃力が拮抗していたからこその無傷だった。しかし横島がしているのは攻撃ではなく防御や回避。流石に反撃する余裕は無いようであるが、質は違えどレベルは同じと見ていいだろう。
(ククク、ここまで方向は違うのにレベルは同じという連中が揃うのも珍しいな)
思うエヴァンジェリン。タカミチとバゼットが引き分けたという話は聞いている。それはもちろん二人の実力が全くの互角という意味ではなく、優劣をつける為にはどちらかの死が必須条件だという意味だ。そして先ほどのバゼット対士郎、今の士郎対横島もある意味同じである。バゼットと士郎の戦いも横島が間に入らなければ屍が転がっていただろうし、士郎と横島の戦いは死ぬことは無いにせよレベルとしては一緒と言っていい。
(4人で一番強いのは誰かという事にも興味があるが…………)
エヴァンジェリンはチラリとネギに視線を向ける。少年はまたも眼前の戦いに夢中であり、その中から戦いというものについて出来る限りの吸収をしているようにも見える。
「とりあえず私たちも楽しもうか、なあ坊や?」
甘ったるいエヴァンジェリンの声にネギが我に返る。それがエヴァンジェリンの余裕、一種の遊びであることにネギは気がつかない。
「エヴァンジェリンさん…………」
「さて。では行くぞ、坊や」
その声でネギに向かって駆ける茶々丸。直後、エヴァンジェリンとネギの高らかな詠唱が大浴場に反響し、頭を揺さぶる音になる。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック…………」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル…………」
そしてネギは杖にまたがり、全力で茶々丸から距離を取る。もしも距離を詰められたら終わりだ、前回と同様に詠唱を邪魔されたあげくにエヴァンジェリンに狙い撃ちにされる。だからこその戦略的撤退、とにかく茶々丸から離れ、遠距離でエヴァンジェリンとの一騎打ちに持ちこむ。
(二対一では勝てないとの判断かな、坊や。だが退屈だぞ、一対一とは言えまさか私に勝てるとは思っていないよな?)
ネギが勝つにはそう、罠を張るなどしてそこにエヴァンジェリンを追い込むしかない。もしそれすら思いついていないのならば、ネギに戦いの才能は全く無いと言わざるを得ない。
(さあ、私に坊やの全てを見せてみな)
彼女は追う、すでに大浴場から脱出した小さな魔法使いを。
そして大浴場に残された組はまだドッタンバッタンやっていた。必死で笛を吹くおキヌにフラフラと意味なく辺りを歩く運動部4人組、峰とは言えどもあり得ない速度で双刀を振り回す士郎にそれを避け続ける横島。
「くそっー、ネギ坊主! 一人で戦略的撤退しやがって、俺も戦略的撤退して家に帰りてぇー!」
それはもはや戦略的撤退でない。そう突っ込める人間はそこにはいない。とにかく目の前の脅威をなんとかしたい横島はチラとおキヌに目を向ける。
(おキヌちゃん。ネクロマンサーの笛で士郎のヤツ、なんとかならない?)
(む、無理ですー。こっちで4人を抑えることで精一杯です。衛宮先生は横島さんがなんとかして下さぁい!)
(マジかぁー!)
とっても無意味なアイコンタクトが終了した。というか、この期に及んで横島に頼られるおキヌが不憫でならない。
「仕方ないなー」
ため息でも似合いそうな顔で横島は、士郎の攻撃をひたすらによけながら手のひらに二つの透明な霊気の結晶を創り出す。
文珠。横島たちの歴史上、神や魔族を含めて片手の指に余る数しかこれを創り出せる存在はいない。原理は単純、極めて高密度に濃縮した霊気に漢字を刷り込み、その漢字に合致したイメージの事象を引き起こす事が出来る。名目上は霊力を源としている為に霊力で実現できない事象は実現できないが、そもそも霊力で実現できないものはほとんど無いため(無からの死者蘇生などあるにはある)事実上万能の能力である。その際、込められた霊力は完全に方向性が統一されるため、出力も非常に高い。
それを横島はほいっと気軽に空中に放り投げる。二つの文珠は士郎の目の前に浮遊し、士郎はそれを当然のように双刀で叩き落とし――
「…………」
士郎の動きが止まる。エヴァンジェリンに操られている為にそう表情に動揺は見られないが、もしも正気ならば流石の士郎と言えども狼狽した事は想像に難くない。なぜなら動かないのだ、彼が最も信頼する陰陽剣が。まるで時間が『止』まったように動いてはくれない。それを見てニヤリと笑いながら霊波刀を具現する横島。
「フッフッフッ。さっきまではよくも好き勝手に刀を振り回してくれたなぁ? 今度はこっちの番たわぁぁぁ!?」
ブォン!
