二組六人の異世界人   作:117

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3章 14話

 舞台と客席は入り混じる。

 

 

 

 走る走る走る。

「な、なぜ…………いきなり…………マラソン大会に……?」

「ちょ、ちょっと桜咲さん、何かあったのー!? 借金取り? 昔の男に追われてるとかー!?」

 追従する夕映とパルも大混乱の唐突さだ。それでも前を走る刹那と彼女に手を引かれているこのかを諦めないで追う根性は流石麻帆良の生徒と言えるだろうが。

 だがしかし前を走っているとはいえ、このかにも現状は理解できていない。

「せ、せっちゃん。どこ行くん? 足速いよぉー」

「ああっ。す、すいません。このかお嬢様」

 速過ぎる刹那の足に息も切れ切れにそう言うのが精いっぱい。刹那から握ってくれた手が離れるのが惜しくて嫌とも離してとも、ゆっくり走ってとも言わないあたり、結構尽くすタイプの女性だとも言えなくもないが、まあその辺りはどうでもいい。

「や、彼女! 僕と一緒にマラソンでもしませんか!?」

「え~。やだぁ♪」

 ついでに一緒にマラソンしつつお茶をする余裕がないと理解している横島が通行人の美女をマラソンに誘っているのもどうでもいい。

 一緒にマラソンをするという有り得無さが笑いと共に横島の好感度を微上昇させているのは更にどうでもいい。

 刹那の最優先事項はこのかの好感度でも横島の好感度でもない。

 飛んでくる棒手裏剣から自分の身を守り、守った自分の体でこのかを守る事。

(白昼堂々街中で……。

 く…………学園ではお嬢様を直接巻き込まぬようお守りしていたのだが……)

 今回は余りに状況が悪かった。麻帆良では地の利は基本的に刹那にあった上にこのかというキーパーソンが対象である為に増員も要請すればすぐに来た。

 だがここは京都。刹那にとっては元地元とは言え、相手はおそらく刹那よりもこの地に長く住む魔法使い。更に攻めの守りというパターンが崩された上に人員も制限されるというオマケつき。相方はナンパばかりで今のところは戦力にならない。

 実質、刹那一人でこのかを守っているようなものだ。相手が複数いるという事を考えれば、まさかこのかから離れる訳にもいかない。必然的にというか消去法的にというか巻き込むと理解しつつこのかを専守防衛するしかない。

「そこのお姉さん! 僕と一緒に走りませんか!? 具体的には光が輝く明日までっ!!」

「え、なに? コレ24時間耐久マラソンとか?」

「でもカメラないよ?」

「自主的な何か? もしくは練習とか?」

 とりあえず意味なく芸能人な扱いを受けている横島には後で一発入れておこうと誓う。出来れば斬鉄閃で。

 と、走るうちにいきなり目の前が開けた。

「あれ!? ここってシネマ村じゃん。何よ桜咲さん……シネマ村に来たかったんだ~!? それならそうと言ってくれればバスとかですぐに検索してあげたのに」

 そして刹那が周囲を確認する前に大声をあげて現在地を教えてくれるパル。

 ビシッっとポーズを決めて携帯を見せつけておくのはとりあえずスルーしておく。

(シネマ村……。よし、ここならば!)

 言うまでもなくここは観光名所の一つ。ならばこの中は大勢の観光客で溢れ返っているだろう。逃げ込めば多くの一般人が邪魔で上手くこちらだけを攻める事は出来ない。

 無理に攻めてくるならそれは一般人に被害者を出すという事。そして一般人のパニックの中に紛れ込めば追うのは更に困難になる。

 そしてそこまでしては流石に関西呪術協会としても実行犯を捕縛しなければ示しがつかない。いくら長が温厚であまり実権がないとはいえ、そこまでした実行犯を庇うような事があれば関西呪術協会は真っ二つに割れて自壊しかねない。そうなれば関東魔法協会に対して完全な無防備に姿をさらしかねず、色々と本末転倒だ。

 今回の襲撃、どう言い繕っても向こうがこのかお嬢様を手に入れない限り実行犯はトカゲのシッポ切りに遭うだろう。だからこそ一般人に被害が出かねないとはいえここで襲撃を受ける可能性は十分にある。

(っ、だが!!)

