二組六人の異世界人   作:117

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0章 2話

 彼は、まるで風のようで。

 

 

 

 唐突だった。変わった服装の、その男が空から落ちてきたのは。

 天空に魔法陣など無く、転移魔法でないことだけは分かったがそれがなんだと言うのか。

 まるでこの世の地獄を再現したような場所に落ちてきて、最初に浮かべた表情が恐ろしげな笑みだったのだから性根はひねくれきっているに決まっている。

 だが、それすらも私には関係ない。ようは敵であるか否か、私が傷つけるべき人間か否か。

 ――私を、傷つける人間か否か。それだけが問題だ。

「誰……?」

 だから視線があったらすぐに聞いてやった。少なくとも名前は聞いておいて損は無いだろう。だというのに、その男は最悪の返事をしてきた。

「俺は本名はとある事情で名乗れないんだが、一応ランサーって名前で通してるモンだ」

 それだけ聞けば十分だった。

(……ふざけるな)

 私に人を呪う能力などありはしない。それなのに吸血鬼と言うだけで名前を名乗る価値も無いと言うのか。

 ……誰も私に名前を教えてくれないのか。私と、名前を交換してくれないのか。もしかしたらと思い、何度も裏切られてきたその希望。その想いはここでも裏切り、心に傷をつける。

(それなら、それでもいい……)

 偏見を持つなら持ったまま死ね。名前を言わぬなら私の名前を知る必要も無い。もう、何も言わなくていい。黙って死んでくれ。

 

 だけど、気が付けば負けていた。

 

 私の使える最強呪文はなんの痛痒も与えず、その穂先は見る事すら出来ずに私の喉元に迫っていた。

 そうしたら不思議と涙が溢れた。

 死ぬのが恐かった、あんなにも多くの人間を殺してきたのに。

 死ぬのが寂しかった、もう温もりなんて手に入らないものとあきらめていたのに。

 そう思った矢先に、そのランサーと名乗った男は敵じゃないと言ってくれた。

 泣いた私の頭を撫でてくれた。

 私を不器用に抱きしめてくれた。

 そして、私の名前を聞いてくれた。

 

「家はもう無い。年は13。名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。真祖の、吸血鬼」

 

 その言葉を言い終わった後のランサーの顔を見た時の恐怖は、死を覚悟した時より恐いものだった。

 笑顔でなく、鋭い射抜くような目。

 今のは私が吸血鬼である事を知らなかったからこその言葉ではなかったのか。

 その手にある紅く冷たい槍で、まだ温もりの残るこの胸を突き殺すのではないか。

 死より温もりが消えるのが、ただ恐かった。

 その永遠のような一瞬の後。

「ま、いっか」

 救われた。

 その何気ない一言で何よりも救われた。

 そしたら、またワンワンと大声を上げて泣いてしまった。

 ……正直に言って少し恥ずかしかった。私はもう子供じゃないのに。

 

 そしてしばらくは旅を共にして、その間に色々な事を話した。

 昔はお城に住んでいた事。吸血鬼になった経緯。何もしていないのに、吸血鬼というだけで襲われた事。

 そして、一番言うのに緊張したあの言葉。

「ねえ、ランサー?」

「あん?」

「パパって……呼んでいい?」

 あの時のランサーの珍妙な顔は一生忘れられない。

 その後の『しゃあねぇか』と言う言葉も、照れくさそうなパパの顔も、その嬉しさも。

 

 パパも色々な事を話してくれた。

 昔は戦ってばかりだった事。信頼できたパートナーを守り切れなかった事。半年間の平穏のこと。守り切れなかったパートナーと戦った事。

 そして、離れ離れになったそのパートナーを今も探している事。

「なあ、キティ」

「なぁに、パパ?」

「……いや、なんでもねぇ」

 その時パパが何を言おうとしたのか、未だによく分からない。

 

 私は夜しか動けない吸血鬼だから、昼間は陽の差さない所で眠っている。そろそろお日様が恋しくなってきたから、太陽を克服してみようかなとも思う。

 私が眠っている昼間にパパは、ゆっくり休むのではなくて兎や魚を取ったりして私が起きたら一緒に食べたりした。

 そのうちに私に色々な事を教えてくれた。

 火の熾し方、兎や魚の取り方、槍の使い方、戦いの仕方。

 槍の使い方だけは背丈のせいで覚えれられなかったけれども、その他の事はだいたい覚えられた。

「でもな、体術は色々と便利だから何か覚えておいたほうがいいぞ。

 理想はなんでもそつなくこなした上で、誰にも負けない1つを持つ事だ」

 パパがそう言ってたから、そのうち何か私にあった武術でも学ぼうかと思う。

 後、パパについて気付いた事。最初に会ったときに思った、パパの性根はひねくれきっていると思ったのは間違えじゃないと思う。死と戦場を好むその性格に弁護の余地は無い。

 ただ、その分純粋なんだ。パパは性根はひねくれきっているけど純粋な、きっとそんな人。

 