恐ろしげな音を立てながら空気が切り裂かれる。切り裂いたのは言うまでもなく、士郎の陰陽剣。
「な、なぜに? どーして? えええええっ!?」
間一髪攻撃を避けた横島を追撃する士郎。先と同じ追いかけっこが再び始まった。
どうして士郎の陰陽剣が動けたかと、答えは単純。動かなくなった陰陽剣を破棄し、再び陰陽剣を投影しただけである。同質にして異質な剣は文珠の影響を無効化するし、横島に文珠を無効化させた原因も悟らせない。故に、横島は混乱の極みに達する。
「何で、何で文珠が効かないの? いや一瞬だけ確か効いてたよな? 何? コイツってそんなに耐魔力高いの? なら吸血鬼の支配なんて受けてるんじゃねぇぇぇーー!」
とても聞き苦しく叫びながら同じ手順を繰り返す横島。文珠を生成し、『止』の文字を刻み込むと士郎に向かって投げつける。しかし今度は士郎の剣は一瞬たりとも止まる事はない。鷹の目で文珠に記された文字を読みとった士郎は文珠がどういったものかを分析、理解。文珠が陰陽剣に当たると同時にそれを破棄、再投影。あまりに手慣れたその作業でロスする時間は0秒。すなわち、腕の動きはいっさい止まらない。
「ちょっとタンマタンマ! あり得ねぇってコレ!! つかやめろその無表情で剣を振り回すのはマジでこえぇー!」
まあ、ギャイギャイと騒ぐ横島はきっちり無傷だったりするのだが。
「く、くそぉ。
シリチチフトモモキレーナネーチャン!!」
チッ
しかしそれでもこのままずっと逃げ続けている訳にはいかない。追いかけっこに根負けした横島が呪文の詠唱を始めると同時、とうとう士郎の剣が横島の二の腕をかすった。逃げる事に全力を注いでいたからこそ完全回避ができた横島だが、魔法詠唱により集中力が乱れた為に起きた弊害だ。しかしそれでも構わずに詠唱を続ける横島。
「契約に従い我に寄り添え蛍の化身」
逃げる横島、追う士郎。振るわれる陰陽剣、傷つく体。それでも声は止まらない。
「刹那の刻を懸命に生き 相対するものに災いよあれ」
より深く横島が傷ついていく。それはつまり詠唱により深い集中が必要になったということであり。
「凍える闇はここにあり」
ボキンと嫌な音がする。振るわれた剣が横島の右腕を捉えた音。あまりの痛みに横島の動きが止まり、回避行動がとれなくなる。そして振りあげられる士郎の陰陽剣。一回とは言え動きを止められた横島はもはや的以外の何物でもない。だがそれは、もちろん横島が反撃の準備を整えていなかったらの話。
「『止まる夜風』」
すでに言葉は紡がれて、世界に対する宣誓が成る。言葉は魔力を結び、魔力は形となり、形は世界とせめぎ合う。あげられた左手から球状の闇が広がる。士郎にとって理解不能の攻撃だが、殺気がない攻撃に今の彼は躊躇しない。操り人形の限界がそこにあった。
「…………」
無言で闇に突っ込む士郎。それを固唾を飲んで見守る横島。
(コイツ、さっき文珠を無効化したからなー。もし止まる夜風も無効化されたらどないしょ?)
