戯曲にも似た魔法使い達の戦いを。
忘我は一瞬。即座に正気を取り戻した刹那はふざけたお札を掴み取る。
「こ、このかがさらわれたっ!?」
「どどどどどどど、どうしましょう~!?」
対してアスナとおキヌはパニックになる事しか出来ない。アワアワとあちこちに視線を飛ばしたり、手足をバタバタとさせるだけだ。そんな二人に刹那は軽く舌打ちをして、だけど指示を飛ばすために口を開く。
「神楽坂さんはネギ先生に、氷室さんはバゼットさんに電話して下さい。細いですがこの呪符と術者の間には、まだラインが通っています。私はこのラインを辿ってみますから、どうか!」
刹那の大声に二人は一瞬キョトンとするが、すぐに携帯電話を取り出す。
「って、ああ! 私、バゼットさんの電話番号を知らない! どどど、どうしましょう~。横島さん~!」
「え!? 何、コレ!? ネギの声!? 携帯を繋いでないのに!?」
それでもドタバタと騒がしい二人組。刹那はそれらを全面的に無視してお札を手に取り精神を集中させる。刹那は本来、魔法はあまり得意ではない。あくまで神鳴流のみで対処できない場合の時などの補助的な場合を想定して魔法を修めているに過ぎないからだ。相手が生粋の魔法使いなのに魔法勝負を挑むという時点で根本的に間違っている。
(けど、勝算はある!)
こんな魔法的な物品を残せばラインを辿られる事なんて考えなくても分かる事だ。そんな初歩的なミスを犯しているという事はつまりそこまで敵はこちらをなめているか、それともこんな重要な物にまで気を割けないほど余裕がないかということになる。結果、敵に追い付くまでラインを切り忘れる可能性はある。
そして何より、このかの安全がかかっているのだ。勝算とかなんとか言う段階はとっくに過ぎている。どんな障害があろうが、成功させなくてはならない。
「――いた」
そして思ったよりもずっと早くラインを辿る事が出来た。敵の位置が頭の中に流れ込んでくると同時、その中にこのかの魔力の香りも感じる事までも出来る。無意識で放つ魔力でさえラインをさかのぼるその膨大さのおかげでこのかが確実に敵の側にいると分かったのではあるが、その膨大さのせいで敵に狙われるとはなんとも皮肉な話だ。
「刹那さん、バゼットさんが代わって欲しいって!」
敵とこのかの現在地が分かった途端、アスナが電話をつきつけてくる。一瞬の時間も惜しい刹那はアスナから電話を奪い取り、耳に当てた。
「申し訳ありませんバゼットさん、このかお嬢様がさらわれてしまいました! たった今居場所を掴んだので、今から追撃して下――」
『ミス刹那。私は追いません』
端的に、刹那の言葉を一切聞かず、そして少女の言葉を遮るように宣言する。瞬間、刹那は止まる。
「え、え? なぜ!?」
これに狼狽するのはもちろん刹那。そもそもバゼットは冷静に普通の声で言ったので、アスナとおキヌには電話口を越えてバゼットの声は届いていない。ので、急に慌て始めた刹那を彼女たちは不安そうな顔で見るのみである。それはさておいて話を続けるバゼット。
『私の任務は生徒全員の安全を確保する事と、ネギ先生と親書の護衛する事です。魔力が異常とは言えミスこのかがさらわれたのは親書への注意を逸らす目的かも知れませんし、この混乱に乗じて他の生徒を狙う心づもりかも知れません』
「そんな、何をそんな悠長な事を――!!」
思わず激高しかける刹那だったが、すぐに冷静になる。このかの立場の微妙さを知る刹那はただの誘拐ではないと即座思い込んだが、そうだという保証はどこにもない。バゼットの危惧もまた、抱いて当然の懸念なのだ。
押し黙った刹那に、しかし淡々と声を紡ぐバゼット。
