二組六人の異世界人   作:117

4 / 44
0章 3話

 まずは、為さねばならぬ事を。

 

 

 

 遠坂は時計塔に行っていていなかったけど、桜を始めとする面々とみんなで夕食を作った。自分たちで作った料理はことの他美味しかったらしく、藤ねぇなんて明日の朝も自分が作るなんて豪語していた位だ。

 本当に朝早く起きてうちに来るなら作ってもいいとか、そういう取り留めの無い話で時間を潰し、全員を送り出してから日課の魔術の訓練をして眠る。

 もしも日記を書く習慣があったならみんなで夕食を作った事を書いたであろう、取り留めのない日。聖杯戦争のような、おかしな事など何もなかったはずなのに。

 

 夢を見た。永く永い夢を見た。町を俯瞰しながら、不思議な夢を見た。

 全てのサーヴァントが生きていて、ただ言峰だけが死んでいて。誰も不思議に思わないままに同じ4日間が続いていく。4日のうち3日が休みなんて羨ましいと思ったのは秘密だけど。

 その町には俺も居て、俺が天空から俯瞰して。戦わない聖杯戦争。有り得ることの無い虚ろな安寧がそこに有った。

 夢らしく記憶が途切れ途切れだったけど、言い換えれば断片的には覚えている。

 

 アーチャーに射殺された。桜と大判焼きを食べた。キャスターがデパートで踊り狂っていた。藤ねぇがらしくない顔で港にいた。ライダーが一号で人を跳ねていた。慎二が自慢の釣り竿をカツアゲされていた。セイバーが焼き芋をかじっていた。遠坂が普通にコスプレしてた。ランサーが子供に泣かされていた。イリヤが変な車に乗っていた。すごく気のいい金髪の子供がいた。

 

 うたかたの夢に相応しく、見たことのない綺麗な女の子と俺が天に至る階段を上っていたところで一旦は記憶が途切れる。

 次は何も無い空間で、男装の麗人とランサーがただじっと待っていた。

 どんな永くが短くか分からないままに何時しか夢から覚める。

「変わった夢だったな」

 本来夢は取り留めが無いものだとは分かってはいるが、それに輪をかけておかしい夢だった。とはいえ夢は夢。

(明日まで覚えてるのかな、この夢?)

 一つだけ下らない思考をして、うんっと伸びを一つ。

「寒っ!?」

 頭を通さない言葉が疑問系で飛び出した。夏なのにまるで雪が降っているようなこの寒さ。

 慌てて飛び起きて、辺りを軽く見回して一言。

「……雪だ」

 まるで、じゃなかった。士郎の目の前には雪。音もなく普通に雪が降り続けている。

「え? これドッキリ?」

 こういう事を嬉々としてやりそうな知り合いだらけなので答えの無い問いを呟いてしまう。少し考えればドッキリだろうがドッキリじゃなかろうが答えなんて返ってくるはずなど無いのに。

「……すぅー、はぁー、すぅー、ふぅー」

 まずは落ち着けと自分に言い聞かせて、ゆっくりと深呼吸。落ち着きを取り戻したらまずはやらねばならぬ事を。為さねばならぬ事を。

 故に士郎は大きく息を吸い込んで、叫ぶ。

 

「な―――ん―――で―――さぁ―――!?」

 

 とりあえず、やらねばならぬ事は為さねばならぬ事はそれじゃない。そう突っ込める冷静さも人物もそこにはなかった。

 

 

 

「いやいやいや、まずは落ち着こう」

 ようやく本当の意味で落ち着いた士郎は状況の確認をする。

 最初に自分の格好。夏場でしかも睡眠時だったからゴテゴテとした服装ではなく、下は薄いジャージと上は半袖のTシャツ。自室で眠るときはパンツ1丁で眠ったりもするのだが、土倉で眠った事が珍しく幸いしたようだ。だが他の所持品はほとんど無し。サンダルだけで靴下も財布も無し。寝ていた格好のままだから当然と言えば当然なのだが。

 次に辺りの状況。時刻は多分昼だが、雪がハラハラと舞っている為に薄暗い。まばらに生えた木と一面の草は青々としている。少なくても真冬では無いと思われ、空を見上げれば雲が近い。標高はかなり高めだろう。

 以上から士郎が出した結論は。

「とりあえずここでボーとしてたら死ぬな……」

 だった。体中がかじかみ、ガタガタと震えがくる。それだけ分かれば後は歩きながら考えようと、士郎はゆっくりと歩きだす。どっちに行けばいいのか分からないから方向なんて適当だ。

 少し歩けば体も温まって、頭も回り出す。目下、彼の一番の考え事はどうしてこんな事態になったかだった。

(……また何か遠坂が実験に失敗したのか? と、いうかドッキリじゃないならそれしか思い浮かばないだろ)

 第一容疑者は赤い悪魔。第二容疑者としては白い悪魔。第三容疑者は無し。だが遠坂は地球の反対側にいる訳だから、士郎にイタズラをするのは無理というものだろう。多分、きっと、恐らく。となれば、

「イリヤ、か」

 ため息と共に口から出てしまう。サクサクと音をたてて、雪と青草を踏みしめながら士郎は歩みと思考を進める。

(イリヤが犯人って事はこれドッキリか?)

