そしてまた一つ世界は広がりを見せる。
朝。
「…………」
「ぐー、が……ぐー…………」
起きない横島を前に途方に暮れている士郎の姿があった。そろそろ本気で時間がヤバい。というか、既に遅刻確定の時間である。
「…………」
「う~ん、へへへ、美神さん…………。いいんですか、そんな事して~?」
憔悴しきった顔で時計を見る士郎。時間は9時まで後11秒。
「…………」
「――ふわぁ、よく寝たぁ」
「寝過ぎだ戯けェ!!!!」
9時ジャスト、横島が起きて士郎の怒声が響くと同時に修学旅行がスタートした。
「ええっと、衛宮先生と横島先生は急用で遅れてくるそうです。今日中に宿の方で合流するそうですが」
大宮駅の集合場所でネギが全員に向かってそう言っていた。携帯電話から聞こえてきた士郎の声が疲れきっていて、少し可哀想に感じたのはネギだけの秘密だ。それを憮然とした表情で聞いていたバゼットと、ニコニコと聞いていたしずな先生。そして次にしずな先生が後を請け負って全員に向かって声を張り上げる。
「それでは京都行きの3A・3D・3H・3J・3Sの皆さん、各クラスの班ごとに点呼をとってからホームに向かいましょう」
それと同時に各クラスの担任が動き始める。もちろんそれはネギも例外ではない。補助してくれる副担任がいなかったとしても元々困った時しか頼っていないので大した問題はない。
「では1班から6班までの班長さん、お願いしまーす」
嬉々として大声を張り上げる子供先生に微笑ましい気持ちになりながらもホームへと向かう一同。時間は十分にとっている為、遅刻する心配は無い。
『JR新幹線あさま506号――まもなく出発します』
とか思っていたのだが、最後の3―Aが乗り込む頃には時間はかなり差し迫っていた。予定は未定とはなかなかよく出来た言葉だ。それでも乗り遅れるという事はないようで、班別に新幹線に乗り込む3―Aの一同。そしてそれを迎え入れるネギ。
一班は柿崎、桜子、釘宮、風香、史伽の5人。つまりはチア三人組と双子の班。班長は柿崎。
「あー! 風香さん、3―Aはこっちですよ」
早速というかなんというか、双子の姉である風香は新幹線に乗り込むなりちょこまかと動いて、あげくには別の車両に突撃しようとしていた。それを慌てて呼び止めるネギを見ながら冷や汗をかくのは柿崎。
「この双子と一緒だとうるさそー」
「いいじゃん、楽しくて」
すかさずフォローするのは釘宮。彼女は肉まんをほおばりながら風香の首根っこを掴み、ずるずると座席へとひきずっていく。
「コラー、何するですかくぎみー!」
「時間おしてるんだからネギ君に迷惑をかけないの。っていうかくぎみー言うな!」
そんな二人の後を笑いながらついて行く柿崎。その後ろから残りの班員、桜子と史伽が顔をだす。
「ネギ君、昨日の誕生日会楽しかったねーー」
「楽しかったです。帰ったらまたカラオケ大会とかやるです」
「はい♪ またカラオケに連れていってください」
そう言って二人を見送るネギ。
続いて二班。班員は四葉、楓、春日、葉加瀬、超、古。超包子の関係者に楓と春日がくっついてきたという形の班。班長は古。
「ネギ坊主、引率大変アルね。これ喰うとよろしアルよ、力出るネ♪」
そう言ってネギの目の前に超から受け取った肉まんをチラつかせる。その後ろでは超がなにやらムフフ笑いをしていたり。そんな彼女たちを見ながら、ネギは時間を気にしつつも席の方へとうながす。
「えっと……ど、ども、クーフェイさん。僕、おにぎり食べたので。それよりも早く座席の方にお願いします」
「そかそか。でもお腹すいたらいつでも言うアルよ~」
そう言って座席の方に向かう古と超。二人を見送ったネギは残りの四人がまだ入り口付近でたむろっているのを不審に思い、視線を向けてみると――