 刹那は血が出る程強く唇を噛み、ハァハァと荒い息を整えるこのかを見やる。刹那の視線に気がついたこのかも瞳を見返して、照れくさそうに笑う。

 このかを守る為ならば鬼にもなろう。地獄にも堕ちよう。

 だがそれは刹那一人の話。横島もそれにつきあう事はない。

 最悪ここで攻めてきた場合、刹那も神秘の守秘義務違反で捕まる事になるかも知れない。いやむしろ捕まりたい。彼女が一般人の犠牲を覚悟したのは事実なのだから。

 だからこそ横島を巻き込む訳にはいかない。彼には図書館組を守って貰い、何も知らないまま一般人を守ろうとすれば責はいくまい。

(……横島先生っ!)

 図書館組を頼むと、アイコンタクトで伝えるべく横島を見る。

「よっしゃ、シネマ村、シネマ村ぁぁぁ! 出会いが、出会いが俺を待っている!!」

「あ、ちなみに下手な行動を取らないようにおキヌちゃんに私達頼まれてるからきっちり妨害入れるよ?」

「さっきはマラソンで止められませんでしたが、移動中のナンパは後でしっかり報告を入れさせて貰うです」

「うそぉぉぉーー!!??」

 …………何だったんだろう、今の悲壮な決意は。確かに黙っていても図書館組の2人は横島についていくだろうけど。おキヌの頼みは色んな意味で有効なのだろうけど。

 やるせなさがとどまることを知らない。とりあえずムカついたからさっき飛んできた棒手裏剣の一本を横島に投げつけておく。

「あふん!?」

 普通に刺さった。もっとやるせなくなった。

「せっちゃん?」

 心が折れそうになった刹那だがしかし、このかの声で正気に戻る。今まだ敵に狙われている事には違いが無いのだ。ならば落ち込んでいる暇などない。

 ガシッとこのかをお姫様抱っこで抱え込むと一気に塀を飛び越えるように跳躍する刹那。

「ひゃ!?」

「お嬢様、失礼」

 ちらと今いたところを見れば、図書館組の2人は横島の方に話しかけているばかりでこちらに気がついた様子はない。

 ただし横島とバッチリ目が合った。あれでも流石に刀子先生をまいた実力者、という事だろうか。その視線の一瞬の交錯でアイコンタクトを成立させる刹那と横島。

(図書館組のお二人は頼みましたよ、横島先生!)

(このかちゃんと二人っきりになりたいんだな? ふっ、心配するな、君達がどういう関係なのかはパルにキチンと聞いている。影から応援させて貰うさ!!)

 真剣な目の刹那。任せておけという目の横島。各々が自分勝手に相手の感情を解釈する。

 アイコンタクト、失敗。

 そしてそんな彼らの様子を見ている一人の女の子。避暑地でお嬢様が着ているような、これで白い犬を砂浜で散歩をさせていればある意味完璧なお嬢様だろうという風貌。

 だがそんなシュチュエーションが似合いそうなその少女だがしかし、彼女がいるのは電信柱の上。手に持つのは白い犬に繋がるリードではなく人を殺す為の技を繰り出す日本刀。先程までは影から棒手裏剣を刹那の急所に向かって投げ続けていた張本人。

「シネマ村……面白い所に逃げ込みましたな。

 ハァ~~、刹那センパイかぁ。仕事でなくても仕合いたいお方やわぁ……」

 まるで恋する少女のように物憂げなため息を漏らす。彼女のデートは剣での語らい、彼女の悦びは血を伴った戦い。

 無論、その血が敵のものでも己のものでも気にはしない。

 訂正しよう。彼女は恋をしている。まるでではなく、確かに。

 大好きな人と共に一緒に歩き、語らい、口づけを交わす夢想をする人がいる。その大好きな人が限定されない場合も多い。それを指して人は恋に恋するという。

 少女も同じだ。明確な誰かを欲している訳ではない。ただ一度きりの逢瀬でも満足出来るような恋に恋する少女のように、相手と二度と死合えなくとも血飛沫あがる戦いにこそ彼女の恋心は存在する。いや、二度と死合えないという事はどちらかが死ぬという事に近いから、二度と死合えなく『とも』という言葉は正しくないかも知れないが。