 パパと旅していた間は生涯忘れられない、私の中で最も輝いていた時間の一つだったように思える。

 だからパパと別れたその時その瞬間も生涯忘れられない。例えそれが私を蝕む記憶だったとしても。

 今尚夢見る。そしてその夢を今夜も見た。

 

 

 

「もし、そこな方」

 それはランサーとエヴァが出会ってから季節が二巡りほどした頃。星空を仰ぎ見ながら崖のそばで、仕留めた鹿を焼いていたときの事だった。

「ん、俺らか?」

「うん。だってここには他に人は居ないもん」

 ランサーとエヴァの簡単なやりとり。そこで改めて二人と人形一つは話しかけてきた人を見る。

 瞬間、3人の顔が歪んだ。ランサーとエヴァの顔が嫌そうに、チャチャゼロの顔が嬉しそうに。

 そこにいたのは教会の人間。吸血鬼殺しを生業とする魔法使いだった。最近は教会の拠点に近いのか、よくこの類の魔法使いと遭遇する。

「あ~、またか」

 ランサーがいくら戦いが好きとは言えども、こう立て続けにレベルの低い相手ばかりするのは気が滅入る。

 とは言えども、黙って滅ぼされる言われもまた無い。ランサーは仕方なく、面倒臭そうに腰を上げる。

「別に私たちはあなた達に危害を加えるつもりはありません。出来れば帰っていただきたいのですが」

 優しい口調で無駄な説得を試みるのはエヴァ。教会の命令で仕方なく襲ってきた非戦闘員も中にはいたのだから、覚悟の出来ていないエヴァには辛いものがある。

 もっとも“無駄な”と前述した通りにその説得が実を結んだ事などただの一度も無いのだが。

「ケケケケケ」

 殺戮を期待した不気味な笑い声をあげながら立ち上がるのは、すでに巨剣を持った殺人人形・チャチャゼロ。

 ちなみになぜチャチャイチではなくチャチャゼロかと言うと、最初にエヴァが従者として作った人形はたくさんあったのだが、ランサーと出会う前の度重なる戦いでチャチャゼロ以外が壊れてしまったのだ。

 で、何番目に作った人形か分からなくなったので、とりあえず0番……チャチャゼロでいいやと、投げやりにエヴァが名付けた。ちなみにチャチャという部分はエヴァの好みだったりする。

 

 閑話休題

 

