そして少年は一つ壁を乗り越える。
「氷爆(ニウイス・カースス)!」
「あうっ!」
一方、麻帆良上空では氷の破片が杖にまたがった少年を襲っていた。少年は微力な魔法で必死になってそれを防ぐ。
(ス、スゴイ力だ。とてもかなわない……。あと少し、あと少しであの場所が……)
皮膚に氷を張りつかせた少年――ネギは必死に逃げる。最初は反撃もしていたのだが、もはやそんな余裕は無くなっていた。防御と逃走に全力を注がなくては次の瞬間に敗北を叩きつけられてもおかしくない。だがそれは言い換えれば防御と逃走に全力を注げば、まだまだ戦うことができるという事でもある。最後の賭けに出るために、ネギは逃げる。
「ハハハ、どうした逃げるだけか? もっとも呪文を唱える隙もないだろうがな!」
そんなネギを嘲るエヴァンジェリンだが、しかしネギはもはやそれを聞いていない。聞く余裕がないというのもそうだし、
(見えた!)
麻帆良学園と外の世界を結ぶ橋、つまり目的地が見えたというのもある。だがしかしエヴァンジェリンは無慈悲に詠唱を口にする。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。来たれ氷精 大気に満ちよ(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス・エクステンダントゥル・アーエーリ)白夜の国の凍土と氷河を(トゥンドラーム・エト・グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ)。
こおる大地!!(クリュスタリザティオー・テルストリス!!)」
編まれた魔力は大地に降り、氷の剣山となってネギに向かって襲いかかる。そして目的地が見えたことで気が緩んだネギにはそれを回避しきることは出来なかった。杖の端に鋭い氷が当たり、バランスを失ったネギは杖を持ったまま地面へ突進してしまう。
「わーーッ! あぐっ!!」
そして叩きつけられる。地面を滑るネギは、しかし闘志を失っていない。そんなネギと向かい合うようにスタッと着地するエヴァンジェリンと茶々丸。
「ふ……なるほどな。この橋は学園都市の端だ、私は呪いにより外に出られん。ピンチになれば学園外へ逃げればいい、か…………。
……意外にせこい作戦じゃないか。え? 先生」
だがしかしエヴァンジェリンの表情にあせりはない。この状況で逃げるのは相当に難しいし、そもそもとして彼女には従者の茶々丸がいるのだ。茶々丸には当然登校地獄の呪いなんてかかっていないから普通に学園外までネギを追う事が出来る。
茶々丸はネギとアスナによって敗け(に限りなく近い状況に追い込まれ)たが、今はエヴァンジェリンの魔力が復活している為に契約によるブースターが使える、そのような不覚を取るはずもない。いや、それ以前の問題として、今ここにアスナはいない。つまり、ネギと一対一で茶々丸が負ける道理は無い。
余裕を見せつけ、一歩一歩倒れてまま起き上がらないネギに近づくエヴァンジェリン。彼女はおそらくネギの心が折れたと思っているのだろう。
「これで決着だ。ふふ……」
と、その瞬間。
パシィィィン!
甲高い音、眩い光がエヴァンジェリンと茶々丸の直下から湧き上がると、幾筋もの光の紐が彼女たちを縛りつける。
「なっ…………!! こ、これは……」
エヴァンジェリンは足元を見る。そこに描かれた、光輝く魔方陣を見た瞬間、それがなんであるか理解したエヴァンジェリンは大声をあげた。
「捕縛結界!?」
しかもこれは相当に上位な、魔法発動を阻害するタイプのもの。もしも魔法を発動したならば、結界内の存在と同調して対象が発動しようとした魔法を防護結界に組み込む、魔法使いがもがけばもがく程に強固になるタイプ。
ふとネギの方を見れば、満面の笑みを浮かべたまま両手をあげて喜んでいる少年が。
「や……やったーーっ。エヘヘヘ、ひっかかりましたね、エヴァンジェリンさん。
もう動けませんよ、エヴァンジェリンさん。これで僕の勝ちです! さあ、おとなしく観念して悪いことももうやめてくださいね!」
そんな無邪気に喜ぶネギを見て本心からの言葉を口にするエヴァンジェリン。
「……………………やるなあ、ぼうや。感心したよ」
そう。『闇の福音』が力技で解けない魔方陣を張るなんて感心する以外のなにものでもない。いや、それを10歳の子供が為したのだ。感心を通り越して感動や驚愕してもなんらおかしくない。恐らくどこぞの魔法書でも参考にしたのであろうが、もちろんそれを完全に噛み砕いて理解した上で適切な魔力を配置しなければ魔方陣は発動しない。しかも準備期間はほとんどなかった。この無邪気に笑う少年は、その素晴らしさに全く気が付いていない。
「ふ…………アハ、アハハハ」
「な、何が可笑しいんですか!? 御存知のように、この結界にハマれば簡単には抜け出れないんですよっ」
しかしそれでもエヴァンジェリンは笑う、嗤う。何が可笑しいかと言われれば、全てだ。
自分がこんな少年にしてやられた事も可笑しければ、こんな結界をネギが用意出来たことも可笑しいし、その異常性を本人が全く理解していないのも可笑しい。だが何が一番可笑しいかと言われれば、ここまでの技能を持ちながら戦いというものについて何一つ理解していないこの少年が最も可笑しかった。
故に彼女は愉悦を顔に張り付ける。
「そうだな、本来ならばここで私の負けだろう。
茶々丸」
「ハイ、マスター。結界解除プログラム始動。すみません、ネギ先生」
エヴァンジェリンの言葉に茶々丸が反応し、機械音が茶々丸の体の中から響いてくる。それと同時に結界から破滅的な崩壊音が。
「な……え?」
呆然とするネギの顔をニタニタと見るエヴァンジェリン。
「15年の苦渋をなめた私が、この類の罠になんの対処もしていなかったと思うか?
…………この通りだ」
パキャアァン!
