どうか、抱いた好意を否定しないで下さい。
朝日が昇る。夜を徹して警戒を続けていた士郎と横島はようやく一息つける時間になったと、顔を付き合わせていた。
「って言うかさ、よく考えたらネギ坊主の親書とこのかちゃんが5班に揃うって事は、襲撃確率が一番高い配置についっちゃったんだよな、俺」
「何を今更」
士郎の呆れた声にも横島の顔は優れない。
「って事はだ、あの白いガキとか黒いガキの相手も俺がしなくちゃならないって事か? あのねーちゃんとか可愛い女の子の相手だけだったら嬉しいけど」
「お前な……どいつもこいつも一筋縄じゃいかない連中ばっかりだったぞ? その余裕はなんだ?
まあその話は置いておくとしてもだ。忠夫が全員を相手する必要は無いぞ。他にもネギ君や桜咲、神楽坂や氷室がいるんだから分担して当たればいい。戦力的に不安があるのは確かだけど、これ以上どうしようもないからな。ちなみにどう考えても忠夫の相手はあの白い少年になるからな」
士郎の言葉に横島の顔が情けなく歪む。
「あ、やっぱりそうなる?」
「まあどう考えても他のメンバーじゃ太刀打ち出来ないだろうな。心配ならバゼットと変わるか? 1班が忠夫なのは問題があると思うが、3班と5班の担当を変えるくらいなら問題ないだろうからな」
その提案を、横島は笑って首を振る事で断る。
「それには及ばねーよ。何せ5班には、おキヌちゃんがいるからな」
「…………」
士郎は黙る。横島の言った意味を計りかねて。そもそもとして横島がこんな清々しい笑みを浮かべる事すら珍しい話だ。そしてその対象はおキヌ。士郎とて横島とおキヌの間には何か並々ならぬものを感じない訳がなかったのだが、その何かが今一つ理解できない。友人のようでもあるし、戦友のようでもある。師弟や兄妹と言われてもどこか納得できるし、恋人と言われてもなるほどと答えられる。
だが、その全ての言葉は腑に落ちる事はない。そのような陳腐な言葉を当てはめてしまうと、どこかに違和感が生じてしまうのだ。二人の間にあるのは、信頼? 親愛? 恋愛? それとも、それら全てを含めた何か?
(横島と氷室だから。この言葉が一番らしい答えかな)
そんな風に乱雑に思うと横島の目を見て言う士郎。
「じゃあ任せた。近衛や親書の事はもちろん、ネギ君や桜咲、神楽坂と氷室。そして5班全員の事をな」
「おお、任された!」
そうして二人の会話が終わる。
『――それでは麻帆良中の皆さん、いただきます』
いただきまーす!
ネギの挨拶にみんなが合わせて食事が始まる。
「おーす、横っち遅かったじゃない。昨日は結局どうして遅れたのかなー?」
「そうですー。電車で一緒にトランプをやりたかったです」
「はっはっは。スマンなパルに風香ちゃん。ちょっと下らない事があってな。だが安心しろ、今日からは俺も全力で遊ぶからなっ!」
「キタァー! 横っち本気モォォォド!!」
ガヤガヤと一部副担任まで騒がしい大広間。実に修学旅行らしい雰囲気を醸し出しているのだが、その中でポツンと賑やかな輪から切り離されるように食事をとっている少女が一人。
「このかさん、元気ないですね」
「あ、おキヌちゃん……」
そしてそんな少女に近づく少女も一人。
「いや、なんでもあらへんよ。ちょっと夢見が悪かっただけやから」
「夢見ですか? いいですよ~。私なら聞きますから、軽く話して気を楽にしちゃって下さい。こういうのは話せば少しは気楽になるものですから」
「…………」
沈黙するこのか。ちょんちょんとご飯をつまむが、その動きはどこかぎこちなく元気も無い。そんなこのかの食事スピードに合わせるおキヌ。
このかとおキヌは、喧噪をどこか遠くに感じながらも食事を進める。静かに食べ続けていた二人はやがて他の誰よりも早くご飯を食べ終わり、食後のお茶をすすり始めた。
「あのな、おキヌちゃん」
「はい」
そこにきてようやくこのかは口を開く。おキヌはずっと沈黙していたのを責めるでもなく、先を促そうとするでもなく、静かに相づちを入れる。
「昨日の夜な、昔せっちゃんと仲がよかったって話をしたん覚えてる?」
「はい、もちろんですよ」
「でな、そんな話をしたせいか、ウチ、昨日せっちゃんと仲よおしてた夢を見たんや。なんか知らんけど恐かった所、せっちゃんが助けてくれて、すごく優しい目でウチの事を見ていたんや」
このかは長い髪を前の方にたらし、おキヌからはその表情をうかがう事は出来ない。刹那の方を見てみても、いつも通りの鉄面皮で黙々と食事をとっている。
「……夢、なんかと思うとなんかやりきれなくてなぁ。昔みたいにウチの事を守ってくれたせっちゃんは、夢でしかないんかなぁ」
グス…っと鼻をすする音がする。おキヌからはこのかの顔は見えない、見ない。