『分かって頂けたようですね、ミス刹那。生徒たちの安全と親書の安全は私が保障しましょう。ネギ先生と、ミス刹那たちは犯人を追って下さい。
また、ミスタ横島の電話番号は知りませんが、ミスタ衛宮にはこの事態の事を伝えておきます。相手はどこに向かって居ますか?』
少しだけ黙る刹那だが、目標は追手を恐れているのか逃走経路が上手く把握出来ない。魔的な物品による逆探知の限界だった。しかしこれではっきりした事がもう一つ、逃走経路には気を付けているのに魔力による逆探知の事を失念している辺り、相手は相当切羽詰まっているのだろう。直接的な追手には気をつけているのにも関わらず、こんな些細なミスを犯すのは予想以上にこちらを恐れている可能性が高い。まあ、それにしてはこんな大胆不敵な誘拐をしたりと腑に落ちないところもあるのだが、しかしそんな事を気にしている余裕は刹那に無い。
「口で説明するのは困難です。衛宮先生と横島先生はネギ先生のアドレスを知っていますよね? なら、ネギ先生の携帯の位置情報で探索して下さい。ネギ先生は神楽坂さんの携帯の――」
『アスナさんとは契約のラインが通ってますから追えます!』
『ッ!』
電話の向こうからネギの大声が聞こえてきた。声の大きさに、バゼットが顔を歪めたのが見えるようだ。
「分かりました、こちらも至急追撃を開始します!」
それだけ言うと刹那は携帯を切る。そしてその場に待機していた二人の学友を見やり、アスナとおキヌも力強く頷き返す。三人の間に言葉はいらない。
千草を刹那とアスナ、おキヌが追う。そしてアスナをネギが追い、ネギを横島と士郎が追う。
細長く伸びた追撃戦が始まる。
「千草、朗報だ」
このかを抱えて森の中を逃げる千草に白い少年が追従し、言葉を投げる。
「なんや!?」
「男装の麗人がホテルに戻った。恐らく、彼女はホテルの生徒の護衛に向かったみたいだね。こちらを追撃してくるのは子供の魔法使いと神鳴流、それから他の生徒が二人だ」
「ホンマか!? それで、その他の二人の生徒の特徴は!?」
「一人は左右で瞳の色が違うツインテール。もう一人は長い黒髪をしているね」
白い少年からの情報を元に、電車の中で見かけたこちら側の二人である事に辺りをつける。そして男装の麗人がいない事を加味すると――
「なんや、警戒しすぎて損したなぁ」
急に千草は体から力が抜けてくるような気がしてきた。他の人員の追手がかかっていないと言う事は、やはりこのかは『こちら側』扱いされているのだろう。そうでなければいくらかの他の魔法使いが追手に加わるはずなのだから。
緊張がほぐれた千草の脱力の仕方は、既に仕事をやり終えた人間のそれである。
「まだ仕事は完遂してないよ、千草。それにあの少女達の足も速い。この調子だと追いつかれる」
「? 何言うとんのや、なんでウチらの場所がバレ――」
押し黙る千草。少しだけ冷や汗を流す。
「千草、どうかした?」
「アカン。ミスったわ」
「! くそ、後一歩だったのに!!」
刹那が歯がみする。たった今、呪符のラインを切られた。なんとなく相手の逃走経路が見えてきたのだが、ラインを切ったという事は恐らく逃走パターンも変えてくる。距離にしてほんの数十メートル。僅かな距離を残して逃走者の行方を失ってしまった。先頭をひた走っていた刹那だったが、指針を失ったせいで足を止めてしまう。刹那の後を追っているだけだったアスナも連鎖的に足を止める。
「桜咲さん、早く追わないと!」
だがおキヌは、立ち止まった刹那に一声かけて減速せずに走り続けていた。
「え、氷室さん、どこへ?」
「このかさんのところでしょう? 早く行かないと見失っちゃいます!」
足を止めないおキヌに追従するように再び走り出す刹那。更に刹那を追うようにアスナも足を動かし始めた。