 結論はそれ。そうと分かれば気持ちも少しは落ち着いた。少なくとも命に関わる事はあるまい。……やっぱり多分だけど。

「イリヤもイタズラ好きだよな。聖杯戦争中でもバーサーカーも連れずに町に降りてきたりして、本当にしょうがない」

 士郎にだけは言われたくない。他の誰が聞いてもそう突っ込まれそうな言葉を発しながら、士郎の思考は連想ゲームのようにうつろう。

「バーサーカー、か。そう言えば夢でイリヤが乗ってた車もバーサーカーに似てたな。と言うよりアインツベルンの城の中とはいっても、車に乗っちゃマズイだろ」

 くっくっと楽しげに笑っていた士郎の顔が、急に悲しげになった。

「バーサーカーとアインツベルンか。確かギルガメッシュの奴にバーサーカーは殺されたんだよな。そし、て……」

 瞬間、士郎の顔の血の気が引く。

 

 そして、ギルガメッシュはイリヤの心臓を抉り出して殺した。

 

「…………えっ?」

 恐ろしすぎる思考に士郎の足が止まる。だって有り得ない。聖杯戦争の後にイリヤは藤村家に世話になった記憶がキチンとあるんだから。

「待て……」

 他の記憶を探る。例えばバーサーカーは?

(ギルガメッシュに殺されたはず。……だけど俺とセイバーが殺した記憶もあるし、俺が黒いバーサーカーを殺した記憶も……?)

 ならばセイバー。

(セイバーは死んでなんかいないだろ? うちのエンゲル係数をウナギ昇りにした張本人がなんで居なくなってるんだよ……。だけどこのセイバーの心臓を刺した後味の悪さは――バカな! どうやったら俺がセイバーを殺す状況になるんだ! 実力的にも状況的にも有り得ないだろうが!)

 その思考に至ったとき、朝日を背景にした誰よりも愛おしい人の最後を幻視する。

(嘘、だろ……?)

 目眩が、する。

(バカな事言うなよ? 何で俺は理想を捨てたんだよ、セイバーを殺したんだよっ!? 桜の為だろうがっ! ライダーと協力してセイバーを殺して、セイバーは宝具でライダーを殺して、その後バーサーカーに慎二が殺されて、桜も慎二を殺して、でも遠坂は慎二を助けて、その前に俺と遠坂が契って、遠坂がセイバーのマスターで俺のサーヴァントがセイバーででもキャスターに奪われてキャスターはギルガメッシュに殺されてギルガメッシュは俺とアーチャーが殺してアーチャーと俺が戦って俺がランサーの世話になってランサーは時間稼ぎにギルガメッシュに殺されてだけどセイバーがギルガメッシュを殺して――――)

 思考が混ざる。記憶が交わる。自分が揺らぐ。自分という確固たるナニカが何も無くなる。

「ぐっ……」

 堪えきれずに胃の中のモノを吐き出した。酸味の効いた不快な臭いは僅かに思考を冷静にしてくれる。

「落ち着け!」

 錯乱しても仕方がない。そう自分を騙して無理矢理自分を落ち着けた。なのに、状況は士郎を待ってはくれなくて。ガサリと後ろで草を踏みしめる音がする。

「っ!」

 精神的に不安定だった士郎は身構えながらも振り返る。そこには果たして金髪の少女がいた。年の頃は15くらいで、彫りの深い顔立ちは明らかに日本人では無い。

「あ……」

 互いに惚けた顔をするが、すぐに女の子は立ち直り、微笑みながら問いかけた。

「――――?」

 明らかに日本語でない言葉で。もちろん士郎は日本語以外に理解出来る言葉はない。少女の笑顔に毒気を抜かれた士郎は警戒を解き、今までの思考の全てを棚上げして少女と向き合う。

「あ~、アイネイムイズシロウエミヤ」

 いきなりアイとマイを間違えつつも、士郎は片言の英語で自己紹介と状況説明を始めた。

 英語は分からない、どうしてここにいるのか分からない、自分は迷子。どうにかこれだけを言い切る。

 この間少女は、時に小難しい顔をしながらも黙って士郎の話を聞いていた。そして士郎の話が終わった後、ゆっくりと簡単な英語で言ってきた。

 

 私の村に来ませんか?

 

 その言葉に飛びついた士郎に、嬉しそうに頷いた少女は士郎の手を取り、最後に一言つけ加えた。

「マイネイムイズ、ネカネ・スプリングフィールド」

 ネカネと名乗った少女に手を引かれつつ、士郎は夕焼けの山道を歩く。時間は間もなく夜になろうという時刻であるため、心なしかネカネの足も早い。

 通じる言葉も無いので当たり前だが二人はひたすら無言で歩き続け、やがて完全に夜が訪れようとした時にその異変に気がついた。

「……なんだ?」

「?」

 思わず士郎とネカネは顔を見合わせる。夜の帳が下りる中、彼らの向かう先にある峠の、更に向こう側が明るく染まっていたのだ。

「…………」

 士郎は繋いだネカネの手がじっとりと嫌な汗をかき始めるのを感じる。さっきよりもずっと足が早く動いているのに、さっきよりずっと峠が遠く感じる。

 そして峠を越えた時に、

「――――!!?」

「な、なんだこれ?」

 絶句した。火、火、火。火の海。眼前の全てが炎に抱かれて破滅の運命を受け入れている。その場所はまぎれもなく村であり、人々の住む世界。

「ネギ! ダディ!」

 弾かれたように――いや、自分の激情に弾かれたのに相違ないのだろう。ネカネが村に向かって飛び出していく。

「ちょ、ネカネさん待った!」

 僅かに遅れて士郎も駆け出す。本来男と女では筋力の付き方が違う。なのにネカネと士郎の距離は離される一方だった。ネカネは女性としても華奢な方で、士郎も鍛えているのにも関わらず。