「3つ下さいー」
「360円です」
商売に精を出している四葉を見つけた。そんな彼女を冷や汗混じりに見ているのは春日。
「…………どこでも肉まん売ってるのね」
「あいあい」
「春日さんも食べますか~~?」
春日の言葉に頷くのは自身も肉まんを頬張っている楓であり、春日に肉まんを勧めるのは超包子の一員でもある葉加瀬。別にいいやと春日が首を振ったところで肉まん販売が終ったらしく、四葉を待っていた他の三人も3―Aの車両へと向かう。
「お待たせしてすいません」
代表として四葉がネギに謝り、スタスタと何の騒ぎも起こさずに歩いて行く一同。普段の3―Aの状態を思えば意外な光景である。
そして三班。班員は雪広、那波、村上、長谷川、朝倉。基本的に大人しい班だが、とある場合に暴走する面々が多すぎるのである意味一番苦労しそうな班である。班長は雪広。
「ささ♪ ネギ先生、こちらにどうぞ。グリーン車を借り切ってありますのでそちらでゆるりとおくつろぎを…………。お供致しますわ、二人っきりで…………♪」
「あ、あのいいんちょさん。僕、まだ仕事が…………」
で、早速暴走するショタコンが一人。まっさきに新幹線に乗り込んで、強引ながら実に優雅にネギをグリーン車へと引き込もうとするあやか。そして必死になって抵抗するネギ。
「またあやかったら…………♪」
それを微笑ましい目で見ながら全く止める気のない那波、ウォークマンを聞きながら我関せずの長谷川、おろおろとするだけの村上。
「はいはーい。いいんちょ、昼間っから犯罪行為に走らないようにねー」
他に止める人間がいないためか仕方なく、そして珍しく朝倉がストッパーになった。そしてついでに写真を一枚パシャリ。
「わ」
急に朝倉が写真をとったせいか、村上がそんな声をあげた。そして憮然としたあやかを完全に無視して3―Aの車両へと移動する3班。あやかとて空気が読めない人間ではないので、しぶしぶ移動を開始した。
次に四班。班員はまき絵、明石、和泉、大河内、龍宮。運動部4人組に龍宮がくっついてきた形である。班長は明石。
「ネギ君、自由行動日、私達と一緒に遊びに行かないー?」
「いえ、あのっ…………」
まず真っ先に飛び込んできたのはまき絵。がしっとネギの手を握ると顔を近づけて早速自由行動日のお誘いに来て、微妙に困惑する子供先生。
「佐々木さん、ぬけが……いえ、ネギ先生はお忙しいのですわよ」
「いいから早くこっち来なさいって」
まき絵の言葉に過剰反応した、ギリギリ電車の境目にいたあやかの首元を引っ掴んで連れ戻す朝倉。
そしてなんかいきなり顔色が悪い和泉を介護しながら残りのメンバーが入ってくる。
「乗る前から酔うなんて…………弱いんだから」
「……大丈夫なのか?」
優しく和泉の背中をさする大河内と、声だけしか心配そうにしていない龍宮。そんな二人に和泉はフラフラとしながらも返事をする。
「ちゃうねん、肉まん美味しくて食べすぎた」
――情けないことこの上ないセリフである。しかし彼女が辛い事は分かっているのか、全員級友を心配するスタンスは全く崩れていない。
「お水買っとく?」
中でも明石は自分の小銭を取り出して聞いていたりする。普通にいい人だ。
「あはははは、亜子が体調悪いみたいだからまた後でね~」
まき絵もネギを誘うよりかは和泉の調子の方が気になるのか、あっさりとネギから離れていってしまう。そして五人はすぐに隣の車両へと消えていった。
五班。班員はアスナ、このか、夕映、パル、のどか、おキヌ。図書館組にこのかと親交の深いアスナ、そしてアスナの保護者スキルが発動して転入間もないおキヌを引きずり込んだ班である。班長はアスナ。