「……お嬢様の居場所が分かるのですか、氷室さん?」
「あれだけ濃密な魔力があれば分かるじゃないですか! って、あれ? 桜咲さんは魔力を視て追っていたんじゃないですか?」
立ち止まったおキヌの素朴な疑問符。だがそれは普通に考えればありえない事である。
「え、氷室さん。魔力が見えるんですか?」
「もちろん視えますけど……」
つー、と目で魔力の流れを追うおキヌ。刹那はおキヌの見た先を目で追ってみるが――何も視えない。目をこらしてみる。けど、やはり視えない。
「もう、そんなのいいから早くこのかを追わなくちゃ!」
足を止めた二人にアスナが苛立った声をかける。その声に我に返る二人。
「氷室さん、私には魔力は見えません。ですので、先導をお願いします!」
「わ、わかりました」
そして今度はおキヌが先頭に立って追撃を始める。刹那が先頭に立っていた時はラインを読みながらの追撃だったとはいえ、その時とあまり変わらない速度を出しながらこのかと誘拐犯へ迫る。
「魔力の色が濃いですね、近いです!」
おキヌがそう言った瞬間、目の前が開けた。木々の茂りを抜けた先にあったのは自然公園のような広場だった。自然と人工が程良く調和したようなその空間の真ん中で、体を弛緩させたこのかを抱えた小さな猿の群れと、一人の女性が立ちふさがっていた。
「しつこいガキ共やな。ってゆーか、結局どうやって居場所を探れたんや?」
女性が言う。後半は自問のような雰囲気を持った声だったが。
「まあええ、ここまでや。正直、あんたらみたいなガキをボコボコにするのは気がひけるとはいえ、まさか隠れ家まで案内する訳にもいきまへんからなぁ。
探索方法が分からない以上、あんたらの足を止めるしかない訳や」
パチンと女性は指を鳴らす。同時にお猿の群れががウキーッと鳴きながらこのかを運び去っていく。
「! お嬢様!!」
「ダメです桜咲さん!」
反応しかけた刹那をおキヌの一喝が止める。
「氷室さん!?」
「動いたらダメです。……囲まれてます」
おキヌの言葉に刹那とアスナは慌てて周りを見回した。……気配は感じられない。
「――よう気が付きましたな」
だがしかし、目の前の女性は意外そうに口を開く。
「気配消しと気殺しの札を使っているはずなんやけどなぁ」
「え、だって、お札自体の魔力が消せていませんし、変に気配が消えているせいで流れがおかしくなっていますよ?」
むしろおキヌの方が意外そうにそんな事を言う始末だった。
「なんでそんなんがわかるんや。……いや、待ちなはれ。つまり、あんたさえ動けなくなればゆっくりと逃げられる訳やえ?」
呆れた風だった女性の目に危険な光が宿る。
「小太郎、月詠はん。出てきぃ」
言葉と同時、二人の人影が飛び出てくる。思ったよりも小さな二つの人影は、女性を守るように側に立つ。
「は。やっぱり男は正面からやないと嘘やな。…………って、女ばっかりやないか」
「千草はん。思いっきり戦ってもええんですよね?」
小太郎と呼ばれたらしい男の子は残念そうな顔をして、月詠と呼ばれた女の子は物騒な事を満面に笑みを浮かべながら言う。
「まあ、殺さん程度ならかまわへん。それに小太郎、あんたはお嬢様の護衛や」
その言葉に月詠の笑みは深くなり、小太郎の顔にはつまらなそうな色が出る。
「えー。俺はそんな役かい」
「女相手には気分が出ないなんて言うたのはあんたやろが。つべこべ言ってないでとっとと行きぃ」
へいへいとつまらなそうな返事をしてアスナ達に背中を向ける小太郎。それを悔しそうに見送る刹那。追いかけたいが、目の前の二人には隙がない。がむしゃらになんか追えない、追うならば二人を撃破して追わなくてはならない。高速で二人を相手にするプランを立てる刹那。だが、