「このかさんは、どうしたいんですか?」
「――え?」
おキヌの言葉にこのかが顔をあげておキヌを見る。流石に顔を見られて視線を外すのは失礼だと思い、おキヌもこのかの顔を見る。その瞳は濡れていた、おキヌの予想通りに。
「桜咲さんがどうとか言う前に、このかさんはどうしたいんですか?」
「うち? うちは……?」
迷うこのかにおキヌは喋らない。ただじっとこのかの言葉を待つ。
「うちは、せっちゃんと仲良くなりたい。このままなんて、イヤや」
やがて出た凛とした結論の言葉に、ピクリと視界の隅で刹那が動揺した。それに気がつかないフリをしながら、おキヌはこのかを見てにっこりと笑う。
「じゃあ、仲直りをしちゃいましょうよ。せっかく同じ班になったんだから、修学旅行中がチャンスですよ。私も協力しますから、ガンガン桜咲さんにアタックしちゃいましょう!」
「……でも、うちはせっちゃんに避けられてるし」
「それで何もしなかったら本当に変わりませんって。何があったの聞いて、もしこのかさんが悪い事をしてたら謝りましょうよ。そうじゃなかったらきっと、また仲良く出来ますから、きっと、大丈夫ですよ」
笑うおキヌに、つられてこのかも笑う。
「うん、うん。そうやな、おキヌちゃん。動かなきゃ何も変わらんよな。
ありがとな、おキヌちゃん」
二人で笑う少女を知りながら、我関せずと黙々と食事をとり続ける刹那。
ただ、その手はほんの少しだけ震えていたけれども。
食事が終わり、これから見学の準備の為に部屋へと戻る道すがら。
「あの、ネギ先――……」
「ネギくん、今日ウチの班と見学しよーー!」
「わーーっ」
声をかけようとしたのどかを遮って、まき絵がネギへと飛び付く。急な展開に思いっきり大声をあげてしまう。もちろんそんな光景を見てネギを誘う気満々だったいいんちょが黙っている訳がない。俊足を持ってまき絵に肉薄し、ネギとの間に体を差し込んでガードする。
「ちょっ、まき絵さん! ネギ先生はウチの3班と見学を!」
「あ、何よー。私が先に誘ったのにーーっ」
「ずるーい! だったら僕の班もーー!」
ネギと遊びたいというのもあるだろうが、なんとなくこういったお祭り騒ぎには参加しないではいられないのが麻帆良の性。予想通りというかなんというか、ネギ争奪戦勃発。
それを遠くに見ていて楽しんでいた柿崎、桜子、釘宮に士郎が近づく。
「三人とも、ちょっといいか?」
「あ、え、はい?」
まさか声をかけられるとは思っていなかったらしく、ちょっと間抜けな顔をする三人。そんな彼女たちに、士郎は淡々と言葉を続ける。
「急な話で済まないんだが、実は昨日に私の従兄弟の男の子が訪ねてきてね。私が修学旅行に参加すると言ったら自分も参加したいと言ってきたんだ」
「え……じゃあこのホテルに?」
目をまんまるにした柿崎に、士郎は苦笑しながら首をふる。
「あ、いや。流石に同じホテルには泊まっていないよ。そもそもこんな非常識な事なんて通るハズもないんだが――彼はちょっと特殊な環境で育ってね。こういった修学旅行とかの経験がないんだ。
だから私も困ってね。流石にそのまま参加させる事は出来ないにしても、どうにか修学旅行らしい雰囲気だけでも味あわせてあげたい。だから私の実費でこの近くにホテルをとって、班別行動の時だけ参加させられないだろうかって考えたんだ」
士郎の言葉にポンと手を叩く桜子。
「ああ。だから衛宮先生と横島先生って昨日遅れたんだね!」
「まあそう言う事。それで、お願いできないだろうか?」
困った顔で頼む士郎。
「いーよ!」
何も考えないでOKを出すのは桜子。
「ん~。私もOK。女だけって言うのもいいけど、男の子がいた方が楽しいじゃない? やっぱり修学旅行なら普通と違う事をしたいし」
ちょっと打算的にOKを出すのは柿崎。だが最後の一人の釘宮はちょっと思案顔だ。
「でも、やっぱり部外者を入れるのは――」
「ただいまー」
「ネギ先生、本屋ちゃんに取られちゃったですー」
「あれ? 衛宮先生何やってんのー?」
そこに双子が帰ってきた。士郎を見て首を傾げる二人だが、柿崎から説明を受けてすぐに納得した顔に。
「さんせー! 多い方が楽しいし!」
「僕もいいですよー。大勢の方が楽しいですー!」
そして速攻でOKした。そうすると自然、視線は唯一色よい返事をしていない釘宮に集まる事に。
「で、くぎみーはどうする?」
「くぎみー言うなと!!」
一応桜子に突っ込みを入れる釘宮だったが、この状況でダメですなんて言えるはずもない。
「……分かりました。OKです。それで、その子はどんな子なんですか?」
「ああ、赤毛なんだが――こんな感じだ」