冷や冷やものである。片腕を折られた横島には士郎の猛攻を回避しきれる自信はない。黙って闇を見ること数秒、変化のない景色を見てようやく一息つく。どうやら士郎は止まる夜風を無効化できなかったようだ。
(って、落ち着いてばかりもいられないんだよな…………)
横島は急いでフラフラと意味なく歩き回る運動部4人組を見る。止まる夜風の効果時間は長くて30秒程、士郎が行動不能になっている間に4人組を無力化しなくては片腕を折られた甲斐がない。
「よっと」
文珠を4個取り出し、文字を『眠』と記す。それを一つ一つ女の子に当てていく横島。あっという間にグッスリと眠る4人組が出来上がった。
「はぁ……苦しかったです」
ようやく笛から口を離して一息つくおキヌ。何度かの息継ぎは本当に寿命が縮む思いだった。
「でも、クウネルの予想が当たってよかったよ。ネクロマンサーの笛が効かなかったらマジで危なかったし」
「ほんとです。役に立ててよかった…………」
窮地を救ってくれた笛に目を落とす二人。横島が言った通り、ただ適当にネクロマンサーの笛を吹いたわけではない。
横島はエヴァンジェリンと敵対すると決まった時に、真っ先に彼の魔法の師であるクウネルに相談しに行ったのだ。クウネルはネクロマンサーの笛の説明を聞き、吸血鬼の支配を混線させられる可能性があるという説明をした。それでネクロマンサーの笛にかけてみる気になったのだ。ちなみにクウネルは理論の部分も説明したのだが、それを聞いた横島の頭から煙があがった事を追記しておく。そして実はクウネルはもう一つ策を横島に授けたのだが。
「…………流石にこれを試してみる気にはなれなかったしなぁ」
「…………私も流石にこれは不安です」
そう言ってポケットからニンニクの束を取り出す二人。クウネル曰く、
『確かに吸血鬼にニンニクが効くというのは迷信です。ですが、あれだけは別格です。試しにニンニクを山ほど投げてみなさい、半狂乱に陥って自滅しますから』
らしい。横島もおキヌも流石に信じられなかったが、ピートという前例がある。もしかしたら、もしかしたら食わせたら多少の効果はあるかも知れないと思い、万が一の為に用意したものだった。
「いくらなんでも、なぁ?」
「いくらなんでも、ねぇ? …………って、横島さん!?」
顔を見合わせる二人。と、おキヌが横島の後ろを指さして叫ぶ。横島が慌てて後ろを振り返るとややほつれた闇の姿が。しかしそれを見ても落ち着いている横島。
「あー、そろそろ止まる夜風の効果が切れるんだな。悪いけどおキヌちゃん、ネクロマンサーの笛を吹いてくれる?」
「あ、はい」
全く慌てない横島に落ち着きを取り戻したおキヌは笛を口に当てて演奏を。そして演奏を始めてから数秒して毛糸の玉から毛を抜くようにして闇が晴れた。中に居たブーメランパンツ一枚の、色黒白髪の男性はフラフラと辺りをさまようだけ。
「…………って、うわぁ。やっぱり男のモッコリは萎えるなぁ。つか、士郎のヤツ、あの短剣はどうしたんだ?」
ブツブツと言いながら士郎に近づく横島。そして左手から霊波刀を具現する。
「何でか知らんが文珠も効かないみたいだし、まあとりあえず物理的に眠っとけ」
そしてスイカ割りのように思いっきり頭をひっ叩く。幸い士郎の頭はスイカのように真っ二つになる事なく、スコーンと景気のいい音をたてるのみ。そしてプクーと大きなたんこぶを作った士郎は、そのまま湯船に仰向けに倒れ込んで気を失った。それを見て満面の笑みを浮かべる横島。
「うっし、完了!」
「…………って、横島さん。右腕は?」
それを引きつった顔で見るおキヌ。彼女の指先は言葉の通り、横島の折れた右腕に。
「…………」
「…………」
間
「あああああー! なんか急に痛くなってきた!!」
「あわわわわ。ヒーリング、今ヒーリングしますからっ!」
戦いが終わってもどったんばったんと騒がしい二人。ネギの加勢に行くのはもうしばらくの時間が必要になりそうだ。