二組六人の異世界人   作:117

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3章 12話

 無限に続く回廊とはすなわち、輪環回廊である。

 

 

 

「俺のターン、生贄羊の棺のカードを発動。

 自分が生贄に捧げたカードの分だけデッキからカードをドローする! そして鬼山猿、人喰いの青リンゴ、本の壁を生贄に捧げて大魔導師ミハエルを召喚、更に生贄羊の棺の効果により、カードを三枚ドロー!!」

「甘いで! この瞬間にトラップカード発動、奪い取られる財宝! このターン、相手がカードをドローする代わりに自分がカードをドローする。

 忠夫がカードを引く代わりに俺が三枚ドロー!」

「く! だがこっちは防げまい!! 大魔導士ミハエル、草を食むワイバーンに特殊攻撃!!」

 大画面の映像が動く。横島の召喚した魔法使い風の老人が杖を掲げて電撃を放つと、その先にいた高山の小さめの飛竜に直撃し、大爆発を起こす。その爆発がおさまった時、小さな飛竜の姿は存在していなかった。

「草を食むワイバーン、撃破!」

「大魔導士ミハエルの特殊攻撃は破壊した魔物の攻撃力分だけ自分のライフを削る。つまり、忠夫のライフは2削られるな。勝負はこれからや!」

「おおおおお、スゲー、横っちスゲー! 今までで一番スゲー!!」

「ま、まさかあの高山宗相手に私のデッキでここまで対抗できるとは……。感無量です!!!!」

「横島さん、いっけー!」

 既にかなりの数になったギャラリーの中で一番いい位置に陣取ったパルと夕映、このかが黄色い声援をあげながら横島を応援している。未だネギたちがいなくなった事には気が付いていないらしい。

 そしてそんなこのかを少し離れた壁際で優しく見守るのは刹那。遠い昔、身分の違いやその他諸々から友達が少なかったこのか。だがしかし、今のこのかの笑顔からはそんな過去の事は少しも感じられない。

(いい笑顔だ。麻帆良学園に行ってからというもの、友人も多く得て明るくなられた。やはりこのかお嬢様は何も知らずにこのまま平和に暮らしていただくのが一番……。

 …………、おキヌさんには悪いが、やはり修学旅行ではお嬢様に近づき過ぎたかもしれないな。学園に戻ったら今まで通り、あまり関わらず陰から密かに見守るようにしなければな)

 そんな決意を胸の奥でひっそりと固め、刹那は思考を切り替える。今は学園に戻った時の事を考えるよりもこの瞬間の危機に対応する方が先決。

 ならば、今この瞬間に手の空いている自分は出来る限りの助力を別行動の3人にするべきだろう。その場しのぎで微力かもしれないが、おそらく味方の中で自分程東洋魔術に精通している人間はいないように思う。それならばやる価値はあるだろうと式型を取り出し、魔力を込める。

「オン」

 敵に襲われれば集中力を持続させる事は難しいが、それまでならば。魔力を込めながら刹那は思考を自分の中に埋没させていった。

 

 

 

 さて。ゲームセンターでお気楽なバトルを繰り広げている一方で、こちらも気楽にガッタンゴットンと電車に揺られている3人。ネギとアスナ、おキヌは敵襲を警戒もしないでほのぼのと会話を繰り広げていた。

「ところでネギ先生、親書ってどこに届けるんでしょうか?」

「関西呪術協会の本山です。そこの長にこの親書を届ければ任務完了ですね」

「なーんだ、それだけなんだ。拍子抜けするわね」

 お気楽に言うアスナだが、それを引きしめるように言うのはカモ。

「いやいや姐さん、それだけの事を阻止するために向こうさんはあれだけ大騒ぎを起こして来たんだぜ? どんな罠が張りめぐされているのか分かったもんじゃないってもんよ」

「そりゃそうだけどさ」

 カモの言葉に頷きながらもやはりアスナの表情にしまりというか、緊張感はない。そんなアスナの顔をじっと見ていたおキヌは不思議そうに首を傾げる。

「そういえば、どうしてアスナさんって魔法の世界に関わっているんですか?」

「え?」

「一般人じゃないですか、アスナさんって。それなのにどうして魔法関係に携わっているのかなって……」

 おキヌの言葉に気まずそうに顔を見合わせるネギとアスナ。そんな所作におキヌはますます首を傾げるおキヌ。

「えっとですね、おキヌさん。それは、そのー」

「ネギが魔法を使う所を見ちゃったのよ。それからなし崩し的に、ね」

 悪戯が見つかってしまったような表情をするネギに、苦笑いのアスナ。だがしかしおキヌは更に突っ込んだ質問を重ねる。

「でも、それって魔法世界に積極的に関わる理由にはならないじゃないですか。アスナさんが言っているのは最初、入り口を見つけただけの話ですし。その入り口に入るかどうかも、入ってから進んでいくかもアスナさんの意思しだいじゃないですか。