「ネギ、大丈夫だった? ご飯、ちゃんと食べれたの?」
早速、一番に乗り込んできたアスナが心配そうな顔と声でその保護者スキルを発揮する。
「ハイ! おにぎり、ありがとうございます! 美味しかったです♪」
「ほかほか、良かったー♪」
大きな声で、嬉しそうにお礼を言うネギを見てこのかの頬も緩む。そしてそれを見て危機感を募らせるショタコンが一人。
「む……」
「ねえねえ、朝倉。いいんちょを連れ戻さなくていいの?」
「めんどいし。アスナがいるなら大丈夫でしょ」
隣の車両からそんな声がするがそれはそれ。ネギ達と五班+1の行動にはなんの影響もない。
「ホラ、チャンス。自由行動日、一緒にどうですかって!」
「で、でもー……」
「先生は頼み込めばイヤとは言わないと思うのですが」
「なんなら私が言ってきましょうか?」
「ダメ、それはダメだよおキヌちゃん! こういうのは本人に言わせるのがおもし――本人に言わせないと気持ちが通じないんだから!!」
思わず本音が漏れかけたパルだが、その車両にいる全員が突っ込まない。聞こえてないのと、意味を理解していないのと、諦めているのと、三通りのスルーの仕方があったのだけれどもそれはそれ。そして意を決したのか、のどかがネギの側に近寄ってくる。
「あ、あの! ネギ先生!!」
「はい、どうしましたか宮崎さん?」
きょとんとした顔でのどかを見るネギ。
「おぉ……とうとういったぞ!」
「み、宮崎さん、まさか――」
そんなのどかを見守る、雰囲気にのまれた一同。そしてのどかは大きく息を吸い込んで――――
「しゅ、修学旅行の――引率を頑張って下さい! じゃあ失礼します!!」
ズテンとこける当事者以外の人間。どうやら彼女の勇気は最後まで続かなかったようで土壇場で逃げ出してしまった。一目散に隣の車両に向かうのどか。
「あ、ハイ。ありがとうございます」
そしてのどかの心に全く気がつかない子供先生は、もう見えない後姿に向かってそんな言葉を呟いていた。
「じゃ、私たちも行こうか?」
「そうですわね。……やはり、今のところの敵は宮崎さんではなくこのかさん――――」
「何やいんちょ?」
「しかし惜しいわね、後一歩だったのに…………」
「見てるこっちがドキドキしました……」
「のどかは奥手ですから。…………しかしこうなったら、やはり少しは後押しする手段を考えた方がよさそうですね」
言いたい事を言いながら奥の車両へと歩いて行く女子中学生たち。それを見送りながらネギの頭には冷や汗が浮かぶ。
(ひゃっーーっ。ホントに騒がしいクラスだなぁ。これは引率だけでも大変そうだ)
と、そこまで考えた所で違和感に気がついた。
「……ん? 今ので5班? 1班足りないぞ?」
そう。確か事前には修学旅行は全部で六班構成であったはずだ。六番目の班が足りない。まだホームに居るのかとそちらを向こうとした時、
「ネギ先生…………」
「え」
まさにその方向から凛とした声が聞こえてきた。見ればそこには二人の生徒、両方とも3―Aの教室で見覚えがある顔だ。直前に聞いた声はそのうちの一人前の方に居る、変わった髪の留め方をしている少女の方の声だと気がついたネギは必死になって彼女の名前を記憶の中から手繰り寄せる。
「あ……あなたは15番、桜咲刹那さん……………………と、ザジさん」
そして後ろの方にいる、ピエロのような優しい雰囲気をもった少女の名前も思い出した。それに二人して頷いた後、桜咲の方が用件を口にする。
「はい。私が6班の班長だったのですが……エヴァンジェリンさん他2名が欠席したので、6班はザジさんと私の二人になりました。どうすればいいのでしょうか?」
「えっ……あ。そうですか、困ったな」