 殺気だちながらも立ち上がった三人に対して、教会の男は笑いながら首を振った。

「いえいえ、いきなり滅すつもりなど毛頭ございません。まずはお話をお聞きしたいのですがよろしいですかな?」

 そう穏便に鎮める。その言葉にエヴァはほっとし、チャチャゼロはつまらなそうに剣を降ろし、鋭い眼光のランサーは構えを解かない。

 その姿に納得したような笑顔を浮かべて、教会の男は自己紹介を始める。

「まずは私の名前を。アンドル・L・ロースターと申します」

「エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル」

「ケケケケケケ」

「……ランサーで通してるモンだ」

 まともに自己紹介をしたのはエヴァ一人。それに気分を害した様子も無くアンドルは笑みを浮かべ続ける。

「おや、そちらの幼子はお貴族様でしたか。これは失礼を致しました」

「構わないです。帰る家など無い身ですから」

「……触れてはいけない、話題でしたかな」

 悲しそうなエヴァを見て、アンドルは心底申し訳なさそうな顔で言う。

 そしてすぐに視線をエヴァからランサーへ移し、真剣さをにじませながら話しかける。

「それで、吸血鬼殿はランサーと名乗った御仁でよろしいですかな?」

「いんや。俺は吸血鬼なんてものになった事はないぜ。悪魔の血ならどっかに混じってるかもしれないけどな」

「吸血鬼は私だ。パパじゃない」

「俺ハタダノ人形ダシナ」

 そう口々に言うのにアンドルは意外そうな顔をする。

「おや。お嬢様が吸血鬼殿でしたか。そしてランサー殿が父君ならば、お嬢様も悪魔の血が?」

「いいえ、パパは義理の父です。行く当ての無い私を拾ってくださいました」

「それはそれはご立派ですね」

 柔和な笑みを浮かべるアンドル。そうした後にキリと顔を引き締めて問いかける。

「では本題に入らさせて頂きます。

 実は御三方にやられた同輩がかなりの数に上っていましてな、出来ればこれ以上の犠牲者は出したくないのがこちらの本音でして」

「そんな! 私だって人を傷つける気持ちなど全くありません! 襲われなければこちらから手出しは致しません!」

 アンドルは自分の言葉を遮ったエヴァの大声を聞いて満足気に頷く。

「ならばこれ以上のお話は必要ありませんな。教会に帰って今の話を上層部に通させて頂きます」

 柔和な微笑みを崩さないままにアンドルは踵を返す。それにホッと安心を顔に出すエヴァと残念そうなチャチャゼロ。

「待ちな、止まらなければ殺す」

 そして、終始構えを解かなかったランサーの切り裂くような声。その声にアンドレは柔和な笑みを崩さないままランサーに向き直った。

「ランサー殿、どういたしましたか? 心配せずとも我が神に誓って今言った事に嘘偽りはございません」

「そうよパパ! もう誰も殺さなくていいのに何でアンドルさんを止めるのっ!?」

「甘いな、キティ。一人だったら捕まって火炙りにされてるぞ」

「何でよっ! この人達の神への誓いは本物よっ!」

 激昂するエヴァにランサーは冷たい視線を送る。

「お前は、黙ってやがれ」

「ケケケケケ、オ手並ミ拝見ダナ」

 ランサーのまなじりに言葉が凍るエヴァとこれからの展開に期待を膨らませているチャチャゼロ。その両方を意識の外において微笑むアンドルを見据えるランサー。

「大根だな、テメェ」

「……一体なんのお話ですかな?」

「演技の話だよ。せっかく結びかけた契約を破棄された時や、対等だと思っている相手に名を名乗られなかった時は普通腹ぁ立てるもんだぜ?」

 ピクリとアンドルの眉毛が動き、ランサーはそれを見逃さない。

「これでも私は穏やかな性格で有名でしてな。契約が結ばれなかった程度では怒りに身を任せる事はございませんな。それに今まで話を聞かずに襲っていたのはこちらの非。なればこそ君と我の立場は対等ではございません」

「そうかい。じゃあ上層部になんて報告するつもりだ?」

「もちろん、彼の吸血鬼は我等と襲おうとはしないと」

「……で?」

「以上でございますが、なにか?」

 アンドルは全く変わらない柔和な笑みを貼り付けたまま。それを見て獰猛な笑みを深めるランサー。

「大根すぎるぜ。信用して欲しいなら、騙すつもりなら。まずはその仮面のような笑顔を外してから会話しろ。そして図星を突かれても揺るがない心と顔、ついでに目から軽蔑の色を消して出直して来い」

「と申されましても自分の表情などどう変えていいのやら。一体どうしたら信用していただけるのかな?」

「上層部にここにいる俺とエヴァ、そしてチャチャゼロを襲わない事。そしてそちらが出来る限りの安全を保証する事を全力でかけあう事とその話に嘘偽りが無い事を、テメェの神とやらに誓ってみな。そうしたら信用してやるぜ」

 とたんにアンドルが被っていた笑の仮面が剥がれ、憎しみに満ちた素顔があらわになる。その余りの豹変振りにエヴァはオロオロとし、チャチャゼロは嬉しそうに剣をとる。

「落第点だ、キティ。相手はこうやって牙を剥いてんだ。とっとと構えを取れ」

 ランサーの言葉に慌てて後ろに下がるエヴァ。すでに本性を隠す気もないアンドルは盛大な舌打ちをした。

「ど、どういう事なのよ、パパ!」

「どうもこうも、こいつは俺たちに接触して情報を引き出すのが目的だったんだよ。さしずめ上層部への報告内容はこんなことだろ。

 『少女の名前はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル。男の名前は不明だがランサーと名乗った。人形に関しては不明。