 山があったら登るんだ的な心境ですか?」

 とぼけた天然の顔で意外に核心をつくおキヌ。その言葉にネギとカモはアスナの顔をじっと見る。確かにその問いは彼らの中にもあった。何故アスナがここまで自分達を手伝ってくれるのか、エヴァンジェリンの時だって今だって、見捨てられたっておかしくないのに。ネギだって巻き込む事を申し訳ないと思いこそ、見限られたって恨みに思うはずもない。今まで手伝ってくれた事を感謝はしても、だ。

 そんな想いを分かっているのかいないのか。アスナはちょっとだけ照れた顔をして言い切る。

「…………いっしょーけんめいがんばってる奴は、例えガキだろーが何だろーが嫌いじゃないのよ、あたし」

 つまり、それが理由。アスナはネギが心配だから、必死になっているのを手助けしたいと思うから。理由なんてそれで十分。

(なんかアスナさん、美神さんみたい)

 おキヌはくすりと笑う。意地っ張りな所とか気の強い所とか、本当にそれらしい。口では憎まれ口を叩きながら、なんだかんだと人に付き合ってしまうような優しい所とか。

 まあもっとも。おキヌの主観では気がつかないかも知れないが、片方は結局どこまでも打算的なのに片方は猪突猛進以外の何物でもない辺り、致命的に違うところも多かったりするのだけれども。

「あたしの事はそれでいいけどさ、そう言えばおキヌちゃんってどうなのよ?」

「へ? 私ですか?」

「おキヌちゃんってどうやって魔法の世界に関わったの? それに横島先生とも知り合いみたいだったし、そう言えばおキヌちゃんの事とか何も知らないなって思って」

 今更な話だが、おキヌは図書館島地下で落下した時、どこからともなく現れた少女だ。状況が状況だったからそこまで問い詰めなかったし、その後もなし崩しだったが。冷静に考えてみれば彼女程怪しく登場した人間なんてそうはいまい。アスナとしてはこの期に及んでおキヌの性根を疑う気は無いが、純粋な好奇心としてはおキヌの事を知りたいと思うのは当然と言えば当然のは話だろう。

 おキヌとしても別段隠す理由はない。横島から魔法関係じゃない人に霊能とかは隠すように言われていても、アスナもネギも既にこちら側の人間だ。カモに至っては幻獣とか霊獣の類である。だからさらりとそれを口にした。

「私、一度死んでいるんですよ」

「…………へ?」

「…………は?」

「…………ん?」

「だからそういう世界に関わるのはある意味当然だったかなって」

 がったんごっとんと電車が揺れる。なんとも言えない空気がほとんど客のいないその空間に充満する。と。

「え、え、え~~~~~~!!!! 死んだってどういう事よ!!!!」

 アスナが金切声をあげた。というかこのカミングアウトはあげざるを得まい。そしてその声を至近距離で聞いたにも関わらずにこにことしているおキヌ、つわものだ。ネギとカモなんかは目をバッテンにして耳を押さえているというのに。

「アスナさん、人身御供って知ってます?」

 そんな言葉から始まるおキヌの身の上話。もう、300年も昔の物語。今よりもずっと不衛生で、人の死もずっと近かった時代。

 

 人を苦しめる妖怪がいた。その妖怪を封じ込めるのに人身御供を必要として、その人身御供におキヌがなった。

 そして以降300年、おキヌは成仏も出来ずに霊体として、妖怪が封じられた住まう事となる。が、そこに居るべき必要性を理解していなかったおキヌは余りの寂しさから、通りかかった人を身代りに成仏しようとしてしまう。