結界が張られた時とはまた違う甲高い音、ネギ渾身の結界が破壊された音。
「えっ…………そんなウソ、ずるいッ」
「私も詳しくはわからないんだけどな、科学の力って奴さ」
我を忘れかけるネギ。だがしかしそれでも闘志は消さず、杖を構えて詠唱を。
「ぅうっ…………ラス・テル」
が、それはとある夜の巻き直し。いや、エヴァンジェリンが復活しているだけ余計に分が悪い。紡ぎ始めた魔法は即座に接近した茶々丸が、ネギの杖を奪うことによって中断される。
「あうっ」
情けない声をあげるネギを申し訳なさそうな目で見ながら、茶々丸は奪い取った杖を己がマスターへ手渡す。
「フン、奴の杖か」
エヴァンジェリンは杖をつまらなそうに一瞥すると、なんの感慨も沸かさずにそれを橋の向こうに放り投げた。
「ああっ」
それを見た瞬間、ネギの瞳には一気に涙が溢れた。
「うわーん、ひどいー。あれは僕の大切な杖………………。ひ、ひどいですよー、エヴァさん。本当なら僕が勝ってたのに――。ズルイですよ、うわ~~~んっ。一対一でもう一回勝負してください~~っ」
あまりのショックに実力差も考えず、手を振り回してエヴァンジェリンへ突撃するネギ。まちろん駄々っこそのままの行動は茶々丸に片手で押さえつけられてしまっていたが。そしてそんなネギを見てイラッとした感情を抑えきれないエヴァンジェリン。
ぺしんっ
「あ……」
そしてその衝動のままに彼女はネギの頭をひっぱたき、そして叱りつける。
「一度闘いを挑んだ男がキャンキャン泣き喚くんじゃない!! この程度でもう負けを認めるのか!? お前の親父ならばこの程度の苦境、笑って乗り越えたものだぞ!!」
「う…………」
黙るネギ。それは恐怖の為か、それとも父の話が出た為か。そんなネギを見ながらエヴァンジェリはかぶりを振る。
「いや…………だが今日はよくやったよ、ぼーや。さて…………血を吸わせてもらおうか」
「うううっ……」
ネギをしっかりと掴み、その首筋に口を近づけるエヴァンジェリン。それを、思いっきりおびえた目で見るネギ。そんな光景を見て、茶々丸のどこかが軋みをあげた。
「…………あ、あのマスター。ネギ先生はまだ10歳です。…………あまり、ひどいことは……」
まさかの諫言。人形にはプログラムされていない行動に、第一の従者がアレだからかエヴァンジェリンはその異常性に気がつけない。平気で言葉を返す。
「心配するな。…………別に殺しはせん。女子供は殺らん」
もちろんここで言う女子供とは戦士でない者という意味である。ある意味ネギを侮辱した言葉だが、当のネギはそれに気がついていない。それはともかくとして更に言葉を続けるエヴァンジェリン。
「…………それに、このぼーや自身にも興味が出てきたところだしな……」
「え…………?」
思わず茶々丸の口から言葉が漏れた。それに構わずエヴァンジェリンは涙目のネギに今度こそ口を近づけ、
ブオンッ!!
とっさにネギを放して後ろに逃れるエヴァンジェリン。刹那、エヴァンジェリンが居た場所を凄まじい勢いで小石が通り過ぎ、ズボンとイヤな音を立てて橋に吸い込まれた。その後に響く怒声。
「待ちなさいっ!」
なんとかネギが血を吸われる前に現場に到着した下着姿の麗人の割り込みにより、ネギは解放されてエヴァンジェリンはバゼットと向きなおざるを得なかった。
「バ、バゼットさん~!」
「バゼット・フラガ・マクレミッツか…………」
「…………」
涙がちょちょぎれているネギと、冷静に乱入者を見据えるエヴァンジェリン。そして僅かに離れたところからどのような事にも対応できるように構えている無言の茶々丸。
「今のあなたはミスター衛宮やネギ先生はおろか、生徒達にも仇為す敵。そして出来る限り敵を捕らえるようには言われてますが、あなたが捕らえられるような相手でないことも承知です」
バゼットに残されているのは下着と、切り札の入った筒。エヴァンジェリンから目を離さずに、その筒のポケットから皮の手袋を取り出してはめる。
「出来ないものは仕方ありません。エヴァンジリェリン・A・K・マグダウェル、またの名を『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』。…………死んで頂きます」
そして更に筒から飛び出した丸い岩。それはゆっくりとバゼットの周りを旋回し、下着姿の麗人の斜め後ろでふわりと止まった。
「…………くくく」
俯いているエヴァからは堪えきれずにしのび笑いが漏れて、
「あーはははははははは! お前はこんなところで警備員をやるよりもお笑い芸人になる事をオススメするよ。
貴様ごときがこの私に勝とうなど天が降ってきても無理だ!」
高笑いと嘲笑にとって変わる。そんなエヴァンジェリンの挑発に惑わずに構えるバゼット。
「いいだろう、笑わせてくれたお礼に格の違いというのを教えてやる。なに、ジジイには借りがあるから麻帆良の警備員を殺したりはせん。遠慮なく来い。
おい茶々丸、ボーヤを捕まえておけ」
エヴァンジェリンの命令で、あっさりと茶々丸がネギの体を完全に捕らえる。それを確認したエヴァンジェリンはくるりと手を一回転させ、それが終わったときには一刺しの剣が握られていた。
「たしか貴様は西洋魔法使いで、近接戦闘を得意としていたな。
格の違いというものを思い知らせてやる為に貴様の土俵で叩きのめしてやる」
真祖の吸血鬼に握られた剣は刺突剣(レイピア)と呼ばれるそれ。
剣というと切る事を主眼においているようなイメージがあるが、それは違う。実践的に『切る』事が出来る剣というのは日本の、しかも比較的近年においての質の高い剣と担い手が必要なのだ。
それ以前の日本の剣は数人切るだけで刃が血と脂と刃こぼれてボロボロになるような代物だし、西洋においてのそれは『切る』というよりも『叩き落とす』や『引き裂く』事に終始している。
その代わりに剣に求められたモノの一つはナマクラでも力任せに叩き落とせる頑丈さ。一つは守る為の小回り。一つは儀式の為の豪華さなど多岐に渡る。
そしてエヴァが持つ刺突剣(レイピア)も戦闘において『切る』に関する全てを捨て去り、刺す事にのみ集中した剣のカタチとしての完成系のひとつ。
急所に小さな穴を空けるだけで人は死ねることを利用し、速さと鋭さのみを突き詰めた剣。急所以外ではほとんど効果を表さないという側面も持ち、これと対する時は急所を点で守らなくてはならない上級の守備力が必須となる。
現代ではフェンシィングとしてスポーツでカタチを残すそれを、500を越えて生きる真祖の吸血鬼はしっかりと握りしめていた。
「さて、来い。私を闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)と知って戦いを挑むその愚かしさ、思い知らせてやる」