「なんでそんなに足が速いんだっ!?」

 士郎の理不尽を嘆く声なぞ物理的影響力は何もない。やがて小さくなったネカネが燃えている家の角を曲がったところで、士郎は金髪の少女の姿を完全に見失ってしまった。

「くそっ!」

 土地勘の無い士郎には彼女がどこに行ったのかなぞ想像も出来ない。仕方なく闇雲に走り回っていると違和感が目立ってくる。人が、いないのだ。生者も、そして死者も。

「避難後って事か?」

 犠牲者がいない事にほっとした士郎が角を曲がったところで、その目にソレが飛び込んでくる。

「……っ!」

 思考が止まり、絶句する。違っていた、村の人は避難後じゃなかった。避難前に全滅していたのだ。

「石……化?」

 呆然とした士郎の目に飛び込んできたのは、言葉にした通りの石化した人々。魔術的な杖を持ち、今から来る何者かを迎撃しようとしているその姿のまま石化している。

「魔術師の村か、ここは?」

 士郎の中で整っていた状況が塗り変わっていく。最初はただの大規模な火事だと思っていた。ネカネはそれの消火活動を科学的に手伝うためと思っていた。

 だが、違う。ここが魔術師の村で、なおかつこんな戦闘準備万端のまま石化しているのなら。何者かが攻めて来て、この人々は自分が負けたことにも気づかずに石化させられた。それも消火活動が行われていない事から考えて、石化しているのはこの村の人々。ならば、

「……ッ、まずい!」

 ならばネカネは今、敵だらけの村でたった一人。石化した人は緊急的に命に別状は無いだろうと自分を誤魔化して、士郎はその場から駆け出す。

「――同調、開始(トレース・オン)」

 魔術師の村ならば気兼ねは要らない。

 ガチンと想像の中の撃鉄を起こし、強化の魔術を発動。まるで体中にくくりつけた鉛が剥がれたように、重力の存在を感じなくなる。

 強化の魔術が一段落ついたら、休むことなく撃鉄を起こす。

「――投影、開始(トレース・オン)」

 読みは同じでも意読は異なるその言の葉を口にし、手に馴染んだ双剣の重量感を確かめる。何しろあれだけの魔術師が感じる事も出来ずに石化の憂き目にあったのだ。注意し過ぎる事は無い。

「っ!」

 そして警戒網を張った瞬間にナニカが網にかかった。とっさに士郎は加速して前転気味に前へ転がり込む。

 

 ガツッ!

 

 後ろで鈍い音がして、勢いよく振り返るとそこには妙な軟体物質が3つあった。

「なかなかいい反応じゃねーカ」

「やっぱり私達程度の奇襲では一流の魔法使いには通用しないようですネ」

「構わないでしョ?」

 ヌラヌラと蠢きながら少女を形どる3つ。

「すらむぃダ」

「あめ子でス」

「……ぷりん」

「「「では、死んでもらいます」」」

 律儀に自己紹介をした後、3体一斉に襲いかかって来た。とっさに干将を翻し、あめ子と名乗った物体の左肘に切りかかり、切断する。

「むっ……」

 水を切ったかのような感触に顔をしかめる士郎だが、

「隙だらけですガ?」

 切られた方はむしろニヤニヤして残った右腕を振りかざしていた。それを莫耶の峰で払い打ち、干将の腹でを切り替えした勢いのままにぷりんを地面に叩き落とす。

「もらっタ!」

 もしあめ子への初撃を一撃で払い落としていればすらむぃにも手が回っただろうが、第二魔法の使い手でもない者には『もし』は無い。

「――同調、開始(トレース・オン)」

 とっさに服の硬度をあげて腹を貫かれる事こそ防いだものの衝撃までは防ぎきれない。士郎は痛打に顔を歪ませつつも、バックステップで戦闘区域から離脱する。警戒した追撃は、ない。

「あめ子、腕大丈夫?」

「へーきですヨ。時間があれば再生できまス」

「それよりあいつ、妙な魔法を使うゾ。それになんか企んでないカ?」

「そうですネ、攻撃に殺気を感じませン。罠の警戒は十分に致しましょウ」

 まるで戦場で無いかのように、和気あいあいと話し合う3体。対して士郎は激しく当惑していた。

(勝て、る?)