早速トラブル発生。まさか二人だけで修学旅行に回れとは言えない。こういった行事は友達と和気あいあいとする空気も楽しむものだという事は修学旅行の準備期間の間にイヤという程分かっている。
「わ、わかりました。他の班に入れてもらいますね」
(やっぱりエヴァンジェリンさん、修学旅行には来れないんだ…………)
少しばかり無駄な思考を挟みながらも、ネギの頭は六班をどの班に入れるかという事に大部分を割いている。もしかしたら人数の少ない班に入れるのが妥当なのかもしれないが、しかし急遽に班の人数が増えるのである。それならばちゃんと面倒を見てくれる人間が居てしっかりとフォローをした方が楽しめるのではないか。そう考えたネギは車両の出入り口の所でこちらの様子をうかがっていた、彼が知る限りとても気配りができる二人の生徒に視線を向ける。
「じゃあアスナさんは桜咲さんを、いいんちょさんはザジさんをお願いできますか?」
「はいはい」
「構いませんわ、ネギ先生」
視線を受けた二人は待ってましたといわんばかりにそんな言葉をあげる。が、アスナについて待っていたこのかは一瞬だけ呆けたような顔をして、その後に意外そうな声をあげた。
「え…………」
その声に少しだけネギはギクリとする。もしかしてこのかは人数が増えるのがイヤだったのか。そういった不安がよぎるがそれは杞憂に終わる。このかはすぐに心底嬉しそうな顔を桜咲に向けてこんな事を言ったから。
「あ、せっちゃん。一緒の班やなあ…………」
「あ…………」
その言葉に、なんとも形容しがたい表情を浮かべる桜咲。そして彼女はすぐに表情を消すと、ペコリと一礼をしてプイッっと立ち去ってしまう。
「あ…………」
「…………」
「…………?」
寂しそうな声をあげるこのか、無言の桜咲、違和感ある空気に首を傾げるネギ。そんな車内の人間模様に関わらず、電車の発車時刻はもう目前にまで迫っていた。
『車内販売のご案内をいたします。これから皆様のお席に――』
そんな車内放送が流れる頃には生徒たちのほぼ全てが新幹線での大騒ぎを満喫していた。その騒がしい車両から離れてネギは一息つく。
「ネギ先生」
そしてネギを追ってきたバゼット。
「あ、バゼットさん。どうかしましたか?」
「特別何が起きた。という訳ではありませんが、何か起きた時の対策について話をしておこうかと思いまして」
キョロキョロと辺りをうかがうバゼット、不思議そうな顔をするネギ。
「どういうことですか?」
「つまりよ、じじいが言ってた道中で妨害行為があるかもってのの第一陣がそろそろ来るかもってこった。オレっちもスパイみたいのが紛れ込んでんじゃないかとか思ってるし」
「えっ!? スパイ!?」
カモの言葉に大きな声を出すネギ、そしてそんな少年の頭にバゼットの拳が容赦なく落ちた。
「いたっ!」
「声が大きいです! ……もしこれでスパイがいたらこちらが疑っている事がバレたでしょうね」
忌々しそうにそういうバゼットに申し訳なさそうな顔をするネギ。
「まあまあバゼットの姐さん、やっちまったもんは仕方ねぇよ、それより次善の策を練ろうぜ」
「……だいたいミスタ衛宮もミスタ横島も危機感が足りないというのです、いきなり遅刻とは何事ですかっ! その分こちらに負担がかかる上に戦力不足になるかもしれないというのに――――」
「姐さん、姐さん。バゼットの姐さん!」
自分の世界に入っていたバゼットは、その再三のカモの呼びかけによって我に返る。
「コホン、失礼しました。……とにかく私が言いたかったのは、相手が何かを仕掛けてくるならばこのタイミングで仕掛けて来やすいという事です。もちろん相手がいない場合もありえますし、そもそもとしてこのタイミングで仕掛けてくる保証なぞない訳ですが」
キャーー!
ヒーーッ!