士郎は懐からアーティファクトカードを取り出して、5人に見せる。
「名前は衛宮切嗣、歳は18だ。すぐにここのロビーに来させるから、支度してきてくれないか?」
それを見て一気にテンションをあげる一同。
「うにゃ! 流石衛宮先生の従兄弟! 思ったよりカッコイイ!!」
「そ、それは同感ね。こんなカッコイイ従兄弟が居たなんて!」
「あれ、柿崎って彼氏がいたんじゃないですかー?」
「それとこれとは話が別よ!」
「別なのか」
軽く冷や汗を流す士郎。ちょっと柿崎の彼氏が可哀想な気がした。そして騒がしく部屋に戻る1班を見送った後、士郎は周囲に誰もいない事を確認する。少し長話していた1班が最後だったらしく、周りには誰もいない。バレるとかなりやっかいな展開になるので更に弓兵としてのスキル全開で周囲の警戒をした後、おもむろにトイレに入って懐から青い丸薬を取り出す士郎。
「ま、オレが参加するよりマシだろうからな」
そして、飲む。ポンという軽い音と煙とを発生させながら赤毛で背がちょっと低い少年の、懐かしい姿が鏡に映った。
年齢詐称薬。薬にこめられた幻術の魔法によって外見の年齢認識をずらす効果のある薬。
「って、しまった。服の事を忘れてた……」
この手の幻術はよっぽど質のいいものじゃないと本人以外の、例えば服などには効果が及ばない。ブカブカになったスーツ姿が微妙にラブリー。
部屋には変装した時用の服はおいてあるのだが、そうするとこの動きにくいブカブカの格好でホテル内を歩く事になる。怪しい事この上ない。まあだからと言っても仕方のない事であるけれども。
自分の情けなさに嘆息をつきながら歩き始める士郎。幸いホテル嵐山はほぼ麻帆良の貸し切り状態で、今の時間はみんな部屋で準備をしている。従業員も食事の後片付けか、この後に待っている部屋の清掃前の休憩時間なのだろう。全く問題も起きずに部屋にたどり着き、ドアを開けて入り込む。
「誰だっ!? 西の刺客か!?」
そう、部屋の中まではなんの問題もなくである。部屋の中で出かける準備をしていた横島には盛大な誤解をくらったけど。
それからちょっとの間。横島と士郎の部屋ではドタバタと騒がしかったらしい。
「うわー。酷い目にあった……」
ロビーでグッタリとしている士郎。狭い部屋の中で追いかけっこをしたあげく、最終的に本人確認として男同士で語る赤裸々な会話を証明としてようやく信じて貰えた具合である。朝っぱら何を語っているんだと思わなくもない。そして集合時間までに用意をすればいい横島と違い、無理に頼み込んだ士郎は遅刻すれば置いて行かれかねない状況である。神速で身支度を整えると、万が一ホテル内で出くわす事が無いように窓から飛び降りて玄関から入り直す羽目となる。
とにかくまだA組1班のメンツは来ていないようで、ぼんやりと早めに準備が終わって外に繰り出す別学級の麻帆良の生徒を眺めている。と、見せかけて実は防衛について頭の中でフル回転中。
(もし近衛をさらわれたら負けだな。流石に班別行動でバラバラに動く麻帆良の全員をカバーなんて出来る筈がない。近衛をさらった時点でランダムに他の生徒をさらい、親書との交換条件に利用される。
多分、近衛は桜咲が護衛するだろうが……あの全員がかりで襲われたらひとたまりもないな。やはり忠夫とネギ君、神楽坂と氷室の動きにかかるか。5班の一般人は近衛と綾瀬、早乙女に宮崎か。…………4人、か。式神使いで数が増えることを考えたら、出来ればもう一人護衛が欲しいところだったが、)
「あ、あれ? 士郎、さん、ですか?」
間の抜けた声が聞こえてきて、思考を強制シャットアウト。視線を声のした方に向けてみれば、予想通りというかなんというか、肩に白いオコジョを乗っけて白い布でグルグル巻きにした杖を持った子供先生の姿が。
「やあ。ネギ君、早いね」
「兄貴? この人はどちら様ですかい?」
頭にクエッションマークを掲げたカモが訊ねるも、開いた口が塞がらない状態のネギは答えられない。そんな様子を苦笑しながら見つつ、士郎はカモの目を見て自己紹介を。
「衛宮士郎だよ、カモ君」
「衛宮の兄貴ですかいっ!? …………そうか、幻術」
一瞬だけビックリしたカモだったが、魔法に詳しいカモはすぐに結論に至る。得心がいったとばかりに落ち着いて士郎の事を改めて見やる。
「ナルホド。確かに年の離れた男の教師が一緒よりも、男とは言えども歳が近い方が落ち着くって訳ですね」
「ああ。影から見守るという事も考えたのだが、チア三人組はともかくとして双子の動きは把握しきれないからな。むしろ近くで護衛をした方がいいと判断した」
「ん~。口調がまだ大人っぽいですね。もっと子供っぽくならないっスか?」
「そうか?