 明らかに実力が自分よりも低い。3体同時では勝ち目は無いが、うまく立ち回れば決して負けない相手。ならばする事は一つ。

「……俺の名前は衛宮士郎と言う」

 礼節を尽くし、誰も犠牲者を出さないこと。

「すらむぃ、あめ子、ぷりん。俺は出来れば君たちを殺したくは無い。村の人達の石化を解いて、ここから立ち去ってくれないだろうか?」

 それは、正義の味方にとって当然の事であって。しかし一般的には当然とはかけ離れていて。

「はイ……?」

 あめ子は当惑を隠しきれず、

「あっはっはッ。お前、面白い事を言うナ」

 すらむぃは爆笑し、

「…………」

 ぷりんはひたすらに辺りを警戒していた。そして警戒が終わったぷりんの一言。

「敵の気配無し、奇襲の合図ではないようでス」

 純粋過ぎる士郎の心を抉る、痛すぎる言葉。

「はぁ、つまり彼は本気で言ってたのですカ。馬鹿ですか、彼ハ」

「甘ちゃんなんだロ。もういいヤ、やっちまおうゼ」

 ある種当然と言えるすらむぃの言葉を合図に3匹は一斉に襲いかかる。それに対して殺さないよう細心の注意を払いつつ、説得を続ける士郎。

「待て、何故この町を襲おうとする! なぜ人々を石化しようとする」

「知るかそんな事!」

 その言葉と共に放たれたすらむぃの回し蹴りは莫耶の背で叩き落とされる。

「私達は召喚されただけですから、真意は召喚者に聞いて下さいナ」

 あめ子の軟体化してのからみつきは造作も無く蹴りはがされる。

「……石化したのは私達じゃなイ。だから、石化は解けなイ」

 ぷりんの体当たりは干将で方向をそらされる。

「じゃあ一体、誰が石化をっ!?」

「「「後ろにいる奴だヨ」」」

 その言葉を聞き終えた時に、後ろを振り返る事なく士郎は弾き飛ばされる。

「ぁぅ……」

 勢いを止めたのは堅いレンガの壁。呼吸が一瞬止まり、そして激しくせきこむ。

「未熟だな、魔法使いの少年よ。だが、君には溢れんばかりの光を感じる。次があれば精進したまえ」

 苦しんでいる士郎に余裕綽々の言葉。体の痛みを無視して顔をあげた先には――悪魔。それも多分、驚いた顔をしている。

「おやおや、立ち上がるかね。なかなか頑丈な体のようだ」

「だっ……れだ!?」

 うまく呼吸が出来ない肺で、どうにかこの言葉だけを絞り出す。その言葉を受けて佇まいを直す悪魔。そして滑らかな動作で士郎に礼をした。

「自己紹介が遅れたようだね、非礼をお詫びするよ。私はヴィルヘルムヨーゼ・フォン・ヘルマン伯爵、ただの雇われ悪魔だよ」

「…………」

 戦いの場においてのこの落ち着きよう。明らかに戦い慣れた悪魔で、少なくとも士郎を上回る実力を秘めている事を悟り、警戒心を高める。

「私は名乗ったが、君の名前を教えてはくれないのかな?」

 少し迷ったが、名前を名乗る事での僅かの時間を稼ぐ事を優先する。

「……衛宮士郎。半人前の魔術師だ」

「魔術師? 魔法使いでは無いのかね?」

 その場にいる全員が不思議そうな顔をする。

「何言ってるんだ、そう簡単に魔法に届いてたまるか」

「そう簡単に? 魔法に届く? ふむ、どうやら私と君の間には大きな勘違いがあるようだね」

 少し疲れたようにやれやれと首を振るヘルマン。

「が、それはそれで面白い。魔術師と名乗る少年よ、楽しもうではないか」

「おい、オッサン。仕事はいーのかヨ」

 すらむぃが注意するも、ヘルマンは意識を士郎にだけ向けて右から左。

「少々遊ぶだけだ、問題あるまい。手は出さないでくれたまえ」

 そう言ってから静かに構えをとるヘルマン。士郎も構えを取りながら話をする。

「待て、俺にはあなた達と戦う理由がない。操られているだけなら尚の事、石化している村人を元に戻して立ち去ってくれ!」

「愚問だな、士郎君。操られている事は否定しないが、だからと言って自分の意志ではどうにもならない事を操ると言うのだ。それに戦う理由は君に無くともこちらにはある。契約に従い、君を石化させて貰うよ」

「ならば、契約が無ければいいんだな?」

「……何を言いたいのか今一つ要領を得ないが、確かに契約さえ無ければ村人を襲う理由は無い。士郎君を襲う理由は有るがね」

「……どういう事だ?」

 顔が強張る士郎をみて、ヘルマンがニッコリと楽しそうな笑みを浮かべた。

「何、私の趣味でね。将来有望そうな子供と手合わせるのが私の楽しみの一つだよ」

「……なるほどな。分かった、手合わせはしよう。ただし、代わりにもし俺がその契約を解いたとしたら村人全員の石化を解いて、おとなしくここから立ち去ってくれ」

「いいとも。解けたら、ね」

 ヘルマンの返事を聞き、意識下に歪んだ短剣の設計図を興す。その他に十と三の設計図をストック。両手には慣れ親しんだ陰陽剣。準備は整った。

「その言葉、違えるな?」

「我が名、ヴィルヘルムヨーゼ・フォン・ヘルマンの名にかけて」

 ヘルマンの言葉を聞き届け、疾走する。誰そ彼の距離は11メートル強。士郎が本気を出せば1秒で到達できる距離であるそれは。

「デーモニッシェア・シュラーク!」

 技名まで叫ぶ余裕を見せた一撃により、道半ばで押し留められる。

「くぅっ!」

 苦痛の声を上げながらも陰陽剣を交差させ受け止めきる士郎に、ヘルマンは惜しみない賞賛の声を与えた。

「ほぅ、今の一撃を受け止めきるとはなかなか。では続けていくぞっ!」

 左腕をしならせての連射。魔力の塊を押し出す事により発生させた連撃は、士郎に回避以外の行動を許さない。

(くそっ……!)