3―Aから響いてくる悲鳴。それを聞くと同時にネギとバゼットは同時にかけだした。
「こういう場合の悪い予想というものは得して当たるものです、ねっ!」
苛立ちを含んだ言葉を言い捨てたバゼットはその感情のままに扉を開ける。そして目に飛び込んできた光景は、
「わーーっ!?」
「…………カ、カエル」
たっくさんのカエル達だった。既に電車の中は大パニック。カエルが大丈夫な人間は引っ掴んで袋詰めにしているし、ダメな人間は隅で震えているか意識を手放していたりしている。一瞬だけ放心した二人だが、とにかくネギとバゼットは一緒になってカエルを集めるお手伝いを。
「なっ…………なんなんですか、このカエルの団体さんはーっ」
「なんかそこら中からいっぱい出てきたのよー」
想定の斜め上を行く事態にネギはそんな大声をあげて、律儀なアスナがそれに返事をする。そんなネギとそしてバゼットにカエルを集めながら近づいてくる生徒が一人。おキヌだ。
「ネギ先生、バゼットさん。これ、多分魔法です」
ポツリと二人だけに聞こえるように言葉をかける。その言葉にネギは捕まえたカエルをまじまじと見て、そして魔力の流れも感じ取った。間違いない、魔法だ。
「ネギ先生、周囲の警戒は私がします。とにかくあなたは担任として事態の収拾を」
カエルを集めながらそう言うのはバゼット。そしてバゼットと一緒になってカエルを集めるおキヌ。そんな二人に感謝の気持ちを抱きながら現状を把握するために周囲に視線を飛ばすネギ。その視線に気がついた生徒たちは途端にネギに報告をする。
「し、しずな先生が失神してるーーっ」
「ほ、保健委員は介抱を!!」
「保健委員も失神してるよーーっ」
「こっちにも失神者がーーっ」
「なら近場の人が介抱をお願いします、衣服を緩めてイスの上に寝かすだけでいいですから。いいんちょさんは至急点呼をお願いします」
「ハ、ハイ♪」
テキパキと問題を片付けるネギ。そうこうしているうちに大きな袋いっぱいにカエルを詰め込んだ古が近づいてくる。
「カエル108匹、回収終わったアルよ」
108匹。その数字に驚くのはそんな数のカエルが電車内に潜んでいたことか、それともこんな短時間で108匹ものカエルを捕まえた3―Aの非常識っぷりか。いや、そんな事はとりあえずどうでもいい。それよりも問題にするべきなのはアレは魔法に関係するモノだという事だ。まさか一般人に処分を任せるわけにもいかない。
「ではそれは私が預かりましょう」
その思考に至った時、真っ先に動いたのは経験の深いバゼット。あっさりと古から袋を奪うと、さっさと車両間のトイレとかがあるスペースへと引っこんでしまう。
「私が反応出来ないとは……やるネ、バゼットさん」
なんか神妙な顔で唸っている古だがそれはそれ。ネギとカモ、そしておキヌは顔を突き合わせて相談し始めた。
(あ、兄貴におキヌの嬢ちゃん、間違いないぜ!! 関西呪術協会の仕業だ!)
カタギを巻き込むたぁゲスな! そう小さく声を荒げるのはカモ。それに首を傾げるのはおキヌ。
「でも……本当にただの嫌がらせって感じですよね? なんでこんな事をしたんでしょうか? っていうかそれ以前に関西呪術協会ってなんですか?」
「すいませんおキヌさん、それについては後で説明します。
それよりも今は……どうしてカエルなんだろ?」
うーん。そんな声を出しながら頭を悩ませる事数秒。きょとんとするおキヌはさておいて、カモが自信なさげに可能性の一つを口にする。
「ただのイヤガラセか? それともこの騒ぎに乗じて何かを狙っているのか……」
「ハッ……」
その言葉を聞いたとき、頭の回転が早いネギはその可能性に思い至った。狙うとしたら親書、アレがなければ東西の和平は成り立たない。確認の為に慌ててポケットに手を突っ込むが――無い!