え~と、こんな感じかな? …………なんでさ」
「…………なぜそのセリフをチョイスするのかが分からないスけど。疲れたサラリーマンのような印象がありますし」
和気藹々と会話をしていく士郎とカモ。だが、そこに我に返って大声をあげる子供先生が一人。
「え、ええー! し、士郎さん、その姿はどうしたんですか!?」
目をまんまるにしたネギのあげた大声に、士郎とカモは思わず耳を塞ぐ。
「ネギの兄貴、声大きいっス」
「あ。ゴ、ゴメン、カモ君」
特にネギの肩にいたカモのダメージは大きかったらしい。微妙に目を回している。
「まあ気持ちは分かるけどな。俺も最初は何だコリャって思ったし」
ちなみにその時は赤い丸薬を飲んで軽く自己嫌悪に陥ったりしていた。鏡見たらアーチャーが映っていたし。まあ今の本当の姿もまんまアーチャーだけど。月日の流れは残酷である。
「俺が飲んだのは年齢詐称薬って薬さ。一定時間外見年齢を変化させる幻術の発生効果がある薬なんだ。年上の教師がそのまま班別行動に参加するよりかはマシかと思ってね。
ちなみに設定は特別な事情で学校生活に縁がなかった衛宮士郎と従兄弟の衛宮切嗣、18歳だよ」
「あ~。だんだんと歳に口調が合ってきたッスね」
カモがうんうんと頷いていると、1班が姿を見せた。軽く合図をしてカモを黙らせる士郎。
「あ~、いたいた切嗣君でしょ?」
真っ先に大きな声をあげたのはやはりというかなんというか、桜子。それを皮切りに駆け寄って来る5人の少女。
「初めまして、衛宮切嗣だ。士郎さんに言った無茶を叶えて貰えて感謝している」
ぶっきらぼうだけど少し照れた感じの口調。微妙に芸達者な士郎。それにアハハと気負わない感じで答えるのは柿崎。
「あーいいのいいの。ウチってそこらへん軽い感じだから」
「そうなのか?」
「そうですー、なんたってウチの担任はー!」
「そこに居るネギ先生なんですからー!」
双子が指さすのは数えで10歳のネギ少年。それを見て笑う士郎。
「知ってるよ。士郎さんに聞いた」
「あ、そっかー。従兄弟だもんねー」
うんうんと頷く桜子。と、そこで柿崎が猫笑いをしながらさっきから黙っている一人の少女の方を見る。
「で、くぎみーは何してるの~?」
「だからくぎみー言うなって……あ」
大声をあげてからちょっと照れた笑いをする釘宮。
「気負ってもしょうがないですしね。初めまして切嗣さん。釘宮円です」
「ああ、よろしく」
軽く頭を下げあう二人。
「あ、自己紹介がまだだったね。一応班長の柿崎美砂です」
「椎名桜子だよー! よろしくねー!」
「鳴滝風香ですー!」
「鳴滝史伽ー! よろしくですー!」
「ああ。みんなもよろしく」
そうした後に、パンパンと手を叩く釘宮。
「じゃあ切嗣さんの話は後にしましょう。早く行かないと電車に遅れちゃうからね」
そう仕切る釘宮。もはや彼女が影の班長である事は疑う余地はない。
「ああ。じゃあ失礼します。ネギ先生」
「あ……ではき、切嗣さん。お気を付けて」
微妙に言いにくそうなネギに笑って頷いた『切嗣』は1班について行く。
5班の人間が来たのはそれから5分も経たないうちに、更に15分程経ってから横島が来た。
遅刻にイラついたアスナに軽く吹っ飛ばされたのはご愛敬。
奈良公園。有名な鹿。ちなみに鹿煎餅は鹿専用の食べ物で、中に新聞紙とか人間が食べるのに適さない物が入っていたりする。
「――なのです」
「ゴメンゆえ吉。見ればすぐ分かるわ。コレを見て食べようという猛者はそうはいない」
「ですよね」
チューっと、雪国のヤシガニジュースを飲んでいる夕映と間抜けな話をするのはパル。手元にはあっちこっちから新聞の切れ端が見える鹿煎餅が。
「え、食えないのコレ!?」
「食ってたー!?」
そして鹿煎餅をほうばる横島。猛者です……! と戦慄する夕映に苦笑いをするおキヌ。
「横島さん、そんな体を張らなくても……」
「何を言うんだおキヌちゃん! 鹿煎餅と言ったら食うのがギャグだろう! 大阪人としてここは譲れないな、この飛び出てる新聞紙とか見たら尚更に!!」
しかも確信犯だったらしい。
そして鹿煎餅を目の前で喰われて怒った鹿に思いっきり蹴り飛ばされて、倒れた所を一斉に踏まれたりしている。パシャパシャと撮影する外国人観光者たちは微笑みを見ると、この間違った光景を日本の文化として勘違いしないで下さいと祈ることしか出来ない。
「あ~……」