ボクサースタイルで間合いをはかるバゼットに、にやぁと笑みを浮かべて剣を左手にだらんと持って挑発するエヴァンジェリン。
「…………ではお言葉に甘えさせて頂きましょう」
冷静に、されども挑発にのるバゼット。バゼットはエヴァンジェリンを侮ってはいない。かつて600万ドルの賞金首だったエヴァンジェリン、それだけで実力は27祖クラスか英霊クラスは覚悟しなければならない。しかしバゼットもまた、宝具を持っているのだ。
『後からい出て先に討つもの(アンサラー)』の二つ名を持つ『斬り抉る剣神の剣(フラガラック)』
伝家の宝刀であるそれが最高のカタチで決まればいかに不死の魔法使いだろうが死は逃れられない。バゼットの仕事は、そこまでの道筋をどうたてるかだった。
(まずは様子見ですね)
故に、遊ぶ気でいるエヴァンジェリンから情報を集める。
まずはガードを固めて真っ直ぐに突っ込んだ。
「はっ、なんだそれは。猪武者か?」
対するエヴァンジェリンはつまらなそうな顔そのもの。いくらエヴァンジェリンの体が10歳の子供でリーチがないと言えども、剣を携えては流石にエヴァンジェリンの攻撃の方が早く届く。また、動体視力や腕力をとっても吸血鬼であるエヴァンジェリンに真っ向から挑むとは正気の沙汰ではない。
「期待ハズレにもほどがある!」
苛立ちを隠そうともしないエヴァの神速の、心臓を狙った一撃。だがそれは。
「ふっ!」
あまりに速く横に転身したバゼットをかすりもしなかった。
「ほぅ」
もちろんその程度の動きでエヴァンジェリンの目を誤魔化せるはずもない。が、バゼットが逃げたのはエヴァンジェリンから見て左側。右側に逃げたのならば無理をして追撃する事も可能だったが、突く事しか出来ないレイピアではどうしても隙間が足らずに一度ひくという動作が必要になる。
そしてバゼットがそんな僅かな隙を見逃す訳もなく、一気に突進。
「本当の猪武者だな、貴様は」
そして瞬動と言われる技術で右に逃げるエヴァンジェリン。バゼットの速度を正しく見切った、追いつかれるに違いないと確信したエヴァンジェリンが瞬動を行ったのは他そ彼の隙間をつくる為と、追撃の時間を0.1秒でも稼ぐ為。その僅かの間に体勢を立て直し、襲いかかるバゼットを向かい討つ。
そして前述した通り、剣を装備している以上エヴァンジェリンの攻撃が先に当たった。この速度の中正確に心臓を狙ったエヴァンジェリンのレイピアは、この速度の中正確に心臓をガードしたバゼットの左腕をストッと貫いた。
「戯けが! カウンターの意味を知らんのか!?」
エヴァンジェリンの怒号。そしてそのままレイピアの切っ先はバゼットの心臓へ向かう。
そもそもレイピアは突きだけに特化している為に攻撃範囲が小さく、言い換えれば力が集中する。一般人が使う剣では体組織の強さに負け、それ以上進めなくなる事が多いために剣にしなりを持たせて折れるのを防ぐが。魔法使いの、それも超一流の技は剣が体組織に負ける事を許さない。しかもこれはカウンター、バゼットの突進力までついている。左腕のみで防げない事が道理だった。
「もちろん、理解した上での攻防です」
そして道理というものは少し考えれば誰にでも分かる事。バゼットとてその例外ではなく、突き抜けたレイピアの防御に右腕まで回す。
「それでもまだ止まらん」
エヴァンジェリンの宣言。それに従う様な速度でレイピアが右腕に刺さり―――無音でエヴァが吹き飛ばされた。バゼットの足があがっているところを見ると蹴り飛ばされたのだろうが。
「え…………?」
生憎と、茶々丸に捕まえられていたネギの目には何も捕らえられなかった。
「い、今のはどうしたんですかっ!? なんでエヴァンジリェリンさんが…………」
誰に聞いたわけでもないだろう。だが吹き飛ばされているハズのエヴァンジェリンから愉快そうな声が響いてきた。
「茶々丸、説明してやれ!」
そしてクルリと一回転して華麗に着地、その体にダメージは無い。対するバゼットは己の腕に刺さったレイピアを抜くことを優先し、追撃はしていなかった。
「はい、今はバゼットさんの右腕を貫く速度でマスターの剣が突き出されましたが、バゼットさんは右腕の骨にうまく当てる事でレイピアが心臓へ到達することを防ぎました。いくらマスターと言えども左腕越しに骨を貫く事は出来ません。
そしてマスターの攻撃を止めたバゼットさんは、腕がふさがっていた為に蹴りで反撃。ついでに筋肉を収縮させてマスターの剣も絡めとっていたようです。
抜けないと判断したマスターは剣を放棄。バゼットさんの蹴り足にのり、後方へ大きく跳躍したという訳です」
「説明ごくろう」
尊大に言い放つエヴァンジェリンの目の前には、すでにバゼットが距離を詰めていた。
「ふっ!」
神速の一撃。最短距離を走る左拳はエヴァンジェリンの顔を狙い、空を切る。バゼットの目には宙を跳んだエヴァンジェリンがしっかりと目に映り、次は重力に従って落ちてくるところを狙い打とうと右腕をひき、
「タルいわっ!」
「ぶっ!」
ガードに回す余裕もなくその頬が横にはじけた。右足で思いっきりバゼットの横っ面を蹴飛ばしたエヴァンジェリンは、微妙な回転をしながらも地面へと綺麗に着地する。
「ほんの僅かの隙を見つけたら罠かどうかも考えずに突っ込んでくる。正に猪だな」
そしてその口から酷評が。茶々丸に捕まれたままのネギはその光景に信じられないといった声をあげる。
「た、確かにバゼットさんの攻撃は直線的ですけど、それでも!!」
「甘いなボーヤ。確かにこのレベルの身体能力は類を見んが、ある程度以上の身体能力…………タカミチクラスの力があれば対処するのはそう難しい話ではない。まあ、私はタカミチ程の身体能力は持っていないが人よりも長く鍛錬は積んでるからな。闘牛演舞(マタドール)の真似事ぐらいは出来るぞ?」
ネギと会話をするまでの余裕があるエヴァンジェリン。その隙をついてバゼットが一気に間合いを詰めて右ストレート。
「だから甘いっ!」
そしてそれをなんなくかわし、右腕にどこからか取り出したレイピアを突き刺すエヴァンジェリン。
「ぐぅぅ!」
しかし、痛みも自分の体に剣が刺さっている心理的嫌悪感も無視してバゼットは返しの左を叩き込むが、それすらもなんなく捌かれる。
「どうしたどうした? その程度かっ!?」
「がっ!」
そしてすれ違いざまに、今度は左腿に新たなレイピアを突き刺す。
「なかなか素敵な格好になってきたじゃないか。そろそろ後ろに控えさせてあるフラガラックとやらを使ってみたらどうだ? 彼の神剣を謳うくらいだ。私如きの攻撃くらい防げるだろう?」
「だ…………黙れぇ!」
いつの間にか新たなレイピアを構えて挑発するエヴァンジェリン。そしてそんなエヴァンジェリンに突進し、また一つ剣のオブジェを増やすバゼット。後はもうこれの繰り返しだった。
「ふん、ようやく止まったか。しつこい奴だ」