 悪態を心の中でつきながら、打開策を考えていく。

(奇襲投影しても避けられる可能性が高い。なら……)

 すさまじい早さでいく種類もの、アーチャー譲りの戦闘展開が組まれていく。そのどれもが綱渡り。それも当然、実力で圧倒的に劣る士郎が選べるのは綱渡りか、それとも座して死ぬか。

「――投影、開始(トレース・オン)」

 もちろん座して死ぬ気なぞ、士郎には毛頭無い。素早く最も勝算が高いパターンを選び出して実行に移す。

「――全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」

「……ム?」

「……ヘ?」

「……ナ?」

「……ハ?」

 四者四様の間抜けな声。それが開幕の合図。命がけの見世物(綱渡り)の開幕ベル。

 

 キィン

 

 甲高い音と共に、しめて十と三の剣をヘルマンの周囲に展開。そして射出。

「なんとっ!?」

 ヘルマンは驚きの声を上げつつも、全ての剣を冷静に見据て迎撃。特に強い概念武装でもない剣ばかり選んだ訳もあり、容易く打ち落とされる。だが打ち落とされても打ち落とされなくても特に問題は無い。この程度の剣で致命傷を与える事は出来ない事は分かっているから残念に思う事もないし、当たっても当たらなくても当初の目的であるヘルマンの体制は崩れる。

「コフッ」

 士郎はこみ上げる血液を飲み下しつつ、千載一遇のチャンスを逃さぬように地を蹴った。

(流石に……使い慣れない宝具の投影はキツイな)

 懐には歪んだ短剣。手には陰陽剣。眼前には迎撃を優先してしまった為に、この攻撃には対処しきれないであろうヘルマンの姿。

「……チェック」

 同時に両手の剣を投擲。右手の剣は右に、左手の剣は左に。

「なにっ!」

 この動作には流石のヘルマンも動きを止めて双剣の行方を目で追ってしまう。何せ自分は今体勢を崩しているのだ。そこに剣を投げつけられれば、いや、剣で切りかかられるだけでも十分に手傷を負ったはずである。

(なぜっ!?)

 一瞬の思考の停止。それは士郎にとって十二分な隙で。

「そして、チェックメイト!」

 走った勢いのまま左手を握りしめ、繰り出す。

「むぅぅぅ!」

 しかし、腐っても上位悪魔。体勢は崩れきり意識も外れたその心身で、その左腕を蹴り逸らす。

「と、いうのは嘘だ」

 対する士郎は懐から右手で短剣を――破戒すべき全ての符(ルール・ブレイカー)を取り出し、最短距離で突き刺す。左手は囮、本命は契約を討ち切る歪んだ短刀。

「破戒すべき(ルール)――」

 そして後は真名を言いきるだけ。なのに――

「させませン!」

「私達を忘れないで下さイ!」

「なめんじゃねーゾ!」

 邪魔が入る。3つの軟体生物はそれぞれ士郎の右手に、歪んだ短刀に、そしてその腹に体当たりをしてくる。

「ぐっ……」

 右手の体当たりは握力を消し、歪んだ短刀への体当たりでヘルマンの体からそれが抜け、腹への体当たりは呼吸を乱して真名を唱えさせない。そして死に体となった士郎とは反対に、完全に体勢を整えたヘルマン。

「がはっ!」

 そのヘルマンが、血を吐いた。いきなり何の前触れも無く吐かれた血は士郎と3つの軟体生物を濡らす。その突然の奇行にうまく反応出来たのは、仕掛けた士郎のみ。

「ふっ!」

 体を独楽の様に回転させ、体中に呆然と纏わりついたスライムを引き離す。その後士郎は後ろに下がり、すらむぃ・あめ子・ぷりんはヘルマンへと駆け寄る。そしてなぜ血を吐いたのかを理解した。

「あのガキ、いつの間ニ」

 そう呆然と声を出したすらむぃの視線はヘルマンの背中。なぜか突き刺さってる干将莫耶。それに努めて平静に返答したのはヘルマン。

「驚く事は無い、これがこのアーティファクトの効果なのだろう。それよりなぜ私と士郎君の戦いを邪魔した?」

「おいおい、つれない事言うなヨ」

「仲間がやられそうになっていたなら、助けるのは当然のことでス」

「……邪魔するなとは言われたけど、返事はしてなイ」

 その返事を聞き、軽く微笑みながら干将莫耶を背中から抜き取るヘルマン。そしてそれを持ち直しながら士郎に話し掛ける。

「すまないね士郎君。私としては1対1で戦っていたつもりだったのだが、外野はそうでもなかったようだ。いや、もう戦いに関わってしまった以上外野という言い方は相応しくないが」

「いえ、確かにぷりん達の言っている事は間違ってはいない」

 士郎は怒りなどカケラも見せず、むしろ笑っていた。

「それより、種族も違うのに仲間とあっさり言って貰えるあなたが羨ましい」

「ああ、自慢の仲間だ。それよりどうするかね? 手札をさらし、剣も私の手の中にある。君の勝利条件を満たしていない以上、戦闘はこのまま続行と言う事になるが? もし負けを認めるならば、恐怖も痛みも感じさせずに石化する事を約束しよう」

 幾分か申し訳無さそうな顔を見せるヘルマンだが、士郎が認めた以上情けをかけるのは士郎の心意気まで侮辱する事になる。しかしそれは衛宮士郎という人物の実力をまだ甘く見ている。

