二組六人の異世界人   作:117

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3章 4話

 みんなで手を合わせよう、そうすれば少しは分かりあえる気がするから。

 

 

 

 テクテクと歩く少女が三人。彼女たちは手にお風呂用の荷物を抱え、風呂場へと向かっている最中である。

「…………そういえばこのかさん」

「ん~、なんなんおキヌちゃん?」

 その中の一人、おキヌがポツリと口を開いた。それにいつもと同じようなホヤホヤとした表情と声色で応えるこのか。だが、

「あの、桜咲さんの事について聞きたいんですけど」

「ちょ……!?」

 桜咲。その一言でこのかの表情が壊れた。唐突なおキヌの言葉にアスナが空気読めと言わんばかりにおキヌを睨むが、飛び出た言葉はしまわれない。今のアスナが出来るのはハラハラしながらこのかを見守る事だけである。

「何で……それをうちに聞くん?」

 引きつった笑みでおキヌに問い返すこのか。それに、んー。と自分の中で言葉探しながら答えを探す。

「このかさんって、桜咲さんの幼なじみなんですよね? アスナさんに聞きました」

 ちらりとアスナを見るこのか。別に責める意図はなかったのだが、どうにもアスナには居心地の悪い視線である。その視線から逃れるようにおキヌに視線を向けるアスナだが、当のおキヌはどこを吹く風。このかから視線をずらさずに言葉を続ける。

「それで……今回、桜咲さんと同じ班になったじゃないですか。せっかくの御縁なんですから桜咲さんとも仲良くなりたくて、このかさんに桜咲さんの事を聞いたんですよ」

 いけしゃあしゃあと。他人から見たらそう思うかもしれないが、おキヌに他意は全くない。そもそもとして彼女は桜咲を疑いたい訳ではない。疑われているのならばそれを晴らしたいと思う人間であるし、彼女とは本当に仲良くなりたいと思っているのだ。他意などあるはずもない。

「…………」

 そんなおキヌに対してこのかはしばらく黙っているままだった。が、やがて諦めたように口を開く。

「……ウチな、せっちゃんとあんま仲良くないから……」

 ポツリと呟くこのか。それにおキヌは少しだけ顔を歪める。

「ごめんなさい。でも、幼なじみなのに仲良くないって、何かあったんですか?」

「…………」

 また黙るこのか。アスナとしては本当に気が気でない会話である。三人は黙ったまま脱衣場につくと、服を脱いで入浴の支度を始めた。そんな中、

「……何か、あったんやろなぁ。いや、きっと、ウチが何かしちゃったんやろ。昔はな、仲良く遊んでたはずやったんやけどなぁ…………。

 そう言えばまだアスナにもちゃんと話してへんかったよね…………」

 そう前置きしてから、このかはポツリポツリと話を始めた。

 昔、広い屋敷で一人で遊んでいた事。そこに刹那が来て一緒に遊んだ事。危ない時は守ってくれた事。川で溺れかけた時、必死になって助けようとしてくれた事。結局二人とも大人に助けられた事。その後、剣の稽古であまり遊べなくなってしまった事。そしてこのかは麻帆良に行き、中1で再会した時は遠ざかるような態度をとり続けた事。

「ウチ、何しちゃったんやろうなぁ……。どうしたらせっちゃん、昔みたく仲良うしてくれるのかなぁ…………」

 薄く涙を滲ませるこのか。そんなこのかに流石に声をかけられるはずもなく、全裸になった三人はじっとそこに立ちつくしていた。

「……ゴメンな、こんな話して。早くお風呂に入ろ?」

 三人は重苦しい雰囲気のまま浴場に向かう。どうしてくれんのよ、この空気。そんな視線がアスナからおキヌに突き刺さるが、おキヌとしては謝る以外の選択肢は用意できない。いや、このかの手前謝る事さえロクに出来ない。心の中で届かない謝罪をするのみである。そんな複雑な三人は浴場と脱衣場を隔てる引き戸の前に立つと、