つまらな気にエヴァンジェリンが言い放つのは、20を越えるレイピアに体を貫かれた、息も絶え絶えなバゼット。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
「バゼットさん…………」
「…………」
外野で痛々しい声をあげるのはネギで、無言で悲しそうな顔をしているのは茶々丸。全身ハリネズミのようなバゼットに送るモノとすれば間違えではない。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
いくら急所に当たらなければ致命傷にはならないとは言えども、これだけ体中に穴を空けられてはどんどんと血が流れて体力が奪われてしまう。また、急所に当たらない様にと神経を張りつめていた為に集中力も限界だった。
(そろそろ…………限界ですね)
決意を固めるバゼット。もともとのスペックが違いすぎるのだ、真っ向から当たればこうなる事はわかっていた。つまりはこの状況でさえバゼットにとって織り込み済みだという事だ。
(さて、と)
余裕をかましてバゼットを見下すエヴァンジェリンを見据えながら、今までに集めた情報を整理する。
(性格は尊大にして律儀。口約束でさえも守る律儀さと恩義を忘れない礼儀も持ち合わせている。
腕力は上の下、私よりは劣るもののそれを補って有り余る技術と感覚器官で確実に私の行動を先読みして対処している。
切り札は持っているだろうが、私を殺そうとしない限り出す確率は0だろうな)
ここでいう切り札とは、もちろん『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』を発動させる条件の事である。そしてこの場合の切り札とは『使用者が絶対の自信を持って繰り出すもの』を指す。
例えばジャンケンに使うときでも、相手が『これを出せば絶対に勝てる』という自信がなければフラガラックは発動しない。よって、魔法というものに絶対の自信があるものはどんな呪文でもフラガラックの発動条件を満たすし、特定の魔法にのみ絶対の自信があるものはその魔法が発動されるまではフラガラックの発動条件は満たされないという訳であり、先ほどエヴァンジェリンが魔法を使ってもフラガラックが反応しなかったところを見ると彼女の切り札の考え方は完全に後者。残念ながら例え宝具が相手でも、発動者が絶対の自信がない限りにおいてフラガラックは発動しない。
そしてフラガラックの特殊能力を発動させないで使用した時にはいくつかのデメリットが生じる。
まず1つ目は当然ながら相手の攻撃をキャンセル出来ない。2つ目は威力が大幅に下がってしまう。と言うのもフラガラックには『相手の切り札を出させつつその切り札を発動させずに倒した』という伝承があり、その相手が他ならぬ邪神王バロールだからだ。
邪神王バロールは言うまでもなくケルト神話における魔王である。このバロールを殺したという事実がある以上、対象が『魔王の上位存在』でない限り死は免れないのだ。しかしそんな存在はあらゆる伝承を調べても指で数えられるほど、人間界においては英霊でさえ規格外なのにそんな規格外の規格外なぞ見つかる筈も無い。なにせ邪神王バロールを殺した光の神ルー、魔獣神デュポンを封じ込めた大神ゼウス、悪魔長ルシファーを打倒した天使長ミカエルなど、どれもこれも主神クラスだからそれも納得のいく話だろう。
そして3つ目のデメリットは、確実にフラガラックを当てられる保証がないという事だ。絶対の自信があるという事はすなわち、技後硬直の大きさに直結する。そこを最速の宝具で的確に急所を穿つからこそフラガラックは必殺の宝具となりうるのだ。
例えばセイバーにいきなりフラガラックを叩きつけても、その未来予知じみた直感で心臓を守られるだろう。そしてフラガラックが完全な状態ならばエクスカリバーとは言えどもキャンセルする事は出来ずに叩き折る事も出来ようが、特性を発動させていないフラガラックがエクスカリバーに勝てる可能性は0である。
つまり特性を発動させないフラガラックとは神速の短刀投擲に過ぎない。過ぎないが、腐っても宝具である。例え不死で真祖の吸血鬼でも急所に当たればうまければ殺せるだろうし、どんなに悪くてもしばらくは行動不能となるのは間違いがない。
以上から、フラガラックを確実に当てるのがバゼットの仕事。だがいきなり撃っても超一流の戦士が銃口を見て弾道を予測できるように、エヴァンジェリンも拳を突き出す角度を見てフラガラックを回避する事は可能だろう。故にバゼットが狙うのはカウンター。神速のフラガラックとバゼットならば、切り札の技後硬直とはいかなくとも通常の攻撃時におけるコンマ何秒の隙を見て必殺を叩き込む事は十分に可能。だからこそバゼットは全身ハリネズミになりながらエヴァンジェリンの動きを体に染み付かせ、なおかつ彼女が『待ち』から『攻め』に移るのを待ち続けた。それも中途半端な攻めではなく、全力をもって仕掛けてくる『攻め』。
「どうした、猪。突っ込むのはもうやめか?」
エヴァンジェリンの挑発。
「だ、黙れぇぇぇ…………!」
それに未だに反応をするバゼット。だがその声も闘志も、もはやただ弱々しいだけ。
ズズズと足を引きずってエヴァンジェリンに向かおうとするも、ハリネズミの体はそれさえも満足に聞こうとしない。よたよたと体を動かし、僅か数歩で歩みを止める始末。そんなバゼットに隠す気もなく舌打ちをするエヴァンジェリン。
「散々粋がっておいて、結局はその程度か小娘。興醒めするにも程がある」
もはやエヴァンジェリンにはバゼットを固有名詞で呼ぶ価値すらないのだろう。だが、そこまで油断させる事こそバゼットの真の狙い。
「寝ろっ!」
待ちのみの体勢だったエヴァンジェリンがそれを崩し、バゼットに向かって突進する。そしてバゼットをなめきったエヴァンジェリンは瞳の奥で冷静に観察を続ける彼女に気がつけない。
(…………体勢を移行するタイミングとリズムは把握した)
他そ彼の距離からして、攻撃行動を停止出来ない距離はまで後1,1秒、0,8秒、0,5秒、0,2秒――――
「『後からい出て先に討つもの(アンサラー)』」
呟かれた声。真名を解放し、フラガラックの変形が始まる。それによるエヴァンジェリンの動揺により、発動までの誤差修正0,07秒。フラガラックの形状を見たエヴァンジェリンの反応は最も確率が高いと思われ、そして最も都合の悪いタイプA。すなわちこちらが攻撃をする前に攻撃を叩き込む。
そしてエヴァンジェリンはバゼットの懐に潜り込む。
(まだだ)
冷静に、機械のように冷徹に状況を分析するバゼット。まだ、フラガラックを急所から外せる体勢にエヴァンジェリンはいる。
そして体勢の移行。突進力を利用して、下半身の蓄えたエネルギーを腰を介して上半身に推移させ、
(今っ!!!)