「!? 小太郎、急ぎなはれ! 今、式神が破られたわ!」
千草と呼ばれた女性がいきなりそんな事を大声で叫んだ。そしてその場の誰よりも早く異変が起きる。全員の頭上、月に人を抱えた影が出来た。千草たちの方から現れた影は、彼女たちを飛び越してアスナたちの方へと飛んでくる。それと確認するなり、千草は素早く懐から呪符を取り出して呪文を唱える。
「お札さんお札さん。ウチに力を貸しておくれやす!」
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風花(フランス)・風楯(デフレクシオ)!!」
千草の呪符から真紅の炎が飛び出す。人影の頭を貫くように細長い炎となり突き進むそれだが、直前で命中する事なく四散した。散らされた炎に浮かび上がるのは――
「「「ネギ」先生!」」
刹那とおキヌ、アスナは歓喜の声をあげた。もちろんネギが抱えているのは、気を失っているとは言え間違いなくこのか。
「このかさんなら大丈夫です。気を失っているみたいですが、それだけです!」
叫びながらネギは三人の生徒たちの側に降り立った。そして油断なく構えを取る。
「チ。魔法使いのガキを忘れておったわ。まさか別方向から来るとは……包囲したのが裏目ったわ」
苛立ちながら言う千草。しかし目に宿る光は消えていない。
「千草はん、どうします?」
「構わん。力ずくでお嬢様を奪ったれ」
冷酷にそう宣言する千草に、場に緊張が走る。
「このかさんは取り返しました! それでもまだ戦うんですか!?」
「当然や、まだ負けた訳やあらへん。それにあの女がいない以上、まだ勝機は失ってないんやからな」
戦意を喪失しないでそう言い放つ千草。これ以上ない決裂の言葉だった。
「あの女って?」
「話の流れからいくと……多分バゼットさんかと思うんですけど」
アスナとおキヌが緊張感の無い会話をしている中、唐突に声が響いた。
「そうだね。けど、僕は引いた方がいいと思うよ」
千草たちの背後、まるで地面から生えるように白い少年の姿が浮かび上がる。その声に気分を害されたような顔をする千草。
「なんや、急に出てきて。アンタを呼んだ覚えはないんやけどなぁ」
「……今度はこっちが囲まれてる。しかもこの二人、強いよ」
嫌味を言う千草を無視して言い放つ白い少年。それに動揺したのは千草ではなく、ネギ。そして目ざとく見つける白い少年。
「君にはその事は知らされていたみたいだね。けど、僕にバレた以上は奇襲の効果は薄いと思わないかい?」
雰囲気に溶かすように白い少年が言う。
ガサリと。その声に押し出されるように二人の男が千草たちを囲むように姿を現す。赤いバンダナを額に巻いた青年と、白髪黒肌の長身の男。
「だから言ったじゃん。奇襲なんて意味ないんじゃないかって」
「うるさいぞ、忠夫。最終的にはお前もOKを出したんだからいちいち文句を言うな」
「横島さん!」
「衛宮先生!」
次々と現れる援軍に生徒たちの顔が一気に明るくなる。それと対比して、千草の表情は暗くなる。
「――チ。こいつらもバケモンかい」
いや、それは暗いというよりも絶望の表情に近かった。バゼットと相対したような冷や汗が、二倍くらいの量で千草の背筋を伝う。ケタ違い、そんな現実を押し付けられる。戦い好きな二人の子供の表情も、どこか固い。
「さて、どうする千草?」
「いやな聞き方をするガキやな。引くに決まっとるやないか」
意地の悪い少年の質問に、吐き捨てるように返事をする千草。だがしかし、逃げる隙が見当たらない。隙なんて、どこにも存在しない。
「おねーさん! 夜の町に繰り出しませんかぁー!?」
「時と場合を考えてナンパしろこの大馬鹿者ー!」
ズバコーーーン!