と、思ったらネギが彼らに向かって英語で何かをまくしたてた。ネギの話に不思議そうな顔をして、何か聞き返す観光客たち。それを何度か繰り返して、やがて観光客たちはHAHAHAと愉快気に笑う。そしてにこやかにネギに礼をいい、横島に近づいていった。それを確認してネギはみんなの方に戻ってきた。
「ネギ先生、なんて説明したんですか?」
おキヌがちょこんと首を傾げて聞く。それにアハハと乾いた笑い声をあげるネギ。
「――聞かない方がいいですよ」
チラリと横を見るネギ。それにつられるおキヌ。二人の視線の先で、観光客たちに助け起こされた横島が握手を求められ、ついでに拝まれていた。
「…………ネギ先生?」
「聞かない方がいいです。聞かないで下さい」
決しておキヌに視線を合わせようとしない、冷や汗をかいたネギ。どうやらフォローしようとして何かを失敗したらしい。
「ま、横島先生の事はどうでもいいとして」
またサラリと毒を吐くアスナはキョロキョロと周りを見る。
「なんかさ、いつの間にか人数が減ってない?」
それを聞いて残る人員も周りを見る。まだ拝まれている横島はとりあえず置いておいて、確かに足りない。図書館組のこのかを除いた3人、パルに夕映とのどかと、ついでに刹那もいない。その事態に顔が青くなるおキヌ。
「ま、まさか三人とも誘拐されて、桜咲さんが追っていたりとか……」
「言ってる事はよく分からんけど、三人はみんなで向こう行ってたえ~」
このかは勝手に戦慄していたおキヌにそんな事を言う。みんなの沈黙が痛い。
「じゃ、じゃあ桜咲さんは?」
その場の空気から逃げるように口を開くおキヌ。少しの間、お互いがお互いを見合うが今度の言葉に返事をする人はいない。
「あ、はい」
スッとどこからともなく姿を現す刹那。特にほっとするのはおキヌ。
「も~。桜咲さん、どこ行っていたんですか。心配したじゃないですか」
「いえ、少々用事がありまして……」
どこか切なげな表情で刹那を見るこのか。彼女の視線を感じているだろうがあえてそれを無視する刹那。そしてこのかには聞こえないようにネギとアスナ、横島とおキヌにだけ空気を震わせる。
(相手は既にこちらの一般人を襲うと宣言しています。万が一を考えて式神を各班に放っておきました。今はその確認と、この班の一人一人に更に式神を張り付けをしました。これで何かあればすぐに私に伝わります)
表情を引き締めるネギとアスナとおキヌ。対して横島はヘラヘラとしているだけ。いぶかしげな視線を向ける刹那だが、それに笑って答える。
「まあそういう固い事もいいけどな。今は修学旅行なんだからそれも楽しまなきゃ」
「え、ええ。まあそれはそうですが……」
歯切れ悪く答える刹那に、後ろから意を決したこのかの口が開く。
「あ、あのな、せっちゃん」
「――なにか?」
物凄く無愛想な刹那の声。軽くひるんだこのかだったが、今朝のおキヌとの会話を思い出して、更に次の言葉を投げかける。
「い、一緒、一緒に見て回らん?」
「いえ。私は皆さんと一緒に回ります」
表情を変えない刹那に、とうとうこのかの勇気が切れた。泣きそうな顔をして刹那を見て、表情が変わらないと助けを求めるように他を見る。そしておキヌの顔で止まる。気がついたおキヌは軽く視線で返事をして、空気を読まない明るい声をあげる。
「じゃあ行きましょうか、桜咲さんにこのかさん、横島さんも。みんなで回りましょうよ!」
「い、いや私は……」
そう来られるとは思わなかった刹那は狼狽し、このかは心配そうな顔をし、横島は苦笑いを浮かべる。
「なにか問題がありますか?」
「ネ、ネギ先生と神楽坂さんはどうするのですか? みんなで回るなら一緒で――」
「って言っても、何だかんだ言って大所帯だからな。2チームに分けるのもいいと思うぞ。ネギ坊主たちには図書館組を任せればいいさ」
横島が絶妙のタイミングでフォローを入れる。今度は刹那が泣きそうな顔で、このかとおキヌと横島とネギとアスナとの顔の間で視線を彷徨わせた。
「桜咲さん。そんっっっなにこのかさんと一緒に回るのが嫌なんですか?」
思わず視線をこのかに固定する刹那。とても不安そうな顔が目に映る。この状況で選べる答えは一つしかない。
「い、嫌って訳じゃあ――」
「じゃあ、このかさんの事は嫌いですか? そうじゃないんですか?」
「うっ。あうあうあうあうあう」
とても必死なおキヌとこのかの視線を受けるとやはり選べる答えは一つ。
「き、嫌いじゃないです……」
