3章 0話
絶望の夜は明け、希望の朝日が世界を照らす。
「――昨日はありがとうございました」
「全くよ、世話のかかる先生なんだから」
「…………」
「…………」
「いえいえ、こんな事ならいつでもお手伝いしますよ」
「こんな事、ないのが一番だけどな」
決戦の夜が明けて、朝。大手チェーン喫茶店の前でほのぼのとした空気を出す4人と1匹と、2人。
「んじゃ、コーヒーでもおごってもらおうかなー? 先生」
(兄貴! 俺っちもエスプレッソ!)
「は……は~~い。あ、横島先生とおキヌさんも何か飲みますか?」
「それじゃあ失礼して、アイスコーヒーをお願いします」
「ん~。じゃあ俺もブレンドのL」
「分かりました、ちょっと待ってて下さいね」
「…………」
「…………」
そう言ってカウンターへ小走りで向かっていくネギ。そんな少年を微笑ましい目でみる女子中学生2人とあくびをかみ殺している副担任。
「しかしあの坊主は元気だね~。結局朝方まで大騒ぎをしてたってのに」
「……そう言うと物凄くお年寄りに聞こえますよ、横島さん。横島さんだって十分若いじゃないですか」
「いや、仕事が忙しくて最近あんまり寝てないんだよ。あ~あ、学生時代が懐かしい」
「…………」
「…………」
「いや、それ生徒の前で言う言葉じゃないんじゃない?」
「まあ、兄貴は魔法で体力を増強させてるからな。多少の無理は効くんだよ」
4人かけテーブルを2つ並べた8人かけテーブルに陣取りながら世間話をする一行。そんな一行に近づいてくる影が。
「あの……スイマセン」
投げられかける声。みんながそちらの方に視線を向けてみれば、そこには昨夜から今朝まで死闘を繰り広げた茶々丸とエヴァンジェリンの姿が。しかも茶々丸は無表情だし、エヴァンジェリンはふて腐ったような態度をとっている。何か用かと怪訝な目をアスナが向けると、それを待っていたように口を開く茶々丸。
「店内が混雑しているため、座席の確保ができませんでした。よろしければ相席を希望したいのですが」
「ええ、構いませんよ」
誰の許可も取らず、笑顔でおキヌが即答。
「って、えええ? おキヌの嬢ちゃん、いいのかい?」
「いいんじゃないですか? 困ってるんですから相席くらい」
「…………」
「…………」
「しかしなぁ、昨日の今日でよくそんなにいい笑顔で返事が出来るなぁ?」
「そこの小動物の言う通りだ氷室キヌ。お前はもう少し危機感を持った方がいい」
「いや、ためらいなく席に座ってるアンタにだけは言われたくないと思う」
「それには俺も同感だな、アスナちゃん。つうか、茶々丸ちゃんも度胸があるというかなんというか……」
「ネギ先生や神楽坂さん、横島先生やおキヌさん、そして衛宮先生とバゼットさんならば信用に値すると判断しましたので」
「俺っちは!?」
「…………カモミールさんも信用に値すると判断します」
「今の間は何よ、今の間は。まあエロガモなら仕方ないか」
「姐さーんっ!?」
「…………」
「…………」
何の違和感もなく世間話に加わってくるエヴァンジェリンと茶々丸。そこにお盆いっぱいに飲み物を乗せたネギが戻ってきた。
「みなさん、お待たせいたし……あ」
「ぬ…………」
ネギとエヴァンジェリンの視線が絡み、止まる両者。
「えっと、これはアイスコーヒーだな、はいおキヌちゃん。こっちのMのブレンドがアスナちゃんで、Lが俺。あ、カモ。お前の注文どれだっけ?」
「もうお盆の上にエスプレッソしか残ってないじゃないですか、嫌がらせっスか!?」
「…………」
「…………」
「冗談だよ、冗談。はいエスプレッソ、茶々丸ちゃん」
「完全に嫌がらせっスねっ!!」
「いえ、私はガイノイドですので飲食は……」