――景気のいい音と共に豪快な隙が出来た。そんな間抜けすぎる隙を、千草が見逃すはずもない。
「逃げるえ!」
そう言ってネギたちの方に駆け出す千草と、彼女について走る三人の少年少女。いくら隙だらけとは言えども、異常な汗をかかせる二人の方向に突っ込む勇気は彼女にはなかったらしい。
「チッ!」
「くそ、せっかくわざと隙を見せたのに!」
「いや嘘つくな忠夫、お前のは絶対素だろ」
そしてその判断は正しかった。一瞬で体制を整えた士郎と横島は千草たちの後ろから迫りくる。もしもあの二人の方に逃げていたらすぐさま体勢を立て直した二人に迎撃されてだるから。だがしかし、彼女たちは後ろばかりに意識を配ってられない。
「契約執行(シス・メア・パルス)180秒間(ペル・ゲントウム・オクトーギンタ・セクンダース)!! ネギの従者(ミニストラ・ネギィ)『神楽坂明日菜(カグラザカ・アスナ)』!!」
「んっ……」
ネギは魔力をアスナに送り、おキヌは一歩下がってこのかの側に立つと懐から笛を取り出して口に当てる。
「逃がすか!」
そして刀を構えて一歩前に出るのは刹那。千草は更に心の中で舌打ちを重ねる。
(まさかとは思うたが……ホンマに神鳴流かい!)
だが千草が手を打つより早く、千草を追い抜いて迫る少女。
「神鳴流のセンパイさんですかね? お初に、月詠と申します~」
「……こんなのが神鳴流とは」
緩い月詠と呆れた刹那。挨拶もそこそこに二人の刀が火花を散らす。一瞬の均衡が破れ、月詠の刀が後ろへと弾かれるが、補佐用の短剣が別角度から刹那に迫りくる。
(コイツッ……!!)
際どいタイミングでかわした刹那の肌が粟立った。今、刹那の刀の軌道は間違いなく月詠の体を薙ぐコースだったはずだ。その上で月詠は身を守らずに刹那の命を取りにきた。
(死ぬ気……。違う、相手を殺す事以外を考えてないのか!?)
一瞬そう判断した刹那だったが、その刹那の予想を更に裏切る行動に出る月詠。一刻も早く逃げなくてはならないこの状況で、月詠は足を止めて刹那の前に立ち止まる。こうなると刹那は必然的に月詠に全力を注がなくてはならなくなる。もしも意識を他にむけるような事をしてしまえば月詠に殺されるのは火を見るより明らか。つまり月詠以下の敵を、刹那は見送る以外の選択肢が残されていない。
(しまった!)
「まあ、お仕事ですからしゃーないですわ。けど、センパイみたいな人と殺りあえるなら本望やで?」
歯がみする刹那は月詠の瞳を覗きこむ。蠢く狂気を理性で抑え込んで、魔剣のような輝きを放つ瞳。思わず魅入られそうな、妖しい色。
(初めから捨石になるつもりだったのかっ……!)