「じゃあ一緒に行きましょう!」
完全におキヌのペースに巻き込まれた刹那はガックリと肩を落とした。そしておキヌはダメ押しとばかりに横島と手をつなぐ。
「ちょ。おキヌちゃん!?」
そして当然の如く狼狽する横島。おキヌは顔をほんのりと赤く染めながらもチラリとネギを見て、言う。
「じゃあ後の事はお願いしますね、ネギ先生」
「あ。は、はい」
そして横島を引っ張るように歩きだすおキヌ。長い黒髪でほとんど隠れた耳だけど、見える部分は真っ赤だ。
そんなおキヌを見ながら、くすくすと笑うこのかはやがて、おずおずと刹那に手を差し出す。
「さ、早く行こうせっちゃん? おキヌちゃんに置いて行かれちゃうえ?」
「あ――」
照れたようなこのかも顔を見て、次に差し出された手を見る。選べる答えは、やっぱり一つだった。
手を繋いで歩いて行くこのかと刹那を見ながら乾いた笑いを洩らすネギとアスナ、そしてカモ。
「は、はははは。おキヌの嬢ちゃんも中々策士じゃねぇか」
「ちゃっかり自分も横島先生と手を繋いでるしね……」
顔を見合せて何とも言えない顔をするアスナとカモ。
「アスナアスナー! 一緒に大仏見よーよ!!」
「へぶっ」
そこに飛んでくる飛び蹴りとタックル。夕映とパルが全力でアスナを引きずっていく。
「ちょっと、何よあんた達!」
「いーからいーから」
為す術もなく連れて行かれるアスナ(とカモ)に呆然とするしかないネギ。あっと言う間に一人になってしまった。
(ぼ、僕も誰かの護衛につかないと……)
しかし誰の護衛につく? 最重要人物であるこのかは刹那とおキヌ、横島とこれ以上ない布陣だし、パルと夕映にはアスナがついている。となると残るのは一人。
(宮崎さんか)
「あっ……ああ、あのー。ネギ先生」
と、ネギの思考がそこに至った時、緊張で体を小刻みに震わせているのどかが声をかけてきた。
「あ、宮崎さん。みんな行っちゃいましたし、二人で回りましょうか」
「い、いいいいいい、って、えー!」
一緒に回ってくれませんか、そう言いかけて先に言われてしまったのどかはすごくパニっくってしまう。それを見て不安そうな顔をするネギ。
「あれ……もしかして嫌でした?」
「そそそ、そんな事ないです! よろしくお願いしますっ!」
なぜか綺麗にお辞儀をするのどかを見て、ネギはどうしたものかと頭をポリポリと掻く。何せ、頭を下げて全くあげる気配がないのだ。
(そうだ!)
そんなネギの脳裏に浮かぶのは先ほどのおキヌ。頭を下げ続けるのどかに、にっこり笑って手を差し出す。
「じゃあ行きましょうか、宮崎さん」
「え? え?」
差し出された手を見て、オロオロと所在なさげに手を彷徨わせて、それでもやがてネギの手に近づけて。
「――――はいっ!」
満面の笑みで、ネギと自分の指を絡めた。そしてそのまま大仏殿の方へ足を進める二人。
「お、大きいですねー、大仏殿ー…」
「わー。本当ですねー♪」
他愛もない会話でも、のどかの心臓はバクバクだ。
(告白しなきゃ、告白しなきゃ……)
どう切り出してなんというか。そんな具体的な展望は全くなく、そんなフレーズが頭をぐるぐると回っているだけ。
どうしようか、どうしようか。それでものどかはやがて覚悟を決め直して――――
「くぅ~。のどか、やるじゃんやるじゃん!」
「でも今一つ足りないですね」
影からネギとのどかのドタバタ大仏見学を眺めるパルと夕映のセリフ。告白しようと頑張っているのは傍から見ていてもよく分かるのだが、しかし最後の一歩がどうしても上手くいかない。「大――仏が好きで!」とか、「大――吉で!」とか大の後に好きと続いてくれないのだ。ついにはなぜかネギの前でパンツの御開帳までしてしまい、ネギがアワアワしている内に泣きながら逃げ出してしまっている。
「ダメだったか」
タハハハハとおやつを食べ逃したような顔をするのはパル。
「しかしこれだと告白するのはいつになる事やら」
不思議ジュースを吸いながら、滅多に見れない呆れた表情なのは夕映。
「だね。じゃ、もう一回のどかのフォローをしに行きますか!」
そう言ってのどかを追いかけるパル。そして追従する夕映。泣きながら逃げるのどかを追っていくと、のどかの向かう先には刹那と横島の姿が。
「あれ? あの二人って付き合ってるのかな?」
「アホですか。そんな訳ないでしょうに」
そんな軽口を言い合ってのどかの先回りをして横島と刹那の近くに潜む二人。ちょっと褒めらない行為をする気満々だ。