その横で繰り広げられる間抜けな会話。その緊張感の無さに肩の力を抜く二人。
「こ……こんにちは。エヴァンジェリンさん」
「フン! 気安く挨拶を交わす仲になったつもりはないぞ」
微妙に機嫌の悪いエヴァンジェリン。だがそれでも席を立つ程ではないようだ。
「それはそれとして…………」
ネギから視線を外し、ソレを見るエヴァンジェリン。
「…………」
「…………」
「アレはなんとかならんのか!? うっとおしくてたまらんわっ!」
彼女が怒鳴りながら指す先に居るのは士郎とバゼット。周りの空気ごと真っ黒に染め上げて、ブツブツブツブツと何事かを呟いていた。もし耳をすませば「ネギ君に、オレはネギ君に……」とか「仕事失敗仕事失敗仕事失敗仕事失敗……」とかいった声が聞こえてきただろう。
「もともとはエヴァンジェリンのせいじゃない。アンタがなんとかしなさいよ、私だって気分が暗くなるからなんとかしたいわ」
疲れたように言うアスナ。さっきから彼らをなんとか元気付けようと苦心した彼女なのだが、結果はまあ言うまでもないだろう。
「つうかなー、二人とも真面目過ぎなんだよ。もっと割り切んなきゃ人生辛いぞ?」
「お前はもっと落ち込め。あのオチは最低だったぞ」
そして自分を棚にあげて全く反省していない横島の意見にエヴァンジェリンが思わずつっこんだ。そしてその声にピクリと反応するバゼット。
「…………」
暗い雰囲気のまま、ポケットから紙を取り出す彼女。そしてノロノロとした動作でそれを横島に差し出した。
「ん? なんだ? ラブレター?」
首を傾げながらもそれを受け取る横島。そこに書かれた文字は――
『 請求書 横島忠夫様
¥200,000―
但し、スーツ代として』
「オレの誓いは、願いは――」
「仕事失敗仕事失敗仕事失敗仕事失敗……」
「出費怖い出費怖い出費怖い……」
横島を追加した三人が店の一角で暗い空気を醸し出す。
「あ、あの。一人増えたんですけど……」
「もうほっとけ」
それを冷や汗混じりに見る一同。そんな中、ふと思い出したようにエヴァンジェリンは口を開く。
「そう言えば貴様、私にサウザンドマスターの事を聞きたいと言っていたな。まあ私もここに縛られている身、大した事は知らんが約定は違えん。何が聞きたい?」
それには無意識かどうかはおいておいて話題を変えたいという思いもあったのだろう。しかしこの話題変換は彼女にとって完全に裏目に出る。
「あ、サウザンドマスターってネギ先生のお父さんの事でしたっけ? たしかエヴァンジェリンさんが好きだったんですよね」
ぶっーーっ
おキヌのあどけない言葉がエヴァンジェリンにコーヒーを噴き出させる。そしてその後の彼女の行動は早かった。ほぼ瞬間的にネギの前まで移動すると、その襟元をキューっと絞め上げながら大声で怒鳴る。
「き、き、貴様、やっぱり私の夢をーー!? というかどこまで見た、どこまで見たっ!?」
「い、いえ、あの……」
首を絞められながら、それでも必死になって言い訳の言葉を探すネギ。そんな彼らを輪の外から面白い表情で見るアスナとおキヌ。
「そうなのですか、マスター?」
「ええい、うるさいっ!」
言うまでもないが、今の彼女に忠実な従者の言葉は嫌味にしか聞こえない。顔を真っ赤ににして怒鳴り返すが、その表情もたちまち曇る。
「…………だが、奴は死んだ。10年前にな…………」
「え……」
呆然としたアスナの声。変わらず口を開くエヴァンジェリン。
「私の呪いもいつか解いてくれるという約束だったのだが、まあくたばってしまったのならば仕方なかろう。フン、私はよっぽど約束を守られる事に縁が無いようだ。