 一瞬の逢瀬に恋をして、それを幾度ともなく求める血飛沫の修羅。彼女の名前は月詠。

 その恋が実る時を夢想しながら、月詠がとった行動は刹那を追う事ではなかった。携帯電話を取り出して短縮ダイヤルをプッシュする。

『月詠はんか。首尾はどや? 成功したか?』

 携帯電話から漏れ出る声は妙齢の女性のもの。どこか冷たい印象を抱かせる電話越しの名前は千草。

「すんません~。どちらかというと失敗ですわ」

『……まさか、捕縛されたとかじゃないやろな? 携帯、キチンと自分の手でもっとるんか?』

「そこの心配は無用ですわ」

『そ。ならこの連絡は次に厄介な事と思ってええんか? 戦って撃退されたか?』

「いえいえ、それもちゃいますわ」

『じゃ、なんや?』

「その次位に面倒な事ですわ。遠距離から神鳴流の使い手にちょっかいをかけてましたが手傷一つ負わせられませんでしたわ。

 やっぱり刹那センパイはウチが直接切らなアカンみたいです」

『それで?』

「で~。どこか人気のない所にでも行って頂ければ話は早かったんですが。まあ普通に考えてそう上手くはならないですわぁ。

 逆に人気の多い所に逃げ込まれました。目標はシネマ村に潜伏中です。

 千草はんの許可があれば追いかけて剣を交えたいですわぁ」

『んな許可だすかアホゥ!!』

「ですよね~」

 予想された怒鳴り声に耳から携帯電話を離していた月詠は頭がキーンとなる事は防がれた。

 だがしかし別の意味でため息が出る。このままシネマ村で籠城作戦を取られたら最悪だ。急場凌ぎでは人払いの結界もロクなものが張れないし、となると今回は死合いはお預けという事にもなりかねない。

(ハァ~。まあそれならそれで仕方がないんやろうけど)

 仕事は仕事。キッチリとこなす。その上で死合いが出来ればいう事がない。それが月詠のスタンスだった。

 ほされて収入がなくなる事ももちろんだが、何よりきな臭い仕事が回ってこなくる事を月詠は嫌っていた。黙っていても幾度となく自分の所に死合いの機会が回ってくるこの状況、目先の一回の逢瀬にこだわり無にするのは余りに惜しい。

『ったく。んで、どこにお嬢様たちは逃げ込――シネマ村? シネマ村!? シネマ村ぁっ!!??』

「ひゃおわぅ!?」

 いきなり向こうで大声をあげる千草。今度の大声は月詠にも予測が不可能だったらしく、耳元に当てた携帯電話からの声に頭がキーンとなる。

「きゅ、急に大声あげんといてぇな、千草はん。耳キーンってなったわ」

『ああ、すまんすまん。その代わりいい作戦が思いついたで。

 クックック、シネマ村に逃げ込んだんは失策やったなぁ』

 携帯電話の向こうから聞こえてくる邪悪そうな声。それを聞いて月詠は頬を薄紅色へと染めていく。

 逢瀬が約束される。その期待感を持ったまま、恋する少女は次の言葉を待つ。

 

 さて一方のこのかと刹那。

 お姫様の格好をしたり新撰組の格好をしたり、饅頭を口に入れて刹那を笑わせるこのかがいたりと普通に修学旅行を楽しむ幼馴染といった雰囲気だ。

 そしてこのかのにらめっこに思わず噴き出してしまった刹那。そんな刹那の姿を見てようやくこのかの肩の力が抜けた。

 確かに無理矢理かも知れない。昔とは違うのかも知れない。

 …………笑っているだけで、本当はこのかの事を嫌っているのかも知れない。

 思えば刹那を付き合わせたのは無理矢理だ。刹那の優しさはこのかが一番知っている。自分の事を嫌っているのに、優しい刹那は嫌々ながらも付き合ってくれているだけなのかも知れない。