 それが、横島忠夫。そして、美神令子。

 彼らは幽霊で自分を殺そうとしたおキヌに対して温かく、優しくしてくれた。それからおキヌは霊能力者だった彼らに、幽霊の身ながら協力していく事となる。

 そしてやがて、自分がいなくなった事で封印されていた妖怪が復活してしまう。だがそれでもみんなで協力して、妖怪を打ち滅ぼす事に成功する。

 その後、300年前におキヌを人身御供とした導士が最後の裏技を用意していた。それが反魂の術。霊脈の水を凍らせた中で保存された体、神格ある存在となったおキヌの魂。それを合わせればまず間違いなく、おキヌはこの世に舞い戻れるはずだった。一人の人間として。

 ただし代償は、その記憶。300年前に生きた人間としての記憶は摩耗し、幽霊として生きたその時間は夢のように消えていく。

 しぶるおキヌに説得しようとする美神。そしてそれを全て飛び越えて、おキヌを蘇らせたのは横島。いつかまた会うから、さようならは無しだって言いながら。

 そうして人間として生きる事になったおキヌ。でも、やがておキヌは幽霊としての記憶を取り戻す事件が起こる。

 

「――長い間幽霊として生きていた私は体と魂の同調が上手く出来ていませんでした。それに目をつけた悪霊の集団に襲われて…………」

 ふと、おキヌは窓の外を見る。アスナとネギにはその顔が、どこかいつもと違うように見えた。笑っているだけじゃない、優しいだけじゃない、憂いを帯びた顔。

「あ、やっぱり。ここで降りるんじゃないでしたっけ?」

『社前町ー、社前町ー』

 だぁぁぁと思いっきりこけるアスナとネギにカモ。そんな彼らを見てきょとんと首を傾げるおキヌ。

「どうしたんですか?」

「どーもこーも無いわよっ! 今までの壮絶な過去はどこいったのよっ!?」

「いやですねぇ。過去は昔にあったものでここにある訳じゃないですよ?」

「そーじゃなくて!」

「ものすげー天然だな、おキヌの嬢ちゃん」

「あ、もう閉まっちゃいますよ?」

「あーもー。降りる、降りますから!」

 慌てて下車する一行。直後、迷惑そうに扉が閉まった。そしてガッタンゴットンと呑気に電車が進んでいく。

「で、ネギ先生。本山ってどちらですか」

「あ、駅を出て真っすぐだそうです」

「じゃあ早く行きましょう」

 そう言ってスタスタと歩きだしてしまうおキヌ。そんなおキヌを頭を抱えながら追うアスナ。もう完全に先程の話を蒸し返す雰囲気ではなくなってしまった。流石はおキヌといった所か。

 かといってこのまま話を終わらせるのはなんか癪だし。アスナはおキヌに追いつくと話のとして話にも出てきた横島の話題を振る。

「それにしておキヌちゃんの話で横島先生ってすっごく格好よかったじゃない。なんか今の姿を見てると全然想像出来ないんだけど、あの話から今までに何があったの?」

「え? 横島さんって今も昔もあんな感じですよ?」

 だぁぁぁと再びこける三人。

「ちょいと待てやぁおキヌの嬢ちゃん! そりゃ詐欺ってもんじゃないのかっ!? いくらなんでも脚色し過ぎだろうがよぉぉぉ!!」

「そうでもないですよ。横島さんは確かにあけすけでスケベで逃げ腰で自分の部屋のお掃除も出来ないですしなんども飢死しそうになってますけど――――」

「おキヌさんも言いますね」

 悪い所の羅列が淀みなく流れるように口から出てくるおキヌにネギが冷や汗混じりにそう言葉にする。それを気にも留めないで、おキヌは満面の笑みで続ける。

「――――けど、それでも横島さんは信じられるんです。ドタバタとしてあっちに行ったりこっちに行ったり、けれどもちゃんとするべき所はしてくれるんです。そして最後は不思議と丸くおさまっちゃうんですよ。

 だから、横島さんが居れば絶対に大丈夫なんです」

 全幅の信頼。それは間違いなく、おキヌが横島に寄せるもの。おキヌの話の中だと全くかみ合わない昔の横島と今の横島。その中で、おキヌが横島に対する気持ちは確かに変わっていないって、そう思える。

 その横島は今カードバトルのクライマックスを迎えていたりするのだが、まあその辺りの現実はどうでもいい話なのだろう。

「…………恥ずかしいから、この話は秘密にして下さいね」

 照れたように言うおキヌに、頷く事しか出来るはずがないネギにアスナ。そしていつの間にか大きな鳥居は目の前に迫っていた。その現実の前に、嫌が応でも現実に引き戻される一行。