「問題ない、すぐにその剣は返して貰う。戦闘は続行だ」

 そう言いきり、誰にも聞こえない小さな声で呪文を言う。

「――投影、完了(トレース・オフ)」

「なっ!?」

 ヘルマンの驚愕の声に、士郎以外の4人の視線が消えてしまった干将莫耶に集まる。その隙に士郎は次の呪文を。

「――投影、開始(トレース・オン)」

 そして現れる同質にして異質の陰陽剣。現れきった後に4人の視線は士郎に戻り、尚強い驚愕の表情をあらわにする。

「い、いやいや驚いた。いったいどんな魔法かねそれは? 物質呼び寄せ(アポーツ)の魔法かな?」

「当然、秘密」

 士郎は努めて冷静に返す。固有結界は異端中の異端。そう簡単に他人にばらすわけもなく、戦っている相手なんかもっての外だ。そんな士郎を見てヘルマンの顔つきが変わる。

「さっきといい、今といい。想像以上だよ士郎君。今まで手加減していた非礼を詫びて全力でお相手しよう」

「約束さえ守って貰えればなんでもいい」

 5者5様の構え。緊迫した空気が流れ、そして――――

 

 ドオオオオォォォン

 

 山が、吹き飛んだ。雑多な塵のように悪魔を巻き込んで嵐が町から山へ。もしそれを為したのが魔術師ならば、間違いなくキャスターに匹敵する能力を、キャスターのクラスに適う実力を持っているだろう。

「……ふむ、遊びすぎたか」

「オイオイ、どうするんダ。仕事はまだ終わってないゼ?」

「問題ありませんヨ、例えサウザンドマスターがいたとしても契約を果たせる可能性はありまス」

「……下手をうてば私達が消されル」

 呆然とするのは士郎だけで、ヘルマンとすらむぃ、あめ子、ぷりんはあの天災を起こした人物に心当たりがあるようだった。

「そういう訳で済まないが、趣味に時間を割いている場合では無くなった。全力で石化させてもらうよ」

 律儀にそう言うヘルマンは、クパァと擬音がつきそうな様子で口を開けて、

「――では、さよならだ」

 光が奔った。だが、寸前で正気に戻った士郎もただ喰らうだけではない。即座に設計図をおこし、現実に侵食させる。

「熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!」

 剣を盾にしただけでは防ぎ切れないであろうと言う判断からのロー・アイアス。魔力消費量は半端ではないが、ここで出し惜しみして石化されては元も子もない。

 

 キィィィイ――――

 

 甲高い音を立てながらも現れた光り輝く盾。その数は急場だという事もあり、たったの2。しかも投擲武器では無い以上、宝具と言えどもただの頑丈な盾に成り下がる。

「ぎっ……」

 それでもと魔力を注ぎ続け、石化攻撃であろう光を防ぎ続ける。いや、防ぎ続けるという表現は正しくないかもしれない。すぐに石化の光線は切れてしまったのだから。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 それでも僅かな時間、ロー・アイアスの維持魔力だけで士郎の魔力貯蔵量の半分近くが削られた。もうロー・アイアスは出せない以上、あの光線は全て回避するしかない。

「驚いたよ、士郎君。今のはアーティファクトかな? それとも君の言う魔術なのかな? どうにも既存の魔法とは違うようだが」

 防ぎきられたヘルマンは余裕の笑み。士郎が奇天烈な事をするのを楽しんでいる様子さえある。いや、事実楽しんでいるのだろう。

「……凄イ」

「驚愕の一言ですネ」

「一体、いくつ隠し玉を持ってやがるんダ」

 しかし、ぷりん達にはそんな心の余裕は無いようだ。心底楽しそうなヘルマンと無表情で焦り顔を隠している士郎、そして焦り顔を隠そうともしないスライム達。表情は見事に分かれていた。

 そして、一瞬の緊迫の後に――――

 

「は、は、は、はっ」

 

 息をきらせながら子供が飛び込んできた。子供にとっては全力で走っているのだろうが、その場にいる者達にとっては止まっているに等しい。

「なっ!」

「ほぅ……」

 ニタリと笑うヘルマン。顔の色が失せる士郎。そして再びクパァと擬音がつきそうな様子で口を開く。そして例の光が襲おうとする。士郎はとっさにヘルマンと少年の間に割り込み、少年を抱きかかえる。

 そして閃光が降り注ぎ――

「グッ!」

「キャア!」

 ……更に割り込んできた老人と少女――ネカネによって防がれた。しかしその代償として二人の体が石化を始める。

「ぐむ……」

「う……」

 

 バキィィン

 

 そして、ネカネの石化した足が自重に耐え切れず砕け散った。それを待っていたかのようにスライム達が追撃してくる。だが、それよりなにより早く老人の呪文が木霊した。

「六芒の星と五芒の星よ、悪しき霊に封印を(ヘキサグラマ・エト・ペンタグラマ・マロース・スピリトゥス・シギレント)。『封魔の瓶(ラゲーナ・シグナートーリア)』」

 その詠唱により、士郎があれだけ苦戦した悪魔とスライムがあっけなく封印された。

 それを見て子供は安心したのか、石化が進行中の老人へ泣きつく。だが、どう見ても老人に残された時間は少ない。二言三言少年に話し掛けた後に、老人は士郎へと向き直る。

「もし、そこのお方。出来ればネギとネカネを……この少年と少女を――」

 流麗な日本語もそこまでが限界だった。口まで石化した体は何も喋れない。しかし老人の頼みを正しく理解した士郎は力強く頷くと、老人は安心したように笑い、完全に石化してしまう。後に残されたのは士郎と少年――ネギ、そして未だ石化が進行中のネカネ。