横島と士郎が後から追いかけてくる以上、立ち止まるというのは自殺行為だ。しかし死ぬ覚悟が出来ているからこそ、相手の命を奪う事以外を考える必要はない。闇の剣士としてある意味完成された心構えがそこにあった。
「アスナさん、パートナーだけが使える専用アイテム(アーティファクト)を出します!! アスナさんのは『ハマノツルギ(エンシス・エクソルキザンス)』ですので武器だと思います」
「ぶ、武器!? そんなのがあるの? よ、よーし、頂戴、ネギ!!」
だがしかし、そこに刹那しかいない訳ではない。声をかけあうネギとアスナ、そしてこのかの側で笛を吹き始めたおキヌもいる。
「能力発動(エクセルケアース・ポテンティアム)・神楽坂明日菜(カグラザカアスナ)!!」
光がアスナの手に集まり、形を作る。出てきたものは――なぜかハリセン。
「ってハリセンじゃん! これを武器って言っていいの!?」
思わずつっこむアスナ。当然のつっこみと言えば当然だ。
「ハッ! そんなん漫才にもならんわ!」
そのコントに冷笑を叩きつける千草。それと同時、千草は懐から呪符の束を取り出して空に放る。ハラハラと散る呪符は紙吹雪になって辺り舞い、
「お札さんお札さん。ウチらを逃がしておくれやす」
紙吹雪全てが小猿へと変化した。
「キキー!」
「キー!」
奇声をあげる式神たち。なのだが、
「キーキキー!?」
「キーキャキャキャキャ!」
なぜかお酒に酔っぱらったようにフラフラとするばかりでまともに戦おうとしない。
「なっ!」
通常ではありえない事態に千草の頭が現状の解明に動き出す。術式をミスした覚えなんてない。この時この場である事を考慮に入れると、間違いなく敵の妨害だ。
男二人は後ろから迫るのみだし、神鳴流は月詠が足止めしている。ハリセンを持った女の子と少年魔法使いはワタワタとロクな行動をとれていない。
(と、すると…………)
消去法で、後ろで笛を吹いている少女。まさしくあの笛の音が怪しい。
(くそっ!)
ミスの許されないこの状況で一手損をした。必然、
「えーい、もう破れかぶれよー!」
相手の攻撃をどうしても受けざるを得ない。ハリセンを振りかぶりながら突っ込んでくる少女。自分に迫るハリセンを見るだけしか出来なかった千草は、しかし黒い影に救われる。千草の後ろから飛び出してきた小太郎は、千草の代わりにハリセンを腕で受け止めた。
「っ痛ぅ。バカ力やな、姉ちゃん」
「な、バカ力って何よー!」
攻撃を受け止められた事よりも感想に文句を言うずれたアスナ。しかしもちろん小太郎はそんなアスナに構う訳もない。
「まあ、アンタは女や。殴りはせん、安心せい」
腕で防いだハリセンを、更に反対の手で掴んで思いっきり引っ張る。
「わ、わわわ!」
そのおかげで豪快にバランスを崩すアスナ。それを確認した小太郎は視線をネギに移してギロリと睨みつける。
「けどお前は最低やな、西洋魔法使い。女を前に立たせて恥ずかしいと思わへんのかっ!!」
「!」
ネギには構えを取る隙なかった。一瞬で間を詰めた小太郎は、ガラ空きのネギの腹に一発拳を打ち込む。そしてその一発で、ネギの体が力を失って『く』の字に折れた。
「か…はぁ……」
「チ。障壁は抜けんかったか。けど弱々な西洋魔法使いには十分効いたやろ」
バカにした目で見下す小太郎。悔しげに見上げるネギ。ただそれだけ。小太郎にとってネギはそれ以上の何をする価値もない。そのまま走り去って逃げる小太郎。
「あっ! ま、待ちなさいよ!」
「いけません、アスナさん。追わないで下さい!」
その小太郎を追いかけたアスナを、大声で止めるおキヌ。もちろん大声を出すには口を開かなくてはいけない訳で、口を開かなくてはいけないという事は笛を口から離さなくてはいけないという訳で。
「キキー!」
「ウッキー!」
結果として、お猿が元気になるのは当然だという事でもある。慌てて笛を口につけて演奏を再開するおキヌ。お猿たちはすぐに酔っぱらったような状態に逆戻りした。それを見て千草はネクロマンサーの笛に対して認識を深める。
(やっぱり術式を妨害する…というよりもこっちの思念を遮る効果があるんやな。でないと式が戻されない理由が説明つかん。なら――)
千草は懐から二枚の符を新たに取り出す。
「お札さんお札さん。敵を倒しておくれやす」
そして召喚。現れたのは巨大なぬいぐるみようなクマとサル。優に3メートルはある。けれども特筆すべきはそこではない。特筆するべきなのは、
「キーッ!」
「なぁ!?」
ネクロマンサーの笛を奏でているのにも関わらず、しっかりと刹那を見据えて攻撃を加えたところだろう。式神を完全に無効化出来ていると思いこんでいた刹那はとっさに攻撃をかわすことには成功するものの、決定的な隙を月詠にみせてしまう。
(やはりな。完全に自律タイプにすればあの笛の音の影響は受けへん)
ニヤリとほくそ笑む千草。刹那は月詠に対して絶望的な隙を見せている。彼女に致命的な一撃が与えられる事は間違いない。これで一人脱落だ。
「では~」
もちろんそれは、こんな間抜けな声をあげて月詠が刹那から離れなければだが。
「ちょ、月詠はん! あんた何を……」
カカカッ!