「ったく、このかちゃんからそんなに逃げなくていいじゃないか」
「い、いやしかし、やはり身分の違いというものが――」
「友達に身分も何もないっての。結婚する訳じゃないんだから」
「い、いやしかし――」
と、そこで第三者の声が割り込んでくる。
「あれー? 横島先生に桜咲さん? このかとおキヌちゃんは? ここで二人でどうしたの?」
アスナだ。パルと夕映に連れ去られて放置されたあげく、ここに辿り着いたらしい。
「そういうアスナちゃんは一人でどうしたの? ネギ坊主は? 図書館組の3人は?」
「あー。なんかパルの奴と夕映ちゃんに引っ張られたあげく、どっか行っちゃたのよ、あの二人」
「ふーん」
やれやれと肩をすくめるアスナを見つつ、チラリと二人がいる方に視線を投げかける横島。
(ありゃ、これは間違いなく)
(バレてますね)
全く困った風情もなく言い合う二人。
「本屋ちゃんはネギと一緒にいるはずよ。それで二人はどうして?」
「このかちゃんから刹那ちゃんが逃げちゃったんだよ。おキヌちゃんはフォローでこのかちゃんの側にいるはずだ」
横島もアスナの真似をしてやれやれと肩をすくめる。そして今度は溜息をついて刹那の方を見るアスナ。
「桜咲さん……」
「い、いいんですよコレで! 式神もついていますし、なんの問題もありません!」
ちょっと必死になってそうまくしたてる刹那。呆れた目で見るアスナと横島。と、そこでガサリと草が揺れる音がする。
「「!」」
とっさにそちらを振り返る刹那とアスナ。余裕を持って振り返る横島。そんな三人の視線の先に、目もとに涙を浮かべたのどかが立っていた。
「……君は、宮崎さん?」
素早く頭の中で情報を検索し、冷静に個人名を導き出すのは刹那。アスナはというと涙に気がついて顔色を変える。
「ど、どうしたの本屋ちゃん? 何かあったの!?」
「ア、アスナさん。横島先生。桜咲……さん?」
あまりに交流が薄かったせいで刹那の名前だけ疑問符が入ってしまったが、すぐに涙がポロポロと溢れてきてしまう。
「う、ううう。私、私ぃ――」
「ちょ、落ち着いて! ほら、すぐそこに茶屋があるからさ! お茶でも飲んで落ち着こう!」
女の涙を見てとにかく慌てるのは横島。茶屋まで先に走ってお茶を4つと団子まで注文してしまう。先払いだったのでもちろん横島が全額出費だ。
そんなこんなで横島奢りのお茶と団子を口に運びながら話をする四人。のどかも最初はポツリポツリといった口調だったけれども、温かいお茶に落ち着いてきたのか、段々と饒舌に今までの話を胸から出す。
「マジでっ!? ネ、ネギに告ったのーーーーッ!?」
アスナの大声にビクリと体を震わせて、アワワと否定するのどか。
「い、いえ。しようとはしたんですけどー……」
そして途端に元気をなくしてしまう。がっかりと肩を落として目に涙をたたえて。
「私、トロいので失敗してしまって…………。
あ、すいません。桜咲さんとはあまり話した事無いのにこんな話をしちゃって」
だがそれも刹那へのフォローをする為の言葉を見つけた事で終わる。ここまで自分が大変な事になっているというのに刹那に気を使えるというのは、他の人にはあまり見られないのどかの美点の一つだろう。
そして刹那としてもこの、勇気を持って自分の事を語るという事は他人事ではないから。少し落ち着きのない顔をしている。
「いえ…………。でも、ネギ先生はどうみても子供では? どうして――?」
それは刹那でなくても持つ疑問だろう。のどかの中でも何回か自問してきた問いでもある。だからこそ、答えはすぐに心の中から湧き上がってきてくれる。
「そ、それは。ネギ先生は――――……」
自分が人を好きになり、そしてその理由を口にする。その羞恥心と恐怖心をゴクリと唾と共に胸の中に押し込んで、ゆっくりとのどかは想いを言葉にしていく。
「普段はみんなが言うように子供っぽくてカワイイんですけど……時々私達より年上なんじゃないかなーって思うくらい、頼りがいのある大人びた顔をするんです」
その、大人びた顔に心当たりがあるアスナと刹那は一瞬固まってしまう。魔法という世界に浸っているからこそ気がつけたネギのもう一つの顔を、のどかは自力で見つけることが出来ていた。それがとても難しい事だという事は、今更確認するまでもなくて。
「えーと…………そ、そう?」
「確かに……まあ最初は足手まといかと思ったけど」