機は熟した。エヴァンジェリンに出来る最速の動作はレイピアを振り抜き、バゼットを貫く事だけ。それ以外の動作を行おうとすれば慣性を一度止めなくてはならず、それによる隙はこの場において絶望的。バゼットに残された仕事は真名と共に最速の宝具を打ち出す事のみ。例え心臓を抉られようと、腕を振りぬけさえすれば闇の福音を撃破出来る。
そして鋭痛。穿たれた場所は肝臓、自己再生能力のある珍しい臓器で、ダメージが小さな穴ならば処置を間違えない限り死に至る事の少ない臓器と言える。また重要な臓器であり血管や神経が多く通う為に強い痛みを伴うという特徴も持つ。よって、やはりエヴァンジェリンは宣言の通りにバゼットを殺すつもりはないようで。そしてそれが最大の隙となる。
引き絞られた腕から繰り出される宝具。技後硬直に縛られたエヴァンジェリンの目が見開かれて、そしてその閃光のような一撃が解き放たれた。
「『斬り抉る戦神の剣(フラガラック)』!!!」
狙いは心臓、その一撃は必殺。閃光は真祖の吸血鬼の胸を抉った。
「この一撃を狙っていたのか…………」
胸に風穴を空けられて弱々しく言葉を紡ぐエヴァンジェリン。
「見事な一撃だ。保険をかけておかなければやられていたよ」
「か…………あぁ?」
奇妙なうめき声をあげるバゼットを見据えるエヴァンジェリンはしかし、胸に風穴を空けられながらも健在だった。フラガラックはバゼットの狙いとは違い、エヴァンジェリンの右胸を貫いていた。いくら宝具とは言えども、急所を貫かなくては不死を殺すことは出来ない。
「か…………はぁ!」
エヴァンジェリン胸に溜まった血を思いっきり吐き出し、魔力を自己再生に回す。
「…………有り得んほど傷の治りが遅いな。確かにこれを心臓か頭に喰らったらヤバかったかも知れん」
そうして、小刻みにしか動けないバゼットを見てタネ明かしを始める。
「不思議か? 貴様の体が動かないのが。
だが何、そう大したネタな仕込んでないぞ? 貴様の自由を奪っているのは痺れ薬だ」
言葉を発する事も出来ないバゼットは大きく目を見開いた。そしてそんなバゼットを見て予想通りといった笑みを浮かべるエヴァンジェリン。
「意外か? 貴様の声を代弁するなら、魔力支配に準する結界は張っていたというのだろう?
だが甘い。吸血鬼と戦う時に最も注意しなければならないのは吸血され吸血鬼の支配下におかれる事で、吸血時に魔力を体に流されないように使用者の害になるものを拒絶するという結界を張るのは常套手段だ。
だが、常套手段という事はコチラにも筒抜けなんだよ。そんな結界を張っていると知っていれば仕方などいくらでもある。
例えば今回は剣に薬を塗っていたのだがな、もちろん素直に痺れ薬を塗ったのでは結界に弾かれる。ならばどうするか。薬の原料だけ塗ればいいと思わないか?」
勝利を確信し、上機嫌で自分の策を披露するエヴァンジェリンを苦々しく睨むバゼット。そんな屈辱と激怒、そして憎悪に染まった視線すらも心地よいと言わんばかりにエヴァンジェリンの機嫌はよくなっていく一方だ。
「ああ、貴様の思っている通りだ。吸血鬼に対して自分に害のあるモノを拒絶する結界を張るのは常套手段。そしてその結界を盲信する。今回のように元は自分に害の無い薬物は結界の隙間をすり抜けて、いくらかの薬物が体の中で合成されたとたんにそれは有毒になる。結界が『区切るモノ』である以上は体内に入ってしまった毒に関しては無力という訳だ。万が一、体の中に魔力が流された時の事を考えて魔力浄化作用付きの結界を張る奴も中にはいるが、吸血鬼と対する奴らは魔力にばかり目がいき、なぜかその他の例えば毒に対する注意はおざなりだ」
タネあかしは終わり、エヴァンジェリンはゆっくりとバゼットに近づいていく。
「だがまあ、最後の一撃は正直ヒヤリとしたぞ。あの一撃を確実に当てる為だけにそこまで穴だらけになったのも賞賛に値する。
が、それが仇になったな」
パチリとエヴァンジェリンが指を鳴らすと、バゼットに突き刺さっていた剣の全てが消えた。そして消えた穴からなぜか、血が流れない。
「楽しかったよ、バゼット・フラガ・マクレミッツ。貴様の体の中に突っ込んだ薬は筋硬直剤、薬が効いている間なそれが止血してくれるだろうから失血死することはないだろうさ。
それでは、GOOD NIGHT!」
そう言うとエヴァンジェリンは、身動きの全くとれないバゼットの体を思いっきり殴り飛ばす。
「ギ…………!」
うめき声の様な音を喉の奥から絞り出し、バゼットは受け身もとれないままに橋の支柱にぶつかり、止まる。その時にはすでに彼女に意識はなくなっていた。
「なかなかに美味い前菜だったな。さて、メインディッシュの時間だ」
金の双眼が茶々丸に捕らえられたネギの姿を映し出した。が、またもメインディッシュはお預けとなる。
「コラーーッ、待ちなさいーーっ!!」
橋の向こう、麻帆良学園側から物凄いスピードで突進してくる影。声からしてそれは、
「フン、来たか。ぼーやパートナー。神楽坂明日菜。
茶々丸」
「ハイ」
つまらなそうに言うエヴァンジェリン。そしてそれに応えた茶々丸はアスナを迎撃するために、ネギを放置して間合いを詰める。それを見たアスナは肩に乗る小動物を鷲掴み、
「カモ!!」
「合点、姐さん。俺っちの力を見せてやるぜ!」
ぶん投げる、茶々丸に向かって。そしてその瞬間、カモはライターで持っていたマグネシウムに火をつけた。
「オコジョフラーッシュ!!」
「!」
一瞬だけ輝く金属。それにより茶々丸のカメラに不具合が生じる。その隙をついて茶々丸の隣を駆け抜けるアスナ。
「ごめん、茶々丸さん」
律儀に一言謝るが、その足は決して止まらない。エヴァンジェリンに一気に肉薄するアスナ。
「む」
(狙いは私か)
それを冷静に判断したエヴァンジェリンは眼前に魔法障壁を張る。茶々丸から解放されたネギは障壁のこちら側、どうあがいてもアスナにこの状況を突破する術はない。
「フン、たかが人間が。私に触れることすらできんぞ」
薄っすらと笑いながら言うエヴァンジェリン。そんなエヴァンジェリンにカチンときたのか、走った勢いをそのままに思いっきりエヴァンジェリン、ひいては魔法障壁に向かって蹴りを繰り出し、
ゴッ!!