「ネギ?」

 聞いたばかりのその名前を言うと、ネギの体がビクリと震えて士郎の方を向き直る。

「ここは危ない、すぐに村から離れよう」

 士郎の声には何も返さずにネギは怯えたまま。ネギは日本語が分からない事に気付いた士郎は、それでもせめて僅かでも不安が無くなるようにと微笑みかけて、一旦ネギから視線を外してネカネの体を抱えあげる。そしてネギに振り返った時――

「――――っ!!!」

 人がいた。ヘルマンなぞ比較にならない程の威圧感を纏った人が。ローブは焦げ痕がついたりして綺麗とは言いがたいが、魔術師の杖を持ったその人物は恐らく町の生き残り。

「日本語、分かります?」

「ああ」

 士郎の問いに日本語で返すその人物に対し、一応は警戒をしながらも言葉を続ける。

「はやくここから脱出しましょう。どこに悪魔の生き残りがいるか分からないし、早く移動するに越した事はありません」

「……ああ、それとネカネの足の治療もしなくちゃな」

 どこか虚ろに魔術師の男はネカネの足に手を添え、呪文を唱える。それでひとまずの治療は終わったようだった。

「これでいい。後は落ち着いた時に治療専門の魔法使いに見てもらえれば完治する。行こう」

 そう言った男が歩き出し、次に士郎に促されたネギが、殿をネカネを抱えた士郎が務めて、ゆっくりと歩き出す。

 村を脱出するその最中、男が士郎に問いかけた。

「お前の名前は?」

 日本語で問いかけられたその言葉はネギに分かろう筈も無いのだが。言葉のニュアンスか、はたまた別の要因か。男の言った事を理解したネギは怯えながらも興味深そうに士郎を見やる。それに軽い嘆息をつきながらも、隠す理由も無く自分の名前を告げた。

「――衛宮士郎」

 

 えええええええぇぇぇぇぇ~~~~~!!!

 

 かすかに声が聞こえたような気がして士郎が立ち止まる。

「なあ、いま人の声が聞こえなかったか?」

「いや、それはない。この辺りで生きているのは俺達4人だけだ」

 にべにも無く断言し、否定する男。その言葉に首を傾げながらも、士郎はそうかととりあえずの納得をして足を進める。

 

「なあ、士郎」

「…………」

 ややあって、今は村の外れ。そこで男が一言だけ言葉を紡ぎ、頭を下げた。

「ネギを頼む」

「……分かった、石化した老人にも頼まれた事だ。イヤとは言わないさ」

「恩に着る。……そうか、スタンの爺さんが」

 それっきり男は日本語を話す事が無くなり、ネギと向き合う。そしていくつかの言葉と共に杖を渡し、空を飛んだ。

「――! ――――!」

 士郎には聞き取れない言葉で。ネギが大声で叫び、それに反応する事無く男は飛び去っていく。

 

 空には雪と星と闇。地には僅かの人と悲しげな緑。

 一つの始まりの終わり。またどこかで、カチリと世界の歯車がかみ合った音がする。

 

 

 

 その後約3日間野宿を余儀なくされた3人は無事に救助された。そしてウェールズの山奥にある魔法使い達の町に移り住み、そこの長に士郎は自分の状況を説明した。自分は冬木出身、義理の父に魔術を習った。何時の間にかあそこにいた。

 そして長からも説明される。冬木なんて都市は無い。きっと我々に反対する組織が見つからないように異次元に隠していたのだろう。だから魔法ではなく魔術という名前を使っている。行く当てが無いのならばしばらくここに住むといい。

 

 聖杯戦争なんてとんでもイベントを行なっていた町が詳しく調べられても無いなんてあからさまにおかしい。そう判断した士郎はこれ以上の言葉を紡がずに、長の提案を受け入れて1年間を自己鍛錬に費やす。

 その1年間の間にネギとネカネは日本語を、士郎は英語を習得し、3人はまるで家族のように仲良く暮らした。

 そして1年が過ぎたとき、士郎が予定調和のように口火を切る。

 

 

 

「この町を出て行くですって!?」

 興奮したネカネは顔面蒼白になりながらも大声をあげる。それに静かに頷く士郎。ネギは突然の告白に言葉も無く、士郎に相談があるからと招かれた長は黙って聞いていた。

「な、なんでですか? 私達に何か至らないところでも……?」

 嫌われてしまったのかと、涙を目尻に湛ええるネカネに対して士郎は微笑みながらも答えた。

「いや、こんな素性の知れない俺を温かく迎えてくれたみんなには感謝してもし足りないし、ネカネとネギに至らないところなんてどこにもない」

「じゃあ、どうして?」

 嫌われていなかったと、とりあえず胸を撫で下ろしたネカネの代わりにネギが悲しそうに尋ねる。それに変わらず笑みを浮かべ続ける士郎。

「色々だけどね。世界を周って救える人を救いたいんだ」

 彼の、原初の願いを言葉にする。それに今まで黙っていた長が口を開いた。

「……本当にそれだけかの?」

 疲れと悲しみを含んだ威圧感。それにネカネとネギは言葉を失い、士郎は変わらない笑みを浮かべる。

「ええ、そして知りたい。俺の故郷が、冬木市がどうなったのか。

 更に言うなら世界を周ってなお強い力が欲しい。これらの気持ちに嘘偽りはありません」

 静かな時間が流れる。やがて長が再び口を開いた。

「実を言わなくても気付いていると思うが、我々魔法使い側は士郎君を未だに疑いの目で見ておる。

 おかしな言動、確証の取れない身元、偶然にしては出来すぎたあの事件への関与、自分の事はほとんど話さない、比較的高位の実力、あげく魔法協会への参加はしぶる。疑う材料はありすぎるのじゃ」