  少女の方が吸血鬼で男の方は悪魔の血を引いていると認めた。両者共に酌量の余地は無し。少女は男を父と呼んでいるが、血縁関係は無し。

  男に隙は無かったが、少女には付け入る隙はあり。まずは少女の方から神の裁きを下す事をお勧めする。

  尚、少女は人を襲わないと明言したが真贋は不明』

 と、こんなところじゃないのか?」

「だって私は本当に人は襲わない!」

「保証がねぇだろうが。万が一キティが誰かを襲ったときにはこいつらの中で誰が責任を取る? 言っておくがアンドルは取らねぇと思うぞ」

 ランサーの最後の言葉にエヴァは出そうとした言葉を飲み込む。そして代わりの言葉がエヴァの口から飛び出した。

「で、でも普通の人だって犯罪を犯すじゃない!」

「だから保証の効かない孤児とかは穢れた存在だって殺すじゃねぇか、コイツラは」

「でもでもっ! アンドルさんは神に誓ったじゃない! 教徒の神への誓いは絶対だわ!」

「アンドルが誓ったのは『いきなりは滅さない』『まずは話を聞く』『名前はアンドル・L・ロースター』『犠牲者は出したくない』。これらの話が嘘でないことだけだ。俺らに危害を加えない事は誓ってない」

「…………」

 縋るような目でエヴァはアンドルを見つめる。だが、答えである視線はエヴァの望む形とはかけ離れていて。

「俺も嬉しくない縁で教会の奴等との面識はあるけどな。嘘はつかない分だけ人を騙すのには長けてるんだよ、コイツラは。まあ俺の知ってる修道女の方が百倍イヤな奴で、俺の知ってるクソ神父の方が万倍騙すのが得意な奴だったがな」

 その言葉に僅かな笑みも漏らさず、ただ傲慢だけを声に乗せてアンドルは言い捨てる。

「それはこちらとしても嬉しい限りだ。貴様等のような下賎な者共と我が教団が嬉しい縁が結ばれていると考えただけでも虫唾が走る。貴様等と我等が結んでいい縁はただ一つ、我等が断罪し貴様等が断罪される。それだけだ。

 更に言うならば人を救う我等が愚かな人格でどうする? 貴様如きが知ってる者共などとは、私は信仰心が違うのだよ」

「心配すんな、あいつらの方がお前より億倍ましな奴だったよ。間違っても尊敬は出来ねぇしロクでもねぇ奴等だったが、信仰心と器だけはでかいからな」

「――その言葉、万死に値する」

「底が知れたな、雑魚。本物の信念は他人になんて言われようが揺らがねぇモンって相場が決まってんだよ」

 信じる神や信念、つまりはゆずれないものを侮蔑する。それより相手を怒らせるモノはない。それを的確に理解するランサーはアンドルの怒りを煽った。

 怒りは攻撃を強力に、単調にする。理性を欠いた人間に遅れを取る事など、英霊にはありえない。

 

 ジャル

 

 耳障りな金属の擦れ合う音。アンドルが取り出した武器はチェーンクロス。十字架の形をした鉄製の鞭。

 ただでさえ軌道の読みにくい鞭に左右のしなりも加わり、回避も防御も習得も最上級の難易度を誇るそれは、熟練者になると叩くというより抉るといった表現に相応しい破壊力を持つ。

「罪の後には罰があり、更にその後には救いがある。貴様等の穢れた魂とていつか主が救ってくださるだろう!」

 そして放たれるアンドルの一撃。吸血鬼であるエヴァにすら視認する事が限界な速度で放たれたそれは、

「……チ、この程度かよ」

 英霊の前には児戯に等しかった。ただ無造作にゲイボルクによって振り払われ、地に落ちる。そしてその瞬間にはランサーは駆けだしていた。振り払うのと走り出すのを同時にすると言う事はすなわちチェーンクロスを腕の力と技だけで叩き落としたと言う事。