まるでなんの障害もないかのごとくその攻撃はエヴァンジェリンの頬を抉った。
(!?
な…………ま、また、私の魔法障壁が…………!?)
しかも今回の魔法障壁は前回のそれとは大きく違う、魔力が復活したエヴァンジェリンが意識して張った魔法障壁なのだ。こんなこと、在り得て良いはずが無い。
「あぷろぱぁっ」
ドゲシャーーっと景気よく、混乱しながら吹き飛ぶエヴァンジェリン。しかしそれでも滑りながらスピードを殺し、着地する。そしてアスナを睨み――
「ぐっ。バ、バカな、貴様一体…………!? ――あれ?」
――つけようとして失敗した。理由は単純、アスナの姿がどこにも見当たらなかったから。しかもいつの間にかネギの姿までない。
「くっ……どこだ!?」
「申し訳ありませんマスター。あ、マスター、鼻血が」
「えぇい、そんな事をしている場合か! どこへ行った!?」
そして微妙に会話と行動がかみ合わないエヴァンジェリンと茶々丸。エヴァンジェリンにとっては己の鼻血よりもネギとアスナの行方の方が重要であるし、茶々丸にとって己のマスターより重要なものは何もない。すったもんだのあげく、ようやくエヴァンジェリンが折れて鼻血を拭かせる。そして拭き終わると同時に二人は空を飛び、高い場所から辺りを見渡した。と、柱の影から光の奔流が湧きあがる。
「むっ……そこか!?」
流石にここまで派手にやって気がつかないという事はない。エヴァンジェリンと茶々丸は柱の影を凝視する。そしてそこから気合いを入れ直したネギと、若干顔をひきつらせたアスナの姿が。そんな二人を見てムカつく笑みを浮かべるエヴァンジェリン。
「ふん、やっと出て来たか。
ふふっ……。どうした、ぼーや? お姉ちゃんが助けに来てくれてホッと一息か…………?」
安い挑発。しかしそれを受け流せる強さはネギにない。
「うぐっ……」
羞恥に顔を赤く染めて口こもるネギ。しかし今の彼には心強い味方がいる。
「気にすんな、兄貴!!」
カモがそうフォローを入れれば、アスナも負けじとエヴァンジェリン達に向かって声を張り上げる。
「何言ってるのよ! これで2対2の、正々堂々互角の勝負でしょ!?」
確かに今回、士郎を操って騙し打ちを仕掛けたのはエヴァンジェリンだ。今までのは戦いで、これから始まるのは決闘。それを確かにと口にするエヴァンジェリン。
「そうだな、双方パートナーも揃ってようやく正式な決闘という訳だ。だが互角かな? 坊やは杖なし、貴様も戦いについては全くの素人だろう」
そんなの関係ないわよー! と大声を張り上げるアスナを無視してボソボソと己が従者に声をかけるエヴァンジェリン。
「…………茶々丸、神楽坂を甘く見るなよ。意外な難敵かも知れん」
「ハイ、マスター」
律儀に返事を返す茶々丸。それをしかと聞き、真っ直ぐにネギを見るエヴァンジェリン。
「行くぞ、私が生徒だということは忘れ、本気で来るがいい。ネギ・スプリングフィールド」
「………………はい!」
決意ある一言。それはエヴァンジェリンの顔を戦意に溢れた笑みで満たす。
嵐の前の静寂。
「契約執行(シス・メア・パルス)90秒間(ペル・ノーナギンタ・セクンダース)!!
ネギの従者(ミニストラ・ネギイ)『神楽坂明日菜(カグラザカアスナ)』」
先に動いたのはネギ。それも道理、アスナは魔力で体を強化させなければまともに戦うことすらできない。そしてそれを余裕を持って見守ったエヴァンジェリンは、ネギの詠唱が終わると同時に詠唱を始める。
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル!!」
直後にネギも詠唱を始める。それと同時、更に中央よりもややネギよりの位置でアスナと茶々丸が激突する。
正拳突き、掌底、そしてデコピン。めまぐるしい攻防の末、両者の頭が後ろへと押し付けられる。
「あたたたっ」
(アスナさん!!)
おでこを押さえてぴょこぴょこと飛び回るアスナを、一瞬だけネギは心配そうに見やるもすぐに考えを改める。
(いや、大丈夫! 多分、茶々丸さんはアスナさんを傷つけるようなコトはしない……!)
そしてネギはこの前遭難した時の教訓を生かし、杖を失ったとき用に持っておいた子供用練習杖を取り出す。そしてそれを見て、いつの間にか空を飛んでいたエヴァンジェリンが笑う。
「ハハハ。何だ、そのカワイイ杖は。
喰らえ、魔法の射手(サギタ・マギカ)氷の17矢(セリエス・グラキアーリス)!!」
「ううっ……。
魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・雷の17矢(セリエス・フルグラーリス)!!」
エヴァンジェリンの方が一歩魔法詠唱が早い。それも間に会話を織り交ぜて、だ。それでもなんとか相殺に成功したネギは次の呪文を素早く唱える。しかしそれでも手を抜いたエヴァンジェリンに届かない。
「ハハ!! 雷も使えるとは!! だが詠唱に時間がかかり過ぎだぞ!!
リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトウス・オグスクーリー)!!」
(あうえっ、に……29人!?)
あまりのエヴァンジェリンの術式構成速度に目を回すネギ。しかしそれでも彼女に食らいつこうと少年は詠唱を止めない。
「ラ、ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトウス・ルーキス)」
「魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・闇の29矢(セリエス・オグスクーリー)!!」
「魔法の射手(サギタ・マギカ)連弾・光の29矢(セリエス・ルーキス)!!」
派手な花火があがる。しかしその花火は歪で、橋に向かって衝撃波が伸びていた。それは数が多くなるにつれて魔法の射手、一発一発の威力の差が顕著に表れていることを端的に示している。
「うくっ……」
「アハハ、いいぞ。よくついて来たな!!」
もはやいっぱいいっぱいなネギとは対照的にどこまでも余裕なエヴァンジェリン。彼女は笑いながらネギをあやすように褒める。
(ほ、本当に強い人だ…………父さんはこんな人に勝ったのか、あんな簡単に……。でも……でも僕だって……!!)