おかげで強大な魔力によってなされた私の呪いを解くことのできる者はなくなり、10数年の退屈な学園生活だ」
そこで言葉を区切り、ズズ……っとコーヒーをすする少女。その寂しそうな顔の裏にはいったいどんな想いが隠れているのか。そしてネギはコホンと一つ咳払いをすると、真っ直ぐに少女の目を見て宣言する。
「でもエヴァンジェリンさん。僕、父さんと――サウザンドマスターと会ったことがあるんです!」
その言葉にエヴァンジェリンの眉がピクリと動く。
「…………何だと? 何を言っている。奴は確かに10年前に死んだ!! お前は奴の死に様を知りたかったのではないのか?」
そう。それが魔法界の正式発表。その諜報機関の実力は折り紙つきだし、そもそも大戦の英雄ナギ・スプリングフィールドの生死だ。中途半端は情報を表にするわけはないと踏んでいたエヴァンジェリンだが、ネギの言葉はそれを真っ向から否定する。
「違うんです! 大人はみんな僕が生まれる前に父さんは死んだって言うんですけど…………6年前のあの雪の夜、士郎さんと出会った夜。僕は確かにあの人に会ったんです……。その時にこの杖をもらって……。
だからきっと父さんは生きています。僕は父さんを探し出すために、父さんと同じマギステル・マギになりたいんですよ」
自分の言葉を疑わずに言うネギ。そしてその内容を一瞬で吟味するエヴァンジェリン。だがしかし本当ならば吟味する必要もない、なぜならばあの人を喰ったような男のことだ。1%でも可能性があるのならば、生きているに決まっている。
彼女の思考がそこに至った時、その目もとからジンワリと何かが滲んだ。
「そんな…………奴が…………サウザンドマスターが生きているだと?」
そして次に浮かぶのは笑み。エヴァンジェリンは場所もわきまえずに大きく笑う。
「フ……フフ、ハハハハ! そーか! 奴が生きているか。そいつはユカイだ。ハ……殺しても死なんよ―な奴だとは思っていたが。
ハハハ、そーかあのバカ。フフハハ、まあまだ生きていると決まった訳じゃないがな!!」
本当に、本当に嬉しそうに。そんな彼女を冷や汗混じりに見るアスナとおキヌ。
「うれしそーね」
「ええ、物凄くうれしそうです」
ひとしきり笑う真祖の吸血鬼。そして笑い終わった時、ネギは気まずそうに口を開く。ここまでエヴァンジェリンが喜ぶと思ってなかったので、次の言葉を言うのが気まずかったのだろう。
「で、でも。手がかりはこの杖の他には何一つ無いんですけどね……」
「――京都だな」
突然のエヴァンジェリンの言葉に面食らうネギ。そんなネギを見て、クスクスと愉快気に笑いながら言葉を続けるエヴァンジェリン。
「京都に行ってみるがいい。どこかに奴が一時的に住んでいた家があるはずだ。奴の死が嘘だと言うのなら、そこに何か手がかりがあるかも知れん」
固まる、ネギ。6年前の雪の夜。その時から全く得られなかった父の手がかり。いや、手がかりらしきモノ。しかしそれでも初の情報である。ネギは再起動にほんの少しだけ時間を使ってから、急にアワアワと慌てだす。
「き……京都!? あの有名な! ええーと日本のどの辺でしたっけ……。困ったな、休みも旅費もないし…………服の弁償代とかで……」
ここに来て自分の未熟な魔法の腕を恥じるネギ。せめて魔法を暴発させるクセさえなければ旅費だけはなんとでもなったのにと悔やむ少年に、アスナが笑いながら言葉を引き継ぐ。
「ちょーど良かったじゃん。ネギ、ねえ?」
「ハイ」
「私、すごく楽しみなんですよっ! 修学旅行なんて初めてで!!」
そう、3―Aの修学旅行の行先は京都。休みも旅費も、全く心配いらない。
騒がしくなるであろう4泊5日の旅は、もう目の前まで迫っていた。