 その静謐で神聖な空気は、鈍いアスナですら感じられる。そしてその空気が、逆に恐い。

「ここが関西呪術協会の本山…………?」

「っぽいところですよね~」

「うわー。何か出そうね」

「伏見神社ってのに似てるな」

 さりげなく博学な所をさらすカモ。だがそれに触れる人間はいない。

 と、ポンといきなり彼らの目の前で空気がはじけて小さな人型が姿を現した。

「わっ!? なっ……何よアンタ」

 とっさに身構えるアスナだが、よくよく見ればそれは普通に刹那だった。いや、普通にという表現は正しくないと言えば正しくないだろう。空飛んでるし小さいし三頭身だし。いってしまえばデフォルメされた感じの刹那だった。

 そんな微妙な、生温かい視線を注がれた彼女は、それでもにっこりと笑みを返しながら口を開く。

「どうも。連絡係の分身のようなものです。

 ちびせつなとお呼び下さい」

「はい。私はおキヌです、よろしくお願いします」

「私は本体の分身ですから、そこらへんは大丈夫ですよ~」

 ぺこりと丁寧にお辞儀をするちびせつなに、これまた丁寧にお辞儀を返すおキヌ。そしてほのぼのとした握手を交わす二人。

 マスコットキャラとしてのポジションをとられたカモがキーキーわめいているが、ちびせつなはそんな事を気にも留めないで真面目な表情を作ると、鳥居とその先を睨みながら話を始める。

「……この奥には確かに関西呪術協会の長がいると思いますが。

 東からの使者であるネギ先生が歓迎されるとは限りません。それに一昨日襲ってきた奴らの動向も分かりませんし……。とにかく十分に注意して、ワナなどに気をつけて下さい」

「確かにいや~な魔力が流れてますね。なんというか、こう、『入ってくんな、ぶっ殺すぞ!』的な」

 似合わない物騒な事を口にするおキヌ。そのおキヌは鳥居とその奥を見て顔をしかめている。そんなおキヌにネギは杖を握り直し、アスナはアデアットと唱えてハリセンを取り出して突撃する準備を整える。

 そして全てを無視して、普通にスタスタと進んでいくおキヌ。だぁぁぁと三度全員してすっころんだ。

「ちょっとおキヌちゃーーーーん!? 注意はっ!? 警戒はっ!?」

「え? だってどんな罠があるのかも分からないじゃないですか。下手に気負っても疲れるだけですよ?」

「そうかも知れないけどさー!?」

「……なんか僕、真面目になっているのがバカらしくなってきちゃった」

「心折れるなって兄貴! 兄貴は間違ってないし!!」

 淀みなく歩くおキヌにしょんぼりとついていくネギたち。そしてそのままてくてくと変わり映えのない千本鳥居を潜っていく一行。

 しかし、本当に何も起こらない。緊張するのがバカらしくなるほど、異常はない。これは気を抜かざるを得ないかなと思うのはアスナである。だから彼女は真剣な顔で先頭を歩くおキヌに、気がつかない。

 そのまま軽く5分程度は歩いただろうか。何にもないような所でぴたりと止まったおキヌ。いきなり止まったおキヌにアスナとネギも立ち止まらざるを得なく、怪訝な顔でおキヌの顔を覗き込んだ。そこにあったのは、今までになかった程に緊張したおキヌの顔。