しているのか。そう問いかけて、直前まで月詠がいた場所に何本もの矢が突き刺さった。千草が慌てて発射されたと思われる方向に目を向けて見れば、そこには弓を構えた白髪色黒の男の姿が。
月詠はというと、いつの間にかその男の眼前まで移動してきていた。
「急所を外すなんて甘々やな~、お兄はん。っていうか、お兄はん今、当てる気もなかったやろ?」
「生憎、人が死ぬのを見るのも傷つくのも嫌いでな」
男はいつの間にか黒白二本の、鉈のような刀に持ち替えていた。弓は既に影も形も無いが、その一対の刀を見て月詠の目が細まる。
「…………その剣、干将莫邪とお見受けしましたえ?」
「……贋作だ」
「嘘やな」
端的に答える。端的に返す。
「それほどの輝き、贋作のはずがありませんえ?」
「お褒めに預かり光栄だが、これは私が創ったもの。間違いなく贋作だ」
月詠のニコニコとした笑みが深まる。ただし、その瞳の奥にあるドロリとした光は増すばかり。
「一本、ウチにもうって頂けませんかえ~」
「今からこっち側について貰えれば、喜んで」
「あら~、残念ですわ。お仕事を途中で止める事はできませんから~」
月詠の体から、ブワリと殺気が広がる。
「仕方ありませんえ。ウチらのアジトにお越し頂いてからゆっくりと、何本でもうって頂きますえ。
今度はどこからも邪魔は入りそうもありませんし、心逝くまで死合いましょう?」
「ふむ。詳しい話はこっちのホテルに来てから訊ねようか。
なに、心配するな。そう酷い怪我はさせないさ」
もう言葉はない。意味は違えど、己の命を省みない二人は甲高い音を鳴らす。重ねられた金属が火花を散らし、闇を花火のように明滅させた。
一方でアスナと刹那は巨大なクマとサルに手こずっていた。いや、正確に言えばアスナがクマとサルにてこずっていて、刹那はアスナのフォローにてこずっていた。
「わわわっ!」
「クマー!」
「キキーッ!」
「くっ!」
必死になってクマの鉤爪をハリセンで逸らすアスナ。そしてサルはアスナと刹那両方を相手取るように攻撃をしかけてくる。自然、刹那はアスナの防御にも気を配らなくてはならない。
(くそっ! やはり素人のアスナさんを連れてくるべきではなかったか!?)
しかしその場合、やはり二体の式神を相手にするのは骨だし、いざという時のネギの守りも――
(そうだ、ネギ先生の援護は!?)