 それでも。自己満足かも知れないけれども。無理矢理かも知れないけれども。かつてのように自分の前で笑い顔を見せてくれたのがこのかにとって何よりも嬉しかった。なくしたはずの昔が帰ってきたようで、悲しかった。

 だから卑劣な自分に嫌悪を持ったまま、刹那の笑顔に心が満たされた。

「やっと笑ってくれた、せっちゃん」

 嫌悪と矛盾には目を瞑り、嬉しさだけの笑みを浮かべるこのか。

 その笑顔に一瞬だけ我を忘れた刹那だが。

「うわー、すごい! 美少年剣士とお姫様だー♪」

 外野からの声で全てはおじゃんになる。観光地だというせいかやたらとハイテンションな初見の女の子グループに、一瞬で気を合わせてしまったこのか。

 刹那が場の雰囲気に流されるままに2人して写真を撮り、そしてメアドを交換したこのかの携帯に今撮った写真が送られる。

 そんな、まるで無垢な子供の頃に戻ったような錯覚に、刹那の顔から緊張感が消える。

(ふふ……。でも、何だか楽しいな…………。

 思えばずっとずっとお嬢様とこんなふうに遊びたかった気がする)

 もちろんこれは泡沫の夢、限定された悲しい魔法。修学旅行が終わってさえしまえば刹那はまたこのかから距離をとり、彼女にそうと知られぬままに命を賭として彼女を守りきるだろう。

 けれどもこの僅かな時間、確かに2人は親友であった時間に戻れた。それはきっと奇跡のような確率で、穢れた自分には過ぎた幸福。こんな奇跡を味わえたのだ、もう思い残す事はない。

 だが刹那はそうでもこのかは違う。

 一瞬でも、無理矢理でも、錯覚でも。刹那とかつてに戻れたのだ。

 ならば、その先が欲しい。

 希望に繋がっている保証はない。絶望に繋がっていない確信はない。けれどもかつてをまた取り戻せるのならば懸ける価値はきっとある。可能性を無視して漫然と失うくらいならば懸けてみよう。

 おキヌに言われた。悪い事をしていたら謝りましょう、と。

 だから。どうか、どうか、どうか。

「……ねえ、せっちゃん」

「お嬢様?」

 急激に声のトーンが変わったこのかに困惑の表情を浮かべる刹那。けれども俯いて地面ばかりを見るこのかには刹那の違いを見る事が出来ない。

「ごめん、な?」

「え?」

 このかは顔をあげない。俯いたまま、けれども言葉を繰り返す。

「ごめん、ごめんな? ……ごめんなさい」

「え、あ、あの、お嬢様?」

 唐突に謝られ続けるという現状にオロオロと俯くこのかを見やる刹那。

 どうしていきなりこのかが謝るのか理解できない。何にこのかが謝っているのか理解できない。何故このかが謝るのか、全く理解できない。

「ウチ、せっちゃんに何かしちゃったんやろ? だから、許して下さい。なにをしたのかも分からんウチやけど、謝るから、直すから。

 ……ウチを、許して下さい」

 刹那の体が金縛る。ポタリとたれた水滴が何を意味するのか、分からないはずがない。

 違うと。これは違うと、刹那には断言できる。こんな純粋なこのかに間違いなんてあるはずがない。仮に何か間違ってしまったとしても、こんな風に謝られる人間が許されないはずがない。