 だが、アンドルの方も打ち落とされたと理解した瞬間に言葉を叫んでいた。

「アデアット!」

 光と共に現れた木製の篭手はゲイボルクの一撃を受け止めていた。

「どうしてなかなかいい腕をしてるじゃねぇか。少しは見直したぜ」

 ランサーは裏無く褒める。例え走る事に全力を注げなかったとしても、槍の英霊よりも速く行動出来たのだ。これを褒めなくて何を褒めるというのか。

 だが褒められた方は渋面を作る。こちらも絶対の自信を込めた一撃を打ち落とされたのだ。例え相手のスペックが自分より上回ってたとしても面白いものではない。

「どうやら、根気の勝負になりそうだな」

「そんな心配はいらねぇ。すぐに終わらせてやるよ!」

 神速。それに相応しい速度で繰り出される紅い槍。だがそれは。

「無駄だ。根気の勝負といったであろう?」

 ちゃっちい木製の篭手に全て防がれた。それは英霊と人間との差を考えればありえざる事。

「そのアーティファクトの能力かい?」

「その通りだ」

 故に答えは容易に出た。性能を見る限りでは超一級のアーティファクト。

「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック!」

「ケケケケケ!」

 そしてランサーと打ち合ったのを好機と見たのか、エヴァとチャチャゼロが動き出す。その意図を正しく読み取ったランサーも攻撃のモーションに入る。

「闇の精霊61柱! 魔法の射手 連弾闇の61矢!」

 まずはエヴァのサギタ・マギカ。だがこれは目くらましで、本命はサギタ・マギカの影に隠れる形になったチャチャゼロとランサーの同時攻撃。

 篭手はたった一つしかない以上、同時攻撃という案は即席にしてはなかなか的を得ていると言えるだろう、が。

「だから、無駄だ」

 宿命的に、刹那の時間差は存在する。そのアーティファクトにとっては刹那の時間で十分だった。サギタ・マギカの全てとゲイボルクの一撃は篭手に防がれ、チャチャゼロの大剣はチェーンクロスによって軌道を逸らされる。

「……そんな」

 ただでさえレベルの違う相手である。自身の策がエヴァの心は一気に諦観に傾き、頭を垂れかける。

「諦めるな!」

 ランサーの怒号。ビクリと体を震わせたエヴァに更なる怒号が飛ぶ。

「諦めは歩みを止めて全てを投げ出す事だ。俺とチャチャゼロとなによりキティ! お前の命を諦める事だ! 例え死んでも、死んだ後でも諦めるんじゃねぇ!」

 曰く、クーフーリンという人物は立てなくなった時でさえ、己を貫いたままの槍を木に突きつけて倒れる事を良しとしなかった。倒れたものは敗者である事と同義だった世界で、死してもなお負けは認めなかった光の御子。それがランサー。

 ランサーの言葉。それはエヴァの心に深く染み込む。故に、

「諦めた方が身の為だ。我がアーティファクトの効果は絶対防御。根気の勝負であっても私には負けは無い」

 アーティファクトに頼り、盲信しかしない男の言葉など歯牙にもかからないのは道理。

「……ならば、私達も負けなければいい。勝てないならば逃げればいい」

「及第点だキティ。その考え方は間違えじゃねぇ。

 一番大事なのは誇り、次に命だ。誇りをもって逃げる事は難しく、そして立派だって事は忘れるな」

 3人が3人とも不敵な笑みを浮かべはじめ、アンドルはふむ。と頷いた。

「私が貴様等を逃すと思うか? 今、貴様等は足掻いた末の死を望んだに過ぎん。が、それもまた良し」

「おい、まさか俺がこの程度で負けると思ってんのか?」

 自信に満ちたランサーの言葉を受けて、全員が驚きに満ちた目でランサーを見やる。

「戦いの合格点はな、キティ。誇りを持ったまま勝つ事だ。

 常に相手を見ろ。思考を止めるな。諦観に流されるな。自分を信じろ。そして勝ちを信じろ。

 お手本を今から見せてやる。自分の身は守っとけよ。キティ、チャチャゼロ」

 自信と過信は紙一重ではあるが、ランサーほどの実力者にとって過信というものは無いに等しい。よって、可能性は本当に勝ちを信じているか、ブラフか。二つに一つだった。そしてアンドルは後者だと判断したようだった。

「……娘の前だからと虚勢を張るのは感心しないな」

 チェーンクロスを振って、ランサーの足元の地面を抉る。

「パパの勝ちを、私は信じてるからね」

 エヴァはもちろん前者。チャチャゼロと共に後ろへと下がる。それを確認したランサーはアンドルの目を見据える。

「絶対防御のアーティファクトと言ったか?」

「もちろんだ。私はこのアーティファクトを得てから実戦において他者から傷を負わされた事は無い。主に誓って、な」

「おもしれぇ。その神話、たった今崩してやる!」

 瞬間に駆けだし、槍が振るわれる。それは予定調和のようにアンドルの篭手が受け止め、そして止まる。何も変わってない攻防に、呆れた声をあげるアンドル。

「で?」

「次だよっ!」

 

 グキィ!

 

 破滅的な音がする。発生源はアンドルの首から。槍と篭手の接着面を支点として飛び上がったランサーの、遠心力が存分にのった蹴りがならした音だった。

 そして首の骨が折れたアンドルは、どう。と大きな音と砂埃を立てながら地面に落ち、ランサーは空中で一回転した後、華麗に地面を踏みしめる。

「「…………」」

 余りにあっけないアンドルの最期にチャチャゼロとエヴァは言葉も出ない。そんな二人にランサーは講義を始める。

「さっきの同時攻撃。それでコイツはチェーンクロスでチャチャゼロの剣を逸らしただろ?