ネギは覚悟を決める。このまま行ってもジリ貧、ならば己が持つ最強呪文で一気にきめてやると。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。来たれ雷精(ウェニアント・スピーリトウス)風の精(アエリアーレス・フルグリエンテース)!!」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック。来たれ氷精(ウェニアント・スピーリトウス)闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)!!」
と、後だしのエヴァンジェリンがネギの魔法に合わせてきた。
「雷を纏いて(クム・フルグラティオーニ)吹きすさべ(フレット・テンペスタース)南洋の嵐(アウストリーナ)」
「闇を従え(クム・オブスクラティオーニ)吹雪け(フレット・テンペスタース)常夜の氷雪(ニウァーリス)」
術式構成はやはりエヴァンジェリンの方が早い。だがしかし彼女はそのハンデを捨て去り、代わりに大声を張り上げる。
「来るがいい、ぼーや!!」
これで条件は同じ、渾身の魔力をぶつけ合うだけ。
「闇の吹雪(ニウイス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」
「雷の暴風(ヨウイス・テンペスタース・フルグリエンス)!!!」
氷の魔法と雷の魔法が空中でぶつかりあう。その衝撃はすさまじく、滅多に動かない大橋を揺らすほどだ。
「ぐぅっ……くくっ……」
この苦悶の声はエヴァンジェリン。ネギがここまで魔力を込めてくるとは彼女も予想外だったのだろう。だがしかしそれでも押しきれないレベルではないと徐々に魔力を増やしていく。ちなみに一気に押し上げないのは、加減を間違えてネギを消し飛ばしてしまう危険性があるから。そうなったら元も子もない。
(ス、スゴイ力。ダ、ダメだ……打ち負ける…………)
そしてどこまでも余裕の無いのはネギ。徐々に増してくる力、限界が見えてきた己の魔力。全てをあきらめてしまえばどんなに楽だろうという考えが一瞬だけ頭をよぎるが、もうそこに逃げる程少年は幼くない。
(いや、まだだ。もう、逃げない!!)
考えを改める。自分の限界なんて誰が決めた。もしそれを決めたのが己ならば、己自身が新たな限界を引き直せばいい。更なる魔力を限界を超えて小さな杖に注ぎ込む。その弊害で小さな杖にひびが入り、
「は……!?」
――――なんの運命のイタズラか、ネギの長めの髪が彼の鼻をくすぐった。
「ハックシュン!!」
唐突だが、ネギは未完の魔法使いである。彼は自身の大きすぎる魔力を上手く扱える術をまで上手に身につけていないのだ。その結果、クシャミ等の意識が集中できない上に力を込める状態になると魔力が暴走する。それも風の属性を最も受け継いだ『風花 武装解除』の形となって。
そして小さな杖には魔法媒体を二つ乗せることなんて出来はしない。それでもこれがもしも小さな魔法同士ならば耐久限度を超える事はなかったのだろうが、生憎とネギが使った魔法の一つは大魔法『雷の暴風』である。単発であろうが子供用練習杖で使用する魔法ではない。
よって、自然の摂理に従って崩壊する小さな杖。パキィィンという音をたてて、しかし壊れる杖が生み出したのは音だけではない。崩壊に従い、その小さな体に乗せられた魔法を分解・融合・再構成。たった一回、限定でありながらこの瞬間に新たな呪文が生まれた。
「な……何!?」
エヴァンジェリンの呪文が散らされる。風花 武装解除の効果により下位の存在を花に変えながら、しかし威力は雷の暴風。それは闇の吹雪と真祖の魔法障壁に阻まれ、威力を減じながらも500の時を生きる吸血鬼を直撃した。
ドォンッ――――…………
大きい音は小さな音を駆逐する。全ての音を吹き飛ばし、それを引き起こした少年は足の力が抜けていた。しかしそれでも、膝を地面につけても視線は力強く敵がいるべき場所を見据える。いまは煙で見えないが、彼女はまだそこに在る。その確信が少年に倒れる事を許さない。そして煙が晴れ――――
「……やりおったな小僧…………。フフッ……フフフ。期待通りだよ、さすがは奴の息子だ…………」
――――やはり、いた。顔をひくつかせ、支障のあるダメージは見受けられず、そしてなぜか全裸で。
「あ、あわっ。脱げッ……!? ご、ごめんなさっ…………」
改めて言うが、あの呪文には風花 武装解除の効果が付随されていた。そしてそんな事実をすっとばして、カモが喜びの大声をあげる。
「や、やったぜ兄貴。あのエヴァンジェリンに打ち勝ったぜ!? 信じられねー!!」
カモの言葉は間違っていない。だが正しくもない。呪文の打ち合いならば確かに一回だけネギが打ち勝った。だがしかしエヴァンジェリンは未だに健在、その意味で未だ打ち勝ってはいない。少年の魔法で橋から大きく離れた場所に吹き飛ばされた全裸の少女だが、浮遊する彼女には関係ない。眼下に川があり、それでも余裕の口調は揺らがない。
「ぐっ…………。だがぼうや、まだ決着はついていないぞ」
戦いの準備をするエヴァンジェリン。だがしかし対する少年はもはや誰が見ても限界、もはやこれ以上はただのリンチに他ならない。そしてそれを遮る言葉を発したのは、意外にもエヴァンジェリンの従者である茶々丸。
「! いけない、マスター! 戻って!!」
そして強い光が闇を追い払った。人間の武器、電気。それが復活した証。
「な……何!?」
ここにきて初めて少女の声に狼狽が混じる。
「予定より7分27秒も停電の復旧が早い!! マスター!!」
「ちっ、ええいっ! いい加減な仕事をしおって!!」
世界に光が戻ってくる。それは魔を祓う遠因であり、魔の時間の終わりを告げる光。
必死になって橋に戻ろうとするエヴァンジェリンだが、その直前、背筋にイヤな感覚が奔る。そしてその瞬間、
「きゃんっ」
尻尾を踏まれた仔犬のような声。魔力という力の源を奪われた少女に為す術はない。
「ど、どうしたの!?」
「停電の復旧でマスターへの封印が復活したのです。魔力がなくなればマスターはただの子供、このままでは湖へ……。あと、マスターは泳げません!」
疑問を投げかけるアスナに律儀に言葉を返し、エヴァンジェリンへと急ぐ茶々丸。しかし彼女はどう考えてもエヴァンジェリンには届かない。
落ちるエヴァンジェリン。確かに普段の彼女は限りなく不死に近いが、それも5秒前までの話。魔力を極限まで封じられたエヴァンジェリンは風邪や花粉症を患っている事からも分かる通り、体力的には10歳の少女と変わりない。そんな彼女が大橋の上空から落ちたらどうなるか、結果は言うまでもないだろう。そしてそれを考えるまでもなく、まずはネギが動いた。
「まずっ!」
そして続いて声がする。とっさにアスナが声のした方、麻帆良側の橋の入り口を振り返るとそこには呆然としたおキヌと、こちらに向かって疾走する横島の姿が――
「へっ?」
思わずそんな間抜けな声がアスナの口からあがってしまう。一瞬だけ状況判断ができなかった。そしてその一瞬、一瞬で横島はアスナと茶々丸の横を通り過ぎ、躊躇う事なく橋から身を踊らせる。彼の掌の中で輝く宝珠を見たものは、無い。そして直後、ネギも横島の後を追ってエヴァンジェリンの元へ急いだ。
「杖よ(メア・ウイルガ)!」
ネギの叫び声。それに従い川に落とされた彼の杖が反応する。忠実な杖はエヴァンジェリンを追い越し、横島を追い抜き、ネギの元へ。ネギはそれをしっかりと握りしめて、加速。速く、疾く、エヴァンジェリンの元へ。ただそれだけを思うネギの想いを汲み取り、杖は自由落下速度を大きく超えた速さに至る。ネギを乗せた杖は横島を追い抜き、誰よりも先にエヴァンジェリンにネギを追いつかせた。そして彼女を力強く受け止める。
「くうっ!」
その際に変なところに重心がズレてしまったらしい。バランスが崩れ、暴れる杖。片手でエヴァンジェリンを支えるのに使っている為、ネギはもう片方の手で杖を握りしめて必死に杖の舵を取る。ネギはほんの僅かの時間で暴れる杖の動きを掴むと、杖の動きに逆わらない様に杖の動きを利用するように、橋の上に向かって飛んでいく。
「へっ?」
と、なると。必然横島は元々エヴァンジェリンが居たはずであった、何もない空間を通過する羽目になり、
「ええええええ!?