 それでもこのかに間違いがあるとすればそれは、非が刹那ではなく自分にあると思っている事だろう。誰もこのかを許せるはずがない、何も間違いを犯していないのだから。

 本来ならば泣きながら赦しを乞うのは刹那のはずだった。どうか私を嫌わないで下さいと、こんな私を許して下さいと。

 けれども刹那はそれから逃げた。彼女の産まれてからの境遇もあるだろう、誰にも言えない混じりの血もあるだろう。だが生き物はすべからく平等ではない。刹那はそれを冷静に受け止めて、そしてそれから逃げたのだ。

 もしもこのかを本当の意味で許せるとしたら、それは刹那だけだ。このかに何の罪もない事を伝えられる刹那だけだ。

 だけどそれは刹那の罪を伝えるという事で。非のないこのかを苦しめたと言う事で。

 ……その身が穢れていると自ら言うしかない事で。

「お嬢様」

「……はい」

 叱られて泣いている子供そのままに、しゃくりあげながらこのかは刹那の次の言葉を待つ。

「お嬢様は何も悪くありません」

「……でも、せっちゃんはウチの事、嫌っとる」

「私は一度もお嬢様を嫌った事はございません」

 その言葉にようやくこのかが顔をあげた。

 刹那の目にはぐずぐずと鼻をならす、うるんだ瞳のこのかが映る。

 このかの目には穏やかな笑顔を浮かべた、決意を秘めた瞳の刹那が映る。

 刹那の表情がどこか遠い。

「お嬢様の身はこの命懸けてもお守り致します」

 その言葉の重さを理解する事はこのかにはない。その代わりにこのかは唯一の望みをおそるおそる口にする。

「それじゃ、もう一度、ウチの友達になってくれるん?」

「…………」

「……せっちゃん?」

「…………申し訳ございません、お嬢様」

 みるみるこのかの顔が絶望に染まった。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………あの~、お取り込み中すんません~」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………神鳴流です~~」

 ガバと、頭で理解するよりも早く刹那はこのかを抱えて声の主から距離をとる。

「ひゃあ? せ、せっちゃん!?」

「お、お前は月詠!!」

 ちょっとテンパるこのかはさておいて、刹那の視線の先には馬車から降りたらしい西洋風夫人の格好をした月詠が。

 上品に扇で口元を隠しながら刹那たちにニコニコと話しかける。

「じゃなかった。

 そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人にございます~。

 そこな剣士はん、今日こそ借金のカタにお姫様をもらい受けに来ましたえ~」

「な、何? 何のつもりだ、こんな場所で?」

 このかが狙いという事くらいはかろうじて分かったが、それでも訳の分からない状況説明をする月詠にいまいち次の行動が起こしにくい刹那。殺気もなくニコニコとしているだけの相手に動きあぐねているようだ。

 そこでポンと思いだしたように手を叩くのはこのか。

「せっちゃん、これ劇や劇。お芝居や。

 シネマ村ではお客さんを巻き込んで突然劇が始まったりするって夕映が言ってたえ」

 その言葉に刹那はなるほどと思う。

 確かに劇に見せかけてこのかをさらってしまえばその場限りしか見ない一般人には何がなんだか分からないだろう。しかも劇という形にしておけば相手取るのは刹那のみ。怪我を負わせたとしても裏の事情という事で大きな問題にはならない。

 敵の策とは言えいっそ感心してしまうような一手だ。

「そうはさせんぞ、このかお嬢様は私が守る!」

 だがこれは逆に刹那にとっても好機。劇という事は衆人環視、真正面からのぶつかり合い。敵を一人削るのには絶好の機会。しかも一度このかを巻き込んでしまった手前、二度は劇という手段を使えないだろう。