「…………おキヌちゃん?」

「アスナさん、ネギ先生。この鳥居を潜らないで下さい。妙な魔力が渦巻いています」

 目を見開いて眼前の鳥居を見やるアスナにネギ。彼らにはその鳥居と別の鳥居の違いの区別がつかない。だが。

「…………そうやったなぁ。確かそっちのお嬢さんは魔力感知の能力が異常やったなぁ」

「! お姉さんはっ!?」

「刺客か!」

 その鳥居の奥に。空気が揺らめくようにぶれた後、煽情的な姿の京美人が現れた。その姿を見てネギとちびせつなが声をあげる。

 刺客はクスクスと笑いながらネギ達を見やる。

「一応自己紹介くらいはしておくべきかもなぁ。うちの名前は天ヶ崎千草」

「あ、はい。ネギ=スプリングフィールドです」

「氷室キヌです。おキヌって呼んで下さい」

「ってなに普通に挨拶してるのよあんた達は! この女は敵、敵なのよ!?」

 おほほと笑い声をあげる千草を指さしてアスナががなる。

「いえ、しかし名乗られたら名乗り返さなくてはイギリス紳士の名前が泣くというか……」

「そうですよ。一応名乗り返さないと」

「え? なに? これはあたしがおかしい訳?」

「いえいえお嬢ちゃん。あんさんは間違ってないで」

 ずーんと落ち込むアスナだが、それを否定したのは敵である千草である辺り、彼女に味方はいないのだろう。

 そして千草は言葉の続きを継ぐ。

「だってこれ、時間稼ぎやし」

「「「は?」」」

 三人の声が重なる。それと同時、後ろから衝撃が走り、前に吹き飛ばされた。

「わっ!」

「しまっ……!!」

 そして眼前には当然、おキヌがワナと見破った鳥居が口を広げて飛び込んでくる人間を待ち構えている。それに為すすべもなく飛びこまざるを得ない。

 鳥居を過ぎ、幻影であろう千草をすり抜けて、体勢を崩しながらでも地面に倒れこまないで、むしろ滑った勢いを利用して後ろを振り向くアスナとネギ。

「あいたっ!」

 ぺちっと転んだのはおキヌだけ。それは置いておくとして、振り返ったネギたちの目の前には帽子を被った学生服の男の子がつまらなそうに立っていた。

 そしてその隣ではにやにやと意地の悪い笑みを浮かべた千草がネギたちを見やっている。

「ホホホホホ。いくらサウザンドマスターの息子かて所詮はガキやな!

 おキヌのお嬢ちゃんもいくら魔力感知の能力を持っているかて一度嵌まってしまえばどうしようもないやろ!?」

「……そうでもないですよー」

 転んだままの格好だったおキヌだが、すぐにむくりと起き上がると柔らかい笑みを浮かべながら千草の方を振り返る。

「魔力の流れを掴んでしまえば、ワナの起点を探したりするのも出来るんですよ?」

「フフ。じゃあその結界の起点がどこにあるのか、言って貰えまへんか?」

 虫をいたぶるような千草の顔に怪訝な顔をするおキヌだったが、その顔はみるみる蒼白になっていく。その尋常じゃない様子にネギとアスナ、カモにちびせつなは緊張に身を固める。

「気がついたようどすな。お嬢ちゃん、やっぱりすごいわぁ」

「ちぇー。ほんまつまらんなぁ」

 歪な楽しさを表に出す千草に、本気でつまらそうな学生服の少年。おキヌはその少年の帽子を指さして、言う。

「あれです。あの男の子の、帽子。あれが結界の起点です」

「ま、そういう事や。せいぜい気張って小太郎の帽子を壊すんやな。もちろんただ壊される訳にもいかんけどな?」

 そう言って千草の幻影が消えていく。そして代わりにどこからともなくヒラヒラとお札が4枚降ってきて、ボンという音と共に大きな蜘蛛と姿に形を変える。式神だ。

「ま、趣味じゃないとは言えこれも仕事や。悪いけど逃げさせて貰うで、姉ちゃん達によわっちいチビ助」

 そしてそれを確認した小太郎と呼ばれた少年は侮蔑の視線をネギに一つ向けると、くるりと彼らに背を向けて一気に走り出した。

「あー! 待ちなさいよ!!」

「アスナさん、今は目の前の蜘蛛をどうにかしないと!」

 バカと言える程直情的に小太郎を追おうとしたアスナだったが、流石にそれはちびせつなが止めた。そして改めて目の前の脅威に向き直る。

 だがここでポツリと空気読めない発言をするちびせつな。

「けれども……。もしもこの結界が無限に広がるものだったりしたら、あの少年を捕まえる事は大変困難…………」

「って、じゃあどうするのよー!?」

「ほ、本物の刹那さんは助けに来れないんですか!?」

「す、すいません。敵が狙ってくると分かった以上、お嬢様の側を離れる訳には…………」

「来ますよ! アスナさん、ネギ先生!!」

「ってうわぁ!?