 それで俺は疑問に思ったわけだ、何でチャチャゼロを直接攻撃しなかったんだろうかってな。本当にこの篭手が絶対防御の能力を持っているなら、チェーンクロスは攻撃に徹するはずだ。

 じゃあ何で防御に使ったのかって考えれば、コイツのアーティファクトは同時性が無いって事に気が付く。

 つまりは、俺のゲイボルクを抑えている間は次の攻撃がきても防げない。

 だからチャチャゼロを攻撃しなかったわけだ。もしチャチャゼロをふっ飛ばしても剣の振り下ろすエネルギーまでは止めらんねーからな」

 飄々と講釈を加えるランサー。それにいちいち頷くエヴァと、それを無視するチャチャゼロ。ちなみにチャチャゼロの意識は首の折れたアンドルに向けられっぱなしだ。

「さて、と。じゃあ俺は鹿の具合を見てくる。お前も腹が減ったら戻ってこいよ」

 すぐそばにある焚き火の側に行き、鹿の焼け具合を見たランサーの顔が歪む。明らかに焼きすぎだった。

 そしてエヴァとチャチャゼロは首の折れたアンドルのそばに行く。

 エヴァは哀れな死者を悼み、黙祷を捧げるため。チャチャゼロは死体観賞のため。

「…………」

 黙って目を閉じ、何時もの様に十字をきる。心からの願いをアンドルに捧げる。

(どうか、迷わず主の元へ逝けますように。主よ、どうかこの哀れな子羊に安寧の時を)

 見た目は10、実年齢も10台の半ば。見た目麗しい人形のような少女の献身的な祈り。そしてそれは、

「御主人危ネェ!」

 忠誠心溢れた従者に突き飛ばされた事で終わった。

 その小さな体にも関わらず勢いのついた体当たりは、エヴァを押しのけて代わる位置にチャチャゼロを置く。突き飛ばされたエヴァはしこたまお尻を打ちつけ、一方のチャチャゼロもその位置をすぐに譲る事となる。

「ギィッ!」

 そんな苦痛のうめき声と共に。足の一本をもぎ取られて、吹き飛ばされるチャチャゼロ。チャチャゼロの代わりにその位置についたのは鉄の鎖、チェーンクロス。

「いたたたたた……」

 エヴァはチェーンクロスの隣で、痛みに目を瞑りながらもお尻を擦っていた。それでもと目を開くと、目の前には教会の服を着た男。

 片手にチェーンクロスを、片手に篭手を。首を折られて死んだはずのアンドルの、五体満足な仁王立ちを、その網膜が脳に焼き付ける。

「っ!」

 言葉は無くチェーンクロスが振るわれる。寸分違わずその硬い金属の束はエヴァの脳天に向かっていき、鈍い音を立てながら血をぶちまけた。

「ちっ!」

 音もなく割り込んできたランサーの腕の血を。

「パパッ!」

 思わず上げたランサーへの声を拾うものは誰も無く。ランサーは抉れた腕にチェーンクロスを巻き付けた。

「むっ!」

 今度はアンドルの声。チェーンクロスを持った手が引っ張られ、向かう先はランサー。更にその先は……崖。

 アンドルの奇襲に気付いたランサーは全力でエヴァとの間に割り込んだ。全速疾走の甲斐あって攻撃の身代わりにはなれたがすぐには止めれずに、それどころか間違えなく崖に突っ込んでしまう速度を持っていた。

 もちろんここでアンドルとエヴァを二人きりになんて出来るはずがない。だから、チェーンクロスを引っ張ってアンドルを道連れにしたのだ。

 アンドルの方もすぐにチェーンクロスを放せば道連れは防げただろう。だが、自らの武器を手放す躊躇と手負いのランサーを逃がす不安。それが一瞬のチャンスを逃してしまう。

 次の瞬間には空中に投げ出されるランサーとアンドル。そして呆けるエヴァとピクリとも動かずに地面に横たわるチャチャゼロ。

「待ってろ、心配しなくてもこんな崖から落ちたって死にはしねぇ。

 また会えるからよ!」

 そう、ランサーは言い残して、奈落の底に続いているような崖へと落ちていく。

 そして数十秒の滞空時間の後に見えた地面に、二人は着地した。

 

 ボキベキッ!