 ここを制したものが流れを掴む、こここそが正念場。

 それを理解しているのかいないのか、月詠は待っていましたと言わんばかりに左手のの手袋を取り、刹那へと叩きつける。

「ほな仕方がありませんな。

 このか様をかけて決闘を申し込ませて頂きます――――……。

 30分後、場所はシネマ村正門横『日本橋』にて」

 月詠はそこで一旦言葉を切り、目を閉じる。そして軽く深呼吸。

 仕切り直すようにほんの少しだけ空気が変わる。仕事は終わり、ここからは趣味の時間。その位の小さな変化。

 そのはずなのに、妙に空気の粘度が増す。

「ご迷惑とは思いますけどウチ……手合わせさせて頂きたいんですー。

 逃げたらあきませんえー」

 月詠の目が開いた。

 悪魔のようなその瞳で刹那を射抜き、精一杯の愛を込めて。

「刹那センパイ♪」

 びくっと知らずにこのかの足が一歩月詠から遠ざかる。

 刹那は気圧される事こそなかったが、その目を見て思う事がない訳がない。この女は危険だと、頭の中で警鐘がなる。

 その全てを無視して側に停めてあった馬車へと飛び乗る月詠。そしてそのまま走り去る馬車。

「ほな♪ 助けを呼んでもかまいまへんえ~」

 ドップラー効果を残して月詠と馬車はいく。

 どう考えても逃げ道はない。覚悟を決めた刹那の元に。

「ちょっと桜咲さん、どーゆーことよ!」

「今の心境は!?」

「わあっ!?」

 大挙として女子中学生たちが押し寄せてきた。那波に朝倉、パルに夏美。少し離れた所に夕映に千雨にいいんちょ、ザジもいる。

 臨戦態勢に入っていた刹那が思わず夕凪を抜きかけたのは秘密である。

「もー何でこんな重要なコト言ってくれなかったのー?」

「それでそれで、二人はいつから付き合ってるの!?」

「今の子は何!? センパイとか言ってたけどもしかして昔の女……とか?

 キャーー♪

 あー、そっか。桜咲さんもこのかも確か出身京都だもんねー。なるほどー♪」

 後ろで千雨が「何がなるほどなんだよ」と小さい声でツッコミを入れているが声が小さ過ぎて誰にも届いていない。

 いや、隣でぼーっとした風のザジには届いているのかも知れないが、彼女には今一つ何かが分かりにくい。

 その後も散々騒いだあげくに自己完結をして刹那の助太刀に行くと気勢をあげる一同には、刹那の静止の言葉も一般的な常識も通用しない。頭を抱える刹那と少し顔の青いこのかを除いてみんなノリノリだ。

 だがそこで刹那はふと気がつく。本当の意味で頼りになる二人の助っ人がいない事を。

「あれ? そう言えば横島さんは?」

「ん~、横っち? 横っちならなんか和風美女に逆ナンされてどっかにフラフラといっちゃった」

「あれは後でおキヌさんに報告ですね」

 微塵も反省が感じられない様子でテヘと舌を出すパルと疲れたような顔の夕映に、刹那も呆れたため息しか出てこない。

 だが横島はそれでいい、というかしょうがないとしてもう一人はどこに行ったのか。

「いいんちょさん。確か3班にはバゼットさんが一緒ではないでしたっけ?」

「よくご存知ですわね。……って、あら?」

 そこで初めて気がついたように周りも見渡すいいんちょ。いつの間にかバゼットがいない。

「皆さん、バゼットさんがどちらに行ったのか知りませんか?」

「あれ? そう言えばいつの間にかいないね」

「くぅ、バゼットさんはいい戦力になりそうだったのに!!」

 明るく悔しがる一同だが刹那の背中には冷や汗が流れる。

 横島はまあアレとして、あの生真面目なバゼットが誰にも言わずに居なくなるとは普通には考えられない。ならば話は簡単、普通じゃない事態が起こっているという事だ。

 正直助力を期待していた身としてはキツいが、そんな場当たり的なキツさではなくもっと悪い方向に流れがいってしまっているような薄気味悪さ。それがジワジワと刹那の心に沁み込んでくる。

(それでも私はただお嬢様を守るのみ!)