 け、契約執行30秒間(シ、シス・メア・パルス・ペル・トリーギンタ・セクンダース)! ネギの従者『神楽坂明日菜』(ミニストラ・ネギイ『カグラザカアスナ』)!!」

 現状を嘆く暇も与えられず、4匹の大蜘蛛が襲いかかってくる。

 

 一方。場所は少し変わり、千本鳥居の入り口付近。のどかが、鳥居の中に向かって走っていた。

 そこに居た誰も気がつく事は無かったが。のどかは今朝方、カモが全員にアーティファクトの説明をしていた時、それを立ち聞きしてしまっていたのだった。

 アーティファクト名、いどのえにっき。効果は読心。対象の真名を口にする事により、その表層意識を絵日記として写し取る事が出来る。

 そしてそんな危険な本をどうしようかと手に持っていた時、思わずネギの名前を口にしてしまったのどかは、その現状を絵日記に写しだし、パニックに陥りかけているその心情を読み取ってしまった。

 のどか自身も、何が出来るとは考えていなかったのだろう。けれど、心の中で助けを求めるネギに居ても立ってもいられなくて、思わず千本鳥居の中に飛び込んでしまったのだった。目の前にあった立ち入り禁止の看板を無視して。

 ネギの元を目指して走る走る。けれどもまあ、一般人でしかも運動があまり得意でないのどかがトロいのは仕方がない。

「はぁはぁはぁ……」

「あ。な、なにしてんねん、お姉ちゃん!?」

 のどかの真後ろから声が聞こえた。ビクっとして振り返ってみれば、そこには帽子を被った学生服の男の子の姿が。

「え、あ、あのー……」

「アカンでー、こん中入ったら! 立ち入り禁止て書いてあったやろ?」

「え……あ……ごごごご、ごめんなさいですー」

 困った顔で怒る小太郎に丁寧に頭を下げて謝るのどか。だが小太郎とてそこまで目くじらを立てて怒っても仕方がないと分かっている。ただその表情の通りに困っているのだ。

 仕事である以上、まさか勝手にワナを解除してしまう訳にもいけない。ならばこの少女をどうするか。

 少し考えた後、小太郎は考える事をやめた。結局、どうしようもないのだ。

「ま、えーわ。しゃーないし。しばらくここで待っててくれれば後で出してやるから」

「い、いえー。出る時は自分でキチンと歩いて帰れますので……」

「それが出来れば苦労せんのや。今ここは無間方処の呪法――とか言ったかな? まあそんな感じのワナが張られててな、歩くだけじゃ出れへんのや」

 説明する小太郎だが、のどかはきょとんとしか出来ない。それはそうだ。魔法関係の用語を一般人に説明したところで、あらゆる意味で理解出来ないのは仕方がない話だろう。

 自分の失策に気がついた小太郎はポリポリと頬をかくが、まあ正直その辺りもどうでもいいと言えばどうでもいい。わざわざ分かりやすく説明する必要もないと言えば全くないのだから。

「ま、その辺はどうでもええやん。とにかくお姉ちゃんはここでゆっくりしてればええねん。

 ほなな」

「あ……ちょっと待って!」

 さっさとその場を離れようとする小太郎だったが、思わず呼びとめてしまうのどか。それも当然、人を探しているのに探し人が見つからず、立ち入り禁止の中でその管理者っぽい事を言う少年に出会う事が出来たのだ。ならばのどかがする事は決まっている。

「あ、あの。君と同じくらいの年頃の赤毛の男の子を知りませんか……?」

 その言葉に、ぴくりと反応する小太郎。知っている、心当たりがあり過ぎる外見だ。

「んー……。知ってるけど、お姉ちゃんとそのガキとの関係ってどんなんなんねん?」

「えーと、先生と生徒?」

 改めて口にすると有り得ない説得力の無さだ。というかここだけの言葉を普通に受け止めるのならば、先生はのどかで生徒はネギだろう。しかも教師とその教え子という意味で受け取る人間はいないに違いない。

 だが、ここに至ってはそれは完全に別の意味を持つ。つまりそれは、小太郎にのどかがネギの関係者だと教える事に他ならない。しかも本来立ち入ってはいけないこの場所にのどかがいる事を考えれば、彼女も魔法に関係する立場だと勘違いされても仕方ないみたいであるし。

「……ナイスタイミングや、お姉ちゃん」

「え? え?」

 明らかに雰囲気を変えて笑う小太郎に、のどかはただ単純に狼狽する。どうしてこの少年がこんな笑みを浮かべているのか、そもそもネギがどこにいるのか。

 全く分からない。何も分からない。どうしたらいいのか、分からない。

「これで大義名分も出来たしな。ほんま、お姉ちゃんにはなんてお礼を言っていいのか分からへんわ」

 そう言ってから、小太郎の腕がのどかへと伸びていった。

 それを呆然と見る事しか、のどかには出来ない。

 

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