「ぐぅ!」

 

 ランサーは両の足の骨を犠牲にして、滅多にあげない苦悶の声をあげながら。

「ほう、この崖から落ちて両足で済むとはなかなかに運がいい。だが、その運のここまでだ」

 対するアンドルは篭手を着けた腕のみで着地し、無傷。さっき蹴り折ったはずの首の骨すら折れていない。

「ばーか。運じゃねえ、実力だ」

 脂汗を掻きながらも言い返すランサーにアンドルは冷笑を浮かべた。

「なるほど、だがそれはどうでもいい。私のチェーンクロスに抉られた腕はまともに使い物にならないだろう?

 いくら利き腕が残っているとは言えどもそれでは神の裁きは防げまい」

「いらん心配すんな、俺は負けねえよ」

 その言葉を合図に、空間が凍える。

「……?」

 急に下がった温度に細心の警戒を払いながら、その原因を探るアンドル。やがてその答えをランサーの紅い魔槍に見出した。

「それが君のアーティファクトか? どんな効果だかは知らないが私の篭手は破れない」

「ホザケ。この槍の全力の前じゃあそんな篭手なぞ紙よりも薄い。吸血鬼染みた自己再生能力とてもうお前を蘇えらせられねぇよ」

「吸血鬼とは心外だな、これは神の御業の一つだよ」

「ようは魔法か。ちっ、俺とした事がミスっちまったぜ。まあいい、上で娘が待ってんだ。一撃で終わらせてやるよ」

 最後の会話が終わる。アンドルはチェーンクロスを構え、ランサーは血まみれで座りこみつつも、槍を利き手に握り締めて。

「――その心臓、貰い受ける」

「――アーメン」

 

 ギュリ

 

 まずは肉を鉄が抉る不快な音。喉を狙ったチェーンクロスはランサーの死に腕を代わりに抉る。

 そして腕を楯にしたランサーは痛みの表情も声も表す事無く。獰猛な笑みを満面に浮かべて己の愛槍の名前を謳い上げる。

「ゲイ――」

 血に染まったような槍をひき、

「――ボルク!」

 渾身の魔力と共に突き出す。

 一直線に心臓に向かう紅い槍にアンドルももちろんただ指を咥えて見ているだけではない。絶対防御を謳う篭手で進路を塞ぐ。

「はっ?」

 そして間抜けな声と共にすり抜けた。攻撃軌道上にあった篭手には影響を与えなかった槍はしかし。

 

 ズブギ

 

 心臓だけをまるで猟犬の様に喰らう。そうして奇妙な音と共に突き刺された槍はすぐに引き抜かれた。そこから吹き出るはずの血は、無い。

「ぐぅぅぅ……」

 アンドルはうめき声をあげながらも体中の魔力を集めて自身の心臓の修復にあてる。だが再生しない。しかし生が逃げていく。

「無駄だ。ゲイボルクで出来た傷は魔法じゃ治りが遅すぎる。テメェが生きている間にゃ治らねぇ」

 必死に命を留めようとするアンドルに向かっての無情な声。

「……ゲ、イ…ボ、ルク?」

 足掻きながらのアンドルの声に、嬉しそうな笑みを浮かべたランサーが答える。

「この槍の名前はゲイボルク。そして俺はその使い手、クーフーリンって訳だ。もちろん、本物のな」

 その言葉を聞いた瞬間に、アンドルは死を受け入れた。

「邪神、の……むす、こ、か――――」

 あまりに味気ない末期の言葉を残しての死。

 それを見届けたランサーはさっと立ち上がる。彼の傷は表面にはもうない。

「情けだ。ハイエナのエサにはしねぇよ」

 そう言ってランサーはアンドルの死体を引きずり、崖の底を流れていた川に投げ込んだ。水量も深さも速さも十分な川はあっという間にアンドルの死体を流し去る。

「さて、と」

 傷の完治しない手足で崖を上るのは困難。そう判断したランサーは近場の地理を思い出し、走り始める。

「確か、川の上流の方なら崖が低くなってたよな。あ~、鹿が心配だ……」

 傷を負ったままだから全力とは程遠いが、それでもかなりのスピードで暢気な言葉を呟きながら。ランサーは戦いの現場から急速に離脱する。そして――

 

「パパー!」

「ランサー、居ルナラ返事シヤガレ!」

 大した時間も置かないで空からエヴァとチャチャゼロが降って来た。エヴァは浮遊術でフワフワと、チャチャゼロは背中の羽を使いパタパタと。

 もしもエヴァがチャチャゼロの修復を優先せずに地面を目指したらランサーと会えただろう。だが、その僅かな時間の差が小さなすれ違いを生み、更に大きなすれ違いに変わっていく。