 その薄気味悪さを押し出すように刹那は強く夕凪の鞘を握った。

 

 

 

「ここらでいいでしょう」

 日の余り差さない裏路地、そこで男装の麗人は歩を止める。

 どうやら辺りは従業員用の場所のようで喧騒が遠く聞こえる。人気がもとより少ない場所、人払いの結界の効果も高いようだ。

「…………こちらも我慢の限界です。いい加減に姿を現して殴られなさい」

 そう言ってバゼットは手に持った鉄製の手裏剣をバキリと手折る。それは先程、夏美に向かって投げられたものだった。急所を狙っていなかったとは言え、そんなものが当たっては冗談ではすまない。

 ただ歩くだけの一般人を狙うなど、裏の人間如何ではなく人間性の問題だ。

 そしてそのバゼットの言葉に従うように物影からすらりと長身の男性が姿を現す。

「くっくっく。まあ――」

 ビキンと音がした。人影を見つけた瞬間に繰り出したバゼットの拳が、男の目の前の結界に阻まれた音だ。

 長い時間をかけて編んだ術式がただの一撃で揺らいだ事に思わず男から冷や汗が流れる。

「おいおいねーちゃん、問答無用かよ」

「失礼な。これは先手必勝というものです」

 奇襲が通じなかった事で即座に距離を取るバゼット。いつの間にかその手には黒い手袋がはめられており、明らかな臨戦態勢に入っている事が窺える。

 対して男は不動、ただポケットに手を入れたまま立ってニヤニヤと笑っているだけ。

「ま、最初から言わせて貰えればやけどな。あのくらいは防ぐと思ったから手裏剣を投げたんやで?」

「相手の力量を信じるとは愚か者のようですね、あなたは」

「まあ防げなくても命に別状はないしな?」

 あっけらかんという男にバゼットの目が細まる。

「私も人の事は言えませんがあえて言いましょう。

 ――この、外道が」

「否定はせぇへん。ねーちゃんが外道という事も込みでな。裏に関わる人間なんて外道でナンボや」

 その言葉終わった瞬間、即座にバゼットはその場から飛びのく。

 直後そこに突き刺さる魔力弾。その魔力弾は間違いなくバゼットの後ろから飛んできた。

 男と後ろを同時に見れるように壁を背にすれば、視界の端に何かが光った。人間の胸辺りの位置にある二つの光。

 恐らくは目、位置からして子供か猛獣か。

「外道やからな、奇襲不意打ちなんでもござれや。ねーちゃんには通用しなかったみたいやけどな」

「なるほど。その結界は不意打ちを防ぐのではなく、今の魔力弾が自分の当たるのを防ぐ為ですか」

「不正解。純粋にねーちゃんの攻撃を防ぐ為や。かなり手ごわいって聞いていたんでなぁ。

 ……しかしまさか一撃で結界がたわむとは正直予想外やったわ」

 呆れたような言葉のまま男は目の前の結界を解除する。

 それにバゼットは動かない。結界が無くなった以上、0.5秒で男を沈められる攻撃力を持つバゼットだが、彼女は動かない。

「あれ? 動かへんの?」

「動く訳がないでしょうか。いきなり結界を解除されればそこに罠があると思うのは当然のことです」

「ま、そりゃそうか」

 瞬間、バゼットを魔力弾が襲う。今度は前後の両方から。

「甘い!」

 そしてそれをバゼットは苦もなく拳で叩き落とした。

 タカミチの居合拳に比べればこの程度、児戯に等しい。

 それを見て男は笑みを深くする。

「やるねぇ、ねーちゃん。これでこそ俺が呼ばれたって訳だ」

 そこで男は初めてポケットから手を出す。その手に握られているのは小さなコントローラー。酷く精密そうなそれを片手で人形師のように器用に操作する男。

「けど悪いわなぁ。俺はねーちゃん程強くはないんだよ。だからこそ勝つ為にはどんな手も使わせて貰うで?」

 バゼットの後ろから何かが襲いかかる。獣のように俊敏で、しかし生き物特有の殺気を感じない。

「しっ!」

 反射的に拳で迎撃する。

 前足に爪のように取りつけられた刃とバゼットの拳がギィンと硬質な音を立てる。

 そこでバゼットは初めてそれを見た。シルエットは確かに猛獣、しかし体表に生き物特有の質感はなく、ただメタリックな鈍光を放っている。