「あ……あれっ!? ないっ!! 学園長先生からあずかった親書が…………!?」
「なに!?」
「?」
何事なのかさっぱり分かっていないおキヌ。そして驚きと共にネギを見る一匹。やられたと、そんな感想がネギの頭をかすめた瞬間、
「ほっ……何だ。下のポケットにあった」
「???」
「び、びっくりさせんなよ、兄貴――」
ネギの手に握られた親書を見てただの杞憂と分かる。そして無駄にあせらされた事に怒るより先に、ではなんであんな騒ぎを起こしたのかという事に思考を割くより先に。
ヒュッ……
そんな音と共にネギの手から親書が消えた。
「へ?」
「?」
「あーーっ!」
突然消えた親書に目を丸くするおキヌと、かろうじて原因を目で追えたネギとカモ。彼らの視線の先には電車の中に居るべくもない、ツバメの姿が。頭を整理する間もなくネギは走り出し、その肩にカモが飛び乗った。
「兄貴!! 追うぜ」
「うんっ」
遅れて事情がさっぱり掴めないおキヌも走り出す。
「まって下さ、へぶっ!」
と思ったらいきなり転ぶおキヌ。足元には何もないのに。
「あいたたたた」
「ちょっと、大丈夫おキヌちゃん?」
思いっきり鼻をぶつけてしまったらしく涙目で鼻を押さえるおキヌと、そんな彼女を抱き起すアスナ。
「いきなり走ったら危ないじゃない。それにネギもどっかいっちゃうし。何かあったの?」
「ネギ君、真剣な顔をしてたえ? 何かあったん?」
「えっと……」
そしちょっと離れた所から見ていたこのかの不思議そうな顔をしながら寄って来た。そうすると困るのはおキヌである。具体的な事はさっぱり分からないが、アスナだけならば魔法関係だという事は説明できる。しかしこのかもいるとなるとそうもいかない。どうしようかと頭を悩ませるおキヌだが、彼女が言葉を発する前に困った顔をしたいいんちょが話かけてきた。
「アスナさん、このかさん、おキヌさん。桜咲さんがいませんわ」
「えっ」
「桜咲さんが、ですか?」
「せっちゃんが?」
首を傾げるのはアスナ達もである。ついさっき五班になった桜咲であるからしていいんちょが彼女たちに桜咲の行方を尋ねるのは確かだが、どこに行くかという話は聞いていない。
「トイレ……でしょうか?」
当たり障りのない事を言うのはおキヌ。確かにそれならばいちいち班員に言う訳もない。だがしかしあんな騒ぎがあった直後である。はいそうですかと流すわけにもいかない。
「じゃあちょっと私たちはトイレの方を見てくるわ」
アスナはいいんちょに言うと、このかとおキヌも軽く頷いて同意を示す。
「わかりましたわ」
いいんちょもそう承諾すると、アスナは善は急げと言わんばかりに足早にトイレの方へ足を向けた。そしてトイレがあるフロアの扉を開けようとする直前、扉が勝手に開いた。
「あ、バゼットさん?」
「ミス神楽坂にミス近衛、それにミス氷室ですか。どうかしましたか?」
そこから出てきたのはバゼット。不思議そうな顔で三人の顔を眺めるが、何より先に反応したのは後ろに控えていた3―Aの一団だった。
「あー、バゼットさんだ」
「あのカエル、どうしたの?」
突如わき出たカエル達の行方が気になっていたのだろう、そんな疑問を浴びせる大勢。
「食べました」
そして即答。間髪いれないバゼットその返答に、空気が凍る。
「食べ……た?」
「食べました」
確認するようにそう言うアスナだが、しかし力強く迷いなくそう言うバゼット。もちろんこんな発言をする人に女子中学生が黙っているはずもない。
「すっげー! どんな味だったの? どんな味だったの!?」
「生!? 電車の中で火を熾せないって事は、生!!?」
「食感、食感は? 鳥に似ているっていうけど食感はどうだった!?」
まあ、麻帆良学園の生徒達は一般的な女子中学生と反応が違っていたかもしれないけれど。
「味はやはり鳥に似ていますね、食感は鳥よりもややさっぱりといった所でしょうか」
そして平然とした顔でそれに応えるバゼットも中々の強者かも知れない。そんな中、ちょっと青い顔をしたおキヌがバゼットに耳打ちをする。
(バゼットさん、本当に食べたんですか、あのカエルを?)