ちょ、俺なんの為に飛び込んだのっ!? つか、飛べない。俺空とか飛べないからっ!! ヘルプ、ヘルーーぶっ!」
川に叩きつけられた。しかも飛び込みの様に水の抵抗を減らす飛び込み方では無くて、布団にダイブするように思いっきりうつ伏せである。そのまま少しだけ沈んだ横島は、今度は仰向けに川から浮かびあがると目を回したまま流れのままに流されていく。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
一方、橋の上でそんな間抜けな横島を見ていた一同。
「よ、横島さーん!?」
「よ、横島先生ー!?」
「横島の兄貴ぃー!?」
「あああああああああ……」
「何でアイツは飛べもしないのに飛び込むのだ!?」
「ちょ、ちょっと僕、助けてきますっ!」
橋の上から叫ぶおキヌ、アスナ、カモ。茶々丸はオロオロとするだけだし、エヴァンジェリンはがぁー、と叫ぶのみ。唯一ネギだけが杖にまたがって横島に向かい飛んでいく。
「…………ん?」
と、それを見ていたエヴァンジェリンは唐突にクンクンと鼻をならす。そしてキョロキョロと周りを見たエヴァンジェリンは、彼女の風上におキヌしかいないことを確認すると彼女に問いかけた。
「おい、氷室。…………お前、なにか変なものを持っていないか?」
「へっ?」
いきなりのエヴァの言葉に首を傾げるおキヌ。そんなおキヌに表情を曇らせたまま続けるエヴァ。
「いやな、さっきから変な臭いがするんだよ、キサマから。そう、例えばニのつく――」
「あ、もしかしてニンニクの事ですか?」
事もなさげにひょいとニンニクを取り出すおキヌ。一瞬、エヴァの動きが止まり、そして――
「ひ、ひぃぃぃ!? 何でニンニクなんぞ持ってるんだキサマァー!?」
「効果覿面っ!? もしかしてニンニクを大量に投げれば勝ててたの?」
「そんな訳あるか氷室キヌ! 人のトラウマつつくような事を言うなっ! 殺す、絶対貴様いつか殺ーす!!」
一瞬で騒がしくなる場。アスナはそんな二人を呆れた目で見てから、ふと視線をズラしてみてみる。と、下着姿でグッタリしているバゼットが目に飛び込んできた。しかも僅かだが地面に血だまりができていて、思わずギョッとなるアスナ。
「ちょ、え? バ、バゼットさん? 何があったの、ねぇ!?」
「うほっ!!」
「状況を見て発情しろ、このクソエロカモッ!!」
空気を読まないカモはアスナの比類無き一撃で沈黙する。断末魔さえあげさせない早業であった。そしてそれら全てを意に返さずに淡々とアスナの何があったのかの質問に答える茶々丸。
「バゼットさんは先ほどマスターと交戦し、敗北致しました。体中に多くの刺し傷がありますが、筋硬直剤が効いている間に失血死の心配はありません」
「…………ちなみに筋硬直剤の効果が切れたら?」
「高確率で失血死します」
「ネギー! バゼットさんが瀕死! 魔法、魔法を!!」
茶々丸の返事を聞ききるか否かというタイミングで橋から身を乗り出し、大声をあげるアスナ。電気が回復し、うっすらと光水面からうえぇと言った返事が戻ってくる。
「そ、そうだ、バゼットさんを忘れてた! でも僕、もうそんな魔力残ってないですよー! 横島さんを助けるのでいっぱいいっぱいですっ!」
「あーもー、何で空を飛べもしないのに飛び込むのかな横島先生はっ!!」
がしがしと頭をかきむしるアスナ。そしてその話に割り込んできたのはおキヌ。
「あっ、ヒーリングなら私が!」
「待てぃ氷室! まだ話は終わっていないぞ!」
「それどころじゃないでしょうが。いいからとっととおキヌちゃんを渡しなさい!」
そしておキヌを引き止めようとするエヴァンジェリンととっくみ合いを始めるアスナ。
「あああああ…………」
それをオロオロと見る茶々丸はどう止めたらいいのか分からないようで、つまり実質何もしていない。
「って、横島さんの服が水を吸って重いぃー! 余分な魔力なんてないのにー」
橋の上でも下でもお祭り騒ぎ。この騒ぎが収まるでもうしばらくの時間がかかりそうだった。
「…………すぅ」
「…………むにゃあ」
「…………くぅん」
「…………ぅ、ぅん」
うって変わってここはとても静かな大浴場、気持ちよさそうに眠るメイド服の少女が4人。そして、
「うーん、うーん…………」
物理的な頭痛に呻くブーメランパンツ一丁の、たんこぶ付き白髪肌黒の大男。女子寮の浴槽にパンツ一丁で浮かんでいるのが哀愁を誘う。
つまり、どこまでも平和な幕引きだった。