「機械の――虎?」

 呆気にとられたのは一瞬。危険信号をならした勘に従ってその場を飛びのくバゼット。

 そして落下するまたもや機械仕掛けの猛獣。さっきは虎だったが今度は狼を模しているようだ。しかしそれよりも大きな違いは狼の背にあの男が乗っている事だろう。

「さあ、戦ろうかねーちゃん。

 俺の名前は高山宗。魔機鋼技師、高山宗や!」

「奇襲の連続をしておいて戦ろうかも何もないでしょうが。

 まあいいです、やる事と結果は変わりません。その御自慢の騎乗機械ごと叩き潰してあげましょう」

 ニタリと笑う宗。無表情なバゼット。

「いくでぇ、魔械狼虎!!」

 構えたまま動かないバゼットへと機械の狼と虎が襲いかかった。

 

 

 

 コツコツ歩く和服の女性。そしてその後ろをスキップしかねない程上機嫌についていく横島。

「おねーさん、どこまで行くんですか? 段々と人気のない方向に行ってますけどこれってもしかして!?」

「もしかしてもなにも、貴方も最初っからそのつもりだったのでしょう?」

「おおおおおー! やっぱり!!」

 鼻息が荒くなる横島はさておいて和服の女性の足が止まる。

 そこは大通りから外れた裏道の、その先にある行き止まりの広場だった。

「お、おねーさん。ここは外ですよ!?」

「ええ。人払いの結界を張っていますから問題ありません」

「人払――っ! そ、そこまでするとはおねーさんは外が好み!?」

「? 特に中も外も好き嫌いはありませんが」

 ますます鼻息が荒くなる横島だが、彼は明らかに女性から漏れた大切な言葉を見落としている。

 彼女は人払いの結界といった。それは裏に住むものが一般人を巻き込まないようにする為のもの。どう考えても想像とは致命的に違う方向に行っている事に横島は気がつかない。

 それは横島がバカ過ぎるのが原因だけど。

「ふっふっふ。俺はもう準備万端や―! いつでもカモン!!」

「そうですか。その前に私は貴方に問うべき事があります」

「なになに? 何でも聞いて?」

 オイッチニとストレッチを始める横島。その隙だらけな姿を見ながら鋭い目で横島を睨む女性。

「貴方の――その魂はなんですか?」

 ピタリと横島の動きが止まった。

 それを確認しつつ、女性は淡々と言葉を続ける。

「私の眼は生まれた時から特別でして、魂そのものを見る事が出来るのですよ。

 しかし貴方の魂は異常だ。魔と混じっていながら体は間違いなく人間。感じる気は聖なるものさえ感じる。

 禁呪により悪魔と合一を果たした人間の魂も、後天的に悪魔と為ってしまった人間の魂も見ました。

 だが貴方の魂はその誰とも違う。魔に侵されながらどこまでも人間の魂だ」

「これは――」

 言い淀む。横島には心当たりがイヤという程あった。そもそもこの世界に来ているのはそれが起因しているといっていい。

 ルシオラ。元々の横島の恋人で、魂を分け与えた代わりに命を失った魔族。

 それをなんといって説明すればいいのか。いや、そう簡単に口に出来る程、浅薄な話ではない。

 その横島の想いを全て無視し、女性は淡々と告げる。

「――まあ、過去に何があったかは問いません。

 しかし魔を心に宿すなど何が起こるのか分かりません。依頼は足どめでしたが、その追加処置として魂の魔を切るのは構わないでしょう。

 これでも昔は巫女でして。魔に対する処方ならばいささか心得があります」

 その一言で横島の心が凍った。

 この女は切ると言ったのだ。横島の心で眠るルシオラを。

「ふっっっっっっっざけるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぞテメェェェェェェェェェーーーーーーーーーー!!!!」

「神鳴流、雪枝梢。お相手致します」

 横島は右手から栄光の手を出現させる。梢はどこから取りだしたのか、野太刀を抜き放っていた。

 初撃は互いに真正面から。

 刀と刀が交叉する。

 

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