(そんな訳ないじゃないですか、ミス氷室)
その声にほっと息を吐くおキヌ。
(ですよね~。カエルってどんな寄生虫が住んでるか分からないし、生で食べるのは危ないですから)
(それ以前に使い魔を食べられるはずがない)
明らかに論点がおかしい二人と、バゼットを囲んでキャアキャア騒いでる大部分の3―A。残る少数の人間は席で我関せずを貫いている。もういつも通りにカオスな空間になりつつある3―A専用の電車内。
「……カモ君、何だろうね、この騒ぎ?」
「さあ?」
そして反対側の出入り口で状況についていけない子供先生が途方に暮れていた。
騒がしい麻帆良一行の乗る電車の、従業員用の待機場にその女は居た。
「…………」
カエルの式をバラまき、ツバメの式で親書を奪い取ろうとした張本人であるその女の名前は天ヶ崎千草。販売員の格好をした千草はカートに寄りかかり、静かに思考を巡らせる。
(とりあえず『こっち側』の人間は6人。
親書を持っていたガキにツバメの式を潰した神鳴流と男装の麗人。黒肌の女におっとり系の女、そしてお嬢様か)
他数名、妙に手練れた人間や真っ先に気絶をした人間もやや怪しいが。とりあえずは保留する。
そう、彼女とて悪戯半分や面白半分で式をバラまいた訳ではもちろんない。アレの対応の仕方を見て相手の情報を集める為の下準備だ。
(とにかく、派手に巻き込んではならん人間は分かった)
千草とて良識が無い訳では無い。魔法の撃ち合いに一般人を巻き込んだらどうなるか、魔法使いでもあった両親を戦争で亡くしているからこそその答えは容易に導ける。
(しかし……やはり一筋縄ではいかん、か)
思わず自分の額に手をあてて難しい表情を作る千草。今までで少しでも実力を見せたのは4人。
おっとり系の少女はどうやら体を動かす事が苦手らしい。カエルを集める手際にも明らかに動きに無駄が多かったし、なんでも無い所で転ぶのはコメントがつけられない。親書を持つ少年も脅威ではない、魔法使いとしての実力は未知数だがあそこで親書を奪われた時点で経験が足りないのは明白。
だがしかしサポート役がこの上なくやっかいだ。神鳴流の少女はかなりの腕で、恐らく月読と同等程度と見ていい。しかも様子から見てただの戦闘バカではなくそれなりの冷静さと頭も持っているようだった。それはつまり、親書とお嬢様を奪う事において大きな障害であると言わざるを得ない。
加えて男装の麗人。何だアレはと本気で思う。彼女がカエルの式を始末するまで『こちら側』だと全く気がつけなかった。冷静に式潰しをしたからこそ魔法使いだと見破れたが、それ程までに自身が魔法使いである事を隠し通せる戦い慣れした人間。つまりは難敵。その単語が千草の頭によぎる。
「まあええ」
ぽつりと呟く千草。どんな障害だろうが突破する、その覚悟で千草はここにいるのだから。
彼女は時計を確認すると、カートのストッパーを外してそれを押して歩く。彼女の胸元には『松山綾香』と書かれたネームプレート。今の彼女の名前である。
「お弁当、お弁当はいかがですか~? お茶にジュースにお酒、おつまみやお菓子はいかがですか~?」
営業スマイルを張り付けて『松山綾香』は仕事に戻る。既に彼女はどこからどう見ても綺麗な販売員のお姉さんでしかなかった。