「見ロ、御主人!」

「血痕……?」

 彼女等が見つけたのは、一つの地面に落ちた痕と川へ続く血痕。そして少しだけ考えたエヴァの結論はこれだった。

「落ちて、怪我したパパが川に逃げ込んで、それをアンドルさんが追っていった?」

「多分ソウダロウナ」

 地面に落ちた痕にはたくさんの血痕が残されていた。アンドルのアーティファクトは絶対防御だった訳だから、可能性としてはこちらの痕がランサーな可能性が高い。

 そして今までの戦いでは傷一つ負わなかったランサーの回復力を知らない二人が出した結論は、妥当なものだと言えるだろう。むしろここで真実を言い当てるほうがおかしい。

「――チャチャゼロ、追います」

「アイ、マム!」

 躊躇い無くランサーの後を、川の流れを追う事を選択したエヴァ。

(……パパは強いんだ、死ぬ訳なんて無い。

 それに、また会えるって言ったんだ。絶対にまた会える!)

 

 

 

 

 

「ん……」

 目が覚める。そこは見慣れた自分の寝室の天井。10年程度しか住んでいないが、少しは愛着が沸いてきた。

「今度はあの夢か……」

 昔からエヴァはよく夢を見る。長寿の吸血鬼は過去の事は忘れやすいが、大切な記憶だけは忘れないために夢として何度も見るらしい。

 よく見る夢の人物はたった二人。かつてはパパと呼んだランサーと、サウザントマスターと唄われたナギだけ。

 

 あの後、エヴァは諦めずにあちらこちら、ランサーを探した。教会の追手と戦いつつ実力をつけて。だが、それもいつかは終わる。

 ランサーと別れてからふと気付くと100年が経っていた。人が生きれる時間が過ぎていた事をエヴァは100年という時間を聞いた時に認めてしまった。

 不思議と涙は出なかった。ストンと腑に落ちてしまったのだ。

 そしていつしか南洋の孤島に城を構えて。そしていつしかナギに会って――――――

 

「嘘つき」

 ポツリとエヴァの口から言葉が漏れる。

 ランサーはまた会えるといったのに会えなかった。ナギは迎えに来るといったのに来なかった。あげく二人とも死んだのだからこれから約束を守られる事もない。

「ホントに、嘘つき」

 まるでランサーにあったばかりの口調で繰り返した時、コンコンと控え目に扉を叩く音がした。

「おはようございます、マスター」

「ああ、おはよう茶々丸。朝食は?」

「下に用意が出来ています」

「ご苦労」

 そう言いつつもエヴァは茶々丸に手伝わせながらも、パジャマを脱いで制服に着替える。そして下に行き、眠気ざましの紅茶を啜りながら、すっかり喋るオブジェと化したチャチャゼロに挨拶をする。

「おはよう、チャチャゼロ」

「オハヨウ、ママ」

 紅茶が盛大に吹き出される。

「な…なななななななななっ!?」

「寝言デ言ッテタゼー。パパ、約束シタノニィ~ッテ」

「う、嘘だっ! 昔ならともかく私は500歳をゆうに越えているんだぞっ!? 闇の福音と恐れられたこの私がパパなど!」

「事実です。私の記憶メモリーにありますが、御覧になりますか?」

「……消せ」

 プルプルと震えながら、前髪で表情が見えないエヴァが言う。

「今すぐにその部分を記憶メモリーから抹消しろ、茶々丸もチャチャゼロも!」

「命令遂行いたしました、マスター」

「了解シタゼ、ママ」

「ガー!」

 用意されていたミルク入りのコップをチャチャゼロに向かって投げつけるも、怒りで手元が狂い、チャチャゼロには当たらない。

「いきなりどうなされましたか、マスター? それに姉さん。ママとは?」

「オオ、聞キタイカ妹ヨ」

「言うなっ! この腐れ従者!」

 ぎゃーぎゃーと騒がしい声。そして今日もエヴァの日常は平和だった。

 

 

 

 彼はまるで風のようで。イヤでも心に入り込んで、愛おしさで心を満たしてくれる。

 彼はまるで風のようで。去る時、指の間をすり抜ける時。砂より体には残らない。

 

 彼はまるで風のようで。いつかどこかで、きっと必ず巡り合う。風無き時には忘れてしまうが。揺るぎようもなく、それは純然たる事実。

 

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