 

 カラカラカラ――……

 

「「「「へ?」」」」

 引き戸が勝手に動いて四人の声がはもった。引き戸を開けたのは浴場の方に居た刹那。直前まで戦闘やら、落ち着いたらネギとの大騒ぎやらで精神力を消耗していた為に引き戸の向こう側に居た三人の気配に気がつかなかったらしい。

「せっちゃん!?」

「おじょうさま!?」

 ほぼ同時に声をあげるこのかと刹那。そして流れる微妙に気まずい空気。その空気に先に耐えられなくなったのは、意外にもこのかだった。

「あ、あはは。せっちゃん、先に入ってたんやなぁ。ウチら、これからや。言ってくれれば一緒に入ったのに。ほなな」

 このかは早口でそう捲し立てると、刹那の脇をすり抜けてダッシュで浴場に向かう。

「あ……」

 それを少しだけ寂そうな顔で見送る刹那。まだ、傍にアスナとおキヌがいる事も忘れて。しかしそれもほんの少し、刹那は自分を立て直すと二人に向かって丁寧に頭を下げる。

「……では、失礼致します」

「あ、はい」

「うん。じゃあ、また後で」

 そんな事務的な挨拶を交わした後で立ち場所を入れ替えて、引き戸が閉まる。そして顔を見合わせるアスナとおキヌ。

「……おキヌちゃん、どう思う?」

「やっぱりどこか含んだものを感じました。何か、あるんじゃないでしょうか?」

 ひとしきり頭を捻った二人だが、しかしここで考え込んでも答えが出るはずもない。いったん話を棚上げし、後の作戦会議に議題にあげようという事で落ち着く事になる。そして、ゆっくりと入浴を楽しむ三人だった。

 

 就寝時間の少し前。魔法の話を一般人に聞かれる訳にもいかないので就寝時間が過ぎてからこれからの事を話合う事になり、集合場所へと向かうネギとアスナとおキヌ、そしてカモ。

「……そんな事が」

 行くがてらさっきの話を聞いたネギは愕然としていた。いつも明るく優しかったこのかにそんな事情があったなんて想像もしていなかったのだ。

「寂しそうでした……」

 感受性の強いおキヌも寂そうに呟く。空気が重い。

「そうだ。そういえば、桜咲さんは結局どうなってるのよ? 敵なの? 味方なの?」

 話題を変える為にアスナが話をふる。そして顔を見合わせるネギとおキヌ。二人とも違うと言いたいのはやまやまではあるのだが、やはり違うと断定できる材料が足りないのは事実。また、そうだと言いきれる証拠がある訳でもない。返事に困った二人は最初から刹那スパイ犯説を推しているカモの方に視線を向けた。その視線を向けられたカモはというと、居心地の悪そうな顔で口を開く。

「ふぅむ…………。どうやら単純に敵じゃねえみたいだが、」

 先ほどの風呂場での騒動を考慮してそう言った言葉を選ぶカモ。前に言った言葉を容易に覆せる、その自分の美点に小さなオコジョは未だに気が付いていない。

「本人に直接聞いた方が良さそうだな、こりゃ」

 その言葉にほっとした感情を隠さないネギとおキヌ。やはり彼らは身内を疑いたくなかったという事がありありと分かる。

 みんなでロビーへと急ぐ。その際、廊下で談笑している生徒たちの姿がチラホラと。

「はいはい、皆さん。就寝時刻ですよー。自分の班部屋に戻ってくださーい」

 ニコニコとした表情と声で促すネギ。

「はーい♪」

「あいよ」

 廊下にいた生徒たちは三々五々と散っていく。そんな中、楓だけはネギの側で立ち止まって話し始めた。

「お疲れでござる、ネギ先生。しかし修学旅行の夜にしては静かでござるな」

「騒がせどころがみんな寝ちゃいましたからね」

 ちょっとだけ複雑そうな顔をするネギ。騒がしくないのは3―Aらしくなくて残念な気がするものの、今の状況では落ち着ける時間が欲しい。そんなネギの心情を考えて、アスナも微妙な笑顔でつけたす。

「きっと明日起きたら悔しがるわよ、みんな…………」

「明日の夜が思いやられるでござるな」

 そういう楓の顔はニコニコと笑顔。そうでない時が珍しい彼女ではあるのだが、やはり騒がしくない3―Aは物足りないのだろう。口では大変だとは言っても、明日の夜が楽しみだといった様子は崩さない。そして最後に、ネギの耳に口を近づけてこそっと耳打ちをする。

(ところでまた、何やら大変そうでござるな先生。拙者で良ければいつでも呼ぶでござるよ♪)

「あ、はい。ありがとうございます、長瀬さん」

 イタズラが成功したような笑みを浮かべて自分の部屋へと戻る楓。それを見送ってからロビーへと急ぐ一行。楓の言葉の重さを、ネギはまだ気付かずにいる。

 

 ネギ達がロビーへ着いたとき、既にバゼットと刹那はソファーに座って待っていた。静かに座る二人の落ちつき方は一種の貫禄を感じさせる。

「来ましたね」

 ネギ達の方に目を向けていないのにサラリというバゼット。おキヌは比較的平然としているが、ネギとアスナはその雰囲気を感じて既に気押され始めている。

「お待たせしちゃいました、すいません」

 おキヌが代表して謝り、ソファーに腰掛ける。残りの二人もどうしようかと少しだけ迷っていたようだったが、おキヌにならって落ち着く事にした。刹那は席に着いたアスナを見て、次に視線をネギに向ける。

「神楽坂さんには話しても?」

「ハ、ハイ。大丈夫です」

「もう思いっきり巻き込まれてるわよ」

 二人の会話に微妙な顔をするアスナ。とりあえずの確認が終ったところで、まずはバゼットが口を開く。

「挨拶はその辺りに。そろそろ時間も遅い、手早く現状確を終わらせて仕事に移りましょう」

 そう言って全員を見渡せば、曖昧に頷くネギとアスナ。しっかりと頷く刹那とカモとおキヌ。

「まずは敵味方の確認を。とりあえず私は学園長の依頼で、ネギ先生の護衛を請け負っています」

 バゼットの言葉に頷くネギ。

「そしてミスタ衛宮とミスタ横島もその任務を請けたのですが……」

「え? 衛宮先生と横島先生もですか?」

 意外な名前に刹那の目が丸くなる。

「全く、仕事をなんだと思っているのですか、あの二人は。遅刻はする、もう来ても構わない時間なのにまだ来ない。もしも清水寺の時点で合流出来ていれば追撃を出来たものを。こんなチャンスがあと何回あるか分からないのに、貴重な一回を――」

 しかしそれに構わずにブツブツブツブツと独り言を、周りの全く気にしないで言うバゼット。冷や汗が浮かぶ刹那。

「あ、あの。バゼットさんは大丈夫なのですか?」

「え~、あ~、うん。多分」

 同じく冷や汗をかきながら返事をするアスナ。放っておくのが吉な気がする。

「ところでよ、桜咲刹那はそこんとこどーよ?」

 煙草をふかしながらカモが問う。

「私、ですか。私はこのかお嬢様の警護の任についている者です」

「へ? ……京都神鳴流とかいう、関西呪術協会側の人間じゃないのか、アンタ?」

 間の抜けた声をあげたのはカモ。刹那スパイ説を推していたのだからそれも仕方のない事なのかも知れないが。そんなカモはさて置いて自分の事について話す刹那。

「確かに私は元々西側の人間です。しかし、西の長の命令でこのかお嬢様の護衛をしています。詳しい話は避けますが、実は今の西は政治的な判断から表立ってこのかお嬢様を護衛出来ない立場にあります。ですので形としては、私の立場は私情で西を捨てて東に走った裏切り者。その逃げ場に麻帆良を選び、昔の縁で麻帆良学園長の孫娘を護衛するもの、です」

 淡々と、自分からかつての仲間を敵に回した身の上を説明する刹那。

「って、ええ!? そんな立場だったんですか? っていうか、いいんですか、それでっ!?」

 ネギの大声に、曖昧な笑みで応える刹那。

「はい。私の望みはこのかお嬢様をお守りする事です。私は…………このかお嬢様を守れれば満足なんです」

 最後の言葉は照れるような笑みと共に。その表情を見てネギとアスナとキヌ、そしてカモは確信する。刹那は敵ではなくて、味方だと。

「刹那さん…………」

「…………、………………よーし、わかったよ桜咲さん!! あんたがこのかの事を嫌ってなくて良かった。それが分かれば十分!! 友達の友達は友達だからね、私も協力するわよ!」

 思いっきり刹那の肩を叩くアスナ。それに続いて、キヌも笑顔で刹那の手を握る。

「水臭いですよ、桜咲さん。手伝います! 私達も出来る限り手伝いますから!!」

「か、神楽坂さん。氷室さん……」

 ただ善意だけの級友の言葉に、刹那の顔が赤く染まる。基本的に彼女は他人からの好意を受ける事に慣れていないのだ。

「――では、話を続けましょう」

 その流れと雰囲気をぶった切って、バゼットが重い口調で言う。

「詳しい敵の情報が欲しいです。残念ながら私は日本の魔術、ひいては関西呪術協会について何も情報を持っていないに等しいです。どのような手段を使う者達か、出来るだけ詳しく――」

 その瞬間、バッと後ろを向くバゼット。

「? どうしたんですか、バゼットさん?」

 ネギが首を傾げてバゼットに尋ねる。バゼットの視線の先を見てみてもそこに居るのはシーツを運んでいる従業員の姿だけ。しかもいきなり視線を向けられて少し狼狽しているようだ。

「バゼットさん――?」

 刹那も重ねて問いかける。バゼットはしばらくその従業員を見ていたが、しかし首を振ってみんなに向き直る。その途端に従業員はおびえたように走り去ってしまった。

「いえ、気のせいだったようです。ミス桜咲、続きを」

「はい」

 コホンと咳払いを一つして場を仕切り直し、刹那は厳かに口を開く。

「関西呪術協会、ひいては日本古来の魔法には様々な種類がありますが、今のところ私が確認している敵は陰陽道の『呪符使い』で、更にそれが使う式神です。おそらく、関西呪術協会の一部勢力でしょう。

 呪符使いは古くか京都に伝わる日本独自の魔法『陰陽道』を基本としていますが、呪文を唱える間、無防備となる弱点はネギ先生達西洋魔術師と同じ…………。それゆえ西洋魔術師が従者を従えているように、上級の術者は善鬼(前鬼)や護鬼(後鬼)という強力な式神をガードにつけているのが普通です。それを破らぬ限り、こちらの呪文も剣も通用しないと考えた方がいいでしょう」

 話が一段落つく。そこでバゼットが口を開いた。

「その善鬼と護鬼でしたか。それはその術者が主である、使い魔であると考えて構わないのですか?」

「はい。しかし、式神は西洋魔術師が考えるような使い魔とは少し趣が違います。蟲毒等の使い魔は元々命あるものを使い魔にしていますが、しかし式神に本来の意思はありません。故意に意志を付随する場合もありますが、その場合も基本的には術者の意思が反映されます。術者の分身、と見た方がいいかもしれません」

「なるほど……。しかし、それだと術者の弱点もそのまま受け継ぐ場合も少なくないのではないのですか?」

 バゼットの突っ込んだ問いにも淡々と答えを口にする刹那。

「ええ。確かに思考回路などは酷似している為、特に頭脳的な弱点はそのまま受け継いでしまう事になります。しかし長い歴史の中、それをカバーする手段を用意しなかったはずもありません。それが神鳴流です」

 そこでいったん言葉を切る刹那。そして目を閉じ、短い時間瞑想してから更に神鳴流についての詳細を語る。

「関西呪術協会は我が京都神鳴流と深い関係にあります。神鳴流とは元々、京を護り魔を討つために組織された掛け値なしの力を持つ戦闘集団です。その能力は魔に対する接近戦と、人々を守る為の防衛戦に特化しています。更に一部の人間は自らの弱点を補佐する為に、東洋魔法を修めているものさえもいます。ですので、こと魔法使いの護衛という事に関しては神鳴流はエキスパートと言えるでしょう」

 淡々と、その恐ろしさを口にする。

「魔を討ち人を守る。その為に剣のみで戦うという誇りを捨ててまで力を求めたのが神鳴流です。近接戦闘に不得手な部分を持つ関西呪術協会もまた、神鳴流の力は必要なものでした。水を得た魚のように二つの組織はお互いを生かしあってきたのです。そこまで深く関西呪術協会の知る神鳴流だからこそ、魔法使いの護衛として神鳴流がつく事も多々あります」

「なるほど……」

 その言葉の重さを誰よりも理解したのは、やはりバゼットだった。利害によって味方すらも討ち滅ぼす事が少なくない人の歴史、その中で手を結び続けてきた関西呪術協会と神鳴流。そこにどれだけの絆が存在するのか、想像すら難しい。

「うわぁ……。ちょっと何か、ヤバそうじゃん? よく分かんないけど」

「な、なんかすごい人たちを想像しちゃいました」

 女の子二人は呆然としている。そこに刹那はやや表情を緩めて一言を付け加える。

「まあ、今の時代そんな事は滅多にありませんが…………」

「いや、その考えはまずいです」

 そして更にそんな刹那を戒めるように口を開くバゼット。

「聞けば、もし神鳴流が敵に回っていた場合の危険度は高いと言わざるを得ないでしょう。可能性として頭にいれておく事だけはしておいた方がいいでしょう」

 ピンと緊張の糸を張り詰めるような言葉に、自然と全員の背筋が伸びていく。

「――はい。分かりました」

 おキヌが言葉を返す。

「では情報交換はこのくらいに。早速見回りに入りたいと思いますが――」

「あ、はい! 僕は外の見回りに行ってきます。もしかしたら敵がすぐ側にいるかも知れませんし!」

 いてもたってもいられなくなったのか、ネギはバゼットの言葉を最後まで待つことなく外に飛び出してしまう。

「――全く。ネギ先生の持つ親書が目標だと言う事を忘れているのではないでしょうね?」

 呆れた声を出すバゼット。

「仕方ありません、私はネギ先生を追います。あなた達は幸い、ミスこのかのチームメイトでしょう。彼女と、クラス全体の警護をお願いします」

 バゼットはそうとだけ言い置くと、ネギを追って外へと出ていく。残された三人は顔を見合わせる。

「……じゃあ、ネギの奴はバゼットさんに任せて私達は戻ろっか?」

 アスナがそう言うと、おキヌと刹那も頷き返す。

「そうですね。いつまでもここに居ても仕方ないですし」

「ええ、戻りましょう。まあ、いくらなんでもこれ以上無関係の人間に手を出してくるとは考えにくいです」

 立ち上がり、部屋に戻る三人。

「なんでですか?」

「西洋魔法使いと同じように、関西呪術協会においても一般人に魔法の存在をバラすような真似をしてはいけないのですよ。もしそんな事をすれば、関西呪術協会自体が粛清に乗り出してきます。奴等の狙いがネギ先生の親書である限り、そんな暴挙には出ないでしょう」

 どこかリラックスした風で歩く刹那。そんな刹那にアスナもどこか肩の力を抜いている。

「そうなんだ。じゃあ、みんなが襲われる心配はないんだ?」

「ええ。強いて言うならばお嬢様だけは巻き込まれる危険があると言えばあるのですが――まあ心配いらないでしょう。お嬢様は理事長の孫娘でもありますから、お嬢様に手を出すと言う事は日本全ての魔法使いどころか、加えて西洋魔法使い全てを敵に回すのと同義です。関西呪術協会が手を出すとは考えにくい。いくら関西呪術協会が西洋魔法使いが嫌いとはいえ、全面戦争になれば流石に勝つ目はありません。連中のとりあえずの目標は、日本から西洋魔法使いを追い出す事ですからね」

 それでもお嬢様の特異な性質上、警戒は解けませんが。そう付け加える刹那。

 そんな話をしながら部屋の近くまで行くと、

「漏、漏るですぅ~」

 トイレの前で泣きそうな顔をしている夕映がいた。しかも内股になって、顔が真っ赤だ。

「……………………えと、綾瀬さん? 何を?」

 おそるおそる、おキヌが聞く。夕映は涙目のままでおキヌ達に振り向き、かすれた声を出した。

「こ、このかさんが、トイレから出て、出てこないのですぅ~」

 ドンドンとトイレのドアを叩く夕映。

「入っとりますえ~」

 そして無情の返事。より一層夕映は泣きそうになるが、刹那とアスナ、そしておキヌはそれどころではない。おかしい、言葉使いからして。このかならせめて『入っとるよ~』くらいの言葉使いではないのか?

「わ、私にも我慢の限界とゆーものが……」

「綾瀬さん! このかさんは何時になるか分からないですから、別のトイレに行ったらどうでしょうか!?」

 おキヌが口早に言う。

「はっ! その手が!!」

 その方法を失念していたらしい夕映は本当にヤバい領域に達していたのか、お礼も言わずに部屋から飛び出していく。そして後に残された三人はというと、お互いに顔を見合せて意志を確認する。そしてアスナがドンドンとトイレのドアを叩いた。

「このか……居る?」

「入っとりますえ~」

 繰り返される同じ言葉。続けておキヌはドアを叩きながら口を開く。

「このかさん、私の名前はなんですか?」

「入っとりますえ~」

「「「!!!!」」」

 躊躇など微塵も無い。瞬間、刹那は抜刀してトイレのドアを切り刻む。

「入っとりますえ~」

 声が響く。ただし、そこに人影はない。あるのはただ、一枚の紙切れのみ。奇妙な文字が描かれたそれは、見覚えがないアスナやおキヌにも容易に想像がつく。刹那が言っていた呪符という単語が脳裏をよぎる。

「お、嬢様…………」

 刹那の手から愛刀が滑り落ちた。床に落ちたそれは、がしゃんと重い音をたてる。

「入っとりますえ~」

 そんな少女をバカにするように、お札は空気を震わせる。

 

 

 

「今夜、忍び込んでお嬢様を奪取するえ」

 時は少し巻き戻る。麻帆良のホテルを突き止めた千草達一行は、いったん拠点にまで戻っていた。そこに戻った途端に千草がそんな事を言う。

「正気かい、千草? さすがに僕は賛同しかねるが。二日後には援軍も来るんだろう?」

 白い少年が即座に反対意見を出す。彼の、いやそこにいる全員の頭に思い浮かんでいる人物は恐らく同じだろう。石を異常なスピードで投げつけた、男装の麗人。

「危険は承知の上や。けど、今が絶好の機会だということも違いないやろ?」

 千草は震えていた。言うまでもなく、恐怖の感情で。

「今までの手は全て親書を狙ったものや。向こうもまさか、この期に及んでいきなり親書以外を狙うとは思わんやろ。特にお嬢様は立場上手を出せないと思われやすい。そこをつくなら今しかあらへん、もしも向こうがそれに気がついたら手遅れや」

 そう、本来千草に下された命令にもこのかを狙えという指令は下っていない。ただ親書が関西呪術協会に渡るのを防げという指令だけだ。

 だが彼女がこのかを狙う相談をしている通り、千草はそんな命令を守る気なぞ更々ない。元々、彼女は鉄砲玉なのだ。上はそれを巧みに隠していたようだが、状況を見れば一目瞭然。そして千草は状況を見ないほど無能ではなかった。しかしそれでも彼女はこの仕事を受けた。命令を断れなかったというのもあるし、それ以上に西洋魔法使いにケンカを売り、更に自分の目的を果たすのに十分な資金を得られるのだから、乗らない手はない。

 暴走。今の彼女を端的に一言で表すのならばその言葉以上に適切なものはない。反長派、反西洋魔法使い派の思惑全てを飛び抜けて、彼女は今ここにいる。

「なるほど。で、あの女をどう対処するつもりだい?」

「…………特に対策は立てん。ぶっつけ本番、ただ全力で迷彩の術式を編むだけでええ」

 だからこそ白い少年の一般論をはねのける。ここで怯えて動かなくとも意味はない。すでに賽は投げられている。もしもこのまま任務をしくじれば消されるし、上手くいったとしても鉄砲玉として始末される。退路なぞ初めから用意していないのだ。彼女の立ち位置は、捨て身を超えて特攻の域にまで入り込んでしまっている。

「潜り込むのはウチだけでええ、あんたらはバックアップを頼むわ。忍び込んで、お嬢様を奪取した後の足止め。それを全力でしとき」

「は~い。分かりましたぁ~」

「おう、任しとけ」

 子供二人は元気に返事をする。渋い顔を――といっても表情は変わらないが、どこか乗り気でない空気を出すのは白い少年だ。

「…………千草がそう言うのならば従おう。だが、もしも潜入が失敗したら僕たちはどうする?」

 他の人員はともかくとして、男装の麗人だけは格が違う。それは力が強いとか魔力が大きいとか、そういった次元では無くだ。あの女は間違いなく本物の戦場を、地獄を駆け抜けてきた類の人間。言うなれば、容赦がない。敵に対して、殲滅及び拷問といった事をするのに一切の躊躇いを持たない、そういった人間だ。しかも潜入するのは敵地、見つかれば戦闘して勝利することも逃走することも困難。すなわち、見つかった時点で千草の命運は尽きる。

「――好きにしい。逃げるも戦うも、各々に任せるえ」

 それを理解して、千草はそう言う。自分が死んだ後の世界にはなんの興味も無いと言わんばかりに。

 

 簡単な打ち合わせが終わり、千草は出来る限りの迷彩をしてホテル嵐山の前に立っていた。打ち合わせといっても具体的な話はほとんどしていない。何にせよ不確定要素が多すぎて文字通りにお話にならないのだ。

 千草はゴクリと唾を飲み込んで入口の見回す。だが特に警戒されている雰囲気はない。なめられているのか、誘われているのか。

(いくえ……)

 そのどちらであっても千草の足を止める理由にはならない。自動ドアをくぐり、ロビーを見渡す。そこに、いきなりこちらを振り返った男装の麗人がいた。

「っ!!」

 一瞬、心臓が止まる。そしてバクバクと激しく動き出す。誘われていたのか。やはり罠だったのか。今ならもしかしたら逃げられるかも。いや待て背中を見せた瞬間に殺される。様々なマイナスの思考が頭の中で暴れまわる一方で、千草の表情はどこまでもすっとぼけたものだった。何でいきなりお客様はこちらを見ているのでしょう? そんなに凝視して、何か用事でもあるのかしら? 何も言わずともそんな意味を素人っぽく臭わせるだけ。

 そしてやがて腑に落ちないような顔をしながらも、男装の麗人は体を戻す。とたん、ようやく千草の全身に冷や汗が流れた。あの女と見つめ合っている時は、冷や汗を流す事さえ出来ていなかった。

(死、死ぬかと思ったわ……)

 出来るだけ自然にしたいとは思うものの、早足になるのは止まらない。ホテルの内部に向かって、ようにではなく逃げる千草。その最中、危険だとは分かっていても横目で男装の麗人を見る事は止められなかった。

(あの女に、神鳴流。ガキにこちら側二人。…………なんや、勢ぞろいやないか)

 額を寄せ合って、しかも人払いの結界を張っている様子すらもある。ならば作戦会議中だったか。男装の麗人が千草を見落としたのも、千草の張った迷彩の術式に加えて人払いの結界による僅かな感覚の鈍化、更に作戦内容に集中するという様々な要因が重なったものかも知れない。

(……ついとる)

 しかも作戦会議で、手ゴマは全てあの場に集結していた。もちろん生徒に積極的に手を出すのだから他の魔法先生や魔法生徒も気をつけなくてはならないが、男装の麗人を撒けただけでも精神的に余裕が生まれる。もちろん戦闘どころか準戦闘行為にでもなれば、恐らくあの女は飛んでくるだろう。しかし、一回でも騙しきったという安堵が千草を加速させる。

(いける、いけるで……)

 まずはリネン室へと駆け込んで、シーツの入った台車を叩きこむ。格好はそのまま、行きの電車で確認しておいたこのかの部屋まで全力で向かう。もちろん他人におかしいと思われるような全力疾走はしないし、魔力で強化するなんて論外だ。千草は従業員としてホテルの中を歩き回る。

(焦るな、焦るな、焦るな、焦るな……)

 じっとりと背中に嫌な汗がにじむ。ただのホテルのはずなのに、周囲に逃げ場なく敵が配置されているような錯覚を覚える。世界が自分を拒絶しているような気さえする。

 だがしかし、なんの問題も起こらずにこのかの部屋の前に辿り着く。なんの障害もなく、逆に彼女を警戒させるようなあっけなさだ。ましてや、

「ふわーあ…………。トイレトイレ」

 ガチャリと。そんな事を言いながら部屋から出てくるこのかを目の当たりにしたのだから。

 瞬間、千草は全ての打算を捨てた。もしかしたらこれは罠かも知れないとか、そんな事は考えもしない。

「むぐぅ!?」

 このかの口を迅速に塞ぐ。このかの方も寝ぼけている上にホテルの従業員、しかも女性にいきなり襲われるとは考えもしなかったらしい。抵抗など全く出来ずにパニックになるしか出来ない。そんなこのかの胸に、千草は一枚のお札を叩きつけた。昏倒の意味が込められた呪符は速やかにその効果を発揮し、このかの意識を奪う。

「よしっ!」

 小さく呟く。千草の頭はいかに早くこの場から離れるかと、いかに長く追手をここに留めておけるかという計算を、瞬間的に、そして本能的に導きだした。

「トイレ、後、お札!」

 千草は二枚の札を取り出す。一枚の札はポンっと可愛い音と煙と共に小猿の姿に変貌する。小猿はもう一枚の札を掴むとトイレに入りこみ鍵をかけ、お札を便器に張り付けた。そしてコックを捻って水の流すと、ポンっと再び煙と音と共にお札に戻る。そのお札は便器の中に落ちると、流されるままに下水へと送られる。

 魔力を使ってしまった以上、もしも魔力探知の結界が張られていたら既に千草の所業はバレてしまった事になる。素早くもう一枚お札を取り出して呪文を紡ぐ。

「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」

 言い終わると同時、千草の体は猿のきぐるみに包まれる。いや、正確に言うならばそれはきぐるみに見えるがきぐるみではない。猿鬼と呼ばれる彼女の式神だ。部類としては護鬼に当たるそれは、術者をその体の内に取り込む特性を持つ。それはちょうどパワードスーツのようなものだ。

 そこまでの準備を終えると同時、千草はトイレの窓から一目散に逃げ出した。こんなところになど、もう一秒だっていたくはなかった。

 

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