チラリとネギの方を見る刹那。その視線の先には確かにネギの姿があった。ただし、両手に札を携えた千草と正面から向き合っていたけれど。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 雷の精霊11人(ウンデキム・スピリトゥス・フルグラティオー)、集い来たりて敵を射て(コエウンテース・イニミクス・サギテント)! 魔法の射手(サギタ・マギカ)雷の11矢(ウンデキム・フルグラーリス)!!」
「お札さんお札さん。命の力を携えて、ウチを守って下さいな。お札さんお札さん。命を冒涜するものを、どうか罰して下さいな」
ネギの手から11の雷が迸る。しかし千草の右手の札も瞬く間に巨大な樹木になり、雷撃の矢を受け止めた。そして彼女の左手の札からは尖った木の先端が、真っ直ぐにネギに向かっていく。
「! ラス・テル・マ・スキル・マギステル! 風花(フランス)・風楯(デフレクシオ)!!」
唱えるも、術式構成が一瞬遅い。木の先端が到達する頃には小さな楯しかできていなかったせいで、逸れた木はネギの左肩を軽く削った。
「っつ!」
「ホホホ。所詮はガキやな――!?」
バキン!
千草が余裕の声をあげている途中で黒焦げになった巨木の楯が折れた。そして木の楯が受け止めきれなかった3つの雷矢が千草へと迫る。
「くっ!」
とっさに千草は右手に持っていた5枚のお札を楯にする。魔力を込めていないお札はしかし、その構成式だけでネギの攻撃を弾いて直撃を避ける。とは言えども雷の属性を持つ矢である。お札と共に差し出した右手は雷にさらされて、痛みと熱さを残して感覚が消えた。おそらく、しばらくはまともに動きそうもない。
「――っ! の、ガキ!!」
千草はギリギリと歯がみする。魔力を込めていなかったとはいえ一枚に手間暇と金をかけて作るお札を、同時に5枚も壊されたのだ。しかも右手が痺れているのも大きい。左手でお札を持つ千草の前で油断なく杖を構える少年魔法使いの姿に、怒りがフツフツとわいてくる。
再び競うように呪文の唱え合いが始まる。
「さて、余り物は僕と君みたいだね」
「……え、ちょっとちょっと。そこの少年、後のバケモノは何ですか?」
冷や汗をかきながら聞くのはもちろん横島、相対するのは白い少年。ただし横島の視線は白い少年の後にいる、どこの宗教における悪魔だ? って感じの凶悪そうなバケモノに釘付けだが。
「ああ、彼女の名前はルビカンテ。彼女は上手く喋れないから僕が代わりに挨拶させて貰うよ」
「女なのかっ!?」
ますますマジマジとルビカンテを見る横島。
「……あ。どうも私、横島忠夫と申します。以後お見知り置きを」
「ヴォ」
頭を下げて名刺を差し出す横島。いえいえこちらこそといった様に頭を下げて名刺を受取るルビカンテ。外見に似合わず、案外礼儀正しい人(?)らしい。
「さて、挨拶は終わったね。そろそろ戦いを始めるとしようか」
「いやいや待て待て! 普通こういったタイプは士郎が相手じゃないか? 雰囲気というかビジュアル的に!」
ズビシとどこともないところをつっこみながらの横島の叫び。
「僕としてはどちらでも構わないけど――」
チラリと横を見る白い少年。視線の先では火花が同時に6ヶ所位見える双剣同士の戦いがある。
「――代わる?」
「…………どうかお手柔らかにお願いします」
「ヴォウ」
いえいえどうぞこちらこそお手柔らかに。そんな様子で頭を下げるルビカンテ。やっぱり礼儀正しい。
「心配しないでいいよ。僕はとりあえず様子見するつもりだし、ルビカンテは僕より数段弱い」
そう言って指をパチンと鳴らす白い少年。
ヴォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――ン
「嘘つけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
瞬間、異常な威圧感と雄叫びを放つルビカンテに、横島はもちろん全力で突っ込んだ。
(横島さん。GSなんですから、ビジュアル的にはむしろ適任じゃないですか?)
比較的余裕のある、霊気のこもった音色を奏でる少女は遠くからそう心の中でつっこみをいれる。
「うう~ん。後5分……」
そして傍らでは誘拐されたはずの少女が気持ちよさそうに眠っていた。相変わらずの大物である。