そんな風に微妙な顔で誤魔化す二人に、のどかはにっこりと笑って続きを言う。
「それは多分、ネギ先生が私達にはない目標を持ってて……それを目指していつも前を向いているからだと思います」
温かいお茶を手に持って、静かに空を見上げるのどか。それにつられてアスナと刹那も空を見上げた。
青い青い空。白い雲が穏やかに流れて、小鳥が楽しげにさえずっている。コーン、コーンという音が響く高い世界をただ見上げる三人。
「本当は遠くから眺めているだけで満足なんです。それだけで私、勇気をもらえるから。
でも今日は自分の気持ちを伝えてみようかと思って…………。
………………」
妙なところで黙り込むのどかにアスナはのどかの方を見る。するとのどかと目が合った。何か張り詰めたものがなくなった表情で、のどかはアスナと刹那の事を見つめていた。
「ん? どうかした?」
そんなのどかにちょっと気圧されたアスナ。軽く聞いてみると、のどかは照れたように笑う。
「えへへ――。
アスナさん、ありがとうございます。桜咲さんも恐い人だと思っていましたけど…………そんなことないんですね♪」
「え…………」
どう反応していいのか分からない刹那。だがそんな刹那に関係なくのどかはぺこりと二人に頭を下げて駆け出してしまう。
「何だかスッキリしました。私、行ってきます」
「「あっ」」
止める暇もない。あっさりと先に走って行ってしまうのどか。そして残された面々は――――
「で。異様過ぎて本屋ちゃんが居る間は突っ込めなかったけど、横島先生は何をしてるの?」
「ふっ。生徒に告白される、ネギに呪いをかけてるんだよっ!」
「ネギの兄貴に何をしてんだアンタはァ!!!!」
「空気読んで下さーーーい!」
さっきからひっきりなしに藁人形を打ちつけていた横島に全力で突っ込みを入れていた。
横島をフルボッコにした後、目を回している横島を引きずってネギの元に急ぐアスナと刹那。女子学生の出歯亀根性は素晴らしいというべきか。
「大……根おろしも好きで…………。
いえ、じゃなくて、大福、あんころもち…………いえっ!」
「あ、あのー。宮崎さん……?」
視線の先で全力でパニくるのどかに、目を点にして冷や汗を流しているネギ。胸を軽く押さえているのがちょっと虚しい。
あー、こりゃまたダメかも。そんな感想を持ってしまうアスナと刹那だった。
(で、でもどうやらいく気みたいだぜ! さすが俺っちの見込んだ女だけの事はあるぜ!!)
が、しかしそれもカモの言葉で一変する。
(そ、そんな……。だってネギはまだ10歳よ! 告白なんてちょっと…………)
(バーロィ! 愛に年齢なんてカンケーねえよお!!)
顔をちょっと赤くして保護者スキルを発揮するアスナと、なんか変なスイッチが入ってしまったカモ。だがそれとは関わらず事態は進行していき――――
(しっ! み、見てください!)
「あ、あの。先生、私、私…………」
一瞬の間。そしてのどかは大きく息を吸い込んで――――――
「私。ネギ先生のこと、出会った日からずっと好きでした! 私…………私、ネギ先生のこと大好きです!!」
――――大声で言いきった。
「………………。……………………え?」
呆けるしかないネギに、顔を真っ赤にしたのどかが、言葉を最後に添えていく。
「え…………あ…………。
あ、いえ――。わ、わかってます。突然こんなコト言っても迷惑なのは。…………せせ、先生と生徒ですし……ごめんなさい」
一気にネギの顔が赤くなる。言葉に理解が追い付いたらしい。
「でも、私の気持ちを知ってもらいたかったので…………失礼します、ネギ先生ー!!」
そしてそんなネギを置いて走り去ってしまうのどか。残されたのは顔を真っ赤にしたネギと、出歯亀ーズだけ。
「ああ、ああああ、あああああああああああああ」
ドテーーーンと豪快な音を立てて倒れてしまうネギ。脳の許容量が超えたらしい。
「キャーッ! ネギーーーッ!?」
慌てて駆け寄るアスナ。だがしかし刹那の思考にはネギもアスナも入ってこない。ただ走り去るのどかを見ているだけ。
(宮崎さん……あんなにおとなしそうな子なのに。勇気…………あるんだな)
遠く小さく映るのどかが、だけど誰よりも強く刹那の目に映る。
自分には無い強さをうらやましく妬ましく思いながら、だけど憧憬と尊敬の念は消えてくれない。このかが自分の秘密を知って拒絶する事が怖くて、のどかのような勇気は刹那には持てない。