「でも校長先生! 士郎さんに少しでも接すればひどい人とは!」

 ネカネの大声になだめるよう言葉を被せる長。

「それが擬態じゃないとは言い切れんし、だいいち疑いを持つほとんどの魔法使いは士郎君と面識が無い。

 無論ワシは信じておるが、ワシ1人が信じればどうにかなる問題ではもはや無いのだよ」

 あの襲撃事件はそれ程の衝撃を人々に与えていた。だが、それも仕方のない事だと言わざるを得ない。ナギ=スプリングフィールドを慕った者たちの村が襲われ、しかもほぼ全滅という結果を出したあの事件は重く見られる事こそあれ、軽んじた目で見られる事はない。

 そんな言葉の裏の意味までも理解して、士郎はなお笑いながら答えた。

「疑いが強いのは自覚しています。ですが自分でも今の状況を信じられないところがあるのです。

 それに魔法協会へ参加をしてしまえば一般人への神秘の秘匿が義務づけられてしまいます。俺の魔術――失礼。魔法は記憶の操作に全く向いていませんし、普通の魔法も習得できませんでした。これでは魔法で救える一般人がいたとしても魔法が使えない事になってしまいます。それでは困るのです」

 毅然とした言葉。曇りの無い眼。それにふぅ、と大きなため息を一つ。

「……本当にこれでワシ1人の責任で済めばよかったのじゃがのう。済まんが士郎君、魔法協会へ参加して貰わなければこの町から外に出す事は出来んのじゃ」

 その言葉に、士郎が離れ離れにならない安心と疑われ続けている不快感に複雑そうな顔をするネカネとネギ。それを尻目に見ながらも、笑みを絶やさない士郎はこう言いきった。

「でしたら、無理矢理にでも町を出させて貰います」

 長は士郎のその言葉を予期していたのだろう。更に大きなため息をついてこう返す。

「そう言うだろうと思ったよ。じゃが、君が実力突破をするとなれば双方に被害が大きすぎる。妥協案を持ってきたのでそれで勘弁して貰えないかね?」

 誰も予期しなかった長の言葉。3人はかたずを飲んで次の言葉を待った。

「士郎君には魔法協会自体と契約して貰うだけで協会員となる必要は無い。ただし義理で出来る限りの魔法の隠匿はしてもらうし、魔法協会本部には君のだいたいの位置を特定できる機能が備えさせて貰う。そして士郎君には契約の証と楔、両方の意味を持ってアーティファクトカードを持って貰う。これが契約の全容じゃ」

 これを言った時、長の心の中で誰にも悟られないように緊張の糸が張られる。もし僅かでも迷うそぶりがあれば士郎はスパイ。そう判断していい契約内容だ。士郎はそんな長の心の内も知らず。

「その契約内容ならば喜んで。それで、アーティファクトカードって何です?」

 僅かの躊躇いも見せずに快諾。安堵感を表に出さないで淡々と長は言葉を続けた。

「パクティオカードは知っておるな? あれのアーティファクトを出す機能だけを持ったカードで他は変わらん。本来は軍に所属している魔法使いや戦士が結ぶ契約でな――」

 説明を加えつつも長は床に魔法陣を描く。ネカネとネギはもう士郎を止められない事に気付き、悲しそうに話の終わりを待っていた。

「――と言うわけじゃ。異存が無ければ契約を結ぼうと思うが、どうじゃな?」

「はい、構いません」

 その言葉に長は満足そうに頷く。

「では、魔法陣の中へ」

「はい」

 簡単な契約。それが済んだ時に、士郎の手には1枚のカードが握られていた。絵柄は目をつむった赤毛の少年が干将莫耶を構え、アーティファクトが写っていない。

「あら?」

「ねえ、これのアーティファクトは何?」

 興味津々に覗き込んだネカネとネギに対して士郎が声をあげる。

「ええと、アーティファクト名はどこにもない鞘(スキャバー・イン・ゼロ)。番号はⅩⅥ、特性は正義、星は水星、方位は東、色は橙。そして称号は『永遠の夢追人』」

 その声を聞きつつ、長は静かに家を出る。きっとあの赤毛の少年は知り合いに挨拶をして、明日にでもこの町を出るだろう。

(これでいい。男の旅立ちを邪魔する訳にもいかんし、門出を血で祝うのもあまりに不吉)

 長は彼がどこかおかしいのに気が付いていた。異端は異端を呼び寄せる。これ以上、あの哀れな少年が異端に近付いて欲しくは無かった。しかしそれは無駄な事。なぜならば異端の渦こそが彼の本来いるべき棲家なのだから。

(どうか彼の人生に、幸のあらん事を)

 彼の母国語での願い。まるでそれに応えるように、空に一つ